ふたつのプロポーズ6
月森と別れた土浦はまっすぐ駅に向かい、電車に乗って冬海家に近い駅に
降り立った。
土浦達の住む街から冬海の家まで電車で一時間半はかかる。
電車に揺られながら、高校時代はよくこんな道のりを毎日通えたものだと冬海の
心根の強さに感心した。
改札口を出たところでふっと、夕方に向かいつつある空を見上げた。
いつからだったろうか?
そんな本来の冬海の姿に気がつき、見つめている自分に気づいたのは・・・。
我に返れば、当たり前の様に傍にいて世話をやく自分がいた。
そして、いつしか自分に怯えなくなり、笑顔をくれる冬海がいた。
(やっと見つけた本当の恋を失いたくはない)
土浦はキッと前を見据え、二、三度だけ行ったことのある冬海家へと力強く足を
進ませた。
駅からしばらくは緩やかな長い坂道になっている。
それをぐんぐんと勢い良く歩いていく途中でハッとして再び立ち止まった。
今日は土曜日。
世間のほとんどは休みだが会社社長である冬海の父親は多忙な人だ。
果たしてこんな時間に家にいるものだろうか?
もしいなかったら?
約束も無しに突然やってきたのだからその可能性は強い。
勝手にやってきて待たせてもらうのは非常識だろうか?
こんな所でも学内コンクール参加メンバーの中でも一番の常識人で
律儀な自分が邪魔をする。
考え込んでウロウロし始めると、背後から思わぬ声がかかった。
「先輩・・・?」
その声に驚いて振り返れば、同じように驚いた表情の冬海が立っていた。
「笙子・・・」
「こんな所でどうしたんですか?」
「いや・・・お前の家に行こうと思って・・」
「私の家に・・?」
そしてふと気がつく。冬海の眼差しが逸らされることなく、以前と同じように
自分に向けられたままなことに。
「笙子、お前・・・・」
「でも良かった」
「え・・・・・・?」
「私も先輩に会いたかったんです」
「俺に?」
笙子は笑顔で頷く。
「先輩に伝えなきゃいけないことがあって・・・」
「俺に伝える事?」
「はい・・・・」
冬海は一瞬、緊張したように顔を強張らせたが、大きく呼吸すると姿勢を正して
土浦を見据えた。
「私、先輩が好きです!」
「私と結婚してください!!」
「・・・・・・・・・」
土浦は状況が掴めず呆然と冬海を見つめる。
冬海は冬海で「言っちゃった・・」と小さく呟いて真赤になって俯いた。
背後から坂道を登ってきた自転車にチリンチリンとベルを鳴らされ、二人は
道路の端によけると、通り過ぎた老人は面白そうに二人を眺めていた。
二人の顔はこの上なく赤い。
「〜〜〜〜〜〜〜////」
土浦は参ったとばかりに頭を掻いた。
「んだよ・・・・」
「何で先に言っちまうんだ」
冬海は「え?」と顔を上げる。
「プロポーズしに来て、先に言われるなんてカッコわりぃ」
「せ、先輩////」
土浦はそっと手を伸ばし、冬海の頬に優しく触れた。
愛しさから自然と口角が上がる。
今ここに鏡があったなら、どうしようもなく情けない自分が映し出されるだろう。
「まさか、お前からプロポーズされるとはな・・」
「でも、お前ってそういう奴だよな。一度決めたら信念を曲げない・・・」
「そんな奴だったから、俺も好きになったんだ・・・」
「先輩・・・・」
土浦の言葉を受けて冬海の瞳に涙が浮かんできた。
「俺で良かったら・・・いや・・・」
「お前じゃなくちゃダメなんだ。結婚してくれ」
冬海はそのまま土浦に抱きついた。
土浦も優しく抱きしめ返す。
(やっと・・・やっと本当に手に入れた)
複雑に絡み合った心の糸。
丁寧に根気よく解いていけば、それはしっかりと結ばれた一本の糸になった。