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 2006
 12. 4

〇農業をやっている友人が霜がひどくて朝の仕事ができないと電話で言っていました。この数日の冷えは厳しいですね。体調を崩さないようにご自愛下さい。いつもの便りです。

 『やっぱり、あの”ひとりぼっちの白鳥”でした』
◎今、千葉ニュータウン中央駅の南側にある戸神調整池にやってきている2羽のオオハクチョウのうち真っ白い羽を持つ成鳥は、写真と行動、状況を総合的に判断しまして昨年やってきた個体とほぼ同一であろうと結論付けをしました。

・昨年の11月23日にたった一羽でやってきたオオハクチョウ、体が灰色のあの”ひとりぼっちの白鳥”です。
・この白鳥は、一月遅れでやってきたコハクチョウと喧嘩をしてしまったが、その後仲直りをしてずっと行動をともにしていました。そして2月26日一緒に北へかえって行きました。
・その”ひとりぼっちの白鳥”が、若い仲間を1羽伴って今冬11月25日昼にやってきたのです。それから今日で9日目ですので、きっと越冬すると思われます。また、この2羽の白鳥の話題が人気になることでしょうね。
・さて、ところで昨冬、後からやってきたコハクチョウは、どうなったのでしょう。もしかしたら又仲間を連れてぶらっとやってくるかもしれませんね。そうなると4羽になるのですが・・・・。
オオハクチョウ・・・ガンカモ科、全長140センチ。なんと羽を広げると240センチにもなる大型の水鳥。冬鳥として日本にやって来る。逆立ちの姿勢で水中に首を伸ばし、水草の茎や根を食べる。戸神の調整池では、主にマコモの根を食べている。
冬以外は、シベリア(タイガ地帯)で過ごす。片道3000から4000キロの旅をする。

 【追記】
発作の白鳥・・・印西の川めぐりなどで観光化している印西発作を流れる下手賀川に住み着いた白鳥は、飼われていたコブハクチョウが増えたものですので、渡り鳥ではありません。つまり野鳥ではなく籠脱け(かごぬけ)鳥といわれています。

   
   
昨年のオオハクチョウ(クチバシの模様が白い)

   
   
今年のオオハクチョウ(クチバシの模様が
   黄色くなっている)


オオハクチョウの個体識別・・・コハクチョウの個体識別は、クチバシの黄色模様の形でほぼ分かるという。しかし、オオハクチョウは、黄色部の変化がコハクチョウより少ないので見分けが難しい。今回は、昨年と今年の個体の写真を比べて見て、ほぼ模様が同じと判断しました。しかし、個体識別の専門家ではありませんのであくまで推測の域と承知してください。

 2006
 12. 7

◎今日12月7日は21節気のひとつの”大雪”でした。
意味は、字の通りです。昨年は暖冬と言われたが年が明けてからの雪雪・・で大変でしたね。
そういえば新潟県津南町に住む教え子からの賀状に大雪の惨状が書いてあっとことを記憶しています。
 さて、今冬はどうなるのでしょうか。穏やかな年を迎えたいですね。いつもの便りです。

 『羽がなくても、蛾?』
◎期待したマヒワもウソも(どちらも小さくて可愛らしい野鳥)、残念ながら見られませんでした。でも、アカハラ、シロハラ、ビンズイやシメなどの冬鳥を見ることができました。
・これは、昨日の風土記の丘の観察会でした。広場から雑木林に入って、ふと見ると小さな蛾があちこちをひらひらと飛んでいるのに気がつきました。シジミチョウかと思っていましたが少し大きくうっすらクリーム色に見えるその姿は、「フユシャク」(シャクガ)でした。
・幼虫時代、尺取虫と呼ばれるシャクガの仲間で冬から早春に雑木林をひらひらと飛ぶ蛾です。この蛾は、何も食べないそうで、ひらひら飛んで交尾をして死んでしまうという。


・この蛾には変わった特徴があります。それは、メスに羽がないのです。ですからメスは全く飛びません。メスは敵に狙われた時や産卵場所を探す時以外には動かないそうです。メスは、におい(性フェロモン)を出しオスを呼びますが、この匂いは3メートル位しか届かないので、メスと結婚できるオスはたまたま近くを飛んでいたものだけだといいます。
・この蛾(オス)は、まず、飛びっぱなしでとまりません。そしてメスは、見つかりませんでした。写真撮影の被写体には向きませんね。
・今の時期雑木林でひらひらしているのがいたらきっとフユシャクだと思います。見たら、連絡下さい。(日時と場所)

フユシャク…シャクガ科の仲間。晩秋から早春に成虫が羽化し、交尾、産卵する一群の総称。日本には25種程度。
※HP谷津田だより用の写真が撮れなかったので、下記にフユシャクのURLを表示します。関心のある方は、開いてみてください。

   
フユシャクのURL
http://www.tomamin.co.jp/you/01you/011126.htm


 2006
 12. 11

◎確か昭和30年代から40年代に出ていた50円硬貨(穴あきで大きかった)は、磁石につきました。それ以外の硬貨はつきませんね。私はこの50円玉が大好きで家にあったこの硬貨(商家であったので小銭があった)を自分のお金と替えて貯めておいたことがありました。また、鳳凰のデザインの100円玉も必死で集めていました。ただ、こちらは自分の持ち金からして、あまり集められませんでした。
結局数年貯めたこれらをはたいて念願の中古の自転車を手に入れました。
 今日、12月11日は、百円玉記念日です。1957(昭和32)年の12月11日、初めて百円硬貨が発行された日です。デザインは裏に鳳凰、銀60パーセントの銀貨でした。この硬貨は2年間のみで稲穂デザインの硬貨に変わりました。いつもの便りです。

 『カエルにバッタにケムシ、ミミズも…』
◎今日も印西市立E小学校の子供たちと浦部谷津に行って来ました。このフィールドも3回目となり子供たちもだいぶ勝手がわかってきたようで、それぞれ斜面林沿いの小道に出かけたり、小川の生きもの採りに専念したりと様々でした。
・終了時に今日の成果を発表した時、A君は、細い棒を2本かざしてなにやら話し出しました。ただの棒ではなさそうでした。じっと見ると棒の途中になにやらくっついていました。太目の棒(枯れた葦の茎)には、カエル。細い棒(柳の枝)には、イナゴ。そうです、この谷津田だより25ページで取り上げたモズのはやにえでした。


・そういえば近くのポンプ小屋の鉄条網の棘には、ケムシもミミズもコオロギも刺さっていました。
・A君は、活動の途中で梢に止まっていたモズに向かって「モズ君のおやつもらってごめん!」と大きな声を上げていました。
※今回のはやにえの映像を下にに貼り付けておきます。嫌でなければ見て下さい。
はやにえ…モズは、昆虫やトカゲ、カエルやトカゲなどを捕えて、枝の先に刺しておく奇習があり、これをモズの「はやにえ」という

   
 ※今回のはやにえの映像は、かえるのイラストをクリックするとご覧になれます.元に戻すにはダブルクリック。

 2006
 12. 13

◎今日12月13日は例年、年神様を迎える日とされています。昔は、この日に門松やお雑煮を炊くための薪等、お正月に必要な木を山に切りに行ったという。
師走もいよいよ中盤、慌しい年の暮れとなりそうですが、お体ご自愛下さい。いつもの便りです。

  『命のつながり』
◎昨日12月12日、日本漢字能力検定協会が公募した年末恒例の「今年の漢字」が京都東山区の清水寺で発表されました。今年の1位は『命』。相次いだ子供の自殺や悠仁さまの誕生などの事由だそうです。
・命といえば、私がボランティアで7年間関わっている谷津干潟観察センターのイベント行事「谷津干潟の日」の06年度のテーマも「命のつながり」でした。
・この谷津干潟は、ラムサール条約の締結湿地であり、水鳥の生息では皆ご存知であろうと思います。この「命のつながり」というテーマは、水鳥はもちろん、魚達やカニ、ゴカイなどの底生生物、プランクトン及び海藻などの食物連鎖に注目していただき干潟全体をまるごと見て頂きたいという願いから作られた言葉です。
・以前「泥の上呪文のやうな蜷の道」という句を載せたことがあります。この作者のKさんは、干潟近くにお住まいでずっと干潟の水に生息するプランクトンを観察し続けています。目に見えないような小さな命をいつも見つめているKさんは、「主役は鳥だけでなく命を支えあう全ての生物であり、それを支える環境そのものだ」といっております。
・この「命」一文字の発表を聞き、私は上記のような思いを感じました。皆さんは、この漢字一文字からどのような思いを感じましたか。コメンをお寄せ下さい。


底生生物・プランクトン
 底生生物(ベントス)とは、水底の表面や底、泥の中で生活する生き物をいう。ゴカイや貝類、カニ類など。
 浮遊生物(プランクトン)とは、海水や淡水の水に浮遊している生きもので藻類やミジンコ類、クラゲ類などを指す。なお、魚やイカなど自分の力で移動する種は、 遊泳生物(ネクトン)と呼ばれる。

 ※下の写真は、12月初旬に谷津センターでKさんたちのグループ(ミジンコクラブ)で行なっていたプランクトン観察コーナーを訪れた際に、撮影したカニの幼生・ゾエアです。

   

 2006
 12. 18

◎今日、12月18日は東京駅の日という。1914(大正3)年の今日、駅舎の完成式があったという。その東京駅完成より10年以上前に印西市にあるJR木下駅は、開業していたのですね。今日は、明治期に開業した木下駅を取り上げてみました。

 『カラス部隊と呼ばれていた行商のおばさんたち』
◎1901(明治34)年、成田鉄道の開通に伴い木下駅が開業しました。最初の建設計画では、現在地より成田よりの木下河岸付近であったようですが、当時各地で起こっていた鉄道開設反対運動により場所がずれたようでした。この木下駅も近く改修し橋上駅舎に変わるという。新しくなるのは喜ばしいのですが、歴史のある駅でなくては見られないものなど、歴史の資料として価値あるものと思えるものが多々あると思う。少しでも残して欲しいですね。私が木下駅に行くたびに写真を撮ったりして記録しているものを2,3あげてみます。
・その1 行商用荷台。 行商に出かける女性たちが背負った大きな竹篭を載せる為のベンチ状の荷台。今はすでに撤去され、なくなってしまったこの荷台は、昭和20年代から農家の主婦達の現金収入を支えた行商が盛んだった頃の必要設備でした。この荷台は、今年の春頃までホームと改札脇の2ヶ所にあったと思います。もっとも、殆どの乗客はちょっと高さが高いベンチと思っていたみたいでした。当時、上りの1番、2番は行商列車だったそうです。黒っぽい布で包んだ大きな竹篭を背負って行ったことから「カラス部隊」と呼ばれたそうです。これと同じ荷台は、成田線の他の駅にきっと残っていると思います。ご存知でしたら教えてください。
・その2 木製電柱。 ホームに2本、まだ木柱の電信柱が立っています。今はコンクリート製が当たり前ですね。これも歴史の資料ですね。
・その3 天水桶。 改札を入ったすぐ左と右側のトイレの手前に天水桶があります(現在も)。改札左の天水桶の中には赤い金魚が気持ちよさそうに泳いでいます。天水桶は、駅舎のみならず、駅近くの商店街の店先にもまだ結構見られます。
・その4 跨線橋(オーバーブリッジ)。現在使われているものは、国鉄成田駅で昭和10年まで使われていたものを移築(リサイクルですね)したものという。上り下りする最、階段がぎしぎしときしむが木製の趣のある橋です。
このほかにも、探せばまだ色いろとあるのでしょうね。
追記
・駅周辺には、美味しい手焼きせんべい屋や昔ながらのおだんご屋、そば屋などがあります。そうそう、天然うなぎを使ったうなぎのてんぷら丼の店もありました。
◆千葉県の鉄路…明治27年に総武鉄道により市川ー佐倉間、30年に本所ー銚子間、29年に佐倉ー成田間、そして34年に我孫子ー成田間が開通し、木下駅が開業した。




※昭和15年の駅舎の写真…ふるさと歴史アルバムより(複写)。


 軍人の手前に僧侶が並んでいるのは、
 英霊を迎える写真の為。
   

 ※昭和20年代の行商の人たち
  …ふるさと歴史アルバムより(複写)
   

 ※現在の駅舎の写真
  …2002年の写真 UEBより 
   

 2006
 12. 25

「市中の山居(さんきょ)」とは、街中に取り込まれた自然のたたずまいをいうそうです。京都の町屋の坪庭がその典型です。自然のたたずまいに真の美を見出すという利休の思想を表したものです。現代の生活の中にもこの市中の山居の考えを取り入れていけば随分自然にふれることができていくのでしょうね。いつもの便りです。

グアノって何?』
◎土佐出身の漁師万次郎(後にジョン万次郎)が、漂着した島が伊豆諸島の一つである鳥島でした。この島は、アホウドリの繁殖地でありました。明治になってからこの島のアホウドリを羽毛と肉を利用する為大量に捕獲し絶滅に瀕させたことはよく知られております。
・この島の特産には、もう一つありました。それが、「グアノ」です。グアノとは、海鳥やその糞、魚の骨などの化石化したものを言います。数千年から数万年堆積し、化石化したグアノは、作物に必要な栄養素を豊富に含み幻の肥料といわれ、現在でも活用されております。
・グアノのように化石化した肥料ではありませんが、カワウの糞が積もったものも化学肥料全盛になる前は、肥料として販売されていたのです。
・今カワウの食害が、問題視されるようになりましたが、70年代には、環境汚染や開発のあおりで全国のカワウが3000羽以下になってしまい、絶滅危惧種になりました。
・この時期関東最大のコロニーと言われた千葉市大願寺のコロニーでは、採糞して販売していたという。また、一年を通じてカメラマンや観光客がカワウを見に来ていたものです。その後、化学肥料に押され採糞もなくなり、嫌われ者になってしまいました。
・今では、推定5万から6万羽に増えたようで、ここ印西戸神調整池にも夜間1000羽を超えるカワウが見られます。ただ、この戸神調整池では、この2年間繁殖はしていませんので春になると皆どこかにいなくなりますので、冬のみのコロニーとなっています。
・養魚場などの被害を考えると確かに大変かと思いますが、採糞販売や営巣地確保などにより共存、活用等の施策が必要となっています。



   カワウ…撮影場所は、谷津干潟
   


   
  カワウのコロニー
  …印西市 戸神防災調整池。
  樹木が白くなっているところがコロニー

カワウ…ウ類ウ科の水鳥。体長82センチ、体はほとんど黒く本州・九州で局地的に繁殖する。樹上に集団で営巣する。ちなみに長良川など鵜飼で有名なのは、この種ではなくウミウです。

 2006
 12. 30

〇暮れの慌しさも、室内にいるとあまり感じません。
暖かい年末ですが、これも温暖化現象でしょうか。
 いいような悪いような複雑な気持ちです。いつもの便りです。

 『黄色で楚々とした姿が見られます』
◎蝋梅とは、花がロウ細工のように艶やかで梅に似た香りを放つ半透明な花が咲くことから付いた名です。

・「HP谷津田だより」にリンクしているIT仲間のブログを覗いてみたら、綺麗な黄花の写真が貼り付けてありました。花の少ない冬の真っ最中に開花するので古くから庭木として好まれているロウバイの花でした。花全体が黄色でしたので、ソシンロウバイでした。

・ソシンロウバイは、素心蝋梅と書きます。花弁、花芯まで同じ色の花を中国では素心と呼ぶことに由来するといいます。
 なお、この種はロウバイから生まれた変種といいいます。
・ロウバイの原産地は中国で、日本にやってきたのはロウバイの方がずっと早≪1600年代で、ソシンロウバイは、明治初期から中期(1800年代末≫といわれています。

 私は、黄色の花が好きで、このロウバイと3月頃に咲くミズキ科のサンシュユの花を見ると四季の移ろいを感じます。
 ちなみに黄色花といえば、私の父(S・63年没)が、昭和50年代に中国雲南省の国立雲南植物園から、米国経由で取り寄せた幻の椿といわれた黄色い椿「金花茶(きんかちゃ)・英名クリサンタ」も淡い黄色でとても綺麗だったことを思い出します。


ロウバイ…ロウバイ科の中国原産の落葉低木。花期は1月〜2月で、ロウ細工のような黄色い花をつける。果実は葉巻のような形の菓床の中に多数入っている。

   
  写真上:ソシンロウバイの花
   写真下:ソシンロウバイの果実

   

 2007
 1. 1

〇元旦の「旦」は、「日の出・朝」の意味で、元旦とは1月1日の朝を指すという。
F市在住のH氏の誘いもあり、元旦に(生まれて)初めて初日の出を見に出かけてきました。谷津田だよりを送ります。

『新年明けましておめでとうございます』
◎谷津田だよりも送信を始めて3年目を迎えました。1回目は、ITボランティア講座のMLに04年1月15日に送信させていただいたメールでした。これからもITメディアの活用推進と自然情報の配信を兼ねて送らせていただきたく思います。今後ともよろしくお願いいたします。また、ご意見ご感想などございましたらご遠慮なくご連絡下さい。
・東京湾の最奥部の三番瀬干潟に着いたのは、今日1月1日午前6時20分位でした。すでに潮が引き始めた干潟には早くも100人を超す初日の出を見に集った人の姿が見られました。家を出る時の気温はすでにマイナス1度でしたので、ここ干潟での気温はそれ以下と思われました。
・カメラのシャッターを押し続けている指先は寒さでぴりぴりし痛くなっていました。でも、うっすらと明るくなってきた干潟に群れるシギ、チドリを双眼鏡で覗いていると寒さを忘れます。(ミヤコドリもいました)
・6時46分、対岸の工場群(五井方面)の上空に待っていた太陽が姿を現しました。日の出です。
 砂浜で三々五々集って待っていた人たちの視線が一点に集った瞬間でした。



・昨年は、色いろな出来事がめまぐるしく起こりました。今年はどうだろうと思いながらも、平和で穏やかな年になるよう心の中で願いつつ冷え切ったシャッターを押し続けました。・今年もよろしくお願いいたします。

   

三番瀬(さんばんぜ)…東京湾の最奥部に位置する干潟と浅海域をいう。江戸時代から江戸前とかお菜が浦と呼ばれた魚介類の豊富な海であり、位置は習志野、船橋、浦安、市川沖に位置するおよそ4キロ四方の約1600ヘクタールの海を指す。今でも海苔養殖、及びアサリや魚の漁業が盛んな所である。
 2007
 1. 7

◎今日、1月7日は七草。春の七種(草)を刻んで入れた七種粥を作って万病を除くおまじないとして食べる。七つ全ての種を集めるのは無理かもしれませんね。もっとも今は、スーパーにパック詰で売ってますね。七種粥食べた方いますか。いつもの便りです。

 『ごろすけ、ほうすい。ぼろ着て奉公…』
◎5、6年前、水上勉原作の劇団青年座「ブンナよ木から下りて来い」という舞台劇を見たことを思い出しました。
・劇の中で「ごろすけ、ほうすい」と鳴く愛嬌のあるフクロウが印象的でした。・首をぐるっと回し、きょとんとした目で前をじっと見る。その後、ちょっと伏目がちに視線を落とし、またぐるっと戻す。この動きがとってもうまかったことを思い出しました(もっともこれは、俳優さんの動きです)。

・目の前、約15メートル先に止まっていたフクロウ(これは、本物です)も、まさにこの劇に登場したそのものの動きでした。慌てて、背負っていたザックからカメラを取り出し、フルオートからマニュアルに戻し10枚程度撮影をしました。その間約2分程度ですが、回りを少し気にするように首を数度回して、その後ゆっくりと羽ばたき消えていきました。



フクロウ…フクロウ科の猛禽。全長48から52センチ。顔盤が発達していて、顔は平面的に見える。平地から山地の林にすむ。寺社などの大木の樹洞で繁殖。主に夜間活動し、ネズミや小動物や小鳥などを捕えて食べる。ゴロスケ、ホッホと聞こえる声で鳴き、「ぼろ着て奉公」と聞きなされる。

   
  フクロウは、この数秒後にゆっくりとした
  羽ばたきで消えて行った


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