連載小説
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#39.Lady Blader III -Reckless battle-
「READY――GO!!」
 戦いのゴングが鳴ると同時に、ヴィエルジュはオーバードブーストを起動、ヴァージニティーとの距離を詰め、同時にショットガンを連射しつつ接近する。
 予想通りと呟き、対戦相手の接近を探知したヴァージニティーも反撃に転じる。手にしたロングレンジライフルを連射し、ヴィエルジュの薄い装甲を穿つ。急加速の熱が冷め切らないうちに銃撃された事で、機体温度を示すメーターが一気に跳ね上がるが、最早気にするに値せず。そのままショットガンで反撃し、ヴァージニティーの右手側から剣戟を狙ったが、ヴァージニティーが左手側にステップしたためにタイミングが合わず、空振り。
 即座にターンブースターも交えて急旋回し、がら空きの所を突こうとしたが、ヴァージニティーは今度は右手側に跳んで射線から逃れている。まだ即背を狙えるだろうと判断し、再びターンブースターを吹かす。
 ヴァージニティーの脚部は性能バランス重視のMLM-MM/ORDER、一方ヴィエルジュの脚部は積載量・重量が少なく、それ故中量級2脚の中では機動性が高いMLM-MX/066。ブースターは両機とも出力重視のCBT-FLEET。機動性で見るならば、重量が軽い分、若干ではあるがヴィエルジュが有利であった。
 ところがヴィエルジュの正面にあったのは、既に向き直ってライフルを発砲しかかったヴァージニティーの姿であった。とてもMLM-MM/ORDERの旋回性能とは思えないが、アストライアーも負けじとショットガンで反撃、致命傷には至らずとも散弾全部を直撃させる。何発か撃たれ、熱暴走する機体と共にボディ表面から汗――冷却水が滲み出るアストライアーだが、続けざまに散弾をぶち込んでヴァージニティーを突き放しに掛かる。このまま撃ち合えばダメージレースで勝てる所であった。
 直美もそれは分かっているようで、すぐにオーバードブーストで離脱。すぐにアストライアーは追撃に入る。
 ヴァージニティーの武装はミドルレンジライフルMWG-RF/220、支給されるACに装備されヴィエルジュにも搭載されている単発発射式の小型ミサイルCWM-S40-1、4発動時発射式の連動ミサイルCWEM-R20、そしてヴィエルジュと同じムーンライト。ブレードは兎も角として、ACの武装の中ではベーシックな物がそろっている。武装のバランスは取れているものの、言い返せば際立った能力に乏しいのも確かであった。
 そして、この手の汎用型機体は性能特化型に押し切られたり、振り回されたりする事も珍しくはない事をアストライアーは感じていた。とは言え直美もそれは同じであろうと考えたのだが、その間にもヴァージニティーは離脱を図った。ライフルを連射してヴィエルジュを足止めに掛かりながら。
 勿論アストライアーとしては逃がす心算はない。すぐにオーバードブーストボタンをパンチし、牽制用の小型ミサイルを繰り出す。このまま、自分が最も得意とする、機動性を活かした格闘戦に持ちこめば勝機はあると確信しているが、その前に当てられるものは当ててダメージを稼ぐ事とする。
 もしかしたら、相手に一発剣戟を食らわせる位は出来るかも知れない。
 ミサイルを1発放った直後、オーバードブーストが唸りを上げた。
 すかさず武器をショットガンに戻し、アストライアーはオーバードブーストでヴァージニティーとの距離を一気に詰め、更にショットガンも放つ。ミサイルはあっさりと回避されるも、スピード勝負ではヴィエルジュが勝っており、ライフルを多少撃たれはしたがダメージを釣り上げながらの肉薄には成功、即座にブレードを振るう。
 だがヴァージニティーも斬られてなるものかと、後退しながらライフルを放つ。被弾の反動に遮られた剣戟は空振りし、わずかに光波が右足を掠める程度で終わる。だが銃撃を突っ切ったヴィエルジュは再度のチャンスを見出し、左腕のブレードを青白く発光させながら接近。無論、この間もショットガンを連射し、細かいダメージが重ねるのも忘れていない。
 その時、後退を続けていたヴァージニティーが停止した。この機を逃すまいと、すかさず女剣士はブレードを振りかざした。
 蒼白いスパークが、女性レイヴン2名の視界を遮った。
 手応えを感じたアストライアーだが、しかし1秒と経たずにそれは撤回される。
 確かにムーンライトは、ヴァージニティーを捕らえている。相手が相手なら真っ二つに切断されていてもおかしくはない位の剣戟であった――ヴァージニティーのムーンライトが割って入っていなければ。
「……剣戟防がれたのは初めてかしら?」
 図星であった。アストライアーの今までの対戦相手で、レーザーブレードで剣戟をブロック出来た者は居なかったのだ。一応それを試みた者は記憶にあるが、そういう奴は全て斬り捨てている。
 だから、剣戟を受け止められる奴がいた事は、驚愕と悔しさ、そして敵への関心をアストライアーにもたらしていた。
 観客もそれは同じであった。2本のレーザーブレードを取り巻く力場が激しくぶつかり合い、青い火花と、電線が弾け飛ぶ擦れた音をまき散らす中でどよめきが起きる。アストライアーの十八番であり必殺技を止める奴が居た事を想像出来なかったのだ。しかも、それがイレギュラーとは言え女性であったので尚更信じられない事である。
 観客が固唾を呑んで見守る中、直美が次の行動に出た。
 ヴァージニティーのブーストを吹かし、出力任せにヴィエルジュを押し戻すと同時に、肩と両腕上腕部から5発のミサイルを放つ。いくら機動力の高いヴィエルジュでも、極至近距離から急な発射を浴びては、自身の機動性を発揮出来ない。更に極至近距離での発射だった為にコア迎撃装置での迎撃が追いつかず、結果として5発のミサイルをまともに浴びることに。
 剣戟が自分の武器であると自負していただけに、こうしてカウンターで要らぬダメージを受ける事は、アストライアーにとっては何とも屈辱的な事だったが、この後に起こりうる事態を直ちに想像し、アストライアーは余計な感情を強引に振り払った上で、反射的にヴィエルジュを飛び退かせる。
 そしてアストライアーが予想したように、ヴァージニティーがブレードを振りかざしていた。ただし回避行動が早かったおかげで、剣戟は数十センチ差でヴィエルジュに届かなかった。
 すかさずヴィエルジュもショットガンで反撃。此方も至近距離での発射だった為に、ヴァージニティーも散弾をまとめて浴び、純白の装甲に火花が散り、黒々と焼け付いた穴を穿つ。
 すぐに直美は離脱に掛かった。オーバードブーストを起動し、アリーナの外周を目指すように疾駆する。ただちに追撃に入るヴィエルジュだったが、その時にはヴァージニティーはオーバードブーストを急停止し、同時に高々とジャンプし空中に舞い上がる。ヴィエルジュが相手の離脱に伴ってオーバードブーストを停止した時、ヴァージニティーは既に空中から相手を捕捉していた。
 アストライアーが見上げるや否や、上腕部と肩のミサイルポッドから合計5発のミサイルが飛び出し、放物線を描くようにしてヴィエルジュの頭頂部目指して殺到する。直美のこと、多分この間にも第2射を準備していることだろうと察するのは難しくなかった。
 デコイは装備しているが、射出は間に合いそうにない。
 咄嗟に、アストライアーはオーバードブーストスイッチを押し込んだ。だが爆発的な加速力を得るまでは時間が掛かり、その間は自力回避を余儀無くされる。被弾してなるものかと、ブーストダッシュで前進してミサイルを掻い潜る。オーバードブーストが起動した頃には、ミサイルはすべて床に着弾していた。
 すぐに第2射撃は行われたが、今度は連動ミサイルがない単発発射だった。しかも、そのミサイルはオーバードブーストであっさり振り切られた挙句、軌道を切り返されて外された。
 ミサイル攻撃の効果が薄いと判断し、直美は再びライフルで狙い撃ちに掛かる。
 一撃ではミサイルよりも軽いとは言え、むしろアストライアーにとってはこちらの方が厄介な攻撃と言えた。何しろ被弾時熱量が高いうえ、弾速も早いので全弾回避が難しく、威力が平凡とは言え薄装甲のヴィエルジュなので連発で食らうとダメージが蓄積しやすいのだ。これを撃たれていると、オーバードブーストを頻繁に吹かして戦っているヴィエルジュは常時熱暴走状態になり、アストライアー自身も熱で苦しめられる事になる。冷却水による視界不良、回路の不良など熱による擬体への直接的なダメージや、それに伴う操縦遅延とろくな事がなく、何より脳ミソが人間のままである以上、熱中症や脱水症状のリスクが常に付き纏う。
 しかも、給水のチャンスはほぼ絶望的であった。相手も機動力を駆使して戦ってくる事は間違いないので、状況が目まぐるしく変わる戦いとなるのは必定、そうなれば一瞬の隙さえ相手に与えてはならない。水のペットボトルに手を出した瞬間にコア諸共真っ二つにされないとも限らないのである。
 兎に角、ライフル射撃に専念されていては不味いと判断し、アストライアーは一度距離を取る事とした。エネルギー回復と冷却を兼ねた仕切り直しを図る事にして。
「どうしたのかしら……?」
 直美は怪訝な面持ちで、アストライアーが離脱したのを見送った。視界には納めているものの、距離が遠過ぎてロックオン範囲外であり、最早ライフルは機能していないも同然である。ミサイルはロックオン出来るので、それで攻撃してもいい所だった。ただし連動ミサイルは切り札として温存しておきたいので、使うなら単発射撃に限られる。しかしそのミサイルも40発しか最大携行弾数がないので、これも無駄遣いは出来るだけ避けるべきものにあった。
 さてどうしたものかと呟きながら、ひとまず直美も攻撃を止め、ヴァージニティーを地上に下ろす。こちらも、相手の出方を窺いつつ、機体の冷却とエネルギーの回復を図る。
 一方、一足先にコンデンサが回復したヴィエルジュは細かいジャンプを交えながら、少しずつ距離を詰めていた。ショットガンは使えないため、武器はミサイルに切り替えている。まだ熱気は抜け切っていないが、それでも夏の猛暑ぐらいには収まっており、この程度であれば戦闘に耐え得る。
 目下の問題は相手の出方だった。互いに距離は遠いが、ミサイルならば届く状態である。直美がその気になれば攻撃出来る所であるが、そうはなっていない。アストライアーもミサイルを撃とうと思えば撃てるが、ヴァージニティーの機動力と、コアがCCM-00-STOである事を考えると、迎撃か回避行動によって大した効果は見込めない所である。その上、デコイを使う可能性も捨てきれない。
 そうかと言って、ブレード光波を牽制に使ったとしても効果は見込めない。ブレード光波はロックオン出来ない上、ムーンライトだと地上でしか出せず、出した後に若干隙が出来る。
 そうなると、貧相なヴィエルジュの遠距離攻撃手段は全て現実的ではないという話に辿り着く。
「やはり、近付くしかないか……」
 結局、牽制という手段を捨て、ライフルで撃たれるのを前提で斬り込むより他ないとアストライアーは結論付けた。
 そして、その直後にミサイルが飛んで来た。見た所単発、連動ミサイルはない。ひとまず詮索を中断し、アストライアーは頭を回避行動に切り替えた。ついでに、大した効果が無い事を認めつつも小型ミサイルで反撃に出る。
 小型ミサイルは素直な弾道で向かってくるので、ヴィエルジュが回避するには全く容易である。十分引き付けて回避すれば、立て続けに来られたとしても大した脅威ではない。これがMWM-S42/6等のマルチロック式だったらこうは行かないが、ヴァージニティーの場合は単発発射式。基本に忠実な回避行動で何とかなるものだった。中にはコア迎撃装置が消してくれる場合もあった。
 しかし、向こうは弾が惜しくないとばかりに、何発も何発もミサイルを発射して来た。連動ミサイル無しで連発して来るあたり、牽制だろうかと考えながら、アストライアーはミサイルを次々に引き付けていなす。
 ただし、それはヴァージニティーも同じ事であった。アストライアーが予想していた通り、ヴァージニティーもミサイルを引き付けては回避し、更に飛び上がっての円運動を披露してよけてしまう。おまけに、コア迎撃装置で消されるものも続出している。
 しかし真人間なので、飛べば当然エネルギーに負荷が掛かる。そう容易には逃げる事もないはず――察したアストライアーはすかさずオーバードブーストボタンを押し込んだ。
 直美はまだ、ヴァージニティーを飛び上がらせてミサイルを回避し続けていたが、駆動音の直後には高度を急激に下げた。高度を上げていた最中のミサイルはヴァージニティーとすれ違い、頭上を掠めて飛び去った。
 気付いたようだが、もう遅いとアストライアーは思った。被弾を避けるための蛇行オーバードブーストで、彼我の距離が一挙に縮まっていく。直美もすぐにライフルで反撃に出たが、ヴィエルジュが肉薄するまでに撃てたのはたった3発で、刺さったのは1発だけ。
 アストライアーはオーバードブーストを切り、余剰出力で滑るように移動しながら再びショットガンを発砲。そして、再びムーンライトを一閃させた。
「チッ……!」
 剣戟は、50cm差でヴァージニティーの右手側の空間を切るだけだった。
「残念!」
 ヴァージニティーはすぐにライフルで反撃に転じた。コアの右側面を撃たれ、ヴィエルジュの機体温度がまたも急上昇するが、まだ剣戟を狙える距離であった。だが、ひとまず左手側に飛び退く。
 直後、焦げ付くような音共に蒼白い火花が散った。斬られたとアストライアーには分かったが、コンディションコンソールに目立った変化はなかったので、一瞬安堵した。
 ヴァージニティーの剣戟は、切っ先が抜き遅れた右足を掠めた程度に過ぎなかった。
 ターンブースターで直ちに正面に向き直り、ヴィエルジュもブレードを振るう。ところが、今度は頭上を空振りしてしまう。するとヴァージニティーが、僅かに浮かび上がってFCSの自動補正任せにジャンプ斬りを披露した。しかしながらヴィエルジュがすぐに降下した事も有り、効果はレーダーをへし折る程度に過ぎなかった。
 すぐにヴィエルジュもジャンプからの剣戟を繰り出して反撃するが、ライフル射撃の反動で剣戟に僅かなタイムラグが生じ、またも30cm差で回避行動中だったヴァージニティーの右手側を空振りしてしまう。
 すぐにターンブースターでヴァージニティーを追いかけ、再びブレードを振るったヴィエルジュだったが、全く同じタイミングで繰り出されていた相手の刀身に弾かれる。お互いにダメージはなく、この衝撃でAC2機は床に下ろされる。荒い着地であるが、幸いにも姿勢を崩す事無く降り立てた。
 地上に降りてすぐに、ヴァージニティーが動いた。ヴィエルジュに僅かに劣る事が分かったとは言え、それでも中量級2脚としてはかなりのレベルであるヴァージニティーの速力である。ヴィエルジュはブーストで後退し、最初の剣戟は何とか回避したが、次の剣戟には回避が間に合いそうになかった。
 すかさずアストライアーはショットガンを発砲。上半身に満遍なく散弾を浴びせられ、ヴァージニティーの動きが一瞬硬直。即座に剣は振るわれたが、切っ先は数cm差でヴィエルジュに届かなかった。
 しかしまだ剣戟が当る間合いであったので、負けじとヴァージニティーは斬りかかってきた。ショットガンで反撃したかったアストライアーだったが、間に合わない。
 アストライアーは咄嗟に、ヴィエルジュをヴァージニティーの右手側に跳躍させた。ヴァージニティーの速力とコンマ単位でのタイミングの遅れにより、切っ先が右脛を掠めた。だが、大したダメージではなかったのは幸運だった。一瞬でもタイミングが遅れていれば、即時戦闘不能は免れなかった所であろう。
 掠ったかと舌打ちしながらも、今度はヴィエルジュがムーンライトで反撃する。だが距離の詰めが不十分だったため、彼女の斬撃は腕を斬り落とすまでには到らなかった。ヴィエルジュの剣戟は、上腕部の連動ミサイルランチャーを僅かに掠めたに過ぎなかった。剣戟を掠められたパーツは一部が焦げ付いたものの、爆発や脱落はしなかった。
 今度こそと、ヴィエルジュは再びムーンライトを振りかざす。ヴァージニティーも、2度も斬らせまいとブーストダッシュで後退。結果、ヴァージニティーの前方に斬撃を空振りした敵ACが躍り出る。
 ヴァージニティーもすかさずムーンライトを一閃、青白い対戦者の左腕を落とさんとばかりに斬りかかる。
 実にいいタイミングの剣戟だったと直美も思っていた。早くも決着が付きそうだとさえ、蒼白いスパークが迸った時には思った。
 しかし、そうはならなかった。
 ヴィエルジュは斬られる寸前、ターンブースターで左方向に急速旋回していたのだ。振りぬいた腕は旋回につられてコア正面に持って行かれ、絶妙のタイミングでヴァージニティーの剣戟を受け止めていた。
 アストライアーが斬られたと思った時には、既に剣戟は止まり、鍔迫り合いの格好になっていた。ヴィエルジュには、僅かな太刀筋さえも刻まれずに済んでいた。
 ブレードが干渉し、力場同士が擦過音を上げながら押し合う中で、アストライアーはやけに早くなっていた心拍数と冷や汗の感触を味い、絶体絶命の所を間一髪で助かったと認識した。自身でも食らえば勝敗は決していたであろう可能性を意識していただけに、無傷で済んだのはまさに奇跡と言う他なかった。
「……早速モノにされたようね」
 流石、レディ・ブレーダーと言われるだけある――アストライアーの絶対領域である近接戦で渡り合い、直美はこれまで幾度も対峙し、倒してきた相手の純粋な技量を推し量る事が出来た。あの時はパートナーがいたからこそ楽勝であっただけで、こうして1対1、技こそあれど小細工無しの勝負を演じるに至り、直美もアストライアーがいかに厄介な存在だったかを思い知る事が出来た。
 そして、これほど厄介な相手なら、レヒト研究所で僚機と一緒になって手早く撃破したのは正解だったと認識を新たにする。
 しかし今回は、闖入者は出るかも知れないが助けはまずない。独力でこの状況を打破する事が直美に強制されている。それも、相手の土俵内での立ち回りと言う、かなり限られた範囲で。
 先程分かった事だが、ヴィエルジュはヴァージニティーよりもスピード面で上であるため、逃げたとしても所詮一時凌ぎでしかない。エネルギー消費と自身への負担を考えると、仕切り直し以外でオーバードブーストを使うのは得策ではないように思える。
 しかも、アストライアーが愛機の出力にモノを言わせて押し込みに掛かったので、直美も負けじと押しに掛からねばならなかった。これで相手が少しでも退いてくれればよかったのだが、ブースターは勿論ジェネレーターも同じ――重装備AC用最高出力ジェネレーターCGP-ROZだったため、押し合っても互いに動じる様子はない。
 そうなると、直美としては、押し合いでエネルギーを無駄に食うのは避けるべきであった。強化人間であるアストライアーと真人間の自分とでは、エネルギー回復速度やブースターのエネルギー効率がまるで違う為、エネルギー関連で勝負に持ち込むと直美が不利である。
 だが直美にとっては有り難い事に、互角のパワーで組み合っている時間は僅かだった。ヴァージニティーが突如飛び退き、即座にショットガンが吐き出されてヴァージニティーの腰部装甲を吹き飛ばした。立て続けに3回散弾が吐き出されたが、こちらはヴァージニティーのコアや大腿、脛の装甲を僅かに抉っただけであった。
「やっぱり、強いわ」
 散弾銃から逃れた直美の頬を汗が伝う。何しろ鍔迫り合いの最中にショットガンを撃たれ、危うく下半身をやられる所だったのだ。
 かといって、あのまま押し合っている時間が長ければ長いほど、敗北する可能性が高い事を直美は察していたので、自分からその好機を、恐らくは意図せずして潰してしまったアストライアーにはちょっとだけ感謝である。
 とは言え、情況が好転したとも思えないため、直美はひとまずオーバードブーストを起動して離脱に入った。逃がしてなるものか、ヴィエルジュも僅かに遅れてオーバードブーストを起動。逃がすまいと思っていたのだが、ヴァージニティーは加速しない。
 オーバードブーストを切ったか――自分だけ急加速したヴィエルジュの中で、はめられたと思いながらもすぐに急停止を図り、ターンブースターで右へ急旋回する。
 敵反応は後方、しかし銃声がない所からすると、恐らくはミサイル直撃を狙っているのだろうとアストライアーは見た。
 アストライアーが旋回し終えた時には、ヴァージニティーは飛び上がっており、視線を上に上げたヴィエルジュの眼前でミサイル5発を吐き出していた。
 放物線を描いてヴィエルジュの頭頂部へと殺到するミサイルを前に、この後も新たなミサイル群が飛んでくる事を予想し、アストライアーはオーバードブーストの起動スイッチを押し込む。更に、それまでにミサイルを被弾してなるものかと、ブーストダッシュで前進してミサイルを掻い潜った。機体温度が下がりにくい状況でオーバードブーストを乱用するべきではない事は分かっているが、ミサイルを直撃されるよりは遥かに被害は小さく済む。
 ヴァージニティーがミサイル群を発射した時、再びオーバードブーストが咆哮。ヴィエルジュは時速700キロを優に超える速力でミサイルを振り切る。ミサイル5発がなおも襲来するが、速力任せに敵機の足下を潜り、その背後へと逃れる。ミサイルは目標を見失わなかったものの、旋回しようとした矢先には地面に激突していた。
『……こ、この僅かな間に激しく火花を散らす攻防、御覧頂けたでしょうか!! こんな女性レイヴン同士の対決、今まであったでしょうか!? いや、無いと断言致します!!』
 実況席のアナウンサーも、激しい女の戦いに驚愕していた。それこそ、実況を忘れてしまったほどに。
 そして事実として、試合開始以来、今まで実況など殆ど流れていなかった。アナウンサー自身も、この戦いに思考を奪われたのだから。しかし試合に花を添える演出や脚色の類など、当の試合を演じる今の二人には全く意味のない事だった。
 そして観客も、直美の側にせよアストライアーの側にせよ、実況や解説の類は別に関係のない事だった。まだ、どちらが勝つかは分からないが、どちらも対戦相手を撃破するには全力を出さねばならないと判断しているであろう事は、当事者も、そして戦いを見守る全ての者が分かっていた。


 エースは、刃を振るい、ミサイルや銃弾を飛ばしあう2人の女傑の戦いぶりを非常階段から無言で見下ろしていた。例によって、その傍らにはアディリスが随伴している。
 アルタイルの娘、つまりはアストライアーに前々から関心を抱いていた彼の事である。直美と白昼の決闘をやらかすと知るや、密かに試合を観戦に来ていたのだ。それはアストライアーに対する純粋な好意からなのか、それとも実際に戦う際の対処法を練る為に偵察しているのか、あるいは何か別の理由があるのか、誰にもその辺りを語っていないので不明瞭だが、それを訊く者はいなかった。
 アストライアーの腕前に関しては否定はしない。だが、彼女と友に直美の噂もまたエースの存じる所である。女性レイヴンとしては規格外のスキルレベルも然り。その直美は、自ら望んでか、或いは得意のポジションに持ち込ませまいとされているのか、アストライアーの土俵たるインファイトで、しかも互角に渡り合っている。
 直美の得意ポジションがどの領域にあるのかはエースにも断言出来ない。自分と同じく、近接戦闘から遠距離戦まで、あらゆるレンジで戦えるレイヴンである可能性も否定出来ない。現行のACは、全距離対応となると何かしらの理由で決め手を欠く事になりがちであるため、バランスがいい分器用貧乏なアセンブリになってしまう事が殆どだ。そうした理由により、全距離対応と言うのは機体への適合性が高かったか、余程の資質、または自分と同じく相当のセンスか技量がある奴と言った事情が無ければ事実上無理な話である。
 直美はそんな器用貧乏な機体を操っているが、その機体の中にあってムーンライトだけは別格と言える存在である。レーザーブレードとしては重量があり、軽量級の機体に積めばそれだけで武装か機動性は犠牲になる。そして武器の性質上、接近の必要性とそれに伴うリスクは相当なものだ。アセンブリにもよるが、クリーンヒットすればACを一刀両断しかねないその破壊力は確かなものの、上記の理由により、所謂剣豪やブレーダーと呼ばれるタイプのレイヴン以外に装備される事は稀なのである。
 そんな業物でアルタイルの娘と剣で渡り合う女傑なのだから、エースが関心するには十分であった。彼としては、許されるならば今すぐにでもアルカディアを起動し、もう一度直美との一騎打ちを願い出たい所であった。
 とは言え、アストライアーの決闘に水を指して後ろ指を指されるのまた、彼の意図する所ではない。互角以上の張り合いを見せているのであれば尚更だ。その激闘が、必ずや互いの力になり、戦士としての質を更に高める事になってくれると信じて止まない。勿論それはライバルの助長になってしまう事であるが、まだ見ぬ強敵と更なる自己の高みを願うエースとしては喜ばしい限りである。
 更に、自身も、折角互角の試合を演じていた所を乱入者によってふいにされ、酷く憤った事がある。その乱入者が(今は亡き)BBの手先である事はすぐに知る所となったが、また同じ事をされない為にも、打倒BBを狙うようになった事をエースは今でも覚えている。もっとも、BB打倒の原因はそれだけに留まらなかったのではあるが。
「この試合、どちらが勝つと思う?」
 エースの近くに隣に佇んでいた、ウェストのあたりまで届く程のアッシュブロンドに青い瞳をした女性が勝敗について尋ねる。
「そう言うお前はどちらが勝つと思っているんだ?」
 そう、彼女もまたこの試合の行く末を見つめていた。ただ、彼女の瞳は「女性レイヴン同士の試合を観戦している」と言うよりは、「どちらが勝つか気になって仕方がない」と感じさせるものだった。
「私が?」
 エースは視線で「そうだ」と返して来た。
 質問に質問を返して何になるのだと彼女は思ったが、それは黙っておく事とした。
「直美さんに一票。強さとかそう言うのではなくて、『友が勝てる』と信じて……この試合に口出しも介入も出来ない以上、せめて無事勝利出来る様に祈る。それが、今、友として出来るせめてもの事でしょうしね」
 エースは「やはりな」とでも言う様な表情を浮かべた。だが続けて放たれた彼の言葉は、嘗てアリーナの頂点に君臨した者としては、非常に半端な意見でしかなかった。
「私からは何も言わない事にする」
 アルタイルの娘は積極的に攻めているが、しかし直美もアルタイルの娘と剣で渡り合っている上、今はそれが不利だと判断したのか距離を取ろうとオーバードブーストを多用している。機動性と近接戦闘力と言うアドバンテージを持っているアルタイルの娘だが、しかし直美も劣っている部分を、おそらくは機転によってだろうが、十分にカバーしているとエースは見ている。
 故にこの戦いの決着がどちらに傾くかは、現時点では分からない。エースは技量や経歴こそ誰もが認めるレベルではあるが、あくまでも一人のレイヴン。リサーチャーや評論家の類ではない為、試合展開についてどうこう言う事は野暮だと、彼は判断していた。
「多分、どちらかが倒れるまで結論は出せないだろう」
「あら……あなたらしくないわね」
 本当なら「何を言う」位は言いたいところであったエースだが、それをしなかった。何しろ、直美はエースにとっても、知らない事の多い謎の女性なのだから。直美個人について言えば、傍らにいる女の方が良く知る存在であろう。その辺はまた、別の話だが。


「よくやるよな、あいつ等……」
 アリーナの外に居たストリートエネミーは、愛機のモニターを経由して、直美とアストライアーの戦いを諦観していた。
 メインモニターは外界を映し出さねばならないので、サブモニターに表示する程度に留めていたが、首を動かさずに確認できる範囲にはある。しかしながら敵対存在がまるでないため、現状ではアリーナ警護ではなく半ば観戦状態になってしまっている。
「それにしても、二人ともタフだよねぇ……」
 くたびれた様子のイエローボートが、力が抜けた様な口調で言う。
「いや、まだまだでしょうね」
 まだくたびれた様子のないアップルボーイは、互いに剣戟を繰り出す女レイヴン2人の死闘を固唾を呑んで見詰めていた。
 直美とアストライアーは互いに剣戟を繰り出し続けているものの、当るか当らないかの絶妙な間合いで回避されたり、太刀筋同士が交錯して弾きかれあったりで、互いに一発も直撃に至っていない。時々、至近距離からライフルやショットガンが互いに撃ち込まれる事もあった。
「レイヴンになって10年以上経つ俺だが、女同士が此処まで派手にチャンバラやらかすのは見た事がない」
 トラファルガーの低い声には感嘆の念が込められていた。彼は今、復讐と剣戟に全てを捧げた剣豪レイヴンが、人間の女の姿形をした得体の知れぬ化け物と互角の戦いを行うと言う、レイヴン界の奇跡と評されてもおかしくない瞬間を目撃しているのだ。
 始めは、単なる依頼の心算で此処に来たトラファルガーだが、今は違う。彼は、どちらが勝つかを見届けたいと願うようになっていた。女性レイヴン同士の戦い自体がレアなケースなのに、剣戟で互角以上に渡り合えるような戦いとなると、この先何度お目に掛かれるかという話になってくる。しかも、その片割れは自分と同じ立場でレイヴンになったと言う事で注目していたアストライアーである。
 トラファルガーが見ている前でも、アストライアーの攻撃はまだ続いていた。彼が見た限りでは、直美の方が若干押され気味にも見えた。
 だが直美も負けていない。ライフルを立て続けに見舞い、ヴィエルジュの機体温度を一挙に上げる。コックピットが急激に蒸され、暑苦しさにアストライアーの視界が歪む。しかし、剣戟を警戒してすぐに視界を戻す。
 その先で、ヴァージニティーが離脱しに掛かっていた。ヴィエルジュと向かい合ったまま引き、ライフルを連射する。それがフェイントの類ではない事がアストライアーには分かり、どうやら直美も相当スタミナを消耗しているようだと察して取った。
 ただし、ヴィエルジュが有利とは断言出来ない。コンディションを示すコンソールにはダメージの蓄積を示す黄色やオレンジの表示が目立ち始めている。さらに悪い事に、それはコアとその周辺に集中していた。そして熱暴走に何度も晒されて疲弊しているのはアストライアーも同じである。自分の頭脳が茹っている様子が当人の脳裏に浮かぶ。だが、それでもショットガンを見舞い、刀身が当らずとも一撃を加えようと光波を飛ばす。嬉しい事に、ヴァージニティーの左脛に光波が命中した。
 更に畳み掛けるが如く、アストライアーはヴィエルジュを肉薄させる。ライフルを立て続けに叩き込まれ、黄色いコンディション表示がオレンジに変わったが構わない。ヴァージニティーは未だにショットガン直撃コース上におり、このまま攻撃を続ければ削り落とせると見たのである。
 ライフル連射はまだ続く。無駄な抵抗を――そう思った次の瞬間、構えたショットガンから火花が散り、散弾を吐き出した直後にマニピュレーター諸共弾け飛んだ。破片が機体にぶつかる鈍い音と共に、コンディション・コンソールが電子音を立てて非常シグナルを明滅させた。さらにコアと右腕の損害表示がオレンジから赤に変化する。
『右腕装備を破壊されました』
 観客がどよめく中、MHD-RE/005内臓コンピュータの男性ボイスが被害情報を伝える。
『右腕の機能が失われました』
『ラジエーターが損傷しました』
 咄嗟に、追撃――特に青い光剣を警戒してヴィエルジュを飛び退かせる。
「畜生……」
 よろめきつつもヴィエルジュを更に後退させながら、アストライアーは悪態をついた。直後、ヴァージニティーが一気に距離を詰めながらムーンライトを振るってきたので、反射的に剣戟を繰り出す。相手を斬る事は叶わなかったが、それでも致命的な一撃は弾く事が出来た。
 剣戟から逃れ、ヴィエルジュを飛び退かせた時、アストライアーはヴァージニティーの動きもおぼつかなくなっている事に気がついた。移動一つごとの上半身の振れが大きくなっている。更に良く見ると、ヴァージニティーの随所から煙が上がり、火花が散っている。相手も相当のダメージを負っている様子が良く分かった。
 勝機はゼロではないのだとアストライアーは悟ったが、一方で自身ももう長くは持ちそうに無い事が分かっている。少なくともヴィエルジュは、間もなく限界に達する事だろう。
「何だ、貴様はッ……」
 アストライアーの呟きに呼応するかのように、通信モニターに直美の顔が現れた。直美も相当疲弊しているようで、全身汗に塗れながら肩で呼吸をしている。
「そうね、現状では死にかけの女レイヴンね」
 直美の声は震えていた。口角が上がっているのは、武者震いからなのか、はたまた極度の緊張によって引きつっているからなのかは分からなかった。
「嘘を吐くな」
 改めてコンディションを一瞥し、すぐに通信モニターの直美に視線を戻す。
「死に掛けの奴に出来る動きじゃない」
 直ちにミサイルに切り替え、ロックオンと同時に発射。
「と言うか、そもそも貴様、只者ではないだろうに……!」
 ミサイルの着弾を待たず、回避機動に入ったヴァージニティー目掛けて光波を飛ばす。しかしミサイルはコア迎撃装置により落とされ、光波はヴァージニティーの右手側面を掠め飛んで行った。
「強化人間ではない時点で只者でしょうよ」
 ヴァージニティーもミサイルを飛ばすが、こちらもヴィエルジュが右側にダッシュしたことで容易く振り切られてしまう。
「その強化人間相手に……此処まで張り合える時点で只者でもあるまい!」
 ヴィエルジュから再びブレード光波が、今度はミサイルを交えて立て続けに放たれるが、いずれも際どい所で回避されてしまう。回避のタイミングから、直美が相当疲弊している事をアストライアーは察して取っているのだが、どこに回避行動を取れるだけの力が残っているのだろうか、ミサイルも光波も際どい所で次々避けられてしまうのである。
 しかし、流石に回避に専念せざるを得ない状況に追い込まれているらしく、ライフルによる攻撃は途切れがちであった。少し前までのように連射してくる事はなく、2、3発撃っては途切れる。とは言えヴィエルジュの防御力と現在の損害状況から言って、危険度はさして変わらない。何しろ撃たれる度にコンディション・コンソールが、黄色い箇所はオレンジに、オレンジ色の箇所は赤に変わっていくのだ。
 そんな中、苦し紛れに放った光波の1発がヴァージニティーの右脛に命中した。
「くっ……!」
 通信モニターに浮かぶ直美の顔が紅い光に照らされる。まぐれ当たりと評されれば否定する心算はアストライアーにはなかったが、今の一発で結構な痛手を与えられたなと察するには十分だった。
 次の手をどう打つか――アストライアーが考え出した矢先、ヴァージニティーはオーバードブーストで離脱しにかかった。


「あれほどやってまだ戦うのか……?」
 追走戦を展開しだしたヴァージニティーとヴィエルジュを目の当たりにし、トラファルガーはまたしても驚かねばならなかった。
 男性よりも体力に劣る傾向のある女性ながら、相当消耗しているはずなのに今になってオーバードブースト連発に耐えられる体力と精神力が残っているとは到底思えなかったのである。
 試合開始して既に随分経っているが、それを休憩無しのぶっ通しで、しかも実力伯仲というべき戦いをあそこまで続けられるのは早々いない。半端なランカーであれば極度の疲労でマトモに動く事すらままならなくなっても不思議の無い所だが、強化人間のアストライアーは兎も角、直美の方は生身の肉体でここまで動け戦えるのは信じ難い。
 実の所トラファルガー自身も、直美について詳しいとは言えないが、それでも恐るべき体力と精神力の持ち主である事実には感嘆せざるを得なかった。勿論、そうでなければイレギュラーとは言えないであろうとの疑問を承知の上で。
「何という奴等だ……」
 女ながら凄まじい奴等だとトラファルガーは思った。
「だがもう二人ともボロボロだ」
 破損状況からするに、そう長くは持つまいとゲドは呟いた。此処まで至れば後は体力、気力の勝負となるだろうと見て。
「多分、次の一撃で決まるな」
 スパルタンもまた、この戦いを冷静に観察し呟いた。いくら腕が立つといっても、機体自体が満身創痍の様相では、動ける時間が長かろうはずもないと。
「問題はそれがいつ来るかだな」
 ゲドが呟く。昔の映画にありがちな剣戟同士の交錯によって瞬時にケリが付くのかも知れないし、回避交えての銃撃戦の末に泥沼化して最後の銃撃1発で勝敗が決まるような事になるとも限らない。
「……この勝負、まだ続くだろう」
 ゲドには断言は出来なかったが、トラファルガーにもスパルタンにも責める気はない。何しろ二人にも、決着がいつ付くかは分からないからである。
「そもそも、これ、決着付くんだろうか……?」
 誰にも聞こえないほどの声で呟くアップルボーイもまた、女傑2人の戦いを無言で見守っていた。まだレイヴンとなって日の浅い彼は、目の前で繰り広げられる死闘にただ魅入られるのみで、一体如何なる技や力を以って両者がここまで互角に張り合えるのか、考えが及ばない。一時など、依頼の事を失念しかかっていたほどであった。
「2人ともまだ戦うの!? もうずいぶん経ってんだけど?」
 イエローボートが滅入った様な声を上げていた。ここまで長ったらしい戦いに付き合わされることに、半ばウンザリしていたのである。
 何しろ彼女、楽天的な性格が災いしてか、戦闘スタイルは依頼・アリーナ問わず重火器を駆使したノーガードのごり押しも同然の所があり、それゆえイエローボートの試合は勝つも負けるも短期間の内に決まっていた事だった。
 ヴァージニティーとヴィエルジュは未だにオーバードブーストを連発しながら、互いに激しく戦い合っている。イエローボートの感覚では、とっくに決着がついているどころか、もう一試合ぐらい出来るレベルの時間帯であった。かったるいからそろそろ終われとさえ思っているほどであった。
 だが、それでも、直美もアストライアーも戦闘行為を止めない。
 ヴァージニティーはライフルで銃撃しながら、断続的にオーバードブーストで離脱を続けている。ヴィエルジュもその後を追い、牽制用の小型ミサイルを放ち続け、追いついた所でムーンライトを振るい続けているが、その事如くが外れていた。光波だけは、たびたび掠め飛ぶ事もあった。
 その間、ヴァージニティーからも斬撃が時折放たれたが、此方も回避されるか、命中しても掠る程度でそれほど大きなダメージにはならない事が多かった。それ以外では、距離を離しながらライフルを発砲する程度。
 ミサイルは効果が薄いと判断してか、先程から両者とも殆ど使用していなかった。
「てかこれ、もう30分経ったんじゃね?」
「まだ15分ぐらいだろ」
「マジか〜」
 ストリートエネミーの返事で、イエローボートは気が滅入ったのかリアシートに背を預け、俯いた。
「いいや、まだ試合開始から10分程度だ」
「もうヤメ、聞きたくない」
 スパルタンが腕時計を見ながら時間を告げる。しかし、イエローボートは両手で耳を塞いでいたのでまるで聞こえていない。
「こ、こっちに来る……?」
 ヴィエルジュから逃れようとしていたのか、アップルボーイの目に、自身が待機しているゲート近くに突っ込んでくるヴァージニティーが見えた。
 ヴィエルジュは何度も斬撃やら光波を見舞うが、その事如くが外れていた。さらにジャンプからムーンライトを振るおうとした事で、ヴァージニティーの頭上へと飛んでしまう。お陰でエスペランザの前方にヴィエルジュがブレードを振るいながら躍り出る事になり、アップルボーイの肝を潰した。
 更にヴァージニティーも、エスペランザには構わぬとばかりに、激しく動く相手目掛けライフルを発砲。それらは激しい動きのヴィエルジュには殆ど回避されたが、おかげで流れ弾がエスペランザ近くの壁や足元に着弾。当然エスペランザには被害は無かったものの、アップルボーイは決闘の巻き添えで斬られる危険を感じた。
「向こうでやってください!!」
 アップルボーイが怒鳴るが、当然2機のACにも、その操縦者にも全く顧みられることはなかった。


「電池が切れ掛かってるようね?」
 アストライアーの顔に玉のような汗が浮かび滴るのを、直美は通信モニター越しに見た。
「貴様こそ……息が上がってるようだな?」
 通信モニターに移る直美は肩を激しく上下させていた。
 しかし、アストライアーは直美の指摘を否定はしなかった。虚勢を張る余裕など、最早露ほども存在しない。ヴァージニティーを追走し、時に攻撃を回避させるべくブーストダッシュやオーバードブーストを連発し、危険なほどのGが幾度もかかっていたのだ。サイボーグである為にすぐに致命とはならないまでも、脳に圧がかかるわ、神経経由の命令伝達に異常が出るわで、身体が危機を何度訴えたかわからぬほどである。途中からは相手の攻撃を恐れての冷や汗も混じる事があった。
 そして、それはそのまま直美にも言える事である。しかも、直美はアストライアーと違って機械化されていない。当然、同じ戦場における消耗やダメージは直美の方が上と言えた。
 さらに互いの愛機は銃撃や剣戟、ミサイルの爆風などによって、既に全身から煙や火花が上がっている。警告音と共にコンディション・コンソールがオレンジやレッドの光を投げかけ、これ以上戦ったら激しい機動だけでバラバラになりかねないと訴えている。
 しかしまだ決着がついたわけではないし、相手も戦意が残っている。何より、このまま放置しておくと何をしでかすか分からない危機感が、アストライアーを執拗なまでに煽る。早急に引導を渡せ、今ならその可能性も十分見込めると、レイヴンの勘も同様に訴えていた。
「すぐ楽にしてやる」
 怖れも疑心暗鬼もすべて振り払うかのように、アストライアーは顔の汗をぬぐい、大きく息を吸い込んだ。酸素と共に失われていた覇気が身体に送り込まれる。
「安楽死は趣味じゃないわ」
 最後の一瞬まで足掻き続けてやるとばかりに、直美はオーバードブーストボタンを再び押し込んだ。加速圧で四肢断裂もかまわぬとばかりに、ヴァージニティーは距離をとる。
 このまま逃げ続けても埒が明かないだろうにと、アストライアーもまたオーバードブーストボタンに指をかけたが、次の瞬間には、距離を離していたヴァージニティーが、突如方向転換してヴィエルジュに向かってきた。左腕のブレードを構えながら。
 その間にアストライアーは自機のステータスを示すコンソールに一瞬だけ目をやる。コンソールパネルに映し出された情報や、赤や黄色、オレンジ色のランプから察するに、恐らく次のブレード攻撃が止めの一撃になるだろう。
 ヴァージニティーはオーバードブーストを切り、余剰出力だけでのスライド移動を開始。同時にヴィエルジュもブレードを振りかざして、ヴァージニティーへと突進した。
 観客も、決闘に立ち会うレイヴン達も、そして非常階段のレイヴン達も、この一撃で勝敗が決まると思い、誰もが目を向ける。
 その刹那、2機のACが交わり、青白い火花と閃光、爆風が一瞬の間も許さずに迸った。
 次の瞬間にはヴィエルジュが火に包まれ、激しい火花と炎、耳を劈く金属音をばら撒きながらアリーナの床を転がり、下半身と左腕を千切り飛ばした末に観客席近くで停止した。だが、直接の原因は剣戟によるものではなかった。
 ヴィエルジュが斬りかかる寸前、ヴァージニティーの肩と上腕部から一斉に5発のミサイルが放たれたのである。本来近距離では使用されないミサイルだったが、しかし直美はヴィエルジュの突進速度と剣戟のタイミングを見計らい、ブレードを振りかざそうと言う所でブーストダッシュ、愛機をやや前傾姿勢に傾け、ミサイルポッドがヴィエルジュに向くように仕立てたのだ。ヴィエルジュが斬りかかったのは、既にコアには迎撃装置を潜り抜けた全てのミサイルが突き刺さった後である。そしてミサイルでコア前面を抉られたヴィエルジュは、僅かに振られたブレードが突き刺さった事で止めを刺された。
「試合終了!! アストライアー選手ノックアウト、直美選手の勝利です!!」
 アナウンスが流れるや否や、ゲートが開き、回収用のMTや救助隊員達が闘技場に足を踏み入れてきたと同時にヴィエルジュは大爆発炎上、周囲は騒然となった。
 すぐさま消火と、続いて救出活動が開始されるが、数分後には女傑それぞれのファンも、更にはアストライアーのアンチファンさえもが一様に絶句した。
 コックピットから引きずり出されたアストライアーは、無残に焼け爛れ、臓器が露出した凄惨な姿に成り果てていたのだ。常人なら即死していて当然の状態であり、アストライアー自身も微動だにしない。サイボーグなので辛うじて瀕死に留まってはいるものの、それでも延命・修理と言った処置を行わねば一日と持たない有様であった。
 アストライアーはそのまま、強化人間収容用の医療カプセルに入れられ、そのままアリーナから運び出された。居並ぶファン達は一連の光景を前に絶句。臓物が露出していたために耐性の無いファン及びアンチファンは顔を背け、酷い者はその場で嗚咽したり嘔吐する始末。大破したACに搭乗していたランカーがこうして無残な姿で救出されるのはたまに有る事なのだが、やはり人間の臓器(しかも無残に破壊されている)が見えてしまうため、駄目な人はとことん駄目なのである。
 勿論、テレビ放映される際はこうした凄惨な有様は編集でカットされるが、生でアリーナを見ている観客達は、その前に退席しない限りは目の当たりにする事になる。そして、アストライアー自身もそれに加わる事となってしまったのである。
 斃れたレディ・ブレーダーに対して、直美はただ無言で見送るのみであった。

 大破したヴィエルジュ、死んだも同然のアストライアー、そしてそれらと取り巻く救助隊員達の様子を一瞥すると、エースはアッシュブロンドの女性をその場に残し、アディリスを従えて早足で姿を消した。
16/09/15 12:14更新 / ラインガイスト
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■作者メッセージ
 作者がこれを言ったらアカン気がしますが、第39話は何度見返しても「これで良いのか?」と疑問を抱かずには居られぬ話です。
 その原因の8割方は間違いなく直美さん。レディブレーダーにおいては2人居るという設定になった原作主人公の立場だから、原作に即して……とは行かなかったのです。
 で、相手が原作主人公相当であるだけに、普通に考えればやはりアス姐には負けて貰わねばならないのですが、物語上の主人公であるだけにあっさり負けるのも忍びない。
 そのため後の展開にも影響出るのを承知でプロットを何度も書き直し、今に至っています。

 ■イレギュラーを手掛ける事の苦悩
 レディブレーダー執筆で毎度毎度苦心させられるのがエレノアたんと直美さんの両名です。
 前者は子供であるがゆえに幼児語使ったり、はたまた子供ならではの描写を入れねばならなかったりで、作者自身がいつまで経っても慣れない(実はラインガイストは子供と接するのが苦手)ゆえ、手がけると毎度ながらジンマシンが出そうに(実際に出た事はないとはいえ)……それでも案外何とかなってしまうものですが(笑)
 問題は後者で、特に今回のように戦闘主眼となるとかなり面倒くさい事この上ない。
 と言うのもイレギュラーであるがゆえに「レイヴン達の常識から外れた所」を書かねばならないので骨が折れるのです。

 さらに言えばキャラクター的にもこの両者は原作から見れば異質そのもので、特にエレノアたんは原作どころか破壊と殺戮と戦乱とカオスと裏切りを秩序とする(私見込)ACシリーズには未来永劫発生しないであろうキャラですから……。
 一方、直美さんはfAのメイ・グリンフィールドが性格的に近いような気がしますが、それでもアス姐翻弄(意図的かどうかは、都合上ここでは言及しません)する辺りは実直なメイには程遠く。
 そんな訳で、キャラ描写上、原作シリーズが参考資料として全く機能しないのがキツイ限りです。故に此処まで執筆に悪戦苦闘する羽目に……。

 ■イレギュラーであるが故の苦労
 イレギュラーを演出するために、

 1.異能系ライトノベルのようにぶっ飛んだ強さで無双する。
 2.イレギュラー以外は原作準拠、最低でも原作からは大きく逸脱させない。
 3.生い立ちなど、強さ以外の所に異質な部分を入れる。

 以上の方法を考えたのですが、1の方法は物語との整合性が取れなくなって面白さがなくなるか、途中で書けなくなるかのどちらかになるだけ。というか一流のプロクリエイターでさえ、それをやろうとして荒唐無稽な作品となる(ライトノベルやギャルゲーで特に顕著)事を考えるとまず無理。
 2の方法も、既に原作とはパワーバランスが変わっている上に長期連載となってしまったAC3LBでは最早やりにくくなってしまった為、消去法で3の方法を選択せざるを得ず。
 と言うより、アス姐との絡みの問題で、自然に3に落ち着いてしまったと言った方が正しいような気もしますが。

 それはそうとして、またしても主人公死亡の危機と言うか、今度はマジで死んだも同然の状態となってしまった訳ですが……
 とりあえず、待つべし次回(爆)

 さて、どうしたものか……。

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まろやか投稿小説 Ver1.50