連載小説
[TOP][目次]
#37.対決前日、ガレージにて
 つくづく、わからない奴だ――もしマナ=アストライアーに、現在のイレギュラーの片割れである直美について誰かが訊ねたならば、そんな答えが返ってくるだろう。
 これまで彼女が知っている情報を纏めた限りでも、アストライアーが直美について知っている事が果たしてどれほどあろうか、全く以って見当がついていない。戦いから解る事があったとしても、それは全く以って掴み所のないと言うか、どこから掴み所を見出して行けば良いものかが解らない。
 そもそもアストライアーから言わせれば、依頼なら兎も角アリーナにおける不可解さが全く以って解せない。動画やニュースなど映像記録から見た限りでは、最高出力ブースターCBT-FLEETを装備していること以外は特筆するべき点のない器用貧乏なアセンブリで、あらゆる相手と良い勝負を演じながら最後には勝利してしまう、超然とした不可思議性を伴う不可解さが全く以って解せない。
 それがトップランカーレベルであれば駆け引きやアセンブリの相性と言った点もあってまだ分からなくもないが、それがレイヴン暦半年足らずの素人にまで及んでいる。普通のランカーに直美の腕前が備わっていたならば有無を言わさず、それこそ秒殺も珍しくはないだろうとの印象がアストライアーにあり、自分もまた、同じ立場ならそうしているとの認識があったのだ。
 アストライアーは自分との戦いにおいて見せたスタイルについても指摘していた。CBT-FLEETの高出力を持ってすれば、無理に自分に斬りかからずとも後退しながら射撃を見舞い続けていれば良い事である。汎用的なアセンブリとは言え、ヴァージニティーには逃げられる機動力やスピードがあるため、火力面も含め十分可能な事である。それなのに、わざわざリスクの高いインファイトを仕掛ける理由がわからない。
 これまでの敗北の記憶を振り返ってみても、直美が単独で自分に土を付けたのは、剣戟によるものだった。だが、振り返ってみてもその理由など解らなかった。
 直美について更に不可解さを助長させているのが、直美そのものの人間性だった。
 全体的に言って、直美について露出している情報は極めて少ない。自己顕示欲の強い輩も決して珍しくないレイヴンだけに、普通ならばトップランカークラスの大物ともなれば、グッズが売られたりニュースや雑誌で取り上げられる事は多い。自分の名を売ろうと、それらに名を売り込む様子は決して珍しくないからだ。決して多くはないがコーテックスが直々に宣伝するケースもある。
 その中にあって、直美は第1アリーナのトップランカーであるにもかかわらず、グッズ展開が一切ない上、雑誌取材も異様なほど少ない。アストライアーがそうだったように、悪名が高過ぎる為に宣伝やグッズ展開をしても利益にならないとスポンサーやコーテックスが判断したのか、或いはマスコミ嫌いで一切取材を受けないのか、それとも他に何か理由があって自ら情報の露出を控えているのか。いずれにしてもレイヴンとしての直美については、情報量は殆どない。
 反面、一個人としての直美の人間性はアストライアーも見ている。だが時に冷徹で、時に妖艶で、時に温厚柔和と、一体どれが本当の直美なのか判別できなかった。
 これが直美と無縁であったならば何も問題なかった所だが、アストライアーにとっては非常に宜しくない事態である。何せ、積り積もった謎が彼女との決戦前日となってしまった今に至ってもそのままであったのだから。
 無論、アストライアーとて何もしないままこの時を迎えていたわけではない。愛機のチューニングや操縦訓練、イメージトレーニングやボディのメンテナンス等、出来る範囲での最善は施している。しかしながら相手を知らない事には上記の諸問題も決して解決せず、心理的に大変宜しくない状態で決闘に臨む事となってしまうだろう。
 とはいえ、現状、ガレージにおける他人から見た姿はそんな内情などまったく感じさせない、レイヴン達がよく知る冷徹な女剣豪そのものである。頭が固い、融通が利かない、冗談を解さない、手を出せば骨諸共斬られる――死と破壊の世界に生きるレイヴン達からすらも近寄りがたい、戦闘的な雰囲気を常に纏っている。実際の所は、アストライアーは決戦に備えて闘志を高めていたのだが、そのせいか視線の鋭さもひとしおと感じる周辺者は多く、おかげでより一層近寄り難くなっている。
 だがストリートエネミーは、そんなアストライアーに平気で近寄って来た。大抵のレイヴンを恐れさせるに不足のないレディ・ブレーダーが、妙に真剣な顔をして雑誌に目を通している事が異様に思えたのである。
「珍しいじゃねぇか」
「私でも雑誌ぐらい読む」
「いやそれ位は良いんだけどよ……ゴシップ・メイト紙じゃねぇかそれ?」
 ストリートエネミーは雑誌表題を見て苦笑した。何せゴシップ・メイト紙と言えば、半分冗談としか思えないようなゴシップ記事を扱っていることで知られているからだ。ちなみに、ストリートエネミーとミルキーウェイの仲を真っ先に報じたのも此処だったと当事者は記憶している。
 対象は様々で、女優やアーティスト、企業重役等各界の著名人、更にはアリーナランカーにまで及んでいる。当然その中には、人目をはばかりたくなるような内容の記事も多い。アストライアーを堅物の部類に入れているストリートエネミーからすれば、好き好んで読むようなシロモノとは思えなかったのだ。
「直美の話題があったからだ。それ以外に理由はない」
 決戦相手の情報が気になる当りはストリートエネミーにも理解出来る。しかし、それでゴシップ紙に目をやる理由が分からない。
「で、何読んでるんだ?」
 何か関心を引くような事でもあったかと思いつつ、手にしていたコーラのボトルに口をつけるストリートエネミーを前に、アストライアーは大真面目な面を向けて返した。
「直美のレズ疑惑」
「ぶぼッ!?」
 ストリートエネミーはコーラを大噴射した。
「うわ、汚ねぇ!」
 偶然近くを通りかかった整備士の青年は逆流した黒炭酸水を際どい所で回避し、罵詈雑言をぶちまけながら急ぎの仕事へと向かって行った。
「げー、エンガチョー」
 離れた所ではファレーナがその様子を白い目で見ている。
「……貴様は何をしている?」
 アストライアーの眼前で、ストリートエネミーはしばし咽た後に何とか息を整えた。
「ア、アス……何か悪いモン喰ったのかよ?」
「何を言う。私は正常だ」
 ストリートエネミーは目を丸くして唖然となった。記事の内容も内容だが、それを大真面目な顔で、しかも嫌悪を一切表に出さないで口走ったアストライアーが信じられなかった。
「おや、珍しいですね」
 そう言ってその場に入り込んで来たのはテラだった。以前、アストライアーが入院していた時に出会ってからと言うもの、嫌味さすら感じさせるぐらい落ち付いた物腰の気取ったヤツという第一印象があったのだが、こうやって会話に入り込んでくる辺りからすると、案外気さくなヤツかも知れねぇなと、ストリートエネミーは思っている。
「直美嬢がメディアに出て来る事って基本的にないものなんですが」
「そうなのか?」
「気付かなかったのですかストエネ殿? 彼女が在籍している第1アリーナでなくても、直美嬢関連のグッズが殆ど売られていない事に」
 その略し方は何なんだと思いかけたが、ストリートエネミーは漠然とながらだが、直美関連のグッズは言うに及ばず、雑誌でも直美を取り上げた記事が殆どない事に気が付いた。
 レイヤードのアリーナ関連の雑誌では、大抵がランカーへのインタビューや搭乗AC紹介、行われた試合のレポートと写真掲載、試合の予想と戦評、それらに対するファンの寄せ書きが殆どを占めている。話題の中心がトップランカーや上位勢、その他名の知れたランカー達ともなるとファンからの注目度もかなりのもので、家庭、学校、広場、オフィス等、流血の見世物であるだけに人こそ選ぶものの、時として話題沸騰と言う事にもなった。
 当然アリーナ運営局も黙っておらず、収入を見込んでかランカー関連のオフィシャルグッズを売り出すようになったのである。ファンもファンで、酒やお菓子、贔屓ランカーのグッズを買い、勝敗を予想して掛け札を買った。地上時代のマスメディアが、野球、サッカー、プロレス、マラソン等各種スポーツの人気をあおるのと全く変わりない事だった。
 そんな訳で、第1アリーナのトップランカーである直美のグッズが出回り、雑誌の取材も受けているはずではあるが、アストライアーやストリートエネミーの記憶にある限りでは、直美関連のグッズが出ていないし、雑誌にその名が載った事もない。
 トップランカーである以上、知名度も高いだろうから金稼ぎのネタになるだろうとの認識があるストリートエネミーは、自分が経営者だったら、直美を間違いなくプロモーションからグッズ販売まで、あらゆる場面で金蔓として活用すると思った。それだけに、宣伝やグッズ展開を全くしないのはどうしてなのか、彼は気に掛かった。
「そう言えばそうだな。トップランカーなんだから、取材受けたり、グッズぐらい出ても別に良いだろうに。知名度上がるし金も稼げるしで、悪い事じゃねえと思うんだけどな」
「直美嬢にそんな精神はありませんよ」
「何でそう言い切れるんだよ?」
「直美嬢は大のマスコミ嫌いなのです」
 テラの話では、アリーナで試合が終わるのを待っていた記者達から質問攻めにされた際、「あなた達マスコミのその姿勢が嫌い」と、直美自身が公言したと言う。そして彼女は一貫して「取材拒否」の姿勢を取り続けたのである。
「恐らくは、アストライアー嬢と同じでしょう」
 アストライアーは何も返さなかった。自分についての言及が全くその通りである事以上に、それ以上に直美がマスコミ嫌いである点が意外だったのだ。まだ確証はないが、もし本当だったら案外自分と似たような価値観の持ち主なのかも知れないとアストライアーは考える。
 この当りはBB抹殺の後日、フランツ・ヨゼフ川で邂逅した際に薄々感じていたが、今回のテラの情報でそれがより確証を伴ったように思えた。
「それと、直美嬢に突撃取材したパパラッチが翌日死体になって発見されてます」
 テラの話では、パパラッチは首を斬られて死んでおり、切り口はレーザーで焼き切られたように炭化していたそうだ。カメラや記録媒体等もすべて奪われており、犯人は未だに不明。直美は殺人の疑惑について否定しており、また直美の犯行を裏付ける証拠も見つかっていないが、テラは直美が手を下した可能性があると考えている事を話した。
「何だその猟奇殺人チックな一節は……」
「他にもまだありますよ」
 テラの記憶のうちでは、4ヶ月ほど前に直美を取材したジャーナリストとアリーナ雑誌の出版社が「事実と違う事を書いた」と訴えられ、賠償金を支払わされた挙句に記事の訂正を命じられた事があったという。しかし当の出版社は表現の自由を傘に控訴、今度は出版社側に逆転無罪と言う判決となった。直美が一切の取材を拒否する姿勢を取り始めたのは、この頃からではないかとテラは考えている。
 しかし、話はこれで終わりではなかった。先にテラが話したパパラッチの殺害事件と前後して、ジャーナリストが相次いで斬殺される事件が発生、更にルキファーが当の出版社ビルをグレネードで爆破して大量の死傷者を出す事件まで起きた。
 直美とアキラの関係が既に広く知られている中、直美に命じられてアキラが事に及んだとする推測もあったが、アキラは誤爆と主張。実際この時にルキファーが、実働部隊と思しきACを追撃していた様子が目撃情報として各所に寄せられ、また直美自身も取材拒否ながら関与を否定している。結局、これについての真偽は今も不明のまま。
 いずれにしても直美はマスコミとの軋轢が生じた末に取材拒否の姿勢を取る事となり、遂には「わたしの素性が明かされて、それが元で管理者実働部隊に殺され、ひいては実働部隊を止める者が居なくなるかも知れないのだから、わたしに触れないで欲しい」と、最初で最後の取材に応じている様子を目の当たりにしている。
 報道関係者やジャーナリストの中には、お決まりの言い分である「報道の自由」「知る権利」を傘に直美への取材を続行すべきだと示す者も居たが、しかし現実問題、直美とその仲間達が実働部隊の破壊活動阻止において最も活躍し戦果を挙げているのは疑い様のないところであり、取材・報道によって管理者サイドに情報が流れ、直美達の弱点を知られて彼女達を殺されたら以後どうなるかとの疑問に対し、明確な答えを出せたマスコミは存在しなかった。
 直美には失礼な事ではあるが、「直美が居なくても彼等なら何とかなるだろう」との楽観視から、他のレイヴン達の名を出したマスコミもあった。だが、エースとバルバロッサは能動的に動く気配がなく、BBは後にアストライアーに殺され、ロイヤルミストは若手レイヴン達にリンチされて死亡。その他に名の出たレイヴンは誰一人として実働部隊戦から生還しなかった。ちなみにこの時アストライアーは、レヒト研究所でアキラ一行に敗れ「意識不明の重体」と誤報されていたせいか名は挙がらなかった。
 いずれにしても、アキラと直美、そしてその仲間達が管理者実働部隊阻止において重きをなしている以上は実働部隊に情報を知らせるわけには行かなくなった一方、元々イレギュラーであり、秩序を破壊しかねない存在であるアキラと直美を英雄として祭り上げる事に相次いで疑問が上がり、両者への取材は以後行うべきではないと結論付けられた。
 こうして直美関連の情報が、以後、マスメディアにおいて殆ど見られなくなったと言うのがテラの語った所である。
「ですからアストライアー嬢も、恐らく直美嬢の記事が載っていたことで強い関心を持ったのでしょう。例えそれがゴシップの類であろうとも」
「へぇ」
 ストリートエネミーが納得する横で、あのゴシップ紙の編集者や記者がそのうち訴えられるでしょうと、テラは嘲笑と哀れみの混じった笑みを、アストライアーが目をやる誌面へと向けた。
 アストライアーは先程から何も答えず、テラが話すに任せていた。
「そう言えばアキラと、あとアスのグッズも全然ねぇな」
 直美の事例に続き、ストリートエネミーはそう呟いた。だがその理由は、アキラとアストライアーが揃ってプロモーションを全く望んでいない上、世間一般では殺戮者扱いされて恐れられているため、グッズを出しても売れ行きが望めないであろうとの推測から、ストリートエネミーは自ずと理解し納得していた。
 また、アキラやアストライアーの逆鱗に触れた者は容赦なく殺されるというイメージもある。試合中でも平気で相手を殺し、ブレードで斬り合おうとする相手にバズーカやグレネードを撃ち込んでいた2人である。競技精神皆無、相手への礼儀も皆無、非人間的態度、依頼と言う面目で行われている合法的破壊行為――ファンから嫌われる要素に事欠かないうえ、裏でパパラッチやジャーナリストを殺戮しているのではとの黒い噂が絶えない。
 しかしながら、実のところはよっぽど評判の良くないランカーならば誰もが似たような状況なのである。ストリートエネミーはアキラとアストライアーの2名を具体例としていたのだが、彼はレイヴンなら少なからず似たような事をしていると言う現実を、考慮のうちから外していた。
「その代わり女性ファンからの受けは抜群に良いと聞き及んでますがね」
 その男らしい風貌と振る舞いからか、ファンに嫌われる要素には事欠かない筈のアストライアーに、何故か女性ファンが多い事をテラは知っていた。アリーナで素顔を晒そうものなら黄色い声援が上がるほどであった。
「……女はわからねぇな」
「その前にプロモーションに積極的な婦女子が居るじゃないですか。貴方のすぐ傍に」
「だったな」
 ストリートエネミーはそう言うと、ネージュの微調整について色々とサイラスに頼み事をしているミルキーウェイに横目を向けた。
 それと言うもの、ミルキーウェイが「アリーナのアイドル」扱いされている事からも分かる。
 観客の声援が生き甲斐と語る彼女は、同時に自身のプロモーションに対してかなり積極的な方であり、グッズ類は言うに及ばず、雑誌やテレビなどマスコミへの露出も多い。ついには写真集撮影のオファーが来る始末である。
 そんな事情があり、武闘派の女流ランカーであるアストライアーとしばしば比較され、実力より人気を選んだと後ろ指を指され、その手のファンから否定的意見を飛ばされる事もあるが、当人に気にする様子は全くない。
 それどころか、「何で色気ないの人と比較されなきゃいけないのよ。ベクトル違うんだから比較したってしょうがないでしょ」と、アストライアー相手とは言え比較そのものを批判した事を、ストリートエネミーは知っている。その一方でアストライアーも「何であんな俗物と比較されねばならない」と、不快感も露わに怒鳴った事も。
 あの後で、今度は同列にあるファレーナと比較されて、その事で偉くムキになったなと、ストリートエネミーは苦笑いした。
 そうした横で、アストライアーはゴシップ紙を閉じて、一同がテーブル代わりとしていた空のボックスの上に置いた。
「もう良いので?」
「所詮はゴシップ紙だった」
 それだけ言うと、アストライアーは颯爽とグラディウスに跨った。
「今日は用事があるからこれでおさらばだ」
 アストライアーはそれだけ言うと、バイクのエンジン音を高らかに響かせ、足早にガレージから去って行った。
「……いいのかアイツ? 直美との決戦控えてんだろ?」
「別に良いのでは?」
 決戦前の姿勢として是非は兎も角、これ以上の詮索はプライベートの領域になるだろうから口を慎むべき――そうテラが言いかけた時だった。
「ミルキーさーん!」
 クリーム色のTシャツにカーキ色のベスト、黒のジーンズと言うラフな格好の男がマイクを持ってミルキーウェイに歩き寄って来る。その後ろにはでかいカメラとでかいマイクを持った男など数名が続く。何れの男の背中にも、ミラージュ系列の放送局兼番組制作会社トライスター・ブロードキャストの名と、そのシンボルである三ッ星が見受けられた。
 つまり、こいつ等はテレビ局の取材クルーか何かである。
「あ、どうも〜☆」
 その姿を見た途端、ミルキーウェイが「私はアイドル」とでも主張するかのようなキラキラを漂わせ始めた。
「また来ちゃったんだねっ☆」
「ええ、また来てしまいましたよ」
 先頭にいたラフな格好の男がマイク片手にミルキーウェイに受け合う。
 彼こそ、トライスター・ブロードキャストのスポーツ担当記者兼アナウンサーであるアルフレッド=ブルックである。
 彼はアナウンサーと言う立場ながらも、AC同士が戦うアリーナが好きで好きでたまらないと言う男であり、特にミルキーウェイを熱烈に応援してくれているのだ。他にもファナティックやインパルス、サンドヴァル等を「注目のこの人」と称するコーナーを面目に突撃取材を試み、ワルキューレに突撃取材を敢行した所、テレビカメラの前で説教を喰らう羽目になったりもしたと、ストリートエネミーは知っている。
 そして、マスコミ嫌いのアストライアーからは蛇蝎の如く嫌われた挙句、カメラやマイクを一度ならず殴り壊された事も。ちなみにアストライアーは機材破壊により賠償金を支払わされているが、数万c単位の報酬から見ればはした金である。
「アストライアー嬢、この人来たと察して逃げたんでしょうかね」
「多分な。あいつの性格上有り得る」
 テラとストリートエネミーが揃って苦笑する前で、ミルキーウェイはキラキラの数を2倍ほどに増やし、アルフレッドの手を取って話している。
「そう言えば今日はストリートエネミー氏はご一緒じゃないので?」
「あー、お兄ちゃんならすぐ近くで――」
「いよぉー、アルフ!」
 アルフレッドがストリートエネミーが近くにいた事を知ったのは、彼に尻をつねられた時だった。思わず「アッー!」と情けない声を上げて仰け反るアルフレッドに反撃を許さず、ストリートエネミーは肩に手を当て話しかけた。
「また会えて嬉しいぜコノヤロウ! こないだ、俺の試合で随分ボロカス言ってくれたみてぇだなぁ?」
「ああ、アレは若かりし頃の過ちと言うヤツですよ」
「どこが若いんだよ、もうそこのカメラマンと同じで40だろ?」
「四捨五入しないで下さい! まだ僕は35ですよ!」
 アルフレッドは勿論、取材クルーも言いたい放題に洒落のめす格好で、ストリートエネミーは飛び入りで取材に応じていた。成り上がる事を夢見ている彼は、マスコミの取材を歓迎しており、また成り上がる為にはマスコミに露出する事も必要だろうとの考えがあった。
 しかしながら、ああやって気さくに取材に応じ、記者と漫才寸前の掛け合いを演じている辺りには、同業者からドブネズミや金の亡者と呼ばれていた男の印象はあまりない。寧ろそのその姿は、どこにでも居そうな、ちょっと柄は悪いが気の良い兄ちゃんと言った風情である。少なくとも、テラや周辺の整備士達にはそう見えていた。
「ちょっと、そこのおじさま?」
 此処でまたもやサプライズ参戦が出たようだ。胸を強調した衣装、ミニスカート、ヘソを中心に大きく露出した、売春婦の様な姿のファレーナが現れた。そして、何の躊躇もなくアルフレッドに絡み始める。
「何でドブネズミ君とつるぺたミルキーたんが私を差し置いて取材受けてるのよ?」
「誰がドブネズミだコラ」
「つるぺた言うな!」
 御立腹のミルキーウェイなど殆ど意に介さず、ファレーナは能天気なレポーターに絡む。
「アルフレッドさんはつるぺたが好きと。覚えとくわね」
「いえいえ、ファレーナさんみたいに大きい方も――」
「エロオヤジ自重しろ」
 ストリートエネミーがアルフレッドの頭にチョップを食らわす横で、ミルキーウェイは「ばかー!」と子供っぽくファレーナに殴りかかった。
「おおっと、ここでファレーナVSミルキーウェイの第19ラウンド開始ですよ!」
「あんたん所の夫婦喧嘩と同じだな」
「大きなお世話ですよ!」
 ストリートエネミーに冷やかされ、アルフレッドの顔が赤くなった。
 レイヴン達と、アナウンサーと、その取り巻きの取材クルーがてんやわんやとなる中、テラは巻き添えを食らうまいと、そそくさとその場から離れた。
 テラ自身は、マスコミに対してそれ程否定的な見解を持っている訳ではない。それどころか、自分が優れた射撃スキルを有し、一芸を極めた事の重みや凄さと言ったものをアピール出来る良い機会として捉えている。だが、自分はあくまでもACを駆って戦うレイヴンであり、エンターティナーの類ではないことを彼は自覚していた。
 アリーナで戦い、観客を楽しませることを基準とすれば、テラもエンターティナーとして分類出来るかも知れないが、そうだとしても、彼の「エンターテイメント」には流血や犠牲が常に付き纏う。射撃に絶対の自信を持っている事を否定はしないが、だからと言って大声で自慢出来るようなものでもないとも彼は見ていた。
 そうした考えを持つテラは、ガレージの様な何でもない所で、しかも芸人のような形でマスメディアに露出する事には疑問を持っていたのだ。自身の宣伝やアピールは良いが、自分はあくまでもレイヴンである。芸人の類ではないと言う自覚が、ここでの取材に引け目を感じさせていたのだ。
 ガレージの外に出て、気晴らしにコンビニにでも行こうかと思いながら、テラは自分の周囲の面々を振り返る。
「結局、どうアピールするかも、マスメディアをどう見るかも、レイヴンの自由と言う所ですかね……」
 ストリートエネミーやミルキーウェイ、ファレーナは積極的に取材を受けるなどして自身をアピールし、グッズ類販売も大歓迎。テラ自身はどちらかと言えばマスメディアへの露出などのアピールを歓迎。一方でトラファルガーはダーティな身の上である事を理由として、マスコミへの露出など自身のアピールには消極的であった。アストライアーに至ってはマスコミに対し「貴様も今殺した奴の様に斬って捨てるぞ」と明確な嫌悪を見せており、その姿勢からグッズ類も殆どない。
 現在依頼遂行中のブルーネージュに至っては、「マスコミに関わりたくないし、私の名が安売りされるのも嫌だ」と言う、それだけの理由でアリーナ参戦を拒否したぐらいである。その外の連中にしても、取材拒否や信用の置けるジャーナリストの取材しか許さない、取材拒否だがグッズ販売は許可など、十人十色の様相である。
「全く、自由が認められたレイヴンらしい話ではないですか」
 テラはそう、己を納得するように言い聞かせた。


 ガレージを去ったアストライアーは、その足で託児所に預けたエレノアを迎え、自宅マンションへと取って返していた。
 出発直前、アルフレッドの姿が現れたのは予想外だったが、距離がまだ遠かった事もあり、自分が居たことは知られぬまま、上手い事奴から逃げられたと安堵したが、その考えはすぐに日常的な司令へと切り替わる。
 幾ら直美との決戦を控えているとは言え、エレノアを放置しておく事など、アストライアーには出来なかった。
 そのエレノアに対して、アストライアーは直美との決戦を控えている事は黙っていた。言ったら最後、どんな顔をされるか分からないからだ。その為残酷な決断となってしまうだろうが、エレノアの気持ちを考慮するに及び、そうせざるを得なかったのだ。
 だが考えてみれば、直美との決戦に敗れ、しかも生還出来ずにエレノアを突然路頭に迷わす事になってしまう方がよっぽど残酷であろうと、今更ながら気づかされてしまう。
 出来ればブルーネージュに後見人を頼みたかったが、既に作戦遂行中らしく、携帯端末からは一切の応答がない。メールの送信すら出来ない状態だった。最早、親友にエレノアの後事を託す事も期待出来ない。
 しかし、決戦の刻は待ったなし。その上、残された時間で出来る事など最早限られている。恐らくは、直美に迫ろうとしても徒労に終わってしまう事だろうし、これ以上有力な情報を掴める気配もない。これから実行したとしても、やる事成す事は恐らく無駄に終わるだろう。
 己を知り敵を知れば百戦危うからずとの諺があるが、己が戦いの場にない今、敵を知ろうとしてもそれは限界がある。寧ろ、戦わないと分からない事の方が多い相手も確かに居る。そして、それは直美に他ならない。
「……この際、もう良かろう」
 アストライアーは自分に言い聞かせるように呟く。諦めたような、低く沈鬱な声で。だが、次の声には明確な決意と殺意を滲ませていた。
「かくなる上は、戦って確かめるだけだ。そして、それで答えが得られるのであれば……」
16/05/21 18:31更新 / ラインガイスト
前へ 次へ

■作者メッセージ
 前回の投稿が2013年の12月、そして今回は2014年の8月末と随分ブランクが開いてしまいました……。
 とは言え旧小説板連載当時は1年ブランクがあった事もあったので、そうならなかっただけでも御の字かなと。

 今回の話は決戦前日のアス姐も絡めつつ、レイヴンの名が広まる事に対するスタンスの明示に関する話が中心になっています。
 レイヴンにとって、知名度の向上は活躍のアピールにもなりますが、一方で自分の悪行が知られてしまう諸刃の刃だと私は考えています。その正の面がミルキーウェイ、負の部分の代表格はアストライアーであるという構図となってしまいましたが、まあ重ねた悪行が悪行なんで仕方なく……。

 個人的に形振り構わぬ姿勢のストリートエネミーは、成り上がるためにはマスコミも利用しようとか考えそうですがどうでしょうか。
 でもその後自分の悪行がバレて叩かれまくり地位を失う、なんて事にもなりそうですが(笑)。

■プロット作成は計画的に
 今回は当初、決戦前日のアス姐を書こうとしてはじめたものですが、書いている途中に他のレイヴンが絡み出し、気がつけばアス姐よりもレイヴン達の情報公開及びグッズに対するスタンスの記述が主になりました。

 思えばAC3LBは、プロットを作っては変えたり壊したりの繰り返しをしてここまで来たのですが、それだけに時として話の進行が長い事停滞してしまうこともあったりして、連載時期も作品数も長ったらしいものになってしまった感が否めず……。
 9年も続けているのに未だに完結出来ていない事を恥じるべきか、はたまた9年間も続けられた事を誇るべきなのかは結論付けられないにせよ、次以降の作品ではもっと計画的に進めたいものです。
 創作をしている、もしくはしようと思っている皆様方もご注意を。

TOP | 目次

まろやか投稿小説 Ver1.50