連載小説
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#34.強敵を追って(その2)
 5時間ほど後、メタルスフィアにばら撒いた50cを代価にデータを入手したアストライアーは帰途に就いていた。すでに日は傾き、ナトリウムランプの光がトレーネシティの薄闇を照らしている。
 規定ギリギリの速度でバイクを飛ばすレディ・ブレーダーが手に入れたデータは、直美のミッション時における行動記録のうちで判明している分と、他のレイヴンはじめアリーナランカー達との試合の動画が大半を占めていた。容量にして十数ギガバイト相当。動画の本数もさることながら、何をしているのかが詳しく判れば良いとばかりに、入手した動画は殆どが高画質映像であったのが原因だ。しかも、それ位やる暇があったら他のも頼むと言う事で、データ圧縮もしていなかったのである。
 全て確認しようとするとなると、丸1日はかかるかも知れない。そして、そこから直美の戦い方について分析するとなれば、更に1日は掛かるだろう。直美との決闘の日時がいつになるか分からないにしても、対策を練る等、戦闘の備えを行うとなると、日数は限られてくるだろう。急な依頼が舞い込んで、貴重な時間を更に減らされる可能性も否定できない。そもそも、そうでなかったとしてもエレノアの世話に回す必要まである。
 現実として起こりうる事態を思い起こしたに及び、流石に少々買い過ぎたかとアストライアーは思った。確かに、直美に関する情報は根こそぎ手に入れられた事は収穫であるが、いかんせん自分の生活上の丈を、軽率にも無視してしまった所がある。果たしてこのデータの何割が、実際に眼を通した上で、直美と対峙する上で役に立つのか――
 考えが過ぎる中、アストライアーの尻が下から突き上げられた。同時にクラクションが鳴り響く。それでハッと我に返ったレディ・ブレーダーは、いつの間にか中央分離帯に乗り上げていた事に気がついた。クラクションは、それに気付いた市民が親切にも警告してくれたのだろう。
 慌てて車道に戻ると、アストライアーは逃げるようにして交差点を右折。路地へと入る。
「さて、エレノアは何事もなく過ごせただろうか……?」
 今日は、アリーナでの敵情視察と言う事もあり、レイヴン達にエレノアが狙われる危険は拭えなかった。そのためエレノアは託児所待機である。
 エレノアを迎えに行かねばならぬ事を思う度、しばらくエレノアはBB一派に拉致されていたため、託児所に姿を見せられなかった事を、保育士から指摘された事を思い出し、アストライアーは気分が重くなった。
「レイヴンの身勝手に付き合わされる保育士も気の毒な気がする……」
 風を靡かせ、誰となくアストライアーは呟いた。エレノアだけなら兎も角、自分がレイヴンであるがために余計な巻き添えを食う人間達が、果たして自分の周囲で何人出てしまうのか。
「……何を考えているのだ、私は?」
 徒な感傷を覚えるような人種じゃなかったとは自覚していたつもりだが、なぜか余計な事に気が行ってしまう。その原因も分からぬままに、アストライアーは託児所の敷地前でグラディウスを停めた。そこには見慣れない真紅のバイクが停められている。これはいったい誰のものだろうかと思いながらも、照明がついていた中の様子を伺う。
 だがその途端にアストライアーは驚いた。能面のような顔に、一切の驚愕が浮かばないまでも驚いた。
「ありえない……」
 アストライアーは目を疑い、一度目をこすった。そして再び目の前の現実を注視する。
「あ、おかあさんっ!」
 エレノアが継母の姿に気づいて駆け寄ってくる。ここまではいつもとそう変わりがない。その後を追って来た、若い女性保育士の姿も許容範囲だ。
 問題は、保育士の後に続いてきた、何故か真っ赤なライダースーツを纏い、翡翠色をしたストレートロングへアを引っさげている女だ。
「お久しぶりね。アリーナで会ってから5時間ぐらいぶりかしら?」
 直美であった。
「何故、此処にいる!?」
 率直至極な感想が盛れる。
「まさか、エレノアに変な事吹き込んでないだろうな!?」
 得体が知れないだけに、何をしでかすか分からぬ所が直美にはありそうである。他の者はどう感じているかは定かではないにしても、好意的な見解を示しているとはお世辞にも言えないがゆえに、アストライアーの口調が厳しくなる。
「だめ」
 エレノアがアストライアーの裾を引っ張っている。
「なおみおねえさんをいじめちゃだめ」
 場所が場所なら即座に直美に殴り掛かりかねない所だったが、エレノアがやめてとせがんで来る。流石にこうなると、レディ・ブレーダーも引き下がらざるを得ない。
「なおみおねえさん、あたしといろいろあそんでくれたんだよ?」
「ええ、ホント唐突に現れたので驚きましたが……だってイレギュラーで、第1アリーナのトップランカーですよ!? それが突然託児所に現れたんですよ!?」
 保育士の驚きようは並大抵ではない。とは言え、元々戦乱の申し子で、勝利の為には形振り構わぬ人種がやけに目立つレイヴンである。子供とは縁遠いであろうと言う認識があって然りだ。
 そんな所にイレギュラーが現れたのだから、驚かない方がどうかしているとアストライアーは思った。大体、自分も直美がここにいるとは思っていなかったのだから。
「バイク乗り回してたら、偶然エレノアちゃんを見つけたのよ」
 本当に偶然なのかとアストライアーは思ったが、出合う筈の無い相手に出会った衝撃が大き過ぎて、口に出せない。
「で、呼びかけたらわたしの事を覚えてくれて……以前、病院で会って少々話しただけなのに覚えてくれたのは嬉しかったわ。で、エレノアちゃんが可愛過ぎて、ついつい一緒に遊んじゃって……」
「トップランカーとは到底思えない人でしたが……」
 直美が少々照れた様子で事の顛末を話す中、イレギュラーがこんな妙に親しみのある人間でしたっけと、保育士は苦笑していた。
 アストライアーはその様子を、絶句して聞いていた。
「でね、かたぐるましてもらったり、いっしょにおえかきしたり、おうまさんごっこしたり、おりがみおったり……いろいろとあそんでもらったの」
「ライダースーツ姿の女がお馬さんごっこで乗られるってのも変な話だけどね」
 あっけらかんとした姿勢の直美を前に、アストライアーは唖然とした。戦闘時に見せた冷たい表情からは全く想像もできなかった直美の新たな一面に、完全に面食らい、拍子抜けした。だが、それが果たして相手の本心によるものなのかどうか、判断しかねた。
 いや、そもそも直美が嘘を吐くような人間だったっけかと、アストライアーは疑問を抱いた。
「ともあれもう遅いわ。お母さんから離れないで帰りましょうね」
「あ、そうだな……保護してくれて感謝する」
 保育士の一言で、アストライアーはようやく現実に引き戻された。そうだった、自分は直美に喧嘩を売りに来たのではない。エレノアを迎えに来ただけなのだ。それに、此処で直美と刃傷沙汰にでもなって、エレノアと保育士を要らぬ面倒に巻き込むつもりもない。
「せんせー、さようなら」
「はいさようなら」
 エレノアと保育士が挨拶する横で、直美は停められていた赤いバイクに跨っていた。
「さて、わたしも帰るわ。仲間に心配されると悪いから」
 エンジン音がアストライアーとその娘の鼓膜を震わせる。
「また会いましょう、エレノアちゃんにアストライアーさん!」
「ばいばーい☆」
「あ、待て!」
 エレノアが手を振る中、まだ聞きたいことがあると思い出したアストライアーは、追跡しようとすぐにグラディウスへと向かった。だがその間に、直美のバイクは託児所を抜け、猛スピードで路地へと消えて行った。グラディウスがエンジンを再始動させる時間さえ与えずに。
「相変わらず消えるのが早い奴だ……」
 またしても直美に迫れる機会を逸してしまい、アストライアーは舌打ちした。
「それにしても、流石と言うべきか……私との決闘を控えながら物凄い余裕を見せている……」
 力の差に起因するのか、余裕を見せ付けられたように感じたアストライアーは背筋が冷えた。
「かえろう、おかあさん。おなかすいたし……」
 エレノアがコートの裾を引っ張って訴えるので、アストライアーも仕方なく、エレノアを乗せたグラディウスを自宅に向かわせた。


 帰宅してからの時間は飛ぶ矢のごとく過ぎた。今日の夕食は直美のことに気をとられていた為か、面倒のないパスタ。無論、栄養的に必ずしも好ましくないのは頭では分かっていたが、食事に割く時間を減らしてでも、アストライアーはメタルスフィアの元より持ち帰った情報に目を向けたかった。
 予想外だったのは、エレノアが一緒に風呂に入ろうと言い出したことである。彼女を腹一杯にして、ハードディスクをPCに接続、いよいよこれから動画ファイルを確認しようとした矢先のことだけに、内心腹立たしかった。
 だが、だからと言ってエレノアを一人で風呂に突き出すような冷たい態度をとるわけにも行かない。
 そんな訳で、アストライアーは渋々ながらもエレノアの入浴に同行、「何をやってるんだ私は……」と内心で文句を垂れながらも、エレノアの背中を流してやっていたのだった。
「ねえ、おかあさん」
 アストライアーは反射的に「何だ?」と返す。
「……なんでなおみおねえさんにこわいかおをしたの?」
 言えなかった。その直美と、そう遠くないうちに決闘をする事になるなどとは。
「なおみおねえさん、とってもいいひとだったよ?」
 だがエレノアの言う「良い人」は、アキラ=カイドウ同伴だったレイヤード地下遺跡での騙まし討ちと、レヒト研究所攻防戦の2回を勘定に含めると実に4回、アストライアーに敗北の辛酸を味わわせ、ノクターンのAC・ザインを初めとした敵対ACを見るも無残な有様にしている。アキラ=カイドウとつるんでいた為にBB派閥との対立もあっただろうから、おそらくは相当数の刺客を返り討ちにもしていることだろう。それを考慮すると、アストライアーには、直美が善人とは思えなかった。
「……おかあさん?」
 背中を流していた手が止まった事で、エレノアも母の些細な異変を感じたようで、振り向いて聞いて来た。
「どうしたの?」
「いや……その直美の事を考えていたんだ」
 主に、あの女が一体どういう人間なのかについて。
「エレノアは遊んで貰ったから分かる事がいくらかあると思うんだが、私は……」
「あっておはなしできなかったの? れいぶんなのに?」
「それが、レイヴンだから出来ないんだ」
 何せ、戦場で出くわしたら殺されかねないのだから。
「それに……会うのが気まずい」
「ケンカでもしたの?」
「みたいなもの……か……」
 未知の部分があまりに多すぎるながら、今現在直美と対立状態と言っても過言ではなく、ともすれば命のやり取りにまで発展しかねない有様である。それをエレノアに言うことなど出来なかった。
 言ったら最後、泣かれるか全力で阻止されるのは目に見えている。
「ケンカしてるんだったらあやまったほうがいいよ? なおみおねえさんにあって」
「うん……」
 なんとも気の抜けた返事しか出来ないが、仕方ない事である。何せ、ケンカどころかもっと凄惨な事態になりかねないのだから。
 ただ、「直美に会え」と言うエレノアの意見は最もである。それによって、あの強敵について、何か知る事が出来るかも知れないと言う点を諦めた訳ではないからだ。
 ただ、会うのが至難であった。
 何せアストライアーは、直美の連絡先はもちろん、住所、良く行く所など、彼女に関する地理的な情報を一切持ち合わせていないのだから。しかも、直美は姿を見せたとしても、何かしらの理由で別れてしまっている。最も、それについては直美を呼び止めて、あれこれ質問する事を忘れていたアストライアーに非が有る事なのだが。
「へっくしゅん!」
 エレノアのくしゃみで、長い事湯から離れさせてしまったなとアストライアーは気がついた。7月の猛暑の中とは言え、素っ裸のまま放置されれば当然冷える。ましてや夜となれば尚更で、さらにトレーネシティは本来夏で晴天なのに、最高気温が20度を割り込み、同地域の4月上旬並みの温暖さでしかなかった。
 さらに、アストライアーの視界隅に表示された外気温表示は14度を示していた。これでは子供には肌寒いかとアストライアーは思い出した。この寒さの中で放置して、また風邪で寝込ませてはご無体であった。自分にはさしたる問題とはならないが、それにしても夏なのにこの寒さは一体何なんだ、また管理者の暴走とやらなのかと愚痴も吐きたくなった。
「……考えに耽ってしまうが、今はこっち優先だな」
 そう呟くと、アストライアーは冷えてしまったエレノアの背中を流し、湯船に浸からせた。そして余計な考えを振り払うように、彼女は自分の体も流し始めたのだが、持ち帰った直美の情報に対する期待までは拭えなかった。


 入浴後、「調べ物がある」を理由にエレノアを先に就寝させ、用事が何もない事を確認し、アストライアーはようやく動画ファイルを確認する時間を得られた。
 クリック後、数秒のうちにメディアプレイヤーが起動し、直美が戦っている様子を再生し始めた。アリーナではない、ミラージュの研究所に、直美が仲間たちを伴って侵入してきた際、監視カメラが捉えた映像だ。画面右下に表示された数字から、アストライアーが直美にサシの勝負を仕掛け、倒されたあの日だと、当の本人には分かった。
 映像の中の直美――正確に言えばヴァージニティーだが、彼女は部屋に入ると、警護に当っていたパーティプレイ駆るフロートAC“ジョーカー”と交戦し出した。
 パーティプレイと言えば、試合序盤は力を発揮出来ないスロースターターとして有名だ。BB派閥が消えて大荒れの情勢である現在でも、そのマイペースぶりは全く変わっていない。だが、ひとたびスイッチが入れば見違えるような動きを見せ、オーバードブーストを用いての急接近から主力であるロケットをねじ込んで来る豪快な戦いや、アストライアーには及ばないもの、レーザーブレードでの白兵戦もこなすほどのランカーになる。
 ただし戦闘開始直後においては、動きののろい下級ランカー同然の男だ。
 直美も恐らくはそれを警戒したのだろう、まだパーティプレイが本領発揮出来ない序盤に急接近、まだ大人しいうちにフロート脚部にライフルを撃ち込んで機動力を奪い、そこをミサイルで粉砕。下半身を砕かれたジョーカーは抗う術もなく床に転がされた。
「……まあ、相手がDランカーでは当然だろうな」
 流石に、この程度でやられる直美ではないだろう。そう確認すると、アストライアーは次の動画ファイルをクリックした。
 次の映像では、ジョーカーがまたもヴァージニティーと戦っていた。
 今度はアリーナでの試合だった。その中で、ヴァージニティーはミッション時と違い、序盤はライフルで削りこそするものの、本格的な攻撃には至っていないようだった。少なくとも射撃は上半身に集中し、フロートユニットを狙ってはいないようだった。
 直美の腕なら、ミッションで出くわした時の様に速攻で撃破することも出来ようものだ。なのに、何故――早くも、頭蓋内には大量の疑問符が浮かぶ。
 さらに試合も中盤、パーティプレイが本領を発揮するようになると、ヴァージニティーの動きが変わった。オーバードブーストで急接近し、ロケットを繰り出しながら肉薄するジョーカー相手に、ヴァージニティーは何とした事か格闘戦を仕掛け、ロケットが至近距離で足や腕に直撃し、レーダーロッドを吹き飛ばされるのにも構わずムーンライトを叩き込んだ。この一撃で勝利をもぎ取った直美だが、ヴァージニティーはコアや脚部をえぐられたりで酷い損害状態であった。
 次の動画ファイルでは、直美はアリーナで、今度はサイプレスと戦っていた。テン・コマンドメンツは上空に舞い上がってチェインガンを連射し、ヴァージニティーの頭部と右腕を破壊、さらにハンドガンとブレードを駆使してのインファイトで、実質敗北寸前にまで追い込んでいた。だが、最後にヴァージニティーに突進し、丁度ジャンプしていた両足を斬り落としたまではよかったが、斜め前方からムーンライトで貫かれ、惜しくも敗北した。
「直美はイレギュラーと言うほど強くないのだろうか……?」
 疑問に思う中、アストライアーは新たな動画ファイルをクリックした。
 次の相手は、直美が現れるまで第1アリーナのトップランカーに君臨していた強化人間レイヴン・ブラックフェザーだった。この男は過去、レイヴン界の中でもタブーとされる依頼主への裏切りを犯し、挙句敵のレイヴンが逃げ込んだ教会や修道院を焼き払った事でも有名で、その強さはエースにも比肩するとされていた。
 ブラックフェザーの戦闘スタイルはBBのそれと酷似しており、搭乗AC「ネクロスフォーゲル」のフレームも、頭部MHD-MM/004と腕部CAL-44-EASと言う差異こそあるが、コアCCL-01-NERと脚部CLB-33-NMUはタイラントと同じである。黒一色で塗装された事もあいまってか、印象もどことなくタイラントに似ており、肩のCWG-GNL-15を構えたりレーザーブレードCLB-LS-2551を振るう様子もやはりタイラントを髣髴とさせる。
 だが武装はまるで異なっており、連動ミサイルMWEM-R/24に小型ミサイルMWM-S42/6、マシンガンCWG-MG-500と、全体的に堅実思考と言った風情である。故にネクロスフォーゲルの外見は、アストライアーには不思議と嫌悪感を抱かせていない。やはり装備武器と黒一色の機体、そして頭部から受ける印象が大きかった。
 だが火力は恐ろしいものがあり、さらに高出力ブースターCBT-FLEETとオーバードブーストにより、ヴァージニティーに対し、重火力ながら機動力のある戦闘を仕掛けていた。少なくとも、重量過多のACを操っているBBなど到底及ばぬ強さを持っている事は、アストライアーにもすぐに分かった。
 何しろ、試合開始4分の時点まで見た限りでは、まだヴァージニティーとネクロスフォーゲル、どちらが優勢であるかは、アストライアーにも全く分からなかったのだから。
 しかもこの直前、ネクロスフォーゲルは乱入して来た別のACを撃破した上で、ヴァージニティーとの戦いに臨んでいるのだ。撃破されたACは、動画で見た限りではロイヤルミストのカイザーに似ていたが、詳しくは分からなかった。
 だが、そんな部外者のことはアストライアーの関心にはなかった。彼女にあるのは、ブラックフェザーと直美、双方に対する関心だ。特にブラックフェザーへは、今まで全く気にも留めていなかったのが嘘であるかのように注目している。
 ネクロスフォーゲルの前で、ヴァージニティーはひたすら迂回と離脱を繰り返していた。マシンガンとグレネードを危惧してのことだろう。同じ立場なら私もそうしていただろうと頷いた所で、ネクロスフォーゲルもまた離脱した。これによりヴァージニティーを補足可能になったと見え、マシンガンを繰り出した。だが距離が遠すぎて、弾丸はかすりもしない。
 今度はグレネードランチャーを展開し、ネクロスフォーゲルはヴァージニティーを狙う。
 これを見るや、ヴァージニティーが動いた。ロックオンが難しく、確実に当てるには技量が伴うこの武器を使っているときが斬り込むチャンスと見たのだろう。
 だがグレネードランチャーは一発も放たれぬまま折り畳まれ、マシンガンの連射が取って代わった。成る程、誘き出しに使ったかとアストライアーが納得する前で、ヴァージニティーは被弾しつつも、蛇行する事で被害を最小限に喰いとどめながら距離を詰める。
 突っ切るつもりか――女剣豪が注視する中、交錯の刹那の間にネクロスフォーゲルが爆炎に包まれた。離脱したヴァージニティーのエクステンションとミサイルポッドが僅かながら白煙を引き、爆炎を突っ切って光線が延びていた点から察するに、至近距離でミサイルを直撃させたらしい。何て使い方なんだとアストライアーが見る中、ネクロスフォーゲルは3発のミサイルでヴァージニティーを追撃した。
 信じがたい事に、ネクロスフォーゲルの受けた損傷は爆炎の派手さの割りには大した事がなかった。
 言葉と感情に出さないまでも、驚愕を顔に張り付かせたアストライアーはファイル再生を中断。ヴァージニティーが肉薄する寸前まで映像を巻き戻し、更に再生速度を落とし、一瞬のうちに何が起きたのか確認する。
「あいつ、何をしたんだ……?」
 アストライアーが訝り、疑惑の瞬間を捉えようと目をぎらつかせる中で、ヴァージニティーがゆっくりと相手に肉薄。さらにミサイルポッドから弾頭が飛び出す。ここまではアストライアーの予測通りであった。
 だがネクロスフォーゲルは発射から着弾までの僅かな瞬間の間にも、マシンガンを連射していた。結果、ミサイルは弾幕に突っ込む形となって爆発。迎撃装置が作動した頃には、ミサイルは撃墜された後だった。
「何て奴等だ……」
 これにはアストライアーは感嘆するより他なかった。迎撃装置抜きで、しかも至近距離から突然繰り出されるミサイルを撃墜できるなど、思ってもいなかったのだ。
 アストライアー自身は、以前ハンターフライとの試合において、ショットガンでミサイルを迎撃した事があったが、あくまでもそれはまぐれ当たりであり、彼女自身が意図したものではない。しかも、ショットガンは広範囲に弾幕を張る武器であり、当然ミサイルとは言え低いながらも命中はしやすいものである。
 だがブラックフェザーは、単なるマシンガン射撃でミサイルを打ち落としてのけたのである。もし自分が同じ立場だったとして、ここまで出来るものだろうか――ブラックフェザーと直美、双方と己の格の違いを見せ付けられ、レディ・ブレーダーは言葉を失ってしまった。
 その間にも直美とブラックフェザーは激戦を展開。相手のミサイルへの対処、近接戦での鍔迫り合い、互いに相手を逃さないロックオンスキル、重さを全く感じさせないネクロスフォーゲルの運動、生きているかの如きヴァージニティーの華麗な回避機動からの反撃弾と、戦況は完全に一進一退となる。実況やコメンテーターでさえ、どちらが優勢であるかとは断言できず、互いに勝機は殆ど見えなかった。
 そんな試合が動いたのは、開始から15分が経過したころだった。ヴァージニティーがマシンガンで左腕を砕かれる一方、ネクロスフォーゲルもライフルの反撃に遭い、やがてマシンガンが撃たれて爆発。すると、ライフル以外の武器を失ったヴァージニティーが肉薄、右腕を破壊され、グレネードランチャーとミサイルを弾切れ・武装解除させたネクロスフォーゲルが立て続けに繰り出した剣戟と光波を際どい機動で潜り抜け、装甲が弱まっていたコアの左側面へとライフルを突き出した。そして、剣戟回避と射撃を同時にこなして、そのままネクロスフォーゲルを倒したのである。
「やはり、第2のイレギュラーと言われるだけの腕はあったんだな……」
 直美が第1アリーナのトップランカーである事が、これでやっと納得出来た。そして、ブラックフェザーは後に直美とアキラを敵に回した結果、彼専用のガレージに追い詰められた挙句、燃料を火を放って自爆し壮絶な最期を遂げたと、メタルスフィアが提供したテキストファイルには記されていた。
 では他のファイルはどうなんだと、アストライアーは片っ端から見て回った。動画ファイルとして保存されていた戦いは、対戦相手のアセンブリや地形などの条件が違っていたものの、結論としてはどれも似たようなものであった。
 直美と戦っているランカーは、それがエースやワルキューレであれ、グランドチーフやロイヤルミストのようなBB派閥の面々であれ、ブラックフェザーであれ、「圧勝」と言う感じではなく、皆揃って「いい試合」をしているようであった。少なくともアリーナでの試合を見る限りでは、アストライアーには、直美が圧倒的に強いと言うような感じには見えなかった。
 生前のBBに対しては、背後に回ってムーンライトの連続攻撃であっけなく勝負を決めていたが、これは例外中の例外というべきケースであった。
 流石にEランクランカーとなれば、直美にあっけなく倒されたものの、大抵のランカーとは妙に互角と言っても良いぐらいの試合だったのである。たとえそれが、彼女の腕とは不釣合いな存在であるDランカー相手でも。
 それどころか、サイプレスとの試合ともなれば、チェインガン連射で頭部を潰され、オーバードブーストで追いつ追われつの銃撃戦に持ち込まれ、挙句ハンドガンで動きを鈍らされた所に斬りかかられたりとで、後一歩で負けると言う所まで追い詰められていた位である。
 エースに至っては直美を第3アリーナに呼び出して決闘に持ち込み、一度破っているぐらいである。しかし直美もただで破れたわけではなく、アルカディアをボロボロの状態に追いやっていた。決闘を見た限りでは、チェインガンの連射をオーバードブーストと複雑な機動で掻い潜り、スナイパーライフルに切り替えた所でミサイルを交えて反撃。アルカディアの剣戟を巧みに払い、携行型グレネードの砲撃を際どい所で回避と、直美の持つ超然とした技術は随所で垣間見えた。
 これを見る限りでは、直美が第2のイレギュラーと呼ばれているのは嘘ではなかった。
 だがそうだとすると不可解な点がある。何せ、ハルベルトとの戦いでは彼のAC「カッツバルゲル」が、ヴァージニティーにボロボロにされたものの、時間切れまで生存。その後の損害判定で、何とした事か勝利判定が出たからだ。ハルベルトは回避にこそ全神経を注いでいたように見えたものの、特に目立ったような動き――少なくともヴィエルジュのような急速接近からの旋回を多用する激しいインファイトを展開しておらず、あくまでも正面から戦っていた。
 ハルベルトの戦う様子を第3アリーナのランカーに例えるなら、アップルボーイやアデューのそれに近い。だから戦闘スタイル的には、特筆するような点はない。さらには直美自体も、相手によって若干変えているとは言え、アリーナでの戦闘スタイルは同じである。
 だからこそ、直美がハルベルトに負けたことが信じられなかったのである。いや、ハルベルト以外にも、サンダーハウスやブリッツスターなど、直美に勝利したランカー他に何人かいるが、いずれも強豪、と呼べるような面々ではなかったのである。
「一体これはどう言う事なんだ……?」
 アストライアーは右手を顎に置き、思索し始めた。だが今までの情報を元にしてどれだけ考えても、トップランカーや第2のイレギュラーと、その強さを表す肩書きがあるくせに、格下のCやDランカーに負けたのかが解せない。
「そう言えば、ハルベルトの事について聞いてなかったな……」
 メタルスフィアの所に居た時に聞けばよかったと思いながら、アストライアーは一時動画ファイル閲覧を中断、頭を切り替える意味も含めてインターネットブラウザを開き、契約しているポータルサイトからグローバルコーテックスのページへ、ついでアリーナ運営局ホームページを経由して第1アリーナのランカー紹介ページを開いた。
 ハルベルトは、直美を頂点とするそのアリーナのD-8ランクに位置していた。そこでは、彼についてこう記されている。
<「機体制御を第一とし、最低限の武器で戦う」と言う価値観を持つレイヴン。武器がマシンガンだけと火力に難を残すが、負け試合でも機体制御全般に高い技術を発揮し、撃破される事は少ない。
 機体自体はバランスが良く、武装さえ充実していれば上位を狙えるとの評価もある>
 いずれにせよ、彼がアストライアーに語った事は間違いではなかった。
 だがそうだとしても謎は多い。一体何故、ハルベルトと言う何の特筆点を持たぬランカーが勝つ一方、その他のランカーたちの誰にせよ、何故アリーナで戦って圧勝ではないのか。そうだとして、何故依頼で出くわした際にあれほどの圧倒的な強さを見せるのかも解せない。
 いや、それを言うなら直美の人間性自体も謎だらけである。依頼などで冷徹な顔を見せたかと思えば、妖艶な一面もある。敵対者には一切手加減しない姿勢ではあるが、エレノアと接する様子は、その辺にでもいそうな気のいい女性が関の山な雰囲気である。少なくとも、今日見た姿はトップランカーのそれとは思えない。
 一体、どれが本当の顔なのか……前々から感じていた疑問が、よりいっそう強みを増してアストライアーに圧し掛かっている。しかも、強いのか弱いのかさえも良く分からない――否、レイヤードでは誰もが恐れるぐらいの実力者であろうが、だとしたら何故格下ランカー相手に負けるのか、理解に苦しむ一面も知ってしまった。
「得体の知れない奴め……」
 直美を知ろうとしたつもりだが、まさか更なる謎を呼ぼうとは……アストライアーは腕を組み、苦い顔で第1アリーナのトップランカーとなった直美のインタビューを流しているモニターを見つめた。
「お前は、一体何者なんだ……?」
 その一言に、アストライアーの見解が集約されていた――あくまでも、現状においては。
14/08/30 13:23更新 / ラインガイスト
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■作者メッセージ
 当初の予定では直美さんの人間性についてアス姐が迫っていき、最後に明かされる……予定だったのですが、執筆過程で「決闘の際に謎を明かす方向にしても良いのでは」と判断したため、予定が大きく外れて現在のものになってしまいました。
 しかし、執筆する人間でありながら、直美さんに苦戦するって作者としてどうなんだか……。

 で、その直美さんが登場する託児所のシーンで一番苦戦しました。結局チョイ役程度に留めたのですが、初期プロットではエレノアたんと実際に遊ぶシーンがあったのですが、結局没に。
 しかもこの後も執筆し直したのですが、何故かアス姐が作った料理にキビシイ一言をくれるシーン(何で託児所で料理なんだ)だとか、挙句直美さんの授乳シーン(何でこんなの入れようとしたんだか)があったりと、大変カオス(なのか?)な様相になったりで……。
 更には一時、エレノアたんが直美を呼ぶ際に今の「おねえさん」じゃなくて「おねえちゃん」にしようか、迷った事もありましたね(最終的には第10話を踏襲して前者に統一)。

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