連載小説
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#34.強敵を追って(その1)
 折よくオフだったアストライアーは、ストリートエネミーと、目を見張る成長を遂げる新進気鋭の若手・アップルボーイの試合を、観客席の入り口から無言で見つめていた。道楽やストリートエネミーの無様な負けを期待しての観戦ではない。敵情視察である。
 管理者実働部隊との戦いを忘れたわけではなく、またアキラと直美という二人のイレギュラーへの警戒や興味ももちろんある。だが、そのイレギュラー二人と戦うに当たり、まずはアップルボーイが厄介な存在になるだろうと、アストライアーは見たのである。
 何しろ、今見ている限りでも、ストリートエネミーとアップルボーイの実力はほぼ互角といっても良く、レイヴン歴半年前後の人間とは思えないほど機体制御も出来ている。操縦者の性格をダイレクトに現した、正面からの撃ち合いというスタンダードなスタイルではあるのだが、危なげないその戦いぶりに、アストライアーはいつしか警戒し出したのだ。
 その彼女の前で、アップルボーイ駆るエスペランザが垂直ミサイルを放った。しかもただ撃ったのではない。機体を左右に振り、まるで扇を描くような軌道でミサイルを打ち上げたのだ。
「相手に心理的威圧感でも与えようというのか?」
 派手に舞い上がる噴煙に観客がどよめく中でも、アストライアーは冷静に相手を分析していた。
「前進すれば回避出来そうだが……」
 するとスタティック・マンは、アストライアーの意思を感じたかのように前進、垂直ミサイル群をきわどいところで回避して見せた。
 その直後、今度はエスペランザが前進した相手を射撃しにかかった。ならばとスタティック・マンも対ACライフルで応じる。
「垂直ミサイルを牽制に使ったか?」
 もしそうだとしたら、ルーキーにしては結構やるようだとアストライアーは頷いた。
「直美やアキラから学んだと言うのも、あながち嘘ではないのかもな」
 以前テラから聞いた噂が、アストライアーの脳裏をよぎる。
「アストライアーさん?」
 そんな中、依頼先で何度も耳にした、レイヴンにしては異様なまでに優しい女性の声が横から聞こえ、アストライアーの頭が反射的にその方向に振り返った。
 微笑みと共に現れていたのは、自分に敗北の辛酸を味わわせたイレギュラーと行動を共にしていた女性だった。青く澄んだ瞳、緑がかった黒髪、女物のジャケットの上からでも分かる、熟れた果実のような大きな胸の膨らみ。間違いない、以前データベースで目にし、これまでも度々目の当たりにして来た姿と同じである。
「……直美!?」
 何故、此処に居る――それが率直な感想だった。しかも、不気味な幽鬼の如く彼女に付きまとっていた銀髪のイレギュラーの姿もいない。
「……何故、此処にわたしが居るのかって思ってる?」
 更に自分の考えまでも悟られていたか。背筋に冷や汗が伝ったのを感じながら、アストライアーは小さくうなづいた。
「アップルボーイの成長ぶりを見に来てあげてただけ。でも試合開始前にアストライアーさんの姿を見かけ、悪いと思いながらも後をつけさせてもらったわ」
 成る程なと納得出来たアストライアーだったが、しかし違和感が拭えない。無理もない、いつもであればあるべきはずのものが、何故か見当たらないのだから。
「……? お前だけか?」
 必ず居るであろう直美の取り巻きが、今回はなぜか見当たらない。
「……今回は仲間がいるのは好ましくないわ」
「訳あり、と言う事か?」
 直美は頷いた。すると、彼女はアストライアーの手を引き、観客席の裏側まで引っ張った。
「何をする!」
 露骨な敵意を示したと見なし、すぐに直美を振りほどく。アストライアーとしては、変な真似をしたらこの場で切り刻みたい所であったが、しかし相手は直美である、未知の部分が多いうえ、変に手を出せば一体どうなるかわからない。斬るべきか否かを決断出来ぬまま、黒百合にとっさに手が伸びる。
「……あなたともう一度戦いたい」
「何だと……!?」
 アストライアーは耳を疑った。
「今度はアリーナで、サシの真剣勝負でやらせて欲しい。邪魔者も援軍もなし、勿論アキラも、他のレイヴン達も下がらせた上で」
 驚いたのはアストライアーの方であった。彼女はこれまで、この様な形で挑戦される事は無かったのだ。今まで幾多のランカーレイヴンに勝利してきた彼女だが、その殆ど全てが自分から挑戦状を出した戦いであった。何度か例外的に、賞金目当て、あるいは遊び半分や憎しみ由来で彼女に挑んで来たランカーもいた。ただそうした連中が現れるのは、アストライアーにとっては本当に稀な話であった。
 そもそも、彼女の戦いぶりと、既に説明不要となった攻撃性を目の当たりにして、挑戦する気が失せたレイヴンが多いと言うのが大きい。敗北を喫したり、負ける寸前の死闘だったケースがあったとは言え、それは相手が相応の腕を持っていたからの話。
 今でこそランクを落としているが、それでも彼女の腕は、ブレードメインの機体でありながら第3アリーナでも十傑に入るほど。性能に奢らず、腕一本で勝ち上がって来たその実力と競技精神皆無の攻撃性を前にして、死んだり、再起不能に追いやられたレイヴンは数知れない。
 だが、BBが死んでからというもの、アストライアーは連敗を喫した事もあってか「落ち目」扱いされるようになり、また自分の事についても殆ど話さなくなった事から、その筋に詳しいアリーナファンからは「以前にも増して口数少なくなった」と評されている。その為か、スポーツ紙でも「BBが死んだ事で空虚化か」と書かれる有様だったのだ。
 だが、マナ=アストライアーは決して空虚化したわけではない。現にその思考回路には、他のレイヴンへの意識がある。
 直美とてその例外ではなかった。
 そもそも、以前からアストライアーは眼前の女性イレギュラーに興味を抱いていた。以前の彼女との敵対ミッションを経験していながらも、彼女には不明な点が多く、それがアストライアーに好奇心を持たせていた。
 直美を恐れていないと言えば嘘になるが、もしかしたら、今まで自分にとって未知の存在だった彼女の強さの一端や、直美から突き付けられた「強化人間が真人間に劣る部分」を知る事が出来るかも知れないし、そうでなくても、戦う事でこの謎多きイレギュラーについて、何かを得られるのではないかと、ささやかながら期待もしていた。
「ならば願ったりだ」
 ゆえに、挑戦を断る理由は無かった。女剣豪は黒百合を抜き、その切っ先を直美の鼻先数センチの所に向けた。
「今度こそ、お前を倒す!」
 それで構わないと、直美はうなづいた。
「……殺すつもりでやり合いましょう。エレノアちゃんには悪いけど」
 直美の冷たい声は、嘗て見せた、男を誘惑し破滅させる悪女の印象も、優しい女性の印象も微塵も無かった。彼女にあるのは、まぎれもなく冷静沈着なレイヴンの顔だった。
 これまで直美は、ある時は冷徹なレイヴン、またある時は優しさに満ちた女性、更に別の時は魔性の女を髣髴とさせる妖艶な一面と、様々な顔を見せているのだが、今まで見た中で、一体どれが本当の彼女の姿なのだろうか、アストライアーには分からなかった。
 その時、観客のどよめきが大きくなった。何があったのかとアストライアーが見ると、スタティック・マンがうつぶせの状態で倒れていた。機体は後部を派手に破壊され、右腕が千切れ飛んでいた。
 一方、エスペランザは銃創だらけではあったが、五体満足でアリーナに立っていた。
「試合終了! 勝者、アップルボーイ!!」
「何だと……」
 歓声とどよめきの中、アストライアーは目を疑った。キャリアも経験も上であるはずのストリートエネミーが、まさか敗れるとは思っていなかったのだ。
「彼、中々やるようになったとは思わない?」
 直美も仲間の勝利に気付いてか、アストライアーの横に来ていた。両手を前に組み、満足そうに頷いている。
「彼には色々と助けられてるわ」
「お前が?」
 誇らしげに頷く直美。
「管理者の巨大機動兵器を破壊した際も、彼が子機を引き受けてくれたから大いに助かったし、レヒト研究所では敵の足止めに貢献してくれたりと、かなり重宝しているわ。わたし達と共闘している間に、レイヴン暦半年とは思えないぐらい、将来有望なパイロットに育ったと思う」
 そして、今この時も成長を続けているのだろうと、直美は勝利者インタビューを横目に囁いた。
「……何故、そこまで出来る!?」
 疑問がアストライアーの口をついて出た。
「私を打ち負かすのみならず、あのルーキーをここまで強化するに至らしめ、ゴロツキやならず者どもを従える……どこをどうして、お前はそこまで!?」
「知らない」
 直美はあっさりと切り捨てた。
「それぐらいあなた自身で見つけなさいと、以前言った筈」
「確かにそうだが……」
 アストライアーはそこで言葉を詰まらせた。直美の眉が釣り上がっている。そして、その蒼い瞳を見たアストライアーはたじろいだ。見るからに不機嫌だと察し、反射的に緊張状態に陥ったのである。
 これが普通のレイヴンであるならば、あっさり突き放すか、場合によっては黒百合か何かで斬り捨てる所だが、アストライアーはそうしなかった。と言うより、この女は怒らせては不味いと、本能的に察知していた。
「……兎に角、あなたに挑戦を申し入れるわ」
 それは、怒りや不満を込めてか、あるいは何か別の理由があってか。いずれにしても、直美は宣戦を終えると、静かにその場を去って行った。
 これは少々不味いかとアストライアーは思った。公開処刑が起きかねないアリーナで、直美の怒りに触れたまま戦う事になり、一体どんな仕打ちを食らうか分からなかった。
 しかし、直美との戦いで、彼女の強さは勿論、その人間性も明らかになるかも知れないと期待している自分がいたのも確かである。
 だが、だからとって直美の怒りをそのままにしておく心算はなかった。
「待て、すまん! 悪い事を言った」
 追いすがってアストライアーは非礼を詫びた。詫びずにはいられなかった。ここで頭を下げておかなければ、彼女との対戦がそのまま命日になりかねないと見て。
「……どうしたの、急に?」
 直美は驚き混じりの怪訝な面持ちで、頭を下げた女剣豪に振り返った。
「気を悪くしてしまってすまない……」
「……あんまりグダグダ言わなくていいのよ」
 誰にだって失言ぐらいあるからと、直美は気にも留めぬ様子でアストライアーに面を上げるよう言った。その姿はどこにでもいそうな女性と言う印象であった。
「……気にしないのか?」
「レイヴンだったら数段酷い事を言う輩が幾らでも居るじゃない。BBやロイヤルミストに至っては自分達の無様な戦いっぷりに擁護意見出すわ、酷評したファンをボロクソに叩くわで幼稚な工作してたのは分かってるでしょう?」
「確かに……」
 BBと取り巻き達が、ネット上における自分の試合への酷評に対して工作をしていた事が、BBの死から4日後に明らかになっている。切っ掛けはBB傘下にいた、生死不明だったワルキューレだった。彼女が何故かネット上の掲示板に、ファンから言わせれば“降臨”し、「あれを書いたのはBBとロイヤルミストで間違いないわ」と暴露したのである。
 その際にワルキューレにひとりの荒らしが食って掛かり、「証拠を出せ」と暴れたのだが、ワルキューレは証拠としてBBが所有していた全てのパソコンと、密かに撮影していたと言う工作中のBBとロイヤルミストの写真を出したのだった。
 それらは全て、BB絡みの事後調査をしていた時にアストライアーが知った事だった。また、その時ワルキューレに食って掛かっていた人物がロイヤルミストではないかとの噂も聞いているが、詳しい事は不明なままである。
「そんなレイヴンだから、アストライアーさんの姿勢程度で気にしてるようだったら気がどうにかなってるわ」
 なので、アストライアー程度の態度を取られても気にしていないと直美は言うのだった。
「寧ろ悪いわね、気遣わせてしまって」
 直美が果たして謙虚なのか大らかなのか、目の前で軽く詫びるその姿を前に、アストライアーは判断しかねた。
「意外と大らかだとは気がつかなかった」
「大らかって言うか、すっきりしない気分で対戦した所で不完全燃焼に終わりそうじゃない。事前にしがらみを棄てるってのも大事よ」
 成る程、一理あるとアストライアーは頷いた。コーテックスによって定められた普通の試合ならまだしも、直美が要求しているのは真剣勝負である。しがらみを抱えて臨んだ所でお互いにしっくりこないだろう。
 一部のレイヴンからは甘いと言われるかも知れないが、直美は勝負に対しては愚直といえるほど直向で、かつ非常に真剣であった。それはアストライアーの見聞の内にはないが、しかし相手が未知の部分多き強敵ながらも真剣だとは分かったので、無下には出来なかったのである。
「分かった。お前との戦いの折には、それ相応にしておく」
「決まりね」
 やや気圧され気味に承諾した女剣豪を前に、直美は微笑んだ。
「詳しい事はコーテックスを介して連絡が行くと思うから、日時とか、詳しい事はそこで」
「分かった。死なないように待っててやる」
 言いたい事は全て言い終えたようだと見たので、じゃあなと別れを切り出してアストライアーはその場を後にした。アップルボーイ視察が直美からの横槍が入ったとは言え、直美とのコンタクトを取れたので結果オーライである。
 だがアリーナから出てグラディウスに跨った所で、彼女はハッと思い出した。
「しまった、直美についていけば良かった……!」
 思い起こせば、あの時別れを切り出さずに行動を共にする事を申し出たならば、直美の人間性を初めとした秘密に迫れる好機だった。それを自分からフイにしてしまったと舌打ちしつつ、あわててバイクから降り、来た道を戻り出した。
 だが、既に直美の姿はなかった。少なくとも、その後20分ほどかけてアリーナを捜索した限りでは見つからなかった。「過ぎたるは及ばざるが如し」と言う東洋の諺がアストライアーの脳裏を過ぎる。
 仕方ないと呟くと、アストライアーはグラディウスに戻り、アリーナを後にした。直美について知る機会を見逃した自分への戒めを、心に記しながら。


 アリーナから去ったその足で、アストライアーはトレーネシティ中心街の駐輪場にグラディウスを預けると、徒歩でスラムへと移動した。
 実働部隊のトレーネシティ襲来によって、只でさえ混乱の坩堝と化していたトレーネシティのスラムは焼け出された市民や、他のセクションから流出して来た避難民がごった返していた。他に行く当てとしては、避難所として解放されている公民館や、仮設住宅が設けられている公園や学校のグラウンドなどもあるのだが、実働部隊によって破壊された都市や、都市機能を断たれたセクションが余りにも多かった為、収容能力は既に限界に達していた。受け入れられなかった人々は、都市部を半ば追い出される形でスラムに身を寄せるしかなかったのだった。
 しかし所詮は貧民街である、設備も食事も整っておらず、死んだ人間がそのまま放置されるケースも相次いでいる為に衛生環境は劣悪極まりない有様であった。
 そして、治安もまた劣悪なレベルに達していた。と言うのもスラム先住民と避難民との間にいざこざが絶えず、しかもドサクサに紛れての窃盗、挙句の果てには逃げて来た若い女性への暴行や子供の誘拐も多発していたのだった。
 それならまだしも、アストライアーのすぐ傍の路地裏で、3人の男が衣服を破られた女を集団でレイプしいたのだからアストライアーの怒りと生理的嫌悪感は頂点を軽く超え、最早看過出来なかった。
「死ね、この下衆!!」
 暴漢達は、黒百合を手にしたアストライアーに気付くのと地面に伸びるのがほぼ同時になった。当るが幸いとばかりに、アストライアーはまず暴漢の顎に鉄拳を見舞って全員ノックアウトした。そして陵辱されていた女性に気がつき、声を張り上げた。
「行け!」
 服を破られたまま女性が逃げ出したのを確認すると、アストライアーは即座に黒百合を抜き、復活を待たずして3人全員を斬首刑に処した。
 スラムでは強姦はしばしば有る事であったのだが、嘗て同業者に強姦された過去があるアストライアーにとっては、ゴキブリを蔓延らせておくにも等しい事であり、死を以って償うより他ないと信じて疑わない。
 特に、またしても路地裏で少女を集団で暴行していた男の類となると、最早諦観などしていられなかった。発見するや、即座に首を斬り落とす。戦闘用サイボーグであるアストライアーにかかれば、暴漢2人を斬首するのに10秒と掛からなかった。
 最後の一人だけは逃げようとしたが、アストライアーは後ろから追いすがり、路地へと逃げ出す寸前で暗い路地裏へと引きずり込み、怒りに任せて首を斬り落とした。
 アストライアーは、殺す相手への攻撃は殆ど頭か首へと行っていた。これは返り血を極力減らして相手を殺す事に重点を置いているためで、例えば胸を斬れば傷口が自分の正面になる関係で、アストライアーにも返り血が及び、人を殺めたと一発で分かってしまう。だが首を落とせば、血は黒百合に付着した分と、首から流れる程度で済むと、彼女は学習していたのだった。
 ただし、人間の首を返り血なく瞬時に切断する為にはよっぽどの腕力で、素早く、そして正確に切断しなければならないため、アストライアーでなくては出来ない事だった。少なくともレイヴンの中にあっては。
「クズが……」
 暴漢に対する哀悼もなく、事切れた遺体を放置してアストライアーはさっさと行ってしまった。そもそも、彼女は虐殺の為に来たのではない。
 メタルスフィアから情報を買うために、彼の家へと向かっている所だったのだ。
 自分を陵辱しようとした暴漢2人を更に殺め、走ってメタルスフィアの家に辿り着いて、アストライアーは足を止めた。
 家自体は今までどおりのオンボロだが、周辺の建物から剥がれたレンガやコンクリ片、その他瓦礫でバリケードが作られ、正面玄関を塞いでいる。窓が塞がれているのは以前と同じだったが、更に木の板を打ち付けて補強している。見るからにただ事ではない。
 最近スラムで多発しているいざこざのせいだろうかと思いながら、アストライアーは家周辺を調べ出した。まずはバリケードで塞がれている正面に近付く。
「ドアに何か書かれている……」
 バーベキュー用の鉄板で隠れていて見えないが、赤錆色のドアに黒く何かが書かれている。直ぐに鉄板をどかして確かめてみる。
「裏口に回れ……?」
 首を若干かしげながら、アストライアーは言葉どおりにすぐ裏口に回った。
 裏口にはバリケードは設けられておらず、人が出入りしている形跡も見られた。ドア周辺に見られる泥の足跡がその証左だ。
 期待を込めてドアをノックする。
「……誰だ?」
 ややあって、耳慣れた男の声が反応した。
「アストライアーだ」
 それを最後に暫く無言が続いたが、ドアが開かれて黒髪に褐色肌の長耳青年が現れると、それも終わった。
「おお、久しぶりだな。ここで話すのもなんだし、まあ入れや」
 相変わらずの薄暗い室内に通されたアストライアーは、暫く不気味な沈黙に包まれていたのだが、メタルスフィアが次のドアを開くや、態度が急に変わった。
「最近見なかったが、遂にBBぶっ殺したんだってな? 随分と話題になってるぞ」
「……もう済んだ事だ」
 大願を果たしたってのに相変わらずドライな奴だなとメタルスフィアは毒づいたが、アストライアーもここに来た理由があり、それを聞いていなかったと思い出した。
「で、あんたは何を買いに来たんだ? またBB絡みでなんかくれとでも言うのか?」
「いや違う、直美に関してだ」
「第1アリーナの……と言うか、最近流行のイレギュラーの相方で、長身で緑の黒髪をして、漢字で書く直美か?」
 そうだとアストライアーは頷いた。直美は日系人女性以外にも、アングロサクソン系女性名としてナオミ(ネイオーミ等と発音・表記する場合もあるが)があるため、メタルスフィアは出来るだけ分かるよう、情報を羅列しているのだった。アストライアーも混同を避けたいのだなと分かり、また己が求めている情報がその通りである為、無言で頷いた。
「……あんたもか」
「何か引っ掛かる言い方だな。私だけではないとでも言うのか?」
「まさにな。同じ理由で来た先客が居やがる」
 先客がいたとはなと女剣士が僅かに目を丸くする前で、折角だからまとめて対応する事にすると、メタルスフィアはお馴染みの機材だらけの部屋に新たな客を通した。一度に一人ずつしか部屋に入れないメタルスフィアとしては異例の措置である。
 部屋には、確かにメタルスフィアが言うとおり先客がいた。第3アリーナの女性ランカー・ブリッツスターだと、アストライアーにはすぐに分かったが、さらにもう一人、黒いオールバックの男性だと分かる男も部屋にいる。勿論、アストライアーには見た覚えがない。
「レディ・ブレーダー!?」
 黒髪の男性がアストライアーの姿を認め、落ち着きを保っている範疇でと言った程度に驚いた。
「……見かけない顔だな。何者だ?」
「ハルベルトだ。第1アリーナの」
 何を感じてか、ここでドンパチは止めろとメタルスフィアが口を挟んだ。勿論その心算はないと、アストライアーは勿論、ハルベルトも否定した。
「お前も直美と戦うのか?」
「いや、戦うんじゃないんだ」
 ハルベルトが話した所、彼は直美と同じ第1アリーナのランカーで、彼女の素性に関して調査をしていると言う。ここに来たのもその一環だろうかと分かったので、アストライアーもそれ以上は聞かないこととした。
「まあ、確かに彼女の素性には謎が多いから頷ける。実際、私が何故何度も敗北を喫したのか――きっと、お前もそうなのだろうな」
「逆だ。何で俺が直美に勝ったのか疑問なんだ」
 アストライアーは絶句した。同時に、直美に勝てる奴がいた事に驚いた。
「俺は直美に勝てるような腕を持っているランカーじゃないのに、何でなんだと。第一、直美はトップランカーだ。俺がどうこう出来るような奴じゃない」
 ハルベルトが話した所では、彼は第1アリーナランカーとは言え直美とはランクに雲泥の差があり、Dランクランカーではある事を考慮のうちに入れても、とてもではないが直美に勝てる人間ではないと言う。
「言っとくけど、アタシも同じだから」
 ブリッツスターが会話に割って入った。
「アタシも、何でかは知らないけど勝てたのよ」
「何だって!?」
 ブリッツスターは興味本位で直美をアヴァロンヒルに呼び出し、エース以下同志達、そして直美の仲間同伴で1対1のバトルを申し込み、ライフルで手痛いダメージを負わされながらも、MLR-MM/PETALの速力と機動力をフルに活用しての撹乱・白兵戦に持ち込んだとの事である。しかしブレード諸共左腕を落とされ、最早これまでと死を覚悟した所で、直美が何故かギブアップしたそうだ。
 イレギュラーでも上位ランカーでも何でもないレイヴン2名が直美を破ったと聞き、アストライアーは無表情のまま、愕然となった。
「馬鹿な……」
 そりゃこっちの台詞だとブリッツスターが返した。
「アタシが知る限り、アストライアーはBランク、ミッションを加味すると総合的にはAランククラス相当だろう。それなのに負けて、一方でCランクのアタシとDランクのハルベルトが直美に勝つ……一体どうなってんのよと。だから情報を買って、それを調べようってわけ」
 その横では「皮肉なものだ」とハルベルトも呟いていたが、直美に勝った彼もこの結果には納得していないようだった。
「と言うか、お前らは直美を倒したんだろう? もうちょっと誇ったらどうだ?」
「だが納得が行かない。直美の腕なら、俺を秒単位で容易くぶっ殺せるはずなのに、結果として俺が勝ってしまったんだ。正直、まぐれで勝ったと言われても否定出来ない」
 だから原因が分かるまでは、直美を倒した事を誇らないとハルベルトは言うのだった。
「意外と謙虚だね」
 呟くブリッツスターに、あんたもなとメタルスフィアが口を挟んだ。
「さて、似たような目的で3人が来ているわけだが、ドレを買うんだ? ミラージュからちょろまかして来たデータは勿論、トレーネシティのカメラ映像もあるぜ。もちろん、第1アリーナでの試合映像もカバー済みだ」
 そう言いながら、ブリッツスターに目をやる。
「因みにそこのピンク髪の姉ちゃんはアリーナの試合映像を買い――」
 コンピュータがデータコピー完了を知らせる電子音を発すると、メタルスフィアはすぐにディスクを取り出し、ケースに戻してブリッツスターに手渡した。ピンク髪のレイヴンは「ありがと」とだけ言い、代金を手渡して退出した。
「――そこのあんちゃんは一通りのデータをまず見せてくれと頼んだぜ」
 メタルスフィアの視線が、ハルベルトからアストライアーへと移る。
 直美の素性を知るならば、確かに一通りのデータを見てからでいいとは思っているが、しかし今は直美との戦いが間近に控えている。実際の試合までは恐らく10日は掛かるだろうが、明日は依頼があり、その後も試合前に、恐らくは何度か出撃する事になるだろう。それを育児と両立しなければならないと考えれば、恐らく、戦闘データに限定しても試合前に全部を洗うのは到底無理だろう。そうなると、アリーナでの戦いの様子を知るのが手っ取り早いと、アストライアーは結論付けた。
「アリーナでの戦闘記録をコピーしてくれ。私と似たような奴の戦いを出来るだけ優先的に」
「はいよ。ちょっと待ってな」
 メタルスフィアは別のコンピュータに向かい、アストライアー同伴でどのデータをコピーするかを決定し、料金の交渉を持ちかけてきた。
「……私が先で良いのか?」
 先客がいるのに、自分が先に交渉に入るべきではないと見てアストライアーが呟いた。
「あのあんちゃんは要求したデータが膨大で、コピーに時間が掛かる」
「ちょっとやり過ぎたかも知れん」
 ハルベルトが溜息交じりで発した。
「確かに、直美に絡むデータは一通り見せてくれと言ったのだが……まあ、気にしないでくれ」
「なら良いのだが……」
 我が強く、普通なら順番に割り込めば凄まじい剣幕で怒鳴りかねないレイヴンの中にあって、ハルベルトは意外なまでに謙虚だなとアストライアーは思った。しかしながら、そのお陰で自分の交渉がスムーズに進み、後は待ち時間の後にデータを受け取るだけとなったので、特に言わない事とした。
13/11/28 17:46更新 / ラインガイスト
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■作者メッセージ
 私が入院(原因はスキー中に生じた不慮の事故)中に、世間ではACVが発売され、ACパイロット諸兄の皆様方は新たな戦場で悲喜交々の戦いをなさっておいでのようですが、しかし私はそんな事など全く無関係であります(滅)。

 本作では今まで謎だった直美さんについて、断片的ながら明かして行こうと書き始めたもの……なのですが、明らかにAC3世界で浮いている彼女だけに描写には悪戦苦闘、何度もリテイクする羽目になりました。
 AC世界というリアルさのある世界の描写に慣れてると、そこにおける異端分子はどうしても苦労しますね。

 そう言えばAC3LBの閲覧数1000超えてますね。
 身勝手な作品ですが、毎度閲覧有難う御座います(多謝)。

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まろやか投稿小説 Ver1.50