連載小説
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#10:バグ・ハンティング
 ずらりと並べられたイェーガーズチェイン所属ACB周辺で、大勢の整備士達が必要な道具をよこせと怒鳴り、レンチの音や溶接の火花が散る音が響いている。
 地上の格納庫からACBやAC、MT、その他兵器が出撃を急ぐ中で、クオレは地下格納庫に移動していた。その手には既にチェインから発行された兵器貸出許可証が、指先で軽く握られている。ハインラインからの出撃要請に続き、兵器を借りて来いとの通達から10分足らずで、クオレは予備機が保管されている地下格納庫に通され、現在、暫定的な搭乗機となるべき機体まで、ジープで案内されていたのだった。
 攻撃に耐えられるよう、南北に伸びる地下壕に作られた格納庫のうち、整備作業が行われているのは中央より北よりの区画で、残りの南区画では殆ど作業は行われていなかった。南区画は既に、すぐにでも出撃可能な状態に調整された機体が、倉庫同然に保管されている区画であった。北区画で整備されていたのは、半分が他所からやって来たイェーガー達の搭乗機で、残る半分は倉庫に保管されていた予備機だった。
 予備機はいずれも番号の振られた巨大なポッドに収められ、両側の壁に背を向ける形で並べられて保管されているが、クオレを乗せたジープはそのうち、38のナンバーが記されたポッドの前で停止した。ジープを運転していたスタッフがすぐにポッドの傍らのパネルを操作し、指定されたコードを打ち込んで行く。数秒のうちにパネルが発光し、チェインのスタッフと承認。クオレが見詰める中、直ちにポッドを開放した。
「こちらになりますが、宜しいでしょか?」
「ああ、問題ない」
 スタッフに頷き返したクオレは、ポッドの中に収められていた機体に再び目をやった。
 収められていたのはスティンガーだった。「刺客」または「刺す生物」を意味する機体名とは裏腹な、全体的に滑らかな曲線を描く胴体部。人間で言う太腿と上腕が露出しているような印象の手足、アーメットと呼ばれる騎士の兜を思わせる頭部は、クオレも何度も目にした機体である。
 近くでは、サイクロプスと呼ばれる機体も多数見受けられた。こちらはモノアイが目立つ角ばった頭部をはじめとして、クレストが手掛けたかのような多角的なデザインが特徴的である。一方のスティンガーも、ミラージュが手がけたと言えばそれで通じそうなデザインである。
 だが、それはクレストやミラージュが手掛けたものではない。否、そもそもACBと言う兵器自体、クレスト・ミラージュ・キサラギの何れも、開発には関与していない。
 スティンガーは旧イスラエルに本社を置くMTメーカー「インストリック・アルケミー・インダストリー」によって開発・生産・販売され、サイクロプスはアースガルズ大陸のMT製造メーカー「ティタノテック社」の製品である。両者とその製品は互いにライバルと言われており、今日のACBの代表格として、スティンガーとサイクロプスは世界的に知られている。
 ここに保管されているのは、そのサイクロプスやスティンガーに限らない。様々なACB――ひと昔前ではMTとしか呼ばれないようなシロモノまでもが、いつでも出撃出来る状態に整備されたうえで、ポッドに収められている。これらはいずれも、イェーガーズチェインが出資企業ならびに財団からもたらされた資金を元に、合法的に入手したものだ。
 中には敵であるレイヴンやテロリスト等の武装勢力から「押収」したものや、機械生命体に乗っ取られて暴れていたものに電磁パルスを照射した上で、一切の電子機器を取り払い、人類側の電子機器に入れ替える事によって「無害化」したもの、受注先との連絡不十分が原因で誤って納入された機もある。
 しかしながら、ここでも試作機や実験機の類、あるエースパイロット専用に調整されたワンオフ機やカスタム仕様機の類は一切見られない。戦力の素早い建て直しを考慮し、整備や調整に掛かるコストや手間も考慮の内に入っているチェインにおいて、「試作機・専用機と言った類の機は、チェインでは請け負えない」「改造機・専用機は個人の裁量と責任によって運用するものとし、それによって生じた問題に対しては、チェインは責任を負わない」と言う規約があるためだ。
 だが、スティンガーもサイクロプスも、アースガルズ政府を初めとした各地の軍や警察機構に正式採用され、ACを戦場の主役の座から引き摺り下ろした実績を持つACBであり、現役機でもある。ACBに共通する「部位の欠損は、部位単位の交換ですぐに対応可能」と言う優れたメンテナンス性は、この2機種が先駆となっている。
 そして、クオレはスティンガーを選んだ。
「ハンター、ご武運を!」
 スタッフはクオレの無事を祈り、発進時に踏みつけられまいとジープで足早に立ち去った。
 一方クオレはすぐにスティンガーへと向かい、ポッド内に設けられたタラップを伝ってコックピットに飛び込んだ。ACBではあるが、クオレに恐れは全くない。何せ、ACのパイロットとなった後、遠征先で愛機を失ったり、整備の為に出撃出来なくなる事態に度々見回れていたが、その時はスティンガーでしばしば戦い、スティンガーが使えない場合はサイクロプスで依頼をこなしていたのだ。
 スティンガーを選ぶメリットとしては、やはり慣れている事にあった。スティンガーのパイロットを志していた事もあるので、操縦には慣れているし、グラッジパペットがやられた際は、良くスティンガーで戦っていたからだ。しかも、マシンシミュレーションゲームを参考として発展したと言うスティンガーの操縦系統は、ACのそれよりも遥かに操縦者への負担が少ない。
 一応、サイクロプスを選ぶメリットとして「スティンガーにはない、バックパックやリアユニットへの兵器装備が可能」に基づく攻撃力の増大と、薄っぺらなスティンガーの防御とは違い、そこそこの装甲がある事を、クオレは挙げるだろう。
 だが、やはりAC同様に乗り回した時間が多い分、慣れている機体の方が安心感があった。
 コックピットに潜り込むと、クオレは慣れた手つきで各種パネルとコンソールを操作し、システムを立ち上げていく。最初の頃こそACと比較して簡略化されているコックピット・コンソールに戸惑いはあった記憶もあるが、今では全く問題ない。
<システム起動>
 ACの時と同様、コックピット正面のHUD(ヘッド・アップ・ディスプレイ)が前方の様子を映し、システムが正常に起動完了と知らせると、通信モニターに指定のチャンネルを打ち込む。
 接続先は、ハインラインのコンソール席だ。
「……クオレ、無事にレンタル出来たようですね」
 通信モニターに、既に支援体制を整えていたアルバート=ハインラインの顔が映し出された。おかげさまでなと、クオレは親指を立てた。
 その間にもスティンガーの各種システムが起動され、システムチェックが進められる。機体姿勢制御、ブースター、気密制御、自動消火装置、生命維持装置、その他数々の機能が、全て正常である事が伝えられる。
 すべてを確認し、クオレは傍らに置かれていた粒子ビーム砲「ブリューナク」をスティンガーの左腕で拾い上げ、バズーカにも似たその砲身を右腕で担ぎ上げた。肩の固定装置が音を立て、ブリューナクをロックする。
 戦闘準備が完了すると、クオレは先行する別のスティンガーとサイクロプス2機の後を追うように、地上に通じるトンネルを急ぎ駆け上がった。
 まだ陽の高くない朝の空の下を、クオレはインファシティへと進行方向を転じながら、ブースターを吹かし、マニピュレーターを回転させ、腕と粒子砲を振るう。基地を飛び出した頃には、クオレは操縦の感覚を取り戻したと見え、満足げに頷いていた。
「ハインライン、今回の敵は? またRKの相手しねぇといけないのか?」
 まだ敵の詳細を知らされていないことを思い出し、クオレは訊ねた。
「モンスターが来たって言ってたのに、機械生命体が飛んでるじゃないかよ」
 もう勘弁してくれと言わんばかりにクオレが呻いた。彼の遥か前方、黒い煙を吐いているビルのすぐそばをソラックスが浮遊し、ドラグーンフライがスカイシミターに追い立てられている。
「ご安心を、今回はレイヴンキラーの姿はありません。ついでにファシナニヤラが襲ってくる事はないと思われます。一応4機確認されましたが、即座に叩き潰されています。他では、ソラックスやバルバトスなど、量産型機械兵が徘徊していますが、殆どが単体ないし数体での行動で、組織的な攻撃はないとの事です」
「はぐれ連中か、何らかの理由で制御下を離れた奴等だろうか?」
「恐らくはそうでしょう」
 ハインラインが返している間に、クオレを感知したのだろう、ソラックス2機が接近し、プラズマキャノンをいきなり発砲しかかったが、彼は立ち直ったばかりの人間とは思えぬほど素早く反応した。粒子砲を拡散モードに切り替えて発砲した。エネルギーショットガンを思わせる青緑色の光条が迸り、ソラックス2機はただちに撃墜された。
「……何で本格的な襲撃を掛けて来ねぇんだ? 今ならインファシティを落とすチャンスだろうに」
 クオレが言うまでもなく、今のインファシティ周辺の情勢は緊迫していた。機械生命体の襲来で、かなりの数のハンターやイェーガーが落命している上、機体の消耗も激しい。予備機はまだあるため、クオレみたいにパーツではなく機体を交換して再び戦列へ、という者がおり、それで何とか戦列は維持出来ているが、ハンターやイェーガーも人間、連続での襲撃によって消耗が嵩んでおり、そこを突かれて落命する事は容易に想像出来た。
「実際、機械生命体群は既にジュイファシティ西から、インファシティ目掛けて進軍しています」
「もう来てたのかよ?」
「はい。ですが今回は人類側の反応が早く、政府側のMT・ACB・戦車・戦闘機部隊等がジュイファシティ・インファシティ境界の西40キロ地点に展開、突入を阻止しています。さらに、地元のハンター側も迎撃に参加しています」
 ノー・スモーキング隊の面々も恐らくは動いているだろうとハインラインは伝えたが、それについて、クオレは特に訊かなかった。
「いずれにせよ、インファシティ攻撃には動いたようですが……」
「じゃあこいつ等は何処から湧いて来たんだ?」
 新たにバルバトス2機を至近距離からの拡散ビーム直撃で打ち倒してから、クオレは訊ねた。ビームを喰らったが、足の装甲を僅かに掠められた程度で、作戦行動に支障はない。
「政府軍と交戦している連中の同類か?」
「いいえ、インファシティ西に接近したものとは別の集団です。識別信号を発していません」
 蟻や蜂が匂いで同じ巣の仲間か否かを見分けているのと同様、機械生命体は識別信号によって、同じ拠点に属する仲間かどうかを判断している。識別信号を発する機能がない個体は、殆どの場合は識別信号を発せられるよう修理に回されるが、時折制御下を外れた個体が現れる。その場合は識別信号を発せられなくしたうえで拠点を放逐され、クオレの言う「はぐれ」として、独自に行動する事となるのだ。
 数日前、フォックスアイ同伴で現れた連中と同じように。
 いずれにしても、同じ拠点で作られた可能性は有るが、インファシティ西で政府軍と交戦している軍団とは別物扱いになるとハインラインは言うのだった。
 オペレーターが説明している間に、クオレは倒壊したビルの陰から現れたベルゼバブに拡散ビームを見舞った。直撃を食らった禍々しい巨大ハエは、蜂の巣のようになってビルの影へと吹っ飛んだ。
「多少、機械生命体の相手はしなければなりませんが、レイヴンキラー等の厄介者を相手取る事はまずないでしょう。現にハンターからは、レイヴンキラーの目撃情報は入っていません。万一の為に航空隊も待機してくれています」
 どうやら厄介者の相手はしなくていいようだなと、クオレは胸を撫で下ろした。
「それよりもモンスターの方が厄介です。かなりの数が、既にインファシティへ侵入しています」
「やれやれ、血の匂いや死臭にでも引き寄せられたか?」
「恐らく」
 ハインラインはクオレの推測を否定しなかった。問題児であるとは言え、ジナイーダがいない時のクオレは人間性的に問題となる要素の薄い青年だと言う事が分かっている上、クオレ自身は機械生命体討伐は勿論、モンスター退治に出ていた頻度も高く、必然的にモンスター達に対しても詳しい事を、ハインラインも認めているからだ。ただ、ジナイーダへの憎悪とそれによって起こる凄まじいまでの攻撃衝動と暴走が、それらを上回ってしまうのが難点である事を疑う余地はないのだが。
「現在、インファシティでは被災者達の救出が進められていますが、一方で、未だに救出されぬまま息絶え、また彼等から流れた血や、腐敗が始まった人体や棄てられたまま放置されたゴミなどが臭気を発し、ハエ、ゴキブリ、ドブネズミなどの非衛生的生命体が各所で発生。都市の衛生環境が悪化しています」
「で、それに引き寄せられてモンスターが出て来たってか」
 実際、クオレが見る限りでは、現在も周辺で銃器や救助隊員が走り回っている。中にはイェーガーズチェインや政府の所属と分かるMTやACB、各種車両が救助活動に参加している姿さえある。
 そして、ハインラインが言うとおり、回収されている遺体も数多い。中には現在進行形で回収されていた遺体もあり、さらに先程市街地を見て分かった事だが、放置されたゴミや、その他想像したくない何かが腐敗した成れの果てを苗床としたのか、ハエが大量に湧いている。そのハエは、ある生物達――モンスターに捕食させる目的で作り出した生命体のエサとなり、それを喰う為にインファシティに生物たちが侵入、さらにそれを追ってモンスターまでが都市に侵入して来たのだと、クオレはすぐに見て取った。
 この当り、野生動物の食物連鎖と何ら変わりがない。
「で、ハインライン。俺は兎に角モンスターを仕留めて行けばいいんだな?」
「はい。特に、戦闘能力を持つものは、救助活動を円滑なものとするため、そして市民に被害が出ないよう、即刻抹殺せよとの指令です。また、出来るだけ被災市民の救出もお願いします。レイヴンや機械生命体等の妨害があった場合は、排除して構わないとの事です」
「分かった。じゃあ、ちょっくら害虫駆除に行って来るぜ」
 クオレは呼吸を整え、操縦桿を握り直した。
 ジナイーダ憎しの問題児が駆るスティンガーの前方を行くのは、クラゲの様な傘を持ち、その下にリボンの様な触手を備えている黄ばんだ浮遊生物だった。クオレの記憶では、ハンター達からフライペーパーと呼ばれる生物だった。これは一切の攻撃手段を持たない生命体で、モンスターの餌とするため生成された、歪んだ生態系においては下位の捕食生物だった。
 だが、クオレはその生命体を無視して進んだ。放置しておくと戦闘――この場合はハンティングの邪魔になる可能性があったので撃墜しても良い所だったが、こいつ等はそのリボンの様な触手が、名前の「ハエ取り紙」のように粘性を帯びており、これでハエなどの飛行昆虫を、まるで水棲生物がプランクトンを食べるように餌食とするので、市街地に湧いているハエの駆除ぐらいには役に立つだろうと見たのだ。
 そして何より、それ以上に危険な存在の姿をクオレは認めていたのだ。成人サイズかそれ以上の巨体を持つノミと言う特徴から、ヴァンパイアだと分かる虫が、眼前を徘徊していた。クオレは間髪入れずに拡散ビームを繰り出し、巨大なノミを次々に餌食にした。
 その最中、ヴァンパイアの1匹が、横から跳びかかられた巨大な蜂の様な怪物に襲い掛かられた。クオレの目の前で、そいつはヴァンパイアに間髪居れずに毒針を打ち込み、動けなくなった獲物をさらって行った。
「ああくそ、アサシンバグまで来てたのかよ……」
 クオレは頭を抱えながらもショットガンを向けたが、刹那、バルカンの雨霰が降り注いだ。直後には、複葉機の様な姿の機械が彼の真上を過ぎる。
 クオレには見慣れたドラグーンフライである。
 だが今回は1機だけで、数日前のようにチームを組んでいる様子はなかった。バルカンで多少撃たれたが、すぐさま回避行動に出る。
 スティンガーは機動性重視のACBだけに装甲が薄く、防御面はもっぱらフォースフィールド頼みである。しかも、フォースフィールドは一度ダメージを受けると、回復するまでは機体が無防備になる。ダメージを受け過ぎれば回復さえしなくなる危険もあるため、回避行動を怠ってはならないのである。
 幸い、スティンガーの速力や機動性はグラッジパペットよりも高く、バルカンの雨霰を回避するのは容易だった。
 無論、ドラグーンフライが厄介者である事は思い知っているクオレなので、彼等を好き勝手にのさばらせる心算はない。すぐに拡散ビームで迎撃する。最初の射撃は直撃せず、足を破壊しただけだったが、第2射は幸運にも翼と後部ユニットを吹き飛ばし、眼前へと叩き落とした。
 その隙に、アサシンバグは獲物を抱えて飛び立ち、その場から逃げ去っていた。クオレが気が付いた時には、既に蜂の化け物の姿はなかった。
 クオレは敵の残骸を越え、スティンガーをさらに進ませる。ついでに、瓦礫に止まっていたベルゼバブ3匹へと立て続けにビームを食らわせ、撃ち落した。
 直後、機体が炎に包まれ、コックピット内の温度が急上昇。額に汗が浮かび上がる汗を拭ったクオレは、即座に火炎攻撃の犯人であるアサシンバグに粒子砲を向けた。この怪物は巨大なスズメバチの様な姿をしているが、外骨格は黒と黄色の警戒色ではなく灰褐色をしている上、足は刺だらけ、眼は真紅と禍々しい雰囲気を放っている。まるで巨大な羽蟻が飛んでいるかのようだが、頭部はカマキリのようで、前足までもがカマキリのそれに似た凶器に変化している。
 そして、この剣呑な怪物は、普段は他のモンスターを主食としているものの、時として人間も餌食とする事が知られている。
 しかも、そのアサシンバグは口から火炎弾を吐き出し、クオレ機を狙って来た。荒野で遭遇したベルゼバブ達も使ってきたもので、原理も全く同じだ。酸素に反応して激しく燃焼する物質で構成されたそれが、クオレ機の右腕を掠め飛んだ。
 クオレもすかさず反撃する。ビームはアサシンバグを捕らえ、翅をもいだものの本体にはさしたるダメージにならなかった。硬質化した外骨格が散弾に耐えたのだ。
 だがクオレは動じない。飛行能力を奪われ、地を這いながら近付いてきたアサシンバグが火炎弾を吐くと、横跳びで回避しながら粒子砲を収束モードに切り替え、反撃する。
 今度のブリューナクからは太く長いビームが発射され、この光線に直撃さけた巨大蜂は頭を胸部諸共貫かれ、動きを止めた。
 もう大丈夫だろうとクオレが機を旋回させたとき、背後の瓦礫が土煙と崩落音を上げた。咄嗟に機を振り返らせると、ハインラインはいないと次げたはずのファシネイターが現れていた。だが両腕と頭と背部武器が失われ、ボロボロとなったコアが今にも脚部から千切れそうにグラグラ揺れていた。しかも、足取りもおぼつかない。
 当然黙っているクオレではない。本能的憎悪と生理的嫌悪感に突き動かされ、即座にブリューナクを向ける。
「そのゴミナントには構うな! モンスター達の駆除を優先して下さい!」
 ハインラインにしては珍しい、怒鳴るような口調にクオレはたじろいだが、やはり筆舌に尽くせぬ恨みを抱く相手が前である、腹の虫が収まるはずがなかった。結局彼は発砲せず、左腕で打撃を食らわすにとどめる。
 スティンガーはACと違い、レーザーブレードは搭載されていないが、代わりにハードフィストと俗称される、先端部が針状になった超硬質の特殊合金製シャフトが付いた打撃用近接武器が標準装備されている。その威力は、油圧ピストンによって繰り出されるパワーも相まって、やわな装甲なら金属シャフトは貫通してしまうほどである。
 AC搭載用の射突型ブレードと酷似しているが、射突型ブレードは特徴である金属杭を突出させる際に用いる火薬が切れれば使用不能となるのに対し、ハードフィストは機体のエネルギーが尽きるか、機構自体が破壊・故障しない限りはいくらでも使う事が出来る点に置いて差異がある。
 その金属杭を受け入れたファシネイターはコア装甲をぶち破られ、後ろに倒れて動きを止めた。クオレ機はその残骸を踏み潰し、新たに闖入して来たベルゼバブを撃ち落とし、ヴァンパイア3匹を粉砕すると、新たな獲物を探して徘徊を始めた。同じモンスター掃討の依頼を受けたと見られるスティンガー4機が、同じ荷電粒子砲やガトリングガンを携えてクオレ機の右手をすれ違った。
「北地区にモンスターが大量出現しているとの報告です」
 ハンター達が援護を要請しているとハインラインが言うので、クオレは了解して北に転進した。
 そのまま数分間、スティンガーを進ませるクオレはモンスターと遭遇せず、同業者のスティンガーやサイクロプス、アーマード・カファール、プロキシマ等がすれ違い、時に横切るのを見送るのみだった。ハンターやイェーガーの兵器は単独やペア、或いはトリオ、もしくは大小の集団で市街地をうろつき、モンスター退治に当っていた。
 更に進むと、被災した市民の救出作業に回っているイェーガーの姿が見受けられた。重機やサイクロプス、スティンガーが瓦礫を撤去し、生き埋めにされていた市民を発見し次第、レスキュー隊員が救出・担架に載せて救急車や救助ヘリ、兵員輸送用の装甲車等で搬送させている。
「早く救出しないとモンスターが来るぞ!」
「サイクロプスと武装ゴキブリを盾にしてモンスターの侵入を防げ! そこのハンターも手伝ってくれ!」
 自分が呼び止められたと察して、クオレも他のスティンガーと同様、武器を構えて周辺のモンスター警戒に回った。武装ゴキブリことアーマード・カファールはその周辺に展開した。
「畜生、来やがった!」
「殺せー!」
 怪物たちの姿を認め、ハンター達が一斉にアサルトライフル、ショットガン、レーザーガン、ガトリングガン等を発砲した。クオレ機はブリューナクを連射モードに切り替え、まずは眼前に現れたグラトンワームにその矛先を向けた。
 グラトンワームは涎を滴らせ、醜悪な牙の生えた口を大きく広げてクオレに迫るが、低威力・高速連射タイプの針状ビームを秒間10発浴びせられて頭部を粉砕された。
 さらに、クオレ機や他のスティンガーが繰り出した連射ビームは、ベルゼバブやヴァンパイア、アサシンバグ、グラトンワーム等のモンスターを、近寄る端から次々に粉砕していく。
 クオレがアサシンバグに拡散ビームを見舞い、地面に落とした所で近くの陥没道路から巨大なものが這い出してくるのに気が付いた。装甲は暗緑色で、丸いボディの全面に生えた足がザワザワと蠢いている。
「クソ虫が来やがった!」
 火炎弾を浴びながらも地面を這いずるアサシンバグに止めを刺したクオレは、粒子砲を再び連射モードに切り替え、新たな巨大生物をロックオンした。
「アミダか!?」
「“原種”か」
 他のハンター達も姿に気が付き、一斉に銃を向けた。一番早かったのはアーマード・カファールの上部旋回砲塔で、ガトリング砲を放ってクオレがロックオンしていた巨蟲を見る間に粉砕した。
「いや、クソ虫で正解だろう」
 新たに這い出して来たアミダを見て、クオレが毒づいた。
「全く、キサラギもロクなモノを作らねぇな」
 同じ気持ちだと、クオレは通信回線上で同僚のハンターに頷いた。
 アミダが、ナービス戦争でキサラギが作り出した生物兵器である事以上に、ナービス戦争当時は自爆によって当時のAC乗り達に大被害を与えた事は、レイヴンのみならずハンターやイェーガー、さらには政府軍関係者の間でも有名な種である。半年ほど後の24時間戦争時代で品種改良され、溶解液を吐いて攻撃したり、飛行する変種がいる事でも知られている。
 今現れたアミダは、外見で言えば、ナービス戦争時代や24時間戦争時代のものとそう大差はない。それゆえか、ハンター達からは「原種」と呼ばれている。
 だが、ジナイーダが死ぬほど憎いどころか、彼女をのさばらせたと言う事で24時間戦争時代の事象やレイヴン達さえゴキブリの如く嫌うクオレにとっては、アミダはクソ虫でしかない。
 いや、実際そう言われても仕方がない。何せそのアミダは下水道から現れ、インファシティ住民が垂れ流した廃棄物や排泄物やヘドロに塗れて現れたのだから。
「撃て! 近寄らせるな!」
 誰が言い出したか知らないが、ともあれ味方機のミサイルが攻撃合図になった。粒子砲やマシンガン、アサルトライフル、レーザーガン、ミサイルなどが立て続けに繰り出され、クオレも連射ビームで射撃に加わった。そのため、現れたアミダ達は例外なく長生き出来なかった。
 アミダの残骸は千切れた足がまだ蠢いていたり、のたうったりしていたが、ハンター達の注意は新たに接近してきたベルゼバブに向いていた。血の臭いに引き寄せられたのだろうか、いずれにしてもそいつはすぐに集中砲火を前に吹き飛ばされ、木っ端微塵になって救助現場近くに墜落した。クオレも接近してきたベルゼバブに拡散ビームを叩き込み、2匹を撃墜した。
「クオレ、ブリューナクの発射可能回数に注意して下さい」
 ハインラインに促され、クオレはブリューナクの弾数表示に目をやった。
 ブリューナクは発射可能連射モードで約2000発分の発射に耐えうるエネルギーを積載し、パーセント表示で残り発射可能数を表示しているが、クオレ機のそれは、残り62%と表示されている。
 収束・拡散・連射とボタン1つでモードを切り替えられる汎用性の高さだけに、エネルギー切れには注意する必要があった。
「おい、まだ救助終わらないのか?」
 クオレは救助隊に訊ねるが、応答がない。
「レスキュー隊へ、救助活動の進捗状況はどうなっていますか?」
 ハインラインも、自分への返答どころではないだろうと承知しながら、マトモな回答が望めないのを覚悟した上で訊ねていた。
「ネガティヴ、まだ女の子が残っている」
 応答してくれた救助隊員が言うには、現在救助されているのは近くのビルから崩れ落ちた瓦礫に巻き込まれた数台の車に乗っていた市民で、これまでに軽自動車を運転していた中年の男性とその同伴者である女性、潰れた白い自家用車に乗っていた女性の3人は遺体が確認された。幸い、その白い自家用車に乗っていた幼い兄弟と、青い自家用車のドライバーとその妻、そして下の娘を救出したが、青い自家用車に娘の姉が取り残されている。
 救助隊員の話では、女の子の意識はあるものの、潰された屋根に挟まれた状態になっているそうで、これから屋根をジャッキアップし、ひしゃげたドアを切断の上で救出を試みるとの事である。そしてそんな彼等を餌食にすまいと、ハンターとイェーガーは、モンスター達を近寄る端から抹殺していく。
「分かった。救助が終わるまではここを離れないようにする」
 女の子が無事に救助される事を祈りながら、クオレはブリューナクを陥没した道路に向ける。滅茶苦茶に破壊されたアミダの残骸のなかで、巨大な蛆虫が這い回っていた。
 名前もそのものずばりの「マガット」で、敵地の人間を食らい尽くす目的で生み出された生体兵器の成れの果てだ。こいつは成長しても蛆虫のままだが、外見的に酷似しているハエの幼虫同様に何でも食らい、凄まじい繁殖力を有している。ACやMT、ACBにとっては恐れるほどではない存在で、クオレもオールド・モンテレーを初めとして各地で駆除して来た楽勝の相手だが、全長2メートル以上、大きいものだと15メートルを超えるため、武装していない人間にとっては危険な存在である。
 恐らくはアミダの死肉目当てで集まって来たのだろうが、救助隊員と女の子が捕食される危険性を考慮し、クオレはまずブリューナクを収束モードに切り替え、一番大きな全長5メートルほどのマガットを一撃で仕留める。そして間髪入れずに連射モードに切り替え、他の蛆虫も次々に倒す。
「これでも食らえ!」
 ハンターが怒鳴りながら発砲し、何かしらの外敵を潰しているのがクオレにも分かった。
 大丈夫だろうかと、クオレは救助隊員のほうを振り返った。ジャッキアップが終わったと見え、隊員の一人がエンジンカッターを取り出し、注意深くドアを切断に掛かっている。その傍で、救出されようとしている女の子の両親と妹が、恐らくは女の子を励ましているのだろう、絆創膏を貼られながらも窓へと頭を向けていた。
 だが、その救助隊員の近くのマンホールが突然押し上げられ、巨大な蛆虫が顔を覗かせた。だが、アーマード・カファールから降りてきたイェーガーが横からウジ目掛けて発砲、撃たれたマガットは身をよじりながらも這い出して来たが、近くのスティンガーに蹴られて退かされた。
 しかし、マガットやアミダはビルの物陰やマンホール、道路が陥没した箇所から次々に現れた。クオレは救助活動が成功する事を祈りながら、陥没地点へと粒子砲を発砲。這い出して来たマガットの頭を吹き飛ばし、アミダを蜂の巣のようにして下水道へと強制送還、地下で爆発させしめた。
 だがそのお陰で、クオレは近くの物陰に潜んでいたアサシンバグに気が付く事が出来た。だが、気付いたのはブリューナクを向けた直後の事であり、発砲前にクオレ機は飛び掛られ、しがみ付かれた。
「くそっ、放せッ! この野郎!」
 開いていた左腕を強引に押し出し、アサシンバグを引き剥がしに掛かるが、刺だらけの脚が関節や各種部品の隙間に引っ掛かっているのか、中々離れない。しかも、苦し紛れか火炎弾を吐いてクオレを蒸し焼きにしようとする。
 そこに、イェーガーズチェインのエンブレムを持つサイクロプスが駆け寄り、引き剥がそうとハードフィストを巨大羽虫の胸部に叩き込んだ。2度の殴打で、クオレも胸部の向かって右側が大きく抉られたのを見て取り、拘束が緩んだ隙を突いて左腕を大きく突き出し、アサシンバグを振り払った。
「有難う、助かった!」
 礼を言うと、クオレはすぐにアサシンバグにハードフィストを食らわせて止めを刺した。そしてすぐに這い出して来たアミダ目掛けてビームを撃ち込む。
「クオレ、今入った情報です」
 ハインラインの通信に振り返らずとも、クオレは耳を傾けた。
「アースガルズ連邦政府軍が行動開始。主戦力はジュイファシティ西の機械生命体排除後――」
「くそっ、また来やがった!」
 クオレの悪態とその眼前のアサシンバグ、サイクロプスが発砲したアサルトライフルの銃声によって会話は中断された。ファイアーボールを食らうが、クオレは拡散ビームに切り替え、構わず撃ち返す。
 アサシンバグに限らず、羽虫型のモンスターは総じて機動力が高く、正面に捉えているうちに攻撃しておかなければ撃破に大変手間取る。一分一秒でも長くのさばらせれば当然人命を危険に晒しかねない。
 羽を千切られ、地面に落とされてもアサシンバグはまだ暴れまわり、苦し紛れからか全身蜂の巣のようになりながらも救出現場へと走り出した。
「くそっ、止まれ!」
「おい! アイツを止めろ!」
 他のスティンガーとサイクロプスが一斉射撃するにおよび、そのアサシンバグはようやく動かなくなったが、更に別のアサシンバグが救助隊に迫っていた。羽や歩脚、前脚のカマが千切れ飛び、肉片と体液をばら撒きながら、残るカマを振り上げて肉薄していた。
 反射的にブリューナクを向けるクオレだったが、アサシンバグはそこで力尽き、別のスティンガーに引き摺られる形で退場させられた。救助隊にカマが届くまであと5メートルと言う所だった。
「ハインライン、確かアースガルズ連邦政府軍が動き出したとか言ってたが?」
「はい。一部部隊がモンスター掃討を開始したとの連絡を受けていますが、主戦力は機械生命体へと向かっています。主力部隊は機械生命体を撃破し次第、モンスター掃討に移るとの事ですが、それまでは持ち堪えてください」
 クオレは何も言わなかったが、至近距離に迫っていたアミダを撃ち抜いて返答に代えた。
 既にクオレがこの現場に来てから20分以上が経過している。迅速さが要求される救助現場ながらもこれぐらい時間が掛かるということは、余程作業が難航しているらしいとクオレは察して取った。彼は救助に関しては門外漢であるが、潰れた自動車のルーフに人間が挟まれているとなると、その撤去はかなり困難であろうと見ている。裁断機で切断するにしても、その衝撃で要救助者の心身にダメージが及びかねないのだから。
 しかも、救出されているのは女の子と言うから、出来る事なら助かってくれと願って止まなかった。
 だが、クオレにはどうする事も出来ない。それを彼自身が自覚しているから、尚更歯痒かった。彼に出来る事と言えば、這い寄る化け物たちを排除しながら、一刻も早く女の子が助かってくれと祈る事だけであった。
 周辺では、無事に救出された人々を乗せた救急車や輸送車両が、ハンターまたはイェーガー側の機動兵器の護衛つきで現場を離脱し始めていた。クオレの目の前で、護衛のハンターが飛来したソラックスを叩き落としている。
 クオレも、現れたバルバトスにビームを見舞って沈黙させた。たった1機の機械兵とは言え、各種兵器で武装したデヴァステイターの危険度はモンスターの比ではなく、近くに非武装の民間人がいれば殺される可能性が極めて高い。
 そこまで考え、クオレは機械軍団の中に憎んで止まぬファシネイターの姿があった事に思い出した。あいつがいるとそれだけで殺戮が始まってしまう。ましてや今のクオレの近くには非武装の救助隊員と助けを待つ女の子。絶対悪に堕ちたラストレイヴンにとっては格好の獲物である。今は来るな、今は来るなと、クオレは呪詛のように小さく繰り返した。
 もちろん這い出してきたアミダには、そんなクオレの胸中など知る良しもない。考えに耽ってもられないと即座に頭を切り替えたが、奴は近場のビルの隙間から、既に至近距離にまで迫っていた。
 咄嗟に、クオレ機は迫ってきた蟲を左腕で払い飛ばした。小型自動車程度のサイズしかなかったアミダは吹っ飛ばされて近くの路面に落下後、爆発した。
「危ねぇ……自爆される所だったわ」
 ナービス戦争や24時間戦争時代を知るパイロット達から語り草となっているはアミダの原種は現在、高等昆虫じみた利他的な狩猟を行うモンスターとしても有名である。まず、標的に接近した個体が、体内の化学物質を化合させて爆裂。衝撃と熱、そして飛び散った外骨格の破片とで獲物を倒し、他の個体が倒した獲物と自爆した仲間の残骸に群がり、食する――これが彼等のやり方だ。
 体内の化学物質が爆発の原因である為、迂闊な銃撃はそれだけでも自爆を誘発しかねないのだが、救助者や救助隊員の命がかかっている為、今はそんな事も言っていられない。クオレにとっては、自爆されるのが仕方ないのなら、被害の少ない遠くから倒してしまうのがセオリーであった。
 勿論、破片で救助隊員が傷を負う危険はあったのだが、幸いな事にアーマード・カファールやサイクロプスが楯になって破片を防いでくれていた。
「救助隊、まだ救出出来ないのか!?」
 苛立ち紛れのクオレがマガットを潰して訊ねるが、救助隊からは応答がない。殺されたという知らせもないので、恐らくは救助作業が正念場を迎えているのだろう。しかしながら、進捗は芳しくない事がうかがえた。
 幸いなのは、救助隊に向かってくるモンスターが現在途切れている事にあった。
 モンスターそのものは依然として徘徊し、実際クオレがアミダやマガットを粉砕した陥没道路の辺りには新たなマガットが何匹も出現している。だが、そいつらは撒き散らされた肉片を漁るだけで、救助隊を襲ってくる気配はない。恐らく死肉か血に惹かれて来たのだろうとクオレは見た。
 そのマガットを、アイアンシザースと呼ばれる巨大なサソリの様な姿のモンスターが尻尾で刺し貫いて餌食にし、巨大なダンゴムシを思わせるイソポッドが陥没地点から這い出して、焼け焦げたアミダの肉を食らっている。両者とも外骨格が非常に硬く、ハンター達からは簡単には狩れないと評判である。
「頼むからどっちも来るな」
 クオレの祈るような呟きが通じてか、あるいはマガットだけで満足したのだろう。アイアンシザースは獲得した獲物をビルの陰へと引きずり込む形で去って行った。イソポッドは死肉漁りに専念しているようで、集まってきた仲間達と共に、その場をロクに動かなくなった。
「そのまま大人しくしててくれ」
 苦い顔で冷や汗をたらすクオレの様子がハインラインにも窺えたが、元々クオレは機械生命体よりもモンスターの方を警戒しがちな人間だった為、今更何を感じる素振りもなかった。「そこを動くな」等と呟いても、特に疑問は感じなかった。
「クオレ、そんなに警戒するのでしたら退治してはどうですか?」
「そうしたいんだが、やっぱブリューナクのエネルギーが気になる。ハードフィストでやっても良いんだが、イソポッドやアイアンシザースへ迂闊に喧嘩を吹っかけると、何されるか分からない」
 クオレがこうもモンスター達を警戒しているのには理由がある。
 それは、憎悪や破壊本能だけに変質したデッドコピーと、ある程度プログラムされた命令しか頭脳内に持ち得ず、それゆえ動きが定型的になりがちな機械生命体の類と違い、モンスター達が何をしてくるか分からない不気味さを持ち得ている所にあった。
 未だ全容の知られていない未知の敵と言う点に置いては、モンスターも機械生命体も同じ事であるが、整然としたプログラムで物事を処理していくだけの機械生命体と、その中に宿っている憎悪と破壊衝動に突き動かされるデッドコピーと、モンスター達を比較すると、決定的な違いがある。
 それは、総じて知性が低いとは言え、行動にイレギュラーな面があり予測が付けづらい事にあった。出現した理由を推測し、出現を予測し、攻撃によって排除する事は出来るにしても、追い詰められたモンスターが最後の足掻きとして苦し紛れから暴れまわったり、支離滅裂な行動を取る事によって、思わぬ不覚を取る事も有り得る。
 しかし、それも今回の様な市街地での戦いならまだ良い。
 問題はこれが自然条件下で行われる場合である。
 何しろ、人間が作ったもので溢れている都市区域とその周辺部と違い、自然では温度・湿度・天候・植物・地形、その他周辺生態系の状況など、彼等の正確な行動予測を妨げる要素が幾らでも有る。しかも、行動を予測したとしてもイレギュラーな要因で行動そのものが変化してしまう事だって考えられえた。
 そもそも、自然界では気象・気候などが常に変容しており、去年と同じ時期・季節でも気象条件下が全く違う事などよくある話である。インファシティに現れたモンスター達もその例外ではない。
 更に極めつけとして挙げられるのが、自然化に放たれたモンスターと、それが織り成す歪んだ生態系の恐るべき環境適応性だ。大崩落の際、壊滅した各所の生体研究所から逃げ出した実験体や生物兵器達は、植物が再び焦土に茂り、自然環境が回復させていくのに合わせ、大破壊によって丸ごと崩壊したその地域の生態系に取って代わり、それを世界各所に広げていった。
 これによって各地域の野生動物達が次々に食い潰されて絶滅状態に追いやられ、元の生態系を見る影もなく崩壊させている。そればかりか、歪んだ生態系は大崩落から21年が経過した今、世界崩壊によって生じた空白地を次々占領、遂には、旧ユーラシア大陸を覆い尽くさんばかりに肥大化していた。人類の予想を遥かに上回る規模と速度を以って。
 その為クオレにとって、モンスター達は、機械生命体とは危険性におけるベクトルの差こそあれど、警戒を怠ってはならぬ相手である事に変わりはなかったのである。機械生命体に比べ、装備――攻撃性能で劣る事から、ベテランハンターの中には鼻歌交じりで彼等を狩れる者もいるが、クオレにとってそれは殆ど救いとはならない。
 寧ろ、メンテナンス性や装備互換性等の効率化という観点から、ある程度装備や機種の方向性を限定しがちな機械生命体と違い、モンスター達は開発された研究所が別個だった点、生育環境の差などもあってか種類も攻撃手段も機械生命体以上に多彩であり、その都度装備や攻撃を変えなければ対応するのは難しい。ACならば生体センサー搭載の頭部が必須だ。
 しかも、人間を喰らって成長し繁殖するのは勿論だが、中には人間の身体に卵や幼生を産み付けて繁殖するおぞましい生命体さえいる。
 そのためクオレは、モンスターはただ人間を殺すだけの機械生命体よりもタチが悪いと見ていたのだ。レイヴンキラーやジナイーダあたりと比べて「どれが一番悪質なのか」と質問されると、回答に窮するだろうが。
「要救助者確保!」
 救助隊員が声を張り上げたので、ハンター達が視線を転じると、女の子が抱きかかえられて家族の下へと連れて行かれる様子が確認できた。クオレも女の子が家族と無事再会出来たのを見て取れた。女の子は幸いにも煤けた頭や足から僅かに出血していたものの、両親に抱かれながらも両足が地面に突いている辺りから察すると、大事には至らなかったらしい。
 しかし他の被災者が担架で担ぎこまれ、また軽傷でも万が一を考えてか、救助隊は家族を伴って女の子を救急車両へと乗せた。
「このままジュイアン病院へと搬送します。援護を!」
 救急車が急発進するや、ハンター達は今度はその護衛に回った。前後をアーマード・カファールが、その両脇や背後をサイクロプスやスティンガーが固める。
「悪い、もうすぐ弾切れだ。俺は帰還する」
 後は任せたと言い残し、クオレは残りエネルギーが24%にまで低下したブリューナクを手に、一度基地へと急ぎ出した。
14/08/07 15:00更新 / ラインガイスト
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■作者メッセージ
 ついにやっちまいました……主人公がACじゃない兵器(もし原作シリーズだったらMTとしか呼ばれないような代物)を操縦、しかもACが途中に出て来たファシなんとかだけと言う、ある意味ACの二次創作にあるまじき展開を。
 しかも相手は蟲ばかりと、もはやアーマード・コアの世界観見事にぶち壊しです(今に始まった事でもないけど)。

 これについてはもう、色々と「やっちまった……」としか言えませんが、しかし私自身はもともとロボットもののアニメやゲームで育った人間ではなく、昔の怪獣映画や、ハリウッドのモンスターパニック映画を見て育ったタイプの人間なので、こう言う「戦いはあるけど人間はあまり死なない」と言うタイプの作品が好きなので、こう言うのは後々もやって行きたいと思ってたりします。
 それがACでやって良いかどうかは別として……。

■モンスターとはいえ生物
 個人的に生物兵器やモンスターの類(無論本作のも例外じゃない)って、ベースって大抵は地球上にいる何かしらの生物ですから、生態も本来のそれに比較的近くなるのではと思ってます。
 それだけに、さまざまな環境条件で行動が変化すると言うのがあり、今回クオレ君のモンスター戦に対するスタンスにもそれを盛り込んでいます(血の気が多い暴言主人公にしては珍しい事ではありますが)。
 実際、現実の生物を見ても、植物が減少した地域ではバッタが大量に飛んで他の地域の作物に大被害を与えたりと、環境変化で思わぬ行動を行う生物は数多くいます。
 現実の生物でさえこうなので、世界崩壊後の生物兵器たちにも同じ事が言えるのではないか……そこ考えると、結構面白い所ではあります。
 本作のAMIDA、もといアミダも、そんな感じで描写しようかと計画してます。

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まろやか投稿小説 Ver1.50