連載小説
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#4.情報屋
 この日、アストライアーは休む暇も無いかの様にバイクを飛ばし、街中を疾走していた。
 その様子はさながら、緊急の依頼の為OBを起動して作戦領域を離脱せんとするACのような勢いであった。だが、その行く先は自宅でもガレージでもない。かと言って、レイヴンと無関係と言う訳でも非ずだ。平たく言えば、「ACとは無関係ながらも、しかしレイヴンにとっては重要なものを仕入れる為の場所」と言える。
 やがて、アストライアーの乗るバイクは半分スラム化した区画にまで到達していた。ゴミが街中に散乱し、風に乗った若干の悪臭が彼女の鼻腔を刺激する。アストライアーはずり下ろしていたマスクを、鼻のあたりまで上げた。
 バイクで疾走するアストライアーに、路地の隅に座る、薄汚く汚れた衣服に身を包んだ人間達が目線を向けている。その中には、殆ど布切れ同然の衣服しか身につけていない子供の姿も見受けられた。ここ暫く続いている戦乱により、家を失った者達の成れの果てである。
 その中にはレイヴンによってこの様になったものもいる。その為か、アストライアーにも憎しみの目線が向けられる。だが、彼女はそれを気にする様子は見せていない。
 むしろ何事も無い様に、ただ目的の場所へとバイクを進める。彼女はそんなものに、構いなどしない。
 レイヴンとなった目的を果す、その日までは。


 スラム街の片隅に建つ、少々古ぼけた家をアストライアーは視認した。その入り口と思しき黒いドアの前にバイクを止める。
「誰だ」
 ドアをノックすると、無愛想な声が返事となって帰って来た。
「アストライアーだ」
 無愛想な返事からしばらくして、ドアが重い音と共に開かれた。そして此処の家主である男――メタルスフィアが、何を警戒したのか、アサルトライフルを構えて姿を現した。
「何の用だ」
「ブツを買いに来た。ただそれだけだ」
 アストライアーは手短に用件を述べるが、メタルスフィアは警戒の色を隠していない。その日を生きるのにも必死の貧民層と行状の良くない人間がひしめくスラム暮らしだけあって、ならず者に対して警戒しているのは至極当然だった。
「そう言って、本当はオレを殺そうって魂胆じゃねえのか?」
「貴様の生き死になど私には関係ない。それに殺す理由などないし、殺したとしても割に合わない。それに私は今この状態だ」
 アストライアーはコートの内側を見せ、自分が今は非武装である事を知らしめた。
 彼女に自分を殺す意思が無いだろうと判断したのか、やがてメタルスフィアは、アストライアーに向けられていたライフルを下ろした。
「……入れよ」
 招かれるまま、アストライアーは薄暗い廃屋同然の一軒家の中を、メタルスフィアの後を追って歩んで行く。家の中は一日中カーテンが掛けられている為か、家の中は薄暗く、全体的に寂れていた。その奥の一室を除いて。
 メタルスフィアが、そのドアを開いた。ドアの向こうは、壁を防音素材に覆われ、何に使うのか不明瞭な機材が天井近くまでに積み上げられ、床の彼方此方をコードが這い回っていた。
 メタルスフィアが言うに、此処は「仕事場」である。
「で、あんたが欲しいって奴はどいつだ? 新型MT関係か? 企業のデータか? それとも武装勢力の――」
「ノクターンに関する情報だ。ランカーレイヴンの」
 メタルスフィアの言葉を遮り、アストライアーは答えた。
「……あんたの次の生け贄はノクターンか? まあ良い。待ってろ、今データを出す」
 メタルスフィアは来訪者の、能面のような顔をしげしげと見詰めると、部屋に設置された白と黒の2つのパソコンのうち、黒い方の前に座ってデータを呼び出し始めた。キーボードの上で、彼の指が踊る様な動きを見せる。


 メタルスフィア――「金属製の球体」と言う意味の名を関したこの男、一部のレイヴン達の間では「情報屋」と名の知れた人物である。何しろその外見が茶褐色の肌に、ライオンの鬣を思わせるぼさぼさのグレーがかった白髪に尖った耳と、一度見たら忘れないであろう容姿をしている為だ。
 尖った耳は、まるでファンタジー世界に登場する妖精や妖魔の類を連想させた。だが、当の本人が何故この様な耳を持つのか、またその経緯等は分からない。コスプレイヤーなる輩が身に付ける飾り物の類だろうかと、アストライアーは思っている。
 無論、この謎だらけの男について、アストライアーが詳しく耳にした事など、今までただの一度も無い。最も、耳にした所で大した関心は抱かないであろうが。
 そんな彼の本職は、本人曰く「CGアーティスト」らしいが、コンピューター全般に関してもかなり精通した男であり、その点はハッキングを趣味としている点において窺える。「そうでなければ情報屋が勤まるとは考え難い」とは、アストライアーの弁だが。
 しかしある時、その情報がとあるレイヴンの目に留まり、以後そのレイヴンに情報を提供し続けて行くうちに他のレイヴンにも噂が広まり、やがて現在の「情報屋」としての地位を確立したという。
「ほれ、ノクターンの戦闘シーン」
 メタルスフィアに呼ばれ、アストライアーは彼の後ろからディスプレイを覗き込んだ。
 ディスプレイにはノクターンに関するテキストと、彼女の愛機「ザイン」の戦う様子が映し出されていた。この動画での相手はワルキューレ。彼女の愛機「グナー」は上空を舞いながら、3連ロケットを放ちつつ接近するザインにロケットを正確に撃ち込んでいた。
「これは…?」
「一ヶ月前の試合の様子をそのまま録画したもの。勿論オレが実際に見てね。で、そこのテキストはオレなりの解説」
 メタルスフィアが喋っている間に、映像の中のザインはグナーに一太刀も見舞う事無く炎上し、アストライアーはテキストを目で追っていた。


 ――軽量2脚は基本的に機動性を高めることで、生命線である回避行動を行い易くなる。しかしグナーは軽量級2脚でありながらEOコアを装備し、またブースターも出力重視のCBT-FLEETではなく、燃費と出力のバランスが取れているMBT-NI/MAREを装備している。

 だが結果として、コンデンサに負担のかかるOBを使用しない事でエネルギー消費が効率化され、またブースターの性能バランスが良好な為、強化人間に可能なブースト効率上昇と相まってかなりの長時間、飛行可能としている。

 ザインは機動性こそ比較的高いものの、ブースターが出力重視で燃費に難のあるCBT-FLEETだった上、中量2脚ゆえに機体重量が比較的重く、空中を飛行するグナーには追い付く事が出来なかった模様――


「つまり、これは機動性の差で決着がついたと言う事か?」
「オレに聞くな。それは実戦経験のあるあんたが考えろよ。それと、こいつは3週間前のミッションでの事だ」
 メタルスフィアはそう言うと、また新しい動画ファイルにアクセスした。暫くして、ディスプレイはミラージュの社章が貼られた、恐らくはMTと思われる戦闘メカとザインが戦っている様子を映し出した。
「……何処から取って来た?」
「ミラージュから拾って来た。ミラージュの軍事部門のとこに侵入し、AC関連のデータを頂こうとしたら、見事に警備システムに引っかかっちまった。で、慌てて回線切断して、残ってたのがコレだった」
 アストライアーは呆れた様な表情をしていた。ただし、傍から見れば相変わらずの無表情だが。
「で、どいつが欲しいんだ?」
 それを知ってか知らずか、メタルスフィアの顔はハッカーから情報屋のそれに切り替わった。
「ま、あんたの場合はアルタイルが戦闘してる画像を見てそれから学んだ方が良いんじゃねえかと思うんだがな。同じブレーダー(主に、ブレードを主力として近接戦を行なうレイヴンの総称)だし」
「何だと……?」
 それまで無表情だったアストライアーの表情は、アルタイルの名を聞いた途端に変わった。
「ノクターンとアルタイルが交戦している動画はあるか? あったらそれをくれ」
 アストライアーの表情がいつもとは違う――そう感じながら、メタルスフィアはデータの検索を始めた。時間が掛かった所を見ると、かなりの量のデータの中から探していたらしい。
「確かこいつだ」
 メタルスフィアは見つけたファイルにアクセスし、映像を出した。映し出されていた映像には、ザインと刃を交える白銀のACが映っていた。
「これは……」
 何時しか、アストライアーの視線は、食い入る様にその映像に向けられていた。
「これで間違いないな?」
「ああ……」
「それじゃディスクに焼くぞ。ディスクは持って来たか?」
「ああ、この通り」
 アストライアーはコートのポケットから空のディスクを取り出し、メタルスフィアに手渡した。彼はそれをすぐさまドライブにセット、ファイルの複製を開始する。彼にとっては単なる『商品』の一つに過ぎない映像だが、アストライアーには何か重要なものらしい。
(アルタイルに対してのあの反応……そう言えば『ダンナ』がアストライアーの事を……ああ言っていたっけな…)
 アストライアーについて何かを考えながら、メタルスフィアはディスクにデータをコピーした。そしてドライブからディスクを取り出すと、アストライアーに渡した。
「……確かに受け取った。では、御代」
 メタルスフィアはアストライアーから受け取った札束を、その場で勘定した。どうやら規定の額には足りている模様。
「データくれてやったんだから、あっさり死ぬなよ」
「私はまだ死なない。『奴』を殺すまでは――」
 メタルスフィアの声を背に、ディスクを受け取ったアストライアーはバイクに跨り、スラム街の向こうへと走り去った。
 彼女が去る目前、寂れた建物のドアは音を立てて閉じられた。


 アストライアーが去ってから2時間ほど後、メタルスフィアの家を訪ねる者が表れた。
 メタルスフィアは仕事場でデータ処理をしていた所だが、防音素材で覆われていない仕事場のドアの隙間から、入り口のドアをノックする音が僅かに聞こえた様な気がしたので、入り口へと向かった。
「俺だ。この声を聞いて分からんか!?」
 今度の来訪者は高圧的な声の男性だった。容姿はメタルスフィアと同じく、茶褐色の肌を持っているが、スキンヘッドの上、その身長は2メートル近くある。
 声と相まって、眼前に立つ者を震え上がらせんばかりの巨漢だが、しかしメタルスフィアはアストライアーを応対したときの姿勢とは異なり、妙に畏まった態度を見せている。
 どうやら彼は、メタルスフィアにとっては顔馴染みであるらしい。
「ダンナでしたか」
「そうだ。『アレ』を買い取りに来たぞ」
 メタルスフィアには『アレ』が何を意味するのか分かっていた。
「『あの女』の情報ですな。ええ御心配無く。ちゃんと最新の奴は手に入ってますぜ。早速ご覧になります?」
「無論」
 メタルスフィアは男を仕事場へと招き入れた。
 ディスプレイには既に映像の再生準備が整っており、更にドライブにディスクもセット済み。男の要望一つでどんな情報でも売り渡す準備は出来ている。例え、それが非合法のものであったとしても、だ。
「こいつが一番新しいファイルです。ミラージュからパクらせて貰いました」
 メタルスフィアが提示したファイルには、『あの女』の作戦行動記録や撃破した敵機数等をまとめたテキスト、さらに作戦行動時の武器の使用率を詳細にリストアップしたワークシートも提示されている。
「成る程。ではこいつを買おうか。……俺の足元で犬の様な真似をするだけの雑魚レイヴン共よりも余程役に立つ」
「毎度有難う御座います、ダンナ」
 メタルスフィアはすぐにデータをディスクに複製し、男に差し出した。
14/10/16 10:49更新 / ラインガイスト
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■作者メッセージ
 今回のエピソードを書いていた当時は、数々のハリウッド映画(ギャングもの、サスペンス等)を相当数見ていた為、その影響が節々に出ています。
 新キャラである情報屋メタルスフィアは、工房の小説をすべて見たという訳ではないのですが、見ていてあまり居なさそうなキャラを登場させようと思ってあのような形になりました。
 最も此処よりはファンタジーモノに登場させたほうが宜しい様な気もしますが(爆)

 これを書いてた頃はACの二次創作に対して否定的な思想とかは一切なく、「自分の周囲にあるものは取り込んで血肉にしてしまおう」と言う位の意気込みでAC3LBに臨んでました。

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