連載小説
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#3.共闘
 ファナティックを手に掛けた「あの依頼」から5日後。
 この日も、マナ=アストライアーは愛機ヴィエルジュと共に、コーテックス所有の大型輸送ヘリに吊られて飛行していた。行く先はレイヤード第2層・特殊研究区画の熱帯雨林を再現したセクションである。
 クレストの輸送機が、管理者破壊を唱える秘密結社「ユニオン」の攻撃によって撃墜され、クレストの新型兵器データや組織の内情を示すデータ等を記録したデータカプセルが散乱、ユニオンに回収される前に、そのデータカプセルを回収して欲しいとの依頼があった為である。
「しかし、貴女がクレストの依頼を……何があった?」
 ヴィエルジュの右隣に吊り下げられている重量級4脚AC「デルタ」のパイロットが、通信を介してアストライアーに問いかけてきた。
 彼女の名はスキュラ。元4脚MTパイロットの肩書きを持ち、アストライアーとほぼ同時にレイヴン試験に合格した、いわば同期のレイヴンである。
「報酬だ。なかなか高額だった上、物資回収系ミッションだったのでな。しかし何故そんな事を聞く?」
「いや、貴女が受ける依頼にミラージュからの依頼が多かったから」
 話しかけて来る者が殆どいないアストライアーだが、このスキュラだけは、例外的に彼女に対し何気なく会話もしている。因みに、この2人の付き合いはレイヴン試験以来から続いている。
「だが……あいつが一緒と言うのは気に食わんな」
 アストライアーが言う「あいつ」と言うのは、現在ヴィエルジュとデルタを係留しているヘリの隣を飛行している、もう一機の輸送ヘリに吊り下げられている軽量級逆間接AC「メーガス」の事である。
 搭乗者はファウストで、彼はアストライアーと同じアリーナのランカーレイヴン。逆間接脚部特有の高いジャンプ性能とホバーブースターによる空中戦を得意としている。
 その戦闘スタイルから「魔術師」の異名が付いている彼だが、その端整な顔立ちとは裏腹に狂気的な性格をしており、彼を倒したランカーが、幾人も謎の死を遂げているのは、ある筋では有名だった。
 その為か、彼は周囲から危険人物扱いされ、好んで共闘する者は少ない。何しろ、いつ刃を向けられるとも分からないからだ。
「その次のターゲット、もしからしたら貴女かも知れない。気を付けてくれ」
 スキュラの口から、不意にアストライアーを気遣うセリフが吐き出される。アストライアーはやはり無表情だが。
 此処で「貴女も」とでも返事を返そうとしたアストライアーだが、その考えは突如起こった笑い声に遮られる。
「あいつらか……毎度毎度五月蝿い奴等だ……」
 もう一機の輸送ヘリは、ファウスト機「メーガス」以外にも、2機のACを吊り下げていた。アストライアーの言う「五月蝿い奴等」というのは、この2機のACの搭乗者に他ならない。
 その2機のACは両方ともフロートACで、うち一機は円盤状のMLR-MX/QUAILに複数のカメラアイを備えるMHD-RE/008、中量級コアCCM-00-STOと腕部CAM-11-SOLを接続し、武器はロングレンジライフルMWG-RF/220、軽量ブレードMLB-LS/003、支給されるACに装備されていた小型ミサイルCWM-S40-1と言う組み合わせ。
 AC名はフェンサーで、搭乗者はツヴァイハンダーと言う若手のレイヴンである。
 もう一機は黒と黄色の派手なツートンカラーで塗装され、レーダー装備型ではもっとも安価なCHD-02-TIEと、フェンサー同様中量級腕部CAM-11-SOLを装備。ただしコアはフェンサーのクレスト製OB装備型コアCCM-00-STOに対し、ミラージュ製イクシードオービットタイプコアのMCM-MX/002であった。
 そしてスカート状の下半身を持つMLR-RE/EGAに、レーザーライフルMWG-XCW/90、レーザーブレードの中では取り回しが利くと評判のCLB-LS-2551、小型ロケットCWR-S50、チェインガンCWG-CNG-300で武装。中量2脚あたりならば十分積める装備とは言え、軽装備が主流のフロートACにしてはかなりの重武装であった。
「パイク、通信回線入れたまま私語は止めろ」
 アストライアーは心の底の本音を、思わず口に出てしまった。
 それに呼応してか、黒と黄色のフロートAC「フィンスティンガー」に搭乗しているパイクが返事を返してきた。
「おいおいアス姐、そんなにカリカリしなさんな。ストレス溜まるとまた肌が荒れるぜ?」
「要らぬ気遣いだ」
 戦場だというのに、パイクの口調からは緊張感がまるで感じられなかった。
「てか、以前も同じ様な展開になってなかったか? 確か2ヶ月ほど前だったか、ミラージュの発電施設を警備した時に」
「ああ、そう言えばそんな事もあったっけ。んでもよ、そんな細けぇ事気にしてたら戦闘前に疲れるぜ?」
 会話に割り込んできたスキュラだが、パイクは彼女の問いを軽口とともに流した。
 このパイク、アストライアーと何回か共闘した事があり、また2人は同じアリーナに在籍しているので会う機会はあった。だが、他のレイヴンがアストライアーを遠ざけているのと同じ様に、彼女はパイクを敬遠していたが。
 アストライアーから見れば、パイクは苦手な人種らしい。
 因みに、アストライアーはパイクとはアリーナで試合をした事が無い。アストライアーがBランクで、パイクはDランクと、ランクが離れ過ぎていると言うのが最大の理由である。
「それは兎も角ツヴァイ、この前みたいに回収目標まで灰にしないように頼む」
「聞こえてますよ先輩! もうあんなヘマはしませんって!」
 先程からアストライアーとパイクの、半ば口論に近い会話を聞いていたツヴァイハンダーだが、横からスキュラが些細な失敗を呟いた為に、慌てて反論した。以前、物資を回収しようとした際に武器を暴発させたのだろうか。
 しかし4人のレイヴンが他愛の無い会話をしている中で、ファウストはただ一人沈黙を保ったまま。
 そしてその視線が、嘗て自分を破ったアストライアーが操るヴィエルジュへと向けられていた事に、誰も気付いていなかった。
 程なくして輸送ヘリは、ブリーフィングで説明されたAC投下地点上空へと到着。
「目標地点に到達、降下してください」
 ホバリングする輸送ヘリからの通信と共に、ACを係留していたストッパーが次々に外され、5機のACは緑の中へと消えていった。
「回収目標はかなりの広範囲に散乱しているみたいだな。散開するか?」
 愛機を着地させたスキュラはマップを呼び出し、回収目標の大体の位置を確認して提案した。見た限り、カプセルはかなりの広範囲に散乱していた為である。
「……賛成」
 それまで無言だったファウストが口を開いた。
「ファウストの言うとおりだ。皆が一緒に行動したんじゃ回収に時間が掛かる。ここは手分けして回収しようぜ、美味い事に俺達は皆、機動性をちゃんと確保しているしな」
 確かにパイクの言う通りだった。
 ヴィエルジュは中量級2脚だが、高出力型OBを内蔵した軽量級コアCCL-01-NERに現行最高出力を誇るブースターCBT-FLEETを装備しているので速力や機動性に優れている。オーバードブーストなしでの最高時速は400キロを軽く超え、これは軽量2脚AC並みのスピードである。
 同様にメーガスも軽量級のOBコアを装備している。ブースターが標準的なMBT-OX/002だったとは言え、逆関節の中では比較的重量が軽く、それなりにスピードは出せそうであった。
 スキュラは重量級の4脚ではあるが、それでも中量級OBコアに高出力ブースターのMBT-NI/MAREを装備し、水準クラスの機動性は確保している。
 フィンスティンガーとフェンサーに到ってはフロートACと言う事で、機動性に関しては最早語る必要は無いだろう。
「と言う事で、ちょっくら出掛けて来るぜ。フィンスティンガー、散開!」
「ああ、待ってください先輩〜!」
「ちょっと待て、まだ説明は終わってない!」
 スキュラが静止しを求めた時には既に遅く、パイクとツヴァイハンダーはお互いのACを操ってカプセルの回収へと向かってしまった。
「仕方ない、此方も回収に行こう。2人が南に向かったから、ファウストは西、アスは北、私は東方面へと向かうって事で良いか?」
「そうだな」
「……それで良い」
 スキュラの提案にアストライアー、ファウストは一応の理解を示した。そしてヴィエルジュとデルタ、メーガスもカプセル回収の為に散開した。
 だがメーガスだけは、暫くしてからカプセルの元へといち早く辿り着き、姿勢を屈めて左腕を伸ばしてカプセルを拾い上げた。
「これでよし………次は……」
 ファウストが不気味な薄笑いを浮かべた次の瞬間には、メーガスは空へと舞い上がった。


「さて、もうすぐか……」
 アストライアーは、ヴィエルジュを疾駆させる一方で、リアルタイムで更新されるマップを呼び出し、メインモニターの片隅に別窓表示させた。
 今回は探索系の依頼と言う事で、頭部をMHD-RE/005からCHD-02-TIEに換装している。レーダーこそ支給されているCRU-A10のままだが、索敵面における心配が幾分か和らいでいるのは確かだった。
 呼び出されたマップ上では、ヴィエルジュの現在位置を中心に、カプセルの位置を示すターゲットの文字が表示されている。ヴィエルジュとターゲットがラインで結ばれ、両者間の距離が表示される。
 回収目標のデータカプセルには、この様な事態を考慮してか予め自分の位置を特定させる信号を発信する装置が組み込まれており、レイヴン達はそれによってカプセルの位置を特定する事が出来たのだ。
 因みにカプセルの位置自体は、依頼主であるクレストから送信されていたものである。
「此方デルタ、カプセルを発見。だがユニオンの部隊が接近している、警戒してくれ」
 アストライアーにとって、この事態は予測出来なかったものではない。自分の位置を示す信号を発信しているという事は、それを探知してカプセルを奪おうとする者が現れる可能性もある事を、無言のうちに示唆していたのである。
 その為であろう、アストライアーは戦闘の必要性の無いこの依頼でも、従来と変わらない装備で赴いていた。バズーカにムーンライトと言う近距離戦闘を想定した装備で。
 そして、目標まではOBやブーストダッシュで疾走する点も変わらない。
 少し進むと、草木が茂っている中、赤いラインの入った白い円柱形の物体が転がっていたのが目に付いた。
 回収目標のデータカプセルである。
 ヴィエルジュは片膝を突いた姿勢で、データカプセルへと左腕を伸ばす。既にユニオンの部隊が迫っている。急がねば。
「……ッ!?」
 突如、ヴィエルジュを激しい衝撃が襲い、同時に機体温度を示すメーターが急激に跳ね上がる。緑色に光るコンディションチェッカーが、被弾を示すオレンジ色の光に変わる。アストライアーは素早くヴィエルジェを立ち直らせると、自らも戦闘体制に移行。
 レーダーやると、敵機を示す赤い点が灯っていた。しかし、地上を見渡しても一面に木々が生い茂っており、敵反応を発している存在らしきものは視認出来ない。
 そんな中、今度はミサイルが飛来。頭部レーダーに装備されたミサイルセンサーは、ミサイルが上方から飛んできた事を察知し、ヴィエルジュは前進。ミサイルは目標を追尾するべくカーブするが、地面に激突して爆発。
 また、ミサイルへの回避行動をしている間、敵反応は蒼く変色していた。ACのレーダーは高度に応じて表示物の色が変わる方式だ。つまり、この敵は上空を飛行していると言う事になる。
 しかし、木々が茂る中では、敵の視認もままならない。アストライアーは愛機を、木々の上が見渡せるくらいの高度まで急ぎ上昇させた。
 現在天候は晴れ、霧も発生していない。それだけに、敵機も比較的発見しやすい。
 敵反応は現在ヴィエルジュの左手側を飛行中。上腕部の補助ブースターで急速反転し、蒼い女剣士は敵反応に向き直った。
 そしてその敵機の姿を見て、アストライアーは確信する。味方に裏切り者――理由は兎も角として、自分の命を狙う者が居たのだと。
 そしてその姿は、ランカーACメーガス、つまりファウスト操る軽量級逆間接ACだった。友軍信号を解除しているのか、IFF(敵味方識別装置)にも反応しない。
 そればかりか、不気味な笑い声を上げてバズーカを放って来た。
 砲弾を掻い潜りながら、この野郎は自分を殺すつもりだとアストライアーは確信した。
 だが、アストライアーには今更驚くような事はなかった。元々ファウストを倒したランカーレイヴンの幾人は謎の死を遂げているし、その殺意の矛先が、彼を倒した自分に向けられる可能性がある事は彼女も承知であった。
 いずれにしても、自分を殺そうとする者に容赦など不要である。アストライアーは思考を戦闘モードに突入させ、すかさずバズーカで反撃、上空のメーガスを砲撃しに掛かった。
 幸い、レーダーを見た限りでは、周囲にメーガス以外の敵反応は確認されていなかった。だが何時ユニオンの部隊が現れるかも分からない。カプセル回収と言う目的もあってか、アストライアーは短期決戦を仕掛ける必要があると読んだ。
「アス! カプセル回収はまだか?」
 スキュラが通信を入れて来たが、今は構っている暇は無い。
 ヴィエルジュを上昇させると、ホバーブースターで上空を自在に舞うメーガスに接近しバズーカを繰り出す。メーガスは垂直発射式の中型ミサイルを射出し、真上から攻撃を仕掛ける。
「二度も喰らうか!」
 ヴィエルジュは空中でOBを発動、加速したと同時にOBを停止してブースターを吹かし、OBの余剰出力で真正面を浮遊するメーガスに向けて強引に飛行。垂直ミサイルは蒼白いACが居た空間を通過し、そのまま地面に激突した。
「くっくっく……今度は死ね」
 再びメーガスは垂直ミサイルを発射、同時に光波射出型ブレードを振るい、エネルギー波をヴィエルジュへと飛ばす。
 OBの余剰出力で飛行していたヴィエルジュだが、光波が当たった事で飛行コースがずれ、速力を低下させ、そのまま森の中へと落下。
 地面に叩き付けられる様にして着地したヴィエルジュを、今度は真上からのミサイルが襲う。着地時の衝撃で硬直していた彼女にこれを回避する術は無く、放たれたミサイルが次々に命中する。
 更にメーガスはバズーカでヴィエルジェに追い討ちを掛ける。だがヴィエルジュも、これ以上被弾して溜まるかと言わんばかりにOBでメーガスの足の下を潜り抜けた。
「流石のレディ・ブレーダーも相手を斬れないとあってはどうにもなるまい……これからじわじわとボクの溜飲を下げてやるよ……」
 嘗て、自分を打ち負かした女剣豪レイヴンが無様にミサイルを浴びる様を堪能したファウストだが、彼はまだまだ終わらせんと言うどす黒い意思が表れた表情を浮かべつつ、ヴィエルジュに更なる打撃を与えんとメーガスを旋回させ、バズーカを見舞う。
 視界の利かぬ木々の中で、ヴィエルジュは屈辱的な回避を強いられていた。これがアリーナの試合ならば、ゲスト解説者から聞くに堪えない酷評をされ、明日の新聞すら見るのも嫌になる程の扱いをされている事だろう。
 だが、戦況の変化は突如として起きた。突如として放たれた多数の銃弾が、メーガスのあまり厚くは無い装甲をごっそりと奪い取った。
「ちッ……奴の仲間か……」
 ファウストの視線の先にはスキュラが操るAC・デルタの姿があった。
 各種センサー内臓の頭部MHD-MM/004と、高速連射型マシンガンを内蔵した腕部CAW-DMG-0204がメーガスに向けられ、その銃口からはうっすらと煙を発していた。更に、チェインガンCWC-CNG-300も弾丸を吐き出し、メーガスの装甲を更に削りに掛かる。
 メーガスはホバーブースターの解除と作動を連発して上下運動し、チェインガンの弾幕を回避。だがスキュラは構わず連射、兎に角手数でメーガスに少しでも損害を与えようとする。
「だが、ランカーでもない奴が――」
 多分「一人増えたところで何も変わらない」とでも言おうとしたのだろうが、その台詞はアストライアーによって、続きを聞けないまま終了した。
 ファウストがデルタに気をとられた瞬間、ヴィエルジュは再度メーガスと同じ高度まで上昇、密着状態からバズーカを放った後にムーンライトを一閃、メーガスの軽量級コアを一撃で叩き割ったのだ。
 コアに斬撃を直撃させられたメーガスはそのまま落下し、地上に達する前に大爆発した。中のファウストがどうなったかは不明、多分絶命しただろう。
 一撃の下に魔術師を葬ったヴィエルジュは、何事もなかったかのようにデルタの眼前に降り立った。とはいえ相手の一撃は重く、コア、両肩、左足と彼方此方の装甲をえぐられ、肩のミサイルポッドと左側の補助ブースターは無残に脱落していた。右腕も内部機構が一部剥き出しになっている。
「大丈夫か?」
「何とか……だが良いのか? カプセルを放置しておいて」
 デルタは両腕がマシンガンと一体になっている為、基本的に他のMTやらACがインサイドカーゴ内に入れでもしない限りはカプセルを回収する事は出来ない。しかもユニオンの部隊が徘徊しているかも知れない状態でカプセルを放置して置くのはあまりに不味い。
 だが、その心配はスキュラ自身が否定した。
「カプセルは予め合流地点まで運んだ。その後、もしやと思って、パイクに後を任せて駆けつけて来た。此方の通信に応答しなかったので」
 確かにスキュラは一度、アストライアーへと通信を試みているが、その時既にメーガスと交戦状態にあったため、通信に答える余裕は無かった。悠長に返事をしていては、今頃は自分がファウストと同じ末路を辿りかねない為だ。
「先程ツヴァイハンダーから、カプセルを回収し合流地点に到着したと通信があった。私のカプセルは先述の通り。あとは貴女だけだ」
 ファウストからも、数分前にカプセルを回収したとの通信があった。これで、まだカプセルを回収していないのはアストライアーだけという事になる。
「ちょっと待て、ファウストのカプセルは!? まさか一緒に爆発したのでは……」
 カプセルが破壊されたのではと思い、スキュラはメーガスの残骸の何処かにカプセルが残っているかを調べ始めた。だが幸運にも、原形を留めていた左腕に握られていたデータカプセルを発見し、スキュラの口から安堵の息が漏れた。
「良かった……これが無かったら減算される所だった」
 その間に、アストライアーは先程発見した未回収のカプセルを回収していた。右腕がバズーカでふさがっていたので、回収は左腕で行った。
「こちらフィンスティンガー、スキュラに頼まれてたカプセルを回収したぜ。でもユニオンの部隊がオマケでついて来やがった」
 刹那、通信を介して爆発音までが聞こえて来た。
 どうやら、カプセルを回収したはいいがユニオンの部隊に追跡されたらしい。回収地点のパイク達の下にユニオンの部隊が来ている以上、悠長に会話などしている余裕も無くなった。
「スキュラ、上腕部ハッチを開けろ。こいつを入れさせてくれ」
 アストライアーの指示に従い、スキュラは空のままだった愛機のインサイドカーゴのハッチを開けた。ヴィエルジェがその中に、先程回収した左手のカプセルを入れた。
「長居は無用だ!」
 ヴィエルジュは、メーガスの左腕に残っていたカプセルを奪う様にして拾い上げると、デルタ共々ブーストダッシュで森林の中を駆け出した。


 ヴィエルジュが森林を全力疾走している中、既にカプセルを回収したパイクとツヴァイハンダーはヘリを待つ為、開けた一箇所に集結していた。しかし、フィンスティンガー及びフェンサーは既にユニオンのエンブレムが張られたMTと交戦状態。
 其処に到着したヴィエルジュは、すぐさまOBでフィーンド目掛け突進、バズーカを叩き込む。遅れてデルタもチェインガンを放ちつつ、ブーストダッシュでMT「クアドルペッド」の編隊に接近し、なぎ倒す様に次々撃破する。
「おい、ファウストはどうした?」
 アストライアーと合流した際に、パイクが発した第一声である。だがアストライアーの返答は、最早決まっていた。
「潰した。私を殺そうとしたからな」
「ウゲ、マジかよ!?」
 作戦遂行に支障を来たすならば仲間さえ平気で殺す。アストライアー最大の長所であると同時に最大の問題点が、また出てしまった。
 だが、応戦した理由もアストライアーからすれば「死ぬわけにはいかない」からだろう。まだレイヴンになった目的を果たせていないのだから。
 その目的を果たすまで、死ぬわけにはいかない――呪いにも似たどす黒い思念が、戦場でのアストライアーを、そして今のアストライアーを支えていたのだ。
「よくそんなに殺せるよな……」
 パイクは呆れていたが、しかしアストライアーの瞳にそんな感情は入っていなかった。
「当たり前だ。この世界の外面は砂糖で固めてあるが、裏は血生臭くどす黒い世界だ。攻撃を躊躇っていては、到底この世界は生きて行けない」
 理由はどうあれ、自分の命を狙う者が居る以上、それを潰すのを躊躇っていては自分が死にかねない。レイヴンの世界は基本的に弱肉強食。弱者と攻撃を躊躇った者は何れ死ぬのが世の常だし、外に出れば自分に取って代わろうとするレイヴンが出てくる。特に上位ランカークラスのレイヴンとなると、蹴落とそうとするレイヴンは相当数居る。
 それが適用されないレイヴンなど居ない、とは言い切れないが、そんなレイヴンが居たらお目に掛かりたいものだと言うのがアストライアーの言い分である。だが、それについてはこれ以上は語らない。
「ヘリはどうした!?」
 アストライアーの問いに、ツヴァイハンダーが必死の形相で答える。
「もうすぐ来ます! 来るはずです!!」
 ツヴァイハンダーがそう言う間に、彼の愛機たるフェンサーはライフルで新たに現れたフィーンドを銃撃し破壊。ヴィエルジュも、もう一機のフィーンドに空中斬りを食らわせ、両断。
「早くしてもらわないと困る、色々な意味で」
 スキュラはヘリの到着が遅れる事で、此方が応戦する事で損害が増える点、その為に修理費用や弾薬清算がかさむ点、そしてデータカプセルへの損害を懸念していた。
「少なくても、弾切れまでに来てもらえれば…」
 湧き出すように出現するユニオンのMTに、少々戦慄を覚えたスキュラ。だがそれでもデルタは腕のマシンガンをMTに向ける。未使用時の装弾数は360発だが、今はこの武器の残弾数も半数以下。むやみに撃てばあっと言う間に撃ち止めになってしまう。
 だが、モード切替で4発同時発射を可能とするこの武器腕マシンガン、そして肩装備のチェインガンは瞬間火力に優れ、ザコMT程度ならばすぐに始末出来る。此方の損害を最小限に抑える為には、これらを使っていち早く敵を仕留める事だろうとスキュラは察していた。
「まあ、今まで交戦してなかったのは救いだぜ。何しろ余力を残した状態だしな」
「先輩、だからって無理な突撃は止めてくださいよ」
「へいへい」
 最もヴィエルジュ以外は、今回、今まで戦闘らしい戦闘もしていなかったので弾薬は十分にある。そんな事を考えながら、フィンスティンガーのレーザーライフルをカバルリーに向け、紫色の光線を照射。
「つーかアス姐はファウスト潰したんだっけな。大丈夫かあんた?」
「貴様よりは戦える」
 そう言う間にも、ヴィエルジュは別のMTをレーザーブレードで両断していた。
「嫌味な奴……まあ良いけど」
 フィンスティンガーが先程レーザーを命中させたMTへ、今度はフェンサーがライフルで銃撃。カバルリーは結局、その自慢のプラズマキャノンを使う事無く沈黙。
「スキュラ、後ろ!」
 パイクが叫ぶと同時に、フィンスティンガーはデルタの背後に現れたカバルリーにレーザーライフルを見舞う。だがレーザーは外れ、カバルリーはプラズマキャノンを放った。
 幸い、スキュラはパイクの声に気が付いて回避行動を行った為、プラズマはデルタの右腕ギリギリを掠める程度で済んだ。
「なッ!?」
 プラズマを回避したはずのデルタだが、別のプラズマがデルタの右肩後方に着弾。被弾した右肩のチェインガンが、火を吹き上げながら脱落した。
「あいつ……!」
 デルタの左肩に装備されたチェインガンが、先程プラズマを放ったもう1機のカバルリー目掛け弾丸を吐き出した。だが、カバルリーはフロートACさながらの横移動で弾丸を回避。
 更にもう一発、今度はスキュラの眼前をプラズマが横切った。刹那、紫色のレーザーがプラズマの発射された方向へ飛んでいき、それを放ったAC――フィンスティンガーがスキュラの眼前を右から左へと横切った。
「人の前を横切るな!」
 スキュラが注意を促すが、パイクはそれに「ワリぃ」と軽く返事を返すだけだった。その間にも彼の搭乗機が、先程撃破し損ねたカバルリーにレーザーライフルとEOを浴びせ、破壊した。
 スキュラが再びカバルリーを正面に捕らえようとするが、既にカバルリーはデルタの側面に回り込んでいた。装備されたプラズマキャノンから赤い光が漏れ出している。プラズマが放たれるのは時間の問題だ。
「くっ……」
 回避不能かとスキュラが思った瞬間、カバルリーは突如爆発。爆風を突っ切るようにしてヴィエルジュが姿を現した。左腕のブレードから蒼白い刀身を生成して。
「これでさっきの借りは帳消し、か」
 スキュラが口にした「借り」というのは、先程ファウストと交戦した際にマシンガンで支援攻撃を行い、結果としてファウストを攻撃する隙を作った事らしい。
「だな」
 アストライアーも先程借りを作ったと思っていたらしく、返事を返した。
 聞き慣れたローター音が一同の耳に届いたのは、丁度その時だった。それが、徐々に大きさを増していく。
 もうすぐヘリが来ると確信し、アストライアーは手早くシートベルトを締め直す。そして眼前をフラフラと漂うフィーンドを、ジャンプからの斬撃で両断した。
「レイヴン、待たせた! これから君達を回収する」
 通信が入ると同時に、アストライアー達の足元に巨大な影を落とし迎えのAC輸送ヘリが現れた。ヘリの尾翼にはクレストの社章が張られている。間違いない、自分達の回収の為に派遣されたヘリだ。
 だが南方向からはユニオンのMTがまた出現、こちらに向かっている。
「早くヘリに接続しろ、私は奴らを止める」
 ユニオンのMTが迫る中、スキュラは他の3人をヘリに接続させる様促す。
「済まんな」
「悪いな、じゃ先に失礼するぜ」
「先輩、無理なさらずに……」
 ヴィエルジュ、フィンスティンガー、フェンサーがヘリに接続されて行く中で、スキュラは愛機の武器腕マシンガンをMTの集団に向ける。
「残りの弾、全てくれてやる!!」
 力のこもった声と共に、デルタは武器腕マシンガンから大量の弾を乱射。
 吐き出された弾丸はMTの腕、脚、頭部を次々に叩き潰してゆくが、しかしMTを大破させるには至らなかった。マシンガンと化した腕を左右に振っての乱射だと言う事もあって、相手を完全破壊する撃ち方とはスキュラ自身も思っていないが、しかしMTの足止め程度には十分な攻撃と読んでの事だ。
 最も、今回のミッションは敵の破壊ではなくカプセルの回収。カプセルを回収したレイヴン達が生還すれば勝利だ。
 武器腕マシンガンを撃ち尽くしたデルタは、多少被弾しながらもチェインガンを乱射し、ヘリまで急速後退。程なくしてヘリに接続された。
「レイヴンを確保した。このまま離脱する!」
 デルタを回収したヘリは、ユニオンのMTがまた来る前にと、急ぎ空へと舞い上がった。


「やれやれ、一時はどうなるかと思ったぜ」
 パイクは愛機のコックピット内でぐったりとしながら呟いた。
「でもよ、良いのか? さっきMT止める為に弾ばら撒いただろ? 弾薬清算見るのが怖そうだぜ?」
「別に良い、データカプセルを回収した私達が帰れば勝利だ。弾薬清算は二の次だ」
 パイクの疑問、と言うか不要な気遣いはスキュラによってあっさりと流された。
「ま、借金生活になったとしても助けてやらねーからな。言っとくけど」
「それはこっちの台詞だ」
「へッ、言ってくれるぜ」
 その後、パイクとスキュラの間でちょっとした口喧嘩が勃発したが、間も無く、この口喧嘩はどうでも良い話へと発展し、やがてヘリのパイロットも交えての、他愛の無い雑談に変化していった。
 そんな中で、アストライアーは殆ど会話に加わらずにファウストとの戦闘の事を思い返していた。何故自分を殺そうとしたのか、それが疑問でならなかったのだ。
 誰かに雇われてやったのか、個人的な恨みから殺そうとしたのか。ドラッグを服用し、精神を病んだ末の凶行と言う可能性もあった。
 他にも様々な考えが浮かんだが、結局それについて考察してみても、それは分からなかった。
 だが、ファウストを手に掛けた事は全く後悔していないし、反省の意思も全く無いのは確かであった。
 以前、ファナティックを手に掛けた時とてそうである。結局相手を殺して「またやってしまった」と思ったとしても、それは悲しみや罪悪感といった感情的なものではなく、単に「また一人増えたか」程度にしか感じていないのが実情である。
 それに、相手と戦う事で技量向上に繋がるのだという考えもあるのだから、アストライアーにとってはACで戦いを挑もうとする者があれば願ったりである。
 そして、それが自分がレイヴンを続けている理由――復讐の相手と関係のあるレイヴンであれば尚更であった。
14/10/16 10:47更新 / ラインガイスト
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■作者メッセージ
 第3話の元ネタは森林でのデータカプセル回収ミッション。今でこそ頻繁に行っているのですが、キャラクターの心理描写を意識して執筆した初めての作品です。
 それに関係し、アストライアーと共闘するレイヴンが5人(ファウストは裏切る)なので、どうやって描写を纏めようかと悪戦苦闘するもアイディアがまとまらず、それで何ヶ月も苦労した覚えがあります。
 また途中で裏切り者のファウストから襲撃を受けますが、アレの為に「曇り空やら濃霧の中ではアス姐も戦いづらかろう」と言う事で、作戦領域を晴れにしています。でも今にして思えば、濃霧の中でポテンシャル全開で戦う描写にしても良かったかなと思ったり。

■レイヴン「スキュラ」について。
 アス姐の僚機にスキュラを選んだわけとしては、ギリシャ神話の女の怪物がレイヴン名だけに、同じ女性レイヴンと思っていたこと、そしてメールの文面やアリーナのプロフィールから、頭が切れて律儀な性格だと連想し、これだったらアストライアーと親密にさせても大丈夫だろうと考えた結果。

 と言うのが、AC3LB執筆当初(2006年3月〜)の話で、後にセーフティハマーさんから「女性だと思ってたらおっさんだった」と言う主旨の書き込みがBBS-MAIN(過去ログ参照)に寄せられ「やべ、どうしよう」と焦りました。
 しかもその問題、結局解決しないまま本編進めてしまうという体たらくまで私はやらかしてしまった訳ですが(爆)。

 とりあえず本作のスキュラは、「原作のスキュラと似た経歴を辿った同名の別人」と解釈して下さい。
 原作のスキュラについては一応、第31話「Bleu Neige〜蒼い雪〜」や第32話「暴君の消えたアリーナ 」にて断片的ながら記述していますので、そちらを参照頂ければと思います。
 とりあえず現状で言える事は、原作のスキュラはこの時点では言及されていないけど存命、と言うことで。

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まろやか投稿小説 Ver1.50