連載小説
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#08:敗残者
 アルジャーノンが意識を取り戻した時、彼はどこかの病室だと分かるベッドの上に寝かせられていた。
 だが、すぐには動けなかった。身体自体は動かせると分かっていたものの、まず目覚めてすぐに上半身を起こすや、自分の身体の異変に気が付いたのだ。
 レイヴンキラーに撃破されたにも拘らず、アルジャーノンは五体満足であった。しかし、上半身は裸にされており、その上から包帯が巻かれていた。左腕も包帯に包まれている。ギプスでの固定はなかったので骨折はしてない事はすぐに分かった。
 その彼に、アルバート=ハインラインが突っ伏す形で寝ていた。
「……あ、すみません……邪魔しました」
 アルジャーノンが動き出した事で気が付いたらしく、瞬間覚醒したハインラインは身を起こした。
「僕は……どうなったんですか?」
「ああ、それですが……」
 任務絡みの事となるや、ハインラインの脳は即座に動き出し、状況説明に入った。
「君はレイヴンキラーに撃破され、救出後すぐにここ――アンファン病院へと搬送されました。ポットベリーの重装甲と強力なフォースフィールドが幸いしてか、君自身は火傷程度で済んでおり、その処置も皮膚移植という形で完了しています。ですがポットベリーは大破、技術陣によるとコアは修復不可能との事です」
 愛機を失った事を知り、アルジャーノンはうつむいた。
「一方、レイヴンキラーは我がチェイン及び政府側の戦闘機部隊の活躍により撃退。インファシティ市街地の機械生命体も、君達が意識不明の間に駆逐完了しています」
「今……いつ?」
「腕時計を見る限りでは、4月11日の午前5時45分です。皮膚移植の際に鎮痛剤を大量使用した事が原因で、君は2日間昏睡状態が続いていました」
 ハインラインの説明で、概ねの状況は把握出来たが、しかしアルジャーノンにはまだ気掛かりな点が残っていた。2日前に共闘し、揃ってレイヴンキラーに撃破された同業者達の事だ。自身に意識が戻ってくるに伴い、彼等が撃破された瞬間がフラッシュバックする。
「……クオレさん達は!? クオレさん達は無事なんですか!?」
 ハインラインは俯いた。
「……フォーミュラーは戦死、ジオストラは重体。クオレも重傷で、現在も意識が戻りません」
 アルジャーノンは絶句した。
「ハインライン、救出したパイロットは?」
 オペレーターが病室の入り口に声を向けると、オールバックの黒髪に黒い瞳、広い肩幅をし、青紫色のパイロットスーツを纏った男性が現れていた。クオレからアニマドと呼ばれていたハンターだと言う事は、その外見からすぐに分かった。
「この通り、無事、意識を取り戻しました」
「よかった……」
 アニマドの冷たい顔立ちから安堵の息が漏れる。ジナイーダを憎むあまりに復讐の鬼と化したアニマドだが、だからと言って人間性まで捨てては居なかったのである。その彼が、ベッドから抜け出たアルジャーノンへと歩み寄ってくる。
「少年、すまない……」
「どうして謝るんですか?」
「俺がもっと早く、お前達を見つけていれば……」
 フォーミュラーが病院に搬送されるも、程なくして息を引き取っていた事は、アニマドも知っていた。その為か、もっと早く俺が見つけていればフォーミュラーは助かったかも知れないと、彼なりに責任を感じていたのだった。復讐者と化した身ではあるが、同業者が死んだと聞いて気分を良くするほど、アニマドは人間としては堕ちていない。
「で……クオレさんは?」
「此処の5階の病室に居る。あいつを強化人間にした医者が治療に当ったが、果たして……」
 アニマドはまたも苦い顔になった。
「因みにジオストラはそこです」
 ハインラインが奥のベッドに視線を投じた。病室内は6つのベッドがあり、それぞれに患者が寝かせられていた。患者の容態は人それぞれだった。パイロットスーツのまま搬送されて来た、見るからにイェーガーの類だと分かる男が居る一方、呼吸用マスクをつけられて寝かせられている少年の姿もある。
 アルジャーノンは、病室入り口から見て左側、最も入り口側に近いベッドに寝かせられているが、ジオストラはその向かい側のベッドで寝ていた。
「彼は足と肋骨を骨折し、一時危篤状態になっていたほどでした。手術の末に一命は取り留めたようですが……当分、戦列に立つのは無理でしょう」
 戦線離脱は自分も同じ事だとアルジャーノンは思った。なんにしても、身体中を包帯に巻かれたその姿は、見ていて気分がいいものではない。
「クオレの様子を見に行くか? あいつはこの上の階にいる」
 アニマドに頷くと、アルジャーノンは先輩の容態を確かめようと病室から抜け出した。ハインラインとアニマドも、当然のようにその後に続いた。


「早く! 逃げるのよ!」
 ある街で、彼は女性に急かされていた。周囲では人が死に、民家が砕かれて業火に包まれている。逃げろと叫んでいるが、砲声と爆音に遮られ、彼には良く聞こえない。
 それでも、逃げなければいけないことは本能的に分かっていた。爆発音と砲声から逃れるように、まだ火の手が及んでいない前方へとひたすらに駆け出す。だが、足がもつれて転んだ。
 先を走っていた女性と、彼の手をとっていた若い女性、後に続いていた幼女が彼に気が付き、駆け寄ってくる。
「しっかり!」
 皆に起こされた彼だが、その直後、周辺でマンションが砕かれ、悲鳴と共にまた多くの人命が奪われた。周辺に破壊を阻止すべきACやACBの姿はない。ただ破壊都市の光景、街を嘗め尽くす炎、そしてその中から姿を現し、逃げる人間達を無差別に殺して回るACの姿があるだけだった。紫と灰色のツートンカラーに緑のセンサーアイで彩られた禍々しいフレームに、レールガンとマシンガン、パルスキャノンとミサイルを背負った、24時間戦争以来多くのレイヴンを葬ったあのACが。
 忌まわしいその機影は、射撃の矛先を、自分達の数十メートル後ろを走る幼女とその母に大して向けている。悲鳴を上げる間もなく母と娘が跡形もなく粉砕され、更に自分達の近くを逃げていた別の女性や子供たちが、情け容赦なく殺されていく。
 そこで、女性2人が自分と幼女を物陰へと突き飛ばした。
「にげて! おかあさん! おねぇちゃん!」
 少年の叫びを掻き消すかのように、マシンガン・YWH13M-NIXの銃声が響き渡る。
「おかあさぁぁん! ティナおねぇちゃぁぁん!!」


 クオレは病室で呻いていた。何が作用しての事かは分からないが、彼は12年前、全てを失う事となったあの忌まわしき日を、悪夢として追体験させられていたのだった。それはクオレが、まだ生命反応を有している事を示してはいたものの、精神的外傷――トラウマに苛まれ、苦痛を感じるかのごとく身をよじって苦しむその姿は、決して彼が安穏な状態にあるとはいえなかった。
「電子頭脳が動作不安定。EEGも激しく動きを見せています」
 クオレの脳波図が激しく波を刻んでいる。
「もう一度マルジナントキニンを投与しますか?」
「いや、その必要はないだろう。処置は既に終わっている。後は彼自身に全てを任せるより他ない」
「失礼します……」
 少年の声が聞こえて来たので、白衣の男性2人は反射的に振り返った。視線の先に、灰色の頭髪をした少年と、スーツに身を包んだ役者の様な男性、そしてパイロットスーツ姿の男が並んでいた。このうち、スーツ姿の男性は、白衣の男の片割れ、年長者と分かる日系の男性には見覚えがあった。
「ドクター・ナギダ、彼の様子は……」
「処置は完了しました。義手義足も新しいものに交換し終え、損傷したボディ各所も修復は完了しています」
 ハインラインからナギダと呼ばれた男が説明を行う。
「あとは彼が意識を取り戻せるか、そして義手義足が彼の神経と無事にリンク成功して動くかどうか……それさえ解決すれば問題はないでしょう」
 いや、とナギダは発言を訂正した。
「ただ、また似たような有様で私の元に帰って来るのかと考えると……」
「帰って来る?」
 アルジャーノンは言葉のニュアンスに違和感を感じた。搬送されるなら兎も角、何故帰ってくるという表現を使ったのかが、彼の気に掛かった。ナギダも少年の疑問を察してか、口を開いた。
「……私が彼を」
「サイボーグにしてしまったんだそうだ」
 アニマドがすぐに補足した。
「何と……」
 それでアニマドが「戻って来た」と言ったのかとアルジャーノンは納得したが、クオレがナギダによって強化人間となった事は、彼には初耳であった。
「……アニマドさんは知ってたんですか?」
 尋ねられたハンターは頷いた。
「処置せずに越した事はないのですが、初めて見た時の彼――当時17歳でしたが、その時は身体が滅茶苦茶に損傷していて、処置しなければ助からない有様だったので……」
 その為、人命を助けると言う観点から、やむを得ず処置を施したとナギダは語った。
 その間にもクオレはベッドで呻き続けている。しかも呻きながら「くそったれ」だの「このド畜生」だの、挙句に「死ね」「殺してやる」だのと悪態をついている。
「ジナイーダに苦しめられているのでしょうか……?」
「あるいは夢の中でもジナイーダと戦い続けているか……」
 アルジャーノンとハインラインが、クオレを覗き込んで呟き合った。同じ境遇上気持ちは分るとアニマドは小さく頷き、そっと呟いた。
「と言うか、ドクター……こんなに激しくなるものなのか?」
「こちら側で埋め込んだ補助用の電子頭脳の作用ですね。仮に脳がその働きを鈍らせても、電子頭脳が機能しているので、身体がその人の動作を補助しているのです」
 アニマドの質問に答える一方で、ナギダは顔をしかめた。
「普通は本人の意識がなくなると電子頭脳は休止するのですが、たまにこのようにして、本人が意識を失っても、その人がよく行う行動を取るケースが見られます。特にクオレは身体の75%を機械化しているので、その事もあるのでしょう」
「電子頭脳も学習している、と言う事か……初対面じゃない俺が言うのも何だが、随分と手の込んだ強化人間を手掛ける科学者も居たもんだ」
 アニマドが呟く。彼は全く別の科学者が手掛けた強化人間である為、補助用電子頭脳は内蔵されていない。そもそも、アニマドは身体をナノマシンで強化したタイプの強化人間であり、クオレの様に身体を機械したサイボーグの類ではない。
「そんな事より、クオレさんがああなっている事に対して推測するだけですか?」
 アルジャーノンの指摘に、ナギダは再び顔をしかめる。
「如何ながら、補助用電子頭脳もまだ完全ではないのです。まだ、問題点を改良し続けている段階でして……」
「クオレさんはモルモットですか!?」
 アルジャーノンがヒステリックに叫んだ。元々彼はジナイーダやダイ=アモン等、歴史上で悪名高いレイヴン達が処置の末に人格破綻者となった強化人間であった事、そしてキャノン系武器発射制限なし等の特権的特徴を持っている事で、「力こそ全て」と言うレイヴンの価値観上、処置していない人間が見下されていた事から、強化人間に対して良い印象を抱いていない。
 ましてや、ナギダはクオレに不完全な処置を、しかも実験同然に施した男なのである。人の身体を何だと思っているんだと、正義感の強いアルジャーノンは看過出来なかったのだ。
「やめろ、アルジャーノン!」
 その中で、突如として若い男性の怒鳴り声が響き、全員がその方向を注視した。視線の先で、クオレはその両目を見開き、半身を起こしていた。
「先生を責めんじゃねぇ。これは俺が望んだ事だ。あのクソッタレを潰す為にな」
 それどころか、クオレは早くもベッドから抜け出し、その両足で床のタイルを踏んだ。そして自身が今まで病室で寝ていた事を察知すると、両腕を軽く振り回して動作を確認する。特に動作的には異常がないようだった。心電図や、先程激しい動きを見せていた脳波計も安定していた。
 その傍らでは白衣の男が、クオレに繋がっていたコードを外して行く。
「クオレ……さん?」
 アルジャーノンはまだ信じられない様子だった。だがそれも当然のことで、少し前まで昏倒していた男が、何事もなかったかのように立ち上がったのである。我が目を疑うのも無理のないところだ。
「目覚めてたのか?」
「おかげさんでな。あんたが手の込んだ強化人間だとか何とか言ってたあたりでな」
 クオレの視線に当てられ、アニマドは苦笑した。
「それより、復活して何よりじゃないか」
 確かになと、クオレは頷き返した。露骨に話を逸らされたような気がしたがこの際無視する。
「大丈夫……なんですか!?」
「俺? ああ全然」
 アルジャーノンの顔に安堵の表情が浮かんだ。
「どうやら元気そうですね」
「当然だ。あのド畜生を殺し尽くすまで死んでたまるか」
 ハインラインの声にも素早く反応する。その声はハインラインやアルジャーノンには聞き慣れた、いつものクオレであった。
「とりあえず、君の処置自体は完了しています。ですが電子頭脳が少々不安定なようです。日常生活に置いては支障はないでしょうが、戦闘に影響が出る危険性は否めません」
「そりゃまた厄介な……」
 クオレは苦い顔となった。
「ってか、俺の脳ミソは大丈夫なんだろうな先生!?」
 ナギダから伝えられた事象を思い出し、クオレの顔面から急に血の気が引いた。
「電子頭脳って言っても脳ミソとリンクしてんだろ!? だから何か電子頭脳がイカレたせいで脳ミソに異常が起きるって可能性は!?」
 落ち着いて下さいとクオレをなだめた上で、ナギダはクオレ自身の脳が大丈夫であると告げる。
「プログラムに若干変調は認められたものの、あくまでも電子頭脳だけですので、君の脳には全く異常はありません。電子頭脳に頼らない行動――例えば食事や、掃除、整理整頓と言った日常生活的には特に影響が出る事はないでしょう。それに、マルジナントキニンも投与しています」
 ナギダが手掛けたものに限らず、強化人間には脳の働きを安定させる為、マルジナントキニンと言う物質が投与される。これは強化人間達の脳をその死後に解析した所、検出された特殊な脳内物質で、ナギダはこれを周辺の医療スタッフに成分解析させ、作成させている。
 それまでに人格破綻者や異常性癖・行動者ばかりというイメージが付き纏い、アルジャーノンからは嫌悪されていた強化人間達の中に、今日、アニマドなどの比較的マトモな人間性を有する者が目立ってきているのも、この物質の賜物だ。
「少なくとも、以前の君の様な暴走状態は起こさないでしょう」
 実際ナギダが見た過去のクオレは、ジナイーダ憎しが過ぎて病院から脱出して怪我を更に悪化させるなどの問題行動が目立っていたが、マルジナントキニンを投与するようになってからは、幾分か大人しくなっている。
「暴走、って……」
「分かってっから皆まで言うな」
 疑惑や侮蔑と言った視線を感じ、クオレは低い声を荒げた。
「いずれにしても、もう大丈夫でしょう。マルジナントキニンを渡しておきますので、今までどおりに規定量を守って投与して下さい」
 ナギダは患者兼被験者に渡す分のマルジナントキニンを取りに行くべく、白衣の男に他の患者の処置を任せ、一度病室を抜け出した。
14/08/07 14:45更新 / ラインガイスト
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■作者メッセージ
 今回は本当に前回の事後、と言う感じですね。
 当初はフォーミュラーも生きている筈だったのですが、流石にあれだけの戦いで死人が出ないのはおかしいだろうと言う考えがあり、結局この展開にしてしまいました。

 今回は文字数が6000前後と、肥大化し過ぎな感がある我が駄文の中では少し控えめになりました。
 スパッと話が進んだのは良いのですが、果たしてこれが良いのか悪いのか。
 あれこれ詰め込み過ぎないようにとは思っているのですが、かと言って今回みたいにサクッと纏めるとちょっと己の内で違和感が……

 と言うか、再びAC3LBが動き出してからと言うもの、ラス潰に割いている執筆時間が減っている事に反省(平謝)。

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