連載小説
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#07:レイヴンキラー
「状況を報告します」
 4月9日の午前10時18分、クオレは整備を完了していた愛機のコックピットにて、ハインラインからの通信を受けていた。
「インファシティにおける機械生命体軍団との戦闘は、引き続き継続中です」
 ここに来てからほとんど毎日襲撃が続いているからそんな事わかってるんだけどなとクオレは思いかけたが、ハインラインが折角説明している中で無礼な事を口走り、信頼と感情を損ねるべきではないとして、押し黙る。
「クオレ、君は他のハンターやイェーガー達と共に、遊撃戦力として独自に行動。機械生命体を掃討する任を引き受けて頂きます。拒否は認めません」
「そう来ると思ったぜ」
 拒否する気もないけどなとクオレは思った。第一、憎きジナイーダを復活させた張本人は機械生命体であり、それを潰す為に、滞在延長申請までして戦っているのである。ジナイーダへの復讐のためには、避けて通れない事であったのだが、そもそもクオレは既にその覚悟を決めており、依頼を拒否する気は1ピコグラムたりとも存在しない。
 そのクオレの周辺で、出撃準備完了したグラッジパペットから、整備士達が次々に離れていった。別の整備士達は作業用MTを操り、マシンガンの弾薬補給をしている。その向こうでは補給も終え、出撃準備を整えたポットベリーとその搭乗者が、グラッジパペットの出撃を待っていた。
 本来ならポットベリーは、アルジャーノンが父親により出撃を差し止められている関係で出動出来ない状態のはずだった。だが、機械生命体による被害が大きく、更にダビッドソンからも「全イェーガーは練度を問わず出撃」という一存があり、止む無く出撃する事となったのであった。
「機械生命体側は現在、インファシティにて展開し、地球政府軍及び地元ハンター・イェーガー達と交戦状態にあります。数は大型航空機20機、MT・ACBなどの機械兵が大小合わせておよそ800機超、そしてACが若干数。ファシナニヤラとの遭遇は報告されてません。その他、新たにレイヴンキラーが投入されている事を確認しています」
「ああちくしょう、RKまでいるのかよ……」
 クオレは悪態をついた。
 レイヴンキラー(Raven Killer)は、機械生命体軍団が独自に開発・製造した空中戦用の無人機動兵器で、容姿は戦闘機に似ているが、機体左右の可動式エンジンユニットにより垂直離着陸やホバリング、更には音速飛行までこなし、機体下部に搭載する主武器のプラズマレールキャノンは余程の重装甲ACでもない限り一撃で致命傷となるのは確実、軽量級ACともなればフォースフィールドの上からでも一撃の下に粉砕するほどの威力を誇る。
 有人機では対Gの関係から決して出来ない機動が可能で、火力も並みのAC以上、しかも機械生命体の標準装備であるバリアで身を包んでいる為、AC装備用ライフルやマシンガンは通用せず、ミサイルも回避され、キャノン系武器はロックオンすら満足に出来ない可能性さえある。
 バリアの出力はあまり高くないため、ライフルやマシンガンは防げてもリニアガンやレールガン等を防ぐのには役に立たない。それらによる撃墜報告はあるものの、基本的にACで撃墜するのは至難であり、ACパイロットの誰もが恐れていた。
「現在、頼みの綱の航空隊は、帰還して来た機を追撃してきたレイヴンキラーが滑走路に特攻、現在、塞がっている状態です。残骸撤去が完了し次第発進するとの事ですが、それまでレイヴンキラーに遭遇した場合、交戦は避け、どこかに隠れて下さい」
 ACがレイヴンキラーとまともに戦ったところで勝ち目は殆どないと、ハインラインは釘を刺した。
「他のハンターを狙っている場合は破壊しても良いでしょうが、攻撃が外れた場合、生命の保証は出来ません」
「了解しました」
 同じ通信を受けていたアルジャーノンから返事が返る。
「分かった。気を付けていかないとな」
 もう何度も見ているし知っているんだけどと思っていたクオレだが、やはりその辺は言わない事にした。
「また、少数ながらステルス迷彩を装備した敵機や、エネルギー兵器の通じない敵機まで居るとの報告もあります。その点にも警戒願います」
「厄介だな……」
 呟きながら、クオレはグラッジパペットをハンガーから切り離した。任務開始前から頭の痛くなる事ばかりだが、逃げるわけにもいかなかった。
 と言うより、クオレには逃げると言う思考がなかった。此処で戦いを放棄すれば、それはインファシティの危機ばかりか、自身の立場すら危うくする事になる。それに、この間開放し、今もイェーガーズチェイン・インファシティ支部の保護下にある孤児たちを見殺しにする事にもなりかねない。
 若きハンターは呪詛にも誓い己への内なる言葉で、自身を戦場へと強引に引き止めた。俺が戦わなかったばっかりに、あの少年少女達を機械生命体達に狩らせるようなマネはさせねぇ!
 すぐにでも飛び出したい所だったが、そこでクオレは冷静に戻った。そして外部音声システムをオンにする。
「グラッジパペット出撃――したいがそこの関係者の皆様方、出撃の邪魔だからどけー!」
 タンクローリーと作業員数名が前を横切っていたので、クオレは外部スピーカーの音量を大にして注意を促した。若い整備士からは「言われなくても分かるわバカヤロー!」などと悪態も帰って来たが、クオレには聞こえなかった。
「クオレさん、急いでください!」
「そうしたいんだけどよ、作業員のおっさんやあんちゃんを轢いちまったらマズイだろ?」
 律儀にもクオレは、作業員の安全を頭のうちから外していなかった。緊急時なのだからもっと急いでくれとアルジャーノンは苛立ったが、関係なかった。
 これはルーキーハンター時代、クオレは敵襲来を聞いてグラッジパペットを急発進させた結果、風圧と衝撃波で女性オペレーター1名、整備士11名を転倒させて怪我させた過去の苦い失敗を繰り返すまいとしている為である。
 アルジャーノンもそれ位気遣っても良いだろうにとクオレは思ったのだが、やっと進路上から人が消えたので、まずはガレージからACを外に出した。
「待たせた! 急ごう!」
 クオレはオーバードブーストを起動し、機械生命体対峙の為にインファシティへと駆け出した。ポットベリーもオーバードブーストで後に続くが、機体重量の差から大きく水を開けられてしまった。
「アニマド、ジオストラ、フォーミュラーやノー・スモーキング隊などは既に交戦状態です。物量差を考えると、あまり無理はさせられません」
「分かった。援護を急ぐ!」
 その直後、パルスビームがグラッジパペットの横から飛来し、右腕を僅かに焼いた。
「来たな……」
 クオレが即座に愛機を反転させると、見慣れたソラックスの団体が迫って来ていた。直ちにバックブーストをかけながらマシンガンを乱射し、叩き落としに掛かる。
 今回はジナイーダ相手の時の様な暴言は飛び出さない。物量の観点から、相手がジナイーダの比ではないほどに厄介な存在である事を身を持って思い知っている為、必然的に冷静にならざるを得ないのである。
 と言うより、ハインラインの話を信じていいならばの話だが、今回は憎んで止まぬジナイーダとその搭乗機は1機も姿がない。居るのは若干のACやMTを除くと、機械軍団側が独自開発した機械兵ばかりだ。
 接近してきたソラックス達をマシンガンで次々に叩き潰していくうち、今度は背後から別の敵反応が迫っていた。
 今度はバルバトスの団体であったが、クオレはその中に見慣れぬ機体が複数いる事に、すぐに気が付いた。それは確かに胴体がバルバトスであるのは分かったのだが、両腕のマニピュレーターがガトリング砲に換装されていた。そして、それを即座にグラッジパペット目掛けて発砲した。
 ビームと弾幕を回避しながら、対人殲滅仕様のバリエーション機かとクオレは即座に判断した。
「人様の迷惑になるからやめろ!」
 クオレは一喝し、マシンガンの連射で反撃する。見慣れた胸郭が青いタイプも、ガトリングを備えたタイプも次々に爆発炎上していく。結局、15機を数えるバルバトスを殲滅するのにそれ程時間は掛からず、また背筋が冷える事もなかった。
 次へ移ろうかと思っていたが、今度は左手側からミサイルが飛来した。幸い、迎撃装置KWEL-SILENTが作動し、ミサイルは無事に迎撃される。
 クオレも即座にマシンガンの銃口を向けた。
 今度の相手もバルバトスだった。ただし、通常型と先程見かけたガトリングタイプに混じり、今度は両腕がミサイルランチャーCAW-DS48-01に換装されたタイプがいた。先程のミサイルを撃った犯人はこいつだとクオレは即座に察した。と言うより、直後にそいつから再びミサイルが繰り出された。ただしグラッジパペットが円運動回避に入るのが早く、ミサイルは無事に外れた。
 いや、1発は右肩に被弾した。威力はクレスト製小型ミサイルのそれとほぼ同じぐらいだが、フォースフィールドに守られているグラッジパペットの右肩を焼き、装甲を一部抉るには十分な威力だった。
「このヤロ、何しやがる!」
 クオレも反撃に出た。マシンガンを撃ちまくってミサイルタイプのバルバトスを最優先で破壊、次いで弾幕を張るガトリングタイプも無力化にかかる。だが、爆発炎上するバルバトスの中に、泡状のフィールドが出現した。フィールドは弾幕を遮り、中のバルバトスには殆どダメージが及んでいない。
「ああくそ、バリアを張ってるヤツが居たか」
 爆風を突っ切り、泡状のバリアに身を包んだバルバトスが姿を見せた。
 通常のバルバトスは、胸郭部がスチールブルーで他はパールグレイと言った感じだったのに対し、そいつは胸郭部が赤く、両腕が小口径の単装機関砲となっている他、リアユニットとして円柱形の装置を2つ積んでいた。そして、その装置がバリアと同じ黄色い光を発しているのにも、彼は気が付いた。機械生命体軍団で良く見る緑色のバリアとは違っていた。
「バリア発生装置を追加装備しているようですね」
「やっぱりハインラインもそう思うよな」
 機体搭載カメラやGPS等で戦闘の様子をモニターしている以上、頭の良いハインラインに分からないわけはないかと思いながら、クオレはマシンガンを撃ち捲くった。この際、赤いバルバトスに弾を防がれるのには目を瞑り、敵の物量を減らす事にした。
 倒すのに手間の掛かるものは後回しにし、弱いものを先に倒して物量を削ぐ――軍事の基本事項である。
 そうしてマシンガンの弾が左右とも700発に減った頃には、残るバルバトスはバリア発生装置装備の4機だけとなった。砲火をいなしながらも、仲間を呼ばれる前に排除しなければと、クオレはレーザーキャノンに武器を切り替え、発砲した。
 が、バルバトスは微動だにしない。
「効かない!?」
 それどころか、レーザーキャノンでは傷ひとつ付けられていないようだった。なんてバリア発生装置なんだ。しかも恐らくは仲間を呼ばれてしまっただろうとクオレは察した。
 ならばとインサイドカーゴを開放、ミサイルを繰り出した。左右あわせて10発しかないとは言え、高性能な実弾兵器で定評のあるクレスト社の中型ミサイルである。直撃させればMTなど一たまりもないはずだった。
 だが、赤いバルバトスは両腕の機関砲でミサイルを迎撃してのけた。
「生意気なヤツ……!」
「クオレ、旋回攻撃を仕掛けてはどうでしょう? 周辺がビル街なので多少やり難いとは思いますが……敵の運動性はそれ程高くはないようです」
 イラッとしたクオレだったが、自分がバルバトスに対し、正面切っての攻撃しかしていなかったことに気付かされた。正面からの攻撃は効果が薄いが、ひょっとしたら後方なら攻撃が通じるかも知れない。後方にバリア発生装置があるので、全方位をバリアで守られている可能性もあるが、ハインラインが言うとおり、ビームや機関砲による攻撃は封じられるだろう。
 やってみる価値はあるなとクオレは決した。
「分かった、やってみる」
 ビーム砲による攻撃の中、クオレは機体を上昇させ、ビルの上に降り立った。そして道路上から狙ってくるバルバトスを見下ろす形のまま、ビルの屋上を飛び移る。バルバトスも即座に旋回して追うが、小回りの面ではグラッジパペットが上だった。
 クオレはこのタイプのバルバトスは見た事がなかったので、まずはどの攻撃手段が一番有効かを確かめる為、背後を取ると、まずはマシンガンを発砲した。だが、バリアが弾丸を阻んだ。
 ならばと今度はレーザーキャノンを発砲するが、これもバリアに阻まれ無力化された。全方位をバリアで保護しているらしい。
 今度はミサイルに切り替え、ロックオンした矢先、突然バルバトスの1機が爆発四散した。少し遅れて、もう1機が同じ末路を辿る。
「やっと追いつきましたよ!」
 ヒイヒイ言いながら、アルジャーノンが通信モニターに出現した。少し遅れ、ポットベリーが姿を現し、バズーカでバルバトスをもう1機粉砕した。
 クオレもロックオンが完了したミサイルを背後から放った。背後からでは機関砲による迎撃も功を奏さず、ミサイルはバリア発生装置に突き刺さった。
 防がれたかとクオレは思ったが、直後にバルバトスは上半身を吹き飛ばされて倒れた。
「対エネルギー兵器用のバリア……どうやらこいつが、例のエネルギー兵器が通用しない敵機と言うわけですね」
 アルジャーノンが呟いた。
 しかしながら、高出力レーザーキャノンでさえ防ぐバリアでも実弾の大口径火器には全く役に立たないのは幸いだとクオレは思った。そもそも、実弾兵器とエネルギー兵器、それぞれに専用の防御スクリーンがあることからも分かるとおり、実弾とエネルギー兵器ではダメージの与え型が違ってくる。エネルギー兵器は主に熱等でダメージを与えるが、実弾兵器は材質をぶつける事による衝撃や運動エネルギーでダメージと、敵に与える損害の性質が違う事に起因していた。
 今回はエネルギー兵器防御用のバリアだが、どこかに実弾兵器防御を重視したバリアがあっても不思議ではない。
「赤いからといって3倍の能力がある、というわけではないみたいですね」
「何の話ですか?」
 アルジャーノンの呟きが、ハインラインにも聞こえていたようだ。
「いえ、その、昔そういうアニメがあったって聴きまして……」
「色で性能アップするんだったら技術屋とチートはいらねぇよ」
 クオレが突込みを入れて来た。ハンター家業に明け暮れるあまり、アニメを全く見ない彼には、何の事かさっぱり分からなかったのである。
「それよりホレ、さっさと次潰しに行くぞ」
 そういって機体を進めようとした矢先、グラッジパペットが突如足を止めた。そして、路地に向けてレーザーキャノンを発砲した。爆音と共に、上半身だけになった機械兵が火に包まれ、眼前にすっ飛んでくる。クオレはバックステップで回避し、機械兵はポットベリーの眼前を過ぎってビルに突っ込み、ようやく停止した。
 しかしその直後、今度はその機械兵が完全な形でグラッジパペットに突撃して来た。そして、レーザーブレードを振るい、緑色の光波諸共叩きつけようとしたのだが、クオレが回避運動に出るのが早く、レーザーブレードは空を切った。
 アルジャーノンは先輩を助けようと、新手の機械兵に狙いを定める。紅蓮と黒の毒々しい色合いをし、足がブレード状だが全体的には騎士甲冑を思わせる外見で、小さな翼を思わせるブースター付きリアユニットを見る限りではヒロイックな印象さえ漂う。だがそいつは、イェーガー達からはネビロス――魔神アスタロトに仕える元帥である悪魔の名で呼ばれていた。
 そのネビロスへ、アルジャーノンはバズーカを繰り出したが、素早い動きゆえに全く当らない。
「左に注意!」
 ハインラインが言う間に、ポットベリーの左から新手のネビロスに詰め寄り、レーザーブレードを一閃させた。回避が遅れて斬られたポットベリーだったが、幸い、重量級腕部MAH-RE/GGの装甲とフォースフィールドは剣戟に耐えた。しかし、エクステンションが斬られて爆発する。
 慌てたアルジャーノンはオーバードブーストを起動し急速離脱に掛かった。発展途上の13歳の肉体にとっては言語と感覚を圧するほどのGが掛かるが、このままだと斬り殺されるのは明確だったので、致し方なく逃げる。クオレを見捨ててしまうのは気掛かりだが、仕方なかった。


 一方のクオレはバックステップやサイドステップ、ジャンプ、サテライト、オーバーシュート等の機動や空中移動、オーバードブーストを駆使し、狂ったように繰り出されるレーザーブレードを掻い潜りながらマシンガンを撃ち込んでいた。
 高機動性を重視して開発されている為、ネビロスは機械軍団に付き物のバリアがなく、武装も両腕に内蔵したレーザーブレードのみとなっている。おかげで距離を取りさえすれば、クオレにも何とか戦える相手ではあった。
 その代わり装甲自体が、ACのそれ並みに耐久性を持つ上、高い機動力を武器にインファイトを仕掛け、背後や後方に回り込んで斬りかかろうとするので、中々正面に捉えられず、捕らえてマシンガンを撃っても思うようなダメージにならない。
 一度オーバードブーストで離脱を図るクオレだが、ネビロスはリアユニットを展開し、こちらもオーバードブーストを起動。青い噴射炎はすぐに消えたが、推力任せにぴったり喰らい付き、レーザーブレードを振るって来た。
 しかも、クオレがサイトに捕らえた矢先、赤と黒の機影は揺らぎと共に消え失せた。
「姿が消えてもレーダーで位置を捕捉出来ます。あくまでもステルス迷彩で姿を消しただけですから」
 ハインラインの言う通り、クオレの視界からは消えたがレーダーではその位置が鮮明に捉えられていた。位置にすればグラッジパペットの左手側、すかさずクオレは前進する。緑色の光刃と光波が、グラッジパペットの居た所を通過した。
 旋回しようとした矢先、逃げるポットベリーと、その後をオーバードブーストで猛追していたネビロスを見つけたので、すかさず武器をレーザーキャノンに切り替え、砲撃する。命中したかどうかは分からないが、ネビロスを相手取っている上、更に新手のバルバトスがグラッジパペットを見つけ、内臓式レーザーキャノンやガトリングガンを発砲し出したので、構っていられなくなった。
 しかも、もう1機ネビロスが現れ、オーバードブーストで肉薄して来る。
 クオレは泡を食ってオーバードブーストを起動し、逃げ出した。アルジャーノンの所へ向かう心算だったのだが、それどころではない。こうなれば、一度距離を離し、真っ直ぐ向かってくる所を倒すと決めた。
 クオレは気が付かなかったが、彼が逃げる途上、アニマドのデスペナルティが2機のプロキシマと共に、機械兵が目に入った途端に撃ちまくっていた。標的であるバルバトスやガロン達も反撃していたが、デスペナルティのバズーカとプロキシマのガトリング砲に押され、駆逐されるのにそれ程時間を要さなかった。その中にはネビロスも居たが、蜂の巣にされて崩れ落ちた。
 その光景を過ぎる頃には、グラッジパペットはオーバードブーストを解除し、来た道へと振り返っていた。赤と黒の禍々しい戦闘ロボットが2機、高速で迫っていた。ステルス迷彩は解除されていた。
 アニマドに援護を頼みたい所だったが、既に距離が離れてしまっているうえ、ネビロスのスピードがアニマドの援護を許してくれそうにないと判断し、クオレは即座にマシンガンを発砲。更にインサイドミサイル2発をロックオンせず、目視で前方のネビロス目掛けて発射した。レーザーキャノンを使いたい所だったが、オーバードブーストの直後でエネルギーが不足し、砲撃後に回避運動に回れるほどのエネルギーがチャージされていなかったのだ。
 最初のネビロスはマシンガンを被弾して機体の随所に穴を開けたが、すぐに横跳びで弾幕とミサイルを回避する。2機目のネビロスはその流れ弾をもろに喰らった挙句、2発のミサイルに立て続けに直撃され、上半身を派手に破壊され、仰け反って倒れた。
 残る1機はグラッジパペットの左手側から、レーザーブレードを構えて突っ込んで来る。
「跳べ!」
 誰かが叫び、クオレは反射的に右へサイドステップした。直後、ネビロスがレーザーブレードを空振りし、そこに8発のミサイルが続けざまに飛んで行き、ネビロスの下半身と右腕を粉砕した。地面に落ちた敵機を、エネルギー弾の雨霰が追い討ちする。
「危ない所だったな!」
 軽い口調と共に、オレンジとスチールブルーの中量2脚が飛び出して来た。その口調と機体配色、そしてアセンブリから、すぐにフォーミュラー駆るザルトホックXVだと分かった。その後を追って、ジオストラのターボクロックが眼前に現れる。
「全くだぜ!」
「それは何よりと言いたいが……」
 ジオストラはマシンガンを発砲しながらクオレに促す。
「こいつらも止めなければ!」
 戦友に応じるように、クオレはすぐに愛機を転回させた。先程ネビロスとの戦いに横槍を入れてきたバルバトスのグループが、レーザーキャノンやガトリングガンを撃ちながら迫って来ている。
「さて、と……」
 ザルトホックXVがエネルギーマシンガンを構えた刹那、バルバトスが次々に爆発した。見ると、彼等の背後からミサイルが飛来して来ている。
「大丈夫ですか!」
 バルバトスの残骸を踏み越え、ポットベリーがその姿を現した。
「おい、ネビロスはどうした?」 
「分かりません。突然旋回して去って行ったんですよ」
 そうなると、先程自分が撃ったレーザーキャノンが外れ、砲撃された事で狙いを此方に切り替えたと見るのが妥当かとクオレは思った。
 それにしても敵機の数がやたらと多い。折角蹴散らしたと思ったら、またバルバトスやソラックスが3人を発見して、ゾロゾロと群れを成して迫って来ていた。
 4人は車道を後退しながらではあったが、すかさず殲滅に掛かった。マシンガンやミサイルが次々に繰り出され、デヴァステイター達を迫り来る端から薙ぎ倒していく。
「ノー・スモーキング隊の面々はどうなってるんだ!?」
 クオレが訊ねる。ジュイファシティに隣接する都市が交戦状態なので、彼等が出て来ても不思議は無いはずなのだが。
「南地区でネビロスやレイヴンキラーを相手にしています。3人撃破され、うち1人――バルクホルンの生存を確認しています」
 ハインラインが状況報告する間にも、クオレの眼前でバルバトスやソラックスはその数を減らし、被弾した機体のコンディション・コンソールが赤みを帯びていく。
 それでも、3人はソラックスとバルバトスの混成編隊を駆逐した。
 だが、その間にもどこかで榴弾の炸裂する音が聞こえていたし、いまも近くで炸裂音や爆発音が生じている。音源はこの都市のどこか、それもクオレ達に程近い場所だった。直後には悲鳴が始まり、胸の悪くなるようなエンジンの唸りも響き出した。
 街全体が既にパニックに陥っており、至る所から悲鳴や銃声が聞こえて来る。一部では街から逃げ出そうと車を飛ばす人々がハイウェイに殺到した。あまりの車の多さに、たちまち道路は通行不能の状態となった。そこにガロンやデバッガー、バルバトスやソラックス等の機械兵からなる殺戮集団が雪崩れ込んで来る。レーザーが次々に自家用車を叩き潰し、ハイウェイを鉄屑と人体の消し炭からなる屠殺場へと変貌させていく。
「フューマドール達大丈夫かよ……」
 敵の攻撃を見る度に、クオレは旧友の安否を気遣わずにはいられなかった。
「合流し、共に戦うのも良いでしょう」
 ハインラインもそんな胸中を察してか、クオレにそう提案した。もちろん、出くわした機械生命体の掃討を前提とした上で。
「だな……そうしよう」
「ハインラインさん、僕達はこれより南地区へ向かいます」
 クオレとアルジャーノンが先行し、中衛にジオストラ、殿にフォーミュラーという並びで、4人は市民を襲う機械生命体を手当たり次第、片っ端から破壊しつつ、市街地を進んでいく。
 先程苦戦されられたネビロスも、4人が束になって掛かれば最早敵ではなかった。誰かが切りかかられている間に、他の3人が集中攻撃した事であっさり粉砕され、ステルス迷彩を起動したネビロスが居ても、リアルタイムで更新されるレーダーを装備したグラッジパペットが捕捉してマシンガンを撃つと、他の機もそこへと砲火を集中させた為、さほど長くは生き延びられなかった。
「皆で掛かれば怖くない、ってな」
 ネビロスの残骸を見下ろし、フォーミュラーは上機嫌だった。
「油断しては駄目だ。何が来るか分からないんだし――」
 ジオストラはいきなり愛機をバックさせた。陽炎の様な視界の揺らぎが突如現れ、緑色の太刀筋と光波を繰り出した。回避行動が少し遅れたため、ターボクロックは光波を喰らう。幸い、光波は重量級逆間接MLB-MX/004に傷をつけはしたが、内部機構破壊までには至らなかった。
 すかさずジオストラも光波で反撃した。光波が直撃した事を物語る激しい閃光が消えると、光量と衝撃で異常をきたしたのだろうか、半透明状態でよろけるネビロスの姿が現われていた。その半透明のネビロスは、動きがおぼつかない所をポットベリーのバズーカとザルトホックXVのエネルギーマシンガンで打ちのめされた。
「全く、驚かせやがって――」
「クラトランス接近! 警戒願います!」
 甲高いエンジン音とハインラインからの通信によって、フォーミュラーは言葉を不意に途切れさせた。ついで、4機に巨大な影が落ちた。4人が頭上を見やると、巨大な鉄の翼が現れていた事に気がついた。
 見慣れた輸送機ではない。クラトランスと呼ばれたその翼には可動式のエンジンポッドが搭載され、更に翼からもジェット噴流を出して低空飛行している。さっきの炸裂音や爆発音、エンジン音の発生源だろうとフォーミュラーは見なした。
「撃ち落せ!」
 クオレは叫ぶや、レーザーキャノンを即座に発砲した。このクラトランスは嘗て人類側の大型爆撃機だったものを機械軍団が乗っ取って独自に改造したものであり、爆撃機本来としての機能は勿論、輸送機としての役目も備えるようになったものである。
 そして、そのカーゴルーム内には爆弾の他に機械兵が満載されている場合すらある。事実、クオレたちを察知したクラトランスはカーゴ下部を開いて爆弾を次々に投下して来た。しかも、その爆弾は羽根を可動させる事により、ある程度の誘導性も備えている剣呑な代物だった。
「走れ!」
 クオレは攻撃を中止し、即座にブーストダッシュに転じた。フォーミュラーもそうした。重武装ゆえ避けられないと判断したアルジャーノンとジオストラは路地に逃げ込む。直後、グラッジパペットの背後が盛大に連鎖爆発し、自家用車・街路樹・道路・建造物などを無差別に粉砕した。クラトランス――クラッシング・トランスポート、即ち破壊輸送機を意味する略語で呼ばれる所以である。
 それでも、グラッジパペットとザルトホックXVは何とか爆発から逃れた。ポットベリーとターボクロックも直後にビルの屋上へと上昇して来た所からすると被害はないようだった。
 ハンター達を仕留め損なったと判断したクラトランスは今度はミサイルを繰り出した。グラッジパペットが回避行動に出た直後、後部ハッチを開放し、機械兵ガロン6機を一度に投下出撃させた。クオレは円盤型の上半身にパルスガンの他、今回はガトリングガンを携えたバージョンも見てとった。
 そのガロンは、出撃早々にハンター達目掛けてガトリングガンとパルスガンのラッシュを繰り出した。だがクオレはそれでもクラトランスをレーザーキャノンで狙い撃ちした。ターボクロックのミサイルがそれに加わり、右主翼のエンジンを破壊する事に成功。クラトランスは火と黒煙を噴きながら高度を落とし始めた。しかし、機体は傾かない。
「自動着陸装置が作動したかッ……」
 フォーミュラーがガロンを相手取りながらうめいた。元爆撃機とは言え、輸送機としての運用も可能なクラトランスは、輸送機に求められる能力である「積荷を安全に運ぶ」こともクリアしている。自動着陸装置もその為に装備されたものだ。
 中身を無事に下ろされるとどうなるか、たまったものではないと判断したジオストラは落ち行く破壊輸送機へと更にミサイル攻撃を加え、遂に左主翼を完全に砕く事に成功した。
 だが、敵もただでは墜落しなかった。
 墜落する寸前、クラトランスはカーゴを開放、積載されていたガロン12機ともう1機種、複葉機を思わせる、「ドラグーンフライ」のコードネームで呼ばれる空戦型高機動機械兵6機を出撃させた。
 ドラグーンフライの武器はバルカンぐらいしかないものの、2機のメインエンジンの他に、トンボの腹部を思わせるリアユニットに10の噴射ノズルを備えており、運動性が異常な事で知られていた。
「一端逃げろ!」
 ハンター達は急いで後退に転じた。だが、18機を数えるガロンが執拗に追いすがり、その頭上には6機のドラグーンフライが滞空し、バルカンを放って離脱するヒットアンドアウェイ戦法でACを痛めつけに掛かる。
 グラッジパペットは逃げながらマシンガンを発砲するが、ガロンにはバリアがある為に弾丸がまるで通らない上、サイドステップで回避される。
 ドラグーンフライに至っては、あまりの高機動ゆえマシンガンがロクに当らない。インサイドミサイルでガロン1体を破壊するのがやっとの状態で、逆にレーダーや右肩、左腕、迎撃装置、腰部アーマー等をやられる。
 ザルトホックXVも右腕の関節を破壊され、エネルギーマシンガンが地面を向いている。
 しかし、ただでやられるフォーミュラーではなく、後退しながらもロケットを、ついで地上魚雷を2発同時に繰り出した。ロケットは小型ではあったが、それでもバリアを突破してガロンの上半身を粉砕し、後続の1機には回避行動を取らせた。続く2発の地上魚雷は計8発の小型弾頭に分裂し、進路上のガロン3機をまとめて下半身全壊に追いやった。
 直後、ポットベリーの垂直発射式ミサイルが直撃し、更に2機のガロンを立て続けに吹き飛ばした。
 9機に減少したガロン達は行動を変化、横跳びを繰り返しながらハンター達に追いすがる。更にマイクロミサイルを次々に繰り出す。迎撃装置が死んでいたグラッジパペットはビルの屋上に退避し、大きく空中で回避行動を取らざるを得なかった。
 先輩を死なせまいとアルジャーノンはミサイルを繰り出したが、頭上にドラグーンフライ3機が出現、バルカンを浴びせかけられる。更に、背後から別のドラグーンフライがポットベリーを執拗に狙う。
「しまった!」
 アルジャーノンの顔を赤いランプが照らした。コア後方の異常を知らせるランプだ。コンソール上で、オーバードブーストが破壊されて使用不能との旨が伝えられる。
「てめぇ、何しやがる!」
 クオレは即座にマシンガンを発砲したが、ドラグーンフライがすぐさま離脱・回避行動に出たため、マシンガンはまたしても命中弾を得られない。更に攻撃が手薄になった隙を突き、ガロンが背後からガトリングガンやパルスガン、マイクロミサイルで波状攻撃を仕掛けてきた為、クオレはオーバードブーストを動員してまで回避に徹さなければならなかった。
 だが、その甲斐も無くレーダーがへし折られた。しかも、ドラグーンフライが背後からバルカンを撃ちながら迫って来ている。最早攻撃どころではなく、クオレはオーバードブーストを連発しながら機体を左右に振り、時に回転させ、狂ったピエロの如き挙動で逃げ回らざるを得なかった。
 その時、クオレは遠方を行くクラトランスに混じり、新たな兵器の姿を視認した。
 それは機体両側に翼付きの可動式エンジンユニットを搭載した、尾翼を持った爆撃機とも戦闘機とも取れるフォルムの兵器だった。機体下部にはプラズマレールキャノンやガトリングガン、ミサイル等を据え付けている。そいつはヘリのようにホバリングしながら、据え付けた各種兵器を放っている。ハンターか市民を追い立てているのだとすぐに分かった。
 そして、そのシルエットはクオレの記憶領域ですぐさま強敵に合致した。
「ああちくしょう、RKが居やがる!」
 フォーミュラーやジオストラの顔から血の気が引くなか、ハインラインが希望の光となる通信を届けて来た。
「クオレ、航空隊が発進可能になりました。レイヴンキラーは彼等に任せましょう」
「そいつはありがたいんだけどさ……」
 グラッジパペットの後方からは、なおもドラグーンフライ3機が執拗に追いすがっていた。
「問題はコイツ等なんだよ!」
 ドラグーンフライに追い立てられてクオレが喚く。彼は機を見てこの高機動機械兵に反撃を試みるも、マシンガンは当らず、インサイドミサイルは回避され、レーザーキャノンはロックオン出来ないと散々たる有様だったのである。
 一応、マシンガンが掠めたのか翼が折れたり足が脱落しているドラグーンフライもいたのだが、メインエンジンと噴射ノズルつきの後部はまだ生きているので、墜落せずに済んでいる。
 更に、別のドラグーンフライまでも追撃に加わって来たので、いつしかクオレは、攻撃のろくに当らない相手5体に追い回されるハメになっていたのである。
「そこのハンター、苦戦してるようだな?」
 通信回線から男性の声が聞こえて来た。
「待ってろ、手を貸してやる」
 その直後、送り狼が2機立て続けに爆発した。残る3機は散開し、入れ替わりで高機動MT・スカイシミターが姿を現した。老朽化により現在は閉鎖されてしまった地下都市アンバー・クラウンの廃墟から発掘された残骸から復刻した可変MTを更に進化させた代物で、飛行形態時には戦闘機にも匹敵する機動性を発揮する事から、撃墜がかなり難しいことで知られている。
 それが5機、姿を現した。その全てにイェーガーズチェインのエンブレムと、部隊マークであろう翼竜の姿が刻印されている。ただし、カリバーン隊のマークではない。カリバーン隊の翼竜マークは青基調で「両足に剣を持ったリアルな翼竜」の絵だったのに対し、こちらはシルエットを思わせる赤の単色ベタ塗りだった。
「プテラノドン1よりそこの赤黒いAC、大丈夫か?」
 そうか、彼等はプテラノドンと言う部隊名なんだなとクオレは納得した。
「此方グラッジパペット、危うい所だったが助かった。有難う」
「良かった。無事で何よりだ、グラッジパペット」
 なんにせよ、厄介者を追い払ってくれた事はありがたかった。味方機にもう一度礼をすると、クオレは仲間達の元へと戻った。
 彼等は、まだガロンに追い立てられていた。いや、ガロンの群れにレーザーライフルを携えたバルバトスや、両腕をガトリングに換装されたバルバトス達が加わっている。ガロンの数は4機にまで減り、更にポットベリーのバズーカに1機が粉砕されたものの、素早い動きで攻撃を避けまくっている。
 中にはデバッガーの姿もあったが、これに関してはターボクロックが出現する度にMLB-JAVELINの光波で破壊している為、残骸を見た限りではMWM-S42/6やMWC-LQ/35を装備していながらも、仲間達には大したダメージを与えられていないようだった。
 安堵したクオレはインサイドミサイルを発射、ガロン1機を横から破壊し、更にマシンガンでバルバトスを次々に仕留めて行く。
 更に、クオレを助けてくれたスカイシミター――プテラノドン隊5機や、周辺で戦っていたスティンガー3機、ガトリングガン等を装備した機動装甲車アーマード・カファールが加勢して来る。
「機械でお悩みだろうか?」
 スティンガーのパイロットが話し掛けてきた。低い声からすると、古参や熟練者の部類になるハンターが乗っている模様。蒼い機体の肩には剣を持った銀の小手が描かれている。
 良く見ると、スティンガーはカーキ色の機体に蒼いドラゴンのエンブレムだったり、緑の機体で赤いサソリだったりと、容姿とエンブレムが見事にバラバラだった。仲間からはぐれたのか、或いは単独で戦っているハンターがたまたま共闘していただけなのか。
「ああ、丁度良い所だ!」
 フォーミュラーの返答と共に、ザルトホックXVが地上魚雷を繰り出し、ガロンを粉砕した。他のハンター達もそれに続き、機械生命体達を次々に撃破していく。
 だが、そのハンター達の機動兵器目掛けて蒼い光弾が飛来した。援護に回っていたプテラノドン隊の1機がウィングを失い、火を噴いて落下する。
「プテラノドン3がやられた!」
「脱出しろ!」
 プテラノドン3はそのまま地上に墜落し、爆発四散した。パイロットの生死を確かめる間も許さず、再び光弾が飛来し、別のプテラノドン隊機を掠めた。
 更にポットベリーにも光弾が撃ち込まれる。だが、重装甲と高性能フォースフィールドに守られた機体にとっては、さしたるダメージにはならない。
 ハンター達は一斉に光弾の飛来先へと向く。
「畜生、またかよ!?」
 犯人の姿を認めるや、回避行動の中で誰となくハンター達は呻いた。通路の先で、24時間戦争時代のレイヴンである「BJだった者」が駆るカスケード・レインジが姿を現していた。別のカスケード・レインジも交差点を曲がって近付いて来ている。例によって、いずれも今は機械軍団の一員である。
 敵ACは出会いがしらに多弾頭ミサイルを繰り出したのだが、ハンター達は散開し、すばやく弾頭から逃れた。
 散開したハンター達に代わるように、新たに装甲車アーマード・カファール6台が出現し、カスケード・レインジの周囲を取り囲みながらガトリングガンやレーザーキャノンを発砲した。遅ればせながら敵ACも機動装甲車へとハンドレールガンを向けたが、チャージの間に右腕が砕かれ、背部のロケットランチャーと多弾頭ミサイルポッドを破壊された。苦し紛れに振るったブレードは虚しく空を斬った。
 クオレは手負いのカスケード・レインジに、愛用のレーザーキャノンを向けた。
「産廃は引っ込め!」
 グラッジパペットは敵ACのコア目掛けて発砲した。レーザーは敵のコアの中心から右にずれた所を直撃。クオレが着弾を認める前に、グラッジパペットはもう1機から繰り出される多弾頭ミサイルの中心目掛けて飛んだ。4発の弾頭が黒と赤のACを掠める。
 カスケード・レインジは即座にハンドレールガンを構えた。だがチャージしている間に、グラッジパペットはそのコアへと飛び掛り、マシンガンを握ったままレーザーブレードを立て続けに3度振るってコアを引き裂く。そして、ザルトホックXVやスティンガーが発砲している方へと向いた。
 視線の先では、3機目のカスケード・レインジが姿を見せており、有人兵器に多弾頭ミサイルを見舞っていた。4機のスカイシミターは、それを巧みな機動で回避してのけ、逆に機関砲やプラズマキャノンで反撃する。赤いサソリの紋章を持つスティンガーも、きわどく多弾頭ミサイルを切り抜けている。
「こいつを盾にしろ!」
 クオレはそのスティンガーに促した。
 スティンガーを駆るイェーガーはクオレの考えを即座に理解、一回り大きいACの残骸を開いている左手で盾にし、右腕に携えていた粒子砲を連続で繰り出した。1機目のカスケード・レインジを大破させたアーマード・カファールの車列も攻撃に加わった。
 かくして3機目のカスケード・レインジはあっけなくコアをズタズタにされ、仰け反った勢いで倒れて動かなくなった。スティンガーが盾にしていた2機目も後を追って機能停止した。どちらもコアが酷く破壊されており、戦列復帰は不可能だろう。
 インファシティの彼方此方で破壊が続く中、ハインラインは手元のディスプレイに色分けされたマップを呼び出した。西地区と、クオレ達が戦っている南地区ではまだ戦いの行方が見えないが、東地区は最初からデヴァステイターに攻撃されておらず、北地区では殆ど掃討は完了していた。ジュイファシティとの境界に面する南地区ではデヴァステイターが戦線離脱を始めているようだが、西地区ではまた別のグループが出現している。
 周辺のオペレーター達は担当ハンターに南または西地区へと向かうよう命じているが、ハインラインはレーダーモニターに眼をやり、即座に叫んだ。
「クオレ! アルジャーノン! そこから離れて隠れて下さい!」
 その瞬間、クオレは甲高いエンジンの唸りを耳にした。続いて、ドラグーンフライ1機に先導される形で、頭上に可動式エンジンポッド付きの主翼を備える、爆撃機とも戦闘機とも、更には飛空艇とも取れる機影が出現する。
 遂に、レイヴンキラーが現れたのだ。
「逃げろ!」
 ハンター達は即座に散開し離脱を始めた。クオレも急いで愛機を離脱させに掛かる。
「クオレさん!」
 アルジャーノンが叫ぶと同時に、激しい衝撃とスパークが同時にクオレを襲い、直後には赤いライトがコンソールの大半を占めた。レイヴンキラーのプラズマレールキャノンがグラッジパペットを捉えていたのだ。プラズマはACの下半身を一撃の下に粉砕し、機体を爆発で包んだ。フォースフィールドは全く役に立たなかった。
 ジナイーダを憎む青年はこの一撃で意識を喪失した。
「クオレさんをよくも!」
 少年の怒りの声とともに、ポットベリーはすかさずバズーカを繰り出した。だが可動式エンジンポッドによる優れた機動性を持つレイヴンキラーには、バズーカの砲弾は早々当るものではなく、砲弾は全て外れる。
 ポットベリーの当たらない攻撃であったが、途中からスティンガーとアーマード・カファールの援護射撃が加わるや事情が変わった。流石に大多数の機動兵器から攻撃されると完全に回避しきれるものではなく、先導していたドラグーンフライが、まず粉砕される。
 レイヴンキラーのAIには、ここで離脱する事も考えられ得ただろうが、愚かにもそのままハンターたちを攻撃する愚を犯した。プラズマレールキャノンでアーマード・カファールの1台を木っ端微塵にしたものの、砲撃の隙に、カーキ色のスティンガーにエンジンポッドを破壊されて墜落した。
 だが、入れ替わるようにして新たなレイヴンキラーが飛来し、有無を言わさずプラズマレールキャノンを発砲した。狙われたのは籠手と剣のエンブレムを持つ蒼いスティンガーだったが、不規則な挙動で的を絞らせなかった為、左腕を掠められ、アスファルトに穴を開けられる程度でどうにか助かった。
 だがそれも、新手のドラグーンフライが4機飛来してくるまでだった。蒼いスティンガーは即座に離脱に掛かったが、ドラグーンフライは一斉にバルカンを発砲し、ブースターと脚部を破壊した。駆動系を失ったスティンガーは横転、アスファルトの舗装面を転がった末、ビルの壁面にぶつかり停止した。
 レイヴンキラーも、カーキ色のスティンガーを狙ってプラズマレールキャノンを発砲した。直撃は免れたが、スティンガーはプラズマに右手を武器諸共砕かれた。即座にドラグーンフライが追い討ちに掛かるが、プテラノドン隊と緑のスティンガーが、それぞれバルカンと粒子砲で応戦し、カーキ色のスティンガーも左腕に内臓したマシンガンで抵抗、2機を撃墜した事で、逃れるチャンスを得られた。おかげで辛うじて戦死だけは免れた。
 このまま黙って殺らせはしないと、ターボクロックは即座にミサイルで反撃した。レイヴンキラーはエンジンポッドを倒して急加速、更に全長23メートルという大柄さとは裏腹の急旋回であっけなく回避してのけた。そればかりか、プラズマレールキャノンをターボクロックにも向け、発砲した。秒速数キロという初速を与えられたプラズマはターボクロックの股間を直撃、容易く機体を爆発四散させた。
「ジオストラさん!」
 死を察し、アルジャーノンは不意に叫んだ。
 さらにその横で、今度はザルトホックXVがプラズマレールキャノンを食らった。プラズマは下半身をアスファルトごと粉砕破壊し、機体は爆発炎上。フォーミュラーの生死は、アルジャーノンには分からなかった。
 地上からはアーマード・カファールが搭載火器で応戦しているが、レイヴンキラーは主翼部の可動式エンジンポッドによって実現した高い機動力を遺憾なく発揮し、旋回しながら上昇する「シャンデル」や、螺旋を描くようなコースで飛行する「バレルロール」、更には高度を変えずに機首を反転させる「クルビット」等、戦闘機が可能とする複雑な機動で弾幕を回避してのける。時々命中弾も出たが、バリアに阻まれてしまう。
 回避行動の中でも、レイヴンキラーはプラズマレールキャノンを繰り出して逆襲に転じた。アーマード・カファールが2台立て続けに餌食になり、増援として現れたACが片っ端から搭乗者諸共殺される。ドラグーンフライ2機に挟撃され、フロートACの比ではない機動性に翻弄された挙句、反撃もままならずに蜂の巣となる機もいた。
 ACの中には地元アリーナのランカーもいた。対AC戦を前提とした、上半身を重量級コアで固め、脚部をCLM-02A-SNSKA1とし、ライフル2丁を携えると言う、バーテックス戦争当時から王道であったアセンブリも見受けられる。
 しかし、24時間戦争やバーテックス戦争に置いて死角のないアセンブリとされたACでも、レイヴンキラー相手には全く太刀打ち出来なかった。プラズマレールキャノンを回避出来ずに瞬殺――それで終わりだった。
 オーバードブーストのないコアでは、たとえ中量級2脚だったとしても、秒速数キロにも及ぶ初速のプラズマキャノンを回避する事など到底適わないし、逃げた所でタカが知れている。しかも、重量級コアで守りを固めたとしても、フォースフィールドの比較的薄い中量級脚部を狙い撃ちされれば最早まともに戦う事など出来ない。そして、脚部を失ってフォースフィールドとその発生区画面積を低下した所を粉砕されるのが常套であった。
 しかも、レイヴンキラーにはACの攻撃がロクに当らないばかりか、ライフル弾程度など雑作もなく弾くバリアまで搭載されているのである。
 事実、アルジャーノンは中量2脚がレイヴンキラーを発見して攻撃し、ライフルによる射撃を悉く弾かれた挙句、プラズマレールキャノンで全て返り討ちにされる様子を目の当たりにした。軽量級2脚、逆関節脚部なども同様。ポットベリーはバズーカやミサイルで反撃するが、バズーカは回避され、ミサイルはフレアで無力化されてしまう。
「アルジャーノン、相手にするのは無理です! すぐに逃げて下さい!」
 そうしたいアルジャーノンだったが、ドラグーンフライのバルカンにより、すでに後部の推進機関を破壊されていたので、逃げたくても逃げられない。
 ハインラインの訴えも虚しく、ポットベリーも標的に選ばれ、プラズマが叩き込まれた。だが、コア・腕部・脚部の全てを重量級パーツで固め、なおかつシールドを装備し展開していたポットベリーは見事プラズマに耐える事が出来た。続けざまに第2射が見舞われるも、シールドと重装甲、フォースフィールドはプラズマを再び耐え切った。
 だが、ポットベリーの攻撃もレイヴンキラーには当らない。バズーカは容易く回避され、ミサイルはフレアによってその狙いを狂わされてしまっていた為である。しかも、レイヴンキラーはそのままポットベリーの背後に回った。
「うわっ、やめろ!」
 急いで旋回し、その場から逃れようとしたが、無駄な足掻きでしかなった。レイヴンキラーのプラズマレールキャノンはポットベリーの背後を捉え、機能停止していたブースターとオーバードブーストを一撃の下に完全破壊。爆発に見舞われ、アルジャーノンはその意識を霧散させた。
 ジェネレーターにまで損傷を受けたポットベリーも倒れた。
 ACを叩きのめすと、レイヴンキラーはドラグーンフライ4機を従え、更なる獲物を求めて飛び去った。生き残っていた緑色のスティンガーとアーマード・カファール隊が追撃するが、時速1200キロにまで一気に加速した事で、あっさり振り切られた。


「やられたか……」
 ハインラインは俯いて肩を落とした。
「生命反応があるのは不幸中の幸いですが……」
 画面を切り替え、アルジャーノンとポットベリーのコンディションを表示すると、ポットベリーは戦闘不能表示が出ていたが、アルジャーノンには心拍数と脳波レベル低下が見られたものの、危険域まで低下している様子はなかった。後方を破壊されたとは言え、重装甲とフォースフィールドは確かに少年の命を救ったのだと分かった。
「だめか……」
「応答して下さい!」
 他のオペレーターからも良い反応は返って来ない。いずれも、担当ハンターやイェーガーがACに乗っている者たちばかりである。
「交戦した所で勝てるわけが無いんですから逃げて下さい!」
 ハインラインの後ろの席にいる女性オペレーターも、レイヴンキラーに遭遇したら最期だと危険性を訴え、担当ハンターに離脱を促している。
「レイヴンキラーとドラグーンフライが追加投入された!」
「全員、ACを戦場から下がらせろ!」
「全ACはただちに撤退せよ!」
 ダビッドソン少佐以下、チェインの将校達が怒鳴った。
「後は航空部隊に全てを任せるしかなさそうですね……」
 ハインラインは目を伏せた。担当ハンターが2人ともやられた今、彼に打つ手はなかった。
 その間にも、レイヴンキラーは行く先々でACを見つけては片っ端から撃破していた。何機かリニアガンやレールガン等で撃墜される機を出し、スティンガー等のACよりも小柄で、より敏捷な有人兵器相手にはプラズマレールキャノンの的が絞れないなどの理由で不覚を取る事こそあったものの、ACが全滅させられるのにはそれ程時間を要さなかった。
 だからこそ、この兵器は「ACでは勝てない」と、ACパイロット達の誰からも恐れられていたのだ。ハインラインが知る限り、ACを駆るレイヴンで、レイヴンキラーと正面から対峙して生還した者は殆どいない。理由はその、ACでは決して及ばぬ圧倒的火力と機動力、そしてそれ故につけられた名前にあった。
 レイヴンキラー1機のためにアリーナランカー30名が皆殺しにされたり、両手の指の数を投入された結果、レイヴン斡旋組織が丸ごと壊滅させられたケースさえある。そうしてレイヴン達を一方的に屠り続けた事で、この凄まじい殺戮振りを有する機動兵器は、いつしか“レイヴンを殺す者”と、誰ともなしに呼ばれるようになったのである。
 企業戦力やハンター組織も例外ではなく、誰かを狙っている隙を突いて倒した場合は兎も角、ACを駆るハンターやイェーガーでさえ、レイヴンキラーとまともに戦えた者はいない。例えそれがアリーナのトップランカーだったとしても、ACを操っている以上、敗北は確定であった。
 だが、ACに対してほぼ無敵の存在であるレイヴンキラーにとってさえ、強敵と言える者達もまた、この戦場には存在していた。


「逃がすか!」
 クオレ達と共闘していたプテラノドン隊のスカイシミター4機が、飛行形態に可変し、猛烈な速度でレイヴンキラーに追いついてきた。随伴していたドラグーンフライ2機がすぐに迎撃に回る。
 スカイシミターはヘッドオンから一斉にプラズマキャノンを発砲、ドラグーンフライ2機をまずは撃墜した。だが、新たなドラグーンフライが3機、有人機にはマネの出来ぬ機動で迫って来る。
 それがどうしたと、プテラノドン隊は新手を迎え撃つ。巧みな技量、加減速を駆使して敵機を追い越させる「オーバーシュート」を誘い、ドラグーンフライの背後をバルカンですかさず射撃し、更に撃墜数を伸ばす。
 だが、また新たにドラグーンフライ4機が迫っていた。
「くっ、落としてもまた出てきやがる!」
「各機、僚機を見失うな!」
 新手の空中機械兵がバルカンを連射しながら迫ってきた為、プテラノドン隊は回避行動を取らざるを得なかった。機関砲の弾1発程度ならフォースフィールドで防げるが、フォースフィールドでさえ、連続被弾等で大きなダメージを受けると消えてしまい、機体が損傷するなどすれば回復不能になる。プテラノドン隊の面々に限らず、機動兵器パイロット達はその事をくどいほどに叩き込まれている。
 パイロットが逃げ回りながら反撃の機会を窺う中、立て続けに2機のドラグーンフライが爆発。戦闘機ワスプがその爆発を突っ切るように姿を現した。
 ワスプの尾翼には、鎖に取り巻かれるトウゾクカモメの紋章が見て取れた。それは即ち、イェーガーズチェインの航空部隊が、ようやく到着したことを意味していた。その数50機。その中には、クオレが見た、剣を持つ青い翼竜の紋章――カリバーン隊の姿もあった。
 カリバーン隊は6機全てが出撃していた。
「良く持ち応えてくれた」
「これより援護する!」
 有人戦闘機を視認し、ドラグーンフライは即座にバルカンで迎え撃った。だが、後続のワスプがミサイルを繰り出した為、攻撃を中止して回避行動へと転じるが、スカイシミターの機関砲で叩き落された。カリバーン隊もミサイルを発射、ドラグーンフライを2機撃墜する。
 更に、ブルーノ機とウィンザー機が、新手のソラックスをミサイルで纏めて粉砕。近くを飛行していたクラトランスも、翼を砕かれてその後追いとされた。
 護衛機を失ったレイヴンキラーは攻撃を中止し、回避行動に転じる。
 プテラノドン隊のメンバーはその移動予測地点を推測し、次々にプラズマキャノンを発砲した。プラズマは機首を掠めたが、ワスプがミサイルを発射し、レイヴンキラーの右主翼とエンジンポッドを破壊した。翼を奪われたレイヴンキラーはバランスを崩して川に墜落、水飛沫と破片をそこら中にばら撒いた。
 更にプテラノドン隊4機は、駆けつけてくれたワスプを追撃していたレイヴンキラーを認め、機首を向けると共にプラズマを繰り出した。それは狙いを外し、レイヴンキラーを撃墜するには至らなかったものの、カリバーン隊機への狙いを逸らさせ、彼等が離脱するチャンスを与える事には成功した。
「ブレイク!」
 プテラノドン隊は散開、的を絞らせまいとする。レイヴンキラーは急接近するスカイシミターに向けてプラズマレールキャノンを放ったが、機動ゆえに的が定まらず、狙いを大きく外した。第2射撃はその後に続いていたワスプの主翼を撃ち抜いたが、パイロットは直後にベイルアウトし、どうにか命拾いした。
 その後、立て続けに3発が繰り出されるが、全て外れた。
 放たれればほぼ必中で、ACも一撃で破壊可能な威力を誇るプラズマレールキャノンであるが、砲身が加速機構とマガジンを左右から挟まれている構造上、上下角にしか可動させられない上。また、ロックオンは本体前面のセンサーに依存している為、戦闘機などの高機動兵器相手だと的を絞り切れないのが弱点だった。しかも、プテラノドン隊の1機を狙っているうちに、他のプテラノドン隊機を初めとしたスカイシミターやワスプに取り囲まれてしまい、プラズマキャノンやミサイル、バルカン等を繰り出される。
 レイヴンキラーはシーケンスを攻撃から回避に切り替えると同時に、機体各所に収納されていた機関砲を引き出し、迎撃する。
 その間に体勢を立て直していたカリバーン6・ニヴェールがミサイルを発射した。レイヴンキラーはフレアを投下してミサイルを振り切る。ミサイルはフレア目掛けて飛び、命中して消えた。
 だがこれは罠だった。フレアを放った直後には、レイヴンキラーは別のカリバーン隊――ライリー機のビームで狙い撃ちにされた。ハードポイント接続型とは言え、AC搭載用パルスキャノンに匹敵する出力を有する代物である。そのビームはバリアに遮られる事なく、人工頭脳を機首諸共破壊し、機体表面を穴だらけにした。レイヴンキラーは数秒空中に留まったかと思った直後、エンジンポッドから火を噴いて傾ぎ、ビルの壁面を擦りながら落下した。
「カリバーン5、後ろにいるぞ!」
 隊長の通信を確かめるより早く、ヴォイドは即座に振り切ろうと大きく旋回した。直後、プラズマが彼の機を掠めた。そして、主翼つきエンジンユニットを可動させたレイヴンキラーが迫り、後方に定位した。
「少しの間でいい、頑張ってくれ!」
 ウィンザーは仲間を助けるべく、レイヴンキラーの背後に喰らい付き、ハードポイントに接続したパルスレーザーを連射した。針状の蒼白いレーザーがレイヴンキラーの装甲板を穿ち、引き剥がす。しかし、まだ墜落する気配は無く、悪足掻きとばかりに機関砲で反撃してくる。
 ウィンザーは一旦距離を取らざるを得なかった。
「後ろにいやがる!」
「回避行動を取れ!」
「くっ、ベイルアウトする!」
「レイヴンキラーを撃墜!」
「クラトランスから新手が出撃して来る!」
 他の戦闘機パイロット達が怒鳴り、錯綜する通信が鼓膜をうるさく刺激してくるが、ウィンザーは集中力を乱さない。再び背後に接近すると、パルスレーザーを連射して機関砲を破壊。その勢いで攻撃出来なくなった箇所から更に攻撃を加え、ついにレイヴンキラーを撃ち落す。
「カリバーン2、かわせ!」
 ミサイル接近を知らせるけたたましい警報がウィンザーの周囲で鳴り響く。地上のバルバトスとガロンがミサイルを繰り出してウィンザー機を狙ったのだが、素早い回避行動が幸いし、ミサイルは全て外れてくれた。
「人間様を舐めないで頂きたい!」
 ウィンザー機と入れ替わるように、カリバーン4・ロッドウェイ機がビームを発射した。光線はガロンをバリアごと貫き、粉砕した。姿勢を立て直したウィンザー機とプテラノドン隊の1機も続き、バルバトスを爆破した。
 一方、ブルーノとニヴェールは二人ががりでレイヴンキラーを追い立て、そのエンジンをミサイルで砕いていた。
「カリバーン5、どこにいる?」
 背後にレイヴンキラーとドラグーンフライを引き連れたまま、ライリー機はドラグーンフライにドッグファイトを仕掛けていた。プラズマが機体を掠め飛び、バルカンがストレーキを僅かに抉る中で、ライリーはドラグーンフライにバルカンを見舞って吹き飛ばした。敵機が爆発四散するのと同時に、ライリーは回避行動に移る。
 直後、プラズマレールキャノンが繰り出された。だが狙いは外れ、前方を飛行していた別のレイヴンキラーを誤射、右のエンジンユニットを破壊して墜落させた。
「隊長の後ろです」
 21歳にしては落ち着いたヴォイドの声で、ライリーは部下がケツについている敵の背後にいる事を解した。
「そのまま回避行動を」
 ライリーは大きく旋回を続け、更に機体を激しく回転させてバレルロールの軌道を描く。ドラグーンフライとレイヴンキラーはまだ追撃モードを取っている。同じ飛行コースを取っていれば、ヴォイドには十分だった。
 ヴォイドはバルカンを連射し、まずドラグーンフライを撃墜。次いでレイヴンキラーにバルカンを見舞う。弾丸はバリアに遮られたが、レイヴンキラーは攻撃を中止して回避モードに移行、ライリー機から離れ出した。ヴォイドは執拗にその機を追い回す。
「手伝ってやろう」
 ブルーノが交戦中の僚機を発見し、ミサイルを発射した。レイヴンキラーは即座にフレアを投下してミサイルを回避するが、フレアを投下した直後にヴォイドがビームを発射。機体後部を空中爆発させられたレイヴンキラーはバランスを崩し、縦回転しながら落下。しまいにはビルの屋上に墜落した。
 その間に、追っ手から逃れたライリーは宙返りしながら上昇する。
 遠くでは別のレイヴンキラーが撃墜され、ワスプが1機、プラズマレールキャノンで爆砕させられていた。そのプラズマレールキャノンを撃ったレイヴンキラーはスカイシミターのプラズマキャノンで機首を砕かれて墜落した。
 だが、そのスカイシミターに向け、ドラグーンフライ2機が、猛然とバルカンを乱射しながら迫って来た。パイロットも気が付き、即座に回避行動に転じる。
「掩護する」
 ライリーは降下に入り、ドラグーンフライ2機に喰らいつかれているスカイシミターへと機首を転じる。赤い翼竜のエンブレムが、ライリーに確認できた。
「旋回しろ!」
 落ち着き払った声に応じ、誰だと問う前にパイロットは愛機を激しくバンクさせた。バルカンの火線が、先程までスカイシミターのいた場所を立て続けに貫いていく。
 ライリーは照準をドラグーンフライに合わせ、ミサイルを発射した。それは戦闘機搭載用のそれではなく、ACに装備される小型のハイアクトミサイルで、携行弾数重視の為に威力は低い。しかし、ドラグーンフライを粉砕破壊するには十分だった。1機は回避行動に転じたが、AC搭載用ハイアクトミサイルは執拗に追いすがり、ドラグーンフライを後ろから粉砕した。
「助かった……感謝する」
 スカイシミターの横を、紺色に塗装されたライリー機がフライバイしていった。その後ろに、散開していたカリバーン隊機が続く。
「カリバーン1より先程掩護したパイロットへ、敵の数が多過ぎる。共に戦う気は無いだろうか?」
 ライリーの提案に対する回答はすぐに届いた。
「こちら、プテラノドン1。カリバーン隊のお手並みを拝見させてもらうよ」
 リーダー機の傍らに、生き残ったプテラノドン隊機が集まってきた。乱戦にも拘らず、プテラノドン隊は4機から数が減っていなかった。カリバーン隊の6機はその右側に布陣した。
「了解、プテラノドン。暫くの間だが、共に戦おう」
 MTと戦闘機、機種の違いこそあるが、二つの飛行編隊は集合して新たな機械生命体達を迎え撃ちに掛かった。
 その、カリバーン隊やプテラノドン隊の周辺では、ワスプやプレデター、セイレーンと言った人類側の戦闘機が、レイヴンキラーやドラグーンフライ、ソラックスと空中戦を演じていた。カリバーン隊とプテラノドン隊も参戦し、空中戦用機械兵達を叩き落とす。
 ステルス機ゆえの無機質さが漂うプレデター、そしてアニメから飛び出して来たかのような華麗さが漂う三面翼フォルムのセイレーン、そしてワスプだが、彼等はバリアを破るべくハードポイントに接続したビームキャノンや、AC搭載用のそれよりもふた回りは大きい戦闘機用ミサイル等で、レイヴンキラーを撃墜して行く。
 更に、周辺のハンター達が駆る生き残りのスカイシミターも次々に空中戦へ加わってくる。
 レイヴンキラーも確かに機動性に優れている。だが、全長23メートル、全幅15メートルと大柄なため、全長約17メートル前後とより小柄で薄っぺらく、当然運動性も高いワスプやプレデター、さらには全長15メートルとより小柄な機体であるセイレーン、そしてスカイシミターにはレールキャノンの的を絞れず、可動式のバルカンでも早々命中弾を得られないなど、苦戦を余儀無くされていた。しかも、プログラムと変質した人間のデッドコピーに操られる無人機であるレイヴンキラーには、生身のパイロットの様な柔軟な判断力が備わっていないのである。
 この為、AC相手には無敵に等しかったレイヴンキラーだが、航空機相手――厳密には人類側の戦闘機相手となるとそうは行かなかった。事実、航空機部隊到着から、レイヴンキラーは絶対的な優位を失っていた。ある機体はミサイルやプラズマでエンジンを破壊され、またある機体はドッグファイトの果てに機体後部を吹き飛ばされて高度を保てなくなり、更に別の機はヘッドオンからの射撃によって人工頭脳を粉砕された。
 もちろん、空中戦で撃墜された有人戦闘機も出たが、ACに対して無敵だった空中機動兵器は次々に落とされ、砕かれていく。
 30分近くに及ぶ空中戦の末、投入された機の大多数を失うに及び、レイヴンキラーは撤退を始めた。生き残りの機械兵達がその後を追うように、インファシティから離脱して行った。
「逃げるのかこの野郎! そうは行かんぞ!」
「見失うな! 追え!」
 離脱して行く無人兵器群に、有人の空中機動兵器達が猛追撃を開始した。
 主戦場はやがて、インファシティから西へと移って行く。


「ダビッドソン少佐より連絡。機械軍団はインファシティからの撤退を開始、西へと進んでいます」
 航空機部隊が参戦し、主戦場がインファシティ西へと移った頃、オペレーターからの報告を受けていたアニマドは傷だらけのデスペナルティを川岸へと立たせていた。機体の随所を傷だらけにし、周辺にネビロスやバルバトス、ガロン、デバッガーなどの残骸を散乱させて、彼は満身創痍の愛機を再び動かした。
 今回の戦いは消耗戦だった。携えてきたバズーカも背部の着脱式コンテナに入れてきたガトリングガン等の予備武器も全て使い果たし、腕部に装着したハンドロケット砲も乱戦の最中に失った。ブースターも損傷して火花を散らしている。共闘していたプロキシマ2機は、いつの間にかはぐれてしまっていた。
「引き続き、残敵を掃討して下さい」
 オペレーターが命じる。だがイェーガーやハンター達にとって、掃討は敵の破壊だけではなく、撃破された仲間の救出という意味も含んでいた。残敵が戦闘不能となった同業者達に攻撃を加えないとも限らない為である。
 さらに別の区画では、地元のハンター達が救助隊と協力して生存者達の救助に当たっているという報告も、オペレーターからもたらされている。
「分かった。どこまでやれるかは分からんが……」
 顔面とヘルメットの中を汗だらけにしながら、アニマドは武器コンソールを操作した。少しの後、両腕から近接専用のレーザーブレードが生成された。ただ、3本の刀身が並ぶ配置がまるでツメを思わせるので、このタイプのブレードはレーザークローと呼ばれている。全ての射撃武器を喪失したデスペナルティだが、とりあえず最後の武器は残っている事にアニマドは頷いた。
「掃討か……それをしなければならんほど敵が残ってるとは」
 溜息をついたアニマドに、生き残っていたネビロスが襲い掛かり、レーザーブレードを叩き付けてきた。だが正面から斬りかかったのが愚かだった。振り払われた右腕のレーザークローで剣戟を弾かれた挙句、斬り返されて3本の平行線を胴体に刻まれた。とどめに左腕のクローが動力部を貫き、爆発させた。
 市街地まで戻ったところで、更に2機のネビロスが襲い掛かってきたが、1機は左のクローに向かって右脇から左肩にかけてを切り裂かれ、もう1機は右のクローに頭を貫かれた上に股間までを縦一文字に切り裂かれた。
「おい、大丈夫か!?」
 眼前に墜落していたスカイシミターから中年のパイロットが這い出して来た。イェーガーではない、パイロットスーツと墜落した機には地球政府軍のエンブレムが見て取れる。墜落のショックか何かで何箇所も骨折したのだろう、血に塗れた足を引き摺っている。
「オペレーター! 救助隊派遣を要請する!」
 位置座標を伝えると、アニマドは倒したネビロスの上半身を踏み砕いて近付き、デスペナルティを屈ませた。そして、機体全面を開いて昇降用の縄梯子を下ろし、応急手当キットを携えて機を降りる。
「お、お前は……」
「雇われのハンターだ」
 麻酔が無い為にパイロットを痛がらせ続けるのは仕方ないが、兎に角アニマドは近くに落ちていた板を足に当てがい、止血用のゲルを塗布して包帯を巻いて行く。あくまで応急手当なので本格的な治療はその手の関係者に任せるしかないが、最低でも止血はしないと生命に関わる事態を引き起こしかねないので、アニマドは専門外の拙い腕ながら、何とか処置を進める。
「もうすぐ救助が来る。それまで頑張ってくれ」
 苦痛に呻くパイロットだが、もう少しの辛抱だと励ましながら、アニマドは包帯を巻いて行く。
 その時、ローター音がアニマドとパイロットの耳に入った。そして、それが救助ヘリであると2人が理解し、また当のヘリ搭乗員が2人の姿を発見するまで、それ程時間を要さなかった。
 アニマドは両手を振って此処だと位置を示す。怪我の程度はどうあれ、これで彼は大丈夫だろうとアニマドは見た。ヘリが着陸すると、後は医療関係者の手腕とパイロットの治癒力に全てを任せて、デスペナルティへと戻って行く。
 機械生命体の数が減った事で、インファシティには戦闘兵器以外の各種機械の姿も見られるようになっていた。ハンターやイェーガー、或いは地球政府の兵器に護衛されながらではあるが、救急車両や救助ヘリ、残骸撤去用の工作機械等が、デスペナルティが進む中で散見される。
 随所で、残骸を撤去しているスティンガーやACの姿も見る事ができた。
 だが、それと共に引き裂かれたりペースト状にされた人体の成れの果てが彼方此方に散見され、中には露出した臓腑の中で回虫が蠢いている死体さえあった。そうでなくても、インファシティは焼死体や轢死体、射殺体のオンパレードであり、とても見ていられるものではない。
「やれやれ、何とも酷い有様だ……」
 同じ気持ちだとオペレーターは思ったが、私情は口に出さなかった。
 その間にもデスペナルティは中破状態ながらも市街地を進み、残敵と生存者を探して回る。しかし、レーダー上に敵反応はなく、生き延びたスティンガーやプロキシマ、スカイシミター等が同じ目的で周辺を徘徊している程度である。生存者も見られるが、大抵は救助ヘリや救急車に搬送されたり、或いは瓦礫に挟まったりでレスキュー隊員に救出されている最中のものが殆どであった。
 その中で、アニマドは愛機を止め、道路のど真ん中でうつ伏せになって停止していたACに目をやった。近くでは、赤いACが下半身とコアの一部を派手に破壊されて転がっている。その心臓を模ったエンブレムが、アニマドの目を引いた。
「クオレ……やられたのか……」
 さらに、遠くではまた別のACが大破していたが、いずれも救難を求める信号を発していない。この事から考えられる状況として、救難信号発信機が破壊されていなければの話だが、パイロットが生存していて意識を失っているか、死んでいるかだ。
「オペレーター! 撃破されたハンターを発見! 救助隊を回してくれ!」
 アニマドは応急手当キットとハッチをこじ開ける為の器具を引っ張り出すと、急いで機を降り、クオレ達搭乗員がまだ生きている事を祈りながら、ACの残骸へと駆け出した。
14/08/07 14:38更新 / ラインガイスト
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■作者メッセージ
 原作はACと銘打っているゲームだから当然ですが、ACが最強兵器だったり戦場での主役だったり、という描写がやたらと目に付くので、今回、ACでなくなるのを覚悟の上で、「戦闘機にも活躍の場を!」をモットーに書き始めています。
 もっとも、ラス潰もこれで第7話、主人公イコール最強はもう通じないと言う所を示さねばならない筈ですので、丁度良い所かもしれません。

■“レイヴンを殺す者”誕生話
 エースコンバットなど幾多のシューティングゲームを体験して来た身から、原作シリーズのパワーバランスを無視した観点で言うと、原作シリーズの戦闘機はやたらと遅いと思います(笑)。
 そもそも本作では主人公サイドの駆る機体がACに限らないので、AC一辺倒ではないとする理由(ついでにラストレイヴンで氾濫しているライフル主体の高速ACを駆逐する理由も)がどうしても欲しかったのです。それが、敵のバリアだったり、量産機であるスティンガーだったりで。
 今回登場したレイヴンキラーも、そんな所からイメージを作り上げています。
 航空機のスピードを上げ、現実のように高速・高機動として、ACならではのハイテク兵器を搭載した機体なら、ACを容易く屠れる筈。で、それを出せばACの優位性は無くなり、同時にシリーズを通して落とされる立場でしかなった航空機が活躍出来る場があるんじゃなかろうかと。
 そこから、ACでは勝利出来る見込みの薄い兵器として空中用機動兵器(戦闘機ではないことに注意されたし)・レイヴンキラーを出しています。

 因みに、戦闘機相手にレールガンを外していますが、初速が秒速数キロという弾を人間技で回避出来るとは思えないので、「外した」事にしています。
 また現用航空機のミサイルのサイズとACのサイズ(10メートル前後)を照らし合わせると、現行の戦闘機用ミサイルの威力は「AC搭載用のそれなど及びも付かない高威力」として、バリア無関係でレイヴンキラーを破壊できるだろうとしています。
 ただ、あっさり落とされるのも何なので、回避行動やミサイル回避用のフレア(実際の航空機にも使われる手段)を投下したりはさせていますが。

 とはいえ、戦闘機でもレイヴンキラー落とすのは困難ではないかと。
 大体、戦闘機は高機動・高速なので鍛えられていない人間の反応速度では到底操縦など出来ないでしょうし、耐Gやら何やらと、頭の痛い事象が犇いているので(笑)。

■劇中の戦闘機
 劇中描写からではイメージしづらいと思いますが、ワスプは米軍のF/A-18Eスーパーホーネットが原型です。あれの尾翼の付き方を「×」を描くように変え、更にカナードを付けたもの……というイメージです。
 また、セイレーンはロシアのSu-27を少し細くしたような感じで、プレデターはカナードの付いたF-22ラプターと言うのが作者的なイメージです。

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まろやか投稿小説 Ver1.50