連載小説
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#06:クオレの人となり
 野生化した機械達――所謂機械生命体は世界各地に存在しているが、まだ彼等とて人類側兵器の全てを掌握しているわけではない。
 例えば、いまインファシティから退却し、拠点へと戻っている彼等の軍勢を追跡する有人機動兵器がその典型例である。オートパイロットやサポート用の人工知能、それに至らずとも高度なコンピュータを搭載した無人兵器であれば、彼等が有する「超干渉」によって、その制御を容易く狂わせ、寝返らせる事など容易だった。
 実際、ACを例に挙げれば、24時間戦争以後アリーナにおけるメタアセンブリ――対AC戦を前提とした徹底的なメタ張りを施したアセンブリには必ずと言って良いほど使用されるCR-H05XS-EYE3やYH15-DRONEにシステム制御の多くを担わせているACは、その高度かつ複雑化したシステムが災いし、あっけなく寝返らされている。
 これは超干渉能力が、ウィルスやボットによるものではなく、機械生命体の中に宿る「人間のデッドコピー」を植えつけられる事によって成されるものであるからだ。従ってウィルスではない彼等にセキュリティは何ら意味を成さなかった。
 こうして無個性な対AC戦想定のACは成す術もなく寝返らされたが、当然、全てのACがそうはならなかった。事実、グラッジパペット、ポットベリー、そして頭部をMHD-MX/RACHISへと換装したターボクロックは、全く影響なく行動出来ていたのだから。
 そして現在、機械軍団は逃亡の一方で超干渉能力を発動し、周辺の無人機を乗っ取って戦力に加えているが、それをACが追撃している。その頭部は、ナービス戦争時代からバーテックス戦争終戦まで殆ど見向きもされなかったH01-WASPの近代改修型MHD-RE/005や、旧型番のCR-H73Eから高性能コンピュータを廃した代わりに大幅な軽量化と省エネを施したモンキーモデルであるCHD-02-TIE、最新型頭部ではあるがYH06-LADYBのフレームを流用し、比較的旧式のシステムを使用しているMHD-SS/GRY等、比較的ローテクの部類に当る頭部が主だった。
 これらのシステムは極めて大雑把な為、機械軍団の超干渉では全くハッキングする事が出来ない。レーダーやスクリーンを乱す事は出来ても、操縦系統を乗っ取るまでには至らない。
 技術進歩に伴い実現した、高度なユーザビリティに慣れた現代人が、ユーザビリティと言う概念すらない年代モノの機械をろくに動かせないのと同様、デッドコピーが大雑把な頭部のシステムに対応出来ないのである。この状況がいつまで続くかは分からないが、このおかげで24時間戦争時代から産廃扱いされてきた頭部パーツが脚光を浴び、一線に返り咲いていたのである。
 こうなると、超干渉も役には立たず、破壊されるか逃げるしか手はなくなる。そして、現在機械生命体は逃げる事を選んでいた。量産したファシネイターたちを捨て駒とし、人類の撃破は無理だとしても、追撃の手を僅かでも遅らせ、時間を稼ぐ。
 しかし、彼等の人工頭脳ユニットは分かっていた。自分達の手の及ばぬ人類側の衛星が、此方を見張っている事を。この衛星は数日前まで故障状態にあったのだが、人類が地上からシステムを切り替え、代用する事で本来の機能とまではいかないものの、それでも自分達を追跡監視するには十分なパフォーマンスを発揮出来ている。
 機械生命体の人工頭脳ユニットはこの事態を予測し、人類側のネットワークに接続する事で、それを確証としていた。よって、仮に逃げ切る事が出来たとしても、拠点の所在地が白日の下に晒されるのは避けられない。
 ならば、その前から次の行動を開始するしかない。全てのファシネイターの反応が消えた中で、人工頭脳は判断した。
 700万の人口諸共、インファシティと、それを擁する政府である東方人民連合を殺す必要があると。
 その結果、遅かれ早かれ自分達も消えてしまう事だろうが、機械軍団とそのネットワークは世界中に点在し、人類を殲滅するべく動いている。インファシティを放置し、自分達を破壊する存在となる、或いはそれを多数輩出する様な事態になる前に、自分を犠牲にしてでも同志達への脅威を殲滅する必要がある。自分達では不可能でも、同志達は必ずや、人類絶滅の大願を成せるであろう。
 これは地球上最も愚かな生命体である人類と、その天敵たる機械生命体の存亡を賭けた戦争なのである。両者の和平・共存など、絶対に有り得ない。
 どちらかが生き残る為には、もう一方を絶滅させるしかないのである。


「あーくそ、今回も高く付いたぜ」
 グラッジパペットの弾薬が補充されていく中、クオレは収支伝票を見て溜息をついた。フォースフィールドがあるとは言え、今回は相当弾をばら撒いた。機体修理費や弾薬費、燃料費は経費申請しているので落とせるから良かったが、それでも消耗がかさばると嫌な思いをするのはクオレとて同じだった。
 元来クオレがマシンガンを使っている理由としては、敵ACの早期制圧や機械兵掃討も理由としてあるのだが、弾薬費用などが安上がりで携行弾数が多いと言う点が大きい。
 また、連射が聞く分無駄撃ちも多いのだが、要所要所で使うように心掛ければ弾薬費は抑えられやすく、かつ長期戦においても頼りになる点も理由としてあった。さらに言えばパーツ自体が扱いやすいのもある。
 機械生命体がバリアを装備するようになり、また堅固な装甲で身を守るモンスター達が登場した事で、マシンガンやライフルが通用しない敵も増えた中、現在でもライフルやマシンガンが絶滅せずに残っているのは、クオレの様なハンターがいるからに他ならない。依頼内容に応じて標的が変化し、資金的問題からおいそれとパーツを買えないハンター達なので、やはり汎用性の高い武器が重宝されているのである。
「僕もです……」
 アルジャーノンが横で苦い顔をする。この少年は比較的高価なミサイルやバズーカ用砲弾等をふんだんに使った結果、フォースフィールドにより損害こそ抑えられたものの、頭が痛くなる程弾薬費が嵩んでいたのだった。
「お前は良いだろ、親父さんが負担すんだから」
「そうだとしても……帰った後何を言われるか……」
 同じくイェーガーである父が肩代わりしてくれているので、弾薬費は気にしなくてもいいアルジャーノンだが、弾薬費の使い過ぎで説教を喰らいたくは無いと恐れていたのだった。この点、年相応の少年らしいといえばらしい所である。
 そんな彼のポットベリーはまだ修復されておらず、多忙な整備士達の手が空くのを待っている状態にあった。グラッジパペットの前後にも相当順番待ちの機体、それも相当破損状態の酷い機がいた事から、この分だと整備に着手されるのは明日以降になってしまいそうな有様だった。
 因みにクオレのグラッジパペットは弾薬補給だけはされているが、こちらも整備士の多忙を理由に、機体の修理は後回しにされている。
 グラッジパペットのみならず、周辺では見慣れたスティンガーの他、強襲仕様ACBタイタス、重量級2脚型ACを思わせる重装備型ACBギガスアーマー、四脚型ACBプロキシマ、反重力装甲車アーマード・カファール、旧来よりある無限軌道型戦車ヤグアル等が見て取れる。グラッジパペット同様、コア規格に基づき量産・販売されたパーツ類でアセンブリされたACも存在している。
 そのいずれもが、量産品や、それを個人に合わせてカスタマイズしたものであるが、その中にあって、アニメやゲーム的な専用機やワンオフ機の類は存在しない。
 単独行動が基本のレイヴンとは違い、ハンターは総じて徒党を組む事が多く、イェーガーとなると時には集団での戦いも行う。その為、彼等の兵器運用にはシステム化された行動が必要であり、個人専用機を配備する意味が希薄であるからである。
 また専用機やワンオフ機はその特性上、部品交換などが利かないなどの整備上・運用上の問題点も多い。当然その整備の為にはコストが、更には専用の設備や装置なども必要とする場合すらあるため、10000cも儲けが出ればいい所と言われるハンター達にとって、専用機は厄介な金食い虫でしかない。よってアニメ的な専用機は、イェーガーズチェイン――少なくてもインファシティ基地には存在しない。
 グラッジパペットも例外ではなく、このACはパーツの値段の高低こそあれど、全て市販品で組まれたものである。そして、不要な部分をオミットしたり、特殊な機能や武装を搭載した事もない。24時間戦争当時には存在しないインサイドミサイルが積まれてこそいるが、これとて市販品であり、値段が許せば他のパイロット達にも購入出来る。
 だからこそ、これらの兵器は帰還して早々の弾薬・燃料補給や修復、部品交換がスムーズに進んでいるのである。ポットベリーやターボクロックも同様だった。
 だが、現在は整備待ちの状態が続いている上、ターボクロックに関して言えばその頭部が失われていた。帰還途中に撤退していく機械生命体の群れにニアミス、レーザーを食らって頭部が完全破壊に追いやられたのである。
 その、取り外された頭部を前に、ジオストラは整備士から告げられた。
「これはダメだな。新しく買い直してくれ」
 分かっていた事だけど、やはり言われればショックだなとジオストラはうなだれる。
「メソメソすんな。頭部パーツなんて買えばどうにでもなるだろ」
 クオレが隣からジオストラの右肩をドンと叩いた。ジオストラもそんなクオレの励ましに気が付いてか、「そうだな」と呟くように返した。
「まあお前は頭買い直せば良いとして……俺はもう一つの問題に当らねぇと」
 収支や弾薬費の事は一時的に忘れる事にしたクオレは携帯端末を開き、電話帳の一番上にあるダイヤルに接続した。暫くの呼び出し音が続いた末、着信を知らせる電子音が鼓膜を響かせる。少し遅れ、低い中年男性の声も。クオレが常に頭を垂れる相手にして、アルジャーノンの父親である者。
 レイザーバックの声である。
「クオレ君か。何か連絡でも有るのか?」
「はい。俺はインファシティ支部のダビッドソン少佐から機械生命体討伐作戦に参加するよう要請され、滞在期間を延長する事となったのですが……」
「良い事ばかりではない、と?」
 クオレは肯定した。
「アルジャーノンが俺と一緒に戦いたいと言うのですよ」
「息子がか?」
 レイザーバックの声に抑揚が見られる。クオレには、驚いているように聞こえた。
「ええ。俺としてはまだ13歳のガキを戦列に立たせるべきではないと思うのですよ。そこで、アルジャーノンだけでも其方に送り帰そうと思っていたのですが……」
 アルジャーノンが強硬に拒否しているので、俺としては困っているのだとクオレは伝える。
「事情は分かった」
 クオレは固唾を呑んで次の言葉を待った。
「若くして死なせる気はない、それはいい判断だ。まあかく言う君も若いのだが……ダビッドソンが認めたとあっては拒否する事もあるまい。それに君も20歳だ、子供ではないだろうから戦地において、ハンターとして適切な判断は出来るだろう」
 その為、滞在延長申請や経費申請などの各種手続きを正当な手段で行ってさえくれれば、クオレが引き続き作戦に当たる事については不問にするとレイザーバックは伝えた。
「ただ、問題は……」
 レイザーバックの溜息がクオレにも聞こえた。それが愚息の事に由来しているだろうと言うのは、若きハンターの想像に難くなかった。
「クオレ君、愚息に代わってくれ。話をしたい」
「了解、少々お待ちを」
 クオレは傍らにいたアルジャーノンに携帯端末を渡した。
「クオレ、そこにいましたか」
 携帯端末を渡した直後、鞄を持ったハインラインが若きハンターの姿を認めて駆け寄ってきた。
「機械生命体は?」
「集団を4つに分割して離脱しています。北西と南西に2ずつで、うち1つはインファシティ北西50キロの森林地帯を北上中。もう1つは西南西100キロの廃墟目掛けて一直線に進んでいます。3つ目のグループはインファシティ脱出後、真っ直ぐ西へ逃走。残る1つはジュイファシティ郊外を掠めるように南下しています」
 ハインラインは持参してきた鞄からジュイファシティ周辺の地図を取り出して広げた。モノクロの地図にピンク色の丸と矢印が引かれている。ピンク色の丸は機械生命体の集団を、矢印は逃走ルートとその予想をそれぞれ示しており、識別の為にAからDまでのマークが印されている。
 ピンク色の矢印に掛かるように、赤いバッテンが記されているのにクオレは気が付いた。
「このバッテンは?」
「小規模シェルター都市や地下実験場、兵站施設の跡地など、各種地下施設所在地を示したものです。いずれも現在は閉鎖され――」
「そんなバカな事を!!」
 背後からアルジャーノンが声を荒げたので、クオレとハインラインは一瞬硬直し、すぐにハンター少年へと視線を転じた。
「インファシティを潰そうとする機械生命体を放っておけと言うんですか!?」
 アルジャーノンの口調はいつになく激しい。怒りや不満がクオレやハインラインは勿論、通りかかったチェインの職員達や部外者ハンターにも分かるほどだった。
「父さんは僕一人の為にインファシティの人がどうなっても良いと言うんですか!」
 お前一人居た所でどうなると言うんだ、学校サボって進路に問題を来たしたり、死んでからでは遅いんだと言うレイザーバックの反論がかすかに聞こえた。
 クオレとハインラインは、この親子喧嘩には介入しない方が良いと判断し、互いに視線を交わしてから話に戻った。こうした血縁者同士の争いに介入して、事態をややこしくするべきではない事は二人も分かっているからだ。
「で、この赤いバッテンは?」
「まあ、閉鎖した何かしらの施設であると思って頂ければ差し支えないでしょう。この中の何れかに機械生命体達の拠点がある、と言う事は大いに考えられます」
「確かにな」
 クオレはこれまで機械生命体討伐作戦に何度か参加していたので分かっていた事だが、彼等の巣は嘗て人類が用い、現在は閉鎖された施設の奥に作られる事が多かった。各種装置を持ち込むほか、既存の施設を補修して再稼働させ、人類への攻撃拠点として改造して自らの要塞としているのである。犯罪者やテロリスト、秘密結社等が法の目を掻い潜り、それが殆ど向けられる事の無い閉鎖区画を根城に選ぶのと同じであった。
 ちなみに、インファシティ周辺に機械生命体が出現したのは1年前の事だったが、その前にも組織的な攻撃ではないにしても、拠点を持たない機械生命体の群れが散発的に襲来してくる事があった。
「集団自体はどうなるんだ?」
「偵察衛星や有人偵察機、地元ハンター達が引き続き追跡中です。現時点では、続報を待って下さいとしか言いようがありません。一刻も早く拠点の所在が掴めれば良いのですが……」
「分かった。此処で待機する」
 本来なら偵察衛星があるなら最初からそれを使えと言いたかったが、クオレは何も言わなかった。操作系統のトラブルが発生したり、衛星追跡施設がモンスターの襲来により破壊された事でそれが出来ず、昨日になってようやく偵察衛星が操作可能になった事を、ハインラインから知らされていた為だ。それに、当のハインラインも俺と同じ気持ちだろうなと薄々感じている。
 それに、出撃しようにも整備されないようでは厳しいものがある。機体損傷に起因するトラブルで足止めを食ってしまってはたまったものではない。
「いえ、待機する前にダビッドソン少佐の所に出頭してください」
「何でだよ」
 クオレの顔に露骨な嫌悪が浮かぶ。
「作戦行動中にオフィスビル誤爆1件、団地誤射数件、自家用車10台破壊の報告があります。団地でジなんとか憎しのあまりに、レーザーキャノンやマシンガンを発砲した際に――」
「だあぁ、分かった分かったよ」
 ハインラインから逃げるように、クオレはイェーガーズチェイン・インファシティ基地司令部へと急発進した。嫌々ながらも向かっているのは明確だった。
 一人残ったハインラインはその様子を見送り、次いでハンガーに係留されたグラッジパペットを遠巻きに見詰める。目だったパーツの脱落こそないが、機体の所々が焼かれ、レーダーロッドが折られている。
「あれ? クオレさんは?」
 通話を終えたと思しきアルジャーノンが訊ねて来た。
「先の作戦行動でミスというか誤爆をやらかし、司令部に出頭しています。ダビッドソン少佐からお説教か制裁か減棒を頂くか、始末書を書かされる可能性が考えられます」
 場合によっては出撃停止処分、最悪拘束もハインラインは考えていたのだが、機械生命体の脅威の中である。流石に戦闘員1名を誤射だけで出撃停止にするとは思えなかった。
「はぁ……またですか」
 アルジャーノンは呆れた。ジナイーダ憎しのあまりに暴走する点は、彼にとって、お世辞にも誉められる点ではなかったのである。
「偏屈狂じみたあの姿勢は何とかして欲しいんですけどね……」
「ええ、全く困り者ですよ」
 ハインラインも溜息をついた。
「若手ハンター達の中では間違いなくファシナニヤラを一番撃破していますが……目立った点といえばそれ位ですから。際立った点がない以上、汚点を増やして貰いたくはないものですが……」
「ファシネイター一番撃破……って、何機撃破したんですか?」
 詳しい数字は後でハンター組織のページを確認して貰えば良いと言う前提をつけ、ハインラインが記憶領域にあるうちの数字データを搾り出した。
「確か、つい最近200機を突破したとか」
「それは凄い……」
 アルジャーノンは驚いた。
「ちょっと、その程度で驚いて貰っては困ります。ハンター達から見ればファシナニヤラは虫ケラも同然なんですよ? すぐに倒せる相手を大量に破壊した所で、これと言って意味があるとは思えません」
 ハインラインの曰く所では、ドミナントと呼ばれるその女レイヴンが機械生命体となった成れの果ては、戦闘能力的には特筆するべきでもない上、現在のACに付き物のフォースフィールドも搭載されていない、ただ36年前の姿を再現して大量生産しただけで、今となっては陳腐化・旧式化も甚だしい。
 女子供の虐殺で悪名高く、人間を裏切った事からハンター達の憎悪こそ買いまくっているものの、バズーカの砲弾1発で撃沈させる事も難しくなく、ハンター達からすれば火力が高いだけで対処法さえ間違わなければ、スティンガーを駆る新米ハンターでさえ倒せる相手であるという意見が支配的だった。
 少なくとも、現在のジナイーダとファシネイターは、少々火力が高いだけのザコも同然であり、簡単に倒せないようではハンター失格という認識しかされていないと、ハインラインは言うのであった。そして、その為にクオレがどれだけファシネイターを破壊したとしても、特別誉められはしないとも。
「そうなんですか……」
「そういう事です。36年前はドミナントとか言われているようですが、現在の地位は全く逆。最早MTと同レベル――いえ、MTでも機種ややり様、パイロットスキルによっては、あっさり破壊出来るほどなんですから。だからこそ、君がアレの自称ドミナントを一人で倒せたとしても、まだハンターとしては認知されていないのです」
 アルジャーノンは13歳でハンターデビューしているが、クオレ達若手ハンターから「まぐれ当たり」と専らの評価だったバズーカ射撃によって、初任務でいきなりファシネイター撃破を決めていた。
 しかしながら「ガキに何が出来る」と、20代後半から30代以上のキャリアを積んだ同業達は誰も取り合ってくれず、オペレーターに任命されたハインラインも「そのボウズの死神にはなるなよ」とハンター達から冷やかされた経験がある。
 一応、アルジャーノンも職業上はハンターなのだが、年齢が年齢だけに、まだそうだとは認めない者が多い。その中にあってクオレは違っていたのだ。
「何ですかこの元ドミナントとは思えぬ処遇……」
「技術の進歩やパイロットスキルの向上がそもそもの原因ですね」
 時代の流れとは残酷と、ハインラインは涼しい顔で言った。
「……最もドミナントという単語自体、使われなくなって久しいですがね」
 ドミナントは、ある科学者によって提唱された「先天的な因子による天才的な戦闘適応者」を意味しており、過去に存在したトップランカーやイレギュラーは皆これに該当していたという。これがドミナント仮説と呼ばれ、人間離れした神がかり的な戦闘能力の持ち主として、レイヴンに限らずACパイロット達にとっては、嘗ては畏怖・憧憬の対象となると共に、目標ともなっていた。
 だが、ドミナント仮説には科学的根拠が認められなかったうえ、今や犯罪者やテロリストも当然のレイヴンを、ひいては大量殺戮者に落ちぶれたジナイーダを肯定するニュアンスがあるとして禁忌され、廃れた。
 しかも、ジナイーダを憎むハンター達からは「あんなのはゴミナントでいい」とまで言われる有様である。その一人にクオレがいる事は論を待つまい。
「どれぐらい前の事だったんですか?」
「少なくとも私が二十歳になる頃には、全く聞かれなくなりました。バーテックス戦争の頃と比べると、凄まじい落差ですよ。こうなってしまってはドミナントもお仕舞いです」
 ハインラインはそう語った。齢35を数える彼は、バーテックス戦争の生き証人として、アルジャーノンに当時のACパイロット達に関する情報を提供する立場でもあったのだ。少なくともハインライン自身は、バーテックス戦争の事を考え、後の世代に伝える事が、自分が持つ意味であると信じている。
「その代わりとして、“スペリオール”が使われ始めたんですね」
「そうとも言えるでしょう」
 レイヴンの没落と共にドミナントが使われなくなる一方、ハンターやイェーガー達が台頭してくるに従って「高次・優位・上位」を意味するスペリオール(Superior)と言う単語が、腕利きのハンターやイェーガー達に対して使われるようになっていた。一方、イレギュラーは現在、そのスペリオールをも凌ぐ、常人離れした腕前を持つパイロットに対して用いられるようになっていた。この点は、レイヴンが戦場の主役だった頃と、それ程大きな違いはない。
 最もスペリオール自体、ドミナントの類義語なのだが。
「クオレさんはスペリオール……じゃないですよね、やっぱり」
「当然です。スペリオールはランクSのパイロットに与えられる称号ですけど、クオレはハンターランクBマイナスですから。残念ですが、スペリオールの資格はありません。最もそれは本人が一番分かっている事かも知れませんが……」
 都市部で戦うと、ジナイーダ憎さの有無に関わらず、マシンガンを必要以上にばら撒いてしまい、周辺に被害を与える事が多かった事をハインラインは指摘した。更に、誤射を恐れて中々発砲出来ない事があり、クオレはそれで悩んでいた時期があったとも打ち明ける。
 そして、それは今も引き摺っているんだなとアルジャーノンは察した。事実、ファシネイターが病院を襲撃するまで、クオレは誤射を恐れて発砲を躊躇していたのだ。
「そう言えば……」
 ジオストラが会話に加わって来た。
「彼と仕事をするようになって2年ぐらいになるけど、確かにそんな所があった」
「と言うと?」
「何と言いますかね……」
 アルジャーノンの視線の先で、ジオストラは腕を組んだ。
「まあ自称ドミナントに対しては偏執狂の暴言大王もいい所みたいな感じなんですが、女子供が絡むと冷徹になり切れない所がある様に感じるんですよ。先のレイヴン襲撃がその良い例かと」
「成る程」
 ハインラインは頷いた。
「それに、クオレは去年も女性レイヴンを取り逃がしてましたから」
 ジオストラによると、大破壊前において新大陸と呼ばれ、今はアースガルズと名を改めた大陸の東海岸に位置する都市・アリスフォートにおける依頼で「病気の家族を養う為にどうしてもしなければならなかったんです」として、報酬目当てでモノレールを爆破しようとした少女レイヴンを撃破しようとした事があった。
 ジオストラは彼女が仕掛けた爆弾を全て撤去し、その少女レイヴンを始末する段になったが、クオレは「あんたのせいで子供を失う親や、孤児達が増えちまう事になるぞ」と切り出し、「あんたも家族を殺されてみろ!」と諌めた事で、少女レイヴンは号泣、泣きまくった後に、「もう2度とこんな事はしない」とクオレに約束し、クオレもそんな彼女を見逃した。
 後にクオレはイェーガーズチェインに呼び出され、上層部の顰蹙(ひんしゅく)と同業者達の失笑を買ったとジオストラは付け加えた。
 因みにジオストラは、あくまでも爆弾解除の為に付いて行き、非武装だった事もあってか少女レイヴンを逃した事に対するお咎めは無かった。
「……口汚く罵りながらジナイーダを叩き潰していた人間のする事とは思えないですね」
 アルジャーノンの顔には感心と呆れが同時に浮かんだ。
「まあ、あいつはそんなヤツだからな」
 会話に新たな人間たちが加わってくる。今度は戦闘機のパイロットだと分かる面々が5人。いずれもアルジャーノン達の顔なじみで、彼等と同じアルビオン列島からの遠征人員である。蒼いパイロットスーツには、「剣を両足で持ち、クチバシが鋭い翼竜」をあしらった部隊マークがワッペンされていた。彼等は、カリバーン隊と言った。
「知ってるんですか?」
 アルジャーノンは反射的に敬礼した後、訊ねた。
「以前、都市を襲撃して来たジナイーダを空爆して吹っ飛ばそうと言った時、クオレはマジ切れしてたっけな。女子供まで巻き添えにするなこの大馬鹿野郎ってな。あ、これは俺らじゃないぜ、別のハンター連中がした事だからな」
 答えたのはカリバーン3と銘打たれたブルーノだった。カリバーン隊6名の中では34歳と歳年長な為、高いキャリアと実力を買われ、部隊の副隊長を務めている。髭を蓄えたその顔からは、いかにもベテランと言った風貌を漂わせていた。
「兎に角、あいつは女と子供には甘かった」
 カリバーンリーダーのライリーが率直に話す。27歳と若いパイロットだが、責任感があり、落ち着き払った行動故にメンバーからの信頼も厚く、またハンターランクS――即ちスペリオールの一人と言う図抜けた実力を持っている事から、カリバーン隊の隊長としての地位を確固たるものとしていた。
「甘いっての逆を言えば優しいって事でもあるわけだから、人間的に悪く言う心算はないが……やはり、ハンターとしてそれが良いかどうかは別問題だろうな」
「そうなんですか?」
「隊長の言う通り」
 カリバーン5・ヴォイドが口を開いた。
「女子供を見ると、撃破よりも避難・救出を優先する傾向があるらしい。敵として出て来ても、無力化はするが排除はしない、という感じがある。僕が見た限りでは、の話だけど」
「それに、あまり大きな声で言うと不味いんだけどさ……」
 カリバーン6を名乗る最年少隊員・ニヴェールが口を開いた。
「クオレのヤツ、ジナイーダを見るなり俺等に「あのド畜生のケツ穴にミサイルぶち込め!」だのと平然と言いやがるからな」
 カリバーン2・ウィンザーとヴォイドがその話を聞いて苦笑いしていた。ライリーも苦笑を隠せなかったが、アルジャーノンの姿がある事に気が付き、表情を正した。
「アルジャーノンは聞いては駄目です。聞いたとしたらすぐに忘れるように。情操教育に害が出ます」
 ハインラインに当てられ、アルジャーノンは無言で頷いた。その横でニヴェールはライリーに小突かれていた。
「だけど、女子供を見逃しているのは俺も知ってる。さっきジオストラが言ってた話みたいにな」
 二ヴェールによると、クオレが女子供に甘いのはハンター仲間でも割りと知られている話だと言う。
「ただし例外もありました」
「例外?」
 全員の視線がハインラインに向いた。
「情勢不安定地域において、10歳未満の子供が銃を持って強盗・殺人を働くケースが良く有りました。そうした子供たちに殺される訳には行かないと言う事で、流石のクオレも襲って来た端から、容赦なく抹殺していました」
 情けは掛けるが、やはり自分の命は優先するんだなとライリーは頷いた。もし同じ立場なら私もそうするだろうという認識が、彼の中にあったのである。目的や信念はどうあれ、情けを掛けて身を滅したとあっては本末転倒になってしまうからだ。
「ただジナイーダが絡まなければ……」
「なあ?」
 ニヴェールとウィンザーが頷き合った。ヴォイドもその横で小さく頷いており、ジオストラの話も総評して考えると、やっぱりジナイーダがいない時のクオレは、同業者達が口で言うほど悪い人間ではないのだろうと、アルジャーノンは認識した。
「普通の青年ですよね。アレが絡まないうちは」
「全くな」
 ハインラインとライリーも頷き合っている。
「2年前ぐらいにレイヴンにやられてベイルアウトした際、たまたま近くにいたグラッジパペットで拠点まで連れて行って貰ったのを覚えてる」
 ウィンザーも嘗て、クオレに助けられたと話した。
「それに、姿勢はアレでも懲罰を喰らったと言う話は聞かないし、間違っても電気イス送りにされる人種ではないはず。俺はジナイーダとは違うんだと、しばしば呟いていたから」
 ジオストラも同じ様な見解を示していた。そして、女子供に情けを掛けるのも、自分はならず者のジナイーダやレイヴン達とは違うのだと言う事を、常に意識している結果であるとも。
 そう言えば、自分をハンターだと見なし、共に行動してくれているのは、他でもないクオレ自身だったと、アルジャーノンは思い出した。そして、13歳である自分を気にかけるあたり、平素は素朴な優しさを持つ男性なのかも知れないなと、口に出さずとも思ったのだった。
「テメェら、俺をダシに何を話してる!?」
 そんな事を話していると、当のクオレがカリバーン隊の面々の後ろに出現していた。
「と言うかカリバーン隊のバカどもは何してたんだよ! 俺らの援護もしねぇでよ!」
「悪いが北地区で戦っていた」
 カリバーン隊の面々はクオレ達が担当していた南地区ではなく、北地区へと航空支援に向かっていた為、クオレ達を援護出来なかったと、ライリーが説明した。
「文句はダビッドソン少佐に言ってくれ。彼の要請だったからな」
「きったねー、上に責任擦り付けてやんの」
「やめなさい。大人気ない」
 ケンカになる前にと、ハインラインがクオレを制した。諭されるに及び、騒ぎを起こすと不味いと察したクオレは渋々引き下がった。
「と言っても、良い所は無かったな。今日の俺等は」
 ブルーノが愚痴を零した。彼によると、カリバーン隊は離陸前から問題に見舞われ続けていたというのである。
 まず、レイヴン襲撃の余波でこの場に居ないカリバーン4・ロッドウェイが負傷して医務室送りになり、ライリー機が左の主翼を一部破損して発進不能となった。その為急遽ブルーノが指揮を引き継ぎ、4機で機械生命体の迎撃に向かったのだが、今度は離陸直後にヴォイド機がエンジントラブルで急遽帰還、隊の半分が戦闘不能状態となる異常事態となった。
 しかも、3機で出撃しての戦いでは、特にこれと言った成果を出せなかった。一応、ガロン等の機械兵は破壊し、パンツァーメサイア等を仕留めはしたのだが、機械生命体達がECMを広範囲に散布、アビオニクスをやられそうになり、カリバーン隊は戦線離脱する羽目になってしまった。
「我々は何の為に出撃したんだ……?」
 ウィンザーは俯いた。
「誰もやられなかっただけ良い」
 ライリーはそう言ってウィンザーの肩を叩いた。
「さて、立場話はこの位にして、私はオペレーションルームに戻ります。何かありましたらまた連絡しますので」
 ハインラインは鞄を下げて立ち去った。カリバーン隊の面々やジオストラも、それぞれの機体を調整して来ると言い残して去って行き、その場に残ったのはクオレとアルジャーノンの2人だけになった。
「……クオレさん」
「何だよ」
「さっき何しに行ってたんですか?」
「説教喰らった後で始末書書かされたんだよ! 悪かったな!」
 誰も悪いとは言ってないのにとアルジャーノンは思ったが、クオレの機嫌が悪いのは明確だったので、気まずいと察し、おいそれと口を挟めなかった。
「そういうお前はどうなんだよ。さっきレイザーバック少佐と偉く怒鳴りあってたじゃないか」
「僕の出撃を差し止めるといったんですよ! 全く父さんは……」
 今度はアルジャーノンの機嫌が悪くなった。
「悪いが俺もそう言うな。13歳のガキを最前線送りにして死なせるつもりはない」
「クオレさんまで何を言うんですか! 僕だってイェーガーだ、人類の敵を放置しておく気はありません!」
「じゃあ聞くがな」
 クオレがアルジャーノンに向き直った。
「お前、ジュニアハイスクールを中退して、世間からバカだの戦うニート扱いされたいか? そもそもお前、俺や両親を殺された後、一人で生きられんのか!? つーか、お前、一人で戦えんのか!?」
「ちょっとそれは自信ないです……」
 自信がないんだなとクオレは察し、留めの一言を放った。
「じゃあレイザーバック少佐の言う事に素直に従えや」
 アルジャーノンは口をつぐんだ。反抗的ではあるのだが、13歳にしては人の言う事を素直に聞き、またそれを受け止めるだけの精神があったので、クオレの言葉が通じたのだった。
 分かってくれたようだと察し、クオレは胸を撫で下ろした。アルジャーノンがいくら意欲満点でも、彼は13歳、しかもイェーガーランクは最低ランクであるD。いた所で戦力になるとは思えないし、逆に戦死の可能性が高い。それならば、最初から出撃を止めて、学生の本分に励んで貰った方が良い――少なくとも、クオレはそう思っている。
「……まだ俺の携帯端末持ってるだろ? それでレイザーバック少佐に謝ったらどうだ?」
「はい……」
 アルジャーノンは先輩の携帯端末を開き、律儀にダイヤルし始めた。
 レイザーバックと電話がつながり、アルジャーノンが謝罪する間に、クオレは周囲を見渡した。ガレージの外で、紺色に塗装されたカリバーン隊仕様の戦闘機・ワスプが滑走路脇に駐機されている。折りたたみ式の主翼と傾斜して「×」を描くように配された尾翼、そして鋭角的なフォルムが目に付く機体が、滑走路脇に止められ、中には着陸・離陸していく機もあった。
 カリバーン隊のワスプ周辺で、蒼いパイロットスーツのメンバーと整備士と分かる男がなにやら話し合っているのが、クオレに見えた。その横でワスプの主翼下のハードポイントに何かが取り付けられていくのを見ると、その装備に関する説明か何かを受けているのだろう。カリバーン隊機はクオレから離れていたので、取り付けられている装置のディティールは良く分からなかった。
 その眼前を、4脚型ACBプロキシマが横切っていった。これは4脚ACをもとに発展したACBで、頭部がCHD-07-VENでコアがCCM-00-STOと、ACのパーツを流用して製造されているが、腕部は肘関節より先がガトリングガンになっている。
 プロキシマは脚部にホバーとブースターが組み込まれており、歩行は出来ないが滑るような高速移動が可能である。また、ACと同様、状況に応じて武装換装が可能な為、多彩な攻撃バリエーションを誇る兵器として活躍している。実際ガレージには、ガトリングガンの他にミサイルランチャーや、AC用パルスキャノンMWC-XP/75を据え付けた機もいた。
 ガレージに居たものは外に見える機と同じく、青緑色のカラーリングが施されており、また部隊マークと思しきハリネズミの紋章があったので、恐らくは同じハンターチームのプロキシマであろう。よく見ると、ガレージに居るプロキシマには「アースガルズ連邦政府認可機」の文字と番号が刻まれている。アースガルズ連邦政府領から、遠路遥々インファシティまでやって来たハンター達だろうかと、クオレは思った。
「クオレさん、端末……」
「ん、おお」
 アルジャーノンが携帯端末を返却したので、クオレはそれを受け取ると、腰のベルクロに据え付けたポーチに収納した。
 その間にも続々とハンターとイェーガーが帰還してきたが、彼等からもジナイーダへの罵詈雑言や陰口等が吐き出されていた。しかし、クオレは勿論だが、誰もその事を咎める様子はない。悪逆非道のラストレイヴンは、ハンターやイェーガーにとっては恨み骨髄の相手であるからだ。
 元々ハンターには、ジナイーダに限らず機械生命体に家族を殺されたり、住まいを破壊されたりした元民間人も多く、機械生命体に対して復讐を誓っている者も少なくない。そして、その忌むべき宿敵に全てを売り渡し、彼等の一員となった事で、ジナイーダはハンター達の激しい憎悪を買っていたのである。何もクオレだけが取り立てて素行不良、と言うわけでもない。
 寧ろ、クオレはハンター全体からすれば地味な部類にあった。
「よおクオレ、まだ生きてるか?」
 そのクオレよりも明らかに数段目立つハンターが、背後から声を掛けてきた。反射的に振り返ったクオレは、オレンジ色の派手なパイロットスーツに身を包み、所々逆立った茶髪と蒼い瞳をした、ちょっと色黒の青年を認めた。
「この通りだ、フォーミュラーさんよ」
 旧友の登場に、クオレの口調も自然と砕けたものになった。
 フォーミュラーは今年23歳を数える若手のハンターで、元々は地球政府軍のACBパイロットだった。だが、厳格な職務規定に付いていけずに除隊しハンターに転向、愛機をスティンガーからAC「ザルトホック」に変更し、各地の戦場で成長著しい活躍を見せていた。クオレとは、去年アースガルズ大陸において、モンスターの巣を討伐する作戦で、共に戦った知り合いである。
「と言うか何でお前がここに居るんだよ? 雇われたのか?」
「ビンゴ!」
 フォーミュラーは右手の人差し指を向けて笑った。
「なんて現金なヤローだ」
「お前も似たようなもんだろ」
 俺はクソッタレのド畜生女とその仲間のメカ軍団を潰す為に招かれたのであって、一緒にされる筋合いは無いとクオレは思ったが、こんな程度で腹を立てるのも大人気ねぇなと思ったので押し黙る。実際、報酬を積まれてやってきて、先程も報酬上乗せと引換えに滞在延長申請をして来たと言う点においては、フォーミュラーと似たようなものだからだ。
 そのフォーミュラーが、話に付いて行けずに唖然としていたアルジャーノンの姿に気付いた。
「ほう、お前さんか。13でACに乗ってる中二病全開のヤツってのは」
 フォーミュラーの口調には侮蔑の色が漂っている。当人からすれば敵意は無い心算かも知れないが、少なくともクオレはそう感じた。同時に不快感を覚え、一瞬カチンと来た。
「おい、あんまり言うなよ。いざ相手取った時に痛い目見るからな」
「冗談だ。喧嘩を売る心算はないぜ。最も今は喧嘩を吹っかけたくても出来ない状態だけどな。さっきの交戦で足をやられた」
「ご愁傷様です……」
 アルジャーノンが小さく呟くように言ったのが、フォーミュラーに聞こえた。
「ああ、心配すんな。壊れたのはMLM-MM/ORDERの片足だけ。安モノ脚部だから代替はすぐにでも注文できるんだからな」
「そりゃ良かったな」
 クオレは笑った。
「ちょっと、クオレ!」
 そこにハインラインが駆け込んできた。今度の彼は鞄を持っていない。
「経費申請はしましたか!? 締め切りギリギリですよ!」
「やっべ、忘れてた」
 締め切りまであと1時間ぐらいしかないんですから早くして下さいとハインラインに急かされ、クオレは彼に連れられる形で、大慌てで経費申請へと駆け出した。
「あの若造、また何かやらかしたらしい……」
「ゴミナントに喧嘩を売って、また巻き添えでも出したんじゃねぇの?」
「そのせいでダビッドソン少佐がブチ切れたのかもな」
「今度はどんなミスをやらかしたんだ?」
 事情を知らないハンター達が何やらクオレの事を零しているのが、アルジャーノンとフォーミュラーにも分かった。
「クオレさん、相当悪く言われているみたいですけど……」
「しょうがねぇよ、あいつが悪い」
 フォーミュラーはあっさりとしていた。
 彼自身、今回のクオレの行動について無関心と言う訳ではない。同じくハンターであった父親直伝の戦闘能力は目を引くものであり、フォーミュラーではとても扱えない高出力オーバードブーストも巧みに扱い、レーザーブレードによる白兵戦にも相当強い所を見せている。戦闘能力だけで見るなら、正規イェーガーと同等以上じゃないのかと、フォーミュラーは見ている。
 しかし彼は、同時に、戦場でのクオレはジナイーダへの憎悪に取り付かれている、機体名どおりの「憎悪に操られる人形」でしかない事も知っている。共闘した時でさえ、ファシネイターが出現したと聞くや、担当区域を離れてそっちに向かう等と言い出した事を覚えている。
 これではハンターランクがBマイナス、SからDで区分けされるハンターランク全体から見れば中の下なのも頷ける事であった。
 同業者達の囁きは決して嘘やあてつけの類ではなかった。クオレは、素行不良でこそないものの、ハンター全体から見れば問題児に分類される男だったのである。
 それにも関わらずハンターとしてやって行けているのは、ジナイーダさえいなければ、標的を確実に仕留め、民間人への誤射を良しとしないと言う、いわゆる「ごく普通のハンターでしかない」所に集約されていたからである。もちろん、実戦における技術について、特筆点こそ無いものの、言うほど悪い点もないという所も大きい。
 しかし、ハンターとしてはその程度なのである。平素の人格が明朗快活で人当たりの良い男であるために、フォーミュラーはクオレと言う問題児を友として見なしていたに過ぎず、それがないならクオレは、現金で即物的な物事に奔る傾向があるフォーミュラーに、あっさり見捨てられていて当然の人間だったのである。
「でも、そのクオレさんをどうして見捨てないんですか?」
「見捨てる?」
 フォーミュラーは意外だなとでも言いたげな顔をした。
「それをして敵に回したくは無いからな。それよか、ウジャウジャ湧き出すモンスターやデヴァステイターが相手なんだから、味方はやっぱり1人でも多い方がいいぜ」
 人類の敵のおかげで、クオレは見捨てられずに済んでいたようである。


 結局クオレは帰還してからと言うもの、経費申請やグラッジパペットの整備等に関係するゴタゴタによって丸一日振り回される羽目になった。幾つもの書類を出して経費申請も無事に終え、彼はやっとこさ落ち着きを取り戻した。
 彼はインファシティ支部内の来客用宿舎に寝泊りし、食事は職員用食堂でとった。これもダビッドソン少佐からの寛大な計らいによるもので、クオレに限らず、アルジャーノンやジオストラ、アニマドやフォーミュラー等、他所からのハンター達も同様の生活を送っていた。因みに今回、クオレとアルジャーノン、ジオストラの3人は同じ部屋に寝泊りしている。
 翌日、アルジャーノン宛にレイザーバックのトランクが届き、ハインラインはガレージでクオレに続報を知らせていた。内容は、昨日インファシティから脱出した機械生命体軍団の行方と、彼等の拠点に関する情報だった。
「結局拠点が分からなかったって!?」
 クオレはものが言えずに立ち尽くした。
「はい。追跡中だった敵機が例外なく全て機能停止し、それ以後再び動き出さない状態が続いています……また、ECMを散布され、その隙に逃げられたという報告も入っています」
「その位置は?」
 近場に居合わせ、説明を聞いていたフォーミュラーが訊ねた。
「インファシティから西に80キロの森林地帯です。丁度この周辺で、全ての敵機が停止しました」
 ハインラインが昨日の地図を開いて説明する。ピンクの矢印と赤いバッテンの他、新たに蛍光緑で丸く塗りつぶされている場所が2箇所あった。うち1つはハインラインが説明した森林地帯だが、その南にも蛍光緑で塗りつぶされている区画があった。
 更に、付近には赤いバッテンも見られる。
「この緑は何だ?」
「ECMを使用され、敵機が行方をくらませた地域です。そのすぐ近くの赤い×印は閉鎖された複合地下都市です。名前はタルタロス」
 周辺でECMを使用され、なおかつ機械生命体が行方をくらませたのが付近である事から、上層部はここが拠点との推測を出していると、ハインラインは説明した。
「ダビッドソン少佐達は、先程、カリバーン隊を含む戦闘機編隊をこの付近に派遣。タルタロスの偵察・調査を実施。対して機械生命体側は、空中用機動兵器や飛行型MTを差し向けて来ました」
 その直後、甲高いエンジン音を響かせて、滑走路から戦闘機が飛び出して行った。その中には、良く見るワスプの他に、セイレーンと呼ばれるスリー・サーフィス形態のアニメ的な流麗さを持つ機体も含まれていた。先行した部隊の援護に向かうのだろう。
「機械生命体が出て来たって事は、近くに拠点があると言う事は大いに考えられるな」
 フォーミュラーが納得したように頷いた。
「仰るとおりです。まだ具体的な位置が確定した訳ではないのですが、タルタロスか、その周辺に拠点がある可能性が高いと見てよいでしょう」
「でも、機体は整備中。発進出来るような状況じゃねぇからな……」
 クオレは溜息をついた。イェーガーズチェイン上層部では機械生命体の拠点探しと、判明した後の討伐作戦実施に向け、様々な調整や交渉が続けられているが、中堅以下のイェーガーやハンター達は周辺警備と侵入して来たモンスターや機械生命体の排除ぐらいしかやる事がなかったのである。
 しかも、まだ愛機を整備して貰えずにいたクオレはそれすら適わず、同じく昨日の戦いで機体を損傷し、やはり出撃出来ずにいるフォーミュラーは半分ダレかかっていた。
「だらしないですよ」
 アルジャーノンは戦うニートも同然の20代男子2名の近くで、教科書片手にプリントへと向かい合っていた。このプリントは学校の課題として出されたもので、アルジャーノンがクオレについていく意志を父親のレイザーバックに伝えた所、授業の補填として大量にプリントをよこしたのである。
 そうだった、アルジャーノンはまだ学生だったんだなと思い出し、急いでクオレとフォーミュラーは姿勢を正した。しかし、やる事が何もないと段々ダレて来るのも事実であった。
 だがフォーミュラーは、ダレる前にダレる事の出来ないような境遇に、自分を放り込んでしまえと思いついた。
「ちょっとシミュレーターで練習して来る。クオレ、付き合え」
「何でだよ」
 クオレは露骨に嫌な顔をした。
「たまにはシミュレーターぐらいしたらどうだ?」
「してるわい!」
「ウソ付け、お前」
 フォーミュラーが更に問い詰めてくる。
「俺が知る限りじゃ、お前、ただの1度もシミュレーターやってなかったじゃねぇか」
「確かに」
 ハインラインが現れて会話に加わって来た。
「クオレと組んで2年になりますが、彼がシミュレーターでの訓練を受けた回数は数える位しかなかったですね。依頼だのなんだのを理由にサボってましたから」
「オイ、何悪質なデマ流してんだよ!」
「事実と言ってもらいたいものですね。大体クオレ、もう4ヶ月近くシミュレーターでの訓練サボっていたではないですか」
 イェーガーや、イェーガーズチェイン登録ハンター達には、定期的にシミュレーターでの訓練を受ける事が義務付けられている。これはハンター達の戦闘能力評価と戦闘感覚の低下を抑止する為に行われてきたのだが、クオレはその訓練を、依頼という面目でサボり続けていたのである。
 とは言え、それが問題になった事はない。と言うのもクオレは、常にジナイーダ憎しで彼女を叩き潰して回っているなど、依頼に出向いて戦果を挙げている為、上層部も担当オペレーターも、大目に見てくれていたのである。他のハンターにしても、似たような状況であればシミュレーター訓練は免除されている場合が多い。
 しかし、ハインラインはシミュレータ訓練を受けて来いと促していた。
「対等の条件下ですから、君の技能評価には良いとは思うのですがね」
「チッ……」
 しょうがないと舌打ちし、クオレは渋々ながら腰を上げた。
「シミュレーター嫌いなんだよ……」


 イェーガーズチェインの拠点内では、必ず操縦用のシミュレーターが設置されている。これはハンターやイェーガーの戦力であるACを始め、スティンガー、タイタス、その他の機動兵器のコックピットを模した構造になっており、実機同様の操縦で戦闘訓練や演習、技能評価を受ける事が出来るようになっている。
 時にはシミュレーター同士を複数リンクさせ、複数人数による戦闘演習も行う事も可能だが、ハインラインはAC用のシミュレーターを2基起動させ、二人からIDカードを受け取り、シミュレーターのカードリーダーに通す。
 IDカードには、搭乗機のデータを記されたマイクロチップがあり、リーダーが読み込むとシミュレーター内でそのアセンブリを再現される。クオレにIDが返却される頃には、彼の目の前ではグラッジパペットそのままのデータが表示されていた。左右合計1800発の弾丸を携行するマシンガン、軽量のレーザーキャノンやインサイドミサイル、エクステンションの迎撃装置など、そのどれもがクオレの慣れ親しんだものを再現されている。
 しかし、それでもクオレは違和感を拭えない。シミュレーターと実戦とでは違うのは勿論理由としてあるのだが、それは彼にとっては別の意味を示しているからだ。
「なぁ、本当にやるのか?」
「たまにはやりましょう」
 出来る事ならシミュレーターを放棄して逃げたい所だったが、やはりハインラインがそれを妨害していた。違和感と不満を抱えながら、クオレは諦めて渋々ながらスティックを握った。モニター上に、実機のデータを元にして模倣されたグラッジパペットの各種情報が表示される。動かした所では、実機と寸分違わない。
 続いて、クオレのモニターにブルズアイが表示される。ロックオン及び射撃反応テストである。すぐさまサイト内に収め、ボタンを押し込む。全て正常だった。
<COMPLETED>
 異常なしを知らせる文字列と共にブルズアイは消えた。
 次の瞬間、グリッドのみで表示される世界が、擬似構築された演習場へと世界が切り替わった。システムがシミュレーションを開始したのだ。ハインラインはシミュレーター近くのコントロール・ブースへと移り、コンソールを操作し、各種情報の確認作業に移る。
 全て異常なしと認めると、ハインラインはコンソールを通話モードに切り替え、集音部へと声を飛ばした。
「二人とも、準備は出来ましたでしょうか?」
「いつでもいいぜ」
 フォーミュラーは問題なさそうに返答すると、指を鳴らしてスティックを握った。
「こっちも良い」
 本当はイヤだけどなとクオレは毒づいた。彼の目の前で、フォーミュラーの搭乗機・ザルトホックXVが、遥か前方に待機している。その機体名が、フォーミュラーの遠い先祖であるレイヴンが名乗っていた名前から取り、彼の一族が代々襲名し続け、フォーミュラーの機体で15代目になると、クオレは聞いていた。
 ズームして見るその姿は鮮やかなオレンジとスチールブルーのツートンで、CHD-SKYEYE、CR-C89E時代から長らく一線で用いられて来たCCM-0V-AXE、現行最軽量腕部CAL-44-EAS、積載こそやや劣るも他は優秀な中量2脚MLM-MM/ORDERでフレームを構成。武器は背部の小型ロケットCWR-S50と地上魚雷CWM-GM14-1、レーザーブレードCLB-LS-2551と、以前共闘した時に見たものと変わりはない。
 以前共闘した時は、迎撃装置MWEM-A/50を搭載していたが、今回は軽量化のためだろうか、エクステンションは装着していなかった。
 そして、右腕にはレーザーライフルを携えている……はずが、見慣れない銃を携えていた事に、クオレは気がついた。
「おい、何だその銃は?」
「こいつか?」
 クオレは頷いた。
「KWG-MGEH/SILK。24時間戦争時代きっての産廃・エネルギーマシンガンWH10M-SILKY、俗称シルキーの復刻版……ってとこだな。開発・販売元はミラージュからキサラギに移っちまってるけど」
 エネルギーマシンガンの銃口がグラッジパペットに向けられる。
「じゃ、早速やらせて貰う」
 悪いなとフォーミュラーが笑うと同時に、エネルギーマシンガンから光弾が迸った。だがそれはWH10M-SILKYから放たれる緑色の貧弱な弾ではなく、プラチナシルバーの輝きを放つ雪球を思わせるエネルギー弾だった。そしてクオレは回避しきれずに被弾した。
 いや、回避はした心算だったが、予想以上にエネルギーマシンガンの弾速が早かった。回避行動に移った時には、既にグラッジパペットの右大腿のアーマーが吹っ飛ばされ、左腕のMWG-MG/800が破壊されていた。
「ゲッ、何だよコレは!?」
「シルキーの開発者に代わって言う。もう産廃とは言わせない」
 フォーミュラーの宣言と共にザルトホックXVが飛び上がり、頭上からエネルギーマシンガンを更に連射しかかった。恐ろしいまでの悪燃費であった旧型番時代には考えられなかった事である。しかも、ザルトホックXVにはエネルギー回復装置の類は搭載されていない。旧型番時代を知る者が見たなら信じがたい事であっただろうが、勿論放火に晒されるクオレには、悠長に観察している余裕など無かった。
 クオレは即座にオーバードブーストで逃げに転じる。弾速と威力を味わった今なら、回避行動に移るのはスムーズだった。だが、それでも完全には逃れ切れず、ボディの随所を焼かれた。
 こうなればオーバードブーストを起動して一気に強襲し、こちらもマシンガン連射やレーザーキャノンで短期間のうちにカタをつけるべきだとクオレは見た。そして頭上から地上魚雷を投下、4分裂した弾頭でグラッジパペットXVを襲うザルトホックの足元目掛け、再度起動したオーバードブーストで潜る。
 このまま急旋回して反撃に移る――そう思った刹那、オーバードブーストが停止した。
「なっ!?」
 更にグラッジパペットの動きが急にゆるくなり、スティックを倒してもトボトボと歩行するだけになった。ブーストを吹かそうと試みるも、ブースターからは全く反応が無い。機体右側のコンソールはカラになったエネルギーゲージを表示している。
 チャージングである。
 実際のACと比べると、シミュレーターでのACのエネルギー関連は実機よりもシビアな設定である。と言うのもこれ位のハンデをつけ、なおかつエネルギーマネジメントが出来なければ、実戦で万一エネルギーが不足する事態に直面した時に対応が取れない、と言う上層部の判断に基き、このような設定がなされたのである。
 長らく実戦をこなして来たクオレが、ハンターランクBマイナスに甘んじ、レイヴン達からCマイナス相当の評価を受けていたのは、実際の戦場では確かな結果を出しているがシミュレーターではそうも行かないと言う、一種のミスマッチに起因していた。
 それがジナイーダ憎さのあまり、依頼に出向いてばかりでシミュレーター訓練をサボっていた結果である事は論を待つまい。そして今、愚かにもそれを露呈してしまったのである。
 ちなみにクオレのシミュレーターテストにおける成績はEランク。これはハンターとしては最低水準である。
「なんじゃこりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
 叫んでも時既に遅し。真面目なハンターであるフォーミュラーが手加減する訳がなく、そのままエネルギーマシンガンと地上魚雷の連続攻撃を食らいまくって「戦闘不能」判定。
「何故だ……?」
 フォーミュラーが訝る。
「アースガルズで共闘した時は、こんなドヘタクソのザコじゃなかった筈だ……」
 フォーミュラーの記憶の中では、クオレはオーバードブースト中でも的確にレーザーキャノンを当てられる砲撃戦スキルと、そのスピードやGにも負けない機体制動力を持っていた、年若くして名を売る敏腕ハンターであった。その彼が、シミュレーターとは言え、何故こうもあっけなく倒れたのか、理解に苦しんだ。
「1分も経たずして撃破されてどうするんですか。これではろくな練習になりません」
 更には監視していたハインラインからも文句が飛ぶ始末である。
「チクショー、何じゃい! やってられるか畜生俺はやめるわ!」
 幼稚な罵詈雑言を吐き散らしながら、機嫌と気分を著しく害したクオレはシミュレーターをシャットダウンし、さっさとガレージに逃げて行ってしまった。
「やれやれ、困ったものです……」
 ハインラインは溜息をついた。
「あいつ、前々からあんな感じだったのか?」
「ええ、何故かシミュレーターでは非常に弱いんですよね」
 実戦では中々の腕を見せているのに、この落差はどうしたものかと、オペレーターとハンターはそろって頭を捻った。
「ところで、そのエネルギーマシンガンですが……」
「こいつか?」
 そうですとハインラインは肯定した。
「ミラージュのエネルギーマシンガン・WH10M-SILKYをベースとしたようには思えないのですが」
「やっぱあんたもそう思うか」
 シミュレーターをシャットダウンしながらフォーミュラーが応じる。ハインラインは二人が居たシミュレーターのすぐ後ろにあるコントロール・ブースに腰掛けていたが、ザルトホックが振り返ったときには既に席を立ち、鞄を片手に歩み寄って来た。
「キサラギがミラージュの黒歴史の開発・製造・売却権を買い取って、色々と手を加えたらしいんだ。まだ販売開始から3ヶ月しか経ってない上、俺も2週間前から使い始めたから、詳しい事は分からないんだけど。それにしても、高慢さで一部じゃ悪評高いのに何でこうなったんだか」
 そんなミラージュがよく開発や製造権を売却したなとフォーミュラーは呟く。
「他社に擦り付けてでも抹消したい程の失敗作だからでしょう」
 ハインラインはその理由も大体分かっていた。
「24時間戦争時代では、ジャウザーやグリーンホーンと言った面々が使っていたと記録があります。ですが、彼等は大した事も出来ないまま戦死を遂げている上、その後のバーテックス戦争でミラージュが本社防衛部隊に配備したはいいものの、肝心の本社部隊がエネルギーマシンガンの使いすぎでエネルギー不足に陥り、結果レイヴンにズタボロにされたのが大きいかと」
 原因が戦場をレイヴン頼みにしていた事に由来する軍の形骸化と言う所にあった、と言う点もあるが、何れにせよ本社部隊の足まで引っ張ってしまったと言う大失態があり、流石のミラージュもとんでもない失敗作ぶりを認めざるを得なかったと、ハインラインは言う。
「詳しいな、あんた」
「亡き父がミラージュ勤務でしたので。それに私自身、元はミラージュの通信仕官でした」
 聞けば、ハインラインはミラージュでもオペレーターをしていたと言う。地球政府によってミラージュの軍が解体された後は、イェーガーズチェインのエージェントに転向、後にミラージュ時代に養った的確なナビゲートや遠隔操作を高く買われ、オペレーターに転属されたのだった。
 その為、ミラージュきっての産廃であるWH10M-SILKYについて詳しいのも当然だったんだなと、フォーミュラーは納得させられたのだった。
「大した人だわ、あんたは」
「一応、13年オペレーターをやってますので」
「成る程、ベテランの域なんだな」
 俺にもこう言うオペレーターが居れば良いんだけどなと、フォーミュラーは溜息をついた。
「だけど……こう言っちゃあ何だけどさ」
「何です?」
「……何であんたはあんなのを見放そうって気にならんの? 暴言ばかりだしシミュレーターには非協力的だし、ガキみたいに駄々こねて行っちまうようなクオレを」
 フォーミュラーに言われ、ハインラインは顎に右手を置いて考えた。
「そう言えば、不思議と見放そうと言う気にならないんですよね……問題児だと言う事は頭では分かってる心算なんですが」
 クオレと共に仕事をしているうちに、ハインラインは彼の人間的欠点を幾つも目の当たりにしていた。ジナイーダへの憎悪によって、行動に品が無くなり誤射や暴言は日常茶飯事、一方で標的が女子供だと攻撃を躊躇して自分の身を危険に晒すなど、ハンターとしては問題人物である事は、ハインラインとしても疑いようの無い事実であった。
 しかしながら、ハインラインはそのクオレを見限ろうと考えた事がなかった。その理由は彼の行動を常に見ているから、と言う点に集約されていた。
「その問題児が、少女を説得したり、ハンターやイェーガー達と結構幅広い交友関係を持っているという、強烈なギャップを持ち、それが不思議な興味を抱かせているからですかね」
 更に、ハインラインにはクオレを見捨てる心算が無い決定的な理由があった。
「何より、不祥事を起こした私を信頼してくれている、と言う所が大きいかと。彼が居なかったら、私は既にイェーガーズチェインを離れていたかも知れません」
「あんたにも不祥事ってあったのか……」
 フォーミュラーは感嘆した。だが、その詳細は聞かずにおいた。正直、聞きたくなかったのである。不祥事といえば大抵女性問題や不正な金の問題、虚偽と言った点が殆どだろうと言う認識がフォーミュラーの中にあり、そんなのを聞いた所でつまらないと見なしていた為である。
「不祥事と言っても3年前、クオレと出会う直前に担当イェーガーをミスリードしてしまい、ヘドロの沼に沈めてしまったのですが……」
「あー、うん、それ以上は言わんで良いよ」
 聞く気のない情報まで話してしまうのはオペレーターとして良いのかどうか、フォーミュラーは一瞬迷ったが、しかしクオレが敏腕オペレーターの分類に入るであろうハインラインに見捨てる気を起こさせない事に耳を疑うとともに、旧友への認識を新たにした。
14/08/07 13:44更新 / ラインガイスト
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■作者メッセージ
 プロローグからハードな展開が続いたので、そろそろ人間模様も描かなければマズイだろと言う事で、今回は人間模様主体(と、情勢説明少々)で執筆いたしました。
 個人的に、クオレ君をネタに会話するハンター&イェーガー達と、クオレ君がシミュレーターで惨敗しているシーンがお気に入りだったりします(笑)。

 AC3LBのアス姐じゃあないですが、やはり強いばかりの主人公じゃなくて、こういう風にどこか落ち度のある主人公は、私的には書いてて楽しいですね。
 落とし所をどう持って行くのかでちょっと苦労しますけど(ぇ)

 ちなみにフォーミュラーは、本来ザルトホック(AC2アナザーエイジに登場し、スペシャルアリーナで相手になる火星のレイヴン)として出したキャラなのですが、書いている内に違和感が生じてしまい、結局別人になってしまいました。
 一応、機体(AC名およびアセンブリ)と、「何故だ……」を口走るあたりに、元ネタの面影が残ってますが……まさか主人公に勝ってしまうとは、思ってなかった事でしょう(苦笑)。

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まろやか投稿小説 Ver1.50