連載小説
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#05:人類の敵
 弱肉強食を旨とする危険な傭兵である以上、弱者を狙う事が、レイヴンにおいては至極当然の振る舞いである事は有名である。
 レイヴン斡旋機構が取る、己の実力が報酬や評価にダイレクトに反映されるシステム上は必然であったのだが、一部では未熟な同業者を叩き潰して将来の危険となる芽を摘んだり、追加報酬を得る上での格好の標的にしようとする動きもあったのである。
 中には企業間戦争がエスカレートした結果、攻撃の応酬として、敵対勢力の弱者たる市民を虐殺するケースすらあった。
 世間一般からは忌み嫌われる行為ではあったのだが、しかしレイヴン達はそれに罪悪感を感じてはいない。明日すら知れぬ中、己が生き延びる為に弱者が屠られても文句の言える筋ではないし、力の無い者がそれを言った所で意味を成さない。それ故、鴉以外にも「略奪」「荒らし回る」「貪る」を意味する呼び名で市民に忌み嫌われたレイヴン達だが、しかし彼等は、それをアウトローの美徳として捉えている。
 そもそもそれは、レイヴンとそうでない人間との価値観には大きな隔たりがある事に起因している。
 雇われて破壊と殺戮にに勤しむレイヴン達には、人類が外敵に囲まれ、その生存すら脅かされている現代では時代錯誤としか言い様のない、「人間同士、破壊と殺戮に勤しんでいるのが普通」とする価値観を絶対的なものとしている。特に企業が支配する時代は、自由競争の名の下に他者への利害行為が恒常化、戦乱の耐えない時代となっていた。
 そもそも、弱肉強食のこの世界に置いて、同属を殺し合わない動物など存在しないし、植物ですら栄養と日光を奪い合う。ならば殺し合いを続けていたほうが自然だ――人間が持つ社会性を根本から欠く、動物的価値観が、彼等の中に存在していた。だからこそ、レイヴンは今日において、最早人間とすら見なされていないのだが。
 そしてそれは、レイヴンの範疇にすらない、機械生命体に身をやつした元人間のACパイロットにも同じ事が言えた。
 今、荒野を越え、森に身を潜める彼女の前には、インファシティ南に隣接するジュイファシティが広がっている。インファシティがファシネイター襲来、イェーガーとレイヴンの戦いとで混乱状態にあるのとは対照的に、この都市は比較的平穏が保たれている。他の数ある都市同様、ここにもスティンガー等の兵器が巡回している。
 力を持たない市民達が集まるこの街は、“彼女”とその仲間達にとっては絶好の狩場となるであろうが、それ以上に彼女は、郊外の一区画にその視線を固定して移動を開始した。
 誰に命ぜられるまでもなく、彼女は目的地と定めた地点への距離を詰めて行く。
 そこには病院が建っていた。近隣都市インファシティにおける戦乱によって、同都市の病院が活気付く中、この病院にも先の戦乱の余波か、正面玄関に到達した救急車が次々にストレッチャーを排出され、救命士と共に玄関の中へと消えて行く。
 戦乱が当たり前のこの世の中、力無き者は死すのみと信じて止まぬ彼女にとって、力がないくせに生き延びている病院内の人間達には、虫唾が走る思いであった。
 特に、彼女の目の前にある病棟の中で、僅かに動く小さな者達は、ひたすらに強くある事を旨とする彼女にとって、特に忌むべき存在であった。
 それは新生児育児室のベビーベッドに寝かせられている赤子達だった。窓にはカーテンがかかっておらず、彼女には中の様子が良く分かる。自分ひとりでは何も出来ぬ存在だが、その姿を見るたびに、彼女は堪えようのない生理的嫌悪感、そして破壊衝動に襲われる。
 他のレイヴン達ならば、爪も牙も持たぬ赤子には目もくれぬ事だろう。しかし、彼女は違う。
 絶対的な力を至上とする彼女は、己と相容れぬ力なき存在――即ち生身の人間達全てを嫌悪しており、特にこの病棟に集う者達はその極致とも言っても過言ではなく、即時抹殺が旨だった。己の利益と生存に固執する他のレイヴン達とは異例の存在であった。
 だが、そこで留まる理由はなかった。窓から見えた新生児を抱く母を否定するかのように、自分達こそがこの世界に選ばれたものだと言わんばかりに、彼女は病棟目掛けレールを突き出す。数秒の後、蒼白い光弾が繰り出され、産婦人科病棟の一区画を吹き飛ばした。


 輸送機の離陸準備が整えられる中、クオレは基地のガレージが途端に慌しくなって行った事に気が付いた。直後、スティンガーが次々に飛び出して行ったことで、何か厄介事でも起きたに違いないと彼は見た。そして、それはイェーガーズチェインの戦力が必要となる、人類の敵――機械生命体かモンスターか、或いはレイヴンかテロリストのうち、いずれかが出現した事を意味している。
「何だか基地が慌しいですね」
 スティンガーが飛び出して行ったに及び、アルジャーノンも気が付いた。何か嫌な予感がするなと、クオレは己の心拍数が不気味に高まっているのを感じた。
「クオレ! アルジャーノン! お二人に出撃要請です!」
 やっぱりなと意識の中で舌打ちしながら、クオレは悪態をついてモニターと向かった。
「ジュイファシティのハンター達から援軍要請です! 機械生命体が多数出現し、当該地域にて暴れ回っています!」
「畜生、こんな所でかよ……!」
 苛立った唸り声がクオレから漏れる。
 世界各地を渡り歩く旅人であるクオレは、ハンターの範疇にこそあるが、基本的には組織に囚われずに自由奔放に生きる生き方を好んでいた。それはある意味でレイヴン的と言ってもいい。故に、依頼を無視する事も出来たのだが、しかしながら持ち前の正義感ゆえ、それが出来なかった。
 人々の生存を脅かす機械生命体を放置して帰郷するほど、クオレは薄情ではない。それに、今はアルジャーノンが、そしてハインラインがいる。この場で逃げようものなら、それは後輩に「自分はハンターの器ではない」と言う事を声高に宣言するのと同義だし、自分をサポートしているハインラインを裏切る事にもなる。
 信頼しているオペレーターや後輩を前に、そんな真似はするなと、クオレの良心が残酷なまでに恫喝してくる。
 お前が信頼する者達の為に戦え、と。
 そして、強さを追い求めた末に人間性を捨て、人類の敵となったジナイーダや、その他のレイヴン達とは違う事を証明しろ、と。
 通信から数秒で、クオレは悪態をやめ、雷光の如く発した。
「ハインライン! ジュイファシティの同業者に伝えてくれ! すぐ援護に向かう!」
 クオレは無造作にパッドを叩き、すぐさま操縦桿を手にとってグラッジパペットを南へと転回、飛び立っていく同業者達の後を追い出した。アルジャーノンも後に続く。
「メインシステム、戦闘モードに移行します」
 全兵装使用準備完了を伝える文字列とコンピュータボイスの中、クオレは誓っていた。この襲撃の背景には必ずジナイーダがいる。今回はあと数時間で撤収しなければならないが、いずれは彼女を跡形も残さずに吹き飛ばしてやると。そして、機械生命体から万一にでもCR-WB85MPXの弾頭が手に入ったなら、あのクソ忌々しいファシネイターのケツに必ずぶち込んでやると。


 傷を癒し、病を払うはずの病院が、一瞬にして傷つけられ、業火の中で息絶えた。
 逃げ惑う他者と共に、レティシアは荒い息遣いを発して街を駆けていた。喉から漏れる悲鳴同然の呼吸音と、不規則な足音も発しながら。自分が早く走れない、と言うより走るべきではないと言うのを承知しながら。
 後ろを振り向かず、彼女はひたすら駆ける。停滞と逡巡は死を意味していた。その根拠は、彼女の背後で赤々と炎上する病院と、そこから発せられる銃声だった。本能的な恐怖感に突き動かされ、レティシアはそこから逃げ出したのだ。
 しかし、その速度は人間の身体から考えられる全速力には程遠い。今、病院から発せられた銃声と爆発音、怨嗟の声から逃れるには心許ない。逃げられないかもしれない。
 だが、それでもレティシアは病院からいの一番に逃げ出した。既に他数名の患者や医療関係者、あるいはその身内も後に続き、一部追い越しているものもいた。
 だが、彼女は足を止めない。この時彼女は、命を捨ててでも守るべきものを、その膨らんだ腹に抱えていた。
 既に恐怖と混乱は病院に留まらず、都市全体に広がっている。その中で、恐慌と生存本能に駆られた市民が逃げ惑う。その根源たる襲撃者の姿はなく、この世界の新たな住人たるモンスター達や機械生命体の姿も見られない。
 だが、レティシアは感じている。病院を破壊した者が、いずれは自分達をも殺すべく飛び上がり、全てを粉砕しかねない力を伴い迫って来る事を。既にその正体と行状を知っているだけに、尚更であった。
 そして、襲撃者が背後にいると思うだけで、背筋が熱を帯び、手足の末端や頭から血が抜けてそうになる。体毛が立ち上がり、膨らんだ腹が破裂してしまいそうな、激烈な生理的嫌悪感が内から込み上げてくる。
 そこに襲撃者がいると分かっているから、振り返る必要はない。だが、ひときわ大きな爆発が起きた事で、レティシアの視線が不意に背後へ向いた。
 そして、彼女は見た。紫と灰色で塗装され、三角形を描くように配されたレールをもつ奇妙な銃と、人間が使うそれに似てなくもない銃を備えた鋼の巨人を。エメラルドグリーンの光を放つ、その一つ目を認識するに及び、恐怖に身を振るわせる。
 機械生命体となり、人類を蹂躙する為だけに存在するラストレイヴン・ジナイーダ――それが、レティシアの記憶領域から導き出される結論だった。
 ファシネイターと言う機体名こそ知らぬものの、彼女は知っていた。これまでにも、幾度となくあのACが病院や孤児院を焼き払い、抵抗する術を持たぬ人間たちを建物ごと焼き払い、逃げ延びた者でさえも、悉く蹂躙している事を。
 早く逃げなければ、自分と赤ちゃんも蟻の様に踏み潰されてしまう。足を早めようとしたレティシアだったが、背後から女の子の泣き声がした事で、不意に足を止めてしまう。
「うわ〜ん、いたいよぉ〜」
「しっかり!」
 幼い姉妹だろうか、転んだ幼児をもう一方の女の子が必至に起こしていた。
 レティシアは反射的に二人の下に駆け寄っていた。自分の身の安全を優先するべき潮時ではあったのだが、転んだ幼児を起こし、手を取る。
「おねえちゃん?」
「いいから早く! ここから逃げるのよ!」
「忌々しい虫ケラが……」
 レティシアと姉妹の声が聞こえたか、ドスの利いた低い、機械的なエコーの掛かったジナイーダの声が響く。地獄から響くような声に、レティシアは背筋が冷え、恐怖心で血の気が引くとともに、憎悪がかき回されるような不快感を覚えた。
「力無き者は死ね」
 病院から生命の気配が消えたと見え、遂にファシネイターは周辺から逃げようとする者達にその矛先を向けてきた。廃墟から抜け出し、レティシアの目の前で、人間を踏み潰しに掛かったのだ。悲鳴に続き、ファシネイターの足の下で死んでいく。悪逆の存在となったジナイーダが幼子と妊婦に施した慈悲は、肉が潰され、骨が踏み砕かれる音を、彼女達に聞かせなかった事だった。
 レティシアは姉妹を強引に前へ向かせ、逃げてと叫び、自分も逃げ出した。己と胎児と子供達の生存を確かなものとしてくれる存在を求め、お腹を抱えて駆けるが、早く走れず、遂には足がもつれて転んでしまう。
「おねえちゃん!」
 逃げていた姉妹が、転んだ妊婦に振り向いて戻って来てしまった。私はいいから逃げてと促すが、姉妹は倒れたレティシアを、無い力で何とか起こそうと取り付く。
 彼女達の背後では、悪魔じみたファシネイターの足音や銃声が響き、そのたびに背後の人間たちが踏み潰されていく。しかもそれが、まだ起き上がれていないレティシアへと近付いていく。
 その直後、ビルを飛び越え、左肩に心臓のエンブレムを持つ巨人が眼前に降り立った。レティシアはそれがACであるとは知らないが、しかし、赤と黒で彩られたそれがハンターの駆る兵器である事は分かった。そして、あのジナイーダを破壊出来る存在が来たのだと。
 事実、そのACはファシネイターの姿を認めるや否や、両腕に携えたマシンガンを発砲した。
「早く逃げろ!」
 ACを駆るハンター――声からすると若者が叫んだ直後、ファシネイターは軽々と跳躍し、頭上から蒼白い光弾を放った。光弾は近くのビルに着弾し、レティシア達に直撃こそしなかったが、高熱を伴う閃光が彼女と子供達を包んだ。
 蒼白い光の中で、自身の全細胞から急激に水分が奪われ、炭化して行く苦痛にレティシアは絶叫した。お腹の赤ちゃんを庇おうと咄嗟に身をかがめたが、熱は既に全身の筋肉や内臓からも水分を急速に奪い、出産間近の胎児に死を告げていた。子供たちも生きながら火葬される苦痛に呻いている。阿鼻叫喚の地獄絵図の中、レティシアはもがく。こんなの嫌、赤ちゃんと一緒に火葬されるなんて……。
「何てこった……このクソッタレが!」
 若きハンター――クオレが発した悲痛な悪態と、続けざまに鳴り響くマシンガンの銃声は、もうレティシアには聞こえない。そして、彼女の肉体は完全に炭化した。誕生すら出来なかった胎児と、名も知らぬ幼い姉妹と共に。
 それを見届ける事もなく、ファシネイターは新たな犠牲を求めて飛び立った。クオレとグラッジパペットが、それを急ぎ追撃する。


「逃げんじゃねぇ、このクソッタレ!」
 レティシアと子供達を亡き者にしてもなお、ジナイーダは破壊本能の赴くまま、そして追撃するクオレを嘲笑うかのように、道行く先で人間たちにその火器を向けていた。グラッジパペットが背後から追走しているにも拘らず。
 火線とマズルフラッシュの迸った瞬間、市街地を疾走するファシネイターの銃口の先では多くの人間たちが倒れていく。しかし、その中でも最たるものは、発育途上だったものの肉塊、即ち人間の子供だった。
 ジナイーダは子供や障害者、更には赤子や妊婦を目撃するや、それが何であろうと、有無を言わさず、片っ端から射殺に掛かり、時に踏み潰した。
 このジュイファシティにおいて、子供は最早爆心地も同然であった。その行為には良心の呵責など欠片もない。そして、それが己のあるべき姿であると、人間を捨てて悪逆無道の存在へと堕ちたラストレイヴンは信じて疑わない。
 24時間戦争において、インターネサインよりただひとり生還して以来、多くのレイヴン達を屠り続け、遂にはドミナントと言う、当時としては並ぶ者のない地位にまで上りつめた女傑と言うのが、後のバーテックス戦争における彼女の評価だった。恨みつらみこそ買っただろうが、己の存在意義である強者としての道に集まる名声に比べれば取るに足らなかった。
 そんな中で、彼女は一度死を迎えた。強化人間手術に伴って脳に手を加えられたものの、その際に投入されたナノマシンによって脳細胞が変質し、脳腫瘍が発生した為であった。
 これはジナイーダに限った事ではなく、脳まで強化が施された強化人間達ならばしばしば起こっている事態だった。実際、ナービス戦争時代のレイヴンとして知られるセレスチャル卿やTATARAは、特攻兵器襲来を生き延びたものの、その直後、前者は脳塞栓、後者は悪性脳腫瘍で世を去っている。
 しかしジナイーダは生きていた。
 後に大崩落(グレート・フォール)を引き起こす事となった秘密結社「パンドラボックス」にその遺体が回収された後、人間の脳を用いたバイオコンピューターの実験素体とされ、その過程で甦ったのだ。
 更に世界が崩壊した後は、その戦闘能力に目を付けた機械生命体達に拾われ、ファシネイターのメインコンピュータとなる己の頭脳を、クローニングによって大量生産され、更には己のデッドコピーを封入された機械の体を手に入れている。
 死をも超え、あらゆるレイヴンを超えた絶対の力を手にしたラストレイヴンだったが、この時点で既に彼女は変質していた。元々歪な人間性しか備えていなかったジナイーダが、機械によって作られた事で、本来の人間性を全く欠くばかりか、非常にアンバランスなものとなっていたのである。
 それはジナイーダの価値観に置いて、如実に現れていた。
 強くある為に常に戦いを欲していた彼女だが、最強の存在となった事で、自身と並び立つ存在は最早存在しなかった。よって、もはや弱者を破壊し否定することにしか、己の存在する意味を見出せなくなったのだ。同時に、力のない存在を忌み嫌い、遂には憎悪するまでにもなった。
 そして、それは病院や孤児院への相次ぐ襲撃と言う形で現れていた。インターネサインより生還してラストレイヴンとなり、至高の存在であるドミナントとして己が選ばれた存在なのだと知らしめる為には、力のない存在を踏みにじって見せる他になかったのである。
 よって、これまでにジナイーダは幾度となく病院や孤児院等を襲撃し、子供、赤子、老人、動けぬ病人、妊婦などを手当たり次第に虐殺していた。
 そこには一片の良心の欠片もない。
 何故ならジナイーダにとって、力のない存在を蔓延らせておく事は、人間で言うならばゴキブリを野放しにしておくに等しかったのである。力に取り付かれたジナイーダにとって、弱者どもの最たる存在である子供や赤子、病人や妊婦は、存在する価値すらない愚かで矮小な虫ケラであり、滅ぼされるのが当然であった。
 そして、そんな弱者の命を奪う事を、ジナイーダはドミナントとして許されると信じて止まなかった。
 もっとも、それはジナイーダに限った事ではない。ダイ=アモンやΩ、リム=ファイアー等、強度の強化人間となったレイヴン達はその改造過程で脳までも弄られている為、多かれ少なかれ、情緒や倫理観、認知、記憶、言語領域等精神・心理面において何かしらの欠落を抱えているものが殆どである。
 だが、ジナイーダのそれは他の強化人間達――まだ、身体を捨てていない者たちのそれとは大きく異なっている。
 互いに疑心暗鬼となり、罵り合い、破壊し合うレイヴンとして最強の存在――ドミナントたるべく生きてきたジナイーダの頭脳と精神は、排他的かつ選民的思想を基本としており、自分と同等以上に値するとみなせぬ存在に対し、感情輸入が出来ない。無論、慈悲や平等、博愛の精神など存在しない。
 そして、ドミナントとなり、あらゆるレイヴンを畏怖させるまでになった事で、ジナイーダは、最早己と同等以上に値するものは存在しなくなったと確信、最早人間達への感情輸入は不可能となっていた。
 従って彼女にとっては、他者を思いやる事はまるで意味がなく、その生死で心を動かされる事もない。元々社会的な適性である情緒がレイヴン達には欠けているのが常なのだが、復活したジナイーダには、根本的にそんなものが存在していないと言った方が正しかった。
 その為、彼女は己の行為を顧みる事を知らない。最強の存在でありたい――強さを追い求めるあくなき渇望に取り付かれた末、肉体を捨てて機械生命体と成り下がったジナイーダに残されたものは、幼児性を残した悪魔的・怪物的な精神のみだった。
 力に取り付かれたが故の悲劇である。
 しかし、それらの事実を証明する術も最早なく、既に数え切れぬほどの子供を虐殺し、人類の敵である機械生命体の一員へと堕ちた今、彼女には悲劇の英雄としての道はない。ジナイーダにあるのは、弱者――特に子供達を虐殺する人類の敵、次世代の担い手を幼くして冥府に誘う殺戮者、紛う事無き絶対悪という姿だけだった。
 最早、ジナイーダに対して人類がするべき事はただ一つ――彼女の存在や価値観を、破壊によって否定し、速やかに無に帰す事だけである。
 クオレはこれらを全て認知し、確認し、理解していた。そして、嘗てジナイーダに家族を皆殺しにされた彼の憎悪は、ジナイーダが弱者に向けるそれよりも、遥かに勝っていた。少なくとも、彼と共闘したハンター達は、誰もがそう思っていた事だろう。
「死ねこのクソッタレのド畜生が!」
 グラッジパペットが繰り出した弾丸は、今度はファシネイターの後部を正確に捉えた。ブースターが、コア後部の構造物が次々に火花と共に飛び散り、数秒の後には爆発四散した。
 ジナイーダの最期――と言いたい所だったが、クオレは此処に来てからというもの、既に4度、この光景を繰り返していた。そして近くでは、地元ハンター達が駆るACやスティンガー、アーマード・カファールと言った機種がファシネイターを追い回し、破壊している。手付かずのファシネイターも何機か存在した。
 グラッジパペットから確認出来るジュイファシティのマップを見る限りでは、ジナイーダを示す赤い点が、市街地のそこかしこに見て取れた。確認出来るだけでも50機以上、それが存在している。
 しかも、新たに3機が自分の所に迫っている。
「上等だこのクソが! 何度でも乱獲してやるよ!!」
 程なくしてファシネイターの機影が見えたが、直後にはそのうちの2機が、いきなり爆発した。残る1機を、クオレはすかさずレーザーキャノンで砲撃。回避行動を取らせる間もなく吹き飛ばした。
「おい、俺達にも戦果をくれよ!」
 通信と共に、2機のスティンガーがファシネイターの残骸を踏み越え現れた。1機は黒とグレーのツートンカラーで、もう1機はモスグリーンの森林迷彩だった。更にもう1機、今度は青いスティンガーがビルの上から降り立った。その後に、灰色や濃紺、カーキ色と言ったカラーリングのスティンガー達がゾロゾロと続いて来た。それらは全て、左肩に禁煙マークが張られている。
 それらはバズーカにも似た携行型電子砲やガトリングガン、グレネードランチャー、エネルギーショットガン等様々な武器を装備している。いずれもACへの搭載を想定していない、ACB用の兵器である。
「チッ、フューマドールと“ノー・スモーキング隊”の面々かよ」
 正体を知っているので、クオレは全く動揺していない。
「何しやがるんだよ、あれは俺の獲物だぞ」
「何、あのクソ女ならまだ幾らでもいるぜ、いちいちこだわる必要なんかねぇ」
 黒とグレーのツートンカラーのスティンガーを駆るフューマドールが通信を入れてくる。モニターに映し出された、黒い無精髭を生やし、火の付いていないタバコを咥える四角顔の野性的な男性を見て、クオレはわずかばかり安堵した。
「お前、ケツ青い時にもそうやって深追いしてクソ女に囲まれたじゃねぇか」
「今言うことかよ!?」
 昔の失敗を指摘されて赤くなりかかったクオレを前に、フューマドールは笑う。中年の部類に入るこのハンターは、このジュイファシティに居を構えており、クオレがハンターデビューして以来、幾度となく機械生命体討伐戦において共闘して来た過去があったのだ。
 そして、その時からノー・スモーキング隊を率いていた事や、彼等がイェーガーではなく地元のハンターチームである事も知っている。
「隊長! 敵が来ます!」
 ノー・スモーキング隊の一人が叫んだ直後、新たにファシネイター3機が出現。いずれの機体も跳躍の後、スティンガーの頭上から、ハンドレールガンとマシンガンを一斉に撃ちかかった。
 ハンター達は即座に回避行動に移り、スティンガーの何機かは手持ちの武器で反撃、ガトリングガンとエネルギーショットガン、携行型電子砲が相次いで火を噴き、1機を蜂の巣にした。
「くそ、立ち話してる場合じゃねぇぞフューマドール!」
「同感!」
 陽気な印象のあるフューマドールの顔が厳しいものに変わっていた。
「こうなりゃ共闘だ! 一緒にあのクソッタレド畜生女を犯す……もとい潰すぞ!」
 異議なしとクオレは頷いた。ジナイーダへ向けられる言葉がクオレと同レベルで汚いが、彼は一切無視した。昔から、こう言う人物だと知っているからだ。
 と言うのもフューマドールは、やはりジナイーダによって家族――妻と、10歳になる娘を失っていた。それ以後、ジナイーダに対して復讐心を燃やしていたのだと、クオレは彼の口から直接聞いている。
 だが、そんな隊長の、ジナイーダへの口汚い罵りを咎める者は誰一人として存在しない。
「この×××野郎!」
「そんなに乱獲されてぇのかこのビッチが!」
「あのクソビッチに粒子砲ブチかませ!」
「糞に塗れて死ね!」
「核弾頭にケツ掘られて死に晒せ!」
「このくそったれ! 二度と地球上に出て来るな!」
 それどころか、レーダーの反応から10人いると分かったフューマドールの部下達からも、耳を塞ぎたくなるほどの暴言が止め処なく飛び出した。
 と言うのも、ノー・スモーキング隊の面々には、ジナイーダによって妻や子供、親兄弟を殺されたり、家や故郷を失った者が多い。よって、上や下から罵声や暴言、スラング、放送禁止用語までもが、次々に、止め処なく飛び出してくるのは必然であった。
 そして、その中にクオレもちゃっかり加わり、マシンガンでファシネイターを叩きのめす。
 かくして、残っていた2機のファシネイターはすぐに粉砕された。だが、また別のファシネイターが複数の集団で、すぐに攻撃を仕掛けて来る。
 しかしながらノー・スモーキング隊は罵倒の嵐の中でも統制を全く欠いていなかった。迫り来るファシネイターに集中攻撃を加えて反撃を許さず粉砕し、回避行動に対してもエネルギーショットガンによる牽制の後、接近すればガトリングガンで粉砕し、遠距離に逃げるようならばチャージしたブリューナクで撃ち抜く。
 更に頭上を取られても、ノー・スモーキング隊は散開の後に包囲攻撃し、素早く隊を集結させて次のファシネイターを迎撃する所まで、一糸乱れなかった。ただ、モスグリーンのスティンガーが少々遅れ気味であり、ガトリングガンの命中率も良いとは言えなかった。
「バルクホルン! そんな狙いじゃナメクジも殺せねぇぞ! もっと良く狙え!」
 フューマドールはモスグリーンのスティンガーに乗る若いハンターに向けて怒鳴った。相変わらずだなと、クオレはその横で溜息をついた。
 以前見た時のバルクホルンはデビュー間もないイェーガーだった事もあり、何かと危なっかしい動きをしていたのを思い出していたのだった。その頼りないハンターを、ノー・スモーキング隊のメンバーが射撃でフォローする。クオレもマシンガンで近場のファシネイターを叩き潰しつつ、バルクホルンのサポートに加わる。
 これらの攻撃がストップした時、破壊されたファシネイターは両手足の指の数を超えていた。更に、他のハンター達も、ジュイファシティからファシネイターを駆逐しつつあるとの連絡がハインラインより寄せられた。少なくとも、地元ハンターとインファシティのイェーガー達の活躍により、人口密集地の被害は押さえられたようだ。
 事実、クオレは上昇して周辺の様子を窺ったが、郊外地域がダメージを受けている一方、市街地中心部からは火の手も黒煙も上がっていなかった。
「インファシティに機械生命体出現! ファシネ――失礼、ファシ“ナニヤラ”もいます」
 ハインラインの報告に、またかとクオレは溜息をついた。グラッジパペットは疲労困憊の高所作業員よろしく、フラフラと地面に降り立った。
「クソッ、またか!?」
 反射的に悪態が漏れてしまう。
「ああ畜生、あの筋金入りのクソッタレが! こうなりゃ何度でも無に返してやるよ!」
 クオレはオーバードブーストボタンを押し込んだ。
「全員、インファシティに向かえ!」
 フューマドールが部下達に指示を発する前に、グラッジパペットは着地寸前で起動段階にあったオーバードブーストで、我先にとインファシティへ取って返していた。旧友達のスティンガーが、あっと言う間にレーダーレンジ外となる。
 インファシティとジュイファシティは隣接しており、両者間の境界線は南北を分断する大河と、掛かっているいくらかの橋ぐらいなものである。その橋を飛び越えてからほどなくした所で、クオレはポットベリーの機影を見た。ジオストラのターボクロックがそれに随伴している。携えていたパルスガンは、マシンガンCWG-MG-500へと換装され、頭部はMHD-MX/RACHISに交換されていた。
 だがクオレは違和感を抱かない。もともと、ジオストラは複数の頭部パーツを所有していて、相手や任務の性格に応じ、頭部を換装して戦うと分かっているからだ。
「クオレさん、ジュイファシティは!?」
「大丈夫そうだ」
 地元ハンターが残敵の掃討をやってると、クオレは説明した。
「こっちも何とかしなければ」
 同感だなとクオレはジオストラに頷いた。そして3人目掛けて飛び出して来たファシネイターをマシンガンとバズーカ、ブレード光波による集中攻撃で叩き潰し、インファシティを進み始めた。
 だが、3人の行く先で、新たなファシネイターが高架道路に降り立った。そして、別のファシネイターがその後ろから高架道路にハンドレールガンを向けている。
 そうはさせんと、3人は一様に各々の得物を繰り出した。
 しかしファシネイターの方が早かった。ミサイルやマシンガンが彼女を砕いたと同時に、蒼白い光弾がハイウェイの支柱を破壊した。支えをなくしたハイウェイは重さに耐えられず崩落、交通渋滞中だった自動車とそのドライバー及び同乗者諸共砕け散った。
 更に、陥没部分から別のファシネイターがハイウェイに乗り上げ、一般車両を次々に踏み潰し始めた。踏み潰されなかった車はパルスキャノンとマシンガンで破壊されたか、LH09-COUGAR2の側面や押し出された他の車に当って跳ね飛ばされ、落下した。
「待て、このクソ!」
 グラッジパペットはすぐに追撃を開始する。ターボクロックとポットベリーも追うが、両者とも重装備が災いし、距離を離されて行く。
 ファシネイターの後ろでは地獄絵図しか展開されていなかった。吹き飛んだ車、踏み潰された車、炎上する車、助けを求めて呻く瀕死の人々、そして踏み潰された血肉と骨の塊が累々と連なっている。ラッシュアワーに伴う交通渋滞が一瞬にして惨状と化して行く。考えたくはないが、千のケタに達する人命が軽く失われただろうとクオレは思った。
 だがクオレや力なき市民を嘲笑うかのように、ファシネイターは子供達を満載したバスを発見した。恐らくは遠足か何かからの帰りだったのかも知れないが、バスの中は恐慌状態となった。
 運転手はあわててハンドルを切ったが、ファシネイターはそのバスを蹴る様に踏みつけた。バスは一瞬にして木っ端微塵となり、子供達の死体を路上に散らす。
「やめろぉぉぉぉぉぉッ!!」
 クオレが叫び、グラッジパペットがマシンガンを撃ち捲くる中、ファシネイターは病院を見つけ、既に銃撃によって機体各所が損壊させられていたにも構わず突撃した。病棟をレールガンやマシンガン、パルスキャノンで銃撃し、爆炎と破片と黒煙を派手に吹き上げる。患者の扱いもまるで容赦がない。その姿を見かけるや、病室から吹き飛ばし、マシンガンを撃ちまくる。
 小児科病棟から脱出して来た母親と子供たちが、大慌てでバンに乗り込む。他の親族や医者、患者なども、当るが幸いとばかりに車で脱出を図る。しかしファシネイターは見逃さなかった。まず母親と子供たちの乗ったバンを無慈悲に踏み潰し、他の車を片っ端からマシンガンで銃撃し、ミサイルで吹き飛ばした。火炎に包まれた救急車だけは脱出出来たものの、向かいの建物に正面から激突した。
「畜生ッ、好き放題やりやがって!!」
 クオレは周辺エリアに被害が及ぶ事を懸念し、一瞬発砲を躊躇してしまっていたが、しかし病院に手を出されたに及び、レーザーキャノンで反撃に出た。
 最初の砲撃は外したが、第二射はフォースフィールドのないファシネイターを斜めに貫いた。この一撃でジェネレーターは破壊されただろうが、しかしジナイーダはまだ、機体を震わせて殺戮の快楽を味わおうと、マシンガンを掲げていた。
 グラッジパペットは更にマシンガンを繰り出し、ファシネイターを蜂の巣に仕立ててジナイーダに引導を渡した。
 しかし、その彼の目の前で、また別のファシネイターが遠くで破壊に耽っていた。すぐさま追撃に向かう。
 このファシネイターは住宅街で無差別殺戮を展開していた。特に子供の姿を見かけるや、ファシネイターはそれを片っ端から殺して行く。母と姉、妹が死んだ時と同じだと、クオレは忌まわしい記憶を呼び起こしていた。
 直後、先程目の前で殺された妊婦と姉妹、バスの子供達、病院患者、その他大勢の市民達の様子が立て続けにフラッシュバックする。先程の光景を目の当たりにしての不快感や嫌悪感が、己が内で核融合反応を引き起こしたかのように、我が身を焦がさんばかりの赤熱と激怒へと変化していくのを感じた。噛み合わされた歯が唇の奥で軋み、怒りで全身の毛が逆立つ。
「死ねぇぇぇぇぇぇ!!!」
 怒りのエネルギーが超新星の如く爆発するのに、殆ど時間は要さなかった。
 生理的な憎悪と激怒に襲われ、クオレは子供達を殺された親の慟哭をも打ち消さんばかりの、凄まじい絶叫を発した。マシンガンとレーザーキャノンの一斉射撃がその後に続く。この一斉射で、住宅街破壊の犯人は木っ端微塵にされ、続けて現れたファシネイターも立て続けに3機、その連れ合いとされた。
「死ねッこの死ね、このクソが! 死んで俺の前から消えろこのクソッタレ!! 死に晒せぇぇぇぇぇッ!!!」
 グラッジパペット1機によって、住宅街に狙いを定めたファシネイター達は片っ端から、次々に粉砕されてその残骸を横たえていく。クオレにとって、最早この行為は乱獲ですらない。罪なくしてその人生を強制的に幕引きさせられた人々、そして幼くして殺された者達とその遺族の無念と悲愴を静めるための、鉄屑と黒煙を供え物とした儀式であった。
 クオレ自身、あえなく奪われた日常への未練や、身内との唐突な永別による悲しみも痛みも、身を以って思い知っている。だから、このインファシティやジュイファシティにおいて、自身と同じ運命を、ラストレイヴンの思い上がりによって強制的に辿らされた無念が、彼の中にも流れ込んでくるように感じられた。それを弔うべく、クオレは己の憎悪に操られる人形に命じ、非道なるジナイーダの大量虐殺を、現在進行形で実行させていた。この忌々しいにも程がある愚か者を、もう二度とこの世界に存在させたくなかった。
 この時、クオレは余りにも激烈な生理的嫌悪と怒りによって我を見失っていた。しかし、強化人間――それもサイボーグとなった身体に、サポートの為に組み込まれた小型電子頭脳はその働きを忘れていない。血の気が強く激情家であるクオレを案じ、強化人間手術を手掛けた医者と技術者達が組み込んだものだ。
 忘我によって生じる脳波の変化に反応し、クオレに代わって身体を動かすべく限定作動したサポートシステムが、普段は制限されているACとの接続を完全開放し、グラッジパペットと一体となってファシネイターを次々に叩き潰して行く。
 器用な事に、クオレはぶち切れて正常な判断力が失われ、弱体化すると言われる中でも、平時の戦闘能力を全く損なっていなかった。全ては組み込まれた補助用電子頭脳の賜物である。
 かくして、クオレが気が付いた時、周辺に現れた10機のファシネイターは全て、黒煙を吹き上げる残骸と化していた。
 周辺のファシネイターを殲滅しても尚、クオレとグラッジパペットはジナイーダへの無尽蔵な憎悪に突き動かされ、街中へと駆け出していた。そして目の前に現れた新たなファシネイターが即時粉砕刑に処された。
「いい加減にしろこのクソッタレェェェッ! いい加減にしねぇとケツの穴に核弾頭ぶち込んだるぞテメェらァァァァァ!!」
 クオレの暴言は留まる所を知らない。
 しかし、すぐに新たなファシネイターがその姿を現した。だがその直後、そいつは弾幕に叩き潰されて爆発炎上、残骸を周辺にばら撒いた。
 獲物を取られた事に一瞬苛立ち、怒りを覚えたクオレだったが、青紫色の重厚な人型兵器を見て、すぐにその感情を霧散させた。同時に、彼の意識が急激に正常へと戻っていく。彼は目前の機体と搭乗者に、見覚えがあったのだ。
「アニマド!?」
 機体の特徴と搭乗者の照合は、クオレの脳内ですぐに終わった。
「……また会えたなと言っといてやるよ、クオレ」
 アニマドもクオレに気が付いてか、通信を返して来た。
「お前も此処に雇われていたとはな」
「今日、現地入りしたばかりだ」
 クオレ同様アニマドも、人手不足が叫ばれるインファシティのイェーガーズチェインから協力要請を受けて渡って来たと言う。そして今日インファシティを去るクオレと入れ替わる形で赴任すると、当人が説明した。
 そのアニマドが駆るデスペナルティは「タイタス」と呼ばれる重武装型のACBで、青紫色に塗装された曲線的なフォルムの機体だった。元々これはACだったのだが、改良していく過程でコア規格が廃され、既にACとは全く別物の性能となっていたのだった。
 その右腕にはクレスト製のACB用ガトリングガンが携えられており、左腕にハンドロケットCWGG-HR-66を装備している辺りに、辛うじて本機体が嘗てACだった頃の名残をとどめている。ACでなくなったが為にエクステンションは一切装備不能となったが、代わりとして、背部に予備の武器が詰め込まれた着脱式の装甲コンテナが装着されている。
「昔を懐かしんじまうが、今はクソッタレのド畜生をつぶさねぇとな」
「全くな」
 だが、ファシネイター狩りに向かおうという所で、青いパルスビームがデスペナルティの右足を焼いた。即座に2機が振り向くと、節足動物を思わせる4足歩行の戦闘メカがパルスビームを連射していた。上半身は概ね円盤状で前方にセンサーアイが集中し、両腕がパルスビームガンになっている。
 クオレはその4脚兵器が、ハンター仲間から「ガロン」のコードネームで呼ばれる、機械生命体の戦闘用MTだとすぐに断定した。
 相手の識別を数瞬で完了すると、クオレは即座にマシンガンを打ち放った。デスペナルティのガトリングガンもそれに続いた。
 だが、ガロンは弾幕を横跳びで回避、逆にパルスビームと、背部に背負っていたミサイルポッドから5発のマイクロミサイルを繰り出した。うち3発は迎撃装置KWEL-SILENTに阻まれて撃墜され、2発はグラッジパペットにあっけなく回避された。
「まずい、新手が来た」
 アニマドの言うとおり、西方向――グラッジパペットの背後に人型のメカが多数出現していた。両手足はまるでカカシのように細く、足に至っては関節のないブレード状。頭部は簡素なモノアイで胴体部は簡単な鎧のようで、いかにも量産性重視と言った風情である。何れも、機械軍団側のエンブレムである黒い地球が左肩に描かれている。
 それはハンター達からは「バルバトス」のコードネームで呼ばれており、ソラックスと並んで機械生命体軍団の最多量産型機械兵として知られていた。
 分類上ではMT――それも量産性重視型の機体に入ることもあり、戦闘能力は特筆するべきではないのだが、この機械兵は胸部内にレーザーキャノンを内蔵している為、数を考慮に入れると侮れない攻撃力となる。
 更に、その頭上にソラックスが数機随伴している上、クオレの眼前にもバルバトスの団体と、更にもう1機のガロンが姿を現している。
 それらが、メインストリートの南北二手から、グラッジパペットとデスペナルティの行く手を塞ぐ形で接近して来る。
「片方潰して突破するぞ! 袋叩きにされんのは避けろ!」
 クオレは即座にレーザーキャノンを起動、最初からいたガロンを砲撃した。今度ばかりは横跳びで回避する事も叶わず、上半身を吹き飛ばされガロンは沈黙した。
 一方アニマドはソラックスの姿を認め、ガトリングガンでそれを片っ端から撃ち落した。バルバトスもスピードは同等なのだが、飛行している分、頭上からセンサーが集中している頭部を狙い撃たれる危険性を考えるに、ソラックスの方が厄介だと判断したのだ。
 ソラックスを撃墜すると、アニマドは同僚がガロンと交戦しているのを横目に、前方のバルバトス目掛けてガトリングガンとハンドロケットを撃ち捲くった。案山子を思わせる体型に加え、デヴァステイターに付き物のバリアも搭載していないためにバルバトスは脆く、デスペナルティにレーザーキャノンで反撃するよりも早く粉々にされていた。
 後方のバルバトスはレーザーキャノンでハンター2人を追い立てるが、グラッジパペットはガロンのパルスビームとマイクロミサイルを回避していた為に狙いが定まらず、レーザーは悉く外れた。一方、デスペナルティには命中こそしたものの、重装甲とフォースフィールドにより、大したダメージに至らない。
 前方のバルバトスが倒れた事で、グラッジパペットとデスペナルティは並んで離脱に掛かった。だがガロンは、横跳びとブーストダッシュを織り交ぜながら、バルバトス隊に先行して追撃。途中から、新たにもう一機が加わった。
 クオレはすぐさまマシンガンで反撃。今度は命中弾を得られたが、またしても泡状のバリアが弾丸を無効化した。
「そう来ると思ったぜ」
 ならばと即座にレーザーキャノンに切り替え、先ず突出していた片割れを砲撃。既にレーザーキャノンは効くと分かっていたので、対処はスムーズだった。この一撃はジャンプの着地際を狙った事もあり、正確にガロンの下半身を粉砕した。動力を射抜かれた敵機は抗いようもなく沈黙した。
 そして残る1機に、クオレはインサイドミサイルを見舞った。ミサイルはバリアを突き抜け、ガロンの上半身を破壊した。原型は残ったものの、前面を電子頭脳部諸共抉られた事で動作はぎこちなくなり、やがて止まった。
 しかしバルバトス隊はなおもしつこく食い下がり、胸部レーザーキャノンを見舞う。レーザーの出力は、レーザーライフルWR24L-SHADE2より射出されるそれと大差ないものの、間断無く飛んで来る為、喰らっても平気なデスペナルティは兎も角、グラッジパペットは半ば勘に頼っての回避運動を取らざるを得なかった。
 ところがそのバルバトス隊が、後方から次々に吹き飛ばされ始めた。
 何事だと振り返ると、ポットベリーとターボクロックの姿がすぐに見えた。ポットベリーはインサイド内臓バズーカで、ターボクロックはブレード光波でバルバトスを次々に撃破して行く。
「やっと追いつきましたよ!」
「ああ、悪い悪い」
 アルジャーノンに応じ、クオレは即座にグラッジパペットを反転、マシンガンでバルバトスを銃撃しに掛かる。
「大丈夫だ、俺の同郷人だ」
 アニマドは最初沈黙していたが、現れたのがクオレの同僚だと分かると、すぐに合流を急いだ。かくして、4機が合流出来た頃には、破壊されたバルバトスは30機あまりを数えていた。
「その人は?」
 アルジャーノンは見慣れぬ同業者を見て呟いた。
「俺の旧友だ。名前はアニマド。少々愛想は悪いが腕は立つ」
「話は後だ。まずはアレを潰す!」
 アニマドはガトリングガンを向けた。人類の敵に堕ちたファシネイターが3機、バルバトスを10機あまり従えて、新たに姿を現している。
 ハンター達は即座に一斉射撃を見舞った。ファシネイターが1機、まずは反撃も許されぬまま粉砕された。バルバトスも腹部内臓ビーム砲で反撃したが、ハンター達から近いものから、次々に爆発四散した。
「弾切れか……」
 アニマドが舌打ちした。ガトリングガンが弾切れしたのだろうとクオレは見た。
「クオレ、あのクズのゴキブリ女を足止めしてくれ。15秒もあればいい」
 アニマドは口を開くと、ハンドロケットでバルバトスを破壊する一方で、背部のコンテナを切り離した。
 クオレは了解と返し、インサイドミサイルでファシネイターを牽制した。ミサイルに狙われた悪のACが急旋回に転じ、その隙に後続の機をマシンガンで狙う。ターボクロックとポットベリーもミサイルを撃ち、回避行動を取らせる。
 アニマドは、その姿を横目に、コンテナから新たな得物・CWG-BZ-30を引っ張り出した。ガトリングガンがコンテナに収められる間に、装備認識とシステムとの接続、そして使用可能になった旨を示す文字列を確認するや、彼は操縦桿を倒した。
「コレでも食らいやがれこのゴキブリ女が!」
 口より早く、アニマドは身軽になったデスペナルティを突撃させ、ファシネイターがマシンガンやパルスキャノンで反撃してくるのにも構わず、ハンドロケットを撃ちまくる。
「死ねッ、この死ね! さっさと死ね! 俺の前から一機残らず消え失せろ!!」
 更にデスペナルティはバズーカを繰り出す。CWG-BZ-30の機関車を思わせる砲身から繰り出された砲弾だが、それはファシネイターの寸前で拡散し、コア前面から脚部に掛けてをズタスタに引き裂いた。
 これは本来、スプレッドバズーカWR13B-GIANTから繰り出されていた拡散砲弾だったのだが、同バズーカが生産中止となって払い下げられた後、弾薬製造を請け負っていたメーカーが、他のバズーカにも使用出来るよう改良したものだった。
 更にAC装備用のバズーカ自体、現在ではクレストしか手掛けなくなってしまっているが、複数の異なる性質を持つ砲弾を、標的に応じて使い分ける事が可能なように改良されている。
 アニマドは、そのうち「ヒドラ」の名で呼ばれる拡散タイプの砲弾を好んで用い、突進してショットガンの如く至近距離での直撃を狙う攻撃的なスタイルを持ち味としていた。その拡散砲弾で、デスペナルティはファシネイターをあっと言う間に粉砕処理してのけた。
 しかし、ファシネイターは続々と現れ、手当たり次第に街を破壊し、ハンターやイェーガー、シティガード、逃げ惑う市民等を、当るが幸いとばかりに無差別攻撃して行く。ただし、逆襲に遭って撃沈させられるファシネイターも、インファシティ各地で多数出現していた。
「畜生、ゴキブリみたいに大量に湧き出しやがって!」
 新たなファシネイターを拡散砲弾で黙らせながら、アニマドは苛立ち混じりの溜息を漏らす。
「皆纏めて死に晒せェェェェェェ!!」
 そして、デスペナルティは砲弾をばら撒きながらファシネイター3機に肉薄した。フォースフィールドによる防御任せに、マシンガンやパルスキャノンの十字砲火を突っ切るや、片っ端から粉砕してのけた。
 ファシネイター3機が鉄屑となるまでには、20秒と掛からなかった。
「こ、言葉遣い悪過ぎじゃないですか?」
 我が身を省みない突進と相まって、アルジャーノンがアニマドに嫌悪の色を示した。
「諦めな。アイツもあのクソッタレのド畜生女を憎んで止まねぇんだ」
 アニマドもまた、ジナイーダによって両親と兄、身ごもっていた姉、妹、更には恋人までも殺されている。それ以来、彼は悲しみと憎しみから開放されぬままにハンターとなり、世界各地を旅しながらジナイーダを虐殺して回っていると、クオレは本人から聞いていた。
「アイツも俺と同じ立場なんだよ……」
「は、はぁ、そうだったんですか……」
 ジナイーダによって家族を殺された過去ゆえ、クオレはアニマドには同情していた。そんな胸中を察してか、アルジャーノンは何も言わない事にした。そして新たに迫っていたガロンに垂直発射式ミサイルを繰り出す。
 そのガロンは垂直ミサイルが来た事で前進しての回避に転じたが、直後には砲弾によって右の前足をもぎ取られた。
「うおぉぉぉぉどけぇぇぇぇぇぇ!」
 アルジャーノンがたじろいだ隙に、デスペナルティがその横を猛スピードで突っ切り、ガロンに止めを刺した。そして再び姿を現したファシネイター2機目掛けて突っ込んで行く。
 デスペナルティ――と言うより、タイタスというACBが凄まじいのは、何よりも重量級機体でありながら最高速度が時速500キロ超で、旋回性能も極平均的な中量級2脚と遜色ない事に尽きた。重装備機体ではあるのだが、機体本体と比較すると、推進器が占めている割合が大きいためだ。
 開発陣はひたすら突っ込んで敵を叩き潰す事しか考えなかったのだろうかと、クオレはこの機体を見て思っていた。というのも、強力なフォースフィールドと重火器、それに負けないほどの高出力を誇る推進システムにモノを言わせた突進・強襲戦法は、アニマドに限らず、タイタスのパイロット達の多くが行っている為である。
 とは言え、強引に敵弾を突っ切るその姿にはクオレも危うさを感じていた。実際、デスペナルティの右足が火花を散らしている。
「アニマド! 無理すんな! 右足が悲鳴上げてんぞ!」
「なっ!?」
 クオレに言われ、初めてアニマドは愛機の右足にダメージが蓄積している事に気が付いた。そのとき、彼の狙っていたファシネイターが、ポットベリーのミサイルによって頭上から叩き潰された。
「死に急ぐな! 生き延びてこそ復讐の機会はある!」
 アニマドはあっさりとファシネイター潰しを中止し、同業者たちの下へと後退した。ジナイーダへの復讐に心血を注ぐあまり、周囲が見えなくなりがちなのはどうにかしなくてはと、アニマドは自省した。入れ替わりで、グラッジパペットとターボクロックが、新たに現れたソラックスの群れにマシンガンを撃ち放った。
 一方、ポットベリーは後ろに現れたACをバズーカで狙い撃ちしていた。ファシネイターではない、そのACは腕部をレーザーキャノンとした、無骨な白い4本足のACであった。アルジャーノンはそれを、バリオス・クサントス――24時間戦争において、アライアンスにとっては忌まわしい以外の形容詞がない裏切り者エヴァンジェに心酔し、それ故道を外した愚者が駆るACだとすぐに認めていた。
 バリオス・クサントスはソラックス共々、レーザーキャノンでアルジャーノンの命を奪いに掛かった。しかし、無駄な攻撃であった。レーザーはナービス戦争や24時間戦争時代の比ではないほどに強化されたシールドによって完全に阻まれ、バリオス・クサントス自体も容易く片付けられた。
 新たにファシネイターも出現したが、すぐに粉砕され、ソラックス隊が出来たポットベリーの包囲攻撃に加わる事すらままならなかった。
 インサイドバルカンで迎撃に回るアルジャーノンを援護しようと、クオレが即座に反転、動きの鈍い後輩機を包囲したソラックスを叩き落としに掛かった。
 ところが突如、そのソラックスが次々に爆発した。更にビームが1発飛来したが、これはシールドに阻まれ、ポットベリーは無傷だった。
「うわっ!? 新手か!?」
 アルジャーノンは流れ弾にたじろいだ。幸い、シールドのおかげで被害はなかったが。
「落ち着け落ち着け、味方だ」
 聞こえていたのだろう、誰かがそう返した。直後、アルジャーノンは禁煙マークが張られたスティンガー11機が、目の前に現れたのを視認した。
 インファシティ防衛に回ったノー・スモーキング隊の面々が、グラッジパペットを発見して援護に来てくれたのである。隊長フューマドールから新参隊員バルクホルンまで、全員のスティンガーが一揃いでだ。
「機械生命体達が退却を開始した模様!」
 クオレは即座に、リアルタイムで更新されるインファシティのマップを呼び出した。赤い点で表示される機械生命体達側の兵器が、インファシティから南西部方向へと離脱していく。
「ダビッドソン少佐より連絡。機械生命体を監視衛星によって追跡、敵の拠点所在地の特定を試みるとの事です」
「じゃあ追撃はしない方が良いか?」
 クオレが問う。拠点へと離脱していく機械生命体を破壊すれば、それは拠点捜索の手がかりを自ら失くす事と同義だからである。それを察する他のメンバーも自然に攻撃の手を止めた。しかし、ノー・スモーキング隊の合流もあり、もはやクオレの周辺で動く敵機は皆無であった。
「都市部への攻撃はストップしていますが……」
 ハインラインは少し間を置いて言った。
「攻撃は各自の裁量に一任します」
 要するに好きにして良いと言うことかとクオレは判断した。そして、マシンガンの残弾表示に目をやる。右手のMWG-MG/1000は192発、左手のMWG-MG/800は103発。レーザーキャノンMWC-LQ/15は弾切れの上、乱戦の最中に撃たれて故障していた。整備の事を考えると、しばらくの間は使えないだろう。グラッジパペット本体のダメージも嵩んでいる。
「ハインライン、消耗したので一旦引き上げたいんだが」
「僕もちょっと、追撃は無理っぽいです……」
 ミサイルもバズーカも、更にはインサイドバルカンも残弾数が少ないので厳しいとアルジャーノンは言う。
「了解。帰投を認めます」
「クオレ、俺達はもうひと仕事してくるぜ」
 分かったとフューマドールに返し、クオレとアルジャーノンは並んで帰還に入った。ジオストラも二人に随伴して愛機を転回させ、ノー・スモーキング隊の面々はフューマドールの号令一過、再び駆け出した。
 アニマドは別区画の敵を掃討しに行く旨をクオレに伝えると、切り離したコンテナを再び背部に接続し、スロットル全開で離れて行った。
 他のハンターやイェーガー達も、周辺の掃討を完了した者、消耗したが動ける者から順次帰投して行く。
 しかしクオレが見る限り、破壊された車や有人兵器、機械生命体とACの残骸、瓦礫が周辺の至る所に散乱していた。両手足と全ての武装を失った半壊状態のファシネイターが、アスファルトの舗装面で軋みながらもがいている。それを、生き残った人々が罵声と共に鉄パイプや棒などで殴り付けている。
 この襲撃で、インファシティからは1万5千人、ジュイファシティからは8000人、計2万3千人の死者が出たと試算された。そのうち40%あまりが、10歳未満の子供たちという。犠牲を聞き、クオレはその顔を再び憤怒で歪ませ、コックピット脇に拳を打ちつけた。
「クオレ、ダビッドソン少佐より要請です」
 このタイミングで言うとは余程の事に違いないなとクオレは察した。
「報酬を上乗せするので、滞在期限を延長し、引き続き機械生命体掃討作戦に参加して欲しいとの事ですが」
「当然だ!」
 この際構わないとクオレは返した。
「ただ、アルジャーノンに送り帰さないとな。戦うニートも当然の俺と違って学生だし……」
 クオレからすれば、アルジャーノンは学生という身分なので、自分のように戦い三昧とさせる訳にはいかなかった。それに、何れは敵の拠点へと攻撃をする事は容易に想像できるが、デヴァステイター軍団からの苛烈な抵抗も想像に難くない。最悪、反撃にさらされて重傷・死亡する可能性もある。まだ13という年齢なのでそんな事をさせるべきではないとクオレは見ていた。
「僕も戦います!」
「何!?」
 予定外の事態に、クオレの顔に驚愕と不快感が浮かんだ。
「アホ言うな! お前を無駄死にさせるつもりはないし、何よりお前は中学生だぞ!? 学校休んでいられるような上等な身分じゃねぇんだぞお前はよ!?」
 凄まじいクオレの剣幕だが、正義感や熱意という点ではアルジャーノンも負けていない。
「クオレさんはこの街の人々の命と僕の学生生活、どっちが大事だと言うんですか!」
 13歳の少年とは思えぬ正論に、クオレはたじろぎ、黙ってしまった。人類全体からみれば、例え13歳でも戦力になる者は必要なのかもしれない。その為に人生を狂わせてしまうのも勿体無い話である。だが、かと言って戦闘員をひとり減らすのもどうかと思っていた。しかし、そうするとアルジャーノンは学校をサボる事になり、学力低下に伴って落第と言う事も考えられた。
 しかし、一人でも戦力が欲しいのも確かである。
 そんな考えが彼の中でループしてしまい、たちまちクオレはジレンマに陥った。
「やれやれ……お前には敵わんな」
 ループを振り切るように、クオレは溜息をついた。
 しかしながら、13歳に抑えられる20歳男子の姿は、情けない以外に適切な形容詞が見当たらなかった。少なくとも、この様子を諦観していたハインラインはそう見ているが、クオレの反感を買うのも我が意図する所ではないので、押し黙った。
 とは言え、クオレとてまだアルジャーノンの処遇を決定した訳ではない。アルジャーノンの保護者・レイザーバックに事の次第を報告し、意見を仰ぐ必要がある。最もアルジャーノンが13歳という身分なので、反応も当然芳しくないものになるだろうとは容易に想像出来たのだが。
「やれやれ、レイザーバック少佐に何を言われるか……」
 クオレは頭を抱えた。機械生命体の事だけでも厄介だというのに、後輩の厄介事まで抱えるハメになってしまうとは……。
 頭の痛くなるような中で、クオレは機械生命体討伐作戦への参加を余儀無くされたのだった。
14/08/07 13:29更新 / ラインガイスト
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■作者メッセージ
 まあ本作見ている人にジの付くロクデナシ女が好きな人はいないでしょう、と言う前提で話させてもらいますが、本作はそのものずばり、そのジなんとかを叩き潰し、原作の姿を否定する為に書かして貰いました(オイ)。 
 こんなのジなんとかじゃねぇとお思いの方もいるでしょうが、反論は一切受け付けません。

■ジなんとかは悪。異論は認めない。
 本来ACって報酬次第で依頼を受ける傭兵が主人公なので、善悪無関係なんですよね。だからAC小説において、勧善懲悪みたいなものがほとんどないのもその為なのかと思った事があります。
 そこ行くと本作のジなんとかは異端かと。何せ善悪無関係のレイヴン達の中にあり、あの女は「絶対悪」としましたので。
 よくある「善を前提としたのに、こうなってしまった」という過失みたいな部分も一切無しです。

 力を追い求めた末にああなったのは兎も角、ヤツに比肩しうる存在として、ドミナントとしてプレイヤーがいるだろ、とお思いの方もいるでしょう。しかし、ラストレイヴンにおけるプレイヤーは設定上、24時間戦争(=ラストレイヴン劇中)で既に死んでます。
 で、最強の存在となり、他に比肩しうる者のいない今、力を向けるべきとしたら……やっぱり弱者しかいないだろうなと。と言う事であんな形にしました。

 最も、私自身もそのジの付くド畜生女に殺された(=ACをプレイする気が二度と起きなくなった程叩きのめされた)身分なので、イメージ反映、トラウマ払拭から来るアンチ描写、そして憎悪から、どうしてもそうならざるを得ないのですが……。

■今後に向け
 今回、クオレに電子頭脳が組み込まれていると言う設定を施しています。機械的な頭脳と人間的な心や精神、と言う対比と、それに関係する描写の為にこさえたものなのですが……
 そこから今後、戦いを担う電子頭脳とクオレ自身の精神がどうバランスをとるのか、あるいはクオレ自身も機械軍団の一員となるのか否か、作者の方でもどうなるかがちょっと分からなくなって来ました……。
 今やネタも四苦八苦の状態ですが、何とかこの辺も描いて決着も付けたい所です。

 さて次回……戦闘描写続きだとヘビー過ぎますゆえ、一端小休止する意味でも人間模様を書かないとマズイですな(苦笑)

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まろやか投稿小説 Ver1.50