連載小説
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#04:盗賊鴎
 ヘリに回収されたグラッジパペットとポットベリーは、そのまま1時間をかけてヘリに揺られた末、インファシティのイェーガーズチェイン基地へと運ばれた。
 到着早々、2人はヘリから下ろされ、ハインラインに誘導されるまま、第2ハンガーのCブロックまで愛機を移動、ガレージ作業員の誘導に従い、整備用ハンガーに固定された。
 すぐさま機体各所をブルーレーザーが走査し、機体の破損状態をチェックする。扇形に広げられた光線が機体表面を撫で終えると、作業マニピュレーターがハンガーから伸び、戦闘で欠損した装甲をレーザーで溶接して傷口を塞ぎにかかった。破損状態の酷いものは、周辺のパーツごと外され、交換されていく。
「それにしても……」
 アルジャーノンは整備されている先輩のACを見て、ある事に気が付いた。
「よくレーダーレスで此処まで来られましたね……」
 彼の目の前で、グラッジパペットから肩部レーダー・CRU-A102が取り外されていたが、よく見ると随所が焼け焦げ、ロッドが折れていたりで完全にオシャカになっていた。交戦の最中に損傷して機能低下していたのだが、帰還途中、ヘリに揺られているうちに完全に機能を失ったのである。
 ちなみにこの肩部レーダー、旧型番はCR-WB73RA2と言い、付加機能はバイオセンサーだけという外見に違わぬ簡素ぶりだが、現在はリアルタイムでレーダーを更新するようになったため索敵面では若干強化されている。
「確かその頭……レーダーなかった筈では?」
 グラッジパペットの頭部であるMHD-MX/QUEENは旧型番のH11-QUEEN時代、範囲が短い事で一部パイロットから不評を買っていたレーダーがあったのだが、型番変更後は軽量化と引き換えに、そのレーダーが廃されている。その為背部レーダー損傷は索敵機能低下に直結していたのだった。
「ああ、確かにない」
 当たり前のようにクオレは言ったが、特に動揺している気配はなかった。整備士達が動き回り、ACやその他兵器が慌しく出発していく中でも。
「これでカメラがイカレて目視出来なくなったならヤバイ所だったが、目視出来るなら大丈夫だ」
「後ろ大丈夫なんですか? 今回は僕が居たから良かったものの……」
「それはある程度カンだな」
 クオレはあっさりと言った。
「それに、バイオセンサーが死んでなかったからな。それだったら十分戦える」
 現在、MHD-MX/QUEENにはレーダーが失われているが、代わりにバイオセンサーが搭載されている。他の旧式頭部、例えばMHD-RE/005やMHD-SS/CRUSTと言った、型番変更前には何も付加機能がなかった頭部にも、現在ではその一部ではあるがバイオセンサーが搭載されるようになった。
 ハンター達にとって、基本的にあってはならない事がバイオセンサーの欠如であった。何故ならモンスターを、時として複数相手取るので、バイオセンサーがない場合、ロックオンが出来ない状態で化け物の大群を相手取る事の過酷さを、死ぬ前に体験するハメになりかねないのだった。
 5年もハンターをやっているクオレであるから、その辺の事は痛いほど理解していた。
「でも、これ……」
 アルジャーノンが整備されていく己のACを見て不安を抱いた。
「整備費用とか取られるんじゃ?」
「大丈夫だ」
 クオレは笑った。
「イェーガーズチェイン基地なら、経費申請すれば心配は要らない」
 レイヴン達と違い、ハンター達の報酬は本人ではなく、まずは所属組織に納められる。その後、そこから申請した分の経費など諸費用が差し引かれて本人の元に届くのである。
 その為レイヴンとは違い、ハンター達に支払われる報酬が50000cを超える事は稀であった。仮に依頼報酬が50000cだったとしたら、ハンター個人に直接届く報酬はその3分の1程度しかない。
 ただし、大きな作戦を成功させた功労者には、時として100000cを超える特別報酬が振り込まれるほか、ハンター組織が所属しているハンター達の経費負担を請け負っている為、ハンター組織の経済状態にもよるが、戦場でも強力だが高価な実体弾や、高値なACパーツを活用しやすくなっている。
 イェーガーズチェインでも同様だったが、しかしクオレは高価な実体弾は使っていない。理由としては高価だからではなく、1発ずつランチャーに装填して行かねばならないロケットやミサイル等と違い、マシンガンは1発10c前後の安価な弾を数百発から千発詰めたマガジンを交換するだけで弾薬補給が済み、しかも空になったマガジンは専用の補給装置を解することで容易に弾が再装填出来る。そのため結果として整備に手間がかからないからと言う点で、クオレはあえてマシンガン主体で戦っていたのであった。
 更に、ファシネイターを叩き潰すためには2丁のマシンガンによる弾幕で押し切るのが最善とクオレが思っている事に加え、玉単価の高い武器は総じて重量も嵩張るため、MLM-MX/EDGEに積むには負担が大き過ぎると言う事情もあった。
「だから後で経費申請しとけよ」
「はい、そうします」
 会話の間に、グラッジパペットの右肩には、予備として持ち込んでいた軽量レーダーCRU-A10が新たに接続された。クオレがACを駆るハンターとなった際、支給された機体の肩に搭載されていたものだ。
 性能自体は、リアルタイムで敵の居場所を更新する以外、旧型番のCR-WB69RAと大差はない。機体付加が軽く、アリーナにおいてはECMでも使われない限りは問題ないと言われているものだが、付加機能が一切なく化物を相手取るには不安が否めず、機械生命体にECMを使われればそれだけで旗色が悪くなる。
 そんなレーダーなので、クオレとしては「無いよりはマシ」程度の認識でしかないのが実情だ。
「ハインライン、状況はどうなってるんだ?」
 整備未完了のまま、クオレはハインラインとの通信回線を開いた。
「レイヴンとイェーガー及びハンターの交戦は、引き続き継続中。周辺地域より――」
「いや、私から詳細を説明する」
 オペレーターの言葉を遮り、通信モニターに新たな男性の顔が映し出された。ハインラインよりは若いが、それでも四角い顎に短く切り揃えられた黒髪は、纏っているイェーガーズチェインの制服も相まって、いかにも将校を思わせていた。そんな彼の青い瞳が、クオレを見据える。
「クオレ殿に……アルジャーノン殿ですな?」
 呼びかけられ、ハンター2人は即座に頷いた。
「イェーガーズチェイン・インファシティ支部のハンク=ダビッドソン少佐だ」
「どうも、少佐」
「お初にお目に掛かります」
 特に畏まった様子もなく、クオレは敬礼を、アルジャーノンはお辞儀を返す。武装しているとは言え、イェーガーズチェインは正規の軍隊とは違うので、将校とそうでない者の会話も、極端には硬くなっていない。礼についても、極端に礼儀を損なうものでなければ認めてくれる風潮はある。
「さて、現在交戦している敵レイヴンはいずれも、“ルブラ・コルヴス(赤い鴉)”から送り込まれていた連中だ」
「レイヴン斡旋企業ですか?」
 確かにそうだがと前置きした上で、ダビッドソン少佐はアルジャーノンの疑問を否定しに掛かった。
「レイヴン斡旋企業だと連中は自称しているが、実際はただのならず者。インファシティは10年前にレイヴンの活動を禁止している上、連中による我がチェインへの営業妨害も相次いでいる」
 ダビッドソン少佐によると、インファシティのイェーガーズチェイン基地は、これまでにルブラ・コルヴスによって何度も営業妨害行為を仕掛けられてきたと言う。各企業が、最近主流であるモンスターや機械生命体の討伐依頼をレイヴンではなくイェーガーに回したためにレイヴン達は死活問題となり、遂には活躍の場をイェーガーに奪われた報復として攻撃を仕掛けて来るケースも続出していた。
 そして3ヶ月前にインファシティ支部の一角がレイヴンの放ったミサイルによって破壊され、整備士12名が死傷。更に依頼帰りの女性イェーガーが誘拐された末に強姦・殺害されたのを契機に、遂にイェーガーズチェインはレイヴンへの報復攻撃を決定。選りすぐったイェーガー達をルブラ・コルヴス本部へと送り込み、それを察知したルブラ・コルヴスもレイヴンをインファシティ基地に向かわせ、イェーガー・地元ハンター連合と交戦状態になったと言うのが事の顛末だった。
 ルブラ・コルヴス本部攻撃部隊が出撃したのは今から4時間前の事。クオレとアルジャーノンがファシネイター追撃に向かった直後だった。
「やれやれ、ここでもか……」
 クオレは溜息をついた。
「クオレ殿は知っているのか?」
「レイヴンがイェーガーやハンター組織を攻撃しているってのは、あちこちで聞いた。活動が制限されている中で市民に八つ当たりして、更に評判を落とし、結果取り潰される事も」
 バーテックス戦争が終結してからと言うもの、地球全体で反レイヴンの風潮が高まり、現在ではレイヴンの活動を法で認めないと規定してる地域が多数派である。
 何故なら、15年にも及んで続いたバーテックス戦争の火付け役が、他ならぬレイヴンだったからである。
 それと言うのも、レイヴンたちが「ジャック・Oの意思を継ぎ、レイヴンによる新たな秩序を創出する」事を旗印に蜂起し、各地でアライアンスを襲撃し始めると、それを利用して勢力図の塗り替えを狙った新興企業レイレナードや、線化拡大をビジネスチャンスと見なした軍需企業GAやローゼンタールがアライアンスを脱退してバーテックス支援を開始、いつしか世界規模の戦争に発展したのである。
 最初は、レイヴン達はジャック・Oの遺志を継ぐ形で戦っていたが、戦争開始後数年もすると、バーテックスのレイヴン達は、ローゼンタール、GA、レイレナード、アクアビット、有澤重工等の傘下に治まる形になり、更に反アライアンス側の武装組織やテロリストまで引き入れた結果、レイヴンによる武装組織であったバーテックスは「反アライアンス連合軍」の形に変容して行った。
 バーテックスのレイヴン達は、後ろにいる企業の依頼に基づいて戦闘行為を繰り広げ、時に攻撃の報復として民間人を虐殺するなどその行動がエスカレートして行った。
 この戦争は15年続いた結果、当時40億人を数えていた世界人口の3分の1が失われて終戦を迎えた。数名のレイヴン達によって、大崩落(グレート・フォール)が発生した為である。
 最初は、世界に絶望し、それを破壊しようと目論んだレイヴン達によって、プログラム兵器がばら撒かれた事から始まった。しかしその数時間後には世界中のコンピュータ・ネットワークがエラーを起こし、遂には軍事システムまでも暴走に至らしめた。結果、両陣営の戦略兵器、アームズ・フォートと俗称される反アライアンス側の巨大兵器等が暴走させられ、世界中で核兵器や化学兵器、細菌兵器、生物兵器、無人兵器等が放たれ、ベイロードシティやサークシティ等の諸都市が消滅する惨事となった。
 辛うじて生き延びたアライアンス側に対し、バーテックス側は自ら作り出した超兵器の暴走により壊滅し、アライアンスと、彼等の側に立っていたハンター達によって止めを刺された。
 これにより、バーテックスは今度こそ消滅したものの、バーテックス戦争やグレート・フォールを引き起こした直接の原因がレイヴンであった事から、世界各地で極端なアンチレイヴンの嵐が吹き荒れる事となり、やがて逮捕・摘発・民衆による弾圧が相次ぎ、レイヴンは没落していった。
 インファシティも、そうした経緯でレイヴンの活動を禁止していた都市の一つだった。
 急速に滅びの道を辿らされたレイヴンに代わり、バーテックス戦争及びグレート・フォールの負の遺産である機械生命体や、モンスターの殲滅で人々から支持を集めていたハンター達が、彼等に変わって戦場の主役となっていた。
「ここは10年前にレイヴンが活動禁止にされたはず……なのにしぶとく生きてた奴が居たのか……」
「ああ、その通りだ。そのため此処に至り、遂に殲滅を決定したと言うわけなのだが……」
 今まで機械生命体との交戦が続いていた為、レイヴンの始末を後回しにした結果こうなってしまったと、ダビッドソン少佐は苦い顔をしていた。
「まあそれは仕方ないさ。第一、レイヴンよりは機械生命体の方が危険度は高い。核攻撃、細菌兵器散布、ネットワークの破壊と、放置しておくと何をしでかすか分からないから、そちらに比重が行ってしまうのは仕方ない」
 その時、応急修理が完了したとの知らせがクオレの耳に入る。
「さて、少佐、そろそろ俺達も出撃させてもらう」
「済まぬな……わざわざ苦労を掛けさせてしまって……」
「いやいや、ハンターとイェーガー、同業者間でのよしみだ」
 ハンター達の中には、ギルドを結成して根城となる都市周辺の治安を守る者も多かった。そうしてハンター斡旋組織も出来て行ったのだが、その中で最大の規模と活動範囲を誇るのが、国際的武装NGOとして地球政府に正式に認可を受けているイェーガーズチェインだった。
 そして、そのイェーガーズチェインが定めた試験を突破し、正式に所属契約を結んだ戦闘員――狭義では各種の機動兵器を駆るハンターが、今日においてイェーガー(猟師、または猟兵の意)と呼ばれている。
 そして、そのイェーガー達と関係スタッフが主導となる形で、ハンター達は各地で活発な人材交流を行い、同業者間での攻撃を禁止し、組織を超えて共同の依頼に出撃するなど、閉鎖的で排他的・疑心暗鬼のレイヴン達とは対照的なコミュニティからなる協力体制を敷いている。
 人間性に難があるとは言え、その気風に感化されているだけに、クオレ達は一人の同業者として彼等の側に立つ事を決めていたのだった。
「……かたじけない」
「困った時はお互い様ですよ」
 その為に今整備補給をして貰っているんですからと、アルジャーノンはダビッドソン少佐に敬礼した。
 その時、ハンガーのコンディションランプが赤から緑に変わり、整備補給が完了した事を知らせた。
「よし!」
 グラッジパペットは補給完了したMWG-MG/1000とMWG-MG/800を両手に携えた。左肩のMWC-LQ/15も、既に最大数発射可能な状態に戻っていた。
「補給完了!」
「こちらも出撃可能です!」
 ポットベリーもハンガーから離れた。バズーカは勿論、両肩に装備されたミサイルも既に弾薬はフルリロードが完了、ボタン一つで発射可能な状態となっていた。
「クオレ! チェイン基地にレイヴンが急速接近!」
 風雲急を告げるハインラインからの通信が、周辺に居た他のスタッフや士官、オペレーター達からも先は違えど一斉に発せられた。それを裏付けるように、爆発音がかすかに聞こえて来る。
「くっ、レイヴンどもめ……」
 ダビッドソンの顔が怒りで歪む。
「動ける者は錬度を問わず出撃せよ! レイヴンどもの好き勝手を許すな!」
 グラッジパペット周辺で、パイロット達が一斉に各々の愛機へと駆け出す。早いものはクオレに先んじてハンガーを飛び出している。
「よし、出撃!」
 命令を受けたグラッジパペットは即座にハンガーより飛び出した。
「頑張ってくれ、若人たちよ。幸運を祈る!」
 激励を最後に、ダビッドソン少佐の顔は通信モニターから消えた。


 2期のACが飛び出した先では、既にレイヴン駆るACとイェーガーやハンター側の兵器が銃撃を交えていた。交戦中のスティンガーの横に位置したグラッジパペットが、早速マシンガン二挺での援護射撃で眼前の黒い敵ACを沈黙させにかかる。
 相手は汎用頭部CHD-SKYEYE、普遍的な中量級コアCCM-00-STO、CR-A71S2から型番が変わった後に改修され、安価で中量級腕部としては軽量かつ各性能バランスの良い性能となったCAM-11-SOL、汎用脚部CLM-02-SNSKで構成され、クレストから「クレスト白兵戦型」の名で販売されていたフレームだが、その堅実志向のフレームが情け容赦なく弾幕に穿たれ、引き裂かれる。
 遅ればせながら敵ACも両手に携えたマシンガン・CWG-MG-500で弾幕を張って反撃するが、クオレを狙ったその瞬間、ポットベリーからバズーカを、更にスティンガーから携行型粒子砲ブリューナクの一撃をもろに食らって上半身を四散させた。
「たった今、ダビッドソン少佐から通達です」
 交戦開始から幾らもしないうちに、ハインラインから通信が届いた。
「レイヴンはなるべく撃破せず、出来るだけ戦闘能力を奪う程度に留めて欲しいとの事です。降伏させる事が出来るなら、それでも良いとのお達しです」
「どうして!?」
 ポットベリーを軽く小突き、グラッジパペットはアレを見ろと頭部パーツで示す。人間が顎で示すように。
 視線の先では、破壊されたACがハンガー近くまで牽引され、寄って来た歩兵達がレイヴンを中から引き摺り下ろしている様子が展開されていた。レイヴンを見て、アルジャーノンは目を疑った。
「僕と同い年ぐらいの少年じゃないですか!」
「そう言う事だ」
 クオレの目の前でも、先程彼が破壊したACから少年が這い出して来ていた。彼は地元ハンターのスティンガーに拾い上げられ、ハンガーへと連れて行かれた。
「どうして……」
「疲弊してる事に加え、レイヴン連中も後継者がないからだ」
 現在、世界各地で減少傾向にあるレイヴンに進んでなろうと言う者は稀である。何故なら依頼を選ぶ自由も、愛機のアセンブリを選ぶ自由も、全てハンターに組すれば済む事だったのだ。
 イェーガーとなれば、地球政府認可の武装NGO(非政府組織)と言う立場上、社会貢献を余儀無くされる為に依頼を選ぶ自由はなくなってしまうが、最低でもそれなりに安定した収入を得る事が出来る。だがそれがないレイヴンは、最早社会のガン細胞も同然と見なされていたのである。
 しかも、レイヴン達は総じて人間性の悪い面々ばかりが集っており、自由を傘に反社会的な行動や、倫理を逸した行動に走る者も少なくなかったのである。
 中には、己に寄せられる依頼と報酬を独占するべく、将来の商売敵となるであろう者を早めに消してやろうとの欲望や、弱者を叩き潰す事で得られる快楽を満たすべく、後継世代となるはずの新米・後輩レイヴンをも叩く者が居るほどである。
 そんな彼等に後継者など出来るわけがない。
 よって現在、レイヴンはほぼ100%が男性、しかも中高年以上の年を食った者達ばかりなのである。使用するACは老けないが、強化人間でもない限りレイヴンは老けて行くと言う自然の摂理は、レイヴンにも例外なく圧し掛かり始めた。
 時此処に至り、彼等は後継者たる新米の獲得に、やっと腰を上げ始めた。だが、先述の通りアウトローばかりが集うレイヴン達である。真っ当な神経の者が集まる所ではない。
 その為彼らは、バーテックス戦争以降、世に蔓延っている孤児達を集めてレイヴンとして仕立てたのである。
 逆を言えば、ルブラ・コルヴスは15歳以下の少年少女達をも動員せざるを得ないほど追い詰められている事でもあった。
「それに、少年少女ばかりの方が、イェーガー達も手を出し難くなる、と言う考えでもあるんだろ」
 クオレに言わせれば、少年少女が乗っていれば、そのACも破壊しようなどと考えないだろうと言うのが、レイヴン側の考えらしい。
「だとしたら的外れもいい所みたいだけどな」
「全くですね」
 アルジャーノンは不愉快そうに頷いた。
 イェーガーとハンターは、少年少女の乗るぎこちない動きのACを、次々と両手足破壊状態にし、降伏を勧告していた。一部、少年少女じゃない者が乗っている、見るからに動きのよいACもあったが、それは発見され次第、イェーガー達に叩き潰されていた。
 また、どこからの武装勢力からかき集めてきたと見えるMTやACBの姿もある。これらは同業者達が率先して無効化してくれているが、警戒すべきはそちらの方だとクオレは判断していた。
「クオレ、アルジャーノン。ダビッドソン少佐より、友軍の動向について報告がありました」
「何だ?」
 クオレはショットガンで銃撃してきたACに、マシンガンで反撃した。濃灰色と青の暗い機体が、弾幕を振り切る。
「友軍はルブラ・コルヴス本部への突入に成功。対空砲火の要衝を制圧し、そこを基点に作戦を遂行中、との事です。制圧は時間の問題でしょう」
 とりあえず友軍の心配はしなくて良さそうだなとクオレは頷き、正面のACに向き直る。
 敵ACは頭部こそ見慣れたCHD-SKYEYEだが、そのコアをCR-C90U3改めCCM-0X-U3としている。これは一切の付加機能こそないが、型番変更に伴う改良によって実弾・エネルギー両面に対する防御力が大きく向上し、重量級ACのコアに匹敵する防御性能を備えるようになったシロモノだ。おかげでグラッジパペットがマシンガンで銃撃しても、さしたるダメージを与えられない。
 防御力を指摘するなら、他の部位にも同じ事が言えた。
 そのACは実弾防御特化のCAM-01-MHL、更に旧型番のCR-LH92S3時代、重量や防御性能などで「死角のない性能」と謳われたCLM-02-SNSKA1で防御を固めている。しかも、エクステンションに追加装甲CSS-IA-64Sを装備することで、更に防御力を高めていたのだ。
 武器こそCR-WR73R2からMWG-RF/220へと型番が変わったライフルと、旧型番CR-WL88S2時代において、あまりの軽量ゆえに他のショットガンを駆逐したCWG-GSL-56が握られているだけだが、軽快な動きからライフルやショットガンを見舞う為、クオレはその回避に追われた。
 早速レーザーキャノンの出番か……そう思った直後、砲弾が撃ち込まれて敵ACの右足を砕いた。
 クオレの視線の先では、右手側から前進してきたポットベリーが、バズーカを撃ち放っていた。即座に回避に切り替える敵ACだったが、次の砲弾がコアに当ると大きく前面を抉られて仰け反り、3発目でフォースフィールドジェネレーターを破壊され、地面に倒れた。
 起き上がる前に、ポットベリーは両肩のミサイルを一斉発射、まずデュアルミサイルが敵機の下半身を砕き、続いて垂直ミサイルがコアを捉えた。
 その時、自身の右手側から敵ACが迫っていた事にアルジャーノンは見落としていた。
 即座にクオレは愛機を振り向かせ、マシンガンを打ち放った。
 目前のACは旧型番のYH15-DRONEの頃からECM耐性や防御性能を筆頭に評価の高いMHD-MX/EGRET、自身と同じMCL-SS/RAYとMAL-RE/REX、旧型番LH07-DINGO2時代、中量級2脚でありながら軽量級2脚を凌ぐ機動性を発揮して軽量級2脚を駆逐したMLM-SPINEをフレームに、ショットガンCWG-GSL-56と、エネルギーを収束させた代償として「ダガー」と揶揄されるほど刀身が短くなったが絶大な破壊力を有するCLB-LS-3771を振りかざし、速力任せに突っ込んで来る。
 そいつはグラッジパペットの弾幕を左右に避け、まるで彼が眼中にないかのごとくポットベリーに迫った。
「バック!」
 怒鳴り声に返すより早く、ポットベリーが後退した。
 直後、派手な音と共にAC2機が激突した。ポットベリーが予想外の前進をしたことで、本来なら真後ろへの密着を狙うつもりが、目測を誤ってしまって激突になったのだった。
 激突され、フォースフィールド同士が弾かれ、敵機は後ろに仰け反って倒れた。フォースフィールド出力が強いポットベリーは倒れた敵機を振り向くべく、悠然と旋回した。
 ところが、その敵機は頭上から降り注いだミサイルにより爆発した。
 半壊状態となってもなお立ち上がろうとした敵ACだが、グラッジパペットのマシンガンであっさり叩き伏せられた。フレームが軽量級なうえ、軽量級並みの機動性と引き換えに防御力も軽量級レベルの脚部である。動けないなら即座に撃破されるのが普通だ。
「深追いしたらダメだ」
 落ち着いた男性の声と共に、紫色の重量級逆関節がポットベリーの前方に降り立った。その声から、先程後退を促した声の主が彼だと気が付いた。
「すみません……次から気をつけます」
 アルジャーノンが頭を下げる横で、クオレも彼に気が付いた。
「おお、ジオストラも来てたか」
 ジオストラと呼ばれたハンターの顔が通信モニターに表示された。ACパイロットにしては珍しい、しかし兼業も数多いハンター達では少数だが目に付くインテリである彼、ヘルメットをつけていなければ大学生の如き短い黒髪にメガネと言う姿が目立ち、赤毛で少し逆立っている髪をしたクオレと並んだら、実に見事なコントラストになる事だろう。
 その彼もまた、数あるクオレの友人の一人だった。そしてアルジャーノンとも知り合いだったので、ハンター少年の口調はクオレに向くそれのままであった。
「パルスガンだけで大丈夫か?」
「大丈夫、問題ない」
 ジオストラの愛機・ターボクロックは、MHD-MX/EGRETを頭部とし、旧型番CR-C84O/ULより軽量化されたしわ寄せで防御性能が現行コアでは最低レベルとなったが、迎撃装置とMCL-SS/RAYに次ぐ出力と優れた燃費を両立したオーバードブーストによる潜在性が光り、しかも安価な軽量級コアCCL-01-NERをコアに採用している。腕部はグラッジパペットと同じくMAL-RE/REXで、重量級逆関節ながら動きが良く、防御や積載面でも落ち度のないMLB-MX/004に、垂直ミサイルMWX-VM20/1を2つ、連射性能と装弾数に優れるパルスガンMWG-KP/180、高威力の光波を射出可能なMLB-JAVELINを積み込んだ機体だった。
 本来ならCWEM-R20が搭載されているはずだが、今回はそれがない事にクオレは気が付いた。恐らく、弾切れか損傷で武装解除したのだろう。
 そのターボクロックに、トボトボと歩きながらライフルを撃つACが現れた。
 グラッジパペットが銃撃を仕掛ける前に、ターボクロックは即座に左腕を振るい、光波を射出した。鏃型の光波が、空気を切り裂いて飛んでいく。
 MLB-JAVELINは、バーテックス戦争開戦前にYWL16LB-ELF3として登場し、攻撃力と発熱量を増大させた短距離型ブレードとして注目されたが、それ以上にレーザーキャノンクラスの高出力光波を射出可能な事でも知られていた。型番変更後、改良によって消費エネルギーが前身モデルの約半分に低下し、更に光波出力が上昇したが、一方で刀身消失と言う弊害にも見舞われていた。
 しかし、標的ACの脚部・CLM-02-SNSKの左足を一撃の元に両断するその破壊力は、刀身消失と言うハンデを補って余りあった。足を失ったACは地面にうつ伏せに倒れ、そのまま動かなくなった。
 ターボクロックは倒れた敵機をガレージまで引き摺って行き、背部に据え付けられていた白い箱の様なものを引き剥がし、歩兵達を呼び集めた。
「早くパイロットを救出するんだ!」
 兵士達は即座にハッチに取り付き、開けに掛かった。あれは任せておいても大丈夫だろうと判断し、ジオストラはグラッジパペットとポットベリーの所へと戻る。
 クオレは敵機にマシンガンを撃ちながら、オペレーターに状況報告させていた。
「ハインライン、同業者達はどれ位生き残ってる!?」
「今の所AC2機、スティンガー2機の被撃破報告があります。いずれもACの自爆に巻き込まれての大破。それぞれに搭乗していたイェーガーは殉職です」
「自爆!?」
 クオレとアルジャーノンは耳を疑った。
「追い詰められた少年レイヴンが、イェーガーを道連れにACを爆発させたとの事です……」
 ハインラインの表情が翳った。
 その気持ちはクオレも同じだった。自分もやってきた事とは言え、少年少女を死なせるのは気分の良い事ではない。ましてや、クオレは妹エリーを殺された身分である。自分より若い者が死んでいく虚しさや悲しみは良く分かっている。
「クオレさん!」
 アルジャーノンが叫ぶと共に、グラッジパペットが銃撃された。フォースフィールドで弾は減衰されたが、左肩の迎撃装置が火花を吹いた。感傷を打ち砕かれ、クオレは即座にマシンガンを向ける。
「このヤロ、何しやがる!」
 マシンガンを向けた先では、ぎこちない動作でライフルをトボトボ撃つACの姿があった。
 フレームはCR-H69Sが生産中止され、型番がCR-YH70S2から変更されて以来、新米に支給されるACに搭載されるようになったCHD-03-CAT、もっとも無難なコアCCM-00-STO、汎用腕部CAM-11-SOL、もっとも安価な逆関節CLB-44-AKSで構成されている。真っ白に塗装されたそのACは、標準的なライフルであるMWG-RF/220を2つ携え、その背にCRU-A10と、よく分からない箱の様なものが積まれている。少なくとも、クオレには見慣れないものだった。
 フレームの貧弱ぶり、トボトボ歩くだけの挙動から、クオレは即座に未熟な少年の乗るACだと判断、即座に銃撃を開始する。マシンガンの猛連射を前に、右腕のライフルはあっさりと破壊された。
 続いて、ジャンプで逃れようとした所を追い討ちし、逆関節脚部を弾幕でズタズタに引き裂く。
 そのまま、グラッジパペットはMWG-MG/800を武装解除、身軽になった上で斬りかかろうと迫った。
「来ないで!」
 その声でクオレは一瞬躊躇った。
「女の子……なのか? 君?」
 観念したように、通信モニターに敵機パイロットの顔が映る。パイロットスーツに未を包む華奢な身体、茶色い瞳に茶色いツインテールと、容姿はいかにもな女の子だった。
「どうして……」
「来ないで!」
 近寄ろうとするポットベリーに、少女はライフルを向けた。
「それ以上近付くと……爆発するよ!」
 少女がスイッチを掲げ、そのボタンに指をかけた途端、背後の箱で赤い光がちらついたのをクオレは見逃さなかった。
 ポットベリーとターボクロックが、得物を構えつつゆっくりと歩み寄る。
「ねえ、こんな事止めましょう。君の為になりませんよ?」
「バカな事は止めるんだ!」
「来ないでって言ったのが分からないの!?」
 少女が泣きそうな顔を浮かべ、何かのスイッチを握る手をアルジャーノンとジオストラに見せる。
「止めるんだ! そんな事をしても意味がない!」
「スイッチから手を離して下さい!」
 愛機を進ませようとしたアルジャーノンとジオストラだが、その前方をグラッジパペットの腕とマシンガンが遮った。
「君、何を……」
「ジオストラ、アルジャーノン、それ以上近付くなよ。特にアルジャーノン、お前、享年13歳って墓に彫られちまうぞ。俺はそんなのが彫られた墓なんか見たくないからな」
「えっ……!?」
 クオレの視線に当てられ、アルジャーノンはすくんだ。
「あれは自爆装置のスイッチだ。多分、あいつの肩に積まれてる奴のな」
 早く気が付けば良かったと、クオレは内心唇を噛む思いだった。第一、それはよく見ていれば気が付く話だった。少年レイヴン達が駆るぎこちない動きの機体に、例外なくその白い箱が積まれていた事に。そして本来のレイヴン達が乗っているとわかる動きの良いACの一切が、それを装備していないことも。
 おそらく、レイヴン達は目的を果たせないなら自爆して敵を道連れにしろと、少年少女達に叩き込んだのだろう。絶対服従を余儀無くされるほどの恐怖と威圧で。
「ジオストラも、まだ三十路にもなってないうちに死ぬべきじゃねぇし、お前だって死にたくないだろ?」
「それはそうだが……君は何をするつもりなんだ? あの子を説得でもするのか? 自爆するかもしれないんだぞ?」
 クオレの目が釣り上がった。
「おい、頭デッカチ。こういうのは理屈じゃねぇ……ここだ」
 そう言い、クオレは己の右胸を指差し、軽く叩く。
「クオレさん……」
「大丈夫だ、俺に任せろ。ガキの扱いには自信がある」
 後衛2人へと不敵に微笑むと、クオレは少女に向き直った。ジオストラは内心冷や汗ものでその様子を見るしかなかった。
「なぁ、君……」
「来ないで!」
「良いから話を最後まで聞いてくれよ。最後まで話を聞かなきゃダメだって、パパかママから教わらなかったか? それとも、お兄ちゃんかお姉ちゃんが言われなかったかい?」
 フランクな声と姿勢でクオレは話しかける。
 肉親を意味する単語を聞くなり、少女の顔が曇り、涙が頬を伝い出した。身内の事を思い出したのだろうかとクオレは察した。そして後輩に、小声で伝える。
「クソレイヴンどもに邪魔をさせんな」
 アルジャーノンは無言で頷いた。ジオストラは愛機の武器を下げる。
「なあ、どうしたんだい?」
 グラッジパペットがさらに歩を詰める。
「良かったら俺に言ってくれないかい?」
 クオレはグラッジパペットの両手を開放した。赤いMWG-MG/1000と黒いMWG-MG/800の銃身が地面に落ち、更にMLB-HALBERDとMWC-LQ/15も武装解除して地面に転がした。
「クオレ、何をなさるつもりですか……?」
「正気か、君は!?」
 オペレーターと同業者に構わず、喧騒と銃撃が続く周辺も意に介さず、クオレは愛機を丸腰にしてのけた。
 この様子には、流石の警戒気味の少女レイヴンも目を丸くした。大体、戦場で丸腰になる男など聞いた事がなかったからだ。未熟だから当然と言えば当然ではあるが。
「何してるの……?」
「武装、全部外したんだ。こんな俺が危険に見えるか?」
 少女は首を左右に振った。
「うん、そうだろそうだろ」
 クオレは笑って見せた。その様子に、恐怖や警戒、敵意はなるべく出さないように。そもそも、説得する上であからさまな敵意は絶対禁物なのだから。
「なあ、教えてくれないかい? 何でお嬢ちゃんがこんな事してるのかって。パパとかママとか、お姉ちゃんとかお兄ちゃんとか、あと妹とか弟とかはどうなんだい?」
「どうしてそれを聞くの……」
 それを説得のダシにしようと等とは言えない。だが個人的感情として、クオレは彼女の家族構成が気にはなっていた。孤児だったら家族を盾に交渉する事は出来ないが、もし、彼女が普通の市民だったなら……。
「俺は家族――父も母も姉も妹も、みんないなくなったんだ。クソッタレの忌々しい筋金入りド畜生のジナイーダのせいでね。君も同じなのかい?」
「ううん」
 クオレは安堵した。人間と交渉面、両面において。
「お姉ちゃんが生きてる」
「そうか……で、君に提案なんだけどさ」
 クオレは早速本題に入る。
「お姉ちゃんに会いたいとは思わないのかい?」
「うん……でも……」
 すぐに肯定しないところからすると、訳アリのようだな――クオレは察するや、黙って耳を傾ける事とした。
「レイヴン達があたしを強引にACに乗せて、従わなかったら殺すぞって! お姉ちゃんに会いたいのに……危険になったらこいつを押して自爆しろ、さもないと殺すぞってあたしに!」
 やっぱりなとクオレは頷いた。
 大体、ACに乗れなくても事務員や指導員など、何かしらの形で組織などに関与し続ける事も出来る本職のハンターや、ACに乗れなくても食い扶持のある兼業ハンターとは違い、ACに乗れなくなれば野垂れ死ぬ立場のレイヴンである。
 そんなレイヴンには、生き残る為には形振り構わぬ、他人の迷惑や事情など欠片も考慮しない連中ばかりが揃っている。ゆえに誘拐や裏切り、闇討ち等の卑劣な手段は幾らでも取って然り。彼等からしてみれば、恐喝など日常茶飯事なのだ。
「だったら会わせてあげようか?」
「でも……レイヴンが……」
「安心していいよ、必ず会えるから」
「誓う?」
 保障は出来ないとつい答えがちだが、それはならんとクオレは自問自答する。例えそれが嘘であったとしてもだ。過酷な現実を突きつけて、それが元で自爆されるぐらいならば、優しい嘘の方が良い場合もある。
 これまで残酷過ぎる現実を目の当たりにしているクオレだけに、敵の少年少女兵説得に当ってはその点を意識していたのだった。
「誓うよ。だからもう、そのスイッチは要らない――」
 今まで諦観していたハインラインが、ここで事情を知ってから知らずか、届いたばかりの情報を吐き出した。
「クオレへ、ルブラ・コルヴス突入チームから連絡。指導者の抹殺と施設内完全掌握に成功との事です。レイヴン消滅は時間の問題でしょう」
 さらに、手元のモニターに目をやりながら続ける。
「さらに周辺の同志達が、交戦中のレイヴン達に降伏勧告を行っています」
 上出来だ! クオレは笑って少女に向いた。
「……聞いたかい?」
 少女はこくりと頷いた。
「だからもう、レイヴンを怖がる必要なんてない。従う必要もない。奴等の言う事なんか聞かなくていいんだ。それに、お姉ちゃんに会いたいんだろ? 会いたいなら、もうそのスイッチは必要ないよ。早く手放して、お姉ちゃんに会いにいきなよ」
 少女の目に涙が溜まる。
「このアマ……」
 怒りに満ちた低い声が、通信モニターを介してクオレの耳に届く。
「クソッタレの盗賊鴎野郎に絆されて、裏切りやがるか……」
 少女のACの前で、半壊状態の中量級2脚ACが、携行型グレネードキャノンCWC-GNS-15を前に向けて歩み寄ってきた。フレームは損傷がひどく構成パーツを判別できないが、イェーガーを卑下している当り、乗っているのは本職のレイヴンであろうと皆は察した。
「死ね!」
 ナービス戦争時代より、その連射性能で猛威を振っているグレネードキャノンが咆哮をあげるよりも早く、ターボクロックのブレードが振り抜かれた。山吹色の光鏃が、既にボロボロになってパーツ判別も出来ないACを一撃の下に叩き伏せた。更にパルスガンで追撃され、もはや残骸同然のコアから煙と炎が上がる。
 ポットベリーのバズーカも砲弾をコア目掛けて吐き出し、装甲を深々と抉り程なくして爆発を誘発した。
「ぐわあぁぁぁ! 火がァァ!」
 苦痛のうめき声を上げながら、レイヴンは搭乗機諸共火葬されて行ったが、その残骸に、ターボクロックがもう一度光波を食らわした。既に弱っていた装甲がこの一撃で完全に叩き壊され、爆発四散した。
「あの世で喚いてろ、このクソッタレ野郎」
 クオレは侮蔑の色をむき出しにして吐き捨てた。
「盗賊鴎で何が悪いんだ!!」
 なおも炎上する残骸目掛けてアルジャーノンが怒鳴った。そして怒りと愛器の重量に任せて残骸を踏み砕く。
 ちなみにイェーガーは「猟師」の意だが、トウゾクカモメという鳥類の事も言い、それゆえ俗に盗賊鴎と呼ばれる事もあった。レイヴンが鴉と言われるのと何ら変わりはない。
「下衆は引っ込むように。ロクでもない方向に話がそれてしまう」
 吐き捨てるジオストラに、全くだなとクオレは肯定した。
「さあ、これで邪魔者はいなくなった。お姉ちゃんに会えるぞ。そんな下らないスイッチと装置なんか捨てて、会いに行くといい」
 少女はコックピットですすり泣いていたが、クオレの言葉を聞き、自爆なんかしなくても良い事、自分を脅迫していたレイヴンが目の前で死んだ事、そして姉に会える事が、複雑に絡み合って涙腺を突き、遂には決壊させた。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
 コックピット・コンソールに突っ伏して、少女は泣いた。声を張り上げて泣いた。他のイェーガー達が機体から降りるよう促しても泣いていた。泣いて泣いて泣きまくった。
「……彼女は撃破する必要はなくなりましたね」
 ジオストラが呟く。
「ああ。彼女にはもう……危険はないからな」
 クオレは武装解除したレーザーブレードを拾い、また左腕に装着し直し始めた。
「よかった……一時はどうなる事かと思いましたけど……」
 神経を張り詰めさせていたアルジャーノンは大きく安堵の息を漏らした。
「クオレ、彼女を第2滑走路まで誘導してください」
 ハインラインは慣れたもので、先の交渉劇にも全く動じぬままに職務をこなしていた。
 周辺では、イェーガーやハンター達によって生き残ったレイヴン達の武装解除が進められていた。生き残った者達は悉くが第2滑走路に集められ、ACから降りるよう命ぜられた上で、ハンガー前に集められていた。クオレの予想通り、集められたパイロット達は少年少女ばかりだった。
 クオレも少女のACを誘導し、イェーガーに引き渡す。
「ハインライン……こいつ等はどうなるんだ?」
「どうでしょうか……然るべき取調べの後、元の生活に戻っていく――そうなってくれれば、喜ばしい事なのですが」
 自分には分からないしどうする事も出来ないと、ハインラインは苦い顔であった。
 程なく、ダビッドソン少佐より戦いの決算が発表された。被撃破機はAC3機、スティンガー2機。何れも敵の自爆によるものであった。
 一方、ルブラ・コルヴス本部攻撃隊50機のうち、撃破されたのは16機。確認が取れただけでも撃破した機はAC15機、ACB18機、MT40機以上。イェーガーとレイヴンの戦いの殆どがそうであるように、今回もイェーガー側の勝利である。
 しかし、クオレの気分は晴れない。
 理由としては、自分が説得して無害化した少女の身の事だった。出来る事なら姉に会わせる所まで見守ってやりたいのだが、それは出来そうになかった。何故なら、クオレとアルジャーノンは、あと5時間ほどでインファシティを飛び立ち、本来の拠点に戻らなければならないからだ。
 クオレとアルジャーノンはハンターではあったのだが、今回はあくまでも、機械生命体との交戦に伴う援軍要請により、インファシティ基地へ5日間の期限付きで出向いていたに過ぎず、今日がその期限満了日だった。
「クオレ、アルジャーノン……輸送機の準備を始めます。指示があるまで、そのまま待機して下さい」
「了解……」
 晴れない気分で、クオレは操縦桿から手を離した。意に反してACに載せられ、自爆さえ強要された少年少女たちのことが気掛かりだったのだ。
「敵反応の消滅を確認しました。システム、通常モードに移行します」
 集められたACがすべて停止したのを確認したのか、システムが戦闘終了を発した。しかし、それでもクオレの気分は晴れなかった。
13/10/19 14:50更新 / ラインガイスト
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■作者メッセージ
 後半部の少女説得シーンで相当神経すり減らしましたorz
 実際にああやって説得できる保証はないのですが……まあ、本作はフィクションですから(それで良いのかよ)

 少年少女レイヴンは発展途上国でよく見られる少年兵や、第二次世界大戦末期の日・独をイメージしています。彼等を送り込まねばならないバックボーンも併せて描き、レイヴンの終末感を出しています。
 何せ、WWII時代、日本も戦局悪化に伴って学徒出陣があり、独逸ではヒトラーユーゲントの15歳未満の少年を軍務に付けるような事があった位ですから……。
 レイヴン達も同じような状態としたかったので、こうしてやりました。
 もうまともな戦力がない、と言う悲壮感が出せれば良いのですが……上手く出せず。難しいものですね。

■本来ヘルゼーエンを出す筈が
 今回クオレの味方機としてジオストラを出しましたが、実は彼は元々AC2に登場したランカー・ヘルゼーエンのつもりで作った人物です。
 しかしながら、「レイヴンには珍しいインテリ」を突き詰める過程でヘルゼーエンとは別物となり、結局名前まで変わってしまい、完全な別人となりました。
 他の人はどうか分かりませんが、私が小説書くとこうした誤算が付き物……まあ確かにやりたいようにやるのは否定したくないんですが、ここまで変異が続くのも考え物ですね。

■仕様改変マンセーもどうかと(爆)
 変異と言えば、本作では何かとパーツの仕様がヘンな事になっております。
 今まで挙げた中でも、両肩装備の筈のMWX-VM20/1とCWX-DM-32-1の同時装備、MLL-MX/EDGE(原作ではLH10-JAGUAR2)の中量2脚化、MLB-HALBERDの刀身長調整機能、H11-QUEENのレーダー機能消失などなど……。
 しかし、ミラージュダガーことYWL16LB-ELF3をMLB-JAVELINと型番変更し、刀身を消失させる暴挙に至ったのは多分私だけでしょうな(笑)
 結果、「ミラージュダガー」は以後「ミラージュ光波ブレ」と言う事に(えー)。

 でもここのパーツ評価見る限りでは、ミラージュダガーの光波は相当強いようなので、刀身無しでもいけそうな気がします(爆)。
 とは言え普通は光波+刀身でダメージを与えるものですから、やっぱり刀身はあっても良かったかなと思ったり(どっちだ)。

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