連載小説
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#2.味方殺しの刃
 気が付いた時、マナ=アストライアーはヴィエルジュのコックピットにいた。だがアストライアーの眼前には、既に彼女とは別の、コックピットのシートに座る人物がいる。
 誰かと思ったが、短く切りそろえられた濃紺の髪。濃紺の軍用コートに身を包んだその姿に、アストライアーは見覚えがあった。なぜなら、それはいつも自分が目にしていた者だからである。
(……私?)
 疑問に応じるかのごとく、シートに座る人物が彼女に向いた。
 座っていたのは、マナ=アストライアーその人だった。短く切りそろえられた濃紺の髪。濃紺の軍用コートに身を包んだその姿は、自分のいつもの姿ゆえ、見間違う事はない。
 ただし、顔の皮膚の一部が銀色に変色していた。
 銀色のアストライアーはアストライアーに顔を向けたままACを動かしていた。そして、次々に周囲を攻撃していく。
 彼女の攻撃対象は非武装の民間人ばかりだった。何の抵抗も出来ぬ者を、銀色のアストライアーは次々にヴィエルジュで殺戮して回っている。
 ろくに歩けない老人、何も知らずに遊んでいる子供、身ごもった女性、そういった者がいても彼女には無関係だった。とにかく目に付いた人間を片っ端から殺し、目に付いた建造物を次々に破壊している。
(何故殺す? 彼等は民間人ばかりではないか! 彼らが何をしたと言うんだ?)
 アストライアーが思いを口にするよりも、銀色のアストライアーが先に口を開いた。
「これが貴女の選択した道。貴女は生きる為に破壊し、殺さなければならない世界に足を踏み入れた」
 周囲の人間を殺していくたびに、銀色の肌のアストライアーの銀色の部分は拡大していき、さらに首筋からコードの様な物が、さながらミミズの如く這い出して来たかと思うと、銀色の部分に次々に接続されていく。
 徐々に私は人間ではなくなっていく。アストライアーは眼前で機械的になっていく自分の姿を見てそう感じていた。
 そして、肌が銀に変色したアストライアーは言い放った。
「貴様もいずれこうなる……私と同じようにな」
 その声とともに、アストライアーは頬に激しい痛みを感じた。一体何と思い、彼女は痛みが走った部分に手を置いた。質感は妙に硬く、まるで金属のようだった。
(……金属!?)
 だがそう思った直後、アストライアーの首からは眼前にいるもう一人のアストライアーと同じ様に、無数のコードらしいものが、赤黒い血と共に飛び出し、彼女の頬に次々に突き刺さった。


「レ…ヴ…! ……ヴン! どうした!?」
 非現実的な出来事を前に、意識が遠のいたアストライアーを呼ぶ声が響く。
 アストライアーの体は電気ショックを喰らったように跳ね起きた。そして周囲を見渡し、自分の愛機であるヴィエルジュのコックピットだと認識する。
 だが、あの機械的な自分の姿は何処にも無かった。自分の頬が金属化している感触も無かった。
 自分がいつもと変わらない状態であることを一瞬の内に確認し、アストライアーは胸を撫で下ろした。
「アストライアー、どうした?」
 夢だったのかと微かに安心したアストライアーを咎めるように通信が入る。
「いや、何でも無い。少し眠ってしまった様だ…」
「全くいい身分だな……まあ良い、まもなく作戦領域だ。降下体制に入ってくれ」
 通信を介して聞こえてくる声の主はミラージュの通信士である。
 アストライアーはレイヴンにしては珍しく、レイヴン斡旋機構グローバルコーテックスから派遣される専属のオペレーターが居ない為、依頼主の企業が抱える通信士のナビゲートをもとに依頼を遂行しているのである。
「了解」
 アストライアーがそう答えた直後、輸送機のパイロットからもアナウンスが入る。
「ACを投下する」
 パイロットの声に呼応するように、トレーネシティ上空を横切る輸送機のハッチが開き、ACが降下した。
 輸送機は2機おり、そのうちの一機からはアストライアー駆るヴィエルジュが、もう一機からはランカーレイヴン「ファナティック」が駆る重量級4脚AC「レッドアイ」が投下された。
「お互いせいぜい協力するとするか……」
 冷徹なマナ=アストライアーにも負けず劣らずの冷たい声が、通信機を介して聞こえてくる。それがファナティックの声だった。
 だが通信モニターに映るファナティックは、銀髪に赤い瞳、右目に眼帯と異質な姿ながらも、どこか寂しげな印象を漂わせていた。この寂しげな印象に惚れたファンは数多いというが、しかしそんなことはアストライアーにとってはどうでも良かった。そして、グローバルコーテックスにしてもそれで別に問題ないのだろう。
 レイヴンにまず求められるのは人気や素性ではなく、実力なのだから。
 そのファナティックが駆るレッドアイは、基本性能は確かだがレーダーがないCHD-04-YIVに、EOタイプコアの標準機種MCM-MX/002、軽量だが安定した性能のCAL-MARTE、4脚タイプとしては積載に優れるCLF-D2-ROGという、エネルギー消費の高いフレームに、エネルギーシールドMES-SS/011を携えている。
 エネルギー消費が気にならないのかと思ったアストライアーだが、攻撃は一般的なマシンガンCWG-MG-500と、16発の散弾を吐き出す重散弾砲CWC-SLU-64で行うので、さほど気にはならないらしい。
 しかし、それでも高性能レーダーのMRL-MM/009を積んでいたため、どうしてもエネルギー消費が気に掛かった。
 まあ私には無関係だがなとアストライアーは割り切り、自分の周囲を飛行する青い機体に狙いを定める。
「敵は高機動型MT『ブルーオスプリー』8機……随分面倒な奴をよこしたものだな」
 敵MT8機はいずれも、レーザーキャノンを搭載しながら、高速での撹乱及び奇襲を得意としている剣呑な代物であった。
 すぐに攻撃に転じるアストライアーだが、MTは2機のACを馬鹿にしているかのように周囲を飛び回っている。レッドアイは先程からマシンガンでMTを攻撃しているようだが、高速で動き回るMTを補足するのに手こずっているのか、それとも機動性に優れた複数の敵機との戦闘に不慣れなのか、攻撃が途切れ途切れだった。
 やがてヴィエルジュの左側面にブルーオプスリーの1機が着地し、歩行形態に変形した。
 右腕装備をショットガンCWG-GS-56から、携行弾数重視型バズーカのCWG-BZ-50に変更していたヴィエルジュは、その砲口を敵MTに向けるが、発砲の直前、敵MTは眼前のACに向けて高出力レーザーを放ってきた。
 ヴィエルジュは回避しようとするも一瞬遅れ、レーザーの直撃を受ける。
「チッ、小癪な真似を…」
 ヴィエルジュもすぐさまMTにバズーカを撃ち込み、反動で大きくのけぞった隙にブレードを一閃させ、敵MTを両断した。
「まずは一機」
 アストライアーは次のターゲットに狙いを定める。次はレッドアイの後方からレーザーを浴びせんとしていたブルーオスプリーにバズーカを放った。
 バズーカを放つと同時に今度はブーストでダッシュ、バズーカの砲弾に直撃されて動けない敵機に急接近し、再びブレードを振るった。
 敵機は変形して逃げようとしたが間に合わず、斬り捨てられた。
「どうした? 遅れているようだな?」
 ファナティックから通信。アストライアーはそれに反応して、ヴィエルジュの頭部をレッドアイの方に向ける。レッドアイはマシンガンでMTを攻撃している。
 さらにその周囲を見てみると、敵MT3機が既に残骸となって転がっていた。
「この位……どうって事はない」
 ファナティックへの返答もそこそこに、アストライアーは愛機を再び着地させる。刹那、ヴィエルジュは変形したMTにバズーカを撃ち込みつつ突進、ブレードを一閃させた。
 ヴィエルジュの斬撃は確実にMTを捉えていた。MTは蒼白い刃に薙ぎ払われ、破壊された。
「残りは一機だけか」
 しかしその最中、ミラージュの通信士から通信。
「上空に敵輸送機出現、新たな敵MTの投下を確認! 迎撃してくれ!」
 アストライアーはこの時、残るブルーオスプリーにバズーカで攻撃していた為に目を向ける状況では無かったが、トレーネシティ上空には社章及び所属部隊章のない輸送機が飛行していた。そしてそのハッチが開かれ、ステルス迷彩を装備した戦闘用MT「フリューク」を3機投下した。
 ヴィエルジュが最後となったブルーオスプリーを撃破した直後、レッドアイにマシンガンが降り注いだ。ファナティックはすぐレーダーに目を向けるが、反応はない。
 だが、マシンガンの火線が走って来た方向に視線を向けると、蜃気楼の様になってはいるが、MTの輪郭が見えた。
「上等だ……」
 ファナティックの醒めた声に少し遅れ、右肩の重散弾砲が前に倒され、散弾を吐き出した。次の瞬間には、その蜃気楼の如きMTは爆発と共に消え、代わりにその正体だった残骸が姿を現した。
 一方ヴィエルジュも、既にフリューク2機と交戦状態にあった。
 当初はアストライアーもこの姿を消すMTを見つけられなかったが、しかしファナティックが手こずっている時には火線の出所から相手の位置を特定、2機のうち一機をレーザーブレードで両断、撃破するに至った。目まぐるしく動く相手を捉える必要がある近接戦闘で培われた動体視力が幸いした。
「後はその一機だけらしいな」
 ファナティックも最後の一機となったフリュークを潰そうと向かう中で、アストライアーはその眼前に蜃気楼の如き姿となったMTを捉える。
 ヴィエルジュの左手に青白い光の刃が生成され、フリュークに振り下ろされた。
 これで終わりだとアストライアーは確信した。
 だがフリュークに青白い光の刃が一閃する直前、ヴィエルジュの前方に、重散弾砲を直撃させようとでもしたのか、いきなりレッドアイが躍り出た。
 すぐにアストライアーはブレード攻撃を停止させようとする。
 だが、遅かった。アストライアーが急停止しようとした時、敵MTを切り裂く筈だったブレードは、前方に現れたレッドアイを直撃していた。
「……貴様、何のつもりだ……!?」
 鋭い視線とドスの聞いた声がアストライアーの鼓膜を震わせる。
「……そっちがそのつもりなら!!」
「よせ! 殺すつもりは――」
 だがアストライアーが弁明するのを待たずして、ファナティックは友軍信号を解除、ヴィエルジュに重散弾砲を浴びせかかった。
「止めろ! 撃つな!!」
 アストライアーが攻撃停止を求めるが、ファナティックは聞く耳を持たない。ヴィエルジュに次々とマシンガンや重散弾砲を放ってくる。
 ましてや敵であるMTも攻撃を止める筈が無く、結果としてヴィエルジュは複数の敵から攻撃を浴びせられる形になった。
 だがアストライアーは冷静だった。愛機を最後の一機となったフリュークに向け突撃させ、一瞬のうちに斬って捨てた。複数の敵を相手にする場合、先にどちらかを倒して敵の頭数を減らす――兵法論の鉄則に乗っ取っての行動である。
「ファナティック、命令違反行為を至急止めるんだ!」
「オペレーター、もう良い、こいつに説得は不要だ」
「アストライアー……?」
 最後の一機となったフリュークを斬り捨てると、アストライアーはミラージュ通信士の説得を遮り、敵対者となったレッドアイにバズーカを向け、砲弾を叩き込んだ。
 レッドアイは反動でひるむも、それでもマシンガンを放ち続ける。
 だがヴィエルジュは格闘戦主体のACならではの高い機動力を活かし、上下左右に激しく切り返してマシンガンの弾幕を回避する。多少被弾したが、中量級脚部MLM-MX/066はマシンガンの弾数発で壊れるほどヤワではない。
 レッドアイも至近距離ならマシンガンを回避しきれまいと、ブーストで距離を詰める。アストライアーもそれに反応し、OBを起動し急速離脱。
 すぐにでもムーンライトの一閃を見舞いたいアストライアーだったが、しかし彼女はレッドアイのアセンブリを見て、確実にブレードを叩き込めるであろう、ある瞬間を待つことにした。
「……このままファナティックに暴れられていても仕方が無いか。アストライアー、レッドアイを鎮圧してくれ」
「了解した」
 自分を潰そうとする以上、自己防衛を言い分に撃破してやろうかと思っていたアストライアーだったが、しかしこれで自分を潰そうとする相手を倒す正当な理由が出来た。
 それにファナティックに暴れられている以上、市街地への被害も少なからず出るだろう。そう言う点では、通信士の判断も間違いではなかった。この後に何が待っているかは不明だが。
 しかし、クライアントの命令もあるとは言え、味方を殺す羽目になろうとは――そんな事を考えている間に、後退を続けるヴィエルジュは柱に引っ掛かってしまい、柱を避けようとするもその際にマシンガンで装甲を削られる。
 さらにレッドアイは重散弾砲をヴィエルジュに向け、ショットガンのそれとは比較にならぬ威力の散弾を撃ち出した。
 幸い至近距離での全弾直撃こそ免れたが、しかしコアの迎撃機銃が吹き飛び、左肩と右足の装甲が一部砕け、飛び散った。
「くそっ、私としたことが……」
 だが頭は悔しさよりも身体が先を動かした。レッドアイが重散弾砲を放った事を確認したアストライアーだったが、即座にOBを起動し、レッドアイに突撃した。
 重散弾砲――嘗てはスラッグガンの名で呼ばれていたCWC-SLU-64は、至近距離においては強力な火力を誇るが、その反面、連射性能が著しく欠落しており、次弾の発射までに時間がかかる。その間は攻撃面で隙が出来ると読んだアストライアーは、発射後の隙を突いて一気にレッドアイを叩き潰そうとしていたのだ。
 しかし、斬撃のタイミングを少しでも誤ると、逆に至近距離から銃撃をまともに浴び、此方が大打撃を被るリスクもあった。
 だがレッドアイが反撃に転じる前に、ヴィエルジュはOBでレッドアイに肉薄、レーザーブレードを振るって右手のマシンガンを叩き落し、そのまま青白い刃と、三日月の如き光波を幾度も打ち付けた。
 ファナティックはブーストで距離を離そうとするも、この連続攻撃から逃れる事は出来なかった。
「ぐッ……き…さ……」
 そしてファナティックの台詞を最後に、レッドアイは炎と黒煙を上げて崩れ落ち、爆発した。
 息を荒げるアストライアーが落ち着きを取り戻した頃、彼女の目の前にあるのは、原形を留めぬほどに破壊された、かつてAC「レッドアイ」だった鉄屑のみ。そしてその周囲に数機のMTの残骸が散乱している。
 自分の命の狙う者があれば、そしてクライアントの命令があれば仲間すら躊躇無く攻撃し、容赦無く殺す――それがアストライアーと言う女性レイヴンなのである。最も、元来「企業の駒」として生み出された傭兵であるレイヴンと言うのはそういう存在なのだろうが。
「敵機全滅を確認。交代人員が来るまで、引き続き任務を継続してくれ」
 アストライアーは深呼吸をした後、コックピットのリアシートに疲れた様にもたれかかったが、再び頭を任務へと切り替えた。
 またやってしまったか、とだけ呟いて。
14/10/16 10:24更新 / ラインガイスト
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■作者メッセージ
 第2話の元ネタは原作にてファナティックが出てくるミッション。と言う事で展開もそれに準じたものになってます。つまり、途中まではファナティックと共闘しておきながら、後に敵対、と。
 コンセプト的には、「共闘しておきながら、依頼主の意向次第でかつての戦友すら手に掛ける」という、アストライアーの非人間性を強調してます。

 思えば、ACで長らく二次創作やって来ましたが、AC同士の戦闘を描くのはこれが初めてでした。
 戦闘描写は現役時代、アリーナなどでファナティックの行動を観察し、また攻略本などでパーツデータを眺めて「マシンガン撃ってる時は回避に専念した方が良さそう」「スラッグガンはリロード長過ぎるので撃ったらスキだらけになるんじゃないか」等とパーツの弱点をあれこれ考え、そこから「アス姐の戦闘スタイルであるブレードメインのインファイトと照らし合わせ、どう動くべきかを考える」と言う流れで形にしました。
 勿論、それはブレインストーミングの段階での話であり、考えた対処法を文字、しかも小説用の文章に起こすと結構シンドイのが正直な所です(滅)。
 でもその甲斐あって上手くまとまりました。

 ところで元ネタでのミッション、その気はないのにファナティックを誤射したりして、ファナティックが邪魔だと感じたのは私だけでしょうか?(爆)。

 ちなみに、原作中でスラッグガンと呼ばれていたCWC-SLU-64は、劇中においては以後「重散弾砲」と呼称する事とします。
 と言うのも、スラッグは散弾ではなく、本来は大きな弾が一発飛び出すものと言うことなので、それを知って「この呼び方はどうなんだろう……」と思ったのですが、かと言って適当な名称も浮かばない。
 と言う事で、ストレートに「重散弾砲」という表現を使って呼称しています。

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