連載小説
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#28.もうひとつの「決戦」(後劇)
「こちらネージュ、みんな無事?」
 土煙が立ち込める中、ミルキーウェイがレイヴン達に呼びかける。
「こちらヴィエルジュ、どうにか生き残った。別アリーナからの客人も無事だ」
 その証拠に、ヴィエルジュの背後からシルバーウルフが歩み出した。迎撃装置と頭部、右腕をなくしていたが、それでも両足は確かに地面に付いていた。
「俺? ああ全然」
 スタティック・マンは瓦礫で所々損傷し、右腕が脱落していたが、コアは無事だった。
「こちらインパルス、かなりやられましたが大丈夫です」
「クールヘッドよりネージュ、右前足と左の肘をやられたがとりあえずは無事だ。グローライトも、どうやら生き延びたようだ」
「左腕と頭とレーダーがなくなっちまったけどな」
 ミルキーウェイの声に、この戦いを共にしたレイヴン達が相次いで応答する。
「よかった……みんな無事で……」
「いや、ハードエッジはどうしたんだ?」
 ブラスが小さく呟くと同時に、シティガードから、ついでオリバーから通信が入った。
『此方シティガード、作戦行動中の全機へ。敵戦力は撤退を開始した模様だが、しかし此方も被害甚大……』
『こちらミラージュ作戦室、こちらでも敵部隊の撤退開始を確認』
 どうやら作戦は終了した、と認識して良い様だ。一同の誰もがそう判断した。
 実働部隊襲来により地獄さながらの光景と化したトレーネシティだが、とりあえず、市街地全体が壊滅状態になる事だけは避けられたようだと皆が確信し、アストライアーは安堵した。
 崩壊したビルの向こうでは、球状メカが次々にトレーネシティ市外に向けて進行して行く様子が見えた。司令機が発した撤収命令によるものだろう。実働部隊ACも次々に市街地を離脱して行くが、その中には半壊状態になりながら、ブーストを吹かして逃げて行くACや、姿勢制御システムをやられたのか、千鳥足となって瓦礫に倒れ込み、そのまま動かなくなるACも見受けられた。
 そんな中、スタティック・マンは金蔓を逃がすまいと、目前の実働部隊ACをひっ捕まえ、撃破しようとしていた。
 それはMLH-MX/VOLARベースの重量2脚タイプで、プラズマライフルMWGG-XCD/20、パルスキャノンMWC-XP/75、チェインガンで武装した重火力ACだった。
 しかし、攻撃の要となっていた対ACライフルを右腕ごと失っていたスタティック・マンに残っていた装備は、小型ロケットと左腕のブレードだけとなっていた。しかしストリートエネミーには、既に戦闘プランが脳内で提示されていた。
「此処まで来てみろ!!」
 左腕を突き出して挑発すると、スタティック・マンは急速後退、小型ロケットを連射しながら、ネージュの近くを横切って更に後退した。
「え? ってちょっとお兄ちゃぁぁぁん!!」
 実働部隊ACはロケット砲撃がネージュによるものと判断、純白に塗装された軽量級ACにチェインガンを見舞って来た。
「ちょっとどう言う事なのーーー!!」
 敵ACの火力を前に回避行動をとり、更に義兄に文句を飛ばすも、既に視界からはスタティック・マンの機影は消えていた。行方が気になったが、しかし目前の敵がネージュを敵と判断、チェインガンやパルスキャノン、プラズマライフルで攻撃して来た為、回避行動に移らざるを得なかった。
 ネージュが敵を引き付けている間に、スタティック・マンは上空へと舞い上がっていた。ちょうど、ネージュを追撃する為に、地上に居たとして、自分に背を向ける格好になった相手に対し、急降下からのブレードでまずは一撃し、その後は側面を取ってひたすら斬り込むのが、彼の意図であった。
 果たしてアストライアーが出来た急降下斬撃が、自分に出来るかは分からない。しかしやって見なければ分からない、その一言で自身に生じた疑問と不安を強引に振り払い、ストリートエネミーは愛機のブースターを停止、急降下を始めた。スタティック・マンの左腕には光の刃が形成され、ネージュを負う相手の背後に向かうまでのアプローチも問題無さそうだった。
 しかしミルキーウェイの危機を察してか、ネージュの背後に居たスタリオンが、逃げる隙を作ろうとマルチミサイルを放った事で、実働部隊ACはデコイをばら撒きながら後退を始めた。
 ストリートエネミーにとっては、これは誤算だった。
「インパルス余計な事すんなー!!」
 怒鳴ったが後の祭り。ブレードアタックはタイミングと位置がズレて失敗し、しかも結果として右手側の斜め側面を見せるようにして敵の目前に降り立ってしまったスタティック・マンに、容赦なく敵機のムーンライトが叩き込まれる。辛うじて回避には成功したが、左腕を切り落とされた無様な姿でネージュの前に舞い戻る事に。
 スタティック・マンに、最早武器は残されていなかった。
「最っ低ーーーー!!」
 味方を囮にして敵を倒そうという魂胆だったのに、それを見事にしくじったストリートエネミーに向けられるミルキーウェイの言葉は自然に厳しいものになっていた。ましてや自分を、それも本人の意とは無関係に囮にしたのだから、尚更であった。
「お兄ちゃんのばかぁー! 死んだら化けて出て来てあげるから!! ばかばかばかばかばかばかぁぁぁぁぁーーー!!」
 幼稚な暴言、稚拙な雑言が機関銃の如く、しかも音量ボリューム最大で飛び出した。
 子供の駄々の様な音響兵器で脳をダイレクトに刺激されたストリートエネミーは、両手で耳を塞がざるを得なかった。これ以上聞いていれば、脳細胞が萎縮し、鼓膜が破れてしまいそうだった。
 ミルキーウェイが激怒ゆえの悪口攻撃を展開する中、ネージュの前方では、スタリオンが実働部隊ACを叩きのめす光景が展開されていた。まず実働部隊ACの左手側に回り、射突型ブレードの一撃でレーザーブレード発生器諸共左腕を叩き潰す。プラズマライフルを向ける間に、今度はコアを大型ロケットで一撃し、続けてムーンライトでコアを横一文字に切り払う。ブレードを振りぬくと、再び大型弾頭を叩き込んだ。
 最後に、スタリオンは左腕で敵ACに掴みかかり、プラズマライフルを封じた。パルスキャノンの連射をもろに食らってコア前面の装甲が傷付き焼けるが、被弾に怯む事無く肉薄。持てる力の全てを注ぎ込むかのように、右腕を引き、上半身を捻る。
「最後の一発……お前にくれてやる!」
 刹那、高熱を帯びた金属杭が、既に半壊状態だった敵ACのコアの装甲を貫き、内部機構を突き壊した。射突型ブレードを引き抜くと、スタリオンは後方へと軽くジャンプし、これから起こるであろう爆発からネージュを守るようにして仁王立ちした。
 その眼前では、両腕を広げ、痙攣したかのように震える実働部隊ACが後方へとよろめき、背中から崩れ落ちると、その動きを止めた。それから僅かに遅れ、コアの表面装甲を食い破るように爆発が生じた。
 さらにその直後、倒壊しかかったビルが莫大な質量を有するコンクリートの塊となって降り注ぎ、壊れたACを土葬するように埋め尽くした。
「これで本日5機目ですね」
「そんなに殺ったのか?」
 愛機のモニターを通して戦いぶりを見ていたブラスは、ネージュの前で仁王立ちするスタリオンと、実働部隊ACが埋まっている瓦礫の山を交互に見やり、目前の僚機の戦いに目を丸くしていた。
 スタリオンの全身に刻まれた傷が、ブラスには何処か誇らしげに見えた。
「まだ18なのにようやるぜ」
 グローライトは感嘆したような、しかし呆れたような口調を発した。
 そして、ある事に気が付いた。
「おい、アストライアーは?」
 ブラスも気が付き、すぐに周囲を見渡したが、一同のもとにミラージュの社章を持つ小豆色のACが駆け寄ってきた為、その疑問を一時停止した。
 ミラージュACの内約は、レッドアドミラルと、その護衛に当っているらしき中量級2脚AC3機である。
「レイヴン、敵司令塔はどうなった?」
 ミラージュ重装型のパイロットの声もグローサーとは違っていた。口調から察するに、位の高いミラージュのパイロット――特に部隊長、あるいは士官かその候補の類のものである事が伺える。
「逃走しました……取り逃がした事を悔しく思う次第です……」
「そうか……」
 実働部隊の指令機は逃してしまったが、しかし管理者の圧倒的な力の前において、トレーネシティが壊滅しなかっただけでも幸いとすべきかと、ミラージュの上級パイロットは判断した。
「まあ、まずは評価すべき働きだろう。本当にご苦労だった」
「お互いに、ですね」
 インパルスが返事を返す前で、小豆色の巨躯は周囲の軽量ACと共に、瓦礫と黒煙の向こうへと立ち去った。恐らくこれからミラージュに戻り、事後報告等に当たるのだろう。自由を風評とする雇われ戦闘員に過ぎないレイヴンとは違い、企業のACパイロットは規律や規定、規約で囲まれた折の中で暮らす囚人であり、それ故自由はない。
 その一方で、結果を出せるならば企業と言う巨大な力の元で庇護を受け、安定した生活を送る事も出来よう。彼等は知らなかったが、グローサは自分をミラージュに売る事で、自由と引き換えに安定を手に入れた元レイヴンの一人であった。
「さて、報酬が楽しみですね。1機15000cで換算しても75000c……これでMTの撃破数も考えると、悪くないですね」
「ケッ、このブルジョワめ」
「でも修理代と弾薬清算で相当の金が消えますよ、多分」
 確かにスタリオンは戦いで相当傷付いていた。頭部のアンテナがへし折られ、右腕はインサイドカーゴや内部機構が剥き出しになるほど損傷が酷かった。コアの迎撃機銃も潰され、脚部も複合装甲の大半が吹き飛ばされていた。
 とは言え、5機の実働部隊ACを叩きのめしたのだから、報酬が出来高制である今回の依頼では相当の報酬を得られるであろうことは、ストリートエネミーには想像に難くなかった。ブルジョワと言うのは、その金持ちぶりを妬んでの一言だ。
 だが、そんな両者の会話はミルキーウェイの介入によって強制的に終了させられた。
「ちょっとお兄ちゃん!! 私をオトリにしておいてあの失敗は何!?」
「い、いやアレはちょっとしたミスででな……」
「私が死んでも良いってのね!? お兄ちゃんのばか、薄情者、人でなしぃー!! ねー、アスお姉さま、お兄ちゃんったらヒドいんだよ!? だって、私をオトリにするし……」
「あー、アストライアーはいねぇぞ」
「ええ!?」
 ミルキーウェイはすぐに周囲を見渡した。
 グローライトの言うとおり、既にヴィエルジュの姿は何処へと消え失せていた。
「礼を言う前に帰ってしまったか……」
 ブラスは溜息をついた。
「助けるつもりで来たが、結局またしても助けられてしまったな……」
 あの時、ヴィエルジュが剣戟をブロックしてくれなかったら一体どうなっていたか、ブラスは考えるたびに背筋が寒くなった。
「後でメールなり何なりで、礼をすりゃ良いだろ」
 グローライトに言われ、それもそうだなとブラスは頷いた。
「じゃあオレは帰るぜ。妹に心配かけると悪いからな」
「ああ、早く帰ってやるといい」
 火花を散らしながら帰っていく相棒を、ブラスは静かに見送った。
「それじゃ俺達も帰って報酬を頂くとするか」
「こら、バカで薄情者で最ッ低のお兄ちゃん! 言いたい事はまだ終わってないよ!」
 ぎゃあぎゃあと愚痴をぶちまけ出したミルキーウェイと、それを一方的に浴びる事となったストリートエネミーを見送りながら、ブラスとシューメーカー、インパルスの3人は、収支減算等をネタに軽く会話をしていた。
 ハードエッジは今まで周囲が交戦状態だと知り、外に出て殺されるよりは、装甲で守られたACのコックピットの方が安全と判断、外が静かになるまで潜んでいたのだ。
 そして、彼の読みは正しかった。戦闘の流れ弾などで表面がズタボロの鉄屑となっていた愛機リバイバルだが、実働部隊が消えるまで耐え続けてくれたこの残骸のおかげで、彼は幸いにも軽傷で済んだのだった。
「今回は相当弾をばら撒いてしまったな……収支報告を見るのが怖い」
「マシンガンを撃ち尽くしたのか?」
「ああ。加えて火炎放射器も燃料を使い果たした。重散弾砲もオシャカにされた」
「相手は実働部隊ですから、無理もないですよ」
 ブラスとインパルス、シューメーカーの話を聞いていたハードエッジだったが、二人が談話している横で、またも愛機が大破した事を嘆いていた。
「良いじゃねーか、とりあえず機体は修理すれば済むんだし。俺なんてまたパーツ買い換える羽目になったんだぞ!」
 決して悪い腕ではないハードエッジだが、彼はこうしていつも不運に見舞われ、その度に資金が機体の修理費や交換用パーツの代金へと消え、機体の強化がままならず、更に成功から遠ざかると言う、半端者に良くある悪循環に陥っているのだ。
 一体いつになったらこの悪循環から脱出出来るのだろうか、とはインパルス談。
「気の毒だな」
「また組み直すのかよ……だぁー、こんな生活何時まで続くんだー!」
 ご愁傷様としか、一同には返す言葉が無かった。
 その最中、シューメーカーの携帯端末がメール着信音を発した。すぐさま端末を開き、メールボックスを開くと、イレギュラーからのメールが届いていた。
 その文面には、「生きてるか? 生きてたらさっさと帰って来い」とだけ記されていた。
「済まない、呼び出しが来た。戻らなければ」
「お疲れ様です」
「また、何か縁があったら会おう」
 ブラスたちに見送られ、シューメーカーも戦場を離脱して行った。
 残された3人も、会話や嘆きも程々に、やがて各々のガレージへと戻って行った。


「いやはや、まさか君がこうしてわざわざ飛んで来るとは」
「ふざけないで頂きたい、私にも感情はあります」
 所変わって、ミラージュ支社の前を横切る8車線道路では、任務を終えて帰還するラルフ=グローサー機レッドアドミラルの右手側に、部下を差し置いてレイヴン――マナ=アストライアー駆るヴィエルジュが同じく歩を進めていた。同行していた部下達は、左手側を進んでいる。
 ミラージュの部隊も相当の損害を負った、と聞いたアストライアーは恩師が撃破されたのかと察し、ミラージュの防衛ラインまで取って返した。だがあの時、生き残っていたACパイロット達から、レッドアドミラルが自分達が居た場所へと近付いていた事を知る事になった。
 当然部隊とは合流出来ず、暫く彼等を探してトレーネシティを飛び回る事となった。幸い、暫く飛び回った末に、持ち場へと戻るミラージュAC部隊を確認出来た。
 グローサー駆るレッドアドミラルは、脚部の随所やコア前面の装甲を抉られ、腰部アーマーやEOの片方を失っていたが、それでも五体満足で稼動していた。
「風の噂では人に駆け寄る情など棄てたと聞いていたが……暫く見ないうちに、君も随分様変わりしたな。感情と言う単語が出てくるのは、正直意外だったぞ?」
「まあ、色々とありまして……」
「しかし大丈夫か? 君のACもボロボロだ、すぐにガレージに戻って修理を施せばよいのだが」
「そうしたいのですが……忘れ物があったので」
 忘れ物と聞いて、グローサーは、ヴィエルジュが指令機の元に向かう際、弾切れとなったバズーカを武装解除し、自分達の陣営近くに置いて行った事に思い当たった。
 そのバズーカは、グローサーの目の前で、壊れかけていたヴィエルジュの右腕に再び握られた。しかし逸脱者排除分子その戦いで、右腕の肘関節周りが破損、重さを支えきれなくなっていたバズーカの砲口は地面へと向けられていた。逸脱者排除分子戦において、マシンガンやEOで削られていたことが原因である。左足も相当ダメージを負っていた。
 だがアストライアーには特に関係はなかった。ガレージへと辿り着くまでに右腕や左足が外れなければそれで良い話だし、そもそもバズーカは弾切れしている。今更存在の有無が戦力に関係するほどでもないのだ。
 とは言え、バズーカを装備していない方が速力は出る。ならば捨てれば良いという話になるが、意外と几帳面な所のある彼女は、その考えを外していた。
「それに貴方と部隊の安全確保も兼ねてと思って頂ければ。自社戦力を落としたくないのでしょう」
「それはそうなのだが、部外者である君がそれを気にせずとも良いんじゃなかろうか?」
「言って置きますが隊長、私には義務は無くても義理はあるので」
 実際、アストライアーは彼等が無事基地まで戻るまで、せっかく此処まで来たのだからとエスコートしていたのである。そのまま帰る事も出来たが、しかし嘗て世話になった礼と言う意味で、彼女は一時的ながらも、己の旧師と行動を共にする事を選んだのである。
「意外ですね、あのレディ・ブレーダーが義理と言う単語を口にするのって」
「お前な、そんな事言ってると斬られるぞ?」
 グローサとアストライアーの会話の横では、生き残っていたグローサーの部下達も雑談を展開していた。その主な内容は、自分達の上官と女剣士レイヴンに関する話題だった。
「では隊長、この辺で失礼致します。またお役に立てる依頼があれば」
「ああ、その時は是非。帰り道には気をつけてな」
 やがてレッドアドミラルが支社前まで到着すると、短い言葉のやり取りと敬礼を返し、ヴィエルジュは旧師が率いるAC部隊から離れ、ガレージへと舞い戻った。


 15分後、アストライアーはACを降りてすぐにバイクに跨り、自宅へと急行していた。あれだけの規模の戦闘があったのだから、まさか自分の街に実働部隊が雪崩込んで来ては居ないだろうかと危惧していたのだ。
 実際、ガレージから自宅へと戻ってくる間、戦闘領域であったトレーネシティの外に、はぐれた実働部隊が出現したのか、球状メカの残骸が所々に散在していた。それらは全て、ACなら簡単に鎮圧可能な程度の、極めて小規模なものだったが、よもや、と思ったアストライアーはひらすらに自宅へと急いだ。
 幸いにも、自宅とその周辺が荒らされた形跡は無く、街にも特に戦闘があった様な形跡は無かった。最も彼女の自宅マンションが、戦場となったトレーネシティから離れていた為と言うのもあるのだが。
 安心しながらも、アストライアーは自宅のドアの前に一人立った。このドアの向こうには自分の帰りを待ってくれている家族が居る。それは確定事項だが、その顔はどうなっているだろうか。恐怖におびえているのか、あるいは涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔か。想像すると怖いが、その一方では興味深い事であった。
 ただ、こうして考えて家族を待たせるというのも、何だか可哀想ではあった。
(フッ……私も甘いな……)
 アストライアーは自分を嘲笑した。「可哀想」だ何て幼稚な表現が自分の脳内に浮かんだことを、そして、冷徹な復讐者となっていた自分が、そんな感情を抱くほどに変化したのかと考えると、馬鹿馬鹿しくて嘲笑したくなった。
 しかし、その感情も全てはあの小さな命がもたらしたもの――あるいは、元々自分に備わっていた物であり、今まではそれを忘れていただけだったのだろうか。そうならば、あの幼女は、忘れていた物を思い出させてくれたのだから、嘲笑するのもどうかと思い立ち、彼女は表情をいつもの冷たい顔立ちに戻した。
 しかし今やその冷たい顔も、仮面でしかないのだろうか。
 ここまで考え、アストライアーは思考を中断した。自分で言いながらも訳が分からなくなって来たし、考えるとキリがないからだ。
 雑念を振り払うと、一呼吸おいた後、意を決した女剣士はドアノブを握り締めた。
 そして、ドアを力任せに引っ張る。


「おかあさん、おかえりー!」
 帰還したアストライアーの前には、エレノアが立っていた。いつもアストライアーを和ませ、励ましてくれた、無垢な微笑をアストライアーに向けて。
 自分を慕う言葉。アストライアーがそれを耳にした瞬間、彼女の心からは殺伐としたものが消え、同時に言葉にはし難い嬉しさが湧き上がってきた。
 彼女は、この感情に身を任せてみることにした。
「ただいま、エレノア」
 ようやく戦場の殺伐とした空気から開放されたアストライアーは、自分を母と慕う「娘」を、その胸に抱きしめた。
「どうだ、貴方の依頼、達成出来たか?」
 そう、今回彼女に依頼を出していたのはシティガードだけではなかった。エレノアも『帰ってきて』と、彼女に依頼していたのだ。
「うん! これでみっしょんこんぷりーとだよ!!」
 そしてこの瞬間、アストライアーが受けたもう一つの依頼も無事達成された。
「あ、おかあさんに“ほーしゅー”をあげないと。あたし、『かえってきて』っていらいをしたんだし…」
「いや、いいんだ」
 報酬をどうしようか考えようとしていたエレノアを、アストライアーは止めた。彼女にとっては、『帰ってきて』と言う依頼を達成し、エレノアの顔を拝めただけで十分だったのだ。
「報酬は別に良い。貴方の元に返ってこられたのだから」
「えー、そんなこといわないで。せっかくほうしゅうをあげようとおもっていたんだからなんでもいって。おかあさん、ほうしゅうはなにがいい?」
 そこまで言われれば言葉に甘えてやろうと決め、アストライアーは迷う事無く答えた。あたかも依頼での決断さながらに。
「じゃあ……笑ってくれるか……?」
 そうアストライアーが言うと、エレノアは彼女に抱きついた。そして、アストライアーを面と向かうと、そのまま笑って見せた。あたかも天使のように。
「どう? これでいい?」
「ああ…それを見ていると、私も人間なんだなと実感出来る。だから私はその笑顔が好きだ……ありがとう……」
 エレノアを抱きしめながら、アストライアーは感じていた。
 この笑顔を得る為に撃破したのが、泣く子も黙る実働部隊――割に合わない依頼だが、この笑顔の前にあってはそんな事は最早どうでも良い、と。
15/02/21 16:20更新 / ラインガイスト
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■作者メッセージ
 文字数増大によってついに3分割すると言う異常事態に(ぉ)

 この後劇部分は、アス姐を取り巻くキャラ達についても述べねばなるまいと思って書き足した部分です。
 インパルスが戦うシーンと、アス姐がグローサーと会話するシーンが、個人的にはお気に入りだったりします。

 ちなみにタイトルですが、アス姐にとっての決戦は言うまでもなく対BB戦であり、それを今更異とする気はありません。
 ですが、本作は「己の生き方を確固たるものとする、と言う“決”意を込めて臨む“戦”い」ですから、タイトルも「アス姐にとっては2度目の決戦といってもいい訳だ」と言う事で、こうなりました。

■最強の敵はエレノアたん?
 最後の方……書いてて何か体がカユくなって来ました(爆)。
 別に某暴君ウィルスに感染した訳じゃありません、エレノアたんの描写で普段使わない言葉使いだとか、全文平仮名という違和感バリバリの描写がとんでもなくしんどかったのです。
 その甲斐あってエレノアたんが可愛く書けたとは思うのですが……慣れない言葉遣いはするもんじゃないですねorz

 ともあれ、これだけ戦闘描写と慌しい展開が続いたんですから、いっそ「次の2〜3話は戦闘描写なしで」と現状では思ってたりしてます(爆)。

■Thanks!
 第28話投稿に際してエラーに見舞われながら、こうして再びAC3LBが動かせるようになったのもYYさんの対応のおかげです。
 この場を借りまして、深い感謝の意を。
 本当にありがとうございました。

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まろやか投稿小説 Ver1.50