連載小説
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#28.もうひとつの「決戦」(序章)
 そのキャリアーは、7機のACをぶら下げて飛行していた。現行のキャリアーとしてはかなり大きく、それ故目立つ存在ではあったのだが、現在までこのキャリアーに対する妨害行為は一切行われていない。
 その理由は前方に遠くに広がる大都市で、赤い光が周辺を嘗め尽くし、そびえる摩天楼が部分的に崩落・倒壊している事にあった。
 生活拠点を、或いは産業拠点を守ろうと、人類戦力がそれぞれの戦いに手一杯の状態であった。だから、このキャリアーは混乱に乗じ、誰にも妨害される事無くセクション連絡通路から現れる事が出来たのだった。
 そのキャリアーの片隅で、プログラムが動く。
<D-C711-A_01 起動確認>

 暗黒の視界の中、緑色の文字列が何万行と表示され、下から上へと流れていく。文字の奔流が終わるや、意識が外界へと広げられる。
 そこは第1層第2都市区、俗にトレーネシティと呼ばれる大都市、その郊外に広がる環境調整区域だった。その草原の真上を、“彼女”はキャリアーにぶら下げられながら飛んでいた。
 視覚情報処理ソフトウェアが起動して暫くの後、唐突に止め具が外され、彼女は眼下の草原へと降り立った。頭部に抱くモノアイが真紅の光を発し、脚部のない非人間的な機体の各種動作確認も終え、全て異常がないことを伝えている。レーザーブレードとマシンガン、ステルスシステムは既に動作待機状態にあり、彼女の意思操作にマイクロ秒単位で応じ、その機能を果たす。
 彼女に名前は無い。少なくとも、人間が付ける固有としての名称は存在していない。もう少し時間が経ったならば、彼女の同型体が「追放者」と言う搭乗者名で呼ばれ、恐れられる事となるのだが、それとて彼女は己の名称として認識していない。
 いずれにしても、彼女の存在は、まだ誰にも知られていない――レイヤードを支配管理する唯一絶対者は例外として。
 彼女は空を見やった。と言っても、その視界は人間のように前方に集中するものではない。機体各所に散りばめられたセンサー素子により、一度に全方位を見る事が出来る。頭を振ったりする必要などなかった。
 たった今、自分を投下した専用のキャリアーが空中に定位していた。そこには、彼女と全く同じ外見をしたACが、まだ6つぶら下げられていた。彼女達はこれより主要ターゲット抹殺に向かう手筈となっている。
 それと入れ替わるように、重々しい足音が幾つも幾つも迫っていた。モノトーンで彩色され、全く同じ頭部とコア、そして左肩に刻印された赤の斜線と「DOVE」の文字。その後から球状のメカも多数随伴している。
 しかし恐れる必要はない、何故ならレーダー上には友軍を示す緑色の反応しかないからだ。
 彼女はその友軍機へと接続を開始した。数十分の一秒で各々との間がオンラインとなり、高度な戦闘用人工知能とのリンク確立と共に、周辺の全ての機械が一様に反応を発した。彼女は発されてから百数十分から数十分の一秒、遅くても1秒以内には、その反応を全て受け取った。
 彼女を主人とし、その命令に絶対服従する事を。
 警戒レベルを一気に最大まで引き上げると共に、彼女は、既にトレーネシティへ先行した同志達が活動を開始している事を認識した。2脚型や4脚型AC、球状メカ達が既に都市部制圧と人間の無差別抹殺を進めている。
 妨害戦力、つまり有人兵器が多数蠢いているが、彼女はそれを全く脅威と見なしていなかった。その根拠として、彼女達と人間とでは認識、思考、そして意思の出力に必要な時間の差を挙げている。
 人間ならば放たれた事を一瞬のうちにしか認知出来ない銃弾も、彼女達の意識はその動きをマイクロ秒単位で認識・弾道計算され、更に彼女達と人間とでは、操作意思が機体へと反映されるまでの時間が歴然としていた。光ファイバーによる直接入力と、人間の原始的インターフェイス操作による間接入力とでは伝達速度に大きな差が生じる上、彼女達に欠落している精神や肉体の負荷要素もある。
 故に、彼女達は人類戦力を全くと言って良いほど脅威とは見なしていなかった。
 しかしながら、唯一、イレギュラーと呼ばれるあの存在だけは別であった。あの存在を抹消する為に、6機の姉妹達はこれより此処を離脱する。トレーネシティ殲滅は我々だけで十分である。管理者がライフラインを直接操作し、都市機能を麻痺させる必要すらない。
 徹底的に破壊し、抹殺するのみである。
 そして、それだけの為に彼女達は存在している。
 降下から1分以内に全てを認識した彼女は命令を発した――トレーネシティの全てを殺し、破壊せよと。
 人間的要素を全く欠いたACの一団は、進路上に現れたあらゆる人間を餌食にしながら、トレーネシティへと突入して行った。
 もし彼女をデータベースで調べたとしても、操縦者を含め、一切の情報が不明だと言う結論が帰って来るだろう。何せ、彼女は対イレギュラー抹殺兵器として製造され、それに類する存在が現れるまで、一切の情報を漏洩させる事無く、レイヤード中枢にて厳重に封印されていたのだから。
 だが、彼女が何であれ、一つだけ確実な事があった。
 それは、数時間前にアストライアーに殺されたBBなど及びも付かないほど冷酷で、残忍で、しかも敏捷な存在である事である。


 バイクを駐輪所から発進させたアストライアーだが、彼女はガレージに向かう前に、再び自宅のベランダを見詰めた。誰かが自分を呼んでいるのではないかと察知したのだ。
 普段なら、気のせいかと思って気にも留めない所だが、今回だけは違っていた。妙に聴き慣れた、自分にとっては嬉しい声だったからだ。
 そう思い、自宅のベランダを見た刹那、アストライアーの張り詰めた表情は一瞬綻んだ。見慣れたベランダの窓から、自分を見送っているのだろう、エレノアが手を振って自分を呼んでいたのだから。
 彼女が何を言っているのかは、夜風の音もあってか、常人が聞き取るのは困難だった。だが、常人離れしたアストライアーの五感は、エレノアの声をはっきりと捉えていた。
「がんばれおかーさん! あくまなんかにまけちゃダメだよ!」
 悪魔と言うのは、たぶん管理者実働部隊かその当りを言っているのだろう。戦乱に見舞われ、ACが主戦力の一つともなっている世界だから、実働部隊AC当りが悪魔と言われるのも納得出来た。
 否、考えてみれば破壊行為を行うACは皆、悪魔も同然か。アストライアーはそう、考えを訂正した。
 だが、何よりも自分をこうして見送ってくれるのだから実に有難いし、何より、自分を母と慕ってくれる事は嬉しかった。
「必ず帰って来る! 待っていてくれ!」
 アストライアーは再度誓いを発すると、ベランダから手を振るエレノアに手を振り替えし、バイクを飛ばした。
 だが、後ろ向きで手を振っていたのは道路交通的見地からして間違いだった。
 自宅から幾らも進まないうちに、バイクはバランスを崩しかけ、しかも交差点は赤信号、既に交差射線にいた車が動き出していた。
 アストライアーは強引にバランスを取り戻してバイクを立て直したが、目の前にバイクが飛び出した事で交差車線のドライバーは仰天、すかさずクラクションとブレーキを同時に作動させる。
「馬鹿野郎、急に飛び出すんじゃねぇ!」
 激しいブレーキ音とともに怒鳴られたアストライアーは赤信号にも構わず、制限速度大幅超過でその場から逃げ去った。警察車両がその場にいなかったのは不幸中の幸いであったが、エレノアに気を取られていたばかりに何たる失態だと、アストライアーは自省した。
 いずれにせよ、今はガレージに急がなければならない。アストライアーは制限速度を超過したまま、警察車両上等とでも言わんばかりに人気の少なくなった車道を疾走した。


 急な依頼に奔走していたのは、アストライアーだけではない。
 彼女がヴィエルジュを置くガレージもまた、急な依頼で出撃する事になったレイヴン達と、その要望に応じて整備や調整を急ぐ整備士やエンジニア達がてんてこ舞いする様相となっていた。そうして準備を整えたACから順に、次々とトレーネシティへと出撃して行った。
 アストライアーがガレージに到着したのは、係留されていたACは全て出撃し、整備士達も一段落したなと呟いていた時の事だった。
「サイラァァァァァス!!」
 ガレージ整備主任を呼ぶ声と、同時に響き渡ったシャッターをぶち破る破壊音とで、ガレージに居合わせた面々は仰天した。ひどいのになると「敵襲!」とか叫びながら逃げ出す始末である。
「おいおいおいおい、少し落ち着け。ガレージぶっ壊しちまうぐらいのエネルギーは、もうちっと温存しといた方が良いぜ」
 名指しされたサイラスはと言うと、半ば混乱状態の整備士達をよそに、いつもと変わらぬ立ち振る舞いを演じていた。彼の直前にアストライアーのバイクが停車しても、彼には全く畏怖する様子がなかった。
「ヴィエルジュは!?」
「安心しな。そう思って、ホレ」
 サイラスは得意げに、立てた親指でハンガーを指した。
 アストライアーが親指の先を向くと、そこにはハンガーに固定されたヴィエルジュの姿があった。
 ただしこのヴィエルジュは、BBとの決着を付けた時に使用した機ではない。サイラスが言うには、あのヴィエルジュは修理不能な箇所が幾つもあり、オーバーホールを含め、実戦投入可能な状態にするには最低でも7日はかかると言うのである。そんなのを今、敵襲の真っ只中で整備するのは無理があるため、後日改めて手掛ける事を前提に、地下倉庫へと下ろしたのだった。
 現在ガレージにあるヴィエルジュは、そういった事態を見越して、予め買い込んだバックアップのパーツで構成された機である。
 耐久性に定評のあるミラージュ製頭部MHD-RE/005、軽量級のOB機構内蔵コアCCL-01-NER、低燃費性とブレードのエネルギー供給に優れた軽量級腕部MAL-RE/REX、機動性を重視した中量級人間型脚部MLM-MX/066と言うフレームは勿論、現行高出力ブースターやジェネレーター、支給されたレーダーや小型ミサイル、ムーンライト等のパーツ一式が、全て先程まで使われていた物と同一である。
 特にムーンライトに至っては、BBとの決戦時に使ったそれそのままであった。幸運にも、決戦での被害は表面が焼けた程度であり、十分使用に耐え得ると判断されたのだ。
 後は、周辺のコンテナに納められている右腕用射撃武器の何かしらを、任意で装備すればよい状態である。
「既に動けるように組み上げてやったぜ」
「動けるのか!?」
「今、テリーがコックピットでシステム調整をやってる。もう暫くしたらOSとかのシステム動作が完了するそうだからな、そうすれば――」
 後はヴィエルジュは好きに動かせると続けようとした所で、コックピット内のコンソールと向かい合っていたテリーが顔を出し、声を張り上げた。
「主任! システムチェック完了! ヴィエルジュ出撃可能です!」
「そうか! ご苦労!」
 テリーがコックピットから抜け、昇降リフトに移り始めると同時に、サイラスは待ってましたとばかりにアストライアーの背中を叩いた。
「よし! 思いっきり暴れて来な! ただし玉砕はすんなよ!」
 次のサイラスの言葉で、ヴィエルジュに向かいかかっていたアストライアーの足が不意に止まった。
「お前にはエレノアが居るんだからな、死んであの子を泣かすんじゃねぇぞ! この際俺達には構わねぇで、エレノアの為だけを考えて戦って来い!」
 今まで、依頼に出る度にヴィエルジュを壊され、その都度アストライアーに文句や小言の連続だったサイラスの発言の変化はどうした事か。アストライアーは冷たい顔立ちのまま驚いた。
 そして、それにどう対応したらいいのか、アストライアーは判断に迷った。サイラスが発したのは、それほどの姿勢と言葉だった。
 だが、その誠意は無駄にするべきではないと、アストライアーの内なる部分が囁いた。その為にはどうするべきか――
 そう思ったとき、アストライアーは駆け出していた。常人離れしたスピードでヴィエルジュのコックピットまで向かうと、即座にコックピットハッチを封鎖した。
 テリーがすでに起動完了したモニターが瞬く中、アストライアーは動作確認を兼ね、足元のコンテナから愛用バズーカCWG-BZ-50を引っ張り出すと、サイラスとテリー、その他整備士達に見送られながら、急ぎ足でガレージを飛び出した。
 全ての動作確認が終了し、異常がない事が確認されると、アストライアーは眼を閉じた。
 管理者の実働部隊については、思う所がいくつもある。だが、今はそれらの疑問について論じるべき時ではない。レイヤードの秩序を守るとか、そういう大義名分も二の次である。
 今、自分が考え、成すべき事は、奴等を撃滅し、自分を母と慕う娘の元に帰る事のみ。エレノアを脅かし、エレノアが悪魔と呼んでいる以上、管理者実働部隊は破壊するべき存在でしかないのだから――アストライアーはそう、決意を固めた。そして、自分に言い聞かせるように呟いた。
「私は必ずエレノアの元に帰る……」
 オーバードブーストハッチが開かれ、後方から駆動音とエネルギーの奔流が発せられる。
「……管理者の操り人形なんぞに、殺されてたまるか!」
 アストライアーの決意の叫びと共に、ヴィエルジュはトレーネシティへと急行した。
14/04/10 11:28更新 / ラインガイスト
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■作者メッセージ
 詳しい事は次回、本文の作者メッセージ欄で述べるとして。

 本来この話は分割予定がなかったのですが、何故かそのまま更新しようとした所、エラーメッセージが出て更新出来んとケチをつけられた為、こうして泣く泣く分割orz

 そんな訳で、第25話+26話と違い、分割はしましたがナンバリングは同じにさせて頂きました。

 ちなみに、筋の入ったACパイロットの皆様方(工房に来るACユーザーはもはやレイヴン・リンクス・ミグラントに限らず、私のようにどちらでもない人だって居るはず)なら、冒頭部で述べられているACの正体は自然と分かってしまうかと思われます(爆)。

 さて次回ですが、文字量・展開ともどえらい事になっております。
 読む場合は覚悟の上でお願いします(オイ)。

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