連載小説
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#1.マナ=アストライアー
「いたぞ! 逃がすな!」
 暗雲立ち込める人口の空の下、市街地の大通りを白兵戦型MT「ギボン」の数機編隊が疾走する。
 ギボンの眼前には、蒼白いACが、機体と同じ青いブースターの炎を断続的に発し、小刻みに飛び跳ねながら市街地を駆け抜ける。見たところ中量級の2脚だが、その最大時速は優に400キロに迫る。
 ギボンは、逃げる蒼白いACに垂直発射式のミサイルを射出する。それを感知し、蒼白いACはオーバードブースト、一般にOBと称される加速機構を発動させ、ミサイルを振り切った。
 振り切られたミサイルはビルに命中、道路に瓦礫を散乱させた。
 垂直ミサイルを振り切ったACは、ギボンのパイロットの歯噛みする姿など知った事かとばかりに、蒼いブースターの炎をたなびかせ、ただひたすらに駆ける。
 道を行き交う一般車両や通行人を吹き飛ばしたかも知れない。だが、それの生き死にも気に留める事はなく、ACは疾走を続けた。


 やがて、大通りから、公園らしき広場に躍り出たACは何かに気が付いたのか、動きを止めた。
 その周囲にはMTの編隊が行く手を遮るかのように佇んでいる。そして後方からも先程からACを追跡していたMT編隊が追いついて来た。
「囲まれたか……」
 ヴィエルジュ――黄道十二星座・処女宮の名が冠されたこの蒼白いACの周囲には、公園内の林や周辺建造物の陰に隠れていたMTが次々に姿を現していた。
 包囲されたにもかかわらず、ヴィエルジュを駆るマナ=アストライアーには、全く動揺の色が見られない。その顔には、人間的な混乱や恐怖も一切ない。
 一応女性ではあるアストライアーだが、彼女の胸は女性特有の膨らみが全く無く、短く切り揃えられた濃紺の髪と瞳、そして能面のごとく表情の変化に乏しい顔を持っている事も言い含め、女性の色香をまったく欠いていた。それどころか、鋭くも冷たい眼光からは、人を殺す事に何も躊躇は無いであろう印象を漂わせる。
 おかげで周辺からは、機械のような冷たい奴、冷徹な奴だとよく言われていた。
 そんな女性レイヴンがMT部隊に追われる身となった経緯に付いては、数十分前まで時間を遡る必要があった。
 その時、アストライアーはレイヤード三大企業のひとつ・ミラージュからの「新型AC用パーツを強奪して欲しい」との依頼に基き、敵対企業であるクレストの兵器工場に侵入、そこで試作されていたAC用パーツを強奪し、現在ミラージュ社部隊との合流地点に急いでいた。当然クレストがそれを見過ごす筈もなく、すぐさまパーツ奪還もしくは破壊の任を帯びたMT部隊が繰り出され、逃走の果てに包囲されたと言うのが、大まかな経緯であった。
 アストライアーはレーダーに目を向ける。敵機を示す赤い点は、ヴィエルジュの周囲を囲む形で点在している。彼我との距離は、徐々に縮まっている。
 アストライアーがメインモニターに目線を戻した時、そこにはブレードを構えるギボンの姿が映った。
 刹那、金属の焼き切られる音と、断末魔と爆発音が続けざまに轟く。
 だが、いずれの主もアストライアーではない。
 ギボンの生成した橙色のレーザーブレードが振り下ろされる一瞬前に、ヴィエルジュは左腕に取り付けた、俗にムーンライトと呼ばれる高出力レーザーブレードMLB-MOONLIGHTから、機体のカラーリングにも似た青白いブレードを生成し、ギボンを両断していたのだ。
「撃て!!」
 味方であるギボンが破壊された事で、ヴィエルジュを包囲したMT部隊が一斉攻撃を開始した。
 四方から銃弾を浴び、ヴィエルジュの装甲に穴が開き、削られる。このまま四方から攻撃を受け続けていたのでは、大破するのは時間の問題だった。
 ならばとアストライアーは、広場に通じる道に陣取る3機のエピオルニスに向けて愛機を突撃させ、刹那、ムーンライトを一閃。次々にエピオルニスを切り伏せた。
 道を塞ぐエピオルニスが爆発するよりも早く、ヴィエルジュはOBを発動させて再び道路へと駆け出した。
「逃がすな! 追え!!」
 無論、MT部隊も逃走を図るヴィエルジュを黙って見逃すわけも無く、各種武器を放ちつつ追撃をかける。だが、アストライアーもMTに構っている訳には行かなかった。
 第一に、今回の彼女の目的が殲滅ではない事にある。そもそもACに比べると単体の性能では全般的に劣る廉価版のMTなどは、AC搭乗時の彼女の行動においてはさしたる障害には成り得ないものだった。
 第二に、ヴィエルジュは機動性を高めた強襲を得意とするACであり、武装はショットガンCWG-GS-56、レイヴン試験後に支給される初期型の小型ミサイルCWM-S40-1で、基本性能は近接戦闘、特に一対一の対AC戦に高い効果を上げられるタイプのACに仕上がっている。元々、一対多の戦いを想定したアセンブリではないのだ。
 その上、消費エネルギーと耐久性に定評のある戦闘用頭部MHD-RE/005、OB搭載型軽量コアCCL-01-NER、防御面に劣るが省エネ化されエネルギー供給に優れるMAL-RE/REX、性能バランスが良いとされる中量2脚としては軽量・低積載だが、その分機動性に優れるMLM-MX/066をフレームとしている。
 結果、機動性と火力に秀でる反面、性能バランスに優れるとされる中量2脚にしては装甲・耐久性に若干難を抱えているACとなっているのだ。
 そんな機体なので、幾らMTとは言え、まともに数を相手にしていては機体が持たない。
 損害を抑える為にも、ここは無理に相手をするよりは最初から無視した方が良い。アストライアーはそう察し、MTを無視して、ヴィエルジュをひたすら回収部隊との合流地点に急がせた。
 蒼白いACは後ろから銃撃されながらも、ビルの谷間を、大小様々な道を、ブースターの青い光をなびかせながら進んで行った。


 どの位進んだだろうか、ヴィエルジュは大きな一本の道を辿って行くうちに、市街地を抜け出し、ゴーストタウン化した市街地まで到達していた。
 そろそろか、といった表情のアストライアーがレーダーに目を通すと、自機の後方には敵を示す赤い点が、前方には味方を示す緑色の点が表示されている。
「有り難いな。向こうから迎えに来るとは……」
 安堵の息を漏らすアストライアー。彼女の前方にはミラージュの社章が貼られた輸送車両と、飛行型MT「フィーンド」6機からなる部隊が現れた。彼女が抱えるパーツを受け取るべく派遣された部隊である。
「ご苦労だった」
 さらに回収部隊の中に、ランカーレイヴン「トラファルガー」駆る重量2脚AC「ダブルトリガー」の姿もあった。それを裏付けているのは、復讐を企てている相手が使っていたとされる拡散投擲銃KWG-HZL30を携え、赤く燃える瞳と2丁のリボルバー拳銃をあしらったエンブレムだ。
 アセンブリそのものは、アリーナで見られる姿のままだ。つまり、そのデザインとエネルギー防御性能に定評のあるMHD-MM/003、ミラージュ社コアでは最軽量のMCL-SS/ORCA、支給される標準腕部CAM-10-XB、最近になって正式販売が開始されたばかりの重量級脚部MLH-MX/VOLARをフレームとし、迎撃装置MWEM-A/50でミサイル防御を固め、高性能レーダーMRL-RE/111で索敵性能を強化。武装は3連ロケット砲MWR-TM/60と投擲銃、旧式のショットガンCWG-GS-72である。
 おそらくは回収部隊の護衛目的で雇われたのだろうと、アストライアーは見て取った。
 しかし、レイヴンを2名も雇ってまでパーツを回収させるとは、何の事情があったのかと思ったアストライアーだが、口には出さない。依頼主への疑念と必要以上の詮索は、傭兵にとってはタブーであると彼女は考えていた為である。
「目標のパーツは?」
「安心しろ、無事だ」
 そう言い、アストライアーは愛機の左腕に握られていた、外見からエネルギーライフルと思われる銃をミラージュのMT部隊に渡す。
「よし、確かに受け取った」
 これで目標は達成した。だがヴィエルジュの後方からは、先程から彼女を追撃していたクレストのMT部隊が攻撃してくる。
「お前達はそのパーツを持って行ってくれ。俺とアスであれを食い止める」
「了解。ダブルトリガー、ヴィエルジュ、援護を頼む」
「任せてくれ」
 トラファルガーの言葉と共に、それまで回収部隊の後ろに控えていたダブルトリガーが前方に躍り出る。そして、コアに搭載された小型自立兵器イクシードオービットを起動させ、正面に躍り出たギボンにエネルギー弾の連射を見舞う。
 ダブルトリガーの正面に居たギボンは回避しようとしたが時既に遅く、装甲の表面が蜂の巣の様になり、間もなく爆発した。
 ヴィエルジュも突進してきたギボンにムーンライトを振るい、両断する。2機が瞬時に破壊され、同様の末路を恐れたクレスト部隊の足並みが止まる。
「アストライアー、MTはどれ位来た?」
「数にして一個小隊分。いや、もっといたかも知れない」
 確かに、ヴィエルジュの前に先程から追跡して来たMTが居るものの、その数は少なくなっていた。
「……側面からの攻撃があるかも知れん。油断するな」
「その方が利口だ」
 ヴィエルジュとダブルトリガーは、それぞれ回収部隊の左右側面に位置。ブーストダッシュで後退しつつ随伴する。勿論、双方のパイロットは互いのACに装備されたレーダーに目を向け、周囲の状況を確認する事も忘れない。
 やがて、ダブルトリガーのレーダーに敵機を示す赤い反応が瞬いた。それは回収部隊の左右を挟む様にして接近して来る。
 遅れて、それよりは性能が劣るヴィエルジュのレーダーにも赤い反応が生じた。
「来たか…」
 アストライアーがそう呟いた直後、ダブルトリガーの前方にフィーンド3機が躍り出た。いずれの機にも、クレストの社章が張られている。
「敵襲!!」
 回収部隊のフィーンドが放ったパルスガンに遅れ、ダブルトリガーもショットガンとEOの同時攻撃を仕掛ける。その間に、ヴィエルジェの前方にも2機のギボンが躍り出た。
「き、貴様!!」
 だがそのギボンは数秒後には、至近距離からショットガンを浴びせられて蜂の巣の様になり、もう一機もブレード光波を浴びた直後、味方のフィーンドが放ったパルスガンを浴びて炎上。
「おのれぇ!!」
 続いて現れた2機のギボンも、まず一機が同じ様にショットガンの直撃弾とパルスガンで粉砕され、残る一機はヴィエルジュにブレードを振るう寸前、逆に斬り捨てられた。
「くそッ…!」
 次のギボン3機も、一機はショットガンの直撃弾を至近距離から浴びせられて爆発。他の2機はその隙にブレードを叩き込もうとするも、一機はそのままヴィエルジュに体当たりされてビルにめり込み、直後に起きたビル倒壊の際、瓦礫に挟まり行動不能に。
 残る一機も空中からブレード攻撃を行うが、逆に斬りつけられた挙句、その反動で吹き飛ばされてビルに激突し、こちらも瓦礫に埋まり戦闘不能に陥る。
「輸送車、今のうちに輸送ヘリまで急げ!」
「りょ、了解……」
 敵襲に困惑していた輸送車両のドライバーはアクセルを強く踏み込んだ。既に輸送車両にはパーツが積まれている。これを持って行かない事には解決しない。
 遅れて、味方のフィーンドもその後を追い出した。防戦を2人のレイヴンに任せて。


 交戦開始から数分も経とうという頃には、2機のACによって追跡者達は蹴散らされていた。
「輸送車両は離脱したのか?」
 トラファルガーが護衛目標の行方を尋ねる。
「戦闘中に離脱、と通信があった」
「そうか。後を追うぞ」
 トラファルガーが再び先を急ごうとした時、彼のオペレーターと回収部隊から、ほぼ同時に通信が入った。
「レイヴン、新たな敵MTが出現! 急いでこちらに来てくれ!」
「レイヴン、敵ACの接近を確認。ただちに迎撃をお願いします」
 落ち着き払ったトラファルガーの担当オペレーターに応じ、トラファルガーは再びレーダーに目をやる。
 レーダーは、回収部隊目掛けて前進する赤い点を捕捉していた。
「ACはこっちが何とかする、回収部隊を頼む」
「分かった」
 間もなくヴィエルジュはダブルトリガーと別れ、OBを発動し回収部隊目掛けて急行したが、その最中、アストライアーはある事に気がついた。
「トラファルガーのオペレーターから敵ACの情報を聞いておくべきだったな……」
 だがトラファルガーも腕の立つレイヴン。余程のランカーACでない限り大丈夫だろうと判断し、アストライアーはヴィエルジュを進ませる。
 それに今は眼前の回収部隊が危険に曝されている。立ち止まる訳には行かない。
「させるか!!」
 低い声と共に、ヴィエルジュは輸送車両を狙うフィーンドのうち一機目掛け、背後から突進し斬り捨てた。
「今のうちに離脱を!」
 回収部隊の声に続いて、輸送車両は再びスピードを上げ、この場から離脱を図る。
「く、来るなぁっ!!」
 突如現れたヴィエルジュに驚き、彼女を接近させまいと、ミサイルやパルスライフルを乱射するクレスト側のフィーンドの4機編隊だったが、この間にもミラージュ側のフィーンドは攻撃を続行、敵機一機にパルスガンの集中砲火を見舞い、大破させた。
「文句があるなら私ではなく、雇い主のミラージュに言う事だ」
 責任転嫁とともに、ヴィエルジュはOBで敵フィーンド編隊に突進。反撃も許さずブレードを一閃させた。青白い光の刃に薙ぎ払われたフィーンドは真っ二つに両断され、地面に崩れ落ちると同時に爆発した。
「そっちは行けるか?」
 トラファルガーに通信を入れるも、彼からは何の一言も帰ってこない。だが動揺する事無く、アストライアーは残っていたフィーンドに再び青白い光の刃を振るう。
 その後、新たな敵MTの接近を知らせる通信、銃声、金属の焼き切られる音、断末魔、そして爆発音が、人の気配が失せたこの街の一区画に、断続的に響き渡った。


 暫くして、クレストのMT部隊は全て鉄屑となって転がっていた。MT部隊の攻撃は、アストライアーの凍て付いた表情を全く変化させる事は無かった。
「……護衛部隊、目標は無事か?」
「こちら護衛部隊、何とか全機生き残れた。輸送車両も無事だ」
「そうか……兎に角急ごう」
 安堵の息を漏らす間もなく、輸送車両の右手側から瓦礫と爆風が来んできた。
 一同は反射的に爆風の起きた方向に機体の正面を向け、身構える。ヴィエルジュは左腕装備のレーザーブレードから蒼い光の束を発生させた。
「まだ敵機が残っているのか…!?」
 だが、煙の中からは歩み出てきたのは敵機ではなく、トラファルガー操るダブルトリガーだった。先程飛んで来た物の中には、AC用のレーザーブレードを取り付けた腕が見受けられる。恐らく敵ACの成れの果てであろう。
「こっちも片付いた」
「お前か……一瞬敵かと思った」
 突如現れた僚機に、ヴィエルジュはムーンライトを構えていた左腕を下ろす。彼に斬撃の必要はない。
「み、味方か……驚かせないでくれ……」
 輸送車両からは、ドライバーの力の無い声があがった。
『合流地点はもうすぐだ。クレストの追っ手が来ないうちに急ぐぞ』
 やがて、ダブルトリガーの出現に驚いて停止していた輸送車両は再び走り出した。


 幸いにも、程なくして合流地点へと辿り着く事が出来た。アストライアーはホバリングする輸送ヘリを見て「我々の役目は此処までだな」と、心の中で呟いた。
 回収地点では大型輸送ヘリが待機し、2機のミラージュ所属のACが脇を警備している。
「後は我々が引き受ける。ご苦労だった、レイヴン」
 作戦成功を知らせる通信を聞き、アストライアーの顔からは戦闘時の緊張が消えていった。
 とは言っても、彼女の表情は戦闘中及び戦闘前後、私生活時とを比較しても大して変わらない、人間的な感情に乏しいものだが。
 まもなく、大型ヘリは輸送車両とミラージュ社のAC、回収部隊のMTをぶら下げ、空へと舞い上がった。
 その後暫くして、今度はグローバルコーテックスの社章が貼られた輸送ヘリが、ヴィエルジュとダブルトリガーを回収しに現れた。
「終わったな……次も味方同士でありたいものだな」
「互いに運があればな」
 トラファルガーへの返事もそこそこに、アストライアーは迎えのヘリに愛機を係留、ダブルトリガーと共に、輸送ヘリで戦場を離脱した。
14/10/16 10:20更新 / ラインガイスト
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■作者メッセージ
 本作「ARMORED CORE3 LADY BLADER(略してAC3LB)」のメッセージ欄では、作者である私・ラインガイストが、製作時の諸々や裏話等を差し支えない程度に述べて行きたいと思います。
 あくまで小話程度なので、未読でも本編には差し支えないのですが……。


 当初、第1話のタイトルは「勃発」だったんです。でも良く考えてみるとこの作品、あくまでも人間模様重視の部分があり、企業間戦争なんて所詮オマケみたいなレベルの作品ですから(爆)。
 同様にアストライアーが逃げるシーンから始まるので「逃亡者」としようかと思いましたが、それだと後半、トラファルガーと共闘する時のイメージに合わないって事でまたもボツに。
 じゃあ何をタイトルにすればいいんだ、と悩んだ挙句、「主人公の名をそのままタイトルにしてしまう」と言う暴挙になってしまった訳ですが……。

 なお、本小説はPS2版のAC3をベースにしており(執筆開始当初、PSP版はまだ登場していなかった)、以後原作と言う場合はPS2版だと思って下さい。
 所謂PSP版「AC3P」は入手・プレイ予定が全くないため、追加された諸要素は一切考慮・反映していません。とはいえ反映していないのはAC3Pの追加パーツおよび追加ランカー程度であり、PSP版しかプレイしていない人でも大まかな世界観はお分かり頂けるかと思います。

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まろやか投稿小説 Ver1.50