連載小説
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#26.THE END OF REVENGE part2
 アリーナで他のランカーと対戦した時と同様、タイラントからは拡散バズーカの砲弾や3連ロケット弾が、目前のヴィエルジュを完膚無きまでに叩き潰さんばかりに放たれている。
 アストライアーは、ひとまず回避に専念していた。何せ、既に機体の各所から火花を散らし、一撃を喰らえば間違い無く大破するであろう状況である。
 これがもしアリーナであるならば、周囲からは勝てる見込みの無い戦いだと言われる事は、間違いないであろう。
 しかし、タイラントのアセンブリ上、アストライアーにも勝てる見込みはあった。
 と言うのも、タイラントは現在左腕の一部を失った分多少は軽くなっているが、それでも積載量が比較的少ない逆間接型の脚部に重火器を満載した為に重量過多となっており、必然的に機動力が落ちていたのである。しかも、腕の損失は腕部パーツ丸ごと1つというわけではなく、エースによって、エレノアを掴んでいた手の部分だけが失われていたに過ぎず、重量過多を解消するまでには到底至らなかったのである。
 さらにタイラントのフレームは、コア・腕部ともに軽量級。当然ながら防御力も低い部類に入るであろう。
 一方のヴィエルジュは中量級2脚だが、比較的機動性に優れた脚部にターンブースター、最高出力のブースターを装備し、さらに今回はショットガンに換装。積載量に余裕を作る事で、元々重視していた機動性をさらに高めていた。しかも、タイラントの攻撃でレーダーやミサイルポッドが脱落し、他の部位も装甲が軒並み削られており、意図したわけではないのだが、かなり軽量化されていた。
 コアと腕部は軽量級の為、砲弾で穿たれたために当然防御性は低く、しかも大破寸前の状態である。しかし一対一の戦いならば、その高い機動性と搭乗者の格闘スキルで相手を翻弄する事も可能な機体である。
 今や眼中にないロイヤルミストとの戦いで、それは証明済みだ。
 そこでアストライアーは、自らが最も得意とし、父が生前好んで行っていた、機動力を生かした近接戦闘に持ち込むことにした。
 だが重装備を売りとするタイラントの懐に飛び込むと言うのは勇気の要る事であった。ヘタをすれば、カウンターで大型火器を撃ち込まれる危険性も大いに有り得るのだから。
 ましてや、コアや脚部のコンディション・コンソールは赤やオレンジ、黄色といった光を発し、アラーム共々「機能不全」「損壊」「損傷」を訴えている。右腕の反応速度も低下しており、ショットガンを撃ちかかるも、散弾がタイラントを掠め飛ぶばかりか、ボタンに反応してくれない場合すらあった。
 失敗は即、死に繋がりかねない状況だったのだが、しかしアストライアーの体は考えるよりも早く動いた。オーバードブーストを起動させると同時に、ショットガンを放ちながらタイラントの左側面に向けて突撃した。
「怪我で呆けたか?」
 俺に近づくのは自滅行為だと言わんばかりに、タイラントは再びグレネードランチャーの砲身を展開、女剣士に止めとなる榴弾を叩き込もうとする。
「死ね、小娘!!」
 グレネードランチャーから、轟音と共に榴弾が放たれた。
 だがヴィエルジュは、この榴弾をOBでの横移動で回避していた。タイラントの動作から攻撃のタイミングを予測し、砲口の前から逃れていたのだ。以前、テラと戦った際にも見せた回避行動である。カラサワの比ではないほどに弾速が劣るグレネードである。満身創痍のヴィエルジュとは言え、アストライアーが回避するには、全く苦ではなかった。
 さらに蒼白い体躯はタイラントの左後方でOBを停止させると、上腕部補助ブースターで急速旋回し、灰褐色の体躯のOBハッチを斬りつけた。
 損傷していたとはいえ、左腕がアストライアーの意思にしっかり応じてくれた事が幸いだった。
 斬撃で怯んだ所に更にショットガンで追撃をかけ、再びムーンライトを叩きつける。タイラントが苦し紛れに跳躍した為、その刀身は左足に命中、斬り落とすまでには至らなかったが、内部機構が露出するほどの深手を負わせる。タイラントは直後に榴弾を放つも、空しく轟音を響かせただけで終わった。
 ダメージが蓄積したタイラントは上空へ逃げようとするも、敵討ちに全てを捧げた復讐者はそれを許さなかった。
「逃げられると思うな!」
 ヴィエルジュが、三度タイラントに空中斬りを見舞った。今度は左腕を切り落とし、コア左側面までも切り裂く。暴君が地面に下ろされると、圧倒的な腕の差を見せ付けるかの如く、更に一撃を加える。今度は昆虫を思わせる扁平な頭部が、蒼白い刃に薙ぎ払われた。
 タイラントの防御性能を考慮すると、この地点で既に炎上していても不思議は無かった。慎重になるあまり、ムーンライトの刀身があまり深く入らなかったと言うのも理由だが、アストライアーにとってはそれは寧ろ好都合だった。自分の腕を見せ付ける事が出来、そしてBBに最大限の屈辱を与える事が出来るのだから。最も、そこまで意識はしていなかったが。
 そして、仮にブレードによるダメージを与えられなくても、反応速度の落ちたショットガンを放って細かいダメージを重ねていく事も出来た。
 散弾を浴び、青白い刃を打ち付けられたタイラントの各所から火花が散り始める。機体が大きなダメージを負っていることは、最早素人でも分かる状態になった。
「こ、こんな……こんな馬鹿な話があってたまるか!」
 ボロボロになり、機体各所から火花を散らしながらも、拡散バズーカや3連ロケット、グレネードキャノンを乱射し抵抗を試みるタイラントだったが、満身創痍の状態から放たれる攻撃は、もうヴィエルジュには当たらない。事実、戦闘開始から、ヴィエルジュはタイラントから放たれた攻撃を一発たりとも喰らっておらず、今の損害も、全て戦闘前、エレノアを人質に取られていた時に受けたものである。
「かすりもしないな」
「蓄生めが!!」
 さしもの大火力を誇る暴君も、高い機動力を以って撹乱・封殺されればどうする事も出来なかった。アリーナに君臨し続けた暴君が、破滅への急坂を勢い良く転げ落ちていく。
 だが、その彼にもカイザーの姿は目に付いた。何を考えているのか、カイザーは周辺を走り回るだけで何もしていない。
「ロイヤルミスト! 援護しろ!!」
 BBが叫ぶ。
 しかし、ロイヤルミストからは全く返事がない。暴君は既にその影響力を失っていた。ロイヤルミストは、今はBBよりもエースを敵に回すべきではないと見ていた。この戦いに介入しようものなら、エースは即座にカイザーを抹殺しにかかる事だろう。
 アリーナの頂点にも立っていないうちに、そんな事をするべきではないと、ロイヤルミストは見ていたのだ。
「何をしている馬鹿者が! さっさと撃たんか!」
 痛烈な罵詈雑言が飛んで来るに及び、やれやれとロイヤルミストは思った。そして、ショットガンと拡散投擲銃を構え、発砲した。
 繰り出された拡散砲弾と散弾は、タイラントの背後に着弾した。ブースターが損壊し、タイラントは見る間にその高度を下げていく。
 カイザーが発砲した為、アストライアーはどう言う事かと一端攻撃の手を緩めた。
「き、貴様! 何のつもりだ!」
 BBは激怒で煮えくり返った。
「もう我慢ならん。貴様のせいで計画が狂いに狂ってしまった。貴様のせいで気に入っていた連中が山ほど失われた。大体、俺は好き好んで貴様に尻尾を振ったのではない。まあ、ここまで来れば計画の成功は疑いようのない事ではあるけどな」
「どう言う事だ……!」
 凄みを利かせて睨むBBだが、もうその眼光は、ロイヤルミストを揺るがすには至らない。その瞳には、もはや覇気など微塵もない。
 ロイヤルミストの返事は、すぐに、嘲笑と共に戻って来た。
「本当は貴様を殺す心算だったのだ。トップランカーになるためには、貴様みたいな、大して強くもない――いや、昔は確かに強かったが、今となっては腐った腑抜けのくせに権力だけはある老害BBは邪魔だったからな。だが、その老害が遂に死ぬんだから、めでたい事だ」
 ロイヤルミストの嘲笑がBBの鼓膜を揺さぶった。
「くっ……だがまあ良い。俺を殺せば取引も出来なくなるぞ?」
「取り引きだと?」
 ロイヤルミストは笑った。
「何を取り引きすると言うんだ、このクソッタレの老いぼれが。取り引きってのはな、初めにその材料を持ってなければならん。だが貴様は管理者実働部隊、アキラと直美、その仲間達によって戦力も財産も潰されただろうが。そんな中で何を取引しようと言うんだ?」
 ロイヤルミストが嘲笑と共に激しく詰る中、ヴィエルジュの右腕から火花が散り、それきり動かなくなった。
 BBが気を取られている今のうちにと、アストライアーはデッドウェイトでしかなくなった愛機の右腕を一瞥すると、レーザーブレードを振るい、切り落とした。
「俺にとって、貴様の価値はなくなった。それならそれで構わんがな。第一、最初から貴様を殺すと決めていたんだからな。だがこの分だと、俺は何もしなくても良くなった」
 BBの罵詈雑言を一切無視し、ロイヤルミストはショットガンと投擲銃を乱射しながら後退する。
「果報は寝て待つとしよう。さっさとアストライアーに斬られて死ね」
 空しく繰り出された砲弾をことごとく無視し、カイザーはほぼ無傷のまま、戦場から離脱していった。アストライアーに敗れた事を根に持ってはいるが、ロイヤルミストは既に、リベンジマッチは別の機会で良いと割り切っていた。今はもう、用無しの老害からさっさと離れるべき時だった。
「裏切られるのが、レイヴンの常か……」
 一連の裏切劇を見物し、エースは呟いた。だからと言って、救いの手を差し伸べる理由にはならない。
 何せ、前々から裏切りを重ねて来たBBである。裏切り行為で成り上がったなら、裏切りに遭って滅するのもまた必然かと思っていたからだ。
 丁度、自分がしたように。
 BBは憤った。片腕を連れて来たはずが、まさか奴の裏切りまでも招く羽目になるとは。この戦いが終わったら、エースは勿論、必ずロイヤルミストも殺してやると、BBはその実行を誓った。
 だが、その直後に「出力不足」のアラームが鳴り響いた。損傷していたジェネレーターのパワーが急速に落ち、機体全体の消費エネルギーを賄う事が出来なくなったのである。
 悪態をつきながら拡散バズーカを構えたが、今度は警告コンソールがけたたましいアラームを発し、次いで生じた金属の軋む音と共に、肝心の拡散バズーカが右腕共々地面に落ちた。
 裏切り者の抹殺を誓ったBBだが、エースに裏切られ、側近に裏切られ、更には運にまで裏切られ、タイラントをボロボロにされた彼に、最早そんな猶予などなかった。傾いた暴君に、管理者も神も味方してくれる筈がなく、今や彼に残ったのは、アストライアーに殺される為の時間だけだった。
 頂点に立つ勝者も永遠ではない――悠久の摂理を認めないBBが操るタイラントは、グレネードランチャーの砲身を展開したまま、未練がましく上空に再び逃げようとする。
「堕ちろ!!」
 だがタイラントの後を追って来たヴィエルジュが、ムーンライトを一閃した。そして、それが勝敗を決する一撃となった。
 青白い刀身は、タイラントの下半身とコアの接続部に直撃し、コアの下部装甲を吹き飛ばした。抗いようも無く上半身と下半身を切断されたタイラントは、周辺の岩や瓦礫、自らの部品を派手に撒き散らし、黒煙を発しながら地面を転がった。
 その様は、あたかも独裁者が、民衆の怒りを買って失脚させられた様であった。
「ば、馬鹿な……この俺が……小娘ごときに!?」
 だがそれでも、BBは自分が負けたという事を認めようとはしなかった。そしてしぶとくも、搭乗者ハッチを開き、外に這い出そうとしていた。
 アストライアーは即座にその姿を認め、残骸まで駆け寄ると、左手を振るってBBを弾き飛ばした。身長2メートルを超える体躯が紙屑のように宙を舞い、砂地に落下した。
 それは強化人間の身体にはさしたるダメージではなかったが、よろよろと立ち上がるBBへ、ヴィエルジュはすぐに追いついた。まだ健在だった、煤けた左腕を伸ばす。
「来るな! よせ、く、来るな!」
 必至に足を回転させたBBだが、砂の上に滑って転んだ。起き上がって、なおも逃れようとする。
 ヴィエルジュはそのBBを容易く捕まえた。
「き、貴様……俺をどうする――」
 全てを言い終える前に、ヴィエルジュはBBを放り投げた。彼の身体はまたしても宙を舞った末、壊れたタイラントのコアに激しくぶつけられた。
 脊髄が軋み、周辺の血管が破裂するのを感じたBBだが、ヴィエルジュが即座に駆け寄り、また彼を掴んだ。
 アストライアーの脳裏に、父アルタイルが殺されたときの様子がフラッシュバックする。あの時、彼が一体どんな死に様を遂げたのかが、昨日の出来事のように、忌まわしいまでに鮮明に甦る。
 この下衆を殺す事は最早決定事項だが、その有様と言うのがある。下衆に相応しい死に様を、考える必要がある。
 だが、アストライアーは殆ど時間を要さずに、その結論に辿り着いた。
 父を殺した時と同じ様に殺してやると。
 激怒と憎悪に駆られたアストライアーが命じると共に、ヴィエルジュはBBを掴んだ拳を高く掲げると、それをタイラントの残骸へと振り下ろした。続けざまに、二度、三度と。
 臓腑も金属骨格も軋んだBBが叫ぶ前に、ヴィエルジュはまたしても彼を放り投げた。今度の彼の身体は巨大機動兵器から脱落した装甲板に顔面からぶち当たった。その彼を、今度は起き上がる前に蹴り飛ばす。タイラントの残骸に、またしてもBBの体が叩き付けられた。
「やめてくれ……」
 鼻、血、口、切れた唇、折れた歯の隙間の至る所から地を滴らせ、BBは叫んだ。
 幾度も吹っ飛ばされ、ヴィエルジュに蹴られた事で、BBの金属骨格は折れ曲がり、部分的に内臓に突き刺さっている。内臓は数箇所で破裂し、頭蓋は陥没すら起こしていた。
 普通なら生きているはずの無い状態であった。しかし彼は強化人間であるため、そのような有様となっても、まだしぶとく生きていた。いや、死ねなかったと言った方が正しいのかも知れない。
 しかし、血まみれの全身はすでに痙攣し、もはやまともに動く事すらままならない。
 アストライアーは、その死に掛かった暴君を冷めた眼で見下ろしていた。もうBBは息絶えても不思議はあるまい。そろそろ復讐の総仕上げに掛かるべき時だ。
 そう思い、アストライアーは斬られて転がっているCLB-33-NMUに目をやった。あの日、アルタイルはあの忌まわしい足の下で死んだ。BBが、父をあれで踏み潰したのだ。
 そして、遂に自分も同じ事をする権利と機会が、今与えられたのだ。
 アストライアーは無言のまま、半死人と化したBBの上にヴィエルジュの足を置いた。何が起きたのかを察し、BBは追い詰められた獣も同然の絶叫を上げた。
「止めろ! 頼む! 止めてくれぇ!!」
「止めろだと?」
 この下衆にも命乞いと言う概念があったのかとアストライアーは目を丸くしたが、その驚きは即座に生理的嫌悪感へ変容した。
「何人もそうやって殺してきたんだ、私に一度位殺されても文句を言うな!」
 アストライアーは聞く耳も持たず、BBを押し付けている足と、タイラントの残骸との間隙を徐々に狭めていく。身体を徐々にプレスされていく感覚に、BBは苦痛と恐怖の絶叫を発した。
 BBの恐怖の絶叫と泣き喚く声を目の当たりにし、アストライアーは至上の満足感に極上の快楽、超絶的な生理的嫌悪感、未曾有の陶酔感、そして比類なき達成感に満たされ、恍惚の笑みを浮かべている己の姿に気が付いた。
 そして、全てを確認していた。
 女剣豪マナ=アストライアーは、この瞬間のために、それまでの全てを投げ打ってまで生きて来たのだと。
 全ては、家族の復讐の為に。
 全ては、この忌まわしい下衆を殺すために。
 全ては、BBの嘲笑を恐怖で引きつらせる為に。
「頼む!! 助けて!! 助けてくれぇぇ!!!」
 抵抗も虚しく、タイラントの残骸とヴィエルジュの足裏との間隙がゆっくりとなくなった。BBは全身を生きながら伸される苦痛と恐怖とで、凄まじい断末魔を発して最期を迎えた。脳髄も臓腑も骨格も、何もかもを潰されながら。
 暴君が肉塊となるや、ヴィエルジュは青白い刃を幾度と無くタイラントに叩きつけた。残された肩が斬られ、肩装備の一切が引き千切られ、総仕上げにコアが叩き割られた。
 タイラントは爆発し、管理者所有の巨大な機動兵器と同じく、アヴァロンヒルの古戦場に転がる残骸の一つと成り果てた。
 アルタイルの最期を、そっくりそのまま再現して。
 暴君に相応しい、惨たらしい最期を隠すようにして。


 直後、風が荒野を駆けた。
 巻き上げられた砂埃が、死せる暴君と蒼い戦乙女の姿を一時的ながらも隠し、上空に広がる人工の空を錆色に染めた。
 その風が止んだ時、マナ=アストライアーは万感の思いを込めて呟いた。
 これで、全てが終わったと。
12/09/22 12:59更新 / ラインガイスト
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■作者メッセージ
 今回、ヴィエルジュが後一発喰らえば爆発炎上しかねない状態ですが、正直BBはザコなのか、アリーナでも慣れれば私のようなへタレでも無傷で処理できたので、まあ剣豪レイヴンのアス姐だったら楽勝か、と言う事でサドンデス状態(謎)で戦わせる事としました。
 しかし、ただで終わらないのが我流。最後の最後でロイヤルミストに裏切って頂きました。
 同業者からも側近からも、最終的には運にすらも見捨てられ、無残な最期を遂げた彼ですが、哀れだと思わぬように(ぉ)
 悪役としての彼をブチのめすからこそカタルシスが生まれた訳なんで(爆)。

 この話は執筆初期の段階ですんなり決まり、初期プロット以降、大きな変更はしてません。
 毎回自分の小説を見ていると色々と修正したくなってしまいますが、この話は最初も最後も大差無しですね。

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まろやか投稿小説 Ver1.50