連載小説
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#25.THE END OF REVENGE part1
 BBの下を去ったロイヤルミストは、それまでの業務的態度をかなぐり捨て、主君への罵詈雑言へと頭を切り替えていた。
 大体、もともとBBについては自分なりに計画を持っていた。全てはあいつのせいだとロイヤルミストは考えていた。あの老害がアリーナに居座っていたお陰で、トップランカーを望んでいた自分はいつの間にかBB第一の犬として、その筋の連中から後ろ指をさされている。
 しかも、来るべき派閥抗争に備えて傘下のレイヴンをかき集めたものの、それはBBがまるで自分の部下の如く、良い様に扱ったことで、特にアキラ相手の戦いで無駄な犠牲を出す羽目になった。自分の傘下の連中は尽くいなくなってしまったが、ああ言うレイヴンは他にも知っている。
 潮時である事は目に見えている筈なのだが、ロイヤルミストは、まだ決断出来ずにいた。
 確かにBBを見限る事も今は出来るだろうが、彼の実力を全く評価していないわけではない。事実、彼との試合において、ロイヤルミストは一度も勝ち星を収めた事がない。八百長抜きの試合であったにもかかわらず、だ。だから、彼は無意識のうちに、BBを裏切ろうにも裏切れない、裏切ったとしてもその後に待っているのは自身の破滅であろうとも理解していた。
 それに、アストライアーを殺す為に彼女を誘き寄せるまではいいが、問題は、その後どうするかにあった。
 BB以外にも、恐らくエースも戦場に現れるとロイヤルミストは見ていた。特にアストライアー抹殺とあっては。
 何故なら、エースは密かにアストライアーと戦いたいと言う願望を持っているらしいという事を、情報屋やリサーチャーが、実しやかに囁いていたのだ。そのエースとアストライアーを戦わせ、最低でもアストライアー抹殺、良くてエースとの共倒れを狙えるかもしれない。高潔な精神の持ち主であるエースが依頼主を裏切ると言う話は全く聞いていないため、彼の矛先がBBに向かう事はまずないだろう。
 アキラの抹殺は無理にしても、上手くいけば、また以前の様にBBの庇護の下で、己の戦力回復に邁進出来るかもしれない。全て計画通りに行けばの話だが。
 新しい傘下のレイヴンが、自分の眼鏡に適うかどうかは分からない。だがそれは、今までのランカー達のように、個を持っていながらBBに屈服させられた曲者揃いの連中とは違い、自身が何かしらを吹き込む余地が有る事だろう。彼等の引き入れや根回しも含めると、相当の時間は掛かるだろうが、己の意図に従う駒としてそいつ等を利用出来るようになれば、BBの政権転覆も狙えるだろう。
 しかしその為には、激怒したスズメバチの如き不穏さと怒りをみなぎらせるBBの機嫌を戻さねばならないだろう。あのままの不機嫌ぶりでは、計画以前に自分の命すら取られかねない。BBは気分一つ次第で、傘下のレイヴンを殺す事すら平気でして来たのだから。
 自分にその矛先が向いては、元も子もない。だからこそ、彼は裏切るに裏切れなかったのだ。
 ロイヤルミストは実に面倒臭そうな姿勢と嫌な顔で、携帯端末を開くと、メールボックスを新規送信モードにした。その宛先には、エースのメールアドレスが記載されていた。


 レイヤード第1層、第2都市区のセクション320を訪れる人は、まずいない。
 なぜなら当セクションは、5年前に発生した地殻変動によって都市機能が麻痺し、それ以後閉鎖されたままになっているからだ。
 だから、時折企業への武力抗争を仕掛けるゲリラを例外とすれば、ここの住人はホームレスか薬物中毒者、それに社会不適応者の類を除けば殆ど住んでいない。
 特に「放射能汚染区域 立入禁止」と書かれたプレートが掲げられ、有刺鉄線で封鎖されたエリアに立ち入るものは皆無であった。
 しかし、その誰もいないはずの区域で、着信音がかすかに鳴った。
 着信音は、閉鎖されたオフィスビルの地下駐車場から更に下った場所が出所であった。
 もし、そこに人間が立ち入ったならば驚く事だろう。何せそこは、駐車場と言うよりは神殿の様な印象が漂っており、一区画には書物の束が重ねられている。しかも、発電装置や通信機器等が持ち込まれ、人間が暮らしている痕跡も見て取れる。
 それだけではない。
 この駐車場には巨大なトレーラーが止められ、整備用スペースも兼ねるそのカーゴにはACが収容されていた。蒼白い顔面と青い炎をあしらったそのエンブレムと、ダークグレーと赤銅色のカラーリングは、そのACがエース駆るアルカディアであることを、無言で物語っていた。
 そして、その神殿を思わせる空間の最奥部には、エース本人の姿も存在した。
 ゴシック様式の柱に囲まれた、嘗て宗教が世界に影響力を持つ時代に作られた空間。奥のステンドグラスの前に戦女神の像があったが、彼はその前に跪いていた。この神はギリシャ神話のアテナのように知恵と工芸をも司っていた。
 その女神像の前に跪くエースの姿は、祈りを捧げているようにも見えた。己の追想する、まだ見ぬ己の力を見る為に。そしてそれを叶えてくれるであろう、素晴らしき好敵手との出会いと戦いを。
 その厳粛な空間に、ハイヒールが地面を叩く音が響いた。
 それに気がつかないエースではない。立ち上がると、即座に彼は音の方向へと振り向いた。
「エース、メールが届いてます」
 視線の先では丁寧な物腰をした、スーツ姿の女性が佇んでいた。柔らかな長いブロンドに青い瞳を持つ、エースの跪いた女神像に酷似した容姿をしている。だが彼女は女神ではなく、アディリスと言うエースの秘書である。
「誰からです?」
 エースは片膝をつき、アディリスよりも低い姿勢で問う。眉目秀麗で長身のエースと比較すると、親と子ほどの身長の違いがあるアディリスは、まん丸の瞳が目を引く童顔に、そこそこある胸以外は全体的に華奢な体躯をしている。レイヤードの誰もが知る、武の化身の如き超一流レイヴンを跪かせるには、余りにも心許ない姿だった。
 しかしエースが頭を垂れるのは彼女の前だけである。
「ロイヤルミストからです」
「あの小物から、と?」
 エースの顔が不愉快になった。
「BBがアストライアー抹殺に向かうので、力を貸してくれとの事です」
「私に持ち掛けて来るとは……」
 エースの声に侮蔑が混じった。
「アストライアーと戦いたい、と言う願いを適えてやろうと言うとの仰せですが……どうします? 同志達の依頼ではないので、無視する事も出来ましょうが」
 アディリスが提案するが、エースは首を振らなかった。
 これまでエースは、自分から依頼を受ける事はなく、依頼に出向くのは大抵、自らが友と認めた同志達からの協力要請に基づいての事だった。それは彼個人の性格と信条によるものだった。長きに渡る戦いの中で、強敵・好敵手の存在は勿論だが、戦友との絆もまた、己を更に強くしてくれるだろうと、エースは信じていたのだ。
 だから彼は、欲得付くである企業からの依頼はどれだけ高い額を詰まれても全く受けず、逆に周辺の戦友や同志達からの協力要請であれば、それが割に合わない額の報酬でも喜んで引き受けていた。そのために、現王者であるアキラに比肩し得る実力を持ちながら、自ら進んで依頼に出る事がなかった為に、イレギュラーとして認定される事はなかったのである。
 だが今回は部外者からの依頼である。恐らくは、エース自身が蛇蝎の如く忌み嫌って止まぬBBからの依頼であるだろうと彼は見た。BB第一の犬であるロイヤルミストからの依頼と言うことは、十中八九BBの依頼とみて間違いないと認識していた為だ。
 しかも、今回はアストライアーの抹殺である。彼自身はアストライアーと戦いたいと言う願望はあるし、今更それを否定する気はない。BB派閥の依頼と言うのが気に掛かる次第だが、それを差し置いても、これは非常に良い機会になるだろう。
 この機を逃す心算はない。エースの目が明るくなった。
「了解。依頼に出向くと返信しなければ」
「良いのですか?」
「ええ、BBが自ら出陣と言うのだから、この上ない日になる」
「そうですか」
 アディリスは微笑んだ。
「いよいよですね」
「そうです。ここからが本当の始まりです……私にとって、恐らくはアルタイルの娘にとっても。申し訳ないですが、あなたにはこれから忙しくなって貰わなければならないだろう」
「いえいえ、それが私の務めですから」
 エースはアディリスを伴い、礼拝堂を後にした。そして、彼女を伴ったまま、万全のコンディションに調整されたアルカディアへと歩み寄り、その姿を見上げた。
 アルカディアは、主を待っていたかのように、上半身を起こした状態で、トレーラー後部の整備用スペースに収まっていた。黄色く光るモノアイが、搭乗者へと向けられている。
「あなたひとりで事が済むとは思えません。BBの事ですから、対策は入念にしてください」
「仰せのままに」
 エースは畏まった。畏怖や皮肉ではない、自身に付き従うこの秘書に敬意を示しているのだ。
 試合後にファンレターと共に寄せられる、莫大な量の誹謗中傷、嫌味などを前にしてもアディリスは全く動じず、逆にそれらを尽く処分してのけている。トップクラスランカーと言う事もあり、寄せられるその量が半端でないながら、顔色一つ変えずに微笑んで見せるその姿には、エースには関心に値していたのだ。
 エースは携帯端末を取り出すと、アドレス一覧に視線を落として同志の選定に入った。


 アストライアーにメールが届いていたのは、それとほぼ時を同じくしての事だった。ただし、彼女にとって意外だったのは、それがBB自らの手によるものであり、しかも宣戦布告ではなかった事である。
 その内容はアストライアーを警戒させるには十分な物だったが、それと同時に妙に引っかかる所もあった。何故今になって、仇敵である自分にこんな物を送ってよこしたのか。アストライアーの中で、疑念と憎悪とが、複雑に入り混じり始めた。


 送信者:BB
 件名:−

 ミラージュからの依頼で、エースを消す事になった。
 だが、正直、一対一ではかないそうにない。

 そこで、お前に協力を頼みたい。
 明日、奴がアヴァロンヒルの古戦場での任務を終え、
 帰還しようとする所を、共同で叩くことにする。

 急な話だが、お前からの喜ぶべき回答を待っている。


 文面は簡潔そのものであったが、逆にそれから、自分を誘い出して殺そうというBBの意図が、これでもかと言わんばかりに滲み出ている事を、アストライアーは本能的に察して取った。
 アストライアーとしては、本来ならばこうした相手は有無を言わさず叩き潰したい所であった。自分には守るべき存在としてのエレノアがおり、その為には自分は必ず生還しなければならないと心に決めていたのだ。だが、当のエレノアは、もう1ヶ月も前から行方不明になっている。「もしかしたらもう戻ってこないのでは」とさえ、アストライアーは感じていた。
 勿論エレノアの事は警察組織には一応通報した。だが警察組織も治安維持や暴徒鎮圧といった主要業務があり、更に最近は管理者絡みのトラブル――実働部隊の襲来、コンピュータ・ネットワーク寸断による慢性的な機能不全――が続発し、その対処に追われている為、エレノアの捜索ばかりやっている訳には行かないと言うのが実情だった。
 だが、それを差し引いても、BB自らの依頼である。場合によっては、裏切って殺す事も出来るだろうと言う期待を否定する気はない。何より、アストライアーはエレノアを守るという意志こそ途中から混ざったものの、家族を皆殺しにしたBBを殺す為に、全てを投げ打ってレイヴンとなり、此処まで戦い抜いて来たのだ。
 BBがどれ位の戦力を随伴させているかは分からないが、もう相当数のレイヴンがアキラに屠られた事は周知の事実であるし、第3アリーナも相当数のランカーが落命している為、BBに残された手駒は殆どないだろう。出来の悪いBBの影武者がそんな事を喚いていたのは、記憶に新しい。
 今こそ、復讐の好機だと見たアストライアーは、依頼が罠であると半分決め付けた上で、とりあえず出撃するとの旨を返し、ヴィエルジュの整備及び調整に掛かった。
 BBの奴がディスプレイ前で嘲笑しているだろうなと確信した上で。そして、その嘲笑を恐怖で引きつらせてやると決意を固め、百回もその実行を誓った上で。


 そして、メールにおける指定日時である6月9日の夕刻を迎えた。
 以前の依頼において大した損害も受けなかったため、パーツ買い替え等の手間も全くないまま、アストライアーとヴィエルジュは、互いに最高のコンディションで依頼に赴いた。
 手配した輸送ヘリから投下されたヴィエルジュの眼前には、以前、イレギュラーによって破壊された巨大な機動兵器の残骸が、まるで旧時代の巨大な仏像の如く鎮座していた。
 残骸となっても、その巨大兵器は十分に威圧感のある姿とサイズをしている事を、アストライアーは肌で感じていた。むしろ、全身ボロボロとなった機体各所を見ていると、えらく不吉な気分にさせられるなとも思っていた。
 しかし、その巨大兵器の残骸よりも、遥かに忌まわしい存在が佇んでいた。
 それに気が付いたのは、残骸と小高い丘を飛び越えた先だった。赤茶けた砂地の中、皮下組織の様に赤いアクセントを施された、過剰なまでの重火器を携えている逆間接ACが、昆虫のような頭部をヴィエルジュへと向けている。
 忘れもしない、自分をレイヴンとするきっかけとなった、決して相容れぬ存在がそこにいた。
「よく来てくれたな」
 アヴァロンヒルの古戦場では、タイラントと、それを駆るBBがアストライアーを待っていた。彼の従者と思しき3機のACを従えて。
 従者はいずれも、ミラージュ軽量型と呼ばれるモデルのACで、対ACライフルCWG-RF-160と小型ロケットCWR-S50を2つ携えているのが2機、もう1機はMWG-MG/1000とMWM-S42/6で武装している。ブレードは3機共通で、MLB-LS/003を携えていた。
「アルタイルの娘と対峙、か……昔を思い出すな」
 BBが呟く中、居並ぶACの姿を見てアストライアーは、僅かに目を目を疑った。
 タイラントの周辺に居並ぶACの中に、ロイヤルミストが駆るカイザーが、更には依頼文で抹殺対象となっていたアルカディア、つまりはエースの姿すらもあったのである。
「残念だが依頼など始めから無い。お前には此処で死んでもらう」
 居並ぶACが、一斉に得物を向ける。
 アストライアーは顔色一つ変えなかった。目的の為には手段を選ばぬBBでの事ある、自分を抹殺する為にこうしたのだろうと、彼女は最初から読んでいたので、もはや驚く事などなかったのである。
 そして、これがBBを抹殺出来るであろうまたとない機会でもあろうと確信していたまでである。仲間のACがいるとあっては、それも困難なものとなっているが、だからと言って下がる理由はない。
「最期に言い残す事は有るか、小娘」
「結末も思い出せればベストなんじゃないか?」
 アストライアーの声は自信に満ちていた。以前のアリーナにおいて、エースとの戦いで見せた不甲斐無さもあってか、彼女は勝てると確信していたのだ。
「果たしてそうか? 同じ過ちをして負けるほど俺が甘いとでも思ったか。まあ良い。コイツを見ろ」
 BBの言葉に続き、タイラントの左手が開かれる。その手に握られているものを見てアストライアーは思わず叫んだ。
「エレノア!!」
 タイラントの左手には、行方不明になっていたエレノアが握られていた。薬物を盛られたのか、彼女は死んだように眠っている。
「動くな。動けばこの娘を握り潰すぞ」
 この通信で、タイラントに斬りかかろうとしたヴィエルジュはその動きを止めた。囚われの身のエレノアを見たアストライアーに動揺が走っていたのは明らかだ。
 刹那、タイラントの右腕から放たれた3発の砲弾がヴィエルジュを襲った。レーダーがへし折られ、右腕の装甲が吹き飛ぶ。
「馬鹿め。たかが小娘に心奪われるとは。アルタイルの娘も所詮は腐れ鴉でしかないものだな」
 分裂式バズーカの砲弾を再度ヴィエルジュに浴びせつつ、BBはエレノアを人質に取られ動けないアストライアーを罵倒する。砲弾の散り方が一定ではない為に外れた弾も出たが、それでも砲弾の大半はヴィエルジュの脚部を穿ち、コアの薄い装甲を抉り取る。ミサイルポッドも吹き飛ばされて爆発した。
「エース、貴様も攻撃したらどうだ?」
 エースは何も答えなかった。そしてアルカディアからは何の行動も帰ってこない。
「貴様ッ……」
「ほう? 俺が憎いか? だが今の貴様に何が出来る!?」
 そう言い、再びタイラントは左腕に握られたエレノアを突き出す。
 ほぼ無抵抗状態のアストライアーその脳裏には、エレノアと過ごした日々の記憶が蘇っていた。そして、彼女を助けたいという思いもあったのだが、それゆえのジレンマが彼女を襲っていた。
 エレノアを助けたい、しかし動けばエレノアは殺される。しかしこのままでは、エレノア云々以前に自分が殺されるのは明確であった。女剣士は答えを導き出せないまま、怒りと悔しさ、エレノアへの思い等で板挟みの状態にされたまま、唇を噛んでいた。
 その間にもヴィエルジュには容赦なく攻撃が浴びせられ、コア及び両手足の装甲が深く抉られ、ついに耐久力が限界に達しようとしていた。次の一撃で、アストライアーは父アルタイルと同じ運命を歩む事となるだろう。
 復讐の為に取った行動の代償は、あまりにも高くついた。
「エース、止め位は刺させてやる。あの小娘を家族の元に送ってやれ!」
 攻撃を止めたタイラントの右手前方に、アルカディアが歩み出た。アストライアーに止めを刺すであろう携行型グレネードランチャーの砲身を前に倒して。
「いや、お前が止めを刺せ。因縁は自分の幕で引け」
「怖気付いたか? まあ良い。せっかくライバルを一人消せるのだ、これ程良い事は無い」
 数歩後退したアルカディアと入れ替わり、グレネードランチャーの砲身を展開した暴君が前に出る。
「死ね!」
 BBが再びファイアーボタンに手を掛けた。自分に手を出した小娘を地獄へと追い落とすべく。
 万事休すと悟り、しかしこんな終わり方は認められるかと言わんばかりに、アストライアーは無念に顔を歪ませた。


 最早これまでかと思っていたアストライアーだったが、1秒と経たないうちに、自身が助かった事を知った。
 確かにグレネードは放たれていた。だが、それは暴君の左肩からではなく、その右手側に立つ別のACから放たれ、ヴィエルジュではなく、タイラントの右肩に着弾していた。
 何が起こったのだとBBは一瞬慌てたが、そのグレネードが飛んできた方向に目を向ける。彼の目には、その犯人は明らかだった。
 眼前のアルカディアが、うっすらと硝煙を発しているCWC-GNS-15の砲口を向けていたのである。
「貴様、何のつもりだ?」
 自分にグレネードの砲身を向けた張本人に声を荒げるBBだが、しかしエースはまるで無反応だった。石膏を固めたどころか、貴金属を加工したような、表情なき面構えで。
「そうか、貴様もか……フハハハハ! 貴様までこの小娘の肩を持とうと言うのか! 馬鹿馬鹿しくて笑いが止まらんぞ!!」
「……違うな」
 BBの下卑た笑いを遮るかのように、エースが唐突に口を開く。
「貴様がこのままアリーナを牛耳り続けていれば、私に理想を見せてくれるだけの力量を持つ様な兵(つわもの)はこれ以上現れなくなるだろうからな」
 エースの口調には、初めて彼の声を聞く者でも解るほどの不快さが漂っていた。
 彼には妻子こそなく、身体面でもBBと同様、体の大半をサイボーグ化した身分ではあったのだが、BBとは違い、アストライアーの行為が理解出来ないほど人間として堕ちていなかった。
 それ以前に、長年自分のまだ見ぬ力を追い求め戦ってきたエースは、他者の力の大元を否定するつもりはなかったが、しかしBBの行為は、エースから見れば「自分の理想を遠ざける行為」でしかなかった。
「貴様はもう腐っている。私の理想はおろか、心境など分かる筈も無いだろう。もう貴様が牛耳る腐れたアリーナなど金輪際御免だ」
「ほう、言ってくれるな。だが見ろ。この小娘が――」
 タイラントがエレノアを掴んだ左腕をエースに突きつけようとしたのだろうが、アルカディアは間髪入れずに剣戟を放ち、タイラントの左腕の、ちょうど手首の辺りを切り落とした。
 手首はエレノアを掴んだまま地面に落ちた。
「き、貴様ッ……!!」
「勘違いするな。私はこの少女の生命や将来に何の義務も責任もない。私が今こうして彼女に拘るのは、この幼女が、あのレイヴン――アルタイルの娘の、戦う原動力だからだと言う事だ」
 アルカディアは振り下ろした左腕で、自らが切り落としたタイラントの手首を素早く掴んで後退、同時にアストライアーに通信を入れる。彼にはアストライアーの戦う理由が、BBへの復讐心以外にもあると言う事を、すでに察していたのだ。
 この間、タイラントからは拡散バズーカによる砲撃が行われた。拡散する砲弾はバズーカの中では破壊力こそ抑えられているが、命中率は高い。しかしその砲弾は、アルカディアにはただの一発も当たらなかった。
「アルタイルの娘よ、聞こえるか?」
 拡散砲弾が掠め飛ぶ事など意に介さず、エースは続ける。
「この幼女の命は私が守ってやる。BBにやられた恨みを存分に晴らすがいい」
「……いいのか?」
 驚いたのはアストライアーの方だった。しかし驚くアストライアーに、エースは今回BBに刃を向けた理由を、断片的ではあるが口にした。
「お前も父親から聞いているのだろう。アリーナにもルールや、他のランカーレイヴン達がルーキーに教える相手への流儀などの不文律といった『しきたり』は必要だが、八百長や力による買収等の無駄な秩序は不要だと言うことを……」
 アストライアーは小さく頷いた。アルタイルが、生前に同じ様な事を呟いていたのを思い出したのだ。
「それでアリーナが腐敗したとするならば、それは正すべきではないのかと。そして、それは私達ランカーに課せられた責務……そうは思わないか?」
 その言葉で、アストライアーは全てを理解した。
 もともと、エースはBBに加わり、アストライアーを抹殺する気などなかった。この機を利用し、レイヤード第3アリーナに蔓延る腐敗分子の元凶――すなわちBBを、破壊によって消し去る事が、エースの真の目的だったのだ。その為に、BBとアストライアーの敵討ちを利用せんと目論んでいたに過ぎず、アストライアーと接触を重ねていたのも、その為だった。
 全ては、自分の計画を、アストライアーの復讐劇に上書きし、露見しないようにするための工作だ。
 そして彼は、復讐者の心を縛っていたエレノアを解放し、あとは暴君が復讐の刃に倒れるのを待つだけとなった。最も、その前に仕事をしなければならないだろうと、エースは考えていた。
 BBの従者が、少数とは言え此処に居るのだから。
 だが、そこまで考えてエースは気が付いた。
 カイザーが、まるでこの場から逃げるように後退し続けている。最初から戦う気などなかったのか、あるいは自分だけ逃げようとしているのか。
「エース! ここまで俺に屈辱を味わさせておいて逃げる気か! 貴様が戦え!」
 怒り心頭のBBだが、エースはまったく動じない。
「貴様がどう足掻いた所で、もう私の敵ではない」
 グレネードキャノンが砲声を発したが、榴弾はアルカディアにかすりもしなかった。
「それどころか、貴様はアルタイルの娘すらも殺せないだろう。万が一貴様が勝ったら、私が二度と化けて出て来ないよう、今度こそ、完膚無きまでに叩き潰してやる。貴様が今までにそうして来た様にな」
 もはやエースの眼中に、BBの姿は無い。
「それに貴様に使う弾などない。この腐れた輩にこれ以上弾を使うなと、アルカディアが文句を言っているのが分かる」
「ふざけた真似を! 殺せ!」
 再びグレネードが繰り出されると共に、従者AC達が一斉にアルカディアへ発砲した。
 直後、タイラントのコア前面が、蒼白い閃光と共にバッサリと切り裂かれた。
「貴様の相手は私だ!」
 半壊状態のヴィエルジュが、エースに気を取られていたタイラントに反撃を繰り出したのだ。
 この一撃でタイラントのラジエーターが故障し、ジェネレーターも一部損傷してエネルギー供給率が低下した。これらは元々エネルギー消費効率の高い逆間接や頭部・腕部パーツが幸いし、タイラントにとっては致命傷とはならなかったが、その一撃は、BBにとっては痛烈なしっぺ返しに他ならなかった。
「畜生!」
 BBは激怒した。
「小娘ごときにタイラントを傷付けられるとは何たる事だ!」
 憤った直後、従者のACが次々に爆発した。アルカディアからチェインガンとグレネードキャノンが連続で繰り出され、装甲も技量も劣っていた従者達のACはあっけなく戦闘不能にさせられてしまったのだ。
「BB、貴様が巻いた種だろう! 貴様で刈り取れ!」
 エースの怒号がBBの鼓膜を劈いた。そして、彼はロイヤルミストの頭上へと、オーバードブーストで急接近した。
「俺とやるのか?」
 エースは何も返事をよこさなかった。彼が返してきたのはチェインガンの弾幕だった。それらはカイザーの足元に次々着弾したが、機体を穿つには至らない。
「黙って見ていろ。これはアルタイルの娘の戦いだ。邪魔するなら容赦はしない」
 ロイヤルミストを牽制した上で、エースは言い放った。
「さあ、復讐劇の幕を引くのだ、アルタイルの娘――いや、アストライアーよ!」
 エースが自分の名前を呼んだ事で、アストライアーは一瞬だが動揺し狼狽しかけた。だがタイラントの姿が目の前にあることで、一瞬で彼女の頭は戦闘モードに戻った。
 もう、BBとの戦いを邪魔する者はいない。そしてアストライアーは自分に万が一の自体があることを考慮して、エレノアへ僅かばかりながら、遺産と呼ぶべきものを残している。そしてそのエレノアも、エースと言う予想外だが、しかし強力無比な守護者に今は保護されている。
 エースの言う通りだった。マナ=アストライアーは、BBとの、最初で最後となる対決に全てをぶつける事が出来るようになっていた。
 家族の復讐――遂に、それを果たすべき時が来たのだ。
 砲声を上げたタイラントの大型グレネードキャノンが、因縁の対決の幕開けを告げた。
12/09/22 12:58更新 / ラインガイスト
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■作者メッセージ
 2005年の末、第1話投下。
 あれから5年が経過し、ようやく物語上の大ボスであるBBとの直接対決まで描写が進みました。
 思い返せば長かった……と言うか、5年も書き続けるとは思ってもいなかったですね。
 まだ完結していないのでこんなことを書くのはアレな様な気がしますが(苦笑)、それにしても、今思えば感慨深いものです。

■暴君像
 本作のBBは、鉄扇寺風伯さんがいつだかAC3&SLモチーフ作品で描写していたBB像である「冷酷で奸智に長けた策略家」とは対照的に、「己の力に身を任せた(文字通りの)暴君」として描いています。某G1メガト○ンと実写映画版メガ○ロンぐらいの違いがあります(それは分かりづらいぞ)。
 冗談はさておき、イメージとしては「古代ローマ史上にしばしば現れている暴君」に近い感じですね。
 何時でしたか、謎のレイブンさんから「本作のBBは小物」と言う感想が出たのも多分、この描写の違いから来る印象のせいかなと思います。

 ちなみに今回、一気に決着の所まで投下しようと考えたのですが、あえて戦闘開始前部分と戦闘部分で分割、決着は次回となります。

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まろやか投稿小説 Ver1.50