連載小説
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#20.足りないもの
 マナ=アストライアーは、どう見ても精々中規模程度のミラージュ基地の奥深くで、メインコンピュータルームを有する区画へのゲートに愛機を陣取らせていた。
 四方を鉄筋コンクリートや空調設備、照明器具、その他諸々の機械類に囲まれているこの部屋で、時間の感覚を唯一呼び覚ましてくれるのは、アストライアーの腕時計と、コンソールの片隅に表示されている、管理者と同期している時計だけだった。それによると、現在時刻は5月19日の午前3時52分。腕時計はこれよりも4分ほど表示時刻が進んでいる。
 エレノアが消えてから、早くも3週間近くが経過する計算になる。
 既に基地内にはレッドアラートが発令されており、いつまでもエレノアの事ばかりを案じているわけには行かない。しかし、それでも思考はあの幼女の事に傾いてしまう。この10日間、アストライアーの身体コンディションは特に所見なし、鉄パイプで殴られた損傷も癒えたが、臓器がひとりでに口から這い出してどこかに行ってしまいそうな不快感に見舞われ続けていた。
 それでも、アストライアーは依頼を断るという選択肢を廃していた。と言うのも、アストライアーは、最も有りうる可能性にして最悪のシナリオである「BBによる誘拐説」を信じていた。同時に、自分を潰す為に刺客が送り込まれるにしても、その他のケースにせよ、兎に角同業者達との接触で、何か情報が得られればと思っているのだ。同じレイヴンの事であれば、最終的には同業者が一番知っている筈だと、女剣士は見ていた。
 すぐにでもエレノア捜索を実行したい所ではあったが、彼女は堪えた。侵入者の動向が、館内放送やマップコンソール上の赤い点やライン表示などで逐一アストライアーに届いており、またブリーフィングでも持ち場は現在位置だと指定されているからだ。レイヴンでありながら防御の要衝を任される点が、ミラージュにおけるアストライアーの評価の高さを示していたが、彼女にとって、その現実は露ほどの慰めにもならなかった。
 エレノアのことに加え、守備戦力がレヒト研究所のそれとは比較にならないほど弱小だった為である。恩師であるグローサー大尉の率いるAC部隊の面々も動いているが、果たしてどれほど防げるのか、アストライアーには気掛かりだった。
 何せ、相手は――
「敵機、接近!」
 オペレーターの声が思考を圧し、アストライアーの脳内は戦闘モードと緊張に支配された。刹那、ゲートが荒々しく両断され、純白と濃灰、紅色のアクセントと言うカラーリングの敵機が踏み込んできた。その手には、見覚えのあるミラージュ製ライフルとレーザーブレードが携えられていた。
 アストライアーは、ゲートを両断して踏み込んできたACへ、無表情のまま目をやった。特別な感情は持っていないと誰もが思うところであったが、当のアストライアーは、実の所、かなり――とまでは行かないだろうが、少なからず動揺していた。本人がその事を後に尋ねられたら全力否定するだろうが。
「また貴様か……」
 アストライアーは溜息をついた。内心、もういい加減にしてくれと言うのが正直な所だった。何せ、自分を3度も打ち負かしてくれた相手である。今回もまた撃破されるのかと、アストライアーはほとほと嫌気が差していた。
「直美! いい加減にしろ!」
 あからさまな嫌悪感を滲ませる罵倒にも、通信モニターに映し出された直美は無表情のまま。
 しかも彼女は、そのまま背後からロケット弾を見舞うヴィーザルとスクータムの攻撃を、まるで目が付いているかのように難なく回避して見せると、逆に急速反転からライフルを次々に叩き込んでいく。ライフルでスクータムの頭部とその周辺を狙い撃つと、外をモニター出来なくなったのだろう、スクータムはふらふらと右往左往し始め、壁にぶつかって停止。その直前にヴィーザルに突進したヴァージニティーは、足払いを掛けてヴィーザルを横転させていた。抵抗として放ったロケット弾はあさっての方向に逸れて行った。
 アストライアーも直美も、両者が何故此処に居るかを知っている。
 レヒト研究所の件で、確かにアキラと直美、そしてユニオンによって管理者へのアクセスプログラムが奪取された。だが、レヒト研究所にアクセスプログラムがあると言う話は、ミラージュが事前に流していた囮情報だった。実際のアクセスプログラムは、レヒト研究所襲撃の数日前にコンピュータ諸共運び出され、第1層・第2都市区と第2層・第1都市区を結ぶ縦穴の横に作られた研究所に移されていた。
 アストライアーは、まだ行方の知れないエレノアを探している時、ミラージュからの要請を受けてコンピュータの警備に当たり、直美はそれを奪いに来たと言うわけだ。
 当初、ニセモノのために死ぬ寸前の戦いを強いられたのかと内心怒りを覚えたアストライアーだったが、結局彼女は、そんなクライアントの依頼を、半ば惰性的に受けていた。他者から「正常な考えが出来ていない」と見なされても不思議のない有様だった。
 だが、アストライアーにはそんな事はどうでも良かった。
 既に、彼女の視線はヴァージニティーに固定されていた。ヴァージニティーは、ミラージュの高機動型AC2機相手に挟み撃ちにされながらも、背後からのレーザーブレードを回避し、逆にムーンライトで前方の1機を早々と仕留め、もう1機も急速旋回から迎撃へとスムーズな動作切り替えを披露、コアや脚部に刻まれた銃創が嘘の様な戦いを演じている。
 直美と、搭乗機のヴァージニティーが並外れた技を披露してミラージュ専属機のコアを両断したに及び、アストライアーの思考が彼女の事に傾いた。
 後ろに目があるかのような回避。他のAC乗りを圧する飛び抜けた強さ。エレノアに見せた母性的な笑顔が嘘の様な、感情抜きの冷静さ。いったい、どこをどうすればそれが見に付いたのか。アストライアーの思考は、いつしかその一点に絞られていた。
「その力……」
「何言ってるの?」
「その力、一体どうして!?」
 アストライアーの叫びにも、そして嫉妬にも似た叫びと共に、ヴィエルジュがブレードを一閃。蒼白い光波を飛ばしたが、ヴァージニティーは苦もなく回避してしまう。
 剣戟を飛び越えたヴァージニティーはヴィエルジュに向き直った。脚部ユニットは極平凡、器用貧乏と言われるMLM-MM/ORDERだったが、アストライアーが見ても旋回スピードは早かった。しかも、ターンブースター未装備で。どこをどうチューニングしたんだとアストライアーは思ったが、それでは駄目だと頭を強引に切り替える。
 ヴァージニティーもライフルで反撃を開始する。頭の切り替えに要したコンマ以下のタイムラグが災いし、アストライアーは完全に回避が遅れた。それ程僅かな時間の遅れでも、ヴィエルジュの薄装甲コアの表面は、次々に穿たれた。
「邪魔をするな!」
 直美の怒鳴るような声に当てられ、アストライアーが僅かに怯んだ。
「敵意がなければ無視する!」
 緊張状態の中にあっての、突然の凛とした強い声が、アストライアーの判断を一瞬遅らせる。
 相手が怯んだと見るや、ヴァージニティーはすかさずOBを起動、ヴィエルジュの右手側面を掠め飛び、アストライアーが固めていたゲートを突破して次の部屋に移った。アストライアーもコンマ数秒遅れ、ヴィエルジュをコンピュータルームへと飛び込ませた。コンマ1秒毎に彼我の距離は一気に縮まり、ヴァージニティーの背後へスロットル全開で迫った所で、ムーンライトを構える。
 直後にブレードは振りぬかれたが、ヴァージニティーは高々と跳躍し、ヴィエルジュの太刀筋に空を斬らせた。
 一方、ヴァージニティーはライフルを駆使し、迎撃に現れたギボン2機を張り付かれる前に打ち倒し、近くに身を潜めていたフリュークに体当たりを食らわした。倒されたフリュークは光学迷彩を作動させたまま、起き上がろうともがき、床に手足を擦らせ軋ませた。
「させん! 今度こそ!!」
 今度は負けんと、背後から再度ブレードを振るったヴィエルジュだが、またしても剣戟は空振りに終わる。
 無言のまま、ヴィエルジュによる背後からの剣戟を避けた直美は、ブーストでヴァージニティーの姿勢と高度を保ちながらライフルを繰り出した。直美には一切の感情が見られなかった。エレノアを気遣う言葉や、アストライアーを労うような姿勢も一切見せなかった。
 直美の思考にあったのは、あくまでもアクセスプログラムの奪取のみ。
 敵については殲滅する心算はなく、あくまでも邪魔する者のみを叩き、他は精々無力化する程度に留めるつもりでいた。アストライアーとその搭乗機も、本来なら破壊せずに済めばそれに越した事はないが、彼女がショットガン銃撃と光波でしぶとく追跡してくるに及び、直美は遂に彼女の撃破を決定した。
 直美の意に応じるように、ヴァージニティーは再び急速旋回した。バレリーナの様に旋回してヴィエルジュに向き直るや、狭い中をオーバードブーストで急速前進してムーンライトを構える。
 オーバードブーストのチャージ音から全てを察したアストライアーも、ヴィエルジュに剣戟の指示を出す。それ以外の思考を廻らす時間は、アストライアーにも、そして直美にすらも与えられなかった。
 電光石火の一撃が交差した時、アストライアーは直美の事も、護衛目標であるアクセスプログラムの事も、一切を忘れる猶予が出来た。勿論、この後直美がプログラム奪取に向かうであろう事は確実だったが、しかし彼女がそれを気にする必要はなくなった。
 意識も何も失ったからである。 


 アストライアーに再び意識が戻ったのは、ヴァージニティーの剣戟を受けてから36時間後の事だった。勿論、ヴァージニティーの姿も無ければ直美の姿もなく、残骸となったはずのヴィエルジュの姿もない。そこにあったのはシーツの温もりと、彼女に背を向けて他の負傷者を看護している看護婦、そして白一色の壁面や幾つかの医療機器。
 目覚めた場所は医務室だとすぐにアストライアーは分かり、さらに近場で、恩師グローサーが、彼女の容態を見詰めていた事にもすぐに気付いた。
「……直美はどうしたんだ?」
「逃げられたよ」
 グローサーの一言で、アストライアーは状況の全てを察した。直美との対決は、またしてもアストライアーの敗北。勿論、直美は最後の防衛線にいたアストライアーを倒すと、データを奪って何処へと去った。グローサー達残存戦力も追撃したが、結局間に合わなかったと言う。
「それと、アス君に通達が来ている」
 そう言うと、グローサーはジャケットの内ポケットから書簡を引っ張り出し、アストライアーに手渡した。その時の表情から、あまり芳しい内容ではないなと、アストライアーは察した。
 そもそも、イレギュラー相手とは言え、ミラージュの重要施設防衛に二度も失敗した身である。ミラージュから何かしらの処分が下されたとしても不思議はないだろう。
「目覚めた時から、覚悟はしていたがな……」
 封筒の中身は、ミラージュ上層部からの通達だった。要約すると「残念だが、今後、君に重大な依頼は任せられない」と言う失望と、「アキラ及び直美の排除を断念し、被害の復興と社の維持に専念する」との方針決定が記されていた。
「済まない」
 書簡を無表情で見詰めるアストライアーの横から、グローサーが謝罪した。
「何で誤るのですか?」
「君に寛大な処置が下るよう、何とか取り計らったのだが……」
 しばしの沈黙の後、付け足して言う。
「力になれず、申し訳ない」
「いえ……」
 アストライアーには恩師を叱責する心算はなかった。直美に敗れたのが悔しいのは否定しないが、救援に間に合わなかった事も、折角移設したデータベースとアクセスプログラムを奪われた事も、既に済んだ話である。そして、ミラージュからの評価を下げたのも、自分が負けた結果。それは受け入れるしかないと、アストライアーは割り切っていた。
 しかし、敗北が悔しくないのかと言われると否である。
 レディ・ブレーダーのプライドも傷付けられ、背後から、しかも一太刀浴びせる事すらも敵わぬまま敗北した事は、彼女にとっては無念の極みでもあった。父と同じスタイルで戦う事に意味を見出していたレディ・ブレーダーにとって、彼女のプライドを傷付ける事は、彼女が父・アルタイルから叩き込まれた事の全て――即ち彼女の中にある父の全てを否定するにも等しかった。
 出来る事なら、直美の首根っこを引っつかんで引っ張り回してやりたい私怨もあった。


「本当にお前って奴はァァァァァ!!」
 大した怪我もなかったと言う事で、愛機の残骸諸共ガレージに戻って来たアストライアーは、まずサイラスの罵詈雑言に迎えられる事となった。反論する気はなかったし、文句なら直美に言ってくれと責任転嫁する気もなかった。
 ここまで、ヴィエルジュがレヒト研究所で派手に壊され、アヴァロンヒルでオーバードブーストとブースターを損壊させられ、挙句今回のミッションでこれである。今回はコアの右側面がザックリ斬られ、ジェネレーターやラジエーターを初めとし、実弾及びエネルギー防御スクリーン発生装置も損壊。さらに右腕は肘関節から下がなくなっている。
「人が整備したと思ったらすぐにぶっ壊して来やがって!!」
「パーツ交換すれば済む事だろ?」
「交換だと!?」
 アストライアーからすれば死ななかっただけマシと言うもので、パーツやら機材やらを取り寄せて修理で済む分良いのではと言う考えがあった。だが、その不用意な一言がサイラスの怒りを買った。
「あんたは戦場出てドンパチやってりゃ済むんだろうが、こっちァお前のせいでぶっ倒れそうなんだよ! 連日連日派手にヴィエルジュ壊して来やがって!! 大体俺等はあんたの専属整備士じゃねぇんだぞ!!」
 これまで溜まりに溜まった鬱憤もあるのだろうが、兎も角サイラスは連日に渡ってヴィエルジュを損傷させてくるアストライアーにうんざりしていた事は確かだった。
 そのサイラスの傍らでは、テーブルに見立てて配置されていた機材の近くで、寝袋に包まった整備士達が、野菜を食い散らかした後のイモムシの如く転がっていた。いずれもサイラスの部下達で、共にヴィエルジュの整備に関わった連中である。
 整備士達の中には軍関係者上がりや過去に肉体労働に従事していた等で、体力・気力とも覚えのある者も居たのだが、アストライアーが連日に渡ってヴィエルジュを壊して戻って来た為に、彼等は殆ど休む事無く働き尽くめだったのだ。他のレイヴン達の間でも被撃破者が絶えない中で、毎回ヴィエルジュの整備を頼まれていたのでは無理もない。仮にフレームパーツの交換で済む場合だったとしても、パーツの接続や各所動作の調整は必要で、換えたらすぐ出撃できると言う物ではない。
 結局、連日に渡ってオーバーワーク気味だった彼等のうち、ヴィエルジュの整備を行う者は回を追う毎に少なくなり、遂にはこの有様である。中には、過労のあまりに入院する者まで出た程であった。
 こうなってはもうたまらんと、サイラスは、この事をアストライアーに説教しはじめた。
「あーあ、また派手にやったな」
「こりゃまた徹夜で整備かね」
 そう言う事情があり、同じガレージのレイヴン達は、遠目から大破したヴィエルジュを見て苦笑した。連日に渡って派手な損傷を受けてきたヴィエルジュとその搭乗者は、既にガレージの面々の語り草となっていたのだ。
「よく愛想尽かされないですよね……」
 担当レイヴンとのコンタクトの為、ガレージを訪れていた若い女性オペレーターもその噂は聞いていたが、サイラスが「整備士とACを労る事について」と言う演目の説教をアストライアーにしていたと知り、遠巻きでアストライアーを見詰ると、早足で本来の仕事に戻った。 
「あれが担当じゃなくて良かったなー」
「ああ、全くだぜ」
 ネージュの整備を担当している整備士達は、遠巻きにアストライアーを見ては、他人事のように苦笑するのみだった。
「あそこまでスゴイ怒られてるヒトってハイスクール以来だなぁ……」
 ネージュのコックピットでハンドガンの動作確認をしていたミルキーウェイもまた、周辺の整備士達と共に苦笑していた。


 数時間にも及ぶ説教の末、アストライアーはようやく開放された。だが、サイラスが整備をボイコットすると胡坐をかかれた事もあり、彼女は腸が煮えくり返るような屈辱と怒り、直美への敗北感、その他諸々のマイナス思念などが複雑に絡み合い、精神状態は半ばカオスの様相を呈していた。それを反映したのだろうか、顔からは精気が消え、何だか頬がこけたように見えていた。
「何が……何が……」
 彼女の顔を見た同業者が引く中、アストライアーは呪詛のように呟いていた。
「私には何が欠けているんだ……エレノアか!? ヴィエルジュか!? 整備士の信頼か!? それとも技量なのか!?」
 思いつく限りの事を呪文の如く詠唱するも、それらのうちいずれかが原因なのか、アストライアーには分からなかった。それどころか、考えれば考えるほど疑問が湧き上がり、仕舞いには何で自分がこうなったのかと嘆き出す始末。
「直美……」
 アストライアーは頭を抱えた。その姿には最早、レディ・ブレーダーと恐れられていたレイヴンの面影はなかった。混迷、困惑、疲弊、嫉妬、憤怒など、様々な負の感情が、かつての強い意思に取って変わられていた。
「貴様は、私に何が足りないと言うんだ……!?」
 自分が抱いていた疑問に対する回答を導き出せないまま、アストライアーの頭脳は、今から5日前に起きた戦いの記憶をプレイバックした。


 その日、アストライアーはミラージュ直々にアキラと直美の抹殺を命じられており、他にも複数の、依頼で出撃中、もしくは依頼達成後帰還途上にあったレイヴン達と合流し、トレーネシティ郊外の無人区画に広がる森林地帯や、その中にあるセクション間連絡通路等で、イレギュラーを探して回っていた。
 アストライアー自身は別件の依頼がなかった為に機体コンディションは問題なかったが、他のレイヴン達は依頼後の損傷や消耗もあり、万全の状態とは行かなかった。だが、直美とアキラが依頼達成の帰りに此処を通過すると言う情報を得た事から、ミラージュは好機を逃すまいと、急遽周辺のレイヴンを駆り出したと言うわけだ。
「こんな所をアキラ達が通るのか?」
 そう思ったが、アストライアーは口には出さなかった。彼女は以前、ここから数キロほど離れた川岸で、アキラと、ビキニ姿ではあるが直美を目撃している。当てには出来ないが、遭遇の可能性はあると見ていたのだ。
「何だ、セクション連絡通路から――」
 その声を最後に、爆音と共にそのレイヴンからの通信が途絶えた。
 冷や汗を感じながら、アストライアーはアキラの出現を確信し、何処から来るのかと操縦桿を握る。
 ヴィエルジュは、搭乗者の心境を形にした様に、左右にせわしなく頭やコアを振っていた。
「ルキファー発見! ヴァージニティーの姿はない、単独だ!」
 襲撃メンバーに参加していたパイロンが、アキラを発見した旨を伝えた。
 それを裏付けるかのように、彼が操るタワーオブウィンドは上空に定位すると、眼下目掛けてレーザーライフルを発砲し出したのがヴィエルジュからも分かった。
「目標捕捉。スプレッドバズーカにて攻撃を試みる」
 やはり襲撃メンバーの一員であった元戦闘機乗り・キャストダウンも通信を飛ばすと、搭乗機ブラウザーを上空に低位させた後、拡散バズーカを発砲し出した。
 2機が森の向こうにいると知り、急いで森を抜けて援護に回ろうと、アストライアーはブーストペダルを踏み込んだ。だが、いよいよ森に突入と言うところで、彼女は急ブレーキを掛けた。
 余りにも唐突だったが、彼女の目の前にヴァージニティーが現れたのだ。
「アストライアーさん!? 生きてたのね!」
 直美はアストライアーが此処に居た事を意外に思っていたようだ。他のレイヴンが生きていたらどう反応するかは兎も角、自分の生存に驚いたのは、それだけ自分に注目していたのか、あるいは何かしらの感心を引くような要素があったのだろう。
 頭が冷えていたなら、アストライアーはそう思った筈だ。
「エレノアちゃんと仲良くやってる?」
 直美としては、アストライアーがエレノアの事を思い出して戦意を喪失してくれたら、と思っていたのかも知れない。だが、その一言がアストライアーを、半ば狂戦士状態にしてしまった。
「貴様が知る必要はない!」
 エレノアの事を口に出した事で、直美もエレノアか自分を狙っているのかと、アストライアーは即座に決め付けてしまった。そして勘違いしたまま、雷光の如き速さで以って、ヴィエルジュへ攻撃命令を下した。
 間髪入れず、ヴィエルジュがヴァージニティーに斬りかかる。直美は咄嗟に愛機を突進させ、剣戟に捕まるコンマ3秒前に懐に飛び込んだ。密着状態のACの間にヴィエルジュの左腕が入り込み、振り下ろされる寸前で止められた鉄の腕が軋む。
 折角他人が心配しているのに何て態度なのかしら。この場でアストライアーを引っぱたいてやりたいと思った直美だったが、それを堪えた。エレノアの事を聞かれて過剰反応した所から、何かがあると察したのだ。
 勿論、直美も戦うACパイロットではあるが、殆どのレイヴンが失っている優しい心を持っている。従って、他人の養子とは言え、天涯孤独のエレノアの事は気になっていた。
 しかし、今のアストライアーは激昂しており、こうなると聞く耳は持たないだろう。ならば、自分が倒される前に倒してしまうしかない。
 エレノアには悪いが、自分にもやらねばならない事があるのだと、直美は己に説いて聞かせた。
 一方のアストライアーも、直美の事をよく知っていたならば、即座に斬りかかる様な真似はしなかった筈である。以前病室でエレノアに優しい顔を見せ、アストライアーの事も評価していた直美である。エレノアの事を口にしても、それは心配の裏返しであり、決して悪意は無いと見えたはずである。
 だが何とも皮肉な事に、エレノアを失ったアストライアーは酷く情緒不安定になってしまっており、直美への理解など、どこかへと消えてしまっていた。
 そして、エレノア探しのあまりにアストライアーは詮索していなかったが、直美の実力は、レイヤード内では誰もが認める所となっていた。アストライアーを破った事は言うに及ばず、これまでに現れた刺客を悉く返り討ちにした事は、既にレイヴン達の知る所となっていたのである。アキラ=カイドウと並び、第2のイレギュラーとまで目する同業者もある程だ。
 その直美に喧嘩を売ったのである、幾らレイヤード第3アリーナの上位ランカーとは言え、他のレイヴン達が聞いたら、彼女を風車に立ち向かうドン・キホーテを見るような目を向けるだろう。
 そして今、実際にアストライアーはドン・キホーテも同然だった。
「消えろ!」
 密着状態のヴァージニティーを押しのけ、ヴィエルジュはバズーカを発砲した。だが、ヴァージニティーは左手側面に素早く回り込み、逆にヴィエルジュへと斬りかかった。咄嗟に前進して刃を逃れるアストライアーだったが、軽量2脚クラスの機動力を持っているとヴィエルジュを自負していただけに、見た所変哲の無いアセンブリのヴァージニティーに側面を取られるのは度し難かった。
 だがそれでも、ヴィエルジュはヴァージニティーの背後を、最低でも側面は取ろうと周囲を回る。ターンブースターまでも動員すれば、さすがに旋回性能はヴィエルジュが上を行った。ヴァージニティーの側面は、こうしてアストライアーの絶対領域――此処に居続ける限り、勝利は約束されたようなものとなった。
 いや、なった筈だったと言うべきだろう。アストライアーが左斜め後方から繰り出した斬撃はかすりもしなかったのだから。白い機体は相手の動きを読んでいたかのように、前進して刃を逃れていた。
 今度こそはと、アストライアーは背後から第二撃を繰り出したが、こんどは真横へのステップで回避される。だがまだ側面を取っており、今度こそチャンスをものにせんと、ホバーしながら3度目の剣戟を繰り出す。今度はFCSによる位置補正までも加わっての剣戟だったが、ヴァージニティーは右手側に飛び退いて剣戟を回避していた。
 しかも、ヴァージニティーは間髪居れずにヴィエルジュに逆撃を叩き込んだ。バズーカを握った右腕が斬られて吹っ飛ぶ。
 背後や側面から繰り出した3度の剣戟が失敗し、しかも逆檄まで加えられたことにアストライアーは動揺した。こんな筈ではない、接近戦では自分や父が一枚上手の筈。
 斬られた事を理解出来ないまま、アストライアーはヴィエルジュを突進させ、執拗にヴァージニティーに喰らい付き、射程内に入った途端にムーンライトを振り下ろした。だが、剣戟を繰り出しても、その都度ヴァージニティーがブロックしてしまい、仮にガードが間に合わなかったとしても、バックステップで光波諸共避けられてしまう。
 頼みのFCSによる補正機能も、僅かに浮き上がったヴァージニティーにタイミングが合い、予測位置である頭上の空気を斬るばかり。
 こんな事は初めてだ、まるで此方の動きを予測しているかのようだ――アストライアーは戦慄を覚えた。
 直美は戦慄から来る僅かな隙を見逃さなかった。相手が、かすかに剣戟のタイミングが遅らせたと思ったときには、彼女の腕はヴァージニティーに剣戟を命じていた。横一文字に振りぬかれた蒼白い光刃は軽量級コア前面の装甲をごっそり抉り取り、ジェネレーターを焼いた。動力に致命傷を受けたヴィエルジュは後ろに大きく仰け反り、川の中に背中から倒れこんだ。
 ヴィエルジュが倒れると、それを確認するかのように、ヴァージニティーの横にルキファーが降り立った。遠くの森の中から立ち上る2つの煙は、パイロンとキャストダウンが倒された事を物語っていた。周辺に敵反応はなく、襲撃を掛けてきたレイヴン達は、逃げるか撃破されるかして、既に一人もいなくなっていた。
 アキラが見たところ、ヴァージニティーは既に肩膝を突き、コックピットハッチが開かれていた。直美は何処にと周囲を見渡して、川の中で半身不随になったヴィエルジュの傍らに移動していた事に気がついた。すぐさま、アキラもハッチを開放してコックピットから這い出し、後を追う。
 アキラが川原に着地し、直美の傍まで駆け寄った頃には、アストライアーも川の中に沈んだハッチから這い出して来たと見え、ずぶ濡れになってヴィエルジュの残骸へと這い上がってきた。
「目の焦点が定まっていないようだけど……大丈夫?」
 破壊されたヴィエルジュの残骸から、辛うじて這い出して来たアストライアーを見て、直美は目を細めた。形振り構わず戦い、しかも派手に斬られたにも拘らず、アストライアーにさしたる損傷は無かった。少なくとも、直美には傷付いている様には見えなかった。
「何故だ……」
 狂ったように呟くアストライアーを前に、直美はアキラと顔を見合わせ、溜息をついた。この時、他のレイヴンも居たならば、頭が狂ったのかと口にしそうであるが、しかしそれでも、直美は目を細め、しかもアストライアーへと歩み寄っていく。
「なぜ……これほど!!」
 落ち着いてとアストライアーをなだめる直美だが、負けた女剣士は聴く耳を持たない。
「これほど差がある!」
 あなたが冷静さを欠いているから――そう言ってしまえば簡単だが、しかしそれでアストライアーが静まるとも思えなかったので、直美は他の理由を考えた。彼女と、そして他の強化人間達と戦った事で、信じる事が出来るようになった理由を。
「あなたが……BBの下衆と同じようにして、強化人間になったからよ」
「何だと……!?」
 アストライアーは冷や水をかけられたかのように沈静化した。
 ここでもし、アストライアーが注意深く直美の言う事を聞いていたら、「BBの下衆」と、腐敗した暴君を詰る言葉を聞き取る事が出来ただろう。そして、直美もまた、BBを強く憎んでいる事を察する事も出来たはずである。
 だが、アストライアーの思考を縛ったのは、強化人間だから負けたという部分だった。
「強化人間で何故、貴様に負ける!」
「人間じゃなくなったからよ」
「何を言う!」
 アストライアーは即座に立ち上がり、直美のパイロットスーツの胸元をつかんだ。直美は敗者に斬りかかろうとしたアキラに手をかざし、今は攻撃しないでと視線で訴える。
「私は人を捨て、更に血反吐を吐くほどの鍛錬を重ね、多くのレイヴンを殺めた! 全てはあの下衆を殺す為に! なのに何故、貴様に勝てない!!」
「強化人間になっていないレイヴンが弱いと思う?」
 直美に言われ、アストライアーは不意に動きを止めた。
「確かに身体は、強化人間に比べれば弱いでしょうね。でも、実際は違うわ。真人間――強化人間じゃない人にしかない力もある。わたしはそう思ってる」
「真人間にしかない力……だと?」
「ええ。ひょっとしたら、あなたもそれを持ってるかも知れない。あなた自身が気付いていないだけで」
 直美は困惑するアストライアーを睨むように見詰めている。これ位言えば、何かが分かるだろうとでも問い沙汰しているかのように。
「それは何だ! 教えてくれ!」
 自分にない力が何であれ、BBを殺す為には力が要る。それを察したアストライアーの興味が途端に変わった。得られるものであれば何とかして得ようと、直美に縋り付く。胸元を揺さぶるあまり、直美のパイロットスーツの生地が破け、胸元が大きく開いてしまったが、気にも留めない。
「どうして……?」
「BBを殺す為だ!! 奴を殺す為に必要なんだ! 教えてくれ!!」
 アストライアーとしては、BBを殺す以外にも、彼に捕まったかも知れないエレノアを探し出し助けると言う目的も含まれていた。だが、エレノアを救出する為にも、BBを抹殺しなければ、何れ彼女が善からぬ目に遭うのは明白だった。その為、結局の所BBの抹殺が第一となっていた。
 そのアストライアーを前に、直美は溜息をついた。折角言ったのに、アストライアーは何も分かっていなかったと察したのである。それがアストライアーの不理解か、或いは幻滅かは、アストライアーは勿論、一切の攻撃を停止して佇んでいたアキラにも分からない。2人に分かったのは、直美がアストライアーを引き剥がし、同時に諭すような口調を発した事だった。
「何でも人に聞けば手に入る訳じゃないわ」
 何故だ――そう口走ろうとした瞬間、アストライアーは直美に突き飛ばされ、背中から川へと落ちた。
「それ位自分で見つけなさい」
 アストライアーが立ち上がったのを確認し、直美はそれだけを言うとアキラと共にACへと戻り、そのまま去って行った。
 呆然とするアストライアーがコーテックスのヘリに回収されたのは、それから程なくしての事だった。


 それから5日、アストライアーは自省と言う意味も込め、自分に欠けているものが何かと考え出していた。エレノアや整備士達との関係、技量、冷静さなど、いくらか候補は出たものの、アストライアーにはまだ、どれが正解なのか、確証が持てなかった。
 と言うのも、それらはこれまで自分が持っていたものと重なるものであり、真人間や強化人間は別に関係無さそうなものであった。だから真人間の強さには結び付かないとアストライアーは思っており、それ故確証が持てなかったのだ。
「……居るのなら何とか言え、直美!」
 誰も聞いていないだろうと承知してはいたが、それでもアストライアーは呟かずにはいられなかった。それほどまでに、彼女は精神を病んでいたのだろうが、当人に自覚はなかった。
 直美が持っているであろう答えや、エレノア捜索の糸口を見いだせず、アストライアーは混乱するばかりだった。だが、此処で混乱していても始まらない事を、誰よりも自覚していたのはアストライアーだった。取り乱したあまりに行動出来なかったり、さらに要らぬ失敗を重ねては意味がない。
 ここは一つ、無限ループ気味の思考を一度停止して、頭を冷やしてサイラスに詫びの一つでも入れるのが現実的かも知れない。ACの整備もして貰えないのでは死活問題に直結する。それだけは解決しなければなるまいと気を取り直し、アストライアーはふら付いた足取りでガレージへと戻った。
11/01/08 13:02更新 / ラインガイスト
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■作者メッセージ
 どんどん展開がドロドロとしたものに変質して行ってます(汗)。
 作者がこういったらダメなような気もしますが、悩み、迷えるアス姐の胸中をそのまんま反映したかのようなカオスの様相になってしまいました……。

 この話は今後もつづく直美さんとアス姐の対立に先立って、二人の間にちょっとした因縁と言うか、越えるべき壁と言うか、ともあれそう言った物を持たせる為のお話であります。
 しかし、その為にアス姐には「自分と直美の差」と「真人間が強化人間に劣る部分とは何か?」と言う苦しい疑問にぶち当たる事となりましたが……この悩めるアス姐の描写には苦労させられました。何せアス姐はこれまで悩むなんて事がほとんどなかったもので(笑)
 と言うか、アス姐で「悩む」と言う事が作者は想像出来なかったのです(ぇ)

 キャラクターは「キャラが立つとやがて作者の意図を超え、勝手に動く事がある」と言うことを実感した次第です。

■工房の“被”撃墜王(爆)
 旧小説板(現在は消滅)に投下されていた作品を見ると、主人公はほとんど撃破される(=戦闘不能にされる)事がなく、あっても1回かその辺と言うのが多かったような気がします。
 そこ行くとアス姐は第9話で一度被撃破、第17話でもう一度被撃破、そして今回は描写中2度も撃破されると言う有様。
 近接戦がメインなのでどうしても被弾率上昇、つまり搭乗機がボロボロにされるのは仕方ないにしても、この地点で4回も撃破されてる主人公って早々いないような気がします(爆)。

 しかしながらアス姐以上に大変なのは、毎回毎回ボロボロにされて来るヴィエルジュ担当の整備士諸兄ではないでしょうかと思う昨今。

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まろやか投稿小説 Ver1.50