連載小説
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#16.急襲
「よし、こんなもんだろ」
「そうか。試しにこいつを乗り回して良いか?」
「そりゃダメだな。演習場が他のレイヴンでふさがってるし、かといってこのガレージの周辺で乗り回す訳にもいかんだろう」
「そうか……残念だな」
 この日も特に何事もなく、整備用ハンガーに係留された蒼白いACの横で、サイラスとアストライアーが、昇降用リフトに立って話を交わしていた。
「サイラスさん! CWG-GS-56の弾薬補給終わりました!」
「よし、ご苦労」
 若い整備士の報告を受けると、サイラスはアストライアーの肩を叩きながら続けた。
「喜べアス、これでまた普通通りにザクザク相手を斬り殺せるぜ。まあ、あんまりやり過ぎんなとは言いたいがな……あんたに言ってもどうせ無駄だろ?」
「無論」
 アストライアーとサイラスが昇降用リフトでガレージの床へと降りている時も、向こうでは整備を終えたフィンスティンガーが、ガレージの外へと進み出している。
 アストライアーがそれを静かに見送る横では、整備士の誰かがつけっぱなしにしたテレビが、デモ運動の様子を報道していた。参加者達は何れも、レイヴンに家族を殺された遺族だった。
「ケッ、鬱にならぁ」
 テレビを眺めていた若いレイヴンが悪態を付いた。人の恨みを買っているレイヴンである事に居たたまれなくなったのだろうと、アストライアーは見ていた。
 彼の気持ちも分からんでもないが、そんなAC乗りはアリーナに行った方が良いだろうと、アストライアーは考えていた。
 レギュレーションの問題も有るが、自分の好きな機体で思う存分戦え、何より観客席を保護するシールドや、コックピットに取り付けられる特注品のシールドにより、事故でも起こらない限り、基本的に人は死なないのだから。
 実際、依頼を受ける事無く、アリーナ専門で活躍するレイヴンも存在する。
 しかし、このガレージにおいてはそんなアリーナや依頼における戦闘の内情はどうでも良かった。何故なら此処はACを整備し格納する為の場所であり、アリーナや依頼で派遣された戦場ではないからだ。
 そしてヴィエルジュは、戦闘がない今は己の出る幕でない事を知っているかのように、ハンガー諸共下部のハッチに引き込まれ、地下の駐機スペースへと降ろされた。
 毎日依頼に引っ張りだこならば兎も角、今は受けるべき依頼がないため、ヴィエルジュが必要になるまではこうして収納しているのである。他のレイヴン達も同様で、特に複数のACを持つレイヴンは、こうして、限られた駐機スペースをやりくりしている。
 ハッチが閉ざされてから少し遅れ、アストライアーを載せたリフトも床に下りた。
「あー、腹減った」
 サイラスの呟きを聴き、アストライアーは左腕に付けられた腕時計を確認する。現在時刻は4月18日の12時32分。世間一般では昼飯時であろう。
「無理もあるまい」
 サイラスが、今朝からヴィエルジェのメンテナンスに奔走していたから事を、アストライアーは知っていた。そして、それが昨日のミッションに原因がある事も。
 昨夜、アストライアーはミラージュの依頼で、ユニオンに情報を売り渡していた裏切り者を抹殺せよとの依頼を受け、出撃した。
 標的となっていた相手は、ブレードの使い手として知られるミラージュの専属レイヴン2人で、それぞれが軽量級と重量級の2脚を操っていた。
 アストライアーはまず、重量2脚を側面からの斬撃で難無く撃破、直後に軽量級2脚の反撃に遭い、愛機のミサイルポッドと右腕のバズーカを切り落とされながらも斬り合いに臨み、やがて軽量2脚も討ち取った――と言うのが大筋である。
 サイラス達整備士は、その修復の為に朝からフル稼働していた。
「アスおねーさーん、せいびおわったの?」
 床へと降りたリフトへとエレノアが歩み寄ってきた。例によって「アスおねーさんといっしょにいたい」と無理にお願いをして、彼女について来てしまったのだ。
「ああ、終わった。すまないな、わざわざ待ってて貰って」
 アストライアーはリフトから降りると、エレノアの頭を軽く撫でてやった。
 人間同士の馴れ合いを避ける傾向にある彼女は、幼児に関してもそれは同じで、妻子あるレイヴンが家族と共に行動している様子を見ても全く関心を示さず、また浮浪児の類に対しても態度は冷たい。
 だがエレノアに対しては、何故かやってやった方が良いと思う様になっていた。それに、エレノアもにっこりと笑顔を浮かべている。
 ただし、アストライアーの表情は相変わらず石膏を固めた様な無表情なのだが。嬉しそう、とエレノアは言うのだが、見慣れた人間でもそれは中々分からない。ただしサイラスには、その微妙な差異が分かっていた。
「しかし、何か今日はやかましいな」
 エレノアを撫でるのも程ほどに、アストライアーが呟く。ガレージの内部は、何時にも増して喧騒が大きくなっていた。
「……アレが来てれば当然だな」
 サイラスは顎を別のハンガーへと向けた。その先では、本来此処にいる筈のないアルカディアが係留されていた。クレスト傑作頭部、最軽量OBコア、最軽量腕部という機動性重視のフレームを、安定した性能を持つCLM-02-SNSKに接続し、赤銅色でアクセントされたダークグレーの配色と青いエンブレムに、見間違いはない。
 周辺では迎撃レーザー装置KWEL-SILENT、チェインガン、携行型グレネードランチャー、大口径スナイパーライフルMWG-SRF/60やムーンライトが陳列されている。エースは、それらのパーツの前で、整備士に注文をつけていた。
 他のACと同様、アルカディアの周辺にも多数の整備士達が取り付いて、各々の作業に没頭している。
「しかも奴だけじゃない。直属の整備士軍団もセットで此処に踏み込んできたんだ。そりゃ五月蝿くもなる」
 成る程なと、アストライアーは頷いた。
 メタルスフィアから買った情報で、アストライアーはエースが決まったガレージを持たず、トレーネシティ周辺のガレージを転々としている事を知っていた。
 多くのレイヴンに狙われる為、拠点を転々とせざるを得なかったのだろうとアストライアーは見ていた。その話の真偽は不明だが、しかしコンテナや機材、整備士の軍団と一緒になってガレージ入りする事が、その根拠となっていた。
「あれって、エースのおじちゃんのえーしーだよね?」
 どうやらエレノアにも、係留されているのがアルカディアだと分かっていたようだ。一方で、おじちゃん呼ばわりされたエースも形無しだなと、サイラスが横で薄笑いを浮かべていた。
「なんでここにいるの?」
 どう説明したら良いものか、アストライアーは判断に迷った。自分が事情を説明したら、子供にとっては只でさえ理解不能な事象がより一層理解不能になるだろうと思っていたからだ。
「引越ししたんだよ」
 サイラスがそう言うと、エレノアはあっさり納得した。成る程、その一言で説明する事が出来るなと、アストライアーは頷いた。
 そんな事を考えていると、エースはアストライアーの存在に気が付いたのか、彼女達の方へと歩みだした。アストライアーはエレノアを傍らに置いたまま、身構える様にして身体をエースに向ける。
 敵対者と分かると、アストライアーは多分エレノアを下げるだろうが、今回彼女はそれをしなかった。エースに敵意がないらしい事を敏感に感じ取ったのだ。それでも戦闘的な姿勢を崩さなかったのは、自分にいつ何時、敵意を露わにするか分からなかったからだ。
 エースに限ってそれは無いだろう――そんな事は言い切れないのである。
「アルタイルの娘……また会ったな」
「貴様もな……」
 エースの挨拶(?)に、相変わらずの冷めた態度で応じるアストライアーだが、彼女は、自分に対するエースの態度が他のレイヴンとは違うと薄々感じる様になっていた。
 以前、テラとの試合後に邂逅を果たした時もそうだったが、彼はアストライアーに対して、どこか期待している様な素振りさえ見せたのである。
「だが何故、私等に……」
 いささか軽率過ぎるかも知れないが、この際、その謎を聞こうとした時だった。
 突如として起きた爆発によって、一切の思考が出し抜けに中断させられた。
 しかも爆発で飛び散り、火達磨となった何かが近くの弾薬に直撃し、更なる連鎖爆発を誘発。周辺にいた整備士やレイヴン、その関係者達を無差別に吹き飛ばした。
「何!?」
「オイオイ、何だよ!?」
 ACでも襲撃して来たのかと、サイラスの顔面に焦りの色が浮かぶ。彼の経験上でも、ガレージに殴り込みをかけてくる者は、今までいなかったのだ。
 それだけに、彼はこれが容易ならざる事態だとすぐに悟った。
「サイラス! エレノアを連れて逃げろ!」
 アストライアーは動じる事も無く、サイラスに、エレノアを連れて逃げる様叫ぶ。
 サイラスはエレノアの手を取って逃げようとするが、エレノアの体はサイラスに引っ張られながらもアストライアーに向けられていた。
「ダメだよ! アスおねーさんもにげて!」
「馬鹿! 私の事は良い! それに、狙われるとしたら私かエースだ! 私から離れろ!」
 自分の身の安全を確保するべき時と、アストライアーも頭では分かっていた。だが、それでもエレノアの身の安全を優先させている。
 そんな彼女に、エースは不思議と視線を向けていたが、彼もまた、何時までもエレノアとアストライアーに視線を向けているわけにもいかなかった。彼もまた、己を優先するべき時であった。
 そんな中で、エースの後方で第2の爆発が発生。エースは爆発に吹き飛ばされるが、受身をとる様な姿勢になって着地し、幸いにも無事だった。そして、爆発で吹き飛んだ金属片がエレノアを掠めると、事態はいよいよ深刻になって来た。
「いたい……」
「エレ!!」
 エレノアが膝を抱えるようにしてその場に崩れた。左足にあてがわれた手の隙間から、赤い鮮血がにじみ出ている。金属片が掠めた際に傷を負ったのか。
「サイラス! 何をしている! さっさとエレノアを連れて行け!!」
 アストライアーの、殆ど怒号とも言って良い声がガレージに響く。
「……貴様がアストライアーか」
 ドスの利いた低い男の声がしたのは、その時だった。そして、声と同時に、黒煙の向こうからACが姿を現した。
 ACは全体的に細身体型で、上半身は皿の様な頭部にクレスト製軽量級コア、ヴィエルジュと同型腕部で形成されていたが、下半身はそれとは裏腹に、肉付きを感じさせるミラージュ製の銃量級逆間接脚部となっていた。配色はダークグレーで、頭部のセンサーアイが赤く発光し、その姿は虫と人間を異種交配させたかのような印象すらあった。
 異様なフォルムをしたそのACは、重々しく禍々しい印象に見合った大口径バズーカ、グレネードキャノン、大型ロケット砲、そして攻撃速度重視型レーザーブレードで武装していた。
 そのACはアストライアーの姿を見るや、いきなりバズーカを発砲した。すんでの所で砲弾は回避したが、アストライアーの身体は吹っ飛び、詰まれていた機材をなぎ倒して床に転がった。
 アストライアーが機材の向こうに消えると、ACは更に立て続けに2発の砲弾を見舞い、アストライアーの姿を爆風で覆い尽くした。
 エースはこの機に、急ぎアルカディアへと向かった。
 だが、ACの乗り手も気付き、間髪いれずにグレネードランチャーを発砲した。
 砲弾の一撃で、アルカディアはあっさりと白旗を揚げた。稼働状態のACは、戦闘時に防御のためにスクリーンを展開するが、それが無くては、防御など望むべくもなかった。
 これには、流石のエースも、その光景を無言で見るしかなかった。生身の状態でACに反撃した所で結果は見えている。
「こうなれば元トップも終わりだな」
 男の嘲笑が、エースの鼓膜を、そしてプライドを容赦なくいたぶった。
 逆間接ACが砲撃をやめた時、アルカディアはACとしての機能を果たさぬまま、ただの焼け焦げた鉄屑へと変貌していた。
「貴様……」
 エースの顔が怒りで歪む。その顔をレイヴンやガレージ整備士の中で「初めて見た」と感じなかった人間は一人もいなかった。
 ACに乗ってからの事を恨む理は無いが、乗る前にやられるのは頭に来る――これが、エースの言い分である。
「……心中痛み入る」
 そしてエースの気分は、アストライアーにも分かっていた。
「生きていたのか」
「当然だ。BBを殺すまでは死んでられん」
 アストライアーは続けざまの爆撃で吹き飛ばされはしたが、辛うじて無傷だった。
「……今は生き延びろ。復讐はそれからだ」
「分かっている。しかしだ……」
 ACは整備・修理出来るとは言え、此処に来てアルカディアをやられたのは、エースにとって痛手だった。
 最近、レイヤード各地で出没している管理者実働部隊の襲撃によって、パーツの製造元である三大企業の生産ラインが損害を受け、その影響でガレージにも資材搬入が遅れる事があった為だ。
 サイラスがそう愚痴をこぼしていた事から、アストライアーはそれが分っている。
 だが、そんな事情など知った事かと言わんばかりに、ACはガレージ内を我が物顔で爆撃していた。
 しかも、ガレージの天上をぶち破って、腕部一体型のミサイルランチャーMAW-DHM68/04、大型ミサイルCWM-TITAN、多弾頭ミサイルMWM-MM16/1で武装した緑色のタンクACと、武器腕マシンガンとレーザーキャノンMWC-LQ/35を背部に2つ搭載し、オレンジ色に黄色、緑で塗装した派手な彩色のACが、侵入者の傍らに降り立った。
 そしてエースやアストライアー等、このガレージにいたレイヴン達はそのACに見覚えがあった。何れも、この場にいる人間ならば一度は目の当たりにしたり、名前を聞いた事がある上位ランカーACだったからだ。
「グランドチーフとコルレットか……」
 その姿を見た者の中には、勝てないと判断し、ガレージを放棄して逃亡を図る者が相次いだ。戻って来たばかりのフィクサーが駆る「アインハンダー」もその一つだった。
(あの逆間接AC……やはり奴か?)
 アインハンダーが後ずさる中で、エースとアストライアーの脳裏に、ほぼ同じ考えが浮かぶ。
 その考えを遮るようにして、2人の近くに砲弾が着弾した。2人に気が付いた重量逆間接ACが砲撃してきたのだ。
 2人は反射的に距離を取ろうとするが、ACから走って逃げた所で効果はたかが知れている。
「こいつは俺の獲物だ。勝手に手を出すな」
 他のレイヴンの始末をグランドチーフとコルレットに任せると、逆間接ACは逃げる2人に向け、再び拡散発射する砲弾を繰り出す大型バズーカを向ける。
 その時、ガレージの奥へと逃げる2人の後ろを守るように、新手のACが現れた。
 エンブレムに正三角形と、人間の女性の上半身と6匹の犬の下半身を持つ怪物――スキュラをエンブレムに持つ、暗緑色の重量級4脚AC「デルタ」であった。
「早く逃げろ!」
 アストライアー達に叫ぶと、デルタは武器腕のマシンガンを発砲、友人を殺らせまいと必至になって弾幕を張った。
「馬鹿な奴だ」
 すかさず逆間接ACも反撃、バズーカの砲弾を浴びせかかる。更にグランドチーフのAC・ヘルハンマーがデルタの眼前に着地、逆間接ACを庇うように、弾幕を受け止めた。
「貴様もあの小娘共々死ね!」
 高圧的な声と共に、逆間接ACからはグレネードが放たれた。しかし、必死の回避行動が幸いし、右前足が爆風に巻かれたものの、直撃は辛うじて免れる。
 この逆間接ACを恐れていないと言えば嘘になる。だが、ここで彼女が戦わねばアストライアーは死ぬ。お互いに信頼しているレイヴンであるが以上、彼女の為に此処でスキュラが逃げる訳にはいかない。
 それに、アストライアーには守るべき小さな命がある。自分だけが戦いを放棄するならば、それはアストライアーの死、あるいは彼女にとって、死よりも遥かに受け入れ難い現実の訪れを意味している。
 故に、彼女は逃げる訳にはいかなかった。逃げる事も出来る立場だったが、良心が、残酷なまでに畏怖している彼女を急き立てていた――戦え、と。
「だから何だ、口先だけでこっちが大人しくすると思ってるのか!? こっちも命掛けているんだから甘く見るな!」
 重量級逆間接のパイロットは、「貴様もあの小娘と同じ、甘っちょろい虫ケラだ」と、スキュラを鼻の先で嘲笑う。
 だが、スキュラは動じない。
「貴様に何が分かる!」
 叫ぶようと言い放つと、武器腕マシンガンを重量級逆間接に浴びせかかった。
 だが、チェインガン銃撃は庇う様にして上空から降りて来たヘルハンマーに遮られた上、上空からの高出力レーザーが、元々依頼で損傷していた左の腕部一体型マシンガンをその肩口から吹き飛ばしていた。
 それはいつの間にか上空へと舞いあがっていた、コルレット駆るアルルカンからの砲撃であった。
「その雑魚は任せる。好きにあしらえ」
 重量級逆間接はスキュラの始末をコルレットに任せ、自分はヘルハンマーを従え、アストライアーとエースを追跡し出した。
 そうはさせるかと、スキュラはチェインガンを逆関節ACに向ける。
「お前の相手はこのボクだ!」
 だがチェインガン発砲よりも先に、コルレットが子供っぽい声を響かせた。刹那、アルルカンの武器腕マシンガンが火を噴き、デルタのコアや前足の装甲をズタズタに引き裂いた。
 愛機が急激に損害を肥大化させるに及び、スキュラも流石にたじろいだ。そしてデルタのブーストを吹かし、アルルカンとの距離を取ろうと試みる。
 しかしコルレットも、手負いの標的を逃がすほど甘くはない。相手が距離を取ると見るや、すかさずレーザーキャノンによる砲撃に攻撃をシフト、まずは右の前足を吹き飛ばし、次いで左腕の武器腕マシンガンを消し飛ばす。
 その間にも、何処の者かも分からぬ逆間接ACは、アストライアーの命を奪うべく、地獄絵図も同然となったガレージを、瓦礫を蹴り飛ばしながら進んで行く。
「させるか!」
 逃がすまいとチェインガンを発砲するデルタだが、コルレットは好機とばかりにレーザーキャノンを連射、デルタの頭と、残ったもう一方のマシンガン腕部を破壊した。
「頼りない守護者ですねぇ。1分と持たずに鉄屑とは……」
 止めを刺すべく、再びレーザーキャノンを撃ちかかるアルルカンだったが、紫色の光が突き刺さった事で、砲撃の手を一旦止めた。
「人ん家(ガレージ)で何をやってんだ!」
 視線の先では、フィンスティンガーがEOを起動、レーザーライフルとの同時射撃を浴びせかかってきた。
「パイク、何を!?」
「話は後、今はあの野郎どもを!」
 フィンスティンガーと同時に、フェンサーもガレージに現れ、アルルカンにマシンガンの一斉射撃を見舞っている。デルタも残っていたマシンガンで反撃に加わる。
 だが、アルルカンはそれを受け流すかのように回避、逆にマシンガンで反撃を仕掛けて来る。
 そして、3機のACに同時攻撃されていながらも、彼の顔からは、余裕の笑みが浮んでいた。
「……お仲間の登場ですか。いいでしょう……久々に、素晴らしいアートを描けそうだ……!」
「何を言ってやがんだ、悪趣味野郎!」
 デルタ、フィンスティンガー、フェンサーの3機を相手にするアルルカンは、それぞれのACから放たれる攻撃を、まるで宙を舞う蝶の如く、受け流す様にして回避する。だが、弾速が速いフィンスティンガーのレーザーライフル銃撃は回避し切れず、薄い装甲が徐々に焼けていく。
 だがコルレットは動じない。薄い装甲とは言え、1発や2発喰らった程度ですぐに吹き飛ぶものでもないと見ているのだ。
「さあ、ボクを楽しませてくれよ……」
 アルルカンはレーザーライフルを浴びながらも、まずフェンサーに上空からレーザーキャノンを連続で浴びせて撃破しようとする。弱い者から先に倒して頭数を減らす、兵法論の基本に乗っ取った行動である。
 戦う事をアートと見なし、それを公言しているコルレットだが、完璧主義者でもある彼は、自らのアートもそれらの戦闘技術の積み重ねの上になる物だと、常に意識していたのだ。
「ツヴァイ、避けろ!」
 パイクが避けるよう叫ぶ間にも、回避のつたないフェンサーにレーザーキャノンが次々に命中。両手は破壊され、頭部は焼け落ち、脚部のフロートユニットも狙い撃たれて機能停止に追い込まれる。
「間に合わ――」
 止めに、武器腕マシンガンが脚部のフローターを引き裂く様にして粉砕されると、フェンサーは逃れるすべなく崩れ落ちた。そしてその上に、レーザーキャノンをコアへと発砲した。
「クソッ……このピエロ野郎!」
 後輩を倒されたパイクは逆上、再びEOとレーザーライフルを連射しかかる。だが、コルレットはその彼を嘲笑うかのように、アルルカンを疾走させ飛行させる。地形や装備の差など、この半端者との実力差を埋めるには至らない。コルレットはそう、確信していた。
 そんな彼が気をつけるべきは、被弾を最低限に抑えることだった。
 軽量級コアに武器腕採用、更に頭部パーツも比較的防御性能に心許無さが残るアルルカンを乗り回し、それを熟知しているコルレットの事だ、レーザーライフル1発でも相当のダメージを負う事は言うまでも無く理解している。
 ましてやフィンスティンガーやデルタから、チェインガンの一斉射撃をまともに浴びようものなら、あっと言う間に蜂の巣になる。
 だから彼は宙を舞い、相手が自分の攻撃を回避し辛い位置から高火力の火器で持って相手を倒す戦法を取っている。更に3次元的機動を取ることで、派手さを演出しつつも回避率を上げる工夫をなしていた。
 通常の4脚ではエネルギー効率的に無理が生じる為、実践しにくいと言われる空中戦だが、彼は強化人間が駆るACの特権とも言えるエネルギー消費効率の向上をフルに駆使した結果に成り立った、この「蝶の様に舞い、蜂の様に刺す」戦法が、信条たる「華麗に、かつ劇的に勝利する」事の極致だと、信じて疑わなかった。
「フィクサー、何やってんだ! お前も戦えよ!」
 交戦の最中、パイクは近くで佇んでいたアインハンダーに加勢を求めた。しかし、加勢を求めても、彼は動かなかった。
 その間にも重量逆間接はアストライアー達を追い詰めている。スキュラとしては、一刻も早く彼女の元に駆けつけたい所だが、コルレットはそれを許さない。スキュラが離脱を図ろうとすると、コルレットは上空からのレーザーキャノンで足を止めようとする。
 更にその直後には、フィンスティンガーにも地上からレーザーキャノンを浴びせ、交互に損害を重ねていく。
「この程度か?」
 2機のACを同時に相手にしているにも拘らず、コルレットはまだ平然とした様子だった。
「この程度が全力とは……最早お前等は“作品”とするにも値しない! “失敗作”は跡形残らず破壊してやる!」
 コルレットの語調が、明らかに不快さと憤りを感じさせる、激しいものに変化した。
 互いに全力を出してこそ、最高の「芸術」が誕生すると見ているコルレットは、相手の実力不足等で、己の芸術を汚される事を極度に嫌っていたのである。
 その為、彼は実力の伴わない「失敗作」は、存在する価値なしとして、時にアリーナの試合中でも殺害するほどの苛烈な攻撃を浴びせ、破壊しようと迫っていたのだ。
 芸術家の中にも、失敗作は残したくないと言うプライドの高い者は存在するが、そう言う点ではコルレットも例外ではなかったようである。だが、彼のプライドは苛烈なまでの攻撃性を伴う。実際、彼に失敗作扱いされ、殺されたレイヴンは数知れない。
 アルルカンは狂ったようにマシンガンやレーザーキャノンをデルタに叩き込む。スキュラもチェインガンで反撃するも力及ばず、アストライアーの身を案じながら意識を失うより他なかった。
 デルタが完全に戦闘不能となると、アルルカンはフィンスティンガーにも、レーザーキャノンの連射による殺人的な攻撃を開始する。
 一方、満身創痍のフィンスティンガーが放った攻撃は、殆ど功を奏さない。パイクが戦慄を覚えたのと同時に、レーザーキャノンが脚部を、更に右肩を捕らえ、瞬く間に破壊してのけた。
「この……戦闘狂ぉぉぉぉっ!」
 パイクの捨て台詞と共に、コアを狙い撃たれたフィンスティンガーは機能停止し、ガレージの床に倒れた。


 スキュラとパイクが奮戦空しく倒される一方、アストライアーとエースは、ACに乗ったときの戦いぶりが嘘の様な、無様に逃げ回る姿を晒すより他無かった。
 逆間接ACからは、両者が死に物狂いで逃げ惑うのを楽しむかのように、バズーカや3連ロケット砲が繰り出される。それらが、時に頭上を過ぎ去り、時に近場に着弾して爆炎を上げる中で、二人は一体何の力で動いているのか、疲労した様子もなく、走り、跳ね回っていた。
 普通の人間ならば、脳に衝撃を受けて死ぬか、爆風で木っ端微塵にされて死ぬか、或いはシェル・ショック(主に、爆音や衝撃波が元で陥る戦争神経症)に罹る所だろうが、両者は「この報いは受けさせる」と言う、憎悪にも似た執念で己を支え、反撃の機会を窺っていた。
 だが、強化人間化しているとは言え、回避行動にも限界がある。衝撃で吹き飛ばされ、擬体にもダメージが重なっている他、エネルギーも何時かは其処を突く事になるからだ。最も、目下の問題は、それよりも先に死ぬかどうかと言う所にあったが。
「何とかしてあいつに乗れればいいのだがな……」
 アストライアーは地下の駐機スペースに引き込んだヴィエルジュを思い出し、呟いた。
「お前のACか?」
 エースの問に、アストライアーは頷いた。
「最悪、貴様を囮にして此処から逃げてアレに乗り込む、と言う事も考えていたのだが……」
「ほう、こんな状況でも自分のACの事を考えるか。随分と余裕だな」
 エースとアストライアーの声が聞こえていたのか、重量逆間接のパイロットが外部音声で話しかける。アセンブリもカラーリングも異なり、またエンブレムも張られていないACだが、乗り手の低く太い、底知れぬ強欲が感じられる声色は、エースとアストライアーに「ある男」の名を連想させていた。
「それを心配する必要をなくしてやる」
 重量級逆間接ACの左肩に据え付けられたグレネードランチャーの砲口が、2人に向けられる。
 二人は戦慄したものの、しかし即座にそれを押さえ込んだ。畏れは敗北に繋がる。あくまでも冷静さを保って対処するまでであると、己を律した。
 アストライアーは自己診断システムを起動し、脚部の状態を確認する。エネルギー供給、筋組織の収縮状態、稼働率や損害状況などが即座に弾き出され、視界の左隅に表示されていく。全てのチェックが完了するまでは時間が掛かるが、動く事が分かった以上はそれでよかった。グレネードの爆撃となると、全速力で逃げるより他無しと見ているからだ。
 アストライアーが覚悟を決めた時、逆間接ACの背後から火の手が上がり、ついで後方から爆発が生じ、上半身が強張り、金属片がガレージの床を叩いた。
「随分派手に暴れてる様だな。だが……」
 この機とばかりに逃げに入ったエースは、一瞬視線を逆間接ACの後方へと向ける。ダブルトリガーが、スタティック・マンとネージュを従えていた。表面が若干傷付いている所から見ると、タイミング良く依頼から戻ってきたのだろう。
「少しは場所を考えろ」
 トラファルガーの一声に続き、3連ロケットがダブルトリガーから、同時にミサイルがネージュから繰り出される。逆間接ACは回避に転じようとしたが、その重装備が災いしタンクAC並みの速力しか出せなかった。当然ミサイルを回避するには速力が足りず、瞬く間にコア後方や左腕が崩される。
「あの粗大ゴミも片付けろ!」
 コルレットに新手の始末を任せると、重量級逆間接は今度こそ標的に止めを刺そうと、再びグレネードの砲身を展開。
 だが、アストライアーもエースも姿を消していた。
 センサー範囲を拡大し、頭部も周囲に向けるが、2人とも見当たらない。どこに行ったのか、煙のように姿を消している。バイオセンサーに切り替えても、周辺は死傷した普通の人間ばかりで、エースやアストライアーの姿がない。
「畜生、どこに消えた……!!」
 不愉快さが、パイロットの口を付いて出た。
「ちっとばかしおイタが過ぎるんじゃねぇのか!」
 ストリートエネミーが叫ぶと同時に、アルルカンのマシンガン銃撃をOBで突っ切ったスタティック・マンが重量級逆間接に肉薄、OBハッチにレーザーブレードを叩き付けた。
「貴様ッ……」
 逆間接ACの搭乗者の声が、初めて不快さを感じさせる口調に変化した。
「俺達のガレージから出て行け!」
 動きの遅い相手に、ストリートエネミーはもう一度レーザーブレードを見舞おうとした。だが上空からヘルハンマーが圧し掛かるように落下、スタティック・マンの前進を妨害する。コア前面を斬られはしたが、ヘルハンマーは動じない。
 防御性能に著しく難のある武器腕装備とはいえ、戦闘面を最大限に重視した重量級頭部、最高の防御性能を持つ重量級コアにタンク脚部。その防御性能は、いくらタンクACにしては低めとは言え、それでも並みのACを凌ぐものだった。
 事実、ブレードはコアの装甲を僅かに削る程度でしかなかった。
 グランドチーフもすぐさま反撃に転じた。まずヘルハンマーをガレージの天井近くまで飛ばしながら、両腕のミサイルランチャーから8発のミサイルを発射する。
 上昇しながら発射された事で、段を描く軌道のミサイルがスタティック・マンに殺到、2発はコアの迎撃装置に叩き落とされたが、残る6発は次々に着弾し、腕部や脚部の装甲を抉った。
 分が悪いと見たストリートエネミーは急ぎ離脱を図るが、更に2発のミサイルが飛来。1発が迎撃されるが、もう片方は左肩の装甲を吹き飛ばした。
 一方、ダブルトリガーとネージュは、上空を飛び回り、ガレージの外からレーザーキャノンを撃ち放ってくるアルルカンを狙った。だがアルルカンが素早い為に、ショットガンや拡散投擲銃では思ったようなダメージを与えられない。
「これでは分が悪い。ガレージの外に出て戦う!」
 砲撃のリスクは伴うが、トラファルガーは愛機をガレージの外へと移動させる。ネージュも、被弾を恐れながらもガレージの外へと向かう。
 アルルカンは待っていたとばかりにマシンガンを発砲、ダブルトリガーのレーダーをへし折り、EOを砕いた。それでも、ダブルトリガーはガレージの外に出られた。
 トラファルガーにとって幸いだったのは、コア本体を狙い撃たれてなかった事だった。重量級2脚でありながら軽量級コアを採用しているダブルトリガーの防御面は、専ら脚部や腕部に比重が傾いているスクリーン発生機構頼みであり、スクリーンが破られれば瞬く間にコアが砕かれる危険が高かったからだ。
 それが無かった事に内心安堵しながらも、すかさずトラファルガーは反撃、ショットガンで損害を少しでも釣り上げてやろうと、アルルカンを狙う。
 それから遅れ、ミサイルから逃れるのに必至の体となっていたスタティック・マンも、OBでガレージの外へと飛び出して来た。
 重量級逆間接はスタティック・マンを追いかけ、グレネードを発砲したが、それはACから大きく外れ、かなり遠くまで飛んで行った所で空中爆発した。
 この時、逆間接ACもスタティック・マンを追いかけず、アストライアーやエース抹殺を優先する事も出来た。Cランクレイヴンの数名など、上位ランカー2名とそのACに任せれば良いのだから。
 だが、彼はスタティック・マンを追う事を選んだ。攻撃力に秀でたACを駆る自分の技量が優れていたと思っていただけに、背後から切りかかられたのが屈辱だった。そして、彼はその代償を支払わせようと即座に考えたのである。
 ガレージの外では、ダブルトリガーがアルルカンのレーザーキャノンから逃れようと小刻みに機体を左右に振り、ネージュとスタティック・マンが、ヘルハンマーのミサイルから逃れつつ銃撃を仕掛けていた。
 しかし、ネージュとスタティック・マンは重量級逆関節を狙い、両方の機から、計10発ものミサイルを打ち放った。しかし、何れもコアとエクステンションの迎撃装置に阻まれ、着弾したのは1発のみだった。
 ネージュは更にミサイルを放つが、今度放たれた6発は全て迎撃された。
「あの白い小娘を潰せ」
「……了解」
 重量級逆間接ACの搭乗者の命令に基づき、ヘルハンマーはネージュ目掛け、武器腕のミサイルを8発、エクステンションの垂直発射式ミサイルも付け合せて、ばら撒くように発射した。
 ミルキーウェイは恐怖ゆえに奇声を発した。
 軽量級2脚に極端なまでの軽量装備を施されたACで、当然ながら防御性、耐久性は極めて脆弱。MTからの銃撃でさえ、相当のダメージを負わされるほどだ。しかもネージュは軽量化のため、ミサイルカウンターの類を一切していなかったのだから、無理もない所か。
 ネージュは逃れようとまず宙に舞い上がり、武器腕から放たれたミサイル左手側に移動して引き付け、直後右手側へと切り返した。
 8発のミサイルはネージュの側面を掠める様にして飛び去ったが、直後に4発のミサイルが頭上から直撃、ネージュの右腕を肩口の辺りから吹き飛ばした。更に右肩のミサイルポッドも爆発、ネージュは地面に叩き付けられる様にして落下。
 落下したネージュを、今度は重量級逆間接からのバズーカが襲う。ネージュは爆風に包まれ、積もった雪が崩れる様にして地面に倒れこんだ。
「うぅ……」
「ミルキー、大丈夫か!?」
「お兄ちゃん……うん、私は大丈夫…きゃあっ!?」
 コックピット内のミルキーウェイを、凄まじい衝撃が襲う。だが、仰向けの状態ながら、ネージュのメインモニターには真っ黒だった。
「小娘……ふざけた真似をしおって……」
 重量級逆間接はネージュのコアを踏みつけ、更にバズーカの砲口を、その大破寸前の白い機体へと向けていた。そしてその砲口から砲弾が次々飛び出し、ネージュの両腕を、次いで両足を吹き飛ばして行く。
 ミルキーウェイが恐怖と苦悶に喘ぐ様子を見かね、トラファルガーやストリートエネミーは助けに入ろうとするが、アルルカンからはレーザーキャノンが、ヘルハンマーからはミサイルがばら撒かれ、接近を阻む。
「フィクサー! 見てないで何とかしろ!!」
 ストリートエネミーはガレージから歩み出したいたアインハンダーへと通信する。しかし重量級逆間接がグレネードランチャーの砲口をアインハンダーに向けると、アインハンダーはその動きを止めた。
「フィクサー! お願い!! 助けて!!」
 ミルキーウェイが泣こうと叫ぼうと、アインハンダーは一向に動かない。
「残念だったな、小娘……」
「させるか!」
 先程までアインハンダーに向けられていた大型グレネードランチャーが、ネージュに向けられた。最早ストリートエネミーは、トラファルガーは無視など出来なかった。
「動くな! この小娘を殺すぞ!」
 ネージュに砲が突きつけられ、更にコアの金属が軋む嫌な音を聞かせられ、2人はたじろいだ。
「よし、そのまま止まれ。僅かでも動いたらこの小娘を殺すぞ」
 ストリートエネミーは愛機を止める自分を思い、自分の甘さを嘲笑しそうになった。
「やれやれ、ミルキーを放置して逃げる事も出来るってのにな……」
 だが、彼はそれをしなかった。だが、それを否定する心算は無かった。何だかんだ言っても、彼は殺される寸前のアイドルランカーを、妹のように見ていたのだから。
「所詮は甘っちょろい馬鹿が……」
 逆間接ACパイロットの嘲笑と共に、スタティック・マンの眼前にヘルハンマーが降下、至近距離から、圧倒的破壊力を持つ大型ミサイルを発射した。間髪入れずにミサイルは炸裂し、灰色の体躯を巨大な爆風に包んだ。
 その爆風は、発射直後、再び空中へと逃げようとしていたヘルハンマーでさえ巻き込み、脚部の無限軌道を焼き焦がす程だった。
「お兄ちゃあぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」
 兄と慕うレイヴンの死を、そして自分の最後を悟ったミルキーウェイの瞳からは、涙が濁流の如く溢れ出した。
 その直後、ダブルトリガーも崩れ落ちた。動けない所を、アルルカンのレーザーキャノンが直撃したのだ。
「……今のうちに祈っとけ小娘。あの世で負け犬が待っているぞ」
 そんな事を言われても、ミルキーウェイを支配するのは「死の恐怖」しかなかった。死んだと見なされたトラファルガーやストリートエネミーの冥福を祈る余裕など、皆無であった。
 しかし重量級ACのパイロットは、そんなミルキーウェイを甚振るかのように、更にコアに機体重量をかけ、コックピットブロックを潰そうと迫る。
「全く、情に絆されるとは。糞にも劣る失敗作でしたね。最近のレイヴンも腐れたものです」
 愛機を着地させたコルレットは2人のレイヴンを嘲笑った。自分の「芸術」の事しか頭にない彼には、慈悲の心も哀悼の意も皆無だった。強化人間手術による影響で、哀れみや慈悲が失われ、自分以外の存在は全て、より良い芸術となる可能性を秘めた題材でしかないのである。
「どうしますこの娘? 殺しますか?」
「いや、待て」
 重量級逆間接のパイロットはコルレットを止め、次いでミルキーウェイに最後通牒を発した。
「跪いて命乞いをしろ。そうすれば奴隷ぐらいにはしてやる」
 命乞いを考えるまでもなく、ミルキーは反応した。
「嫌!」
「ほう……何と愚かな小娘だ」
 逆間接AC乗りは失望した。彼もミルキーウェイの美貌は一応評価している。それだけに、命乞いをするならば生かしてやらないでもないとも思っていたのである。
(さようならファンのみんな……短い間だったけど、私は楽しかったよ……)
 遺言を残すべくミルキーウェイの口が動き出した。
「死ね!」
 重量級逆間接の脚部が持ち上げられ、ネージュのコアを踏み潰すべく振り下ろされた。
 最早これまで――ミルキーウェイがコックピットで死を覚悟したのと、ほぼ同時にそれは起きた。
 半ば廃墟と化したガレージの壁をブチ破り、蒼白いACがOBで肉薄、重量級逆間接に背後から蹴りをくらわし、コアを踏み砕かれる寸前だったネージュの上から引き下ろした。
 反撃も許さず、新手のACはレーザーブレードを一閃、グレネードランチャーを、そして右腕をバズーカ諸共次々に斬り落とした。
 アルルカンがマシンガンで反撃を繰り出したに及び、一度後退したが、しかし一瞬のうちに、重量級逆間接は武器の殆どを失った。
「確実に殺せる奴から狙ったようだが……」
 静かだが殺意に満ちた、低い女性の声がコックピットを満たす。
「あの時私から目を離したのが間違いだったな!」
 それを言い終えるかと言う所で、拉げ掛けたネージュのメインモニターに、中量2脚ACの後姿が現れた。
 冷涼なイメージが漂うスチールブルーの塗装、ショットガンと大型レーザーブレードを携えたそのフォルム、そして耳慣れた冷たい声。これらの特徴で、ミルキーウェイは全てを悟った。
 目前に降り立ったのがヴィエルジュであると。
「あ……アスお姉さま……?」
 無事を喜ぶ間もなく、ヴィエルジュは重量級逆間接へと詰め寄る。しかしアルルカンがマシンガンを発砲し、ヴィエルジュを狙う。
 だが、ヴィエルジュの方が早かった。マシンガンを振り切ると、すれ違いざまに逆関節ACを斬り付け、離脱した。今度の剣戟で、逆間接ACの上半身と下半身が切り離された。
「畜生……小娘が!」
 逆間接ACのパイロットは憤り、アストライアーを殺そうと思ったが、彼のACに残された武器はレーザーブレードだけ。後の祭りである。
「この隙に離脱を」
「チッ、仕方ない……」
 グランドチーフの進言もあり、まともに戦う力を失った逆間接ACは、OBを起動して惨めな敗走に転じた。
「アスお姉さま! あいつが逃げるよ!」
 搭乗者の名を確信し、ミルキーウェイが叫んだ。
 まだ、アストライアーが助けに来たと言う保証はなかったが、しかし通信モニターに、濃紺の頭髪を持つ女剣士レイヴンの顔が映し出されるに及び、ミルキーウェイはアストライアーが助けに来たのだと確信出来た。
「死に掛けの奴などどうでも良い!」
 アストライアーの顔を見るなり、ミルキーウェイはゾッとした。彼女が見たアストライアーは、深海の様な色合いの瞳に底知れぬ殺意を宿し、憎悪と激怒に顔を震わせていた。
「まずはこの下衆を潰すのが先だ!」
 アストライアーも、可能ならば死に掛けの敵機を仕留める事を優先したかった。だが、アルルカンがあまりにしつこくレーザーキャノンやマシンガンを発砲し、またスキュラ達が倒される様子も目の当たりにした事で、倒すべき優先順位をコルレットへと切り替えていた。
 搭乗者の素性をおぼろげながら察し、故にあのACを仕留めたい所ではあるが、コルレット程度に殺されてしまっては意味がない。自分が死んだばかりに、エレノアを路頭に迷わす気もない。生き延びる為、まずはスキュラ達の仇でもある、あの忌々しい道化師を殺す!
 レーザーキャノンを引っ切り無しに乱射するアルルカンを、アストライアーは冷めた、しかし憎悪の宿った視線で見送る。勿論、ヴィエルジュをブーストしての回避行動も忘れない。
 アストライアーには、レーザーキャノンに動じる様子は微塵も見られなかった。彼女の思考は、目前の無法者を叩きのめす事のみに絞られ、その為に邪魔となる人間的感情は一切が廃されていた。
 だがそれでも、憎しみや怒りに満ちているのは、ミルキーウェイにとっては疑いようの無い所であった。
「レディ・ブレーダー! さあ、ボクを楽しませろ!」
 そんな事を知らないコルレットも、自分の飽くなき破壊要求を満たしうるキャンバスが現れた事に歓喜。再び上空へと舞い上がり、レーザーキャノンを撃ち放つ。
「五月蝿い! 消えろ!」
 アストライアーは一喝すると、ヘルハンマーからミサイル攻撃が始まっているのも構わず上昇。高度を取ると、OBでアルルカンへ突進、強引にミサイルを振り切ると同時に、左右に機体を振ってレーザーキャノンの狙いを外す。
 レーザーキャノンの効果が薄いと判断したコルレットは、武器をマシンガンに切り替えて発砲。だが、ヴィエルジュのコア前面が僅かに削られた直後、マシンガンは停止。
 これまでの戦闘で、弾をばら撒き続けたマシンガンが遂に弾切れになったのだ。
「ぐっ……ぐふふふふ……」
 コルレットは自分を嘲笑するかのように笑うと、レーザーキャノンの砲身を倒し、ヴィエルジュを至近距離から吹き飛ばしてやろうとする。
 しかし既に、ヴィエルジュが雷電の如き剣戟を繰り出し、目の前に出現した砲身を切り裂く。次いでコルレットが離脱しようと見ると、ショットガンを武装解除し、アルルカンの右前足を掴みかかり、地面へと引き摺り下ろした。
 背後からのミサイルで、ヴィエルジュはレーダーや肩装甲が砕かれたが、アストライアーは気にも留めなかった。
「レディ・ブレーダー……」
 地面に下ろされたショックなど感じられない素振りで、残っていたレーザーキャノンを展開し、コルレットはヴィエルジュを狙う。だが、ヴィエルジュは接地早々にアルルカンに組み付くと、左右の前足を切断した。
 グランドチーフは僚機を助けようと、再び上空からミサイルを発砲した。
 だが、アストライアーはそれを察知すると、ヴィエルジュを急旋回させ、アルルカンの反対側面へと回り――機体を持ち上げた。
 本来ヴィエルジュを襲うはずのミサイルが、アルルカンへと突き刺さった。弱っていた装甲は完全に吹き飛び、半壊状態の頭部は地面に転がった。
「グランドチーフの……攻撃……コレは反則じゃ……」
 愛機を砕かれる衝撃の中、コルレットはアストライアーの振る舞いを罵った。他者の力で自分にとどめを刺す事は、互いに実力を出して戦う事を美徳とする彼にとって、耐え難い屈辱だったのだ。
 だが、アストライアーには相手の意向は関係ない。彼女にとっては、コルレットはスキュラを倒し、他の面々を倒した仇であり、それ以上の存在ではない。そして仇は、アストライアーにとっては「殺すべき存在」以上の意味は持っていない。
 相手がどうあろうと、殺すだけ――アストライアーの持つ攻撃性が、この時、最大限に露呈していた。
「何故……ボクを楽しませてくれない!?」
 コルレットにかける言葉もなく、アストライアーはアルルカンのコアを両断。コアが爆発する前に、千切れて足元に転がっていた頭部を踏み潰し、コルレットを屈辱に塗れた死へと追いやった。屈辱に塗れて死んだコルレットにアストライアーが施した慈悲は、死の苦しみを味わうことなく逝く事だけだった。


 戦いの様子を見ていたフィクサーは、その場から動けなくなっていた。彼もまた、アストライアー相手に愛機を八つ裂きにされ、自身も瀕死状態にされたことがトラウマとなっており、コルレットを屠る姿を目の当たりにして、それを思い出したのだ。
 アストライアーに肩入れするか、それとも……迷っている間に、アストライアーが眼を三角にし、あからさまな殺意と憎悪を向けてきた為、フィクサーは恐怖ゆえの奇声をもらし、愛機共々ガレージに逃げ帰った。逃げた所でどうしようもない事は分かっていたが、女剣士にしろその相手にしろ、今戦えば必ず殺されると、本能的に察したのだ。
 アインハンダーがガレージに引っ込むのを待たずして、ヴィエルジュの頭部は、上空を飛行するヘルハンマーへと向けられた。
「そうだ、我が相手だ」
「貴様……」
 アストライアーの殺意は、ヘルハンマーにも向けられていた。仇となる者に加担した者も、彼女にとっては同罪であったのだ。
 一方、グランドチーフの方は落ち着き払っており、ヴィエルジュの通信モニターに映し出された顔からは、どこか期待するような素振りも覗わせていた。
「この様な形でだが、貴殿に会えて光栄だ……」
「何が言いたい、貴様」
「血が騒ぐのだ……」
 アストライアーがコックピット内で僅かに呟いた。人類が地上にいた時代、独特のデザインをした鎧兜に身を纏い、兵と戦う事を美徳とする存在――サムライとか言ったか――兎に角、その様な存在があったと聞いた事があり、それを思い出していた。
 グランドチーフの低く、しかし老獪さと豪胆さをうかがわせる声を聞いた限りでは、彼からはサムライを髣髴とさせる部分が見て取れる。
 だが、アストライアーにとっては、彼もまた殺すべき敵の一人である。サムライも何も関係はない。
「つまらぬ話をしてしまったな」
「何が言いたい」
 アストライアーはヘルハンマーを警戒しながら、武装解除したショットガンを拾い直した。
「これが、我の言葉だ!」
 ヘルハンマーは上空から、ネージュの時と同様にして武器腕から8発、エクステンションの垂直発射式ポッドKWEM-TERRIERから4発のミサイルを放った。だが、ヴィエルジュはOBでその場を離脱、まず連なる様にして飛来して来た8発のミサイルの下を潜り抜けた。
 目標を追わんとした8発のミサイルは次々に地面へと激突、頭上から敵ACを一撃する筈だった垂直発射式ミサイルも、ヴィエルジュがヘルハンマーの足元を潜って行った為に大きなループを描いて飛び、通常のミサイルと大差ない軌道となった。
 こうなれば、アストライアーが回避するには容易いものだった。すかさずヴィエルジュを動かし、カーブを描くようにしてミサイルを引き付け、直後にカーブの内側へと切り返し、ミサイルを振り切った。
「ならば……持てる技量全てを以って、貴様に応えるのみだ!」
 ミサイルを振り切ったヴィエルジュは上昇、ヘルハンマーへと接近しながらショットガンを放った。
「……感謝するぞ、レディ・ブレーダー!」
 感謝の意と共に、ヘルハンマーから再び8発のミサイルが放たれた。
 ヴィエルジュは空中に飛び上がり、円を描く様にして移動、同時に落下しつつ左右に細かく切り返し始めた。コア前部の迎撃機銃によって何発かは迎撃されたが、1発がヴィエルジェの左上腕部付近に当たる。
 武器腕のミサイルが大して効果がないと知ると、ヘルハンマーは、今度は多弾頭ミサイルが放った。
 4発の弾頭が広がるようにして向かってくる為、回避し辛いと言われる多弾頭ミサイルだが、ヴィエルジュはミサイルが上下左右へと分裂した瞬間を見計らい、中心へとジャンプ。弾頭は左右を掠める様にして飛び去った。
 多弾頭ミサイルを回避したヴィエルジェは、ヘルハンマー目掛けてショットガンを再度発砲。だが、相手は防御スクリーン発生機構の区画が著しく少ない武器型腕部とは言え、重厚な頭部MHD-SS/CRUSTと最高水準の防御性能を持つCCH-0V-IKSで固めたタンクACである。
 脚部のCLC-03-MLKSはタンク型脚部中では安価な旧式品だが、それでも防御性能は群を抜いており、散弾程度ではまともなダメージを受けない。
「やはり、聞き値に勝る力を持つな」
 腕部ランチャーからの連装ミサイルを、そして多弾頭ミサイルを次々に回避してのける辺りから、グランドチーフはアストライアーが、ただ斬り込んで来るだけの存在ではないと言う事を再認識していた。
 そうでなければ、20歳の若者が、今の地位になど居られる筈はないか――そんな事も頭に浮んだが、口には出さない。
 それ以前に、そんな些細な事を口に出す余裕はないと悟っていた。ショットガンで狙い撃たれ、脚部のブースターのうち2基が活動停止、右の無限軌道が破壊された事を示していた。
 更にヴィエルジュは、ヘルハンマー向けて急速上昇している。
「この間合いならばミサイルは使えまい!」
 今まで同様に斬り付ける気か。肉薄するヴィエルジュを前に、グランドチーフは察した。
「確かにミサイル主体のACでは近距離戦は苦しいが……」
 一般的に、ミサイルを主体とするACはブレード等を主力とする近距離戦用ACとは相性が悪いと言われている。それはミサイルがロックオン完了する前に距離を詰められたり、あるいは誘導性を持ちながらも、急激な動きが出来ないミサイルの特性によるものだと言われている。
 だが、グランドチーフはそうした近距離戦を仕掛けられても、幾度と無く勝利を収めて来た。それは彼自身のチャンスを逃さない忍耐力の為とも言われているが、それとは別に、彼のミサイル運用法にあった。
 そして彼は、今、それを使うべきチャンスが来たと見た。
「最早逃がさん!」
 ヴィエルジュがブレードを一閃、蒼い刀身がヘルハンマーに打ち付けられる――その寸前、ヘルハンマーの右肩から、圧倒的破壊力を持つ大型ミサイルが飛び出した。彼が、ミサイル主体のACには不利とされるインファイトを挑まれながらも勝利したのは、こうして至近距離から大型ミサイルの直撃を見舞った為だった。
 大型ミサイルは殆どの場合において、デコイや迎撃装置で無力化され易いとされ、その重量と相まって好んで装備する者は殆ど見られなかった。だがグランドチーフは、その大型弾頭を、ミサイル対処の機能しない近距離戦で用いて戦果を上げたのだ。
 それを嫌い、インファイトを諦めるランカーも存在したが、そんな彼等は、グランドチーフの得意分野である遠距離からのミサイル戦に、撃破されるまで付き合わされるのみだった。
 そして、彼はアストライアーの戦いぶりを目の当たりにし、回避行動によりミサイルは効果が薄いと判断、直撃狙いを選択したのである。
 相手は剣戟動作中、しかもこの間合い。最早逃げる事も出来まいと、グランドチーフは勝利を確信した。


 眼前に致命的な大型弾頭が出現したに及び、アストライアーも自分が相手の考えに乗ってしまった事を、一瞬のうちに悟った。
 しかしアストライアーも、大型ミサイルの使用を予想していなかった訳ではない。ミサイルの機能しない近距離戦に持ち込まれた時にどう出るか、今までのグランドチーフが戦う様子を基にし、大体察していた。
 アストライアーはすかさず、愛機のショットガンを大型ミサイルへと放った。同時にブーストを停止、自由落下で少しでも弾頭から遠ざかろうと試みる。
 一瞬のうちに、ヴィエルジュに直撃する筈だった大型ミサイルはショットガンに着弾し爆発。そしてその爆心地点は、ヘルハンマーのコアの前だった。
 驚いたのはグランドチーフである。そもそも彼の知る限り、ACの一部を捨ててまで逃げに転じるレイヴンは少ない。極限状況下では兎も角、戦場で自分の鎧や武器となり、また手足ともなるACである。最新の注意を以って扱うべき代物を、粗末に扱うまでに至るものは、彼の経験上、早々居なかった。
 それに眼を付け、投棄したACのパーツを回収する業者が現れ、それに投棄したパーツの回収を頼む連中も居るほどである。
 それだけに、ヴィエルジュの「トカゲの尻尾切り」には驚いた。
「レディ・ブレーダー……やりおったな……」
 ショットガンを囮にして逃げた事は勿論、回避不能なタイミングで繰り出したはずの大型ミサイルの直撃を、いとも簡単に回避され、グランドチーフは苦笑した。
 しかしパイロットの精神以上に、ヘルハンマーが被ったダメージも大きかった。爆発は装甲にもダメージを及ぼし、更に脚部内臓のブースターやジェネレーターにも損傷が及んでいた。
 高度を維持できずに落下するヘルハンマーを、アストライアーは見逃さなかった。すかさず追撃モードに移行、レーザーブレードを生成する。爆風はヴィエルジュの装甲も焼き、上半身にダメージを与えていたが、ヘルハンマーほど損害は酷くなかった。
「貴様に勝ち目は――」
 勝ちを確信し、アストライアーは落下しながら剣戟を繰り出した。最初に繰り出された蒼白い刀身が左側の武器腕ミサイルを、続いて放たれた斬撃が多弾頭ミサイルポッドを斬り裂く。
「最早無い!」
 そして、接地寸前に繰り出された三度目の剣戟が繰り出された。今度の剣戟で、現行最高峰の防御性能を持つコアCCH-0V-IKSは、前面の装甲を深々と切り裂かれ、高出力ジェネレーターまで損傷させられた。
「流石はアルタイルの娘、BBが恐れていただけの事はある……」
 ヘルハンマーを破壊される中で、グランドチーフは呟いた。
 直後にヘルハンマーは墜落、ショックで耐久力も限界に達していた事もあって、炎上した。
 爆発から少々遅れ、ヴィエルジュも着地した。


 着地早々にヴィエルジュを降りたアストライアーは、その足で半壊状態のネージュへと向かった。
 コックピットの外に出ていたミルキーウェイは、幸いにもかすり傷程度で済んでいた。だが、彼女の表情は晴れない。
 あの悲劇的な光景を目の当たりにしたと有っては無理も有るまい。アストライアーはそう思っていたが、掛ける言葉が見つからない。
 アストライアーを他所に、ミルキーウェイの視線は破壊されたスタティック・マンに向いていた。救助隊員がコックピットのあった辺りを空けようと集まっていたものの、コアは後方から吹き飛ばされ、前半分の原型は残っているものの、最早どれがどの役割を果たすのかも分からないほどに熔けた無残な姿と成り果てていた。
「お兄ちゃん……」
 ミルキーウェイは泣きじゃくり出した。周囲からドブネズミやら金の亡者やら言われ、お世辞にも誉められた人間ではなかったが、それでも彼女は、彼を兄と慕っていた。それだけに、失った悲しみも大きかった。
 アストライアーとしては複雑な心境だった。気の知れた味方を失った喪失感と怒りがあるのは否定しないが、時に商売敵となる存在が消えた事の安堵感、薄汚い所業に身を染めた悪党の死をザマアミロと歓迎する気分があったのもまた、事実だったからだ。
 加えてアストライアー自身も、スキュラを失った現実と向かい合わなければならなかった。
「……奴の分まで生きろ」
 だからアストライアーは、ミルキーウェイにこう返す事しか出来なかった。
「バカヤロウ……まだ生きてるわい……」
 しかし直後、聞きなれた男の声が聞こえた。息も絶え絶えと言う様相だが、しかし声の主は二人には分かっていた。
 ミルキーウェイは硬直した。彼女の眼前では、先程大型ミサイルの直撃で死んだと思われていたストリートエネミーが、コックピットから救出されたのだから。
「勝手に殺すんじゃねぇよ!」
 ストリートエネミーは早々と担架に載せられ、応急処置を受けた。その隣では、同様にして救出されたトラファルガーも担架に載せられている。
「お兄ちゃぁぁぁぁん!!」
 ミルキーウェイはバネが弾けた様にしてストリートエネミーに抱きついた。
「バカ、やめ……死ぬ! 死ぬだろ!」
 ストリートエネミーは全身に火傷を負っていたが、意識ははっきりしていた。しかし手足が赤く焼け爛れた姿は見るも痛々しい。
「……奴の傍に居てやれ」
 アストライアーに促されるまま、ミルキーウェイはストリートエネミーの担架に付き添った。直後、彼はレスキュー車に担ぎ込まれ、ミルキー共々搬送された。
 一方アストライアーは、トラファルガーの様子を見ていた。
 しかしトラファルガーの様子はストリートエネミー以上に悲惨だった。首から上以外のほぼ全身に火傷を負い、殆ど半死状態も同然だった。救急隊も懸命の処置を施しているが、助かるかどうかはわからなかった。
 後はトラファルガー自身の生命力と、救急隊の処置に任せるより他ないと判断し、アストライアーは廃虚となったガレージに向かった。
 だが直後、その足は不意に止まった。
「無事か、マナ」
 視線の先では、死んだと思っていたスキュラが姿を見せていた。火傷でも負ったのか、額や右腕などに包帯が巻かれているが、それでも彼女は、確かに歩みを見せていた。
「……無事だ」
 それを聞いて安心したと、スキュラは胸を撫で下ろした。
「てっきり死んだものかと思ったぞ」
「大丈夫だ。幸運にもコックピットブロックは被弾しなかった」
 運が良かった。アストライアーとスキュラは互いに顔を見合わせ、頷いた。
「パイクとツヴァイはどうした?」
「二人とも病院送りだ」
 スキュラによれば、パイクとツヴァイもコックピットブロック破壊は免れたが、両者共に火傷と骨折が見られ、救助され即座に搬送されたという。
「エレノアとサイラスも無事だ」
「そうか、良かった……」
 一番聞くべき情報を知らされたアストライアーは安堵の息を漏らした。
「さて、エレノアに会う前に……」
 アストライアーはヴィエルジュの前方へと視線を投げる。視線の先では、大破したヘルハンマーの残骸と、そこから這い出したと思われる、一人の初老と言った感じの男がいた。
 アストライアーは黒百合が脇に挿されている事を確認し、懐の拳銃に手を掛けた上で、グランドチーフの元へと歩み寄った。
 グランドチーフは歩み寄ってきたアストライアーに気付き、すぐさま顔を向けて来た。白髪に白髭と、レイヴンとしてはかなり老けた人物であるが、その鋭い視線からは、経験と読み、そして技量の方はまだまだ衰えていない様子が分かった。
 その老兵に、アストライアーは躊躇も何もなく拳銃を向けた。
「殺す前に是非聞こう。何故ガレージを襲撃した?」
 拳銃を抜いても、グランドチーフは微動だにしない。やはり、肝は据わっているなとアストライアーは察した。
「我からも聞かせてくれ」
「先に答えろ!」
 アストライアーを意に介さず、グランドチーフは続けた。
「……何故ショットガンで大型ミサイルを回避した?」
 やはりそれを聞くか。アストライアーは自分の質問が無視された事も相まって内心腹立たしかったが、しかし回答しないと自分の回答も得られないと判断、徐に口を開いた。
「……速攻を仕掛けようとして失敗し、他に回避の余地が無かったからだ」
 アストライアーとしては、大型ミサイルを使われる前に決着を付けたいところだった。だがそれが叶わず、しかも剣戟の直前にミサイルを繰り出された。
 地上ならばミサイルはOBの速力で振り切ることも可能だが、発動までのタイムラグと地上への移動距離、降下速度を考えると、得策ではなかった。
 逃げるのが得策ではないならば、デコイで封じてしまうのが無難であろうが、しかし先の戦闘では至近距離でミサイルを撃たれた為、デコイ射出は間に合わない、出そうとしている間に直撃されると読んでいた。同時に、コア前面の迎撃装置も、迎撃が間に合わなかった。
 更にヴィエルジュには、ステルスやECMメーカーと言った高尚な電子装備もない。つまり現時点では、通常のミサイルカウンターが機能しない状態にあったのだ。
「ミサイルカウンターが機能しない状態で、どうやって避けろと言うのだ? 武器は無くなるが、直撃に比べれば損害が小さいと判断し、ショットガンを盾にしたまでだ」
 それも万に一つの可能性ではあったがなと、アストライアーは付け加えた。
「成る程な……」
 グランドチーフは納得した。
「その勝負強さ……まさにアルタイルの娘と言うべきか」
 賞賛感謝といいたい所だが、しかしアストライアーはそれよりも早く口を動かしていた。勿論、拳銃を向けた上で。
 普通なら騒然となる所だったが、周囲の人間は負傷者の救助等で、アストライアーが拳銃を抜いたどころではなかった。だからこの光景を目の当たりにして騒ぐ人間はいなかった。
「もう一度だけ聞くぞ……何故ガレージを襲撃した?」
「……BBの命令だ」
 やはりなと、その名を聞いてアストライアーは確信した。
 だが、グランドチーフはアリーナでは現在B-3ランクの実力者で、ファンの間からはBBと比肩し得る実力があるのではと思われている。
 それ程の人間がBBに従っているのには裏がある――そうならば、BB達や、他のアリーナ在籍のランカー達の間に何があるかを知る事が出来るかも知れない。アストライアーは尋問を続ける事にした。
「何故BBに従う? 貴様の実力なら、刃を向ける事も出来ただろうに」
「レイヤード第3アリーナはBBが支配している。勝敗に関しても例外ではない。そこまで支配体制を確立している以上、大将の命令は絶対。我はそれに従っているだけだ」
「何故あのような卑劣漢に肩入れを!?」
 卑劣漢と聞いたグランドチーフは眉をひそめた。だが、彼は動ずる事無く、おもむろに言葉を続ける。
「確かにBBの行為は卑劣だ。だが……主の命令は絶対であり、それに従ったまでだ」
 そう言うと、グランドチーフは軍用ナイフを抜いた。
 襲って来る気か――アストライアーが引き金を引こうとしたその瞬間には、グランドチーフはナイフで自分の腹を突き刺していた。
「馬鹿、何を!!」
 アストライアーの手から拳銃が滑り落ちた。
「レスキュー隊! 早く来い!」
「これで良い……良いのだ……」
 救助を呼ぶアストライアーを、グランドチーフは制止した。
「我の体内にはBBへの忠誠の証として……爆弾が埋め込まれている……それを持っていては貴女に迷惑が掛かる……だから起爆信管を……」
 グランドチーフの顔は、罪悪感と同時に、何処となく清々さを感じさせた。
「それに……我は貴女と戦えただけで十分だ……」
「馬鹿か、貴様は……」
 一方アストライアーの口には、命を賭して戦いを挑んだ武人に敬意を払ったり、気遣うかのような雰囲気は勿論、徒な感傷を抱く様子はなかった。
「それだけの事でガレージを襲撃したのか!? そしてこれがどの様な結果になるか、分かっているのか!? アリーナ登録抹消と依頼斡旋停止は免れんぞ!」
「覚悟している……だが……」
 そうまでして自分と戦いたい理由があったのかと、アストライアーは察した。
「アリーナで、BBは貴女と我を戦わせてくれなかった……我はどうしても戦いたかった……“白銀の大鷲”こと……アルタイル殿の娘たる、貴女と……」
 血を吹き、息も絶え絶えのグランドチーフが、嘗て父と戦ったのだろうかと考えながら、アストライアーは茫然と立ち尽くすのみだった。
 しかし、アリーナで戦えなかったが為に、ガレージを襲撃してまで自分と戦おうとは。
「……頭の下がる奴だ」
 その一言が、倒れたグランドチーフに向けて送られた唯一の哀悼だった。
 しばらくして、グランドチーフの周辺に救急隊員が集まって来た。彼を頼むとだけ言い、アストライアーはスキュラを伴ってガレージへ戻った。


 ガレージに戻ったアストライアーは、エースとサイラス、そしてエレノアに出迎えられた。
「エレ……大丈夫か?」
「うん、ケガしちゃったけどだいじょうぶだよ」
 先程怪我をしたらしい膝の部分には、誰の手によるものか、包帯が巻かれていた。サイラスが巻いたのか、あるいはスキュラか。何にしても、エレノアを庇ってくれた事には感謝である。
 だがその気分も、瓦礫の中から、焼け焦げた遺体が引っ張り出されている様子を見た途端に吹き飛んでしまった。
「あ……」
 エレノアもアストライアーと同じ方向に視線を向ける。だが、エレノアの視線はすぐに暗くなった。
「エレ、見ては駄目だ」
 目を隠したのはスキュラだった。確かに人間の異体は見ていて気分のいい物ではない。そして、彼女はエレノアにそれを見せたくは無いと思ったのだろう。
 その横で、エースは十字を切った後、死別を意味する左手敬礼を送った。それがコルレットや、今回の襲撃で命を落とした整備士や他のレイヴン達に送ったものなのかまでは、誰にも聞く勇気がなかった。
「それにしても、エースにしてもアスにしても、今まで何処に逃げてたんだ?」
 何時しか、スキュラの脳裏にはこの様な疑問が浮かんでいた。実際、重量級逆間接ACに追い詰められながらも自分達が派手に戦って、2人とも巻き込まれながらも無事だったのだ。
 しかし、それに対するエースの答えは非常にあっさりした物だった。
「奴の足元の、後ろ側だ」
 逆関節ACがスタティック・マンに機を取られていた隙に張り付く事が出来たと、アストライアーが補足した。
 スキュラはそれで納得した。確かにそこならあの重量級逆間接に発見される事も無い。そして、後にヴィエルジュに乗り込んだアストライアーは、ストリートエネミー達が戦っていた時に、そこから上手い事逃げ出したのだろう。
「貴様、何の心算だ!?」
 当のアストライアーはいつの間にか集団から抜け、この戦いの時でもスキュラや自分達に加勢する事の無かったフィクサーを見つけ、その首を掴みかかっていた。
「返答次第ではこの場で殺してやる!」
「アス! よせ!」
 サイラスとスキュラが二人がかりで止めに来た為、アストライアーはフィクサーの首から手を離した。フィクサーは咳き込みながらも、アストライアーを威嚇する様に睨み付けた。 
「俺は死にたくない、だからあの方には逆らえない! 逆らったら最後……消されるに決まっている!!」
 吐き捨てる様にして自分の境遇を言い放ったフィクサーは、近くのアタッシュケースを思いっきり蹴り飛ばすと、そのまま逃げる様にして立ち去った。
 あの方とはBBの事なのか? そんなアストライアーの疑問など知る様子も無く。
「放っておけ」
「だが……」
 アストライアーを制止し、エースは言い放った。
「逆らえば即座にBBに殺される。あいつが出来る事は動かない事だけだった。グランドチーフとてそうだろう」
「しかし何故?」
「勿論、私やアルタイルの娘を確実に殺す為にな」
「ちょっと待て、じゃあのACは……」
 スキュラとエースの会話を横で聞いていたサイラスが問いかける。そして彼の問いに、エースが、そしてアストライアーは首を縦に振った。
 あのACの搭乗者が何者なのか、二人は薄々勘付いていたのだ。
 勿論、エンブレムも外見も違うそのACの操縦者を、声だけで断定する事は出来ない。あくまでも、声色からの推測に過ぎないのである。
「おい、危ないぞ」
 しかしアストライアーは、エレノアが機材の転がる中を歩く様を見て、思索を中断して彼女の安全の気遣いに切り替えた。
「だいじょうぶだよ、これぐらい」
 そんな事を言いながら、パイプや機材、瓦礫の上を器用に渡ってアストライアーに歩み寄ってくるエレノア。これでは危なっかしいと、アストライアーは即座に彼女を引っ張り上げた。
「勝手に動いたら危ない」
 そう叱るが、しかし語調は戦闘時とは裏腹に落ち着いていた。そんな事もあり、エレノアはアストライアーに叱られているとは微塵も思っていない。
「わぁ♪ たかいたかーい♪」
「よせ! 手足をバタつかせるな! 落ちる!」
 エレノアに振り回される女剣士の様子に、スキュラもサイラスも、そしてエースも苦笑した。
 しかし、エースの目がエレノアを危惧し、悲しんでいる事に、周囲の面々は気が付かなかった。
「この娘にBBの手が伸びなければ良いのだが……」


「ほー、なるほどねぇ…あの女の子がそうだとは……」
 今回の戦いによってガレージに開けられた大穴から、尖った耳を持ち、褐色の肌にぼさぼさの銀髪をした青年が、アストライアー達を静かに見詰めていた。
 その首から下には何に用いるのか、デジタルカメラが掛けられていた。
「コレは良い金になるぜ…何しろダンナが血相変えてあの女を色々と調べてたっけねぇ……」
 すぐさま彼はガレージから去ると、近くに停めてあったバイクに跨った。そしてある程度バイクを走らせ、ガレージが見えなくなった所で携帯端末を取り出し、ダイヤルした。
「もしもし、ダンナっすか?」
『メタルスフィアか?』
 携帯端末からは、低く太い、威圧感のある声が流れて来た。彼、メタルスフィアが「ダンナ」と称している、聴き慣れた男の顔である。
『どうした?』
「アストライアー絡みでお話が」
『ほう? 何か良い話だろうな?』
「ええ、凄く良い話がありますぜ――」
 メタルスフィアは事務的な口調ながらも、その顔には不気味な笑みを浮かべていた。


 ガレージでの戦闘の翌日、アストライアーはグローバルコーテックス・トレーネシティ支部への出頭を命じられていた。
 否、アストライアーだけではなく、スキュラやミルキーウェイ、フィクサー、サイラス以下生存したガレージ整備士、更にはエースまで、あの場に居合わせたうちで動ける関係者は全員が出頭を命じられていた。そして、それぞれ別々に事情聴取を受けた。
 何故、あのような状況になったのか、今までにこうなると予測出来る事情はなかったか、そして、ガレージを襲撃したACと、その操縦者について等、色々聞かれた。
 アストライアーとスキュラは取調べを終え、今はコーテックス支部の駐車場に居た。
「……こんな事は初めてだ」
「無理もない」
 アストライアーは頷いた。
「元々、コーテックスはレイヴン個人のする事には介入しない筈だからな。通常は有りえない」
 元々の規約として、グローバルコーテックスはレイヴン個人への不必要な介入はせず、また当事者間のトラブルにも介入しないと言う不文律があった。管理者直々に自由が認められているレイヴンを束縛せず、またレイヴンに自由が認められている事を示す為の規約である。
 だからコーテックスも、レイヴン間の争いの末に起こった暗殺や刃傷沙汰に対しても、一切の不介入を決め込んでいた。
 しかし、今回はコーテックスが管轄するガレージが襲撃されている。個人運営のガレージであればコーテックスも不介入だったであろうが、しかし流石のコーテックスにも、管轄するエリアを攻撃されたに及んで利害行為と判断、遂にはコーテックスとしては異例尽くめとなる、レイヴン達への出頭が決定するまでに至った。
 アストライアーとスキュラも、当初はコーテックスが何を言うのだと思っていた。しかし、出頭を拒否すれば登録抹消もありうると記載されれば、出頭しない訳には行かなかった。
「私達は兎も角、グランドチーフとコルレットから何も聞き出せないってのが痛手かも知れない」
 スキュラは呟き、アストライアーを見詰めた。アストライアーもあの時はやり過ぎたと考えながら、視線を下に向けた。
 グランドチーフは結局病院に担ぎ込まれるも意識不明となり、コルレットに至っては救出された際、既に即死の状態だった。二人は、アリーナ運営局からのダイレクトメールでそれを知っていた。
「あいつ等憎しは分かるが、しかし実行犯を殺したとあっては聞きだせる物も……」
「隠れろ!」
 言葉を遮り、アストライアーはワンボックスカーの下へと身体を滑り込ませた。スキュラも遅れ、その隣に身を潜めた。
「……どうした?」
 アストライアーは黙って、スキュラの口を押さえた。スキュラもただ事ではないと知り、押し黙った。
 暫く身を潜めていると、アストライアーとスキュラの目の前に幾つものブーツが出現。流石にあれはやり過ぎだの、コーテックスも俺を束縛するメリットはない等と、きな臭い話し声交じりの重々しい足音を響かせながら横切った。
 さっさと行ってしまえとアストライアーは祈った。スキュラには分からないが、彼女の口を押さえている手袋の中は汗だらけになっていた。
 このまま通り過ぎろとアストライアーが呟く間に、全てのブーツが目の前を横切り、一定のリズムを刻む足音は小さくなった。
 足音が完全に消える前に、アストライアーはフロント下部から首だけを出し、通り過ぎた一団に目を凝らした。遅れてスキュラも、安全だと判断し、友の背後から首を出した。
「……奴か?」
 間違いない。アストライアーはそう頷いた。
 視線の先の一団には、褐色の肌をしたスキンヘッドの巨漢が居た。その姿を見て、スキュラも理解した。BBもまた、出頭命令を受けたのだろう――しかも、ガレージ襲撃の参考人として。
 恐らくエースとアストライアーが、ガレージを襲撃した逆間接ACパイロットの声色から、襲撃者がBBである事を推測し、それをコーテックスに証言したのだろう。スキュラはそう、分析した。
「……何故殺そうと思わなかった?」
「無理だ」
 アストライアーは、BB達の姿が建物の中に消えたのを確認し、這い出しながら言った。
「……取り巻きの連中が居る」
 奇襲を仕掛けても、あの人だかりでは制圧された末に今度こそ殺されるだろうとアストライアーは見ていた。だから、仇を見逃すしかなかった。
 スキュラもそんなアストライアーを理解し、それ以上は何も尋ねなかった。
「しかし、随分と減ったもんだ」
「何がだ、マナ?」
「取り巻きの連中だ。以前は20人近く居た筈だが……」
 アストライアーとスキュラが見た限りでは、BBはロイヤルミスト、ワルキューレ、ノクターンの3名と、後は補充ランカーだろうか、見知らぬ数名を従えていた。
 以前アストライアーが見た際には、一つのアリーナがそのまま動いているかのような数の取り巻きが居たと言う。
「多分、アキラや貴女との戦いや実働部隊襲来で、相当数駆逐されたのだろう」
「かも知れん」
 実際、ワルキューレは上位ランカー勢にはBBの息が掛かっていると忠告していた。そして、アストライアーの前で、これまでに多くの上位ランカーが倒れていた。
 それを思い出し、アストライアーは察した――仇を討つべき時も、そう遠い事ではないだろうと。
 しかし今は、引くべき時にあるとも彼女は察していた。
「私達の存在を知られないうちに引き上げよう」
 アストライアーはスキュラを引っ張り出すと、一緒になって駐輪場へとダッシュ、バイクへと跨ると、逃げる様にしてコーテックス支部を後にした。


 スキュラを送って帰宅した直後、アストライアーのメールボックスにアリーナ運営局からのメールが届いていた。内容は、グランドチーフ及びコルレットの死亡と、それに伴うランクの繰上げについてだった。メールが偽装でなかったら、アストライアーはこれでB-3ランクに位置する事になる。
 しかしアストライアーは特に詳細を尋ねる事もなく、メールボックスを閉じると、余計な考えを振り払い、ソファーで昼寝しているエレノアを横に、まだ残っている食器の片付けへと向かった。
14/10/16 14:44更新 / ラインガイスト
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■作者メッセージ
 旧小説版(消えてしまいましたが)を見ていたACパイロット諸兄ならご存知かと思いますが、旧BBSでは3000文字×30と言う制約がありました。
 AC3LBの場合、丁度最後となる30回目で解説を載せていましたが、これは丁度29回目でキリが良くなり、最後のほうでオマケとして、後書きならぬ「中書き」コーナーを載せていたのですが、丁度第16話を掲載していた第5スレッド以降はそれがなくなってました。
 コレは悲しい事ですが、分量があまりに肥大化し過ぎ、キリが良くなる所での投稿がほぼ不可能となり、中書きを乗せると展開が中途半端なところでぶつ切りになってしまい、作品のテンポを損なう事に配慮した結果です。

 なので、第16話に関するお話はこれが初、と言う事になります(笑)。

 AC3LBは登場人物が多いものの「一度にあまり多くは出さない」事を決めていたのですが、今回は主人公サイド10名(アス姐、エレノア、スキュラ、サイラス、ストリートエネミー、ミルキーウェイ、トラファルガー、パイク、ツヴァイハンダー、エース)+敵サイド3名(逆関節ACのパイロット、コルレット、グランドチーフ)、部外者のフィクサーとメタルスフィアと、名前のあるキャラで触れられた者が計15名と、コレまでのエピソード中では最多となっています。
 普段は精々、多くても6〜7人ぐらいに収まるものなんですが……それに伴って展開も長ったらしくなってしまいました。

 物語の展開的に言うと、ベタなもので乙女のピンチに主人公参上という、いまどきとなるとどこ見ても見当たりそうにない展開になってしまった感がします(爆)。
 逆関節ACにトドメを刺さなかった事に「?」と思うかも知れませぬが、アレはコルレットが攻撃してくる中で、其処まで手を回す余裕がなかったため。
 あとはエレノアたんが絡んでますので、あそこで死ねないと言うのもあります。大事な事なのでここでもう1回言いました(ぉ)。
 ただしエレノアたんが関係していなかったとしても、アストライアーが冷静になっていたと言うのは事実であり、その当りは仕留められる逆間接ACを、遭えて止めを刺さなかった事からも見て取れるようにしています。
 相手が相手だからと言われればしょうがないですが、既にアストライアーは「ただ相手を傷つけるだけの“抜き身の刃”とは違う」と言う事を、あのあたりで描写したかったのです。
 優れた切れ味を持つ刃だからこそ使い所を見極め、有能な女剣豪レイヴンだからこそクールに戦わねばならない――そんなイメージも含めています。

 フィクサーに関しては、ゲーム中から下位ランカーを牛耳っている印象があり、結果的に悪役扱いされる事が多いようですが、此方では「本心はそうではないが、結局悪役を演じざるを得なかった」として描写してます。彼の上に本当の黒幕(原作をプレイした人なら正体をご存知の筈)が居て、彼に圧力を掛けていると読んだのです。
 そして最後の最後でメタルスフィア出現。これが後に……以下割愛(ぁ)。

 因みにガレージを襲撃したACの正体は、順当に読んでいれば大体察しが付くものと思われます。

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