連載小説
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番外:ある日のガレージの片隅
 この日は、珍しく新聞紙面を賑わす様な記事はこれと言ってなかった。
 管理者の暴走や、企業間対立に絡むニュースもこの日はなりを潜め、芸能人のスキャンダルすらも報じられていない。
 管理者の暴走によるトラブルが恒常化し、実働部隊の襲来に人々が脅える日々が続く中では、極めて異質な一日であるといってよかった。しかもこの日の気候は小春日和と言う形容がぴったりな、気温20度という適度な温暖さを有していた。
 戦闘で張り詰めた時勢の中、殆どのレイヴン達も、この日は依頼で出撃する事はなく、従って彼等の思い思いの享楽に興じる事が出来た。
 そして、その中にあっても、有事に備えてガレージへと居座り、戦闘に備えて愛機のアセンブリを組み替え、整備したりといった作業を行う面々もまた、少なからず存在する。

「暇だぁー!!」
「暇っすねぇ……」
 パイクとツヴァイハンダーの二人は、ガレージの外で椅子に腰掛け、暇を持て余していた。
「ストリートエネミーとミルキーにも分けてやりたい位だぜ」
「先輩、それイヤミですよ」
 ストリートエネミーとミルキーウェイ、そして両名のACはガレージになく、今は出払っている。先日、依頼の為に遠出したものの、まだ戻って来ていなかったのである。
 それは既にパイクや、此処に居座るレイヴン連中の知る所ではあったが、パイクは依頼内容までは聞いていなかった。正直に言えば、聞きたくなかったのである。
「今頃は俺達の事を思って、愚痴とか何とかを吐き連ねてるんじゃねーかな。“俺がヒイヒイ言ってる時に何やってんだ、いい身分だな畜生”ってさ」
「そうかも知れませんね」
 人口の空を見上げ、ストリートエネミーが文句を垂れながら帰ってくる様子を思いながら、パイクとツヴァイハンダーはひと時の安息を謳歌していた。

 雑談を交わす二人の近場では、サイラスも整備作業を終え、書き損じの図面に落書きを施していた。
 その題材は様々で、ガレージに係留されたACとそのパーツの簡単なアウトラインもあれば、その搭乗者、果ては何のキャラクターか、瞳の大きい少女の絵や、ガレージの中に迷い込んで来た昆虫やクモ類といったものも見受けられる。
 子供のように落書きに精を出すタイラーの周囲では、アストライアー、スキュラ、トラファルガーといった面々が寛いでいた。アストライアーの傍では、いつもは元気なエレノアが、今は布団に包まれて昼寝をしていた。
 時々ガレージの作業機械が金属を叩き、組み上げる重厚な音こそ響くものの、他のレイヴンや整備士達も、突然舞い込んだ休日の様な今日は、同様にしてガレージで寛いでいた。
「……なぁ、アス」
 トラファルガーはアストライアーに視線を向ける。彼の眼前の女剣豪は、持参してきたサンドイッチの、最後のひとかけらを口に放り込んでいた。
 しかし、最初から食べる姿を目撃していた彼は感じていた――やけに少ないと。食べていたものはコンビニで見かける、3つを一パックにして売られているものだが、彼女はそれ以外の食物は口にしていなかったのである。
 だがトラファルガーが驚く事はない。アストライアーは少食なのだから。
「前々から思ってたんだが――お前、腹一杯喰おうとは思わないのか?」
「……これ位で良い」
 サンドイッチの最後のひとかけらを咀嚼し、消化器官へと送り込んだアストライアーは向き直るでもなく答えた。
「強化人間だろ? 人ならざる能力の維持に大量のエネルギーを使うはずだ――」
「逆だ」
 アストライアーは彼の言葉を遮って言った。
「強化人間だからこそ少食で済む」
 アストライアーは強化人間――厳密には戦闘用のサイボーグではあるのだが、それになるに伴って数々の驚異的能力を、自分の意に反してではあったが獲得していた。その一つが少食である。
 実のところ、アストライアーは栄養の摂取効率とエネルギー変換効率の大幅な強化が図られており、それ故少しばかりの食事でもエネルギーは摂取できるのである。
 内臓器官も人工のものである彼女は、臓器内のナノマシンが人間で言う所の消化液の役割を担っており、食したものを分解・栄養に変換している。さらに消化器官とは別に、摂取したエネルギーを濃縮し、有事の際に備えて有る程度貯蓄する機能を持つ器官も別に埋め込まれていた。
 強化人間の中には脳を弄られた事で過食、または逆に拒食や異常食性になってしまい、それが元で身体に異常を来たし、最悪命を落とす者も居るが、アストライアーはそのような事がなく、こうした数々のシステムによって、少食でも十分なエネルギーを確保出来ていた。
「ちょっと手を貸してくれ」
 スキュラがアストライアーの手に触れるが、やはり冷たかった。少なくともその手足からは、体温と呼べるものは殆ど感じられなかった。暫くして冷たくないと感じられたが、それはスキュラの体温がアストライアーの身体に移っているからであった。
「……他の面々がこれに触れたら何と言うか」
 試しにと、トラファルガーもアストライアーの頬に、なめし革の様な皮膚に覆われた右手の甲の部分を軽く押し当てる。アストライアーは一瞬身体を強張らせたが、トラファルガーに悪意がない事を悟り、身体を強張らせた以外、何もしなかった。
 最も、これは一歩間違えば自分の身を危険に曝すにも等しかった。スキュラやトラファルガーは比較的親しい中の人間だから良いものの、他の人間が触れればどうなるんだと、サイラスは二人がアストライアーに触れる様子を見て思い立っていた。
 良くて鉄拳制裁、最悪黒百合で突き刺されると言うことも有り得る――いや、人前だから黒百合は流石にないかと、サイラスは過ぎた考えを訂正した。
「まるで金属だな……冷えた血が流れているのだろうか?」
 トラファルガーが抱いた感想も、スキュラのそれと同じだったようである。
「しかしまた、何でこうも冷たいのか……」
 トラファルガーがアストライアーから手を放す横で、スキュラは己のボキャブラリーを頼りに、その理由を考えていた。
「確か――哺乳類は温血動物で、体温の維持の為に大量の栄養摂取を必要としていると言うのを、ドキュメンタリーで見た事が有る」
 同時に爬虫類に代表される変温動物は、周りの温度に体温が左右されると言う事をスキュラは自らの発言に付け加えた。
 そしてその温血動物には、当然ながらホモ・サピエンス種――レイヴンや整備士は勿論、現生人類全員も含まれる。厳密には、それと呼べるのかどうか不明な存在も居るには居るが……
「じゃ、アスは冷血――いや、変温動物か?」
 トラファルガーは大真面目な顔をして尋ねた。
「冷血と呼びたければ勝手に呼べばいい」
 当のアストライアーは、それに全く無関心な様子だった。
「いやいや、流石にそれはないだろう」
 サイラスも割って入った。他人事とは言え弁明してくれるのか、有難い事だなとアストライアーは思った。
 だが、その期待は一瞬にして霧散した。
「第一、アスは舌二又じゃねぇし、毒の牙もないしさ」
「オイオイ……アスは蛇の類か?」
 サイラスとトラファルガーは私を爬虫類みたいに見ているのかとアストライアーは思った。これが冗談であるとは解っていたが、この様な人種に、まともな説明を期待した私が馬鹿だったと、アストライアーは自省した。
 同時に、こう言うのにまともに付き合う自分がどうかとも、アストライアーは思えた。ここは、適当にあしらうのが一番だろう。
「蛇か……確かに執念はそうかも知れんな。まあ、ハイテクの蛇女だろうが」
 言うようになったなと、サイラスは目を見張った。以前のアストライアーの姿を知るだけに、尚更である。
 そんな中でもスキュラは、表情一つ変えず、親友の体について考えていた。通常の人間では考えられない事であったが、恐らく生命維持や駆動に必要な部分――最低でも脳や心臓、中枢神経ぐらいは何かしらのシステムで体温が維持されているのだろうと推測した。
 今更ながら、アストライアーは人間とは呼べないとスキュラは思った。極端な人の場合、人間がベースと言うだけの、ACを操る能力を有する生物兵器とも呼べるかも知れない。
 だが、いずれにしてもアストライアーには関係のない事だろうなと、スキュラは思っていた。BBを殺す事が出来ればそれで良い――本人が、そう言っていたのだから。それを友としている人間が願うなら、それが後悔に繋がらない事だろう。
「私が少食とか言ってくれたが……」
 アストライアーの青く冷たい瞳がスキュラに向いたことで、彼女は考察を中断した。
「……一方の貴女は随分な大食漢だな」
 スキュラはホットドッグの包みを破り、具を挟んだパンを貪っていた。同じように破られた包みが周囲に4つほど積まれている。
「最低限の食事で活動を維持出来る貴女と違うんだ」
 そうだったなと、アストライアーは頷いた。此処に居並ぶ面々は何れも血の通った肉体を持つ人間であり、異常なのは自分だけだと言う事を、女剣士は考え直した。
「所でサイラス……」
「何だ」
 トラファルガーの視線は、いつしかサイラスへと向いていた。アストライアーの頬に触れた時、横目に入った落書きが気になっていたのだ。
「……お前、何描いてるんだ?」
 女レイヴン2人もサイラスの落書きに向いた。そして、スキュラは仰天し、危うく噛み砕いたホットドッグの破片を噴き出しそうになった。
 アストライアーは落書きから一度目をそらしてサイラスを見つめたのち、笑っているのか苦しんでいるのか分からないスキュラに横目を向けた後、もう一度、落書きに向き直った。
 サイラスが描いていたのはアストライアーだった。ロングコートに短髪、簡略化された黒百合と、確かにアストライアー本人から見ても、自分を形作る特徴が見て取れた。
 しかし、全くレイヴンと言うイメージには似つかわしくない。目はまるで棒の様であり、頭と身体のバランスも全く歪んでいる。それは、何を食べて育ったのか知れぬコミカルな姿だった。
 アストライアーは、指人形の様な二頭身キャラにされた自分のイラストの周囲にも、レイヴン達の姿が落書きされていたのに気付き、それに視線をめぐらせた。どれもちょっとずつ違っていたが、結論としては同じだった。
 二頭身にされたアストライアーの右隣にはトラファルガーが描かれていた。オールバックの頭髪に四角い顔、ダンディと言う形容詞が似合う顔立ちは再現されていたが、それでも細部の多くは省かれ、のっぺらぼうの様な顔に刻まれたのは棒の様な目、「へ」の字型の口と、実にコミカルなものだった。
 アストライアーの左隣にはスキュラが描かれていたが、此方は腹ペコの状態を表現していた。それがスキュラだと分かったのは、眼鏡をかけただけのビーズ玉の様な瞳、塗りつぶされた黒いショートヘアからだった。それが両膝を突き、右手の人差し指をくわえたポーズで、頭上の吹き出しにはホットドッグが描かれている。
 ならず者と言う過去を持つストリートエネミーまで、二頭身のコミカルな姿にされていた。その傍らには二頭身にされたミルキーウェイの簡単なアウトラインもあった。
 通り掛った整備士達も落書きが見えたらしく、笑い出す有様であった。
「フッ……まあ良い」
 アストライアーはサンドイッチの包みをゴミ箱に放り込むと、ヴィエルジュの元へと歩み出して行った。
 去り際に、アストライアーの目が笑った様に細くなっていたのを、サイラスとスキュラ、そしてトラファルガーは見た。それが嘲笑か、あるいは別の意味があるのかどうかは不明だったが。
14/08/30 14:21更新 / ラインガイスト
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■作者メッセージ
 第11話で描写した「マナ=アストライアーのアイデンティティ」の、いわば補筆的な作品です。容量の関係でカットせざるを得なかった部分について描写の描写がメインと考えていたので、エレノアたんの描写はあえて外しています。
 アス姐が消費エネルギーの効率化を図っているという設定を考慮・最大限反映した結果、何か爬虫類のような有様になってしまった(滅)。
 生理学的にありえない筈ですが……深入りはやめときましょうか。アス姐はサイボーグなのですから(それでいいのか)。

 最後、サイラスの落書きにおけるアス姐の姿は、アス姐達が某ねんど○いどになったらどうかな、と言うつもりで、「へたれセ○バー」や「やさ○れ凛」を参考に考えました(爆)。
 思い付きではあったのですが、何ともシュール&お粗末な(苦笑)。

 しかしながら、ハードな人間模様や展開の続く本作です。こう言うのも息抜き的によいとは思います。
 いや、普段のガレージがこんな有様だとアス姐も困るでしょうが(ぉ)。

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まろやか投稿小説 Ver1.50