連載小説
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#9.蒼い堕天使
「繰り返しお伝えします。先程ミラージュ広報部の発表によりますと、レイヤード第一層の水中航行型巨大兵器が、レイヴンの手によって撃破されたという情報が――」
 アストライアー宅のテレビは、先程からミラージュ系列の放送局が放送するニュース速報を垂れ流していた。
「海産物を仕留めたのか……?」
 アストライアーは感嘆した。海産物の姿をニュース速報で見たとき、あれを仕留められるのかと疑問に思っていたのだ。
 その「海産物」は、管理者所有と思しき巨大兵器、コードD-C101-Dの事である。ただ、型番で覚えるのも面倒である為、水中を移動する事からいつの間にか「海産物」呼ばわりされる事となった。
 ちなみに、このコード自体はユニオンから公布されたコードである。当初ミラージュは、神話上に登場する巨大な海の怪物に因み、「リヴァイアサン」や「レヴィアタン」とか言うニックネームで呼んでいたが、今は型番での表記になっている。
「あれを破壊したレイヴンは誰だろうか……?」
 アストライアーにミラージュ社からのメールが来たのは、そう考えていた時の事だった。
 先程から意味もなく起動させていたPCから新着メールが届いた事を知らせる効果音が鳴り、アストライアーは弾かれる様にPCに向かった。
 どうやら、かなり重大な依頼らしいことが、その文面から窺い知れた。


 送信者:ミラージュ
 件名:依頼

 ニュースでレイヴンがあの巨大兵器を破壊した事は、
 君ももう知っているだろう。
 だが、ユニオンはそのレイヴンの力に目をつけ、
 管理者を破壊しようとしている。

 そこで、我々ミラージュ上層部は決断した。
 そのレイヴンをイレギュラーと認定し、排除する事を。

 積もる話もあるだろうが、君にはそのイレギュラーの
 排除に協力してもらいたい。
 目標となるレイヴンの名は「アキラ=カイドウ」だ。

 偽の依頼で彼を地下遺跡に呼び出した後、
 此方から派遣したリップハンターやファンファーレと共に、
 奴を排除する手筈になっている。
 また、この作戦では不測の事態を考慮し、
 君以外の複数のレイヴンにも協力要請を出す。
 彼等と協力して依頼を遂行して欲しい。

 作戦決行は3日後の2月19日の18:00を予定している。
 報酬は、最低でも200000c。
 他のレイヴンがアキラに付いていた場合は、撃破した時に
 更に報酬を上乗せする事としよう。

 なお、本作戦はいかなる事態が起ころうとも、中止は有り得ない。
 君の臨機応変な対応で、依頼を遂行して欲しい。

 有力ランカーである君からの、喜ぶべき回答を期待している。


 アキラの名を目にしたアストライアーは、次のアリーナでの試合の対戦相手に、彼の名があった事を思い出していた。
 彼はアリーナに参戦してまだ3ヶ月足らずだが、参戦するや否やいきなり上位レイヴンに挑戦、それをことごとく打ち破り、現在のアストライアーの一つ下のランクであるB-4にまで上り詰めていた。
 しかし個人情報の一切が謎に包まれており、地上にまだ人類が闊歩していた時代、「ニホン」と呼ばれる極東の島国に栄えた民族の子孫とも言われている。本名をそのままレイヴン名にしていて、実際は「海藤 晃」と書くのではとも言われている。
 ストリートエネミーは「エイリアンの類」と言っていたが、流石にそれは言い過ぎだろうとアストライアーは思っている。
 他にも様々な噂があるが、何せ個人情報の一切が明らかにされていないため、あくまでもそれらは噂でしかない。
 そしてアストライアー自身、そのイレギュラーについて、特に関心など持ってはいなかった。急激なランクの向上は、強化人間手術を受けた連中には往々にして見られ、当のアキラも、単にその影響で此処まで成り上がるだけの存在に化けた程度だと、彼女は考えていた。
 勿論、彼女自身もそうだったと言うのも理由としてある。
「管理者を破壊する、か……破壊しても、メリットがあるようには思えないが……」
 アストライアーは独り言を交えつつ、出来が特別良いとも悪いとも言えない脳内に考えを廻らせた。彼女も、この世界は管理者が必要なのだと分かっていたからだ。
 事実、管理者は、この複合地下都市たるレイヤードの、ネットワークを初めとした都市機能の、ほぼ全てを統括していると言っても過言ではないのだから。
 その様な存在を破壊して、果たしてレイヤードにどのような事が起こるのか。彼等はそれを分かっているのだろうか。彼女の疑問と詮索は尽きなかった。
 しかし一つ心残りな事があった。それは、今リビングのソファーで、すやすやと心地よい寝息を立てて眠っている少女――エレノアの事である。もし自分が死ねば、彼女を再び路頭に迷わす事になる……あの無垢な微笑をした少女を路頭に迷わすこととなれば、あの少女は生きてはいけないかも知れない。
 そう考えると、アストライアーの胸は、さながら矢でも刺さったかのように痛んだ。しかし、この依頼を断ってミラージュからの評価を落とすのもこぞっとしない話である。
 彼女は悩んだ。エレノアを抱きかかえて、寝室のベッドへと横たえてやる間にも悩んでいた。
(ならば……彼女に何か残しておいてやるべきかも知れない……)
 どれぐらい悩んだだろうか、アストライアーは意を決した。既に閉じられたカーテンの隙間からは、明るくなっていた「人口の空」からの光が差し込んでいた。


 翌日、コーテックス管轄のAC用パーツショップで、不要になったパーツやもう使わないであろうパーツを大量に売却しているアストライアーの姿があった。
 高額なAC用パーツは、一つ売却するだけでも庶民から見れば莫大な金になる。そのためアストライアーは万が一自分が死んだ時に備え、エレノアにある程度の資金を残すこととしたのだ。
 勿論一生遊んで暮らせる金にはならないが、しかしそれでも彼女はエレノアに何かを残さずにはいられなかった。


 3日後、運命の日は訪れた。
 その日の未明、アストライアーはエレノアが眠っている間に、機械的な手際の良さで身支度を整えていた。パイロットスーツを身に纏い、その上から父・アルタイルが生前に羽織っていた、濃紺の軍用コートを羽織る。
 護身用の拳銃と、父の肩身である黒き刃――黒百合を懐に忍ばせる事も忘れない。
(エレノア……)
 そうして戦いの準備を終えると、アストライアーはエレノアの顔を覘き込む様にして見下ろす。枕に頬擦りするようにして、幼女は気持ち良さそうな顔を浮かべていた。
「行って来る……すまない……」
 まだ眠っているエレノアをそっと抱くと、女剣士は自宅を抜け出し、駐輪所に止めてあるバイクに跨った。自分が、今回の依頼で戦死する可能性があること、パーツ売却で得た資金でしばらくは生活していけること、自分の家は好きに使ってもいいと言うことを記した手紙を残して。
 出来る事なら、誰かに後の事を頼もうとは思っていた。だが、時間の関係でそれは出来そうに無かった。加えて言えば、それほどの人間が自分の身辺に居るとは思えないと言うのもあった。
 もしエレノアがあの手紙を見たら、多分泣くだろう……後ろ髪を引かれるアストライアーだったが、しかし彼女はその想いを強引に振り払い、ガレージに向けてバイクを走らせた。
 しかしアストライアーには、この時のバイクのマフラー音が、何処となくもの哀しげに聞こえていた。物音程度で徒な感傷を抱く事のなかった自分がなぜだと頭を巡らせたアストライアーだが、結論が出る前にガレージに辿り着くこととなった。


 ガレージ内では、既に整備が完了したヴィエルジュが静かに佇んでいる。
 センサー類を一切廃した代わりに耐久力を高めた戦闘用頭部MHD-RE/005。軽量かつ高出力型オーバードブーストによる高い機動性を持つ軽量級OBコアCCL-01-NER。エネルギー供給を高めた軽量級腕部MAL-RE/REX。積載こそ少ないが、軽量ゆえ軽量級にも迫る機動性を有する中量級2脚MLM-MX/066。
 機体名の「乙女座」が示すとおりの、すらりとした女性的なフォルムに、それとは不釣合いなバズーカ、父の形見の青白く輝く光の刃、初期ACと同型の小型ミサイルを装備している。彼女が得意とするインファイト用に調整されたACは、まるで眠れる猛獣の如く出撃の時を待っていた。
 ガレージ内にバイクを乗り入れたアストライアーは、近くでACのパーツリストに目を通していた、まだ初々しさが抜け切っていない若い整備士に尋ねた。ネームプレートに、テリー=アルジャーノンと言う名前が見られる。
 つい最近、このガレージに配属となった新米整備士である。
「もう発進出来る状態か?」
「うわ!? アストライアーさんでしたか……」
 突然冷たい声をかけられ、若い整備士は一瞬驚きながらも答える。
「ヴィエルジュは発進出来るか?」
「ええ、ヴィエルジュはいつでも出撃出来ます……って今から依頼ですか? こんな朝早くから?」
「ああ。かなり重要な依頼が入っている」
 アストライアーの顔には、思いつめた様な深刻さが浮かんでいた。それを察してかは分からないが、彼女の顔を見たテリーは肯いた。
「……分かりました。みんなを呼んで来ます!」


 数分後、テリーに呼ばれてきたのか、ガレージ主任のサイラス=レッシャー以下、ガレージのメカニック達が集まってきた。そして、コックピットに入る為のタラップを動かし、ヴィエルジュをハンガーから切り離したり、ACを外に出す為のゲートを開いた。
 アストライアーも既にヴィエルジュに乗り込み、コックピットに起動キーを差し込んでジェネレーターを起動させた。機体コンディションを示すコックピットコンソールが点灯し始め、先程まで単なる金属と精密機械の塊でしかなかったヴィエルジュにエネルギーが循環し始める。
「……どうした? いつものお前さんらしくないな?」
 まだ閉じられていないコックピットブロックの入り口に佇んでいるサイラスは、先程から思いつめたような女戦鴉の表情を見て呟いた。
「何を言う。私は至って正常だ」
「いいや、お前の顔に出てるぜ。何だか知らないが、後ろ髪を引かれるような思いが。多分、いつの間にかお前に懐いていた女の子の事とかで、だろ?」
 アストライアーは言い返せなかった。言われた事がその通りだった為である。
 因みに、サイラス自身もエレノアについて具体的なことを知っている訳ではない。「アストライアーが小さい女の子を連れて歩いていた」と言う噂を、彼が整備を担当しているACの搭乗者から口にし、そこから推察して言っただけの事である。
 それに、アストライアー自身もエレノアについては一切口にしていなかった。エレノアとの生活が始まって早1ヶ月、流石に彼女自身も、エレノアと言う己の弱みを握られるかも知れないと警戒していた。
「だがな、依頼が何だ。お前らしく、敵を力ずくで斬り付けるみたいにやってれば良いんだ。あの娘の為だと思ってさ。ま、お前に娘がいたら、の話だけどな」
「要らぬ気遣いだ……だが、それもそうだな。せいぜい、生還出来るようにするか……」
「馬鹿だな、必ず帰るんだよ」
 サイラスは笑いながら言う。アストライアーの複雑な心情を知らぬかのごとく。
 だがその言葉に、アストライアーの顔が僅かに微笑んだ。とは言え、傍目にはいつもと同じ、能面の様な無表情にしか見えない。しかし、それが彼女の答えだった。
 女剣士は意は決した。あの幼女の為に、目の前の相手を破壊して生還すると。アストライアーの能面の下には、静かに燃える木炭の様な、激しくこそ無いものの強い意思が渦巻いている。
「主任! 準備が整いました!」
 テリーが声を張り上げた。
「よしご苦労。アス、気をつけて戦って来いよ!」
「分かった。行って来る」
 アストライアーは愛機のコックピットハッチを閉めると、グローブを装着して操縦桿を握り締めた。発進コースから、整備士達が次々に離れる。
 既にコンソールパネルは「正常」あるいは「準備完了」を示すグリーンのランプで染め上げられている。戦闘準備は、整った。
「ヴィエルジュ、出撃する!」
 直後、ブースターの青い炎と突風がガレージを吹き抜けた。


 発進して数時間後、作戦区域となるレイヤード最下層の遺跡群に到達したアストライアーの耳に、早くも爆音が聞こえはじめた。どうやら、既に先行した連中が交戦状態に入っているらしい。
 この遺跡、表向きはレイヤード最深部に位置する、神にも等しき権力を有する巨大な電子システムの基へと通じる通路があるとされるが、実際はレイヤード中枢に通じる通路も何も無い、いわば巨大な袋小路である。その為、此処に訪れる人間も殆ど居ない。
 故に、今回のミラージュに限らず、騙し討ちに代表される謀略にはうってつけの場所であった。
「此方ヴィエルジュ、作戦区域に到達。これより目標の排除に移る」
『了解。作戦行動を開始してくれ』
 ミラージュの通信士に対する返答もそこそこに、ヴィエルジュは遺跡の最深部へと通じる通路の前に両足を揃えた。
 相手はたった一機で、こちらは強力な味方がいる。彼等が奮戦してくれていればそれに越した事は無いが……いや、止めよう。余計な考えを振り払うように、アストライアーはヴィエルジュを進ませた。
 だが、味方が交戦している場所と思しき遺跡の最深部に到達した途端、ただでさえ冷たい印象を受けるアストライアーの顔が凍りついた。
 彼女の眼前には味方として共闘する筈だったファンファーレのAC・インターピッド、リップハンターの操るルージュを初めとし、その他にも、アキラを謀殺する為に駆けつけたレイヴンが駆るACが確かにいた。
 だが、両者ともすでに無残に破壊された残骸となっている。
 しかも、その周辺には両手両足を切り離されたバラバラのACが、少なくとも3機存在している。「少なくとも」としたのは、いずれも黒く煤けた上に地の色がそろって青系だった為、薄暗い遺跡の中では判別が難しいからである。
「たった一機にこの被害……」
 人間性を失ったアストライアーだが、彼女はこの時背筋が凍り付きそうな恐怖に駆られていた。相手は本当に一人なのか。これだけの数のレイヴンがいながら全滅するほどの相手なのか。
「……また増援か」
 通信システムを介し、誰かの声が入ってくる。
 アストライアーが聞いた限りでは青年の声だが、それにしては金属的かつ電子的で、まるで人工的に合成した音声の様であった。端麗さこそうかがわせるものの、基本的には低い声である。
 その声と共に、アストライアーの眼前に転がるルージュだった鉄屑が吹き飛ばされ、立ち上る黒煙の向こうからレーザーライフルの白い銃身が、続けて群青色に塗装されたAC――今回の撃破目標であるアキラが駆るAC「ルキファー」が姿を現した。
 ルキファーは中量2脚だが、左肩にグレネードランチャーCWC-GNL-15を、右手にレーザーライフルMWG-XCW/90を、そして左手にはヴィエルジュと同型の、月光の名を冠したレーザーブレードを携えている。
 しかも、それだけではない。
 黒煙が消えたかと思うと、蒼いシルエットの左手側に、もう一機ACが姿を現した。最初からルキファーの近くに控えていたのだろうか。
 こちらも中量2脚で、クレスト製中量級コアCCM-00-STOにはMHD-RE/005、MAL-RE/REX、MLM-MM/ORDERとミラージュ社製の曲線的なフレームパーツが接続され、腕には汎用型の実弾ライフルMWG-RF/220にルキファーと同一のレーザーブレード、上腕部には4連発射式連動ミサイルCWEM-R20を装備している。
 純白に塗装されたACは、蒼いACに寄り添うように佇んでいた。ヴィエルジュのIFF(敵味方識別装置)は、純白のACも敵として認識している。
「ヴィエルジュね。ミラージュに雇われたのかしら?」
「ルキファーよりヴァージニティー、そうらしいな。だが直美、本当に彼女なのか? 私はアルタイルの家族は見せしめの為に、全員BBに殺害されたと聞いているが……」
 純白のAC――ヴァージニティーのパイロットがアキラと通信でやり取りしている。「直美」と言う名前と声、口調から察するに、どうやら女性らしい。
 アストライアーは直美を在籍しているアリーナで確認した事が無く、また他のアリーナの試合中継でもその姿を見た記憶が無い為、恐らくアリーナに参戦していない、依頼しか受けていないレイヴンだろうと認識した。
 相手が自分を知っているのも、おそらくは何れかの試合を見たか、アリーナのホームページか何かを確認しての事だろう。大体、女性でインファイト主体と言う目立つ戦い方をしていれば、イレギュラーと言えど知っていて何ら不思議はない。
「以前クレストの包囲網を突破したのも、彼女――アストライアーさんだったそうよ」
「何故私を知っている……!?」
 アストライアーの疑問など、直美は意に介さなかった。
「……分かった」
 アキラの声と共に、ルキファーはレーザーライフルを前方――ヴィエルジュに向けた。アストライアーも自分がロックオンされた事を知り、臨戦態勢に。
 未知なる敵との戦い、手加減など不要だ。
「悪いが、父親の後を追ってもらう」
 刹那、群青色の体躯が突き出した銃から紫色の閃光が迸った。
 ルキファーからレーザーが放たれ、ヴィエルジュの薄い装甲を焼く。すかさず、アストライアーも反射的に愛機を動かし手近な柱に身を隠す。ルキファーはグレネードキャノンを装備している為、正面からの戦いは不利な事は目に見えていた。
 ましてやヴィエルジュは防御性能に難があり、グレネードの一撃で致命傷になりかねない。
 どう戦うか逡巡する暇に、ルキファーはヴィエルジュが隠れる柱をグレネードで砲撃、爆風で柱の影から叩き出した。幸い爆風による損害は微々たるものだったが、爆風で弾き出された所に、横から更なる銃撃。ヴァージニティーのライフルから火線が迸っていたのだ。
「クソっ……」
 バズーカでヴァージニティーを砲撃するヴィエルジュだが、ヴァージニティーも柱を盾にして、砲弾を次々に避けていく。柱から柱へと移動する機動性たるやかなりのもので、まるで軽量2脚ACを相手にしている様な感覚を抱かせる程である。
 アストライアーがヴァージニティーに気を取られているうちに、ルキファーが横からレーザーライフルで銃撃。一瞬早いタイミングで動き出したことが幸いし、ヴィエルジュは右腕を少々焦がされた程度で済んだ。
「こいつ……!!」
 アストライアーもすぐに反撃の剣戟を見舞おうとする。だがルキファーは僅かに浮くと、後方のOBハッチを開放、同時に自分の真下を砲撃。爆風がバリアの様な働きをし、ヴィエルジュは爆風で後ろに吹き飛ばされる。ルキファーも爆風で上方へと舞い上げられ、タイミング良く発動したOBで柱の影へと逃げた。
 ならばとバズーカで反撃するが、敵機は柱に隠れるので殆ど当たらず、逆に、実弾ライフルとレーザーライフルによる銃撃で、ヴィエルジュの装甲が見る見るうちに削られていく。
 危機を察したアストライアーは柱に身を潜めたが、グレネードで柱を砲撃され、すぐに物陰から叩き出される。そこを、ヴァージニティーがライフルで狙撃し、更にレーザーブレードを振りかざす。
 剣戟はヴィエルジュを捕らえるには至らなかったが、ライフル銃撃で上腕部の補助ブースターは両方とも機能停止、更にレーダーもやられたのか、敵機を示す赤い点の反応が明滅し、砂嵐となっている。
 更に、ルキファーが光波を繰り出した事で右腕が叩き潰された。すでに左腕と頭部、そして脚部もダメージが酷い。
 この状態では、射撃場の的も同然だった。既にこの戦いは、途中から戦闘と言うよりは、肉食獣が獲物を狩るような有様に変貌している。
 もしこの時、アストライアーがまだ冷静さを保っていたならば、柱を砲撃させ、グレネードを無駄撃ちさせる事も考えられただろう。しかし彼女は、今や眼前の相手への対処に追われ、そこまで思考が及ばなかった。
 一方アキラも、満身創痍の相手を倒すだけならば、もう何発も残っていないグレネードを用いる必要はなかった。砲撃はあくまで「これを食らえば無事では済まない」と印象付け、判断を鈍らせる心理的効果を狙ったものだ。
 そして、それは確実に効果を出していた。
「ACの反応! また増援が来る!」
 増援襲来を告げる直美の声とほぼ同じくして、遺跡の壁が吹き飛び、今度は重量2脚ACが姿を現した。見た所、重量級のEOコアに腕部、バズーカや投擲銃、後は良く見えないが、両肩にミサイルを搭載しているように思える。このACの姿を見た事がないアストライアーだが、味方のレイヴンが駆るACだとは分かった。
「アストライアーさんは任せるわ」
 直美の声が、通信を介してヴィエルジュのコックピットにも響く。交戦前に聞いた彼女の声もそうだったが、アキラとは対照的な、とてもレイヴンには似つかわしくない優しい声だった。
「この依頼を受けた事を、後悔させてやる……」
 優しい声には似つかわしくない物騒な呟きを発し、直美駆るヴァージニティーは新たに現れたACを銃撃する。
 アストライアーは再び蒼い機影を正面に見据える。目下、2機から同時に攻撃されるという最悪の事態だけはどうにか脱しているが、しかし彼女は感じていた――勝てる道理があるのか、と。
 これが出撃したばかりの、万全な状態だったとしても。さらに、自分と同じ技量のレイヴンがあと2人いたとしても、このイレギュラーを仕留める事は出来るのかと、彼女は己の運命を悟った。
 しかし、女剣士は死を覚悟しながらも、一太刀浴びせてやろうと覚悟を決めていた。この際防御と回避は捨てる。自分の命と引き換えに、敵機のコアに剣戟を叩き込む事だけに狙いを定める。私はただ黙って死ぬレイヴンでは無いという事を、この群青色のイレギュラーに教えてやるつもりだった。
 もしかしたら、アキラを道連れにする位は出来るだろうし、運が良ければ、自分は何とか助かるかも知れない。
 女剣士は蒼い機体に向き直り、OBの起動準備に入った。ヴィエルジュの背後のOBハッチが開き、エネルギーが蓄積・集束される。
「玉砕覚悟か……」
 相手の接近を待たずして、ルキファーが剣戟を繰り出した。だがそれは相手を斬る為ではなく、光波を射出する為。三日月を思わせるエネルギー波は、回避を考えずに突撃して来るヴィエルジュを一瞬反動で硬直させた。光波を浴びた蒼白い機体の動きが、僅かに止まる。
 その僅かな隙にルキファーはグレネードの砲身を展開。ヴィエルジュが再び行動可能となった時、既に悪魔の一撃は放たれていた。
 榴弾が着弾したと同時に、予てより準備していたOBが発動したが、致命的打撃によって既にOBの制御は不能になり、ヴィエルジュは暴走して柱を数本なぎ倒した挙句、遺跡の壁に派手に激突して停止した。
 壁に激突した際の衝撃、あるいはグレネードで撃たれた際の凄まじい衝撃からか、アストライアーは口から血を吹き出し、額からも血が流れ出ている。
 さらにコックピットも一部が拉げており、右腕に至っては折れた骨が傷口から露出している。メインモニターはノイズが酷く、周囲の様子も満足に見えない。最早まともに戦う事はできないだろう。
「家族、恋人、戦友……お前の脳裏には今様々な事が渦巻いているだろうか……」
 ノイズ混じりのアキラの声が、その機能を停止しつつあるACのコックピットに響く。
「貴様、何が……言いたい……」
「お前、嘗ては普通の少女だったそうだな。……で、BBを殺す為にレイヴンになった、と言う訳か…」
 私の過去を知っているのか。彼女は血を噴きつつ反論しようとするも、しかしアキラはそんな彼女を無視して言葉を続ける。
「……呪うなら私より、自分の無力さを呪ってくれ」
「き…貴……様…」
 血を吐き出しつつも何とか反論するアストライアーだが、しかし彼女の意識は徐々に薄れていった。
(私は…此処で死ぬのか…そんな……父さん…母…さん…エ……レ……)
 走馬灯のように、アストライアーの脳裏には親しき者達の姿が浮かんでは消えて行く。そしてそれを最後に、彼女の意識は消失した。
「若くしてその命を散らす、か……哀れなものだ」
 哀れむアキラだが、しかし相手からの返事は最早無かった。
「こちらヴァージニティー、増援は始末したわ」
 女の声から僅かに送れ、ルキファーの頭部がヴァージニティーに向き直った。蒼いACの頭部に宿る真紅のモノアイは、方膝を突いて動かなくなった増援のACが、黒煙を上げている様子を捉えた。
「損害は?」
「右腕と、左足の装甲をやられたわ」
 ヴァージニティーの右腕、肘関節の部分には銃創が刻まれており、肘から下の部分は、ライフルを握ったまま力無く垂れ下がっていた。左足の脛の部分の装甲も抉られ、傷は内部機構にまで達していたが、幸いにも、関節や内部機構自体には大きなダメージは見受けられなかった。
 それでも、僚機がまだ動ける事を確認すると、アキラは増援がまた来ないうちにと、来た道を戻り始めた。
「さっさと戻るぞ」
「分かったわ」
 直美はヴァージニティーを歩ませた。だが、それは残骸となったヴィエルジュの前で停止した。爆発こそしなかったものの、既に黒煙を吹き上げる残骸となった女剣士に、再び立ち上がる気配はない。
「アストライアーさん……」
 ヴィエルジュの残骸に目をやり、直美は俯いた。
「本当は、此処であなたとは戦いたくなかった……ACに乗るようになり、アストライアーさんの名前を聞いた時から、そう思っていたのに……」
 直美の瞳が潤む。
「戦死してしまう前に、アリーナで一度お手合わせ願いたかったわ……依頼で敵対して殺し合うより、アストライアーさんの戦いぶりに触れて、色々学んだ方が……」
 もし此処で、直美の口調を第三者が聞いていれば、戦う女パイロットであるアストライアーへの憧憬、彼女を攻撃した事への罪悪感が入り混じっていることが、その口調から伺えるだろう。
「直美、何をしている? 早くしないと置いて行くぞ!」
 それを知ってか知らずか、通信回線の向こう側からアキラが注意を促した。
 直美は一瞬、立ち去るのを惜しんだが、ヴィエルジュの残骸に目をやった。そして、さっさと立ち去らなければ、更なる刺客の襲撃を受け、自分も同じ目に遭ってしまうだろうと思い出した。
 出来る事なら、罪滅ぼしの為に連れて帰り、丁重に葬ってあげたいと思っていたが、今は自分を優先するべき潮時だと、戦うACパイロットとしての直美が、己が内で囁いていた。
「……ごめんなさい」
 後ろ髪を引かれる思いで、直美はヴァージニティーを退場させた。彼女が去った後に残されたのは、激戦で荒らされた地下遺跡を満たす静寂と、叩き潰されたACの残骸だけであった。


 激戦の舞台から遠く離れた、何処の一室かも分からない程の暗い室内に、一人の巨漢が佇んでいた。
 カーテンは閉め切られ、その僅かな隙間からは光は殆ど差し込んでいない。部屋の照明も一切点いておらず、点けられたノートパソコンのモニターが、部屋に光をもたらす程度だった。
 だが、唯一の光源であるノートパソコンのディスプレイから発せられる光が、威圧感のある巨漢の顔を、更に不気味に浮かび上がらせている。
「……入れ」
 ドアをノックする音が唐突に響く。男の言葉に続いて、重々しい音と共にドアが開かれ、金髪碧眼の若い男性が入ってくる。同時に証明が灯り、室内の様子が浮かび上がる。
 先程まで唯一の光源だったノートパソコンの周囲には、外付けのディスクドライブやそれで再生する為のディスク、ノートPCに接続された外付けハードディスクが、整然と並んでいた。男の周囲も小奇麗に荷物が纏められ、彼は室内のベッドに腰掛けていた。
「……ロイヤルミストか。何の用だ?」
「BB、アストライアーがミッション先で撃破されたそうだ」
「ほう、良い話だな」
 自分の命を狙っているレイヴンが一人消えたことで、BBは笑みを浮かべた。だがロイヤルミストの顔からは深刻さが消えていなかった。
「だがそうとも限らん。そのアストライアーを撃破した奴は、その前にファンファーレも撃破しているからだ」
「……何だと?」
 BBの表情が露骨に変わり、口調が高圧的になる。
「あの小娘を潰した後にか?」
 BBの口調が変わるのも無理はない。何故なら彼はファンファーレと裏で繋がり、依頼中に機があるならば、アキラを倒すついでにアストライアーも始末するように仕向けていたのだから。勿論、アストライアーがそれを知る由はないし、今更知った所で何が変わると言うレベルの事でもない。
「いや、ファンファーレは真っ先に撃破されたそうだ」
 自分の思い通り計画が進まなかったことが許せないのか、BBは途端に態度を変えた。勿論、その怒りの捌け口となる男が誰なのか、当の暴君と面しているロイヤルミストは察していた。
「やれやれ……計画通りに物事が進まんのが一番頭に来るな。誰だ、その愚か者は? お前の次の相手に指定された、アキラとか言う奴か?」
「当初はそう思っていた。だが…」
「何だ?」
「……仲間らしい奴が加担していた。しかも、そいつは女だ」
 仲間――その単語を聞いたBBの目が、不気味な眼光を発した。同時に口元も不気味に歪む。仲間と言うからには、当然アキラともかかわりがあるはず。ましてやその仲間は女、男がそれに対して抱える心理を巧みに突けば、それはイレギュラー扱いされているアキラの弱みにもなりうるからだ。
「ははははは! 女か! これは面白い事になりそうだな。おい、その女は割り出せたのか?」
「それが…」
「何だ? まさかマーク出来ていないと言うのか!?」
 ロイヤルミストは何も言い返せなかった。言われた事が全くその通りだった為である。
「それが……何故かベーシックIDが存在しないと……さらに、アキラも同様だった」
「IDも何もあるか、すぐ割り出せ」
「だが有り得ないんだ! ベーシックIDが確認出来ないと言う事が有り得るわけが……」
 レイヤードに住んでいる人間は、その全員にベーシックID、平たく言うならば身分証明番号が割り当てられる。レイヤードに居る限りはコレを元に個人情報を割り出せたりするのだが、しかしベーシックIDは基本的に死亡時以外は削除される事は無く、本人がそれを希望しても削除される事は無い。
 つまり、アキラと直美はレイヤード内においては死亡した扱いか、あるいは最初から存在しない事になっているのである。管理者を崇拝して止まないレイヴン・サイプレスをして「全てが、そして人生までもが管理されている」と言っても過言ではないレイヤード内では、通常考えられない事であった。
「構わん! 公の方法が通用しないとなれば、俺たちのやり方でやれば良いだけの事だ! メタルスフィアなり何なりでもよい、兎に角裏情報に詳しい奴を探し出して、あの2人を洗わせろ!!」
(言っている事が無茶苦茶だ……俺にどうしろと?)
 追い出される様にしてBBの部屋を出たロイヤルミストは、彼から無理難題を吹きかけられたこともあってか困惑の色を隠せなかった。
14/10/16 12:21更新 / ラインガイスト
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■作者メッセージ
 原作のミッションである「進入路探索」の、いわば「その後」を描いた所から始まったのが本作。物語的には「依頼→準備→戦闘」と言う流れですが、執筆プロセスはその逆で、実は戦闘シーンから時系列を逆転する形で執筆していた作品です。

 なお、再投稿に伴いアス姐撃破シーン後の描写は差し替えております。
 これはあのシーンがアス姐絡みと言うよりはアキラ&直美さんがらみな感じになっていて、どうもアス姐が話の中心に居ないという反省点からです。
 と言っても差し替える前のシーン自体も、あのまま捨てるには勿体無いなとも思っているので、ひょっとしたらどこか――アキラと直美さんを主人公とした作品がもし出れば、そこで使うかも知れません。
 でも当分はAC3LB優先で行きますが(当たり前だ)

 そう言えば、旧BBS-NOVELのときにこんな事を書いてました。
最後にある「ベーシックID」ってのは、我々の世界で言う「国民番号」とか、そういうものです。レイヤードは全てが管理されている地下都市と言う事から、人間も番号制度で管理されているだろうとして、世界観に反映させました。
 詳細は劇中で描写しているので此処では詳しく書きませんが、アキラと直美がこれを持っていない理由は後に明らかにしたいと思います。それまでは各自、構想を巡らせて下さい


 それから7年あまりが経過し、現在その疑問については第33話「外来者」にて、第6話の複線回収のついでに決着が付いています。
 詳しいことはそれを見て貰えば分かる(ように書いたつもり)ので、ここでのこれ以上の言及は、あえて控えさせて頂きたく……。

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まろやか投稿小説 Ver1.50