連載小説
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番外:情勢整理
 日付で言えば2月10日の事だが、管理者の部隊――レイヴン達の間では実働部隊と呼称される――が、クレスト本社所在地であるセクション422に一斉に侵攻。
 勿論クレストも黙って見ている筈がなく、しかし他のセクションに派遣した戦力を裂く事も出来なかったため、レイヴンを派遣して実働部隊の迎撃に当たらせた。
 当初は当セクションの通気用巨大ダクトに球状メカが侵攻、クレスト管轄セクションに向けて、下から侵攻してきたが、これはレイヴンの活躍によって撃破された。
 クレスト最大の危機は、レイヴンによって回避されたかに思えた。
 しかしその1時間後、やはりクレストが管轄するセクション419に実働部隊が出現、意思を持つ洪水の如くクレストの防衛線に押し寄せて来た。
 可能な限りの戦力で迎え撃ったクレストだったが、実働部隊の圧倒的戦力を前に防衛線は潰滅。迎撃に向かったレイヴンも尽くが返り討ちとなった。
 更に管理者の部隊はクレストが管轄する都市にも侵攻、住宅街やオフィスビルが壊滅的な打撃を受け、死傷者が続出。更には電気、通信、水道等のライフラインも完全に破壊され、都市機能は絶たれた。
 一連の粛清が終わってみれば、クレストは自社戦力の大半を喪失し、更に都市機能を完全に絶たれたセクション405、419、433を初めとし、合計で8つのセクションの閉鎖が決定した。何れもクレストが管轄していた都市区画、あるいは軍事拠点を有するセクションである。
 この事態を受け、ミラージュも各地の自社戦力を集結させ、各地の防衛に当たらせているのだが、圧倒的な力を有する管理者の部隊に太刀打ち出来るのかと聞いても、歯切れの良い回答は期待出来ないだろう。
 キサラギに至っては、組織の維持だけで手一杯と言う有様である。
 そんな事情があり、レイヤード第1層・第二都市区の澄み切ったような人工の青空とは裏腹に、粛清翌日のメディアが垂れ流している報道は退廃的な空気が漂っていた。
 勿論、女剣士ことマナ=アストライアー宅のテレビもその例外ではなく、これまでの実働部隊が出した被害を纏めると同時に、キャスターと専門家が後の対策等を議論している様子を垂れ流していた。
 現在テレビはクレスト系列のテレビ局にチャンネルが合わさっている。現在時刻は11時36分、他のチャンネルも、午前のワイドショーからニュースへと、番組のラインナップが変わっている頃だ。だがあれほどの事件が生じたのだ、報道される内容はどこも大抵同じであろう事が容易に想像出来る。
「管理者絡みでもマスコミが五月蝿くなって来たか……」
 手元のカップに注がれた紅茶を口にし、更に女剣士は言葉を続けた。だがその傍らに、エレノアの姿はなかった。
「レイヤードが混迷って言うが、その混迷を助長してるのは貴様等だろうがと小一時間問い詰めたいものだ」
「無理。言っても絶対聞かないと思う」
 アストライアーの声に応じたのはスキュラであった。友人同士ですら殺し合うと言われるレイヴンの中にあっても、両者は良好な関係を有し、現在のように互いの家に来ては談話する事もあったのだ。
「そもそもマスコミってのはそれが仕事だから」
 アストライアーと同期でありながら5歳ほど年齢が上であり、従って年齢を重ねた事で形成された、物事を割り切る精神と、目前の友人よりも数段出来の良い頭脳を有する彼女は、マスコミの過剰報道をさらりと流す。
 スキュラに言わせれば、マスコミは「タチの悪いサディスト」だと言う。センセーショナルな見出しで人々を誘い、一喜一憂しているのを見て利益を上げているのだから、と言うのが彼女の曰くところである。
「よく言うな……流石、頭のキレの良さが評価されるだけの事はある」
「貴方の腕には及ばない」
 互いに謙遜しているとも取れるが、しかし二人は互いの腕を最大限に評価し合い、また互いにそれを認めている。具体的には、スキュラはアストライアーの技量と剣捌きを、アストライアーはスキュラの頭脳と機転を。
「しかしそれはさて置き……これからどうなることか」
「全く、気の滅入る話だ」
 二人の視線が、テーブルの脇に折り畳まれた朝刊に向く。折り畳まれている為一部しか分からないが、その紙面には終極的な見出しが連なっていた。
<管理者部隊襲来 クレスト崩壊の危機>
 最近では社会誌でも<管理者暴走 目的は人類絶滅か?>などと言う絶望的な見出しが付くほどの時勢となっている。戦闘絡み、それも管理者が絡んでいるセンセーショナルな紙面が朝刊の一面を飾れば、今後の情勢が気になろうと言うものだった。
 最も、アストライアーもスキュラも、社会誌の記事はあまり当てにしてはいない。信憑性に欠けると認識しているのも理由の一つだが、アイドルや著名人のプライベートを穿り返すように過熱報道するその姿勢が、何よりも二人の顰蹙(ひんしゅく)を買っていたのである。
「それにしても、何故管理者を肯定する立場のクレストを叩く必要が?」
「分からない。兎に角最近は企業間紛争よりも管理者の奇行が目立つ。この間依頼を終えた帰りに聞いたが、産業区のコンピュータネットワークも、システムダウンを連発しているらしい」
 その時スキュラは、産業区のミラージュ兵器工場内で暴走した戦闘用メカを鎮圧せよとの依頼を受けていた。ガードメカは何者かにハッキングされた形跡が有り、本来ならハッカーの確保も頼まれた所だが、しかしハッカーは暴走したガードメカに襲われたのか、無残な姿を曝していた。
 その中でもスキュラは、愛機が抱える豊富な弾薬により、50機を数える暴走メカの殲滅に成功した。だが、依頼を達成して帰ろうと言う所で工場が停電。ゲートは機能停止し、スキュラを3時間に渡って工場に閉じ込めた。
 それがネットワークのシステムダウンに起因する事は、後に聞かされた。
「コンピュータネットワーク……レイヤードの生命線までもか」
 多くの電子機器は、今やコンピュータネットワークへの接続が当たり前。それが寸断されるとなると、多くの電子機器に影響が出るばかりか、都市機能麻痺と言う事も考えられる。それどころか、電気・水道・ガスと言った生活を支える物もコンピュータで管理されている。故にコンピュータの異常はそのまま都市機能の異常にも直結しかねないのである。
 そして、一見何事もないこのセクションでも、異常は確実に生じているであろう事を二人は薄々感じていた。公式発表では、このセクションには特に異常は認められていないというが、他人事では済まされない事態が、突発的に発生するかも知れないのだ。
 しかも、それが今から数分後と言う可能性も否定出来ない。
「しかし、ライフラインまで寸断するとは……管理者は何がやりたいんだ? 地上は環境が崩壊し、数百年前から死の大地のままだと言うのに」
「そうなると、有り得るのは人類淘汰か……考えたくない話だがな……」
 相次ぐAI管理機構の暴走。それに伴う異常事態。その行く果てに何が待つのか――アストライアーの安直な思考は、チープな娯楽メディアにありがちな、当人としては嫌でしかない展開を描いていた。
「淘汰、か……」
 スキュラは手元のカップに注がれた紅茶を撫で下ろし、言葉を続けた。
「都市管理機構に、そんな事をプログラミングする必要があるだろうか? 第一、今は既にそうなってしまっているみたいだが……万が一という事も考えられる。そうなればこの地底に閉ざされた巨大な“箱舟”が破綻しかねない」
 このレイヤードはそもそも、惑星規模の大災害によって地上の環境が崩壊した際、当時の人類が生き延びる為の複合地下都市として建造されたものだと言う事は、既に万民の知る所である。「箱舟」と言えば聞こえは良いのだが、実際は僅かばかり生き延びた人間が、崩壊した文明の残骸を抱え、自ら閉じ篭っている牢獄なのである。
 地上を死の大地とした惑星規模の大災害とあるが、その実体を知る者は、歴史家を除いて殆どいない。数少ない記録によれば、地上にまだ国家と言う勢力図が存在していた時、ふたつ、若しくはそれ以上の数の国家が相争い、その中で想像を絶する破壊力を有する兵器が投入された事が始まりだと言う。
 そして兵器の圧倒的破壊力の影響か、あるいは制御が利かなくなった等の原因で、環境破壊とそれに伴う災害が発生・進行し、地上は生命を拒むまでに崩壊。レイヤードはそれを予見して予め建造されていたものであり、生き延びた人間が、此処に避難する事によって、人類は辛うじて滅亡を免れた――と言うのが、レイヤード誕生の大筋である。
 管理者、即ちAI管理機構はレイヤード全区画の機能を統括し、人が直接手を下す事以外のほぼ全てを司るその一方、地上の浄化を進めているとされている。
「だが管理者も所詮はAI、人が造った物だ。完璧なんて有り得ない筈……」
 恋人の身を案じるような表情で、スキュラが更に言葉を続けた。
「ユニオンの言っている通り、管理者は本当に狂っているのかも知れない……」
「だとしたら、ユニオンが正しいと?」
 アストライアーの問い掛けに、スキュラは首を縦に振らなかった。しかし、横にも振らなかった。要するに「分からない」と言う事だ。
「私はもしかしたら、ユニオンは自身が管理者に成り代わろうとする為に虚偽を言っているのでは、とも思っている。最も管理者が暴走しているのだから、彼等にとっては都合が良い話なのだろうが」
 成る程、そう言う考え方もできるか。スキュラは戦友の答えも否定せず、彼女の話に耳を傾けていた。
「まあ、管理者の意向がどうであろうと私にはあまり関係がない。私は私の事をやるまでだ」
「それもそうかな」
 結局、二人の話し合いは大した結論が出ぬままに終わってしまった。だがこうした世界情勢に絡む議論は難しいもので、人間の価値観がバラバラな様に、情勢に対する見解も人によって千差万別である。
 しかし今は、混乱の中にあるレイヤードの現状で、どう生きるかを優先するのが一番かも知れない。スキュラはそう、割り切った。
「話が変わるようだが、聞きたい事が」
 アストライアーは決まりきった様に「何だ?」と返した。
「……あの子はどうしたんだ? 何があった?」
 スキュラが言うのは、今は寝室に敷かれた布団の上で昼寝に夢中のエレノアの事。今までエレノアの姿が全く見えなかったのは、事故に遭ったのでも誘拐されたのでもなく、単に昼寝していたからだった。
 だがそれを察したアストライアーは、スキュラから顔を背けた。正直、幾ら彼女が信頼出来る相手であろうとも、レイヴンである以上は理由を話したくなかった。自身の弱みに繋がる事、そして何より、エレノアを盾に何かを要求される事を恐れているのだ。
 だが、スキュラには話しても別に問題はない――それどころか、話さなくては彼女との関係に軋みが生じてしまうと察し、視線を元に戻した上で、口を割った。
 エレノアが孤児だったこと。自身が居を構えるマンションの前で倒れていて、それがきっかけで保護する事になった事。そして、それを他のレイヴンと、その関係者に対しておいそれと口に出来ない事。簡潔ではあるが、アストライアーが口にした話の趣旨は大体こんなものである。
「そうか……」
 そして、話を聞いたスキュラもそれ以上の介入は不要と判断、話は此処で終わらせた方が無難だと察した。個人的な事と、公の事とは基本的に別だからだ。
 公私混同が原因で、しないで済むミスを犯したり、家族を人質に取られる事も有り得る。
「でもこれだけは言う。どんな相手が現れようと、私は死ぬ訳には行かない。あの娘の事があるからな」
 本来は「BBへの復讐の為」、これがアストライアーの生きる目的だった。そしてそれはスキュラも分かっており、従って今更それを問う気はなかった。アストライアーにしても、それは言うまでも無い事だろうし、正直何度も口にはしたくないだろう。
 だが、スキュラは女剣士を見慣れている為、一目で彼女の変化が分かっていた。
 暴君への底知れぬ憎しみを宿し、立ちはだかる相手は躊躇なく殺す、女性とは思えぬほどの戦闘的で冷徹、そして危険なレイヴン――そんな彼女は最近、少々違った顔を見せるようになった。戦闘的で冷徹なのは相変わらずのようだが、以前ほどのどす黒い思念を感じさせない、何かと言えば、巣を守る昆虫か何かの様に感じられる。
「マナ……」
 それを反映してかせずか、スキュラは本名で女剣士を呼んだ。小さく、呟くような声で。
「……その方が、貴女らしくて良い」
 一言言うと、スキュラはカップに残った紅茶を飲み干した。


 他にも世間話などを重ね、スキュラは腰を下ろしていた木製の椅子から立ち上がった。語るべき事を語り尽くしてか、二人の女戦鴉の顔には清々しさが見て取れた。
「じゃあ……そろそろ失礼するよ。また、何か役立てる様な事があれば」
「お互いにな」
 見送りは此処で良いというので、アストライアーは自宅のドアから、去り行く戦友の姿を見送った。


 大災害から数百年が経過した現在でも、地上は荒涼とした死の大地が広がるばかり――レイヤードの人々は、そしてアストライアーは、それを信じて疑わない。
14/10/16 12:03更新 / ラインガイスト
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■作者メッセージ
 本作「ARMORED CORE3 LADY BLADER」は、前のBBS-NOVELに「最大3000文字×30スレッド」と言う制約がある中で執筆していたものですが、その執筆過程でキリが悪い所でスレッド使い切りと言うケースもありました。
 今回のエピソードは、その時「次のエピソードで丁度スレッドを使い切れるようにしたい!」と言う意図に基づき、たった1日(6時間ほど)でAC3の攻略本を片手に急造したものです。
 したがって本編の展開についてはほぼノータッチであり、それ故取って付けた感が非常に強いように思えます。
 当然本編とは関係ない番外編として扱っており、現在のBBS-NOVELに移設するに伴ってこれは掲載を見合わせようと思ったのですが、AC3の世界観を考えると「管理者に対して何かしらの考えがあっても良いのでは」と言う所もあり、またアス姐やスキュラの考えを提示して置くべきかと思い、あえて掲載しました。

 ただし、やはり番外編扱いと言う事で、ナンバリングはしていません。

 ちなみに本作の1話を完成するのに要した時間は(エピソードにもよりますが)数日〜数ヶ月と相当のバラつきがあるのですが、約6時間と言う執筆時間はAC3LB中におけるダントツの最短記録です。

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まろやか投稿小説 Ver1.50