神々の時代が終わり人間たちが繁栄してくると、人間たちは次第に神々の畏敬を忘れ、堕落し始めました。これを憂えた神は、一度地上を浄化し、創世をやり直そうと考えました。しかし、堕落した人間たちの仲にも一人だけ神への敬意を忘れず、正しき人がいました。神はこの人物デウカリオンとその妻ピュラだけは助けようと、彼に巨大な箱舟を造るよう神託を与えました。
果たせるかな、神は大洪水を起こし、地上は水に沈み、デウカリオン夫婦を残し地上は死に絶えました。9日の後、箱舟はパルナッソス山の山頂につき、洪水も収まりました。
これが有名な箱舟伝説です。え?ノアはどこ行った?漂着したのはアララト山じゃなかったか?はい。これは聖書の箱舟伝説ではありません。ギリシア神話に見られる箱舟伝説で、洪水を起こした神とはゼウス、デウカリオンを助けようとした神はデウカリオンの父プロメテウスです。
新興の宗教が土着の宗教の伝承や神話を受け継ぐというのは別に珍しいことではなく、むしろそういう痕跡をトレースして古代宗教を解き明かすという学問分野もあるので、キリスト教とギリシア神話に関連があるというのは別におかしな話でもなんでもありません。例えばお盆なんか関係ないはずのカトリックも日本ではお盆の日にはミサをしますし、キリスト教における大天使ミカエルはもともとオリエントの神様で、キリスト教がそれを神様から格下げして大天使にしたわけです。もっとも旧約聖書はキリスト教以前からあったわけですから、箱舟伝説はどっちがオリジナルなのかまで私は知りません。まぁしょせんは雑学サイトですから、話としておもしろければ紹介しましょうというわけです。
またキリスト教の開祖の名も実名ではありません。まず、“Jesus”ですが、この原形はJesuであって、当時のユダヤ人男性の一般的な名前で、これは現代で言うところのJackと同じです。日本で言ったら太郎さんといったところでしょうか。
次に“Christ”ですが、これに至っては名前ですらなく、救い主・癒す人を意味するギリシア語Christosがもとで、アイルランド系宣教師が使っていたcristが一般化したものと伝えられています。christになったのは15世紀頃で、Christと大文字表記が一般的になったのは17世紀以降といわれています。
つまり、現在キリスト教の開祖の名とされる“Jesus Christ”という名は、誤解を覚悟でぶっちゃけて言えば“我らの救い主のにいちゃん”という程度の意味しかないのです。
最後に、聖書を意味するthe Bibleの語源はというと、パピルスの皮紙を意味するギリシア語biblosの複数形bibliaがその語源であるとされています。つまり、聖書は“本の中の本”という意味なのです。なお、このBiblosの語源はパピルスの輸入港であったギリシアの地名Bublosに由来します。
このように書いていくと、私がキリスト教はギリシアからの剽窃だらけだと、まるでキリスト教をけなしているかのようですが、そもそも欧州言語の9割以上はギリシア語を直接の語源とするか、ギリシア語が語源となったラテン語を語源としているかのどちらかなのです。そして、言語というものは物語とともに伝えられていくので、言語が類似すれば物語りも類似するのです。なにもキリスト教だけが特別というわけではないのです。