杉並区における住基ネット問題の「今」を考える(1)
なぜ杉並区は不参加から段階的参加に方針を変えたのか?
はじめに
「住基ネットに不参加を!杉並の会」の一員として当初から不参加継続を求める運動をしてきた私は、おりにふれて杉並区と反対運動の状況を報告する機会があった。その際、かならず聞かれるのが「なぜ杉並区は不参加から段階的参加に方針を変えたのか?」との質問だった。
このもっとも基本的な質問は、しかしもっとも答えにくい質問だ。2003年6月の方針転換の発表以降考え続けたが、いまだにストンと落ちる答えが見つからない。杉並の住基ネット問題をもっともフォローしてきたと自負していてもそんな状況だから、区民や各地の運動をしている方から見れば、よくわからないのは当然だ。そもそもこんな状態で方針転換をし訴訟までしていいのか、説明責任を果たす方が先ではないか、と思わざるをえない。
ともあれ、回答を探ってみたい。
1.参加方針への転換に関する杉並区の説明の変化
まず杉並区の公式の説明を追ってみたい。
(1)直ちに参加の法的義務は生じないが、区民の利便性享受に配慮
参加方針を表明した2003年6月の『住基ネット対応方針』では、まず杉並区の住基ネット不参加の合法性を次のように説明していた。
『改正住基法附則第一条第二項に定める政府の個人情報保護措置義務が履行されていないなかで、同法第三十六条の二第一項で定められた市町村長の適切管理措置義務に従うものであり、改正住基法に照らしても合法な措置』と述べ、個人情報保護関連5法の成立によっても『改正住基法上の明白な瑕疵を是正した、という意味では、一定の前進である。またこの間、いくつかのセキュリティ対策が強化されたことも事実である。しかし、憲法上の保護法益である住民のプライバシー保護という観点から見たとき、こうした措置が講じられはしたものの、依然として十分な安全性が確保されたとは言いがたい状況にある。』とする。
そして同年5月の個人情報保護関連5法成立を受けて、『個人情報保護関連5法が成立したからといって、直ちに住基ネットへの参加義務が生じるものではなく、改正住基法による参加義務と、個人情報適切管理義務とを両面から勘案しつつ、長は自らの責任において、優先すべき保護法益を選択する法的義務を有するもの』との基本的立場を示した上で、「区民選択方式(横浜方式)」への方針転換について次のようにその必要性を説明している。
『そこで、保護すべき法益の内容を検討することが必要であるが、端的に言えばこれは、住民の利便性の向上という法益と、プライバシーの保護という法益との調整、ということになる。ところで、この二つの保護法益は、直接的には住民個々人のレベルで生じるものであり、社会全体として、一律にどちらかを選択しなくてはならない、という性格のものではない。したがって、住民一人ひとりにその選択を委ね、長はその住民の選択を尊重することが、二つの保護法益を最も大きな状態で調和させることになる。
杉並区は、こうした観点から、IT社会の本来のあり方として選択制を主張しつつ、改正住基法による住基ネットが選択性を認めていない中で、やむを得ず、住基ネットへの情報送信を保留してきたところである。しかし、国や東京都が住基ネットを前提にした事務処理の拡大を進め、8月25日には第二次稼動が始まり、さらに年末からは公的個人認証制度の開始が予定される中では、このまま従来の方針を維持することは、住基ネットを基礎に構築される利便性を享受したい、とする、区民の一方の要望を損なうことになる。
したがって、区民の選択を尊重する、という立場に立って、住基ネットへの情報送信を希望しない区民と、利便性を活かしたいとする区民との調整を図る現実的な方法として、既に国、神奈川県、横浜市、指定情報処理機関で合意し、実施に向けて動き出している「市民選択方式」、いわゆる横浜方式を、杉並区にも適用することが妥当と判断する。』
この説明を素直に読めば、法的には不参加継続は個人情報保護法成立後でも合法だが、利便性を享受したいという一方の区民の要望に配慮し、そういう区民の参加を保障するために不参加方針を転換し市民選択制を採用した、となる。しかしこの説明は、その後微妙に変わっていく。
(2)参加の法的義務が生じ、利便性享受とプライバシー保護の選択に配慮
2003年8月の住基ネット第二次稼働に際しての『住基ネットに対する杉並区の対応方針をお知らせします(8月21日)』では、こう述べている。
『プライバシー保護という観点からは十分な安全性が確保されたとは言えないものの、5月23日に個人情報保護五法が成立し、法的に整備されたことにより、住基ネットへの参加の法的義務が生じることとなりました。
こうした中で、6月1日から都のパスポート発行事務で、住基ネットを活用し、住民票の添付が不要となったことや、8月25日から住基ネットの第二次稼働も始まり、新たなサービスの提供も進みつつあります。このまま住基ネットに参加しない場合には、こうしたサービスを受けたいと思う区民の方の要望を、一方的に損なうことになってしまいます。
住基ネットによる利便性の向上を求める区民と、プライバシー保護を重視して参加したくないとする区民との、両方の要望を最もよく調和させる方法は、住基ネットへの参加・不参加を、一人ひとりの選択にゆだねることです。』
つまり6月の『住基ネット対応方針』の「改正住基法による参加義務と、個人情報適切管理義務とを両面から勘案しつつ、長は自らの責任において、優先すべき保護法益を選択する法的義務」という説明から、「個人情報保護法成立で参加の法的義務が生じた」という解釈へと変化しつつ、サービスを受けたい区民の選択を保障する、ということになっている。
(3)参加の法的義務が生じ、二つの参加方式から横浜方式を選択
さらに2004年5月に区のホームページに掲載された『Q&Aどうなるの 住基ネット−皆さんの疑問にお答えします−』では、「不参加から参加、訴訟と、方針がぐらついているように見えますが?」の問いに、こう回答している(なおこのQ&Aの前半部分は区広報にも掲載されているが、この部分は広報には載っていない)。
『決して十分な内容ではないとはいえ、個人情報保護関連5法が成立したことは、住民基本台帳法が求めていた問題を、一応はクリアしたことになります。そうなると、区長には住基ネットに参加する義務が生じますから、昨年6月の時点で参加することにしたものです。ただし、その時点で、「全員一律参加」の他に、いわゆる「横浜方式」という参加の形が認められていました。そこで、個人情報の保護や住基ネットの安全性への危惧などの観点から「横浜方式」で参加することの方が区民の利益に適う、と判断し、横浜方式での参加を方針としたものです。』
つまり、個人情報保護法成立で住基法上の問題は解決し参加の法的義務が生じたが、参加方式には「全員一律参加」と「横浜方式」が認められていたので後者を方針とした、という説明である。現在はもっぱらこの説明がされている。裏を返せば「選択権の保障」という主張が消えた。
ちなみに今回の訴訟にあたっても、区はこう説明している。
『杉並区は、当初から住民基本台帳ネットワークシステム(住基ネット)への接続については慎重な姿勢を取ってきました。それは、セキュリティや費用対効果といった観点から多くの問題があるからであり、こうした認識は現在も変わっていません。
しかし、昨年5月の個人情報保護関連5法の成立により、プライバシー保護などの観点から見て十分かどうか、といった評価は分かれるものの、住基ネット参加の法的義務が生じたものと判断し、国も認めて横浜市で実施されている「全員参加を前提とした段階的参加方式」により参加することとしました。』
2.矛盾した区の説明をどう解釈するか
以上からみれば
a.個人情報保護法成立で参加の法的義務が生じた
b.住基ネットのサービスを享受したいとする区民の選択の保障
という二つが方針転換の理由だが、しかしその説明には矛盾となし崩しの変化がある。
この2点は、いずれも住基ネットの問題では重要な論点である。そこが曖昧にされていることが、区民や私たち住基ネットを問題にしてきた市民にとって、杉並区の対応がわかりにくくなっている原因だ。
区は区議会等で住基ネットに対する区民の関心が薄れてきているかのように説明しているが、その原因の一端は方針転換の理由を説明せず区民が事態をフォローできなくなり、住基ネット不参加を支持し期待してきた区民が失望したことにあるのではないか。
私たちが駅頭宣伝などをしているときの印象では、当初からあった住基ネット問題に無関心の反応をする区民と強い関心を持って話しかけてきたりビラをわざわざ受け取りに戻ってきたりする区民との分化が、昨年の非通知申出の時期にくらべて大きくなってはいるものの、いぜん強い関心をもっている区民は少なくない。
(1)矛盾を回避した区の説明
この矛盾点について、2004年5月の『Q&A』に対して私は区に質問をした。その回答を紹介したい。
まず「個人情報保護関連5法成立で直ちに参加義務が生じるのか否か」についての回答全文はこうだ。
『平成15年6月4日の住基ネット対応方針では、最終的に、「区民の選択を尊重する、という立場に立って、住基ネットへの情報送信を希望しない区民と、利便性を生かしたいとする区民との調和を図る現実的な方法として、横浜方式を杉並区にも適用することが妥当と判断する。」としています。区民の皆さんの貴重な個人情報をお預かりしている者として、個人情報の管理に最善を尽くす、ということと、行政機関の一つとして、法律上の義務には従うという区の方針は一貫しています。』
「法律上の義務には従う」という一般論だけで、「平成15年6月4日の住基ネット対応方針」で「直ちに参加義務は生じない」としていたことにはふれず、肝心の個人情報保護法成立で法的に参加義務が生じたのか否か、という具体的論点は回避されている。
また住基ネットの利便性について、「区の説明は、いま住基ネットに急いで参加しなくても区民の不便はほとんどないことを指摘しています。であるなら、なぜ訴訟までして参加を急がなければならないのでしょうか。」との質問に対する回答はこうなっている。
『現在、非通知申出をしなかった約42万人の方が、住基ネットを通じて行われる行政上の利便を享受できない状態が続いています。法律に基づく具体的な執行方法について、杉並区と国、東京都と見解が異なり、協議によって解決することが困難な中で、いたずらに放置すれば、行政上の利便を享受したいという区民の利益を損なうおそれが強いため、問題の解決を司法機関の判断に委ねて早期解決を図るべく、訴訟という手段を選択せざるを得ないと考えています。』
これも住基ネットによる利便性があるのか否か、という肝心の点の回答を回避している。
方針転換直前の2003年6月1日付け区広報の「区長からのいいメール」で山田区長は、住基ネットに400億円かけた「便利さ」があるのか、「便利さ」の差は10年に一度しかない旅券の申請時に、役所で戸籍謄本と住民票の両方を取るか、戸籍謄本だけを取るかの違いなのだ、と主張していた。また今回の訴状では、住民票写しの広域交付、転入転出の特例処理、住基カードなどすべてにわたって、住基ネットの利便性は乏しく行政効率化にもならないことを指摘している。
これでは区民は、杉並区が住基ネットをどう評価しているのか、わからなくなってしまう。
(2)選択制を実施したかった?
以上、区の説明に沿って「なぜ参加に方針転換したのか」を見てきたが、結局よくわからなかった。
ここからは区の説明を離れて、「本音」を探ってみたい。
まず考えられるのは、「選択制」に対する山田区長の思いの強さだ。松下政経塾出身で新自由主義的立場から個人の自立自助・自己決定を重視する山田区長にとって、「IT社会における本来のあり方としては、選択制をとることが望ましい」というのは、みずからの政治哲学にかかわる基本的立場と思える。
住基ネット第一次稼働時点から「選択制」を求める区民運動を区長は働きかけてきたし、2002年10月の国への要望書でも住基ネットにおける選択制導入を求めてきた。そもそも山田区長が求めてきたのは「不参加」ではなく「選択制による住基ネット」だったといえるかもしれない(真意はわからないが)。
この「選択制」の採用ということは、住基ネットに反対する運動論としては重要なテーマとなっており、それは改めての検討としたい。
ただ「選択制をめざす」ということを認めるとしても区民にとってわかりにくいのは、いったい「横浜方式」が「選択制」といえるのかということと、区の説明としても「横浜方式」の説明がいつのまにか「区民選択方式」から「段階的参加方式」に変わってしまったことだ。
「選択制」については三つパターンが考えられる。
一つは「オプト・イン方式」という「参加したい人だけが参加する」形で、そもそも山田区長が「本来望ましい選択制」としてきたのはこれだ。
二つ目は「オプト・アウト方式」で、「参加したくない人の拒否権を保障する」というものだ。山田区長は「オプト・イン方式」が現行住基法で不可能である以上、次善の策としてこれを「区民選択方式(横浜方式)」としてやろうとしたのかもしれない。
しかし第三のパターンである「横浜方式」は、2002年8月に横浜市中田市長が述べたように「緊急避難的措置」でしかない。「オプト・アウト方式」と違い、段階的参加という一時的送信保留でしかなく不参加は保障されず、全員送信は首長判断に委ねられ、不参加の申請期間も限定され、しかも不参加申出者も「職権消除等」として送信され11桁の背番号とともに全国センター記録される、という特徴がある。正確には、「選択制」というのは正しくない。
住基ネット第一次稼働段階の切迫した状況で、横浜市がこれを採用したことは緊急避難としての意味はあったろう。しかし今の時点で杉並区が「緊急避難(非通知申出の際の区民への説明にはこう記してあった)」として「横浜方式」をやるというのは、国都がそれを認めるかどうかとは別に、山田区長のめざす「選択制」からみて意味があるかどうか。
しかも「選択制は住基ネットシステムの根幹にかかわる」と頑に認めない国都に対してなんとか実施しようとする思いからか、国都との協議が難航した2003年8月ごろから「区民選択方式」という表現も区の文書から消えてしまった。たんなる「段階的参加」ということだけなら、杉並区がこだわる意味がどこまであるのか。非通知申出の際に、駅頭で非通知申出しようと呼びかける私たちに対して、「どうせいずれ参加させられるなら同じでしょ」と問いかけた区民のリアリズムに答える説明を区はしていない。
(3)「悪法も法なり」の順法精神?
いったい現時点での住基ネット不参加は合法なのか否か、個人情報保護法が成立したからと直ちに参加の法的義務が生じたといえるかどうか、区の説明で矛盾していることはすでに指摘した。
ただ山田区長の政治姿勢から察すると、法理論的にはこの間日弁連などで検討されてきたきた「個人情報保護法が成立しても直ちに参加の法的義務が生じていない」とする解釈を理解しつつ、心情的には松下政経塾的な「悪法もまた法なり」という順法精神からすっきり参加という形をとりたい、という気持ちがあるのではないか。
私たちとしても、法を無視して不参加を続けろ、とまでは杉並区に対して主張してしない。住基ネットの廃止を求める運動の立場からいえば、そうあってほしいとは思うし、「確固とした個人情報保護のための法制度」ができたとしても、住基ネットは廃止すべきだと考えている。ただ法律に沿って事務を行う行政の立場と運動の立場が違うことはわかっている。
しかし個人情報保護法が成立しても、住基ネット稼働の条件とされた改正住基法附則第1条2項「個人情報保護に万全を期するための所要の措置」がとられたとはいえない(『私を番号で呼ばないで』p.101〜参照)。また杉並区が求めた「確固とした個人情報保護のための法制度」ができていないことは、区も明言している。
であれば、「悪法もまた法なり」の心情論でなく、住基ネット参加の法的義務が生じたのか否か、「首長の個人情報適切管理義務」からみて参加が大丈夫になったのか否か、区民に明確に答える必要がある。
杉並区は国都との裁判で、「横浜市に認めて杉並区に認めないのは法の下の平等に反する」等の主張をしているが、本来はこういう論点でこそ、裁判で国と争うべきだ。
(4)電子自治体に乗り遅れるな?
杉並区がこのような矛盾を抱えながら住基ネット参加に急いで方針転換しようとした本当の理由は、「電子自治体に乗り遅れるな」という焦りだったかもしれない。
杉並区もごたぶんに漏れず行政のコンピュータ化を進めている。パソコン雑誌の「電子自治体化ランキング」でも上位に載っていたりする自治体だ。
住基ネットの「利便性」について国は、法改正当初は、もっぱら「住民票の写しが全国でとれる。転入転出が簡単になる」ことを説明してきた。しかしそれがとてもコストに見合う利便性の提供にならないことが明らかになってしまい、実際、本格稼働後の転入転出の特例手続きの利用など微々たるものだ。
その後、「国等への手続きの際に住基ネットから本人確認情報が提供されて住民票の写しの添付が不要になる」ことを宣伝し、提供事務も当初の93事務から264事務に拡大する法改正もしてきた。しかし、提供実態をみればほどんどが年金・恩給給付関係で、それ以外の事務への提供はごくわずかしかなく、264事務の大部分で利用されていない。
そして住基ネットの住民サービスの「目玉」と宣伝されてきた住基カードに至っては、さんざん税金で補助しながら、そもそも控えめだった総務省の初年度発行予定300万枚の1割にも満たない25万枚しか発行されていないことが明らかになり、自治体の独自利用もほとんどされていないなど、だれもサービス向上と思っていない現実が露わになった。
今回の訴状をみても、杉並区もこういうことについて住基ネットへの早期参加の必要性は感じていないようだ。
問題は、2004年1月からスタートした公的個人認証制度が住基ネットにリンクされてしまった点だ。
公的個人認証制度は、インターネット上で行政に対する申請等を電子的に行う際に本人であることの確認や文書が改竄されていないことの確認に使用するものだ。この制度は利用を希望した国民だけが申請するものだが、その利用受付窓口での本人確認と発行された電子証明書の情報に異動が生じた場合の失効手続きのために、住基ネットから4情報(住所・氏名・性別・生年月日)が提供されることになっている。そのため住基ネットに不参加の地方公共団体は、公的個人認証サービスを利用できない、とされている。
片山前総務大臣は、それまで説明していた住基ネットの利便性の破綻をなんら釈明しないまま「この公的個人認証への利用が住基ネットのサービスの本命」などと宣伝したが、実際、今後の自治体事務に与える影響は大きい制度だ。
今後も住基ネット不参加を続ければ、公的個人認証が利用できず「電子自治体化に遅れをとってしまう」というのが、杉並区が参加を焦る気持ちではないか、と私には感じられる。
現在東京都では、都内の市区町村で「東京電子自治体共同運営協議会」をつくり、電子申請と電子入札のシステムの共同開発を進めているが、杉並区もこれに参加している。
果たしていま焦って参加する必要があるのかは、疑問だ。
現時点では、公的個人認証制度利用の必要性は切迫していない。利用業務は国税電子申告恩給関連申請の一部、社会保険関係申請・届出、無線従事者免許関係手続などわずかな事務で限定的な利用だ。申請の際に添付する書類は別途送付が必要だったり、住基ネットとリンクしてしまったために外国人登録者は利用から排除されているなど、今後の改善課題も山積している。民間での個人認証サービスも一足早く開始されており、電子証明書の発行手数料は高くなるが、それでも認証は可能だ。
総務省の電子申請関係の利用実態調査でも、法人関係での利用(こちらは別に法人認証制度がある)は急速に拡大しているものの、個人で利用はごくわずかだ。そもそもこの電子申請の特性として、同様の手続きを反復して大量に行う際には、窓口に行く手間が減らせるメリットが大きいが、たとえば個人が何年に一回しか利用しない手続きなら、むしろ窓口に行った方が簡単ということがある。自治体としては人員削減のために窓口事務をなくそうと電子申請を進めたいだろうが、住民からみると滅多にしない手続きなら窓口で職員から説明を受けて申請したほうが安心、というのが本音だ。今後どこまで利用が広がるかは、未知数だ。
そもそもこの公的個人認証制度と住基ネットは別のもので、リンクは絶対条件ではなく、住基ネットを利用しない公的個人認証も可能であった。この公的個人認証は、従来の印鑑登録業務に相当するが、これは市町村で本人確認をし登録しており、同様に市町村で電子証明書を発行することにすれば住基ネットは不要だった。ところが「市町村事務の軽減」などとってつけたような理屈で、電子証明書を発行を都道府県事務にしてしまったために、そこで本人確認するために住基ネット利用が必要とされてしまった。
そしてこの電子的なデータである「電子証明書」は、指定されたICカードに記録保存することになっているが、いまのところ「住基カード」しか指定されていない。つまり、不人気で嫌われものの住基ネットをなんとか定着させるために、無理やり公的個人認証とくっつけよう、という意図が見え見えなのだ。
これから電子政府・電子自治体化が不可避なのだとすればなおさら、はたしてそれが11桁の背番号によって一人一人の個人の属性の記録と行動追跡を可能にする住基ネット・住基カードとリンクされていていいのか、真っ向から検討しなければならない。これはもともと山田区長自身が主張していたことでもある。
杉並区が、もしこの公的個人認証制度のために住基ネットへの参加を急いでいるのなら、むしろそのことをきちんと区民に説明すべきであり、住基ネットによらない電子自治体の構想を示すべきだ。
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初版:2004年11月16日、最終更新日:2005年07月31日
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