行殺(はぁと)新選組りふれっしゅ 近藤勇子EX

第7幕『剣林弾雨の鳥羽伏見』(前編・開戦前夜)


 幕末の慶応3年12月。
 俺たち新撰組は京都の高台寺から伏見の龍雲寺に本拠地を移していた。

【山南】 おいおい、島田くん。『幕末』は、ないだろう。
     10月15日の大政奉還で慶喜公は政権を朝廷に返上され、
     すでに徳川幕府は存在しないんだからね。
【島田】 あ、そっすね。もう徳川幕府はなくなったんでした。
     でもせっかく近藤さん達は幕臣にお取り立てになったのになあ。
【近藤】 そうだよ。6月10日に幕臣お取り立てで、
     10月15日が大政奉還だから、わずか4カ月だったんだよ!
【土方】 うむ。大手商社に入社したのに、会社がすぐ倒産したのに似ているな。
【原田】 でも沙乃たちは元幕臣だけど、島田たちは、ただの浪士じゃないの。
【島田】 うっ、それを言われると・・・・。
【沖田】 昨年の夏頃までは良かったんですけど。
【原田】 慶応2年6月の長州征伐に失敗して幕府の権威は失墜。
     しかも悪いことに7月20日には14代将軍徳川家茂公が亡くなってるし。
【永倉】 知ってっか? 14代将軍様の死因って虫歯だったらしいぜ。
【近藤】 みんなもちゃんと歯を磨かないとダメだよ。
【土方】 それだけでなく、12月25日には、何と孝明天皇も崩御された。
【山南】 実際の所、公武合体は、孝明天皇と将軍家茂公の仲の良さで
      成り立ってたようなものだから、その両者が亡くなったとなると。
【藤堂】 公武合体もしょうめーつ☆
【原田】 となると、キンノーが活気づくわけよ。
【坂本】 大政奉還ぜよ! 薩長同盟ぜよ! 倒幕ぜよーーー!!!
【近藤】 あう。
【島田】 今年の11月18日に油小路事件があって、
      11月の月末頃から、薩摩や長州、芸州、土佐の正規軍が続々と入京。
【沖田】 12月9日に、ついに王政復古の大号令が発せられて、
      15代将軍の慶喜公は大坂へ下られたんです。
【芹沢】 簡単に言うと、キンノーのクーデターが成功したのよね。
     で新政府は反徳川の大名と公家で固められたの。
【松平けーこちゃん様】 ちっ。京都守護職をクビになってしまったぜ。
                覚えてろよ、薩長の馬鹿どもが!
【土方】 それに伴い、我ら新選組も屯所を引き払って大坂に下ったのだが、
      直後に伏見警護の命令を受け、伏見奉行所に着陣したのだ。
【近藤】 12月14日のお引っ越しだったから大変だったよね。
【島田】 というわけで俺たち新撰組も伏見に引っ越したんです。
【斎藤】 島田は近藤局長の追っかけだよね。
【島田】 斎藤、これには深い戦略的意味がなあ!
【斎藤】 あるの?
【島田】 ・・・山南さん、考えて下さい。
【山南】 薩長は何が何でも徳川家を潰したかったみたいだからね。
【おまち】 リメンバー関ヶ原!
【山南】 京都に薩長、大坂に旧幕府軍。中間地点の伏見が戦場になる可能性が高い。
【島田】 だから俺たちも伏見にやって来たのだ。
     って、なんでみんなが冒頭ナレーションに出て来るんですか!
【芹沢】 だってなんか、堅い話になりそうじゃない?
【近藤】 この辺りの歴史は学校で習わないから分かり難いんだよね。
【沖田】 いつも3学期頃に急いで習うんです。
【土方】 だが、状況説明がないと全く意味不明になるからな。
【山南】 と、いうわけで、ナレーションの最初の台詞を修正したまえ。
【島田】 へい。

 慶応3年、年末。
 俺たち新撰組は京都の高台寺から伏見にある龍雲寺に本拠地を移していた。龍雲寺は龍雲寺山と呼ばれる小高い丘の上にあり、伏見の町を一望できる。これは本陣をどこに定めるかの会議の時に、新撰組局長のカモちゃんさん(カモミール・芹沢)が、『アタシは景色の良い所がいい!』と主張したからである。そういえば、高台寺も眼下は祇園で京の夜景を一望出来た。

「ん〜」

「カモちゃんさん、どうかしましたか?」

 ちょうど本陣の引っ越しが一段落して、休憩している所だ。引っ越しと言っても普通の引っ越しではない。どちらかというと軍隊の移動・設営に近い。古畳を材料に松林の中の斜面のあちこちに胸壁(背後に隠れるための防御陣地)を構築したり、背後の桃山の高台にアームストロング・カモちゃん砲の砲台を作ったり。近藤さんの新選組は伏見奉行所に入っただけだから普通の引っ越しなのだが、俺たちの方は、ちと特殊だ。何せ山南さんと武田観奈かんなの指揮で、全て西洋風に行うのだから。だが、この急こしらえの畳胸壁が案外役に立つのは油小路事件の時に実証済みだ(西洋に畳はないので、その辺りが和洋折衷ではある)。

「芋焼酎って言っても、千差万別なんだねえ」

 そう言ってクリスタルのグラスを傾けるカモちゃんさん。

「はあ?」

「安物は独特の土臭さがあるんだけど、上物は全然違うんだよねえ」

「カモちゃんさん、どこで薩摩焼酎を?
 つか、その高そうな薩摩切子さつまきりこのグラスは一体どこから手に入れたんです?」

 副長の俺が気を付けてないと、うちの新撰組の幹部どもはツケで高価な物を買ってくる。そして請求書だけが俺の所に回って来るのだ。こんな事なら勘定方の河井君もこっちに引っこ抜くんだったと俺は度々後悔したものだ。

「飲み友達の吉之助クンからもらったの」

「ひょっとして薩摩藩の軍賦役兼諸藩応接係(=軍司令官兼駐京全権大使)の西郷さんですか!」

「うん」

 ケロッと答えるカモちゃんさん。西郷吉之助とは後の西郷隆盛の事である。京の都における薩摩藩のトップだ。確かに新撰組は、しばらくの間、薩摩藩から支援を受けて微妙にキンノーサイドに付いてはいたが、それでも西郷隆盛と飲み友達とは、いつもながらカモちゃんさんの凄まじいまでの人脈には驚かされる。美貌とナイスバディの成せるワザだろうか?

「ところで、準備はどうなってるの?」

「山南さんと武田観奈の指揮で、この龍雲寺を要塞化してます。
 近藤さんたち新選組の入った伏見奉行所は最初から石垣に塀を巡らせた建物ですけど、こっちはただの寺ですから」

「カモちゃん砲の準備は?」

「砲座の構築は阿部君に一任してあります。阿部君によると、あーむすとろんぐカモちゃん砲は背後の高台に据えるそーです」

 ちなみに旧88ミリカモちゃん砲は、売り払って更に銃火器購入の費用に当てていた。

「あーむすとろんぐカモちゃん砲を、もう2〜3門欲しいよね」

「佐賀藩が実戦テストの為に貸してくれたよーなもんですから、無理だと思いますよ」

「借りたものはアタシのもの〜☆」

「まあ、向こうも大名だから『返せ』とは言わないでしょうけどね」




「島田副長、砲台の準備は終わりました。試射したいのでありますが」

 砲術主任の阿部十郎あべのじゅうろうが報告に来た。

「はーい。アタシも撃ちたいでーす」

 カモちゃんさんがすかさず同意する。

「不許可。新選組を挑発するような真似は避けるべし!」

「何せ初めての場所ですから、大砲にあたりをつけときたいのであります」

 聞いてないな・・・。これだから大砲屋は・・・・。政治的な配慮って奴を全く考えてない。

「アタシも阿部くんに賛成でーす」

「不許可ったら、不許可」

 待てよ。よく考えたら局長はカモちゃんさんだから、副長の俺より偉いので俺に拒否権はないような気がするな・・・・。ま、誰も気付いてないみたいだし、いいか。


「まことー、防御陣地もできたよー。はい、これ畳屋さんからの請求書」

 へー(※藤堂たいら)も報告にやって来る。

「さんきゅ」

 畳屋に積んであった古畳を大八車に何台も買い取ったのだが、所詮使い古しの畳なので大した金額ではない。

「時に山南さんは?」

三十華みそかさんを連れて伏見の町へ測量に出掛けたよ」

「は? 測量? なんでまた測量なんかに???」

「大砲を撃つのに正確な地図があったほうがいいだろうって」

「あ、山南くんにさんせーい。試射できないみたいだから、阿部くん、アタシたちも測量にでかけるよ」

「はっ。了解であります」

 カモちゃんさんは阿部君を連れて行ってしまった。谷三十華の隊とカモちゃんさん直属の大砲隊の人数を合わせれば、20人近くになるから測量もはかどるだろう。要は伏見の主要な建物までの距離と方位が分かればよいのだ。そうすれば夜中でも正確に砲撃できる。『大砲にあたりをつけたい』とか言ってたが、2人とも大砲のプロだから、いざ実戦が始まれば何とかなるだろう。というか、今、下手に撃つと、土方さんに俺たちを攻める口実を与えてしまう。

「じゃ、私の隊でお弁当を作って届けるね」

 へーの隊は給食チームである。組長の得意分野に合わせて、新撰組では平隊士もチームを組んで同じ仕事をする事が多い。例えば、蘭方医の武田観奈の隊は救急医療チームだし、カモちゃんさんの隊は大砲係で平時は銃火器整備係だ。そういう風に人事を組んでるのだ。

「えーと・・・・じゃあ俺は近藤さんにお手紙でも書こう」

「書いてどうするの?」

「斎藤に届けてもらう」

「はじめちゃんに?」

「斎藤は元々土方さんが送りこんだスパイだからすんなり戻れるんじゃないかな?」

「でも今頃帰ったらトシさんから怪しまれないかな?」

 俺の本心は近藤さんLOVEである。とりあえず自分の身を守らなければ近藤さんを守れないので新選組から離脱しただけだ。俺としては別に新選組と敵対したくはなかったのだが、油小路事件で土方さんが動いたため、やむなく応戦した。だが、その油小路事件のおかげで、俺たち新撰組が新選組と敵対してると世間から誤解され、キンノーサイドからは味方と思われているらしい。

「んーと、じゃあ、これもつける」

 俺は一枚の絵図面を取り出した。

「これって、薩摩軍の陣割? どこで手に入れたの?」

「さあ? カモちゃんさんが持って来た」

「芹沢さんも不思議な人だからね〜」

「きっとナイスバディの成せるワザだぞ。へーも見習わないとな。
 『たいら』なのは名前だけでいいから、こうボンッ、キュッ、ボーンと・・・・」

「・・・・・」

 へーが笑顔だ。凍りついたような笑顔だ。無言の圧力がとても恐い。きっと蛇に睨まれたカエルの心境はこんななんだろうな。

「ごめんなさい」

「私も脱ぐと凄いんだよ?」 ニコニコとした笑顔がとても恐い。

「俺が悪かったです」

「じゃ、私も行くね」

 声は平静だが、まだ怒っている。長い付き合いなので雰囲気で分かる。

“バカ、バカ、俺のバカ。どーして俺は余計な事を・・・”

「お、おう」

 そして調理主任を怒らせた為、罰として俺はそれから数日間、粗食になったのだった。




 伏見奉行所。伏見の町の南の端の低地に作られている。奉行所のすぐ南側は宇治川だ。奉行所全体が石垣の上に作られていて、通りより少し高い位置にある。奥行きのある3段の石段を上った所に広壮な門構えがあり、左右は白く塗られた築地塀だ。
 斎藤は龍雲寺から伏見奉行所まで歩いてきた。距離にして1kmぐらいか。大した距離ではない。

「その羽織、貴様何者だ!」

 鋭い誰何すいかの声がかかる。門番をしていた隊士は斎藤の知らない男だった。往時は200名近い隊士数を誇った新選組も、この頃には67名にまで減っていた。高台寺党新撰組の分離と隊内粛正の結果、最盛時の1/3ほどになってしまったのだ。斎藤の顔を知らないのだから、きっと大坂で新規募集した隊士なのだろう。

「お、斎藤じゃんか」

 ちょうどその時、永倉アラタが通りかかった。

「あ、永倉さん」

「永倉先生のお知り合いですか?」

「何言ってんだ、馬鹿。こいつは新選組3番隊組長の斎藤はじめだぞ」

 永倉がこう言う所をみると、土方の言葉通り斎藤のポストは空けてあったようだ。

「えっ、こ、これはご無礼を」

 門番の隊士が頭を下げる。

「おーい、みんな、斎藤が戻ったぞー!」

 永倉が大声を張り上げると、わらわらと見知った顔が奉行所の建物の中から現われる。

「あ、斎藤くん、おかえりー」

「遅かったじゃないの」

「ふむ、よく戻った」

「近藤さん、原田さん、土方さん」

「監察方の報告では、島田たちも伏見に来ていると聞いたが?」

「はい、龍雲寺に居ます」

「でも何で今ごろになって斎藤が戻って来るのよ?」

「それは・・・まあ、色々と」

「まあ、立ち話もなんだから、中に入ろうよ」

 近藤が斎藤を建物の中に招じ入れる。



「さて、では報告を聞こうか」

 座敷に新選組幹部が車座に座している。上座は局長の近藤勇子と副長の土方歳江だ。

「そういえば、沖田さんがいませんね・・・」

「そーじは寝てるわよ」

 斎藤の問いに原田沙乃が答える。

「やっぱりお加減が悪いんですか?」

「やたらと血を吐くので蘭方医の松本良順に診せたのだが、どうやら労咳ろうがい(※肺結核の事)らしいのだ。この病気は安静にして栄養を取る以外に西洋医学でも治療法がないそうなので、寝かせている」

「あ、それだったら、僕が高麗人参を持ってますけど」

「高麗人参?」

「滋養があるんだそうです」

「なんで斎藤が、そんなもんを持ってんだよ」

「芹沢局長がみんなに持たせてくれたんです。いざって時の為に」

「もしかして、カーモさんの言ういざって時というのは・・・・」

「え、えーと、あはははは」

 笑ってごまかす斎藤。まあ、カモミール・芹沢がそういう人間なのはここにいる誰もが知っているため、一斉にため息をついただけだ。ま、要はHの時の強壮剤としての高麗人参なわけだ。

「ありがたくいただいておくぞ。あとでそーじに飲ませよう」

「それとこれは島田から近藤さんへのお手紙です」

 そう言うと斎藤は懐から封書を一通取り出して、近藤に手渡した。近藤は封を切るのももどかしい様子で手紙を読み始めたが、だんだんと顔が真っ赤になっていくのがはた目にも分かる。

「ラブレターだったのかな?」 と永倉。

「ラブラブな手紙ね」 と沙乃。

「それで、近藤。何と書いてあった?」

「えへへ、内緒☆」

「島田の奴、まだゆーちゃんをあきらめてなかったのかよ」

「しぶといわね」

「ふむ、まあ、その件はいい。
 斎藤、よもや島田の手紙だけのために戻って来たのではあるまいな?」

「実はこれを手に入れましたので」

 斎藤はそう言うと、卓上に絵図面を広げた。

「これは・・・・薩摩軍の陣割か!?」 土方が驚愕する。

「はい。島田の机の上に落ちてました」

「普通そういうのは落ちてたって言わないわよ」 沙乃があきれ顔でつっこむ。

「島田は僕の事を浮気を見張るために近藤局長が送り込んだ間者だと思ってますから、島田の手紙を近藤局長に届けると言ったら、あっさり送り出してくれました」

「なるほど、うまい手ね」

「斎藤もワルだなあ」

「でかしたぞ、斎藤。今日はゆっくりと休んでくれ」

「はい」

 斎藤が退室した。


「島田くんやカーモさんたちと戦うことにならないといいけど・・・・」

いくさともなればそうも行くまい」

「沙乃たち、油小路では1回負けてるし」

「今回も正々堂々と戦うだけだぜ」

 待ち伏せは正々堂々とは言わないのだが、永倉の頭からはそんな事は抜け落ちてるらしい。

「そっか、そうだね」

 戦うことが武士の務めである。武士足る者、戦いから逃げてはならない。新たに戦いの決意を固める新選組だった。




 12月21日。京の薩摩軍が伏見に進出して来た。薩摩軍の本陣は龍雲寺眼下の御香宮ごこうのみや。伏見奉行所とは目と鼻の先だ。
 そして薩摩軍第2砲隊長の大山弥助(※後に日露戦争で活躍する大山巌元帥)が龍雲寺にやって来た。以前、京の薩摩藩邸で会った事がある。今日は黒の軍服に頭に黒熊こぐまを乗せている。戦場では的になるような物だと思うのだが、薩摩隼人の考える事はよく分からない。ちなみに俺たち新撰組は、筒袖洋袴の軍服の上に浅葱色に袖口を白のダンダラ模様に染め抜いた新撰組の羽織を羽織り、頭は鉄板仕込みの陣笠である。

「こん場所は、おいたちの陣でごわす。早々に立ち退いてたもんせ」

『ここは我々の陣地だから立ち退いて欲しい』
 頭の中で薩摩弁を翻訳して、それから答えるため数秒の間があく。衛星通信みたいだ。

「じゃっどん(=しかし)、俺たち、いや、おいたちが先に・・・えーと・・・」

「島田さぁ、無理して薩摩言葉にせんでも通じもす」

 そういえば、この大山さんは江戸で砲術を学んだという話だった。だからこちらの言う事は分かるのか。

「俺たちが先に着陣してるんですよ」

「じゃっどん、西郷さぁの命令でごわんど」

「でも俺たち薩摩軍じゃないしー」

「早々に立ち退いてもらいたか」

“聞く耳なしかい!”

「じゃあ、うちの局長を説得して下さい。そしたら動きます」

 カモちゃんさんが、ふらふらとやって来るのが俺の視野に映った。またいつものように酔っ払っているらしい。酔っ払ったカモちゃんさんを説得できるものではない。

「島田さぁが隊長じゃなかとか?」

「俺は副長で、局長はあのカモミール・芹沢です」

 カモちゃんさんの方を振り返りながら彼女を紹介する俺。

「げっ! あんお人は、西郷さぁの!」

 どうやら大山さんもカモちゃんさんを知ってたらしい。つくづく、顔の広い人だ。

「やっほ〜☆」 俺の声にカモちゃんさんが気付いた。

「どうしたの? 島田くん」

「薩摩の大山さんが俺たちに立ち退けと」

「え”〜っ! だって先にここに目をつけたのあたしたちじゃん!
 戦場が一望できる特等席なんだから譲らないわよ」

 ここを選んだのは、そういう理由だったのか・・・。

「じゃっどん、西郷さぁの命令が・・・・」

「ヤダッったらヤダッ!」 出た! 無敵のわがまま!

「おいたちと一戦交えもすか?」

 大山さんが凄味を利かせて来る。薩摩の軍人が凄むと迫力がある。というか、大山さんの顔が恐い。

「阿部くん! 砲戦用意! 目標、前方薩摩軍本陣、御香宮ごこうのみや!」

 突然カモちゃんさんが背後の松林に隠されたアームストロング砲台に向かって叫んだ。

「了解であります! 目標、御香宮! 装填よし! 照準よし!」

「砲撃準備よろし!」

 あーむすとろんぐカモちゃん砲に着いた阿部君が叫び返して来る。

「こら待て! 阿部君、撃つな!」

 俺は慌てた。きっとこの2人は大砲を撃ちたいだけだ。そうに違いない。

「了解、待機するであります」 阿部君の残念そうな声が返って来る。

「カモちゃんさん、無茶しないで下さいよ」

「えー、だって喧嘩を売ってきたのは大山くんじゃない。だから撃ち返す〜」

「島田さぁ?」

 この突然のカモちゃんさんたちの行動に大山さんも青ざめている。

「ねえ、島田くん、1発だけ撃っちゃダメかなあ?」

「駄目です! 薩摩藩77万石と戦争する気ですか!」

「どーせ、遅かれ早かれ始まるんだから、景気づけに撃とうよお。
 伏見に来てから1発も撃ってないんだよ」

「京で毎日のように撃ってたのが変なんです!」

「あ〜、撃ちたいよ〜。撃ちたいよ〜」

 カモちゃんさんがジタバタと駄々をねる。

「島田副長、砲撃してよいでありますか?」

 阿部君まで撃ちたくでうずうずしてるような声で訊いて来る。

「不許可!」 俺は再び叫び返す。

「こ、これだから大砲屋は・・・・」

「おいも大砲屋でごわんど」

「あ、そうでした。大山さんも時々撃ちたくなりますか?」

 俺の問に大山さんは考え込む。“考えるなよ!”
 どうやら大砲屋という人種は、とにかく大砲を撃てれば幸せらしい。

「目標はどこでもいいからさあ、じゃあ伏見奉行所でもいい〜」

 これには大山さんが血相を変えた。薩摩軍側(薩摩軍にとって新撰組は薩摩側と受け取られているらしい)が先に手を出しては戦の名分が立たなくなるからだ。それは正義の戦争でなくなる。あくまで京に攻め込んで来た幕府軍を薩摩軍が迎撃したという形にしなければならないのだ。

「わ、分かりもした。ここは一旦、退きもうそ」

 やはりカモちゃんさんを説得の前面に出して正解だった。この不条理さには何人たりとも逆らえるものではない。

「じゃあ、撃っていい?」 とカモちゃんさん。もはや何の脈絡もない。

「駄目です!」

「ふむ。話は聞かせてもらったよ。
 ここは大山さんの顔を立てて、龍雲寺に薩摩軍の旗を立てたらどうだろう?」

 山南さんが母屋から出てきた。表で騒いでいたからだろう。

「大人の解決法だなあ」

「そ、そいは、ありがたか」

「じゃあ、後で薩摩軍の旗を届けて下さい」

「わかりもした」

 こうして龍雲寺の旗竿には丸に十文字の薩摩の旗がひるがえったのだった。




 一方、伏見奉行所でも龍雲寺に薩摩軍旗が揚がった事に気付いていた。

「ふむ、島田の奴もついに旗色を定めたか」

 奉行所の物見櫓ものみやぐら遠眼鏡とおめがね(※望遠鏡)を構える土方。龍雲寺の旗竿には白地に黒の『丸に十文字』を染め抜いた薩摩軍の旗が翻っている。
 見張りの隊士に遠眼鏡を預けると、下に降りる。

「トシちゃん・・・・」 下では近藤が待っていた。

「島田が薩摩側についたぞ」

「そっか、カーモさんたちと戦わなくちゃならないんだね」

「まだいくさが始まったわけではないが、あの場所はやっかいだ。
 山にある龍雲寺からは、こちらが丸見えだからな。
 もし、あの場所から芹沢さんの新型砲を撃ち込まれたらひとたまりもないぞ」

 油小路の変で、アームストロング砲の恐ろしさは身に染みている。一撃で建物を崩壊させる威力を持った実に恐るべき大砲なのだ。しかも射程が長く、狙いが正確で、連射が効くというやっかいな性質を持ってる事も分かっている。

「でもここから龍雲寺まで10町(=約1km)ぐらいあるよ」

 普通の大砲はそんなに遠くは届かない。長崎や薩摩に据えてあった要塞砲と呼ばれる巨大な24ポンド砲あたりなら射程は2800mもある。だが、要塞砲は重すぎて簡単には移動できない。通常、野戦で使用する移動式の大砲はもっと小型の4ポンドとか6ポンドとかの大砲である。カモミール・芹沢が使っていた初代カモちゃん砲は、自走式・自動照準・自動装填・連射可能という不条理な大砲だったが、それでも元が青銅製のポンペン砲を改造した物なので射程はせいぜい100m。威力も焼いた鉄の弾をドカドカ撃ってようやく蔵が壊れた程度である。蛤御門の変の時、土方が会津藩から強引に借りた大砲は韮山にらやま砲だったが、これは前装式の青銅製大砲で幕府の制式大砲だった。長榴弾(炸裂弾)を使用出来るので威力こそポンペン砲に勝るものの、照準をつけるのが難しく、1発撃つのにすごく時間がかかった。射程も700mぐらいである。新選組が所有した大砲は過去にこの2門だけなので近藤が『1km離れてるから安全』と判断したのはあながち間違ってはいない。

「誰か斎藤を呼んで来い! 我々は局長室に居る」

 と、土方は手近な隊士に命じ、2人は奉行所の中に入った。



 局長室でお茶をしていると、ほどなく斎藤がやって来た。

「お呼びですか、副長」

「島田たちが薩摩側についたぞ」

「えっ!」

「今朝薩摩の旗が龍雲寺に揚がった」

「そう・・・ですか」 斎藤は絶句する。

「そこで斎藤に尋ねるが、油小路で我々を砲撃した大砲は龍雲寺に据えてあるのか?」

「はい。あーむすとろんぐカモちゃん砲は、龍雲寺裏手の松林の中に砲台が築かれてます」

「あの大砲、油小路では、やけに遠くから撃ってきていたが?」

「芹沢さんによると射程は最大で約1里(=約3.9km)とのことです」

「1里だと!」 土方は驚愕した。

 会津藩と新選組が持ってる幕府制式の韮山にらやま砲の5倍以上もある。

「龍雲寺から伏見奉行所まではカーモさんの大砲の射程内だね」

「やっかいな!」

「でも大丈夫だよ」 自信たっぷりに答える近藤。

「その根拠を聞いてもいいか?」

「だってあたしがここにいるもん☆」

「・・・・は?」

「島田くんは何か事情があって薩摩藩の旗を揚げたんだよ。
 心の底ではあたしの味方だよ」

 自信たっぷりに答える近藤。

「すばらしい自信だな」

「えへへ」

“確かに島田個人はそうなのかもしれないが、組織とはそういう物ではない。状況によっては芹沢さんの大砲が伏見奉行所を砲撃する可能性もある。芹沢さんの大砲を封じるにはどうすればいいか・・・。林権助老人(会津藩大砲奉行)や大林兵庫(阿部十郎の後任の砲術師範。大砲の腕は今一つらしい)にでも相談してみるか”

「あの、僕が島田の真意を探って来ましょうか?」

「何?」

「近藤局長のお手紙を持って行けば、すんなり戻れると思うんですけど」

「それは名案だな」

「あ、じゃあ、さっそくお手紙を書くね☆」

「ラブラブな奴を書いてやれ」

 近藤が島田を籠絡し続ける限り、高台寺党が敵に回る確率が減るのは事実だ。

「もう、トシちゃんったら」

「では、斎藤、再び間者の任務を頼む」

「分かりました」


 こうして慶応3年は暮れて行った。

(中編へと続く)


(あとがき)
 ずーっと書きたくてたまらなかった鳥羽伏見です。でもいきなり戦場のシーンから書くわけにはいかないので、前編を慶応3年の年末までとして、背景説明をし、後編を慶応4年の正月からとします。鳥羽伏見の戦いは1月3日から勃発するのさ〜。正月から戦争していたのだな。はた迷惑な話だ。
 島田達新撰組の面々は、龍雲寺に着陣しますが、本物の歴史では、ここに薩摩軍が大砲を据えました。司馬遼太郎はこの龍雲寺高地に大山弥助を登場させてるのでアレンジしてみました。本当は龍雲寺には最初井伊彦根藩の陣地があったのですが、薩摩軍に明け渡してます(『燃えよ剣(下巻)』より)。本作品でも同様のプロセスを取り大山弥助が龍雲寺を薩摩軍の砲台にするために出向きましたが、島田は龍雲寺を明け渡しませんでした。これはおそらくせっかく陣地にしたのにまた引っ越すのが面倒だっただけで、戦略的な意味はあんまり考えてなかったんじゃないかと思います。
 冒頭の幕末うんぬんの話ですが、慶応3年の10月15日に大政奉還が行われ江戸時代が終わり、翌年の慶応4年の9月8日に元号が『明治』と改められましたので、じゃあ、その間は何時代なんだ? と、ふと思ったのです。大政奉還後明治までの間は『幕末』じゃないよなあ?
 ラストで名前だけ出てくる大林兵庫は『新選組血風録』(司馬遼太郎 著)の中の一遍『四斤山砲』の登場人物で、阿部十郎を高台寺党に走らせた張本人です。が、この作品は司馬遼太郎による完全な創作であり、大林兵庫なる隊士は存在しません。ですが近藤勇子EXでは阿部十郎が島田の新撰組の方に行ってしまったので、新選組の方にも大砲係が欲しかった為、大林兵庫を出しました。
 また、『新撰組顛末記』(永倉新八 著)によると、伏見の戦いで新選組が使ったのは、伏見奉行所に元からあった大砲らしいです。ということは韮山砲の可能性が高いな。新選組が西本願寺の境内で大砲の訓練をしてた時に使ってたのは会津藩から借りた2門の大砲なので、これも韮山砲だと思われます。
 高麗人参:大河ドラマ『新選組!』で、新選組が京都から撤退するとき、肺結核で倒れた沖田総司の為に、斎藤や近藤・土方が高麗人参を買って来ます。のでちょこっとだけそのシーンを出してみました。

(付録)
 この作品で登場する大砲に関する考察


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