行殺(はぁと)新選組 りふれっしゅ

『白い日、赤く染まる(若竹版)』


(この作品はネィプルオレンヂ様の『二一四鬼譚』の続編っぽい作品です。また、『白い日赤く染まる』はネィプルオレンヂ様が旧投稿SS・BBSに投稿されたSSと同じタイトルです(※現在ネイプル書庫で公開中)
 この点に関してはネィプルオレンヂ様の許可をいただいております)


島田誠。
 容姿:人並。
 剣術:程々。
 性格:普通。
全てにおいて可もなし不可もなしのつまらない男だ。

最初は近藤の近習だったはずなのだが、いつの頃からか監察方の仕事をやり始め、
いつの間にか、私の片腕になっている。

いや、片腕は言い過ぎか。せいぜい指2本ぐらいだな。

大した男ではない。どちらかと言えば小物だ。

だが、何だ? 気が晴れぬ。

これも島田の奴が仕事ができないからだ。

ふむ、やはりこの所の気鬱の原因は、島田か。

2、3発あいつを殴ったら、気が晴れるだろう。

「島田ー!!!」 呼び付ける。3秒以内に来なかったら切腹だ。

1、2、3。・・・・返事がない。仕方ない。こちらから探しに行ってやるか。
ありがたく思えよ。



 島田が居た。参謀の伊東甲子が一緒だ。なごやかに談笑している。
何だ、あの笑顔は。島田があんなに爽やかに笑うのか。
私の前では笑顔一つ見せぬものを! 伊東の前ではあんなに笑うのか・・・・。


 ズキン・・・・。

 何だ、今のは?

 そうか、怒りだな。島田の馬鹿が! 伊東の如き奸物に騙されおって!


「島田ァッ!」

「あ、土方さん」

「何を油を売っているか! 例の報告書はどうした!」

「あ、あれは、えーと。提出期限はもうちょっと先では?」

「馬鹿者! そのような悠長な事で新選組監察が勤まるか!」

「おやおや、いきなり現われた思うたら、仕事の話とは、また無粋な。
 うちと島田はんは今、大事なお話の最中や。なあ、島田はん」

 従容と微笑み、土方に見せつけるように自らの身体を島田に押し付ける伊東。ちょうど島田の腕が伊東の胸元にふよっと当たった。島田の顔がとろける。
 プチッ。土方の中で何かがキレた。

「この馬鹿者がぁ!」 土方渾身の『ぐー』が島田の顔面に決まる。

「ぐはぁっ!」 島田は音を立てて吹っ飛んだ。

「おやおや、乱暴な副長はんやね。そないな短気で局をまとめ切れるのやろか?」

「伊東、いい気になるなよ。・・・・島田は私の物だ!」

 伊東がポカンとする。

 その顔を見て、自分が何を口走ったのか初めて気付いて狼狽する土方。

「ち、違う。今のはそういう意味じゃない!」

「なるほど、うちと島田はんが、ええことしてたからやきもちを焼いてはったんやね」

「そうではない。 私は、新選組副長として・・・・その・・・・」

 伊東の口元にニヤニヤした笑いが広がる。

「し、島田を通して監察の秘密を探ろうとしても無駄だからな、伊東!」

「おや? 監察部には、何か秘密があるのやろか? 聞きたいわあ」

「う・・・・うるさい!」

“このままでは伊東の術策に嵌まるばかりだ”

 内心の焦りを隠すようにドスドスと廊下の板張りを踏み、その場を立ち去る土方だった。




「ふう・・・・」

 土方は火鉢の前に座って、丹念に餅を焼いていた。炭火を吹き、火の具合を小まめに調整する。炭を吹くと、瞬間真っ赤な火花がパッと散り、黒い炭の輪郭がほのかに赤くなる。金網の上の餅を引っ繰り返す。まんべんなく熱を加え、丹精に焼き上げる。

 こうしていると気が休まる。

 なぜ、あのとき私は島田を殴ったのだ?

 『島田は私の物だ!』 自分の声が耳の奥に残っている。思わず顔が赤くなってしまう。

 馬鹿な事を言ったものだ。島田は自分直属の部下だ。そう言いたかったのだ。別に島田が恋しいとかそういうのじゃない。

“恋しいだと?”自分で思った言葉に慌てる。

 馬鹿馬鹿しい。なぜこの私が島田の如き小物に懸想せねばならないのだ。単に島田の不甲斐なさが許せなかっただけだ。伊東は要注意人物であるものを、下種な色仕掛けに騙されおって、馬鹿者が!

「トシちゃん、お餅焼いてるの?」

 近藤の声がした。考えに没頭して入って来たのに気付かなかったらしい。

“もち・・・やきもち!?”

「馬鹿な! 私は伊東にやきもちなど焼いていない!」

「でも、お餅を焼いてるんだよね」

 近藤が、火鉢の上の餅を指さす。こんがりとおいしそうに膨らんでいる。

「う、まあ、そうだが・・・・」

 近藤の言葉を“やきもち”と聞き間違えてしまった。まったく、どうかしている。

「トシちゃん、好きな人がいるの?」

「な、な、何を言い出すのだ、近藤」

「島田くん?」

 普段はぼーっとしている癖に、妙な所だけ鋭い奴だ。

「なぜ私が島田を好きにならねばならないのだ!」

「違うの?」

「当たり前だ!」

「じゃあ、島田くんを甲子ちゃん付きにしてもいいかな?」

「なにっ!」

「甲子ちゃんが、島田くんを近習に欲しいんだって」

「駄目だ!」

「どうして?」

「そ・・・・それは、そう、島田は監察として隊の重要な情報を握っている。
 監察から外すわけにはいかない」

「トシちゃん、島田くんにチョコレートをあげたんでしょ?」

 近藤が突然話題を変える。

「ふん。単なる貰い物をくれてやったに過ぎん」

「でもバレンタインの日だったんだよね?」

「どうして近藤がそれを!!」

「けーこちゃん様から聞いたの。2月14日のバレンタインの日に、
 愛しい殿方にチョコレートを贈るとラブラブになれるって」

“おのれ、会津公、余計な事を!”(※注:土方は戊辰戦争の際、会津藩を見捨てる)

「近藤、それ以上しゃべったら、いくらお前でも斬る!」

 兼定に手をかける。

「でね、今日の3月14日はホワイト・デーだから、
 男の人が飴やマシュマロなんかの白い物を愛しい女性に贈るんだよ☆」

「・・・・初耳だぞ。それは」

「甲子ちゃんって、西洋の風習にも詳しいんだよ」


 はっ! しまった! 島田を殴ってしまったぞ。
 そうか、伊東の狙いは私に島田を殴らせる事にあったのだ。
 そうすれば、島田が私に飴を持って来ることなどあり得ない。
 何という策士・・・・。

 土方はまんまと伊東の策に乗ってしまった自分の迂闊さを呪った。

 うーん。うーん。


「トシちゃん、がんばってね」

 そう言って近藤が退室したのにも気付いてなかった。火鉢の上では餅が焦げていた。




 夜になった。3月14日はもうすぐ終わる。土方は悶々として室内で苦悩していた。

「あーのー、副長はおいででしょうか?」

 島田の声だ。

「入れ」

 いつもと変わらぬ風を装い、努めて平静に土方は言った。

「はっ」

 島田が入って来る。顔にアザができている。よっぽど強く殴られたらしい(殴ったのは自分だが)。

「さきほどは済まなかったな。ついカッとなってしまった」

「いえ、それはいつもの事ですから」

“いつもの事ではないだろー!”

 心の中でツッコミを入れる土方。『ぐー』を出したいのを必死でこらえる。

「それで一体何の用だ?」

「はい。土方さんにこれを」

 豆腐・・・・。島田が差し出したのは、ナベに入った豆腐だ。

「豆腐だな。これがどうした?」

「いえ、今日は3月14日ですから」

「3月14日・・・・」

 土方の顔がボンッと赤面する。『3月14日はホワイト・デーだから、男の人が飴やマシュマロなんかの白い物を愛しい女性に贈るんだよ☆』近藤の声が脳裏に蘇る。
 なぜ飴やマシュマロじゃなくて、豆腐なのかが疑問だが、白い事に変わりはない。

「山南さんに聞いたんですが、3月14日のほわいとでーには、
 女性に白い下着を贈るとの事で・・・・」

“山南・・・またデタラメな事を・・・いつか斬る!”(※注:山南は後に粛正される)

 島田が山南の言葉通り下着を持って来たら、その場で島田を斬ってた所だ。

「んで、買いに行ったら、変態と間違われて、番屋に連行されまして」

“馬鹿だな。こいつは”

「で、どうしたもんか、伊東参謀に相談していた時に、土方さんから殴られました」

“そうか、島田は私のことで伊東に相談していたのか”

「で伊東参謀から『江戸っ子は見えないところに贅を凝らすんや。
 土方はんも下着は結構ハデやで。黒とか紫とかヒョウ柄とかそういうんじゃないとあきまへん』
 と忠告されまして。でも『ほわいとでー』というぐらいだから白じゃないといけないだろうし、
 土方さんは派手好みらしいし」

“あのアマ、絶対殺す!”

 ゴゴゴゴっと音を立てて怒りの炎が燃え上がる(※注:伊東は後に、以下略)。

「で、白いものを色々と考えた結果、豆腐に行き当たりました」

“そこでどうして豆腐になるのか・・・・島田らしいと言えば島田らしいが”

「飴とかマシュマロとか思いつかなかったのか?」 一応聞いてみる。

「・・・・・ああっ!!」 思いつかなかったようだ。

「ふん。島田らしいな。豆腐でこの私が喜ぶとでも思ったのか」

「えーと、じゃあ引っ込めます」

 島田がそのまま立ち去ろうとするので、慌てて止める。

「馬鹿者! 一度もらったからには私の物だ。夜食に丁度いい。食べるぞ」

「はい」

「ぼさっと突っ立ってないで、醤油と薬味を持って来い!」

「はい! ただいま」


 ふん。全く、気の回らない奴だ。これだから島田は・・・・。

 私がしっかり監督しなければ。



 翌朝。朝礼での様子がおかしかった。何やらひそひそ話が絶えない。
さらに土方が通ると、そこここでひそひそ話し声が聞こえる。

“なんなんだ、一体”

「トシさん、不義密通は士道不覚悟で切腹じゃないの?」

 沙乃と永倉の2人組だ。

「もちろん。不義密通は切腹だ」

「じゃあ、トシさんも切腹すんの?」

「何で私が切腹なのだ!」

「でも昨夜島田と・・・・」

「そ、その話をどこで聞いた!」

「伊東さんがしゃべってたんだけど」

“おのれ伊東!!!”

「それにへーも昨夜きのう、島田がトシさんの部屋に入るのを見たって言ってるし」

“まずい、何とか言い逃れなければ・・・・”

「島田は昨日、私に豆腐を持って来てくれたのだ」

「お豆腐?」

「何でまた?」

「あー、やっぱり島田くんはトシちゃんに白い物をプレゼントしたんだね☆」

 ひょっこりと近藤が現われる。

「あ、ゆーちゃん」

「ゆーこさんどういう事なの?」

「あのね、あのね、西洋では3月14日のホワイト・デーには、
 男の人が愛しい女の人に白い物をプレゼントする習慣があるんだよ☆」

「と、いうことは」

「正々堂々だから不義密通じゃないのね」

“なんか微妙に違う気がするが・・・・”

「あーあ、島田くんはトシちゃんで決まりかあ」

「な、何を言う、近藤。 島田は単に豆腐をだなあ」

「わざわざ夜に?」

「時間がたまたま夜だっただけで、決してやましいことなど」

「トシさん顔が真っ赤だぜ」

「こ、これは酒を飲んだからで」

「昼間からの飲酒は切腹ぅ〜☆」

「いや、石田散薬を飲んだから」

 石田散薬は土方家に伝わる打ち身・骨折の妙薬である。熱燗で一気のみするのである。

「そんなに激しかったんだ」 近藤が顔を赤らめる。

「トシさんやるなあ」

「違う〜。これは単に寝違えたからで」

「2人で?」

「だから〜!」


 からかわれているとも知らず、真っ赤になって言い訳を続ける土方。
こうして新選組の鬼は、この日に限って一日中赤鬼だったのだった。

白き日に 赤く染まるは 恋の花    (by 若竹)

(おしまい)


(おまけのSS)
【島田】 山南さん、ホワイト・デーって何ですか?
【山南】 うむ。バレンタインにチョコを貰った男がお返しに白い物を贈るんだ。
【島田】 贈らないとどうなるんです?
【山南】 呪われる。
【島田】 ええっ!
【山南】 血のバレンタインと言って、ホワイトデーにお返しをしないと
     それはもう、恐ろしい目に会うんだ。
【土方】 こら、山南! またもっともらしいウソをつくんじゃない!
【近藤】 でも、あながち間違ってないよね。
【永倉】 女を怒らせると恐いからなあ。
【土方】 今宵の兼定は血に飢えて・・・・
【島田】 ひいいいいい。


(あとがき)
 ネィプルオレンヂ様に許可をいただいて、『二一四鬼譚』の続編の様な作品を書きました。
 細部が違っているのは、『二一四鬼譚』では、カモちゃんさんが登場しますが、私の作品では伊東甲子が登場しますので、ちょいと時間が違いますが、違和感なく読めるんじゃないかと。
 タイトルその物も、昨年のホワイトデーにネィプルオレンヂ様が書かれた『白い日赤く染まる』です。ネィプルオレンヂ様は白い日を血で赤く染めましたが、私は不器用な恋心に染めさせてみました。
 ただ、ネィプルオレンヂ様の『白い日赤く染まる』では、カモちゃん仮面の「一つ! 人よりナイスバディ!」が一番好きですね。ぜひご一読下さい。(ネイプル書庫内に掲載中)


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