行殺(はぁと)新選組 りふれっしゅ
『島田脱走顛末』
今日は2月14日。俗に言うバレンタインデーだ。このところ世間もキンノーも静かなものだ。私も
「島田が脱走しただと!」
思わず叫んでしまった。屯所で近藤とお茶を飲んでいた所、原田たち副長助勤の連中が報告に来たのだ。その内容に危うくお茶を噴く所だった。
「山南の間違いではないのか?」
「山南さんなら祇園に出かけてるわよ」 こう答えるのは原田沙乃だ。
「明里さんっていうお馴染みさんができたんだよね☆」 と近藤。
「でもトシさん、何で山南さんが脱走するんですか?」 そーじの眼鏡が光った。
「ぎ、ギクッ。 いや、別に深い意味はないのだ。ははははは・・・」
笑って誤魔化すが、勘の鋭いそーじの事だ。何か感づかれたかもしれない。例の計画は前倒しした方が良いかもしれん・・・・(※山南敬助は2月23日に謎の脱走を遂げ、大津で沖田鈴音に捕まり、その翌日切腹を命じられる)
「ところで、沙乃ちゃん。島田くんが脱走したってどういう事?」 近藤が話を元に戻す。
「置き手紙があったのよ」 そう言って原田は封書を取り出した。
私は原田から手紙を受け取り、中身を開いた。
『田舎に帰ります。探さないで下さい』
「何だ、これは!」
「丸っきり子供の家出よね」
「こんな書き置きでは、意味が分からん」
「実は・・・・」 何か事情を知ってそうな斎藤が言葉を濁す。
「はっきり言え」
「島田はチョコを貰えなかったみたいなんです」
「・・・・」 斎藤の言葉を理解するまで一瞬の
「馬鹿な、そんなつまらん理由で脱走されてたまるか!
島田以外にもチョコを貰えない男なぞウチにはたくさんいるだろうが!」
「ぼ、僕はたくさん貰いました」
見ると、斎藤は懐にたくさんの包みを入れている。
「お、斎藤、チョコたくさん持ってんじゃん。一つアタイにくれよ」
「駄目ですよ、これは女の子たちから・・・」
「もらったー」
永倉が斎藤からチョコを奪って走り去る。こいつはこいつで何をやってるんだか。
「山南とか」
「山南さんって、祇園のお姉さん達に人気があるんだよ」 こう答えるのは近藤だ。
「・・・・おやっさんとか」
「井上のおじさまにはいつもお世話になってるから」 と近藤。
「そーよね。普段のお礼に沙乃もあげたわよ」 と原田。
「わたしもー」 同じく藤堂。
「義理チョコか」
「すると島田は義理チョコすらもらえなかったのか?」
「沙乃はあげてないわよ」 と原田。
「あたしもー」 と近藤。
「わたしもー」 と藤堂。
「そーじは?」
「ごほごほごほ」 返事の代わりに
「おまちとかいう酔狂な町娘がいたろう」
「ごほ。おまちちゃんは行方不明みたいです」
ふむ、すると誰も島田に義理チョコすら渡していない事になる。これは私にとっては好都合だが、脱走するなぞ、島田の馬鹿者め。
「すると島田は誰からもチョコを貰えなかったのを苦に脱走したのか・・・」
「きっと屯所に居づらかったんだよ」 と近藤。
「まったく・・・・そーじ! 島田を連れ戻して来い!」
「でも脱走は切腹だよね?」 不安げな顔で近藤が尋ねる。
「当然だ」
「あたし、行きたくないです」
「命令だ。そーじが行け」
こういう探索には勘の働くそーじが向いている。
「・・・・分かりました」
そーじはもたもたと準備を始める。
「必ず島田を見つけて来いよ」
「・・・見つからなかったら、あたしが切腹ですか?」
「いや、地下室に直行だ」
「・・・善処します」
「うむ」
そーじは新選組で一番足の速い馬に乗ってぱかぱかと島田の捜索に出掛けていった。
大津。琵琶湖の
男が一人、琵琶湖の
「海のばかやろー」 島田は
「湖です」 島田の背後から小さな声が訂正する。
島田が振り返ると、そこには沖田鈴音がいた。
「おおう」
「おおう。じゃないです」
沖田は琵琶湖で島田に追いついた。島田は船に乗る金など持ち合わせていないので、陸路を行くだろうという土方の予想は当たっていた。だが、まだこんな所にいるとは・・・。
「島田さん、何でまだこんなトコにいるんですか!」
「逃げるのに疲れたから・・・かな?」 島田は精一杯の格好をつけてみるものの、
「早すぎます!」 言下に否定されてしまった。
京の三条大橋から大津までわずか11km。マラソンよりもはるかに距離が短い。島田の出発した時刻から逆算しても、大津は既に通過していなければならない場所なのに、まだ大津にいるということは、ものすごくのんびり旅したか(脱走なのでそうは考えられない。大津を過ぎれば逃げる確率が飛躍的に高まるのだ)、あるいは大津で止まっていたかのどちらかだ。そんな距離で逃げるのに疲れたと言われても言われた方が困ってしまう。
「よし、そーじ。2人で遠くに逃げよう」 駆け落ちを持ちかける島田だが、
「いやです」 やはり言下に否定されてしまう。
「シクシク。そんな、瞬間に否定しなくても・・・」
「島田さんには脱走の
「見逃してくれないか?」
「駄目です。島田さんが見つからなかったら、あたしが地下室直行なんですよ」
「土方さんの地下室は恐いからなあ・・・三十六計!」
ダッシュで逃げようとする島田だが、あっさりと沖田に回り込まれた。抜刀した切先が喉元に当てられる。
「あたしからは逃げられません。どうせ島田さんは屯所に戻ったら切腹なんだから、今ここで斬って、首だけ持って帰っても
「で、でっど、おあ、あらいぶ」 生死を問わずというわけだ。
沖田がコクリと
「わ、分かりました」
島田は
島田とそーじが屯所に戻って来た時には既に日が落ち、夜になっていた。八木家の門には
「ご苦労だった、そーじ」
「いえ、大津で島田さんに追いつきましたから」
大津とは・・・また、根性のない事だ。島田らしいといえば島田らしいが。
「島田。この馬鹿者が!」
私の怒声に島田がビクッと肩を震わせる。
「トシちゃん・・・・」 近藤はオロオロしている。
「脱走は切腹だからなあ」
「そーじも見逃してやればいいのに・・・・」
「でもトシさんの地下室は切腹よりも恐いよ」
「まあ、それは確かに」
部屋の隅の方で永倉と原田と藤堂がひそひそと話しているのが聞こえる。
「島田、チョコレートを1個ももらえなかったそうだな」
「ぐはあっ」 島田がのけ反る。どうやら痛い所を突いたらしい。
「そんな男に生きる価値はないな」
「ううっ」
「と、トシちゃん、そんなにはっきり言わなくても」 と、近藤。フォローになってないぞ。
「ほら」
私は島田に包みを一つ差し出した。
島田は黙って受け取る。
「これは?」
「チョコレートだ。舶来物で高いぞ」
「土方さん?」
「ふん。この人手不足の折に、そんな馬鹿な理由で脱走されては
私は顔を背けながら言った。
「これで島田が脱走する理由がなくなったな」
「じゃあ、トシちゃん」 近藤が顔を輝かせる。
「島田の置き手紙にはどこにも『脱走する』とは書いてないからな」
「トシさんのチョコ、ひょっとして本命チョコかしら?」
「まさか、なあ?」
「でも
「え〜、男の趣味悪いなあ」
原田、永倉、藤堂の3人がひそひそ言ってるのが聞こえる。何というひどい言われようだろう。あの3人は後で地下室だ。
「トシさん、顔真っ赤だぜ」
“!!”
「そっかー、本命だったんだー」
“ば、馬鹿者! 島田に聞こえるではないか!”
「土方さん、これって本命チョコですか?」
「な、馬鹿な事をいうな! 義理に決まってるではないか」
「でもトシさん、誰にもチョコをあげてないよね?」
「舶来の高級品って言ってたよな?」
「やっぱり本命よね」
ああ、部屋の隅から浴びせられる視線が痛い。島田もそういう目で見るんじゃない!
「そ、そういうわけで、一件落着で解散!」
その場に居難くなった私は、そそくさと自室に戻った。
「島田、そのチョコ」 永倉が島田に近寄る。奪う気だ。(※舶来の高級品だからねえ)
奪われては大変と、島田は目にも留まらぬ早さで銀紙を剥き、チョコを口の中に入れた。
「・・・・ほろ苦い」
「大人だね〜」 藤堂が締めくくる。
甘く苦い、恋の始まりだった。
(おしまい)
(あとがき)
行殺バレンタインの4作目です。この土方×島田パターンだけど、『白き日赤く染まる(若竹版)』と似てる気がします。書いた本人が言うのもなんだけど。これ沙乃×島田で書いた方が『白き日赤く染まる』と被らなかったかもしれません。
新選組の年表を見てたら、山南の脱走・切腹が2月24日なので、山南切腹イベントと被せて見ました。
島田は田舎に帰ろうとするのに、江戸に帰るのは変なのですが、山南切腹イベントに被せたので、そうなってます。島田が江戸出身じゃないのは、行殺のへーちゃんイベントでも明らかで、島田魁の出身は大垣藩(岐阜県)なので、島田誠の出身も同じ辺りなのだろうなあ。とは思いつつも、この作品では島田は江戸に向かってます・・・・あ! 大津で捕まったから、東海道に向かってたのかもしれないじゃん! 結果オーライ。
はっ! 今考えたら、バレンタインにチョコをもらえなかったのを苦に、10日後、山南が脱走切腹という新説を打ち立てた方が面白かったのでは! ・・・でもそれだとバレンタインSSにならないなあ。 うーむ、プロットを練って書き直す時間は、もうないな。来年まで覚えてたら来年のバレンタインSSにしよう。