第七章 友の死
お昼から少しずつ降っていた雨は、やはり、夕方になると豪雨と化した。ここ数日、京では雨が多い。この季節では珍しい事である。それがなぜかは分からないが。
「ふうん…なるほどね」
島田たちの話を聞いて、芹沢はそう呟いた。
「何か心当たりが?」
「うーん」
難しい顔をして、芹沢は腕を組む。考えているのだろうと思い、島田は更に話を続けた。
「殺す事が目的ではない、という事は予測がついたんですが、その後が分からないんですよ。男女を集めて何をするのか」
「男女がする事?」
人差し指を口に咥えて芹沢が言う。芹沢は指を咥えたまま、むむむ、と難しい顔をしていたが、急に立ち上がると、
「…えっちしかないでしょう!」
そう、拳を振り上げて叫ぶ。
「はぁ!?」
思わず島田が変な声をあげた。
数秒の沈黙。お笑い芸人が、取って置きのギャグをを言ったがウケなかったような、そんな嫌な雰囲気になった。しかし、芹沢はどうやら冗談で言っている感じではない。そんな中、斎藤が一人「まてよ…」と呟いた。どうやら、芹沢の言葉からヒントを得たようである。
「芹沢さんの話、一理ありますよ」
「ほら、アタシはいつも正しい」
それを気にせず、斎藤は人差し指をぴっ!と立てて、名探偵のように語りだす。
「もう、ヒントは出ていたんです。…髑髏と、性交。これが、キーワードです」
「髑髏」と「性交」という二つの、まるでつながらないような言葉に、斎藤以外の全員が目を点にする。
(性交、って…直に言い過ぎじゃねえのかな)
頭を掻きながら、島田は斎藤の言葉に心の中で突っ込みを入れてみた。
「真言立川流ですね」
そう、後ろの方で声が聞こえた。斎藤が振り向くと、如月が立っていた。全員が立ち上がって如月を労う。如月はまず、転生した佐々木只三郎を倒した事を語った。
「…でさ、真言立川流ってなんだよ」
全員が座ったところで、新が如月に言う。皆(といっても斎藤と如月以外だが)、当然それが気になって仕方が無いのである。如月は咳払いをして、置いてあるポットからお湯を茶碗に出し、少し飲んでから話し始めた。
「真言立川流というのは…真言宗から出てきた、奇妙な流派なんです」
「なんで奇妙なの?」
その芹沢の疑問に、今度は斎藤が答えた。
「今までの教義と正反対だったからですよ…」
本来ならば、真言立川流を真面目に語るべきなのだろうが、それでは面白くないし、この作品と合わないので、一般的に流布されている「真言立川流」という物を語ろうかと思う。知らない人もいるだろうし。
真言立川流は、真言宗から派生した
南北朝時代には、南朝の僧侶であった
なぜ邪教と言われたのか?それは、教義を知れば一目瞭然である。
理知不二=男女交合との解釈から、「淫欲是道」「煩悩即菩提」として、セックスに於いて快楽を追求することをこそ、即身成仏の菩薩の境地である、という教えを説いた。本来戒律で禁止されている性行や肉食をすすめ、髑髏の前で交合し、和合水(淫水=男性の精液と女性の愛液)を塗った髑髏を本尊として、反魂の術や呪術も行った…という。
しばらく沈黙が続き、雨の音だけが周囲に響いていたが、如月が喋った後で恐る恐る、島田が話し始めた。
「…じゃあ、若い男女が攫われたっていうのは」
「髑髏本尊を作っている可能性がある。誰かを転生させるのか、あるいは、もっと恐ろしい何か…」
斎藤が島田の呟きに答えると、島田が一瞬呆けたような顔をした。島田の目の前に情景が浮かぶ。やはり寺だ。しかも、島田は何度もそこに行った記憶が、深く心に刻み込まれている。懐かしいような、悲しいような、そんな風景が。
…俺にもお誘いがかかったみたいだな。
島田は立ち上がると、「行ってくる」とだけ呟いてから宿を飛び出し、大雨の中、傘を持って駆け出した。それに反応したように斎藤が立ち上がった。
本堂の仏像の前に、髑髏がうずたかく積まれているのを見て、久美は恐怖した。しかも、今まで仏像だと思って注意深くは見なかったそれは、仏像ではない。武装をした女が、狐に乗っているという奇妙な像だ。
魔界衆は、山南敬助を除く四人が地下へ潜り、食事を行っている。久美は別の場所で食事をしようと本堂へやって来たのだが、こんな光景を見ては食事も出来ぬと、元の場所へ引き返そうとした。
「島津様」
背後から声が聞こえたので、久美はぎょっとして振り向いた。見れば、御伽兵部がその場に鎮座している。
「なんじゃ…貴様か」
「島津様のお陰で、このような立派な荼枳尼天を祀る事が出来ました」
そう言うと、御伽は深々と頭を下げた。
確かに久美は、ここに来た最初の日に、御伽にいくらかの金を渡している。出立前に、大田黒らから、ある程度の金が必要だと言われたからだ。当然、国家転覆のための資金であると久美は思っていた。それが、こんなもののために使われているのか。久美は愕然とした。
「こんな物に何の意味があるというのだ」
「ございます。これがなければ、国家転覆は叶いませぬ」
「馬鹿な。ただのまじないではないか」
「まじないによって、転生衆は見事、この世に蘇ったのでございますぞ」
そう言われると、久美は文句が言えない。口をつぐんでしまった。それをいいことに、御伽は次々に語りだした。
「あそこに積まれている髑髏本尊…。あの数が百に達したとき、究極の呪術が完成するのです。完成すれば、帝都東京に恐るべき災いが起きまする」
「恐るべき災い…それは、何だというのだ」
「災いが何かは分かりませぬ。ですが、必ず災いが起こり…東京は大混乱を引き起こす事でございましょう。そうしたところに、大田黒の工作によって全国の不平士族たちが一斉に反乱を起こせば、明治新政府の治世は崩壊致します」
ごくり、と久美は唾を飲み込んだ。まるで信じられない話だ。しかし、転生衆を考えれば、その御伽の言葉も信じられるような気がした。
「…信じてよいのだな」
「もちろんにございます」
そう言われて安心したのか、久美は本堂を立ち去った。久美がいなくなったのを確認してか、兵部の左側の奥にある扉から、藤波が現れる。
「第一の結界が突破され、死人蝙蝠が敗れました」
「…地蜘蛛十郎の守る第二の結界、傀儡隼人の守る第三の結界も突破されよう。しかし、奴らのスピードよりも、髑髏本尊が集まる方が早い」
「は…」
「もう少しで、日本は真言立川流の国となる。髑髏本尊が百個集まったとき、その強大な呪力は日本全国を包み込み…全ての人間は、真言立川流を信ずるようになる。古の時代より言われなき迫害を受けてきた、真言立川流はここで大きな飛翔を遂げるのだ」
くくくくく…と、御伽は含み笑いをした。
藤波は御伽に一礼をしてから本堂を去ると、少し歩いたところで「龍馬」と呟く。少しして、暗闇の中、ひたひた、という音を立てて、裸足で坂本龍馬が歩いてきた。彼は藤波の一歩手前で平伏する。
「すぐ西本願寺へ向かえ。山南が島田誠を倒しに向かった」
「…はっ」
「分かっているな?お前には“鬼髪”を教えた。…山南が怪しいそぶりを見せたら、殺せ」
龍馬の気配が消えると、藤波はゆるゆると口から息を吐いた。
豪雨は、島田が西本願寺に到着すると、不思議な事に止んだ。それどころか雲が晴れ、黄色の見事な月が出てきた。島田は月を睨む。自分は戦いたくも無いのに、既に「舞台」は揃っている、というのが気に喰わなかった。境内に入ると、島田は番傘を捨て、体をゆっくりと動かしながら進んでいく。雨のせいで、体がすっかり冷え切ってしまい、動かすのも難しかったからだ。
本堂の近くに、「百華池」という池がある。その池のほとりに、誰かが立っていた。その人物は、立ち振る舞いで男だと分かるが、じっと池の方向を向いている。島田の足は、その近くで止まった。相手が誰だか分かったからだ。
「…山南さん」
まるで幽鬼のように佇んでいた山南は、その呟きを聞くと島田の方へと振り返る。本当に山南だった事に、島田は全身の毛が逆立つような恐怖を感じた。他のところでも何度も書いているが、死んだと思っている(実際死んだのだが)人物が目の前に居る、という恐怖は、体験した者でなければ分かるまい。
「遅いな、島田君」
飄々とした顔で、山南は呟く。
「…どうして」
「なぜ転生したか、と聞きたいんだね?」
山南は腕を組み、周囲をちらちらと確認する。
「…要するに、僕はあの人生に納得がいかなかったという事だ」
それだけ呟くと、剣を抜いた。
説得が通じない事は分かっていた。島田は剣を抜いて、構える。稽古で山南と立ち会ったことはあるが、真剣での対決は当然のことながら、ない。山南にスキはなかった。動いたらやられる、と思い、そのまま島田は動かずにいた。しかし、なぜか山南は、ゆらり、と体を動かした。妙だな、と島田は思った。こんな風に、わざとスキを作るなんて思いもよらなかったからである。
…誘ってるのか…?
自分が懐に入ったところを斬るつもりか。しかし、このまま動かずにいては何も始まらないような気がした。意を決し、島田は走り、山南へ上から斬りかかった。山南は刀を横にして島田の剣を受ける。鍔迫り合いが続いて、両者は押し合いながら動かなくなった。くそっ、と島田は叫んで、一旦後ろに退いたが、山南は向かって来る。島田は弾かれて、池を背にしたまま倒れてしまった。襲ってくる山南の剣を、島田は無我夢中で受けた。
山南の唇が動いている。
「…島田君。八坂神社の西の山に古寺がある」
それは、聞こえるか聞こえないかの、微妙な声だった。
「な、なんですって…!?」
「黙って聞いてくれ。…敵の本拠地はそこだ」
「…」
「彼らの計画では…政府どころか日本そのものが崩壊してしまう…」
と、山南の体が急に動かなくなった。島田が押さえていた力が急になくなり、山南はそのままうつぶせに倒れる。驚いた島田は後ろへ退いてから、山南を抱き起こそうとすると、山南の首の後ろに、目には見えぬような、細い糸のようなものが突き刺さっていた。
「や、山南さん!」
「分かったね…。島田君。奴らの…そして、歳江さんたちの…暴走を止めてくれ…」
そう呟くと、満足したのだろうか、山南は安らかな表情になった。体は少しずつ風化していって、頭の部分にあった髑髏だけが残った。島田はそのまま、呆然として座り込んでいた。
「根来忍法…鬼髪!」
そう、叫ぶ声が上から聞こえる。どうやら、本堂の上に何者かが隠れていたようである。島田は、涙が流れるのを堪えて、立ち上がると本堂の方を見た。本堂に居た者は、飛び上がって境内に下りる。
「坂本…!」
血走った目で、島田は坂本を睨んだ。坂本は狂ったような笑いを浮かべながら、
「やっぱ、藤波さんの勘が当たったなぁ」
「よくも山南さんをっ…!」
「我々を裏切ったがやき…当然よ。仲間を殺すのはおんしたちのお手の物やろうがよ」
坂本の髪の毛がうねうねと動き、伸びて地中へと入っていく。島田は警戒して後ろへと退いた。
「ふふ…根来忍法・鬼髪。八坂神社でおんしの体を縛ったろうが?鬼髪は、自らの髪の毛を自由自在に操る技。そのまま、じわじわと殺してやるき」
山南を殺したのも、坂本の髪の毛か。島田は唾を飲み込んだ。もともと坂本がこんな技を使うわけがない。まあ、一度死んだような連中だから、何をされても驚かないが…
…確かに手ごわそうだ。
…しかし。なんかかっこ悪いよなあ…。
そう思った瞬間、地面がぐらぐらと揺れたかと思うと、地面から黒い糸が噴出し、島田を一気に包み込んだ。いや、黒い糸ではない。奴の髪の毛だ。その光景を目にして、坂本は狂ったように頭に手を置いて笑う。自分の唾が飛ぼうが構わない。ぞっとするような、薄気味の悪い、いつ終わるとも知れない笑い声だった。
「ふっ…そのまま、内臓を飛び散らせて死ぬがいいぜよ!」
「ぐっ…!」
一気に締め上げられ、島田は思わず声を漏らした。その締め付けは強力で、既に手足の感覚がなくなっている。少しすると周囲の風景がぼやけてきた。ああ、死ぬってのはのはこういうことなんだな…と、わけが分からない悟り方をする。
…ああ…時が見える。
…近藤さん…カモちゃんさん…はっ、これは走馬灯だ…。土方さんも…アラタ…沙乃…そーじ…なんか女の人ばっかりだな…斎藤…ん?斎藤?
幻であるはずの斎藤が、こちらに走ってきている。しかも、「よくも島田を!」と喋っているという事は…?
幻ではなかった。斎藤は、そのまま余裕綽々な坂本の背中を薙ぐ。があっ、と坂本が叫び声をあげると、鬼髪の締め付けが一瞬緩んだ。それを見計らって島田は髪の毛から抜け出し、走り出すと坂本の頭を切り上げた。血飛沫が一気に周囲へと飛び、坂本と島田の体を濡らす。自らの血で濡れた坂本は、最後にまた、狂気じみた笑い声を上げた。
「あははははははは…。根来忍法・血飛沫返し!俺の血でのた打ち回るがいい…!」
笑いながら坂本が風化していくと同時に、斎藤と島田が悲痛な叫び声を上げ、倒れるとのた打ち回った。想像を絶するような痛みが、彼らを襲ったのである。これこそ、根来忍法・血飛沫返し。自分の血を刺激物に変え、相手と相討ちに持ち込むという自爆技である。
そのまま、二人は苦しんでいたが、そのうち気を失ったのか、はたまた果てたのか、ぴくりとも動かなくなった。
(おまけのSS by 若竹)
【坂本】 ふふ…根来忍法・鬼髪。鬼髪は、自らの髪の毛を自由自在に操る技。
そのまま、じわじわと殺してやるき。
※島田、懐から拳銃を取り出し発射!
効果音:ズキューン。ズキューン。ズキューン。
【島田】 ふっ。幕末の頃から今に至るまで数々の危難を払い続けたこの愛銃。
そんな付け焼き刃の忍法に破れる代物ではない!
【斎藤】 島田、それ、僕の台詞〜(泣)
【山南】 ふむ。近藤勇子EXの島田君の設定が混ざってるな。
【近藤】 18金メッキのレミントン・アーミーだね。
【土方】 詳しくは近藤勇子EXの第2幕前編や第3幕後編を読むのだ。
【永倉】 他人の作品で宣伝すんなよ。
【坂本】 な、なぜ、お
【島田】 だって、山南さんは北辰一刀流の免許皆伝だし。
剣で俺が
【斎藤】 卑怯だよ、島田。
【島田】 勝てば官軍。あと3発残ってる。
※島田、坂本を狙い拳銃を発射!
効果音:ズキューン、ズキューン、ズキューン。
【坂本】 があっ!
【島田】 ほら、勝った。
【斎藤】 ぼ、僕の出番は?
【島田】 ないぞ、そんなもん。大体、坂本のくせに銃を持ってないからいけないんだ。
坂本の
【芹沢】 あっさりと勝っちゃったね。
【島津】 やはり坂本はそっくりさんだったか・・・・。使えん奴め・・・・。
近衛様まで感想をどうぞー。