偽・行殺(はぁと)新選組ふれっしゅ番外編

デザートクエスト0314 白い変人たち


 某年3月14日。島田誠は悩んでいた。
 物の本によると、この日はお返しの日で、男性が女性に『白くて口に入れられる』モノを贈るのが決まりらしい。
“・・・餅、はありがちだな。そもそも土方さんはしょっちゅう口にしてる。飴、も駄目だ。永倉あたりは我慢できずにバリバリ噛み砕きそうだ。それじゃ雰囲気が台無しだろう”
 島田は一人で町を歩いていた。ちなみに斎藤は今日は町娘たちへのお返しに駆け回っていて、今日中には帰れそうもないとの事だった。
“白い食物・・・思いつかん。豆腐じゃパクリになる”<注・わかたけ氏の作品参照>
 考え事をしながら歩く島田の耳に、
「えー、ぎゅーにゅー。冷たくて美味しい、牛乳はいらねーかー?」
という、無気力そうな物売りの声が入ってきた。(自販機だってある事だし・・・)
“牛乳!・・・も白いじゃないかー!”
 島田は心の中で叫び声をあげた。カルシウムも摂取できて一石二鳥!
「おい、そこの牛乳売り!」
 島田の声に、その牛乳売りは立ち止まった。彼は大きな荷車を引いていた。
「へいまいど。おや新選組の兄ちゃん。幾つ欲しいんじゃ?」
 やっぱり無気力そうにその牛乳売りは聞いてきた。ほっかむりをしていて、笠を目深に被っている。身につけている物すべてが白い色をしていた。
「えーと。1、2、3・・・何人だったっけ」
 指折り数えていると、その牛乳売りは親しげに島田の肩を叩いてきた。
「お返しか?いやー、おまんも結構モテモテやな。お返し言うたらやっぱ牛乳じゃきに」 そして牛乳売りはポン、と手を打って
「よっしゃ!わしも男や。これ全部売ったるわ。これくらいで、どうや?」
 指を二本立てた。
「・・・20両?」
「んにゃ。2両や。荷車ごとの値段やで」
 島田は荷車を見た。水の入った桶が乗っていて、中に牛乳が10本入っていた。それだけあれば足りるよな、と島田は思った。
「よーし、買った!」
「よっしゃ、売ったぜよ!」
 島田は、牛乳を・・・荷車込みで・・・2両で手に入れた!
「いや、いい買い物をした。ところで」
 島田はふと気になって聞いてみる事にした。
「あんた、前にどっかで会わなかった?」
 声とか喋り方に、何となく覚えがあるような気がしたのだ。
「人違いじゃ、人違い。わしとおまんは、れっきとした初対面ぜよ。ああ絶対に」
「そー?じゃあ俺の気のせいだな」
 島田はあっさりと信じた。
「じゃあ、わしはこれで帰るきに、しっかりやりな」
「ありがとう!名も知らぬ牛乳売り!」
 島田は謎の牛乳売りと別れて、荷車を引いて屯所に戻る事にした。


「おや、島田君。何だいそれは?」
 屯所に帰ってくるなり、山南に見つかった。山南は暇そうにぶらぶらしている。
「今日は三月十四日ですから・・・って山南さん!?」
 山南が、水桶の中の瓶を一つ掴み取っていた。
「近藤さんたちへのお返しですよ。山南さんだってそう言ってたじゃないですか」
 先に述べた『決まり』は山南から仕入れた知識だった。
「いいや、違うよ」
 だがしかし、山南は悪びれもせずにこう言ってのけた。
「今日は、日頃からお世話になっている人たちへ、感謝の品として白いモノを贈る日だ」 以前聞いたのと違うぞ、と島田は思った。
「白い品物を贈る、この白は相手に対する穢れなき感謝の念を表している。また白は同時に己の心構え・初心に戻って励むという決意を表してもいるんだよ」
 だから僕も貰う権利がある、こう山南は締めくくった。
「・・・いや別に、いいんですけどね」
「ところで島田君。これはどこで?」
「親切な牛乳売りから買ったんです・・・荷車も込みで」
 山南が顎に手を当てて、何か言おうとした時だった。
 トテトテトテ 軽い足音がして誰か来た。
「ちょっと何よ、この邪魔くさい荷車!?」
「おや、沙乃じゃないか」 
 山南の言葉通り、沙乃が島田を見上げて頬をふくらませていた。
「島田、これはあんたなの?」
 島田が答える前に、山南がひょいと桶の中の瓶を掴んで、
「島田君の気持ちだそうだ。今日は三月十四日だからね。これを飲んで元気にすくすくと成長して欲しいとの事だ」
 勝手に言って、沙乃に瓶を差し出した。
 傍目から見ても沙乃の身体がふるふると震えているのがわかった。
「島田・・・あんたね・・・」
 槍を持つ手に殺気がみなぎる。島田は思わず目で山南に助けを求めた。
「そうそう。お返しは夕餉の時に、主立った隊士全員にあるそうだ。だからそれは沙乃への当てつけじゃない。可愛い後輩の『うっかり』だと思えば腹も立たないだろう?」
「立つわよ!・・・だいたい沙乃は沙乃でちゃんと愛飲してる牛乳があるんだから!」
 何だかんだ言いつつも、沙乃の怒りは和らいだようだ。
「毎日飲んでるんだから、こんなの貰ったって別に嬉しくも何ともないわ!」
 トテトテトテ 沙乃は貰った瓶を大事そうに抱えて、どこかへ行ってしまった。
 あっけに取られている島田に、山南が一言。
「沙乃も、女の子だよ」
“・・・沙乃が女の子だって事は百も承知だけど?” 
イマイチ言葉の意味を理解していない、島田であった。 

 夕餉の時間。大広間に揃った隊士たちに島田は・・・。
「えー。これは俺からのお返しです」
 近藤、土方、永倉、沖田・・・と順に瓶を渡していった。
「わあ、ありがとう島田くん」
「ふむ・・・、・・・、・・・」
「おー!ありがとな!喉渇いてたんだ」
「けほけほ・・・お兄ちゃん、ヘン」
 近藤がきょろきょろと辺りを見回して、
「あれ?山南さんに、沙乃ちゃんは?」
 言われて島田も気づいた。それに藤堂の姿も見えない。
「食事の時間に遅れるなんて、あたしには信じられません」
 沖田は言いながら、すでに茶碗を手にしている。そこへ、
「やあやあ申し訳ない。ちょっと用足しに行っていてね」
 首に布を巻いた山南が笑顔で入ってきた。すぐ後ろから沙乃も入って来る。
「山南。藤堂はどうした?」
 土方のこの問いには答えずに、山南は手にしていた瓶を振った。
「いや済まない。口寂しくてつい」
 見ると、山南の持つ瓶の中身はもう半分ほどになっていた。
「山南さん、駄目だろフライングは。せっかくの島田のお返しなんだ、みんなで飲んだ方がうまいって」
 永倉が少し怒ったように言うのを聞き流して、山南はまた瓶を振った。
 すかさず土方が一喝。「振るな!」
「ごめーん、遅くなっちゃった」
 藤堂がへらへら笑いながら、大広間に入ってきた。
「庭でさー、犬が鼻を垂らしてぐったりしてたから、気になっちゃって」
 そう言いながら、藤堂は空いている席に座る。すでに山南は土方の隣に、沙乃は島田の隣に座っていた。
「あの、よくうちの庭に来るわんちゃん?どうしたのかな」
 近藤が心配そうに言って、立ち上がろうとした。
「平気よ。あいつはこの季節には決まって鼻垂らしてるんだから」
 近藤を制止したのは沙乃だった。(この時代にも花粉症はあったのだろうか?)
「しばらく安静にしてれば治るわよ。それより早くいただきましょ」
「そうだな」
 山南も沙乃の言葉に同意したので、近藤は座り直した。
「うむ。ではまず島田の心づくしからいただこう。全員、抜け!」
 土方の号令で一斉に蓋を開ける。そして思い思いに飲んだ。
「土方さん・・・斬り込みじゃあるまいし」
 島田はそう言いながらも、笑みがこぼれるのを押さえきれなかった。
「ぷはぁ。うまい!島田、もう一杯!いや二杯!いや、あるだけくれ!」
 真っ先に牛乳を飲み終えた永倉が、こう言って島田の肩をばんばん叩いた。
「・・・ふむ・・・うまい。取り越し苦労か・・・」
 土方が牛乳を飲み込み、ひっそりとつぶやく。
「確かに・・・人を酔わせるうまさがある」
 瓶の中身を飲み干した山南は、そう言ってチラリと沙乃の方を見た。
「ふ、ふん!所詮、牛乳は牛乳じゃない。いつものと変わらないわ!」
 瓶の中身をごくり、ごくりと飲んで沙乃は山南から目を逸らした。
「あたしは、吐くといけないから」
 沖田はちびりちびりと、牛乳を飲んでいる。
「斎藤くんも、帰ってくれば美味しい牛乳が貰えたのにねー」
 藤堂はそう言って、牛乳をごくごくと飲んだ。
「・・・さて、では続いて夕餉の攻略に・・・・・・・・・」
 土方の声が不自然にとぎれた。島田は不審に思って土方を見た。
「れ、れ、れ?」 がしゃーん!
 永倉が転倒した。食器が散乱する。永倉は妙にぴくぴくしている。
「こ、これは?」
 島田は立ち上がって周りを見た。土方が座したまま刀を抜こうとして、やはり体勢を崩して倒れ込んだ。近藤が座ったままで、島田にじいっと視線を向けてきていた。
「は、はは・・・身体の自由が。深酒のしすぎかな?」
 山南がそう言いながら、首に巻かれた布を緩めようとしていた。
「し、島田・・・あんた、これを、誰・・・」
 うつ伏せになって沙乃が小さな声でこう聞いてきた。島田の耳には届いていない。
「これは・・・これは・・・まさか・・・?」
 外が騒がしくなってきた。何者かが屯所に侵入してきたらしく、複数の人間の足音が聞こえてきた。すぐに広間の戸が勢いよく開けられる。
「へっへっへ。作戦成功ぜよ」
 入ってきたのは全身白ずくめの集団。先頭はさっき会った牛乳売りだ。
「お、おまえはさっきの牛乳売り!?」
 牛乳売りの背後には六人の、配下と思われる人間たちがいた。彼らは笠もほっかむりもしていない。皆、一目で浪人とわかる面構えだった。
「おまえの仕業か?一体何者なんだ!」
 島田の叫びに、牛乳売りは肩をすくめて
「おいおい、わしを知らんとは言わせねえぜよ?」
 牛乳売りは笠を取り、ほっかむりを外して素顔を見せた。
「ああっ!おまえはサカモト!?」
「こうまでうまく行くとは思わんかったき、手勢がたった六人ちゃあ、やばいかとも思っとったが・・・これで新選組も終いやな。おめえら、その若いのをたたん・・・」
 サカモトに言われるよりも早く、彼らは島田に襲いかかっていた。島田も刀を抜いて応戦しているが何しろ多勢に無勢、ほぼ一方的にボコられている。
 土方のそばに近づいて、サカモトは軽い口調で話しかけた。
「ひじかたよぉ。おまんを消せば後は烏合の衆同然じゃき」
「く・・・よもや、怪しい飲み物に、そのまま怪しい薬が混入されていようとはな・・・深読みしすぎた。一生の不覚」
 サカモトは近藤に視線を向けた。その目がギラリと光る。
「後で可愛がったるからな。おとなしう待っとれや」
 土方のそばで転倒していた山南が、顔を上げてサカモトを呼んだ。
「サカモト。初めから新選組を狙って、仕掛けてきたのかね?」
 サカモトはちょっと考えるそぶりを見せた。
「おまんに教えちゃる義理はねえが・・・ま、同門のよしみぜよ」
 サカモトは語った。三月十四日、異国の風習だか記念日だかで浮かれ騒ぐ者ども不届き千万、痺れ薬入りの牛乳をばらまいて京の町を混乱させるのが今回の目的だと。
「わしらの目的はあくまで攘夷。異国の文化はぶち壊すだけじゃ」
 それが島田に出くわして急遽予定変更、新選組に狙いを定めたのだという。
「うおおっみんなは俺が、ぐおっ、守るんだぁ」 ドカッ、ボカッ、ガスッ!
 白い連中は何故か刀ではなく、棒きれを持って島田を痛めつけていた。ううあああ、とその足下で永倉が呻いている、戦いたくて仕方ないらしい。
「ふむ。このたくらみは・・・土佐藩か。長州藩は関わっていないのか?」
「桂さんは真面目な人じゃき。『くだらない』と一笑に付されたぜよ」
 島田はもうフラフラだ。もっとも連中も、二人ほど戦闘不能にされていたが。
「さて、そろそろおしゃべりは終いや」
「ま、待て。もう一つ。何故おまえたちはそんな格好をしているのだ?」
 山南の質問にサカモトは、何を今更といった顔をした。
「おまん、今日は『ほわいとでー』やぞ。じゃから全員白で統一したんじゃい」
 サカモトは刀を抜いて、土方の顔面目がけて振り下ろそうと・・・。
「甘いな、サカモト」
 山南が低い声で言った。次の瞬間、山南は自分の首に巻かれていた布きれをしゅるっとサカモトの足首に巻き付け引き倒した!うつ伏せに倒れるサカモト。
「!?」
「覚悟」
 山南が脇差しを片手で抜きざま突き下ろした。
「まだまだ!」
 刃は、咄嗟に身体をよじったサカモトを掠めて、畳に突き刺さる。その隙にサカモトは刀で足に巻き付いた布を斬って間合いを取った。
「うぎゃあっ!」「うぐう・・・」
 サカモトが立ち上がるより早く、悲鳴がした。白い連中が二人吹っ飛ばされていた。
「山南さん、遅いわよ!それこそシビレをきらしたわ!」
 沙乃が武器を手に、島田を庇うようにして立っていた。
「おまんら二人・・・何で!?」
「教えてやる義理はないが・・・ま、同門のよしみだ」
 先程のセリフをそのまま相手に返す山南。
「簡単に言えば僕たち二人は、おまえのばらまいた牛乳を飲まなかった」
「これで3対2ね。結構いい勝負じゃないの」
 沙乃が目に闘志をみなぎらせてサカモトを睨みつけていた。
 サカモトは瞬時に互いの陣営の戦力を分析する。危険だ。
「撤退ぜよ!」
 そう叫びざま、サカモトは脱兎のごとく逃げ出した。
「待ちなさいよ!」「待ちたまえ」
 沙乃の一撃は向ってきた相手の胸を打ち、山南の一刀はサカモト・・・を庇うように出てきた者の胴を斬り裂いた。
「あばよ!」
 サカモトはそのまま逃げてしまった。後を追おうとした沙乃を、山南が制止した。
「深追いは禁物だ。それより怪我人の手当が先だよ」
「あ・・・うん」
 島田は意識朦朧で、立っているのがやっとという状態だった、
「島田、大丈夫?」
「・・・ダメかも」 ずでーん!
 力尽きたように倒れた島田。沙乃は危うくその下敷きになるところだった。 


 後ほど詳しく聞いた話だと山南は、例の牛乳を気まぐれにも、よく近所で見かける野良犬に恵んでやったのである。犬は鼻を垂らしていて薬入りだとわからなかったらしく、見事に痺れてしまった。それを見た山南、洞察力を働かせて瓶を自室に持ち帰って、中身を愛飲の『濁り酒』と入れ替えて大広間にやって来たと言うわけだ。
 対する沙乃はそれを物陰から偶然目撃して、やはり瓶を自室に持ち帰り、愛飲している『マイ牛乳』を代わりに持参したのである。


 島田は怪我が治った後、土方から罰を受けた。どんな罰だったのかは二人とも黙して語らないので不明である。
 ところで、件の牛乳はというと・・・。
 土方「山南。あの牛乳はどうした?」
 山南「証拠品として自分が保管しているよ」
 土方「そうか。ならば私が預かろう」
 山南「それは・・・構わないけど、何に使うつもりかな?」
 土方「何かの役に立つだろう。近藤や私ですら身動きが取れなくなったのだから」
 牛乳の行方は、誰も知らない。


 <あとがきのようなもの>
 3月14日と言えばホワイトデーだ。だから当然ホワイトデーの話・・・に『なる』つもりだったのにどうして?
 関係ないけど米倉さとや様へ。『たにかい・1』では沙乃にひどいことをしましたが、私は沙乃、好きですよ。そこは誤解しないでください。


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