ブラジルの事情 〜なぜ私たちが手当の支給を求めるのか〜

 ブラジルの場合、特にサンパウロやリオデジャネイロをはじめとする国内南部の都市圏では、私立の医療機関であれば設備も充実しており高度な先進医療を受けることができます。

 一方、公立の診療所もあり、そこなら無料での診療も可能ですが、設備は十分とはいえません。早朝から低所得層の人々が何時間も長い列をなして診察を待っています。いきおい、医師の診察も粗雑にならざるを得ません。廊下の床に患者が布団もなく寝かされていたり、ときにはご遺体までもが無造作に横たわっていることもあるような状態です。

 被爆者として最低限のレベルの治療を受けるためには、私立の病院や診療所、開業医に通う必要があります。
 ただし、その場合は、かなり高額な医療費が必要となります。

(日本の国民健康保険に相当する制度はブラジルにはありません)

 高額な医療費に対応するため、ブラジルでは医療共済プラン民間の掛け捨て医療保険、通称コンベニオconvenio)があります。
 この保険に加入すれば、毎年掛け金を払うことによって、医療費の何割かを保険会社が負担してくれます(契約内容は保険会社によって異なります)。もちろん加入は任意ですが、ある程度の所得のある人のほとんどはいざという時に備えて、こういった保険に加入しています。

 私たちは被爆者としての健康不安や持病を抱えており、さらに高齢ということもあり、会員の約4割がこの保険に加入しています。
 しかし高齢者の掛け金は(病気の発生率が高いため)、若〜中年層に比べて2倍以上の負担を強いられます。
 そのため、会員の中には家計上の理由から、健康不安や持病を抱えながらも、保険の掛け金が高すぎるため加入できないでいる者もいます。私どものアンケートでも2004年4月1日の時点で43人が未加入(回答者数103人における未加入率41.7%)と確認されています。
(→会員数2004年4月:医療共済プラン(民間の掛け捨て医療保険)加入の有無」の項をご覧ください)

“もし手当をいただけたら…”

 私たちブラジルに住む被爆者全員に対し、もし手当を支給していただけたら、保険に加入し掛け金を支払うことができます

健康管理手当の場合 月額33,900円 = 874レアル        
                (04年9月29日現在のレート 100円=2.58レアルとして計算)

 保険に加入しないまま重病を患い、日本円相当で百万円を超える治療代を請求された場合、13万円の医療費助成をいただいても、支払は極めて困難です。

 しかし保険に加入していれば、治療代の何割かは保険会社が負担してくれますので、非常に助かります。

 私たちブラジルの協会が〔各種手当の支給〕を強く求めるのには、こういった事情もあります。
 なにとぞご理解ください。

※ 以上、関連ページとして「解説:ブラジルの医療保険制度について」もあわせてご覧ください。

※ なおブラジルの医療制度については、『在ブラジル・在アメリカ被爆者裁判支援ニュース』第9号「在ブラジル被爆者訪問記」(青木克明・広島共立病院院長 執筆)により詳しく書かれてあります。
 詳細は同ニュース発行元の「在ブラジル・在アメリカ被爆者裁判を支援する会」までお問合せください。
 同会の連絡先は〒730-0036 広島市中区袋町4-25 日商岩井袋町マンション402号
            TEL/FAX: 082−246−8699  Eメール: brabvstaff@yahoo.co.jp


 手当をいただいている者は、手当をもらえないでいる人たちのことを思うとき、自分たちだけが手当を受給できていることに対して、なにか申し訳ないような心苦しさを覚えるのです。
 こんな気持ちをわかっていただけるでしょうか?

 私たちは、このような不平等な状況を改善して欲しいと願っています。

 繰り返しますが、この問題は、在外公館での手当申請が可能になれば解決するのです。
 単純な話だと思うのです、なのに、なぜこれが実現されないのでしょうか?― 率直に表現させていただけば、そう私たちは思っているのです。

 原爆医療法の制定から45年、原爆特別措置法の制定から34年…。その後、長い間置き去りにされていた在外被爆者への援護も、この1〜2年でずいぶんと道が開け始めました。
 これもひとえに、
私たち在外被爆者を長年支援し続けてくださった市民の皆さま、
私たちとともに、日本政府への要請や裁判などで闘ってこられた各国の在外被爆者の皆さま、
現在、在外被爆者援護政策を推し進めてくださる関係官庁の担当者の方々、
―― のおかげです。
 改めて厚くお礼を申し上げます。

 しかし、これまで書きましたように、まだ課題は残されております
 このことを、国のトップの方々はどのように感じておられるでしょう。そのご発言を耳にするたび、私たちの置かれている状況を理解していただけているのか、少し不安になることもあるのです。

坂口力 厚生労働相(当時) 2004年7月27日 閣議後記者会見

(「厚生労働省ホームページ」http://www.mhlw.go.jp/より、
在外被爆者に関する質疑応答のみ全文抜粋)
※ 一部抜粋ではニュアンス等の誤解を生じる危険があるため、
全文とさせていただきました

坂口厚労相:
 (略)…在外被爆者の問題はほとんど解決できたというふうに思っております
 韓国等から日本にお越しをいただきますケースも増えてまいりましたし、またお越しいただけない皆さんにつきましては、韓国で対応していただけるという道もつくったわけでございますので、かなり前進していると思います。
 ただ在外被爆者の問題で残されておりますのが、北朝鮮の問題でありまして、昨年におきましても北朝鮮の問題は個々の問題、個々の人というよりも総合的な施設を作るとかそういうことをしてほしいというようなお話が広島にお伺いしましたときに関係者から出たというふうに思っておりますが、それはなかなか難しいというふうに思っております。
 ただ個々の問題、人の問題でございますので、そうした問題、今年も出る可能性ございますけれども、個々の被爆された皆さん方の問題につきましては、国による格差というのはつくらない、どの国の方であっても同じように扱っていきたいというふうに思っている次第でございます。…(略)


記者:
 被爆者の関係なんですけれども、国による格差を作らないとのことで、これは北朝鮮との具体的な対策、受診として、北朝鮮との間で政府であらためて交渉がされるようなかたちになっていくのでしょうか。

坂口厚労相:
 国交がまだ正常化されておりませんので、どういうかたちでするかということは、外務省とよく相談をしなくてはいけないというふうに思っておりますが、現在外国にお住まいになってる被爆者に対しては、その国といいますよりもその人ですね、被爆された人に対してどうするかというかたちになってわけでありますので、北朝鮮にお住まいなっているその人、そしてその人の中で被爆を受けた人が何人になるのか、その人が日本にお越しをいただくならば、他の国と同じようにするということに私はするのは順当だというふうに思っております。そういう方針で向こうの方がそういうふうにしてほしいということならば、それは進んでいくというふうに思います。

記者:
 既に水面下の交渉は行っていると考えてよろしいでしょうか。

坂口厚労相:
 去年もですね、実は広島に行きましたときに関係者の間から、ぜひ北朝鮮の方にいる人にも頼むというお話が出た。その時にも申し上げたんですが、決して差別はいたしません、同じように扱いさせていただきますということを申し上げたわけです。ただ北朝鮮の方は、そうした個々の人よりも、その北朝鮮の中に例えば専門の病院を作るとかそういうことで対応してほしいというようなご要望であると聞いております。しかしそれは少し違うようですから、この在外被爆者の問題としましては個々の人、人道的な立場からの個々の人に対する問題として解決の方向があればというふうに思っております。他の国々におみえになる方はかなり進んできていますので、少しここのところはですね、外務省ともよく話をして少し進めていきたいというふうに思っております。


記者:
 在外被爆者ですが、訪日主義が原則になってますね、日本に来られたら対応するということで在外の方には居住地でそういう手続き、あるいはその治療を受けられる体制をとってほしいという声があるんですが、そういうお考えは厚生労働省としてお持ちでしょうか

坂口厚労相:
 大きい国は韓国、そしてアメリカ、ブラジル、これぐらいが一番多いところでございます、北朝鮮もございますけれども。この4つの国、又は地域だと思います。それでアメリカはもちろん医療施設としては十分にあるわけでありますから、その心配はないわけでありまして、例えば手帳を取得するとか、そうしたことはございますので、これはアメリカにおみえの方も取得をしていただくということになる。それから韓国などからは日本に来て、そうしたいのだけれども、もうそういう身体がそれだけいうことをきかないといいますか、寝たきり等になったような人たちもいて不可能だ、というようなことでありましたために、そういう人たちに対して特別な計らいをしようということで、その人たちに対する支援の仕方というのも考えて、そして現在実行に移されている。こういうことでございます。日本の医師が現地にお邪魔して、いろいろご相談にのってもおりますし、またその原爆の後遺症等に対する医学的な知見をお伝えをしたり、というようなことはやっているところでございます。

記者:
 今おっしゃいました在外被爆者の支援なのですけれども、韓国等でしたら今年度から現地の赤十字を通じて、現地の医療費を補助するような仕組みが出来ているのですが、いかんせん北朝鮮は国交がないということで、窓口となる機関がないですとか、あるいは訪問をして健康診断が出来ないというような問題も現状にはあるのですけれども、その辺は韓国と同様のやり方が出来る方法を、今後外務省と相談なさるというお考えでよろしいでしょうか。

坂口厚労相:
 韓国とやっているわけですから、諸外国もご要望があればそうしたことが出来ると思っております。韓国の場合にも赤十字が中に入っていただいているわけでありますから、そうしたことも一つの方法ではないかというふうに思いますが、そこは外務省ともよく相談をしたいというふうに思っております。


記者:
 在外被爆者の北朝鮮からの要望ということなのですが、これは関係者を通じて大臣の耳に入ったということで、北朝鮮政府から公式な形で、個々の問題ではなく、総合的な施設をというような話があったわけではない。

坂口厚労相:
 そうですね、最近そういうようなことがあったというわけではありません。

小泉純一郎 首相
   2004年8月6日 広島市原爆死没者慰霊式・平和祈念式 内閣総理大臣挨拶

(「首相官邸ホームページ」より、在外被爆者に言及した部分を抜粋)

 「被爆者の方々に対しては、これまで保健、医療及び福祉にわたる総合的な援護施策を充実させてまいりました。本年秋から、在外被爆者が現地の医療機関において適切な医療を受けることができるよう保健医療費の助成を行う予定です。今後とも、高齢化の進行など被爆者の実状を的確に反映させながら、援護施策の推進に誠心誠意努力してまいります」。


   2004年8月9日 長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典 内閣総理大臣挨拶

(「首相官邸ホームページ」より、在外被爆者に言及した部分を抜粋)

 「被爆者の方々に対しては、これまで保健、医療及び福祉にわたる総合的な援護施策を充実させてまいりました。本年秋から、在外被爆者が現地の医療機関において適切な医療を受けることができるよう保健医療費の助成を行う予定です。今後とも、高齢化の進行など被爆者の実状を的確に反映させながら、援護施策の推進に誠心誠意努力してまいります
 こうした中、先月には、長崎県と長崎市が医師団を派遣し、韓国で初めて被爆者の健康診断を行い、現地の人々から高い評価を受けました」。


 2004年9月28日。
 韓国在住の寝たきり被爆者の男性が長崎市を相手に起こされた裁判で、長崎地裁は
「来日できない在外被爆者が手当を受給できない状況は、被爆者援護法の目的に反する」
との判断を下し、原告勝訴となりました。

 (なお、この原告の方は7月25日、判決を前に76歳で逝去されました。
 ここに深いご冥福をお祈り申し上げます)



これまでの項は、以下の図書・資料、ホームページを参考にさせていただきました。

『被爆者援護法の意義と問題点』田村和之・著(『日本の科学者』1995年8月号 収録)
『被爆者援護法 -制定を拒むものは誰か-』椎名麻紗枝・著、岩波ブックレットNo.208
『長崎新聞』2002年12月6日付、2004年4月7日付、9月28日付
『中国新聞』2004年9月28日付
「厚生労働省ホームページ」
「首相官邸ホームページ」