<7−2、タイヤ横力の非線形性の理由について>

 前項を踏まえて、@何故スリップ角が大きくなると横力(あるいはコーナリングフォース)はサチュレートする(純増しない)のか?と、A何故輪荷重を大きくしていっても横力(コーナリングパワー)は純増しないのか?について考えてみたいと思います。

@、スリップ角が小さく摩擦力が「トレッド剛性×トレッドの最大変位」を上回って余裕のある状態では滑り域は無視できるほど小さく、トレッド全体の変位はちょうど直角三角形のような形になります。この範囲ではスリップ角の増大につれて最大変位量も増えて、直角三角形の高さが単純に増えるイメージとなり横力が増えます。しかし「トレッド剛性×トレッドの最大変位」が摩擦力を上回ってしまうようなスリップ角領域では変位量が限界となるポイント(すなわち粘着域と滑り域の境界)が存在し、スリップ角をそれ以上大きくしてもトレッドの最大変位は大きくならず、単にそのポイントが早くなるだけです(図7.4参照)

テキスト ボックス: トレッドゴムの
横変位量


 滑り域の変位量を論ずるのは難しいので多少荒っぽいですが、トレッドの横変位全体の形を、変位の限界点を頂点とする三角形と近似すれば、それ以上スリップ角を増やしても変位の頂点の位置が接地前端に近づくだけで頂点の高さは変わらない、すなわち「底辺×高さ/2」が変わらない、従って大ざっぱに言うとタイヤ横力がさほど増えないということになります。

ちなみにコーナリングフォースはこれに加えてその定義からスリップ角分だけ座標変換した値(すなわち横力×cosα)となるため、cosαがαの増大に伴って減少する分更に小さくなります。横力×sinα分は走行抵抗(コーナリング抵抗)となります。これがよくドライビングスクールなどで教える「ハンドルを切りすぎると(前輪のタイヤスリップ角を増やしても)舵が効かない(タイヤ横力が増えない)」領域というわけです。

A、輪荷重を大きくしていっても横力(コーナリングパワー)は純増しない理由は関連する要素が多く、@ほど単純ではないと思われます。スリップ角が大きい領域は@の説明があるので、ここでは荷重の影響はスリップ角の微少な領域で考えなくてはなりません。この領域では、なおかつ輪荷重の小さい領域では、荷重に対して横力(あるいはコーナリングパワー)はほぼ比例して増加することが報告されています。これは接地長の二乗が荷重に比例して増加するためと考えられています。どうして接地長の二乗が荷重に比例して増加すると横力が荷重に比例するかといえば、一般的に微少スリップ角、低荷重(あまり接地長の長くない状態)では滑り域がほとんど無いためトレッド面の横変位量は「接地長(=底辺)」×「接地長×sinα(=高さ)」/2の直角三角形の面積で近似できると考えます。この式は(接地長の二乗×sinα)であるため、接地長の二乗が2倍になれば横力も2倍になるというわけです。ところが荷重が増大し接地長が非常に長くなってくると、「接地長×sinα」が非常に大きくなってμと釣り合う変位を越え、滑り域が無視できないほど大きくなってきます。要するに三角形の高さが「接地長×sinα」と合致しなくなるわけです。(理由は厳密にはこれだけではありませんが)これらにより横力(あるいはコーナリングパワー)が純増しなくなってくると考えられています。

 尚、タイヤ空気圧の影響については、高荷重域では空気圧が低い方が横力が下がり、低荷重域では逆に空気圧が高い方が横力が低くなる傾向があるようです。この理由は、高荷重域で空気圧を下げると更に接地長が長くなり、先程荷重の影響で述べた理由がより顕著になるため。また、低荷重域で逆の傾向となるのは、低荷重域で空気圧を上げると接地長が極端に短くなり、摩擦力に余裕があるのに単純に三角形の面積が取れなくなるため(簡単に言うと接地面積が小さくなりすぎるため)と考えられます。


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