焔のスペル   





冬が近い ─

そんな事を感じさせるのは、取り巻く空気が湿気を無くしてどんどん乾いて、

道路の端に吹き溜まる枯れ葉の数が増えていくさま。

空中を飛び交う雪虫を見かける数とか ─ 今も、目の前をゆっくりと通り過ぎて

行こうとしているのを、手を伸ばしかけて止めた。

ただ見送って、姿が見えなくなってもその後ろに広がっていた空が高くて青かった

からそのまま眺めていた。

自分の周りと同じ空気の続きなのに、どうしてあの場所はこんなに自分を呼ぶ

のだろう。

見ないふりをして俯いても、心の瞳が上を向くヒカリが欲しい ─

そんな物欲しげな瞳で・・

一度見つめ出したら、動けなくなるのを知っているのに・・



「鋼の」

いきなり肩を叩かれた.。

確認しないでも誰だか分かるから黙ったまま.。

「ぼんやりしていると、誘拐されるぞ?」

まるで閉めてるドアを勝手に開けて入って来る。

「身代金は・・大佐の一年分の給料ってのは?」

背中で笑う声。 肩を竦め歩き出すと直ぐ並ばれた。

「相変わらず、つれないねぇ」

「バカ言ってないで、仕事行けば?」

「これから街の視察だ。君も来い」

「なんで?」

「君、暇そうじゃないか」

さらりと言い返されて言葉に詰まった。

確かに、今はさしてやり遂げなければ成らない事は無いけど・・

「なんかその言い方、別のになんない?」

「気に入らないのか? それじゃあ」

体を折って視線を合わせてくるから顔を背けると、もっと近づいて耳元で声を潜めた。

「親子ごっこってのは?」

くすっと笑ったオトナは、体を起こして、頭に手を乗せる。

「あんた、やっぱりやな奴だ」

無視して速足。

コンクリートに囲まれた軍の敷地を抜ける。

壁の無い外は、遮る物が無い分無駄に広がっている気がした。

どっちに足を踏み出していいのか一瞬迷って足を止めると、その側を、深紺のコートが

ためらいのない動作で擦り抜けて行った。

暫く動く気がしなくて、遠ざかって行く背中を見ていた。

埃っぽい風 ─

髪が掬い上がってまた額にかかる。 指で分けて、何度も分けて ─

[親子]と言う言葉に傷付いている。 

認めたくないのに、心臓に突きつけられたナイフみたいに冷たい言葉。 

うなだれているわけじゃないのに、視線だけ少しずつ下向きになって、更に、体温が

四方から奪われていく様な感覚に、背中がざわついて、自然に胸に寄せた手が服を

握り込んでしまった。

イラついたような靴音がした ──

「手間のかかる子だ」

顔を上げると半ば呆れ気味の顔。

胸から手を無理やり剥ぎ取られ、大股で歩くその後を強引に連れられた。

その歩がやがてゆっくりになり普通の速度に戻った時ようやく口を開く。

「今日は雪でも降りそうだな」

「こんなに空が青くて降るか」

「じゃあ、神鳴りとか」

「それも無い」

「つまらんな」

「そういう問題か?」

意味も意図も無い会話、それよりも、手を離して欲しくて、時々手前に引いて

試みるが、接着されたようにズレもしなくて、ただ汗ばんでいくのがすごく嫌で ─

通り過ぎて行く人は、皆一様に二人の様子を眺め、微笑んでお辞儀をする。

何かきっと誤解があるに違いないのは、その笑みに含まれる雰囲気が語っている。

きっと彼が言った通りの憶測 ─



イースト ・ シティーの繁華街には、小さな露店やこぢんまりとした店構えの商店が

立ち並んでいる。何度も通った事がある花屋の店先で呼び止められた。

特別にこやかな笑顔をしたのは気のせいかもしれないが、確か噂では、ここの店員

にも好かれているらしい。

「君は、ここで待っていなさい」

放された手には暖かさの余韻が残っていて、それがだんだんと消えて行くからそっと

ポケットに入れて。

言う事など聞かなくてもいい筈なのに、その場所から結局は離れる事も出来ないまま、

仕方なく沢山の木のバケツにぎっしりと詰められた花々に顔を向けていた。

店の奥から軽い笑い声がしている。人や野菜などを乗せた荷馬車が何台か通り過ぎた。

退屈な時間・・時々振り返って店内を気にしたが、話しが終わったのはそれから随分

経ってからだった。

ようやく挨拶の言葉が聞こえて来た時、体中の空気を全部吐き出す様なため息が出た。

「待たせた」

そんな一言で手を差し伸べるから、つい指を乗せてしまって後悔・・握り込まれる寸

前に体ごと引いて背を向けた。

「聞こえたからな、大佐。俺の事[迷子]とか言ってただろう?」

「そうか、それは声が大きかったな。失礼した」

本当に悪く思っているかどうかは、振り向いて見る気にもならない。

きっといつもの薄笑いでその真意を隠される。

そんな風に、気紛れに振り回されていると自覚すると急に悔しくなって不意に色んな

事を考えるのが嫌になった。

「鋼の?」

顔を覗き込まれたけど、言葉を作る気にもならない。

「鋼の」

もう一度呼ばれる。

「仕方がないな ─ 」

呟きが聞こえそれきり途絶え、側から立ち去った気配がしたが、呆れられて当然と

思ったから不思議はなかった。

「仕方ない・・か」

言われ慣れた、だけど哀しい言葉の響き。やだな、こんな事で泣きたくないと思う。

強がっても、粋がっても、所詮子供が出来るギリギリの範囲。

「もーっ なんだよっ」

自分への腹立たしさも手伝って思い切り足元の石を蹴った。

だけどゆっくりと過ぎる馬車の車輪に巻き込まれただけ。

「乱暴だな」

ぎくりとして肩が跳ねた。

「か・・帰ったんじゃなかったのかよ」

「そんなこと言っただろうか」

ふわりと肩に手がかかる。

くるっと体を回されて向かい合うと同時に、目の前が赤で埋め尽くされた。

だがよく見てみればそれは沢山の花の束だった。

何?と首を傾げると、同じ様に首を傾げて「機嫌をなおせ」と抱えるほどの花束を

押し付けられて笑われた。

ちょっと意表をつかれて、今までの腹立たしい気持ちがすうっと見えない手で、

別なものにすり替えでもされた様だった。

何故花なのか?・・少しだけ腑に落ちないが ─

花の香りがいいから善しかもしれない ─ 単純

「さて、次はどこに行こうか」

顎に手を添えて考え込みながら歩き出すから、その後をついて、ぐるぐると

引っ張り回されて。



ようやく一休み出来たのはもう正午近くで。

「もう帰りたいんだけど・・」

花束を抱いて歩く姿は目立つ。ただでさえ軍服なのに目立ち過ぎる。

「そう、では帰ろうか」

思いの外あっさりと返され、見上げると微かに笑っている横顔。




軍の敷地に入る瞬間はいつも少しだけ緊張する。

一般軍人では無いにしろ、軍属には変わりが無いと再認識させられる。

敬礼など見ると ──

だけど殺風景で寒々としたコンクリートの建物の中で自分の周りだけは世界が

違っていた。貰った事も、買った事も無いような花束の下で ──


「昼食までまだ時間があるから・・」

取り出された銀の懐中時計の表面が鈍い光を放つ。

「チェスでもどうだ?」

大佐専用の、執務室のドアを開けながら入室を即されれば、断れずに足を

踏み入れていた。相変わらず表面だけは整然としている。 

そして、やっぱり机の上には書類が何段にも積み重なって ─

「大佐って忙しいな」

「そうでもないさ」

ソファーに花束を置かせ、その側に座るように言われそうする。

慣れた手付きで紅茶が入れられて目の前に運ばれた。

「何もしないと思ってた。意外」

「まあ、たまにはするさ」

「気分はいいな、こういうの」

「それは良かった」

ヒーターが効いてくるとますます花の香りが増してきた。

すぐ側の花弁を触る。 滑らかな花びらが一枚落ちて、手を伸ばして拾った。

「バラだよな?」

「よい香りだろう?」

立ったまま飲んでいた紅茶のカップを、机の空いた場所に置き、花束を挟んで

座り、手に取ったそれに顔を埋める様にする

だから、つられてそっと顔を近づけてみた。

花の中で目が合う。

目が唇が近づいて ─ 触れた

その感触に確信も持てないほどの短さで ─

「なっ・・なにっするんだ!」

立ち上がり顔を上げて口元を隠すと、何も無かった顔で花束を抱かせられた。

呆然と突っ立っていると、少し屈み耳元でそっとその言葉は伝えられた。

「君が、好きなんだ・・・と言う意味」

「─ そーゆう冗談 嫌いだ!」

「冗談であって欲しいんだけどね。私も」

「自分で何言ってんのか 分かってんの?もしかして病気?」

「色々言うね君も、でも、そうだな病気かもしれない」

は、は、は、と軽く笑い、その嘘っぽいセリフは途切れ、替わりに急に真面目な

瞳で見つめられた。

「やはり。黙って君に触れるのは良くないと思ったから」

エドワードの前髪を指が掬って、頬に落ちている毛先を耳に掛ける動作もゆっくり

として惜しげに離していく。

「・・こんな子供に何勝手な事言ってるんだ・・わかんねーよ」

当惑して、花に顔を埋めると、柔らかだったキスを思い出してまた思考がぐちゃ

ぐちゃになった。元に戻そうと、首を何度も振って唇を噛んだ。

噛み締め過ぎて、傷ついて口の中で血の味 ─

「嫌なら、花ごと捨てればいい」

目を伏せて宥めるような言い方の中に、真実を探そうとしている自分に気が

ついて、余計脳内で混乱が起こる。


「どうしたらそんな意地の悪い言葉使えるんだ。いつだって、
     オレはあんたの言う通りじゃないか。オレに答えなんか求めるな」

「君の意思も私は欲しいからだよ」

「だったら ── 」

言葉を続けようとした口元を指が押さえた。

傷に触れられて顔をしかめたら、間近で目が笑った。

「君がかわいいと思うし、誰のものにもしたくないんだ」

「 ─ 恥ずかしい事ばっかりだな」

「いいさ、聞くのは君だけだから」

髪を撫でられると目を閉じたくなって、急いで瞬きをした。

少し上向きで青い服の胸に手を置くと、優しげに細められた。

漆黒の瞳が、まるでさざなむ水面滑らかで柔らかい白光を放つ。

目の奥へと堕ちて身体中を満たす ─ 暖かい

もっと欲しくて背伸びをしたら、ヒカリの方から堕ちてきた ─



─ 君は そこにいればいい ─

そんなふうに抱き締められれば

もうどこにも動けるわけがない─





                               一条



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