COLONEL 4
追いついて
近づき過ぎたらどうしたらいい
触れられない傷
見せたくない傷が
たとえ暗がりの中でも気づいてしまう
だから ─
見ないように 目を閉じれば済むだろうか?
知らない素振りで 抱き締めてしまえばいいだろうか?
少し暑いくらいの日差しに窓を開ける。
休眠中だった枝に、まだ堅いが葉芽がつきだしていた。
空高く行く鳥。 それよりもさらに遠く、流れる柔らかな雲。
「鳥にでもなりたそうだ」
突然、背中にかけられた声 ─ に、心臓が躍った。
「しばらくだな、もう東方司令部には戻らないと思っていたよ」
ゆっくりと振り向く。
「提出物 は特にない旅だ。のんびりできたか?」
執務椅子に座り、真正面で、エドワードを眺めた。
「おかげさまで」
うつむき加減の低い声。
「それで?何か?」
頬杖をついて聞くと、「別に」 と一言。
「じゃあこんな場所より自分の部屋でくつろぎたまえよ」
「 ─ わかった」
抱えた赤いコートを強く抱き返した指をみたら、それはもうどうしようもなく、
胸が痛む。
「だが折角だ、お茶でも飲んでいけ」
エドワードの表情が固まる。
「いい」
「まあそう言うな。それとも命令されたいか?」
首を振って、仕方無さそうにソファーに座ったのを見届けた後、私は時間の
かかる紅茶を選んだ。少しでも側に置きたくて。
カップの底が見える透明な赤い色を私は飲む。
だが、エドワードは紅茶に口もつけない。
「熱いのか?」
「少し」
「じきに冷める。待て」
沈黙が耳の奥でうるさいほど ─
どこに行っていたのかとか、何をしていたのかとかは気安く問える範囲でもない。
「オレ・・もう行く」
エドワードは、向かい合った私の顔を一度も見ずに立ち上がった。
引き止める言葉は出ない ─ 仕方がない。
耳はドアが閉まる音を聞く、ただそれだけの為にあるように。
ソファーに残された赤いコートを見る、私の目。
「・・逃げているのは 私か・・?」
エドワードを欲している事実は、私を脅かしている。
エドワードの望む真実を、私は与えられやしないから ─
失望される脅威に立ち向かえずに ─ だが・・
「エドワード・・」
呼べば呼ぶほど心は熱く圧された。
重い腰を上げたのはもう夕刻。
一度だけした、返事が返るのを望まないノックを。
部屋の内でエドワードの声が来客の名を問う。
言い淀む ─
静かに開くドア。
薄明かりだけの部屋の中、廊下の照明に剥き出しの鋼の腕が先に見えた。
「忘れ物だ」
エドワードは、受け取ったそれを鋼の腕に掛け、何か言いかけて開いた唇を
直ぐに噛み締めた。
「おやすみ鋼の」
「・・・・」
エドワードは、何も言わない代わりに何度も首を振った。
長い前髪が、表情も何もかもを隠して揺れる。
「・・さ 大・・」
コートに涙が零れ、しみて広がる。
だが、もうどこが痛いのか聞けない。
痛い場所など、最初から私と同じなのだから。
「泣くなと言ったのに・・」
私は後ろ手で静かにドアを閉めた。
拭かない涙で光る頬。
唇を押し付けると逃げる身体。
「私を試すのか?」
その言葉に、ためらいがちに襟元に延ばされた指が、私の喉から顔に這ってくる。
背中が瞬時に総毛立つ ─
「もうどこにも・・やらない ─」
心を傷つけたまま、独りで彷徨えば迷うばかりの地上だから
君を抱き締める腕は、最後の瞬間まで折れる事はない。
握り返された指にキスして。
今夜、その約束を交わす ─
哀しく冷たい鋼を熔かすほど激しく ─
物語りの結末に選ばれる言葉は
口にするたび響きを変える
叫びのように悲痛で
吐息のように密やかに
それは 君の名によく似ている ─
─ next ─ ─ back ─
戻る