COLONEL  





追いついて

近づき過ぎたらどうしたらいい

触れられない傷

見せたくない傷が

たとえ暗がりの中でも気づいてしまう

だから ─

見ないように 目を閉じれば済むだろうか?

知らない素振りで 抱き締めてしまえばいいだろうか?




少し暑いくらいの日差しに窓を開ける。

休眠中だった枝に、まだ堅いが葉芽がつきだしていた。

空高く行く鳥。 それよりもさらに遠く、流れる柔らかな雲。


「鳥にでもなりたそうだ」

突然、背中にかけられた声 ─ に、心臓が躍った。

「しばらくだな、もう東方司令部には戻らないと思っていたよ」

ゆっくりと振り向く。

「提出物 は特にない旅だ。のんびりできたか?」

執務椅子に座り、真正面で、エドワードを眺めた。

「おかげさまで」

うつむき加減の低い声。

「それで?何か?」

頬杖をついて聞くと、「別に」 と一言。

「じゃあこんな場所より自分の部屋でくつろぎたまえよ」

「 ─ わかった」

抱えた赤いコートを強く抱き返した指をみたら、それはもうどうしようもなく、

胸が痛む。

「だが折角だ、お茶でも飲んでいけ」

エドワードの表情が固まる。

「いい」

「まあそう言うな。それとも命令されたいか?」

首を振って、仕方無さそうにソファーに座ったのを見届けた後、私は時間の

かかる紅茶を選んだ。少しでも側に置きたくて。

カップの底が見える透明な赤い色を私は飲む。 

だが、エドワードは紅茶に口もつけない。

「熱いのか?」

「少し」

「じきに冷める。待て」

沈黙が耳の奥でうるさいほど ─

どこに行っていたのかとか、何をしていたのかとかは気安く問える範囲でもない。

「オレ・・もう行く」

エドワードは、向かい合った私の顔を一度も見ずに立ち上がった。

引き止める言葉は出ない ─ 仕方がない。

耳はドアが閉まる音を聞く、ただそれだけの為にあるように。

ソファーに残された赤いコートを見る、私の目。

「・・逃げているのは 私か・・?」


エドワードを欲している事実は、私を脅かしている。

エドワードの望む真実を、私は与えられやしないから ─

失望される脅威に立ち向かえずに ─ だが・・


「エドワード・・」


呼べば呼ぶほど心は熱く圧された。




重い腰を上げたのはもう夕刻。

一度だけした、返事が返るのを望まないノックを。

部屋の内でエドワードの声が来客の名を問う。

言い淀む ─

静かに開くドア。

薄明かりだけの部屋の中、廊下の照明に剥き出しの鋼の腕が先に見えた。

「忘れ物だ」


エドワードは、受け取ったそれを鋼の腕に掛け、何か言いかけて開いた唇を

直ぐに噛み締めた。

「おやすみ鋼の」

「・・・・」

エドワードは、何も言わない代わりに何度も首を振った。

長い前髪が、表情も何もかもを隠して揺れる。

「・・さ 大・・」

コートに涙が零れ、しみて広がる。

だが、もうどこが痛いのか聞けない。

痛い場所など、最初から私と同じなのだから。

「泣くなと言ったのに・・」

私は後ろ手で静かにドアを閉めた。

拭かない涙で光る頬。

唇を押し付けると逃げる身体。

「私を試すのか?」

その言葉に、ためらいがちに襟元に延ばされた指が、私の喉から顔に這ってくる。

背中が瞬時に総毛立つ ─

「もうどこにも・・やらない ─」


心を傷つけたまま、独りで彷徨えば迷うばかりの地上だから

君を抱き締める腕は、最後の瞬間まで折れる事はない。

握り返された指にキスして。

今夜、その約束を交わす ─

哀しく冷たい鋼を熔かすほど激しく ─



物語りの結末に選ばれる言葉は

口にするたび響きを変える

叫びのように悲痛で

吐息のように密やかに

それは 君の名によく似ている ─





                         



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