COLONEL  





この狭き世界を私はひた走る

穏やかな風も包み込む雨も

疾走途中の身体にはただ痛いだけ

何も追いつけない

誰も触れない

そんな場所で私は[君]を辿っている ─




昨夜降った雨の名残は敷地のくぼみに水たまり。

その中を過ぎる雲の動きは緩慢。


「大佐?」

エドワードの顔が、その景色に重なった。

「ああ 帰って来たのかね」

水の中の彼に言葉をかける。表情は不満気に歪んだ。

「報告書は?」

無言で突き出された手に丸められた書類。

「よろしい、では部屋で休みたまえ」

水鏡から彼の姿が消える。

「鋼の」

止まる背中。

「ごくろうだった」

動き出す背中。

私はまぶたを伏せる ─ 彼を閉じ込めるように。

だが、別の方向に足を踏み出す。水分を含んだ土に足が沈む。

踏みごたえの無い道─



昼を過ぎてから雨が降り出した。湿りの多い空気が髪をべたつかせる。

・ ・ ノック

「どうぞ」

いぶかしげなエドワードの顔が開けたドアの前。

「立ってないで座りたまえ」

しぶしぶ椅子の側まで来て、だが座ろうとはしない。

「どうした?背中でも痛めたか?」 報告書には書かれていない事。

「ケガなんかしてない 用があるならさっさと済ませろ」 

「そういう口の利き方はよくないな」

私が立ち上がると、エドワードは僅かに体を後ろへと引いた。

「なっなんだよっ、こっちくるな」

「私は猛獣か何かか?」

苦笑。 彼はそれを責めるように、ギッと私を睨みつけた。

「たまには笑ったほうがいいな」

顎に手を添えると、どこか痛い顔を一瞬見せて、直ぐに強く払われた。

「それだけ元気があるのなら 明日まで書き直してこれるな」

バサッと、紙の束を手に渡す。

掴み損ねたそれは、エドワードと私の間にざっと散らばった。



     ワタシハ ナニヲシタイノカ?


そして ─


     キミモ ワカラナイデイルノカ?



屈んでかき集めだす彼を見下ろしながら、頭の中が醒めていく。

ものすごいスピードで感情は身体の中で回っているのに・・確信も確証なく。

言葉になるだけの力もなく。


「残念だな。明日からの予定は変更だな」

私と別れて直ぐなのだろう、机の上に休暇願が届けられていた。

「君は私の命令を無視する事は出来ないんだよ。分かっているね」

「・・ああ ・・痛っ」

投げやりな返事の後、彼は顔をしかめた。

指先に斜めに長く渡った傷。そこからじわりと滲んでくる血 ─

「書類が 汚れる」

人差し指から手のひらに流れる赤い糸 ─

「拭きたまえよ」

差し出したハンカチを、彼は乱暴に手に取ると、そっと傷に被せて俯いた。

「・・・・と」

「え? 何か言ったかね」

「・・ハンカチ・・」

「それは君に進呈しよう」

そして、私はゆっくりと部屋のドアを開いた。

彼は、手を胸に抱きながら速足で出て行った。



     赤い ─ 線が心に引かれた

     危うい境界線だ

     彼の世界と私との

     走り抜ける事が可能なのか

     それとも迂回するべきか

     光と闇の狭間の物語だ

     その続きはこの私ですら読めない ─






                                  



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