COLONEL 2
この狭き世界を私はひた走る
穏やかな風も包み込む雨も
疾走途中の身体にはただ痛いだけ
何も追いつけない
誰も触れない
そんな場所で私は[君]を辿っている ─
昨夜降った雨の名残は敷地のくぼみに水たまり。
その中を過ぎる雲の動きは緩慢。
「大佐?」
エドワードの顔が、その景色に重なった。
「ああ 帰って来たのかね」
水の中の彼に言葉をかける。表情は不満気に歪んだ。
「報告書は?」
無言で突き出された手に丸められた書類。
「よろしい、では部屋で休みたまえ」
水鏡から彼の姿が消える。
「鋼の」
止まる背中。
「ごくろうだった」
動き出す背中。
私はまぶたを伏せる ─ 彼を閉じ込めるように。
だが、別の方向に足を踏み出す。水分を含んだ土に足が沈む。
踏みごたえの無い道─
昼を過ぎてから雨が降り出した。湿りの多い空気が髪をべたつかせる。
・ ・ ノック
「どうぞ」
いぶかしげなエドワードの顔が開けたドアの前。
「立ってないで座りたまえ」
しぶしぶ椅子の側まで来て、だが座ろうとはしない。
「どうした?背中でも痛めたか?」 報告書には書かれていない事。
「ケガなんかしてない 用があるならさっさと済ませろ」
「そういう口の利き方はよくないな」
私が立ち上がると、エドワードは僅かに体を後ろへと引いた。
「なっなんだよっ、こっちくるな」
「私は猛獣か何かか?」
苦笑。 彼はそれを責めるように、ギッと私を睨みつけた。
「たまには笑ったほうがいいな」
顎に手を添えると、どこか痛い顔を一瞬見せて、直ぐに強く払われた。
「それだけ元気があるのなら 明日まで書き直してこれるな」
バサッと、紙の束を手に渡す。
掴み損ねたそれは、エドワードと私の間にざっと散らばった。
ワタシハ ナニヲシタイノカ?
そして ─
キミモ ワカラナイデイルノカ?
屈んでかき集めだす彼を見下ろしながら、頭の中が醒めていく。
ものすごいスピードで感情は身体の中で回っているのに・・確信も確証なく。
言葉になるだけの力もなく。
「残念だな。明日からの予定は変更だな」
私と別れて直ぐなのだろう、机の上に休暇願が届けられていた。
「君は私の命令を無視する事は出来ないんだよ。分かっているね」
「・・ああ ・・痛っ」
投げやりな返事の後、彼は顔をしかめた。
指先に斜めに長く渡った傷。そこからじわりと滲んでくる血 ─
「書類が 汚れる」
人差し指から手のひらに流れる赤い糸 ─
「拭きたまえよ」
差し出したハンカチを、彼は乱暴に手に取ると、そっと傷に被せて俯いた。
「・・・・と」
「え? 何か言ったかね」
「・・ハンカチ・・」
「それは君に進呈しよう」
そして、私はゆっくりと部屋のドアを開いた。
彼は、手を胸に抱きながら速足で出て行った。
赤い ─ 線が心に引かれた
危うい境界線だ
彼の世界と私との
走り抜ける事が可能なのか
それとも迂回するべきか
光と闇の狭間の物語だ
その続きはこの私ですら読めない ─
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