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□2005/9/25(Sun) Music

FAITHLESS 『NO ROOTS』

Whether long range weapon or suicide bomb / a wicked mind is a mass distruction
Whether you're soaraway SUN or BBC1 / misinformation is a weapon of mass distruction
You coulda Caucasian or a poor Asian / racism is a weapon of mass distruction
Whether inflation or globalisation / fear is a weapon of mass distruction
Whether Hurriburton, Enron or anyone / greed is a weapon of mass distruction
We have to find courage, overcome / inaction is a weapon of mass distruction

長距離爆撃だろうが自爆攻撃だろうが、歪んだ心こそが大量破壊兵器だ
サンだろうがBBCだろうが、誤った情報こそが大量破壊兵器だ
おまえが白人だろうが貧しいアジア人だろうが、人種差別こそが大量破壊兵器だ
インフレだろうがグローバル経済だろうが、恐怖(を煽ること?)こそが大量破壊兵器だ
ハリバートンだろうがエンロンだろうが、強欲こそが大量破壊兵器だ
勇気を持ち乗り越えろ、行動しないことこそが大量破壊兵器だ        (「Mass Distruction」)


イラクの戦火がより絶望的な「穿禍」となって世界に穴を穿ち始めた2004年に放たれた言葉。
この中に、この世界を動かす全てがあるではないか。

だから、余計なことは何ひとつ言いません。

て、手抜きではありません。


□2005/6/27(Mon) Music

BAJOFONDO TANGOCLUB 『BAJOFONDO TANGOCLUB』

タンゴ大好きなおいらが銀座でカレー食って帰ってなぜかIWハーパーみたいなブルージーな酒を飲むような夜、てか今なんだが
まだまだ寝るには早い時間なのでこういうちょっと速いものを聴いてます。午前2時。

エレクトロニカという、なんだか知らんが妙にエッセンシャルな音楽が市民権を得たのはここ10年内の間だと思うんだけど、
どうやらそれは、ライフスタイルのスローダウンということが各方面で提唱され始めたことと関係があるらしい。
虚飾をまとわず、事物の本質だけを描写するかのような初期エレクトロニカのサウンドスケープは、
確かにそういった機運とマッチするところが大きかったのだろうと思う。
世界が、その精神性を取り戻す(あるいは思い出す)試みをようやく始めた頃の話。

第二段階として、それは世界各地の伝統音楽やフォーク音楽を始めとした雑多な音楽性との融合を始めた。
忘れられた精神性を取り戻すために、それは必然的な流れだったと言えるのかもしれない。
良くも悪くも記号的な音の羅列の域を脱していなかった電子音楽が、そのサウンド・テクスチャーに体温を持ち始めたのもこの頃だ。
今までにない形で共鳴し始めた世界。
それは、世界を覆わんとする「ある力」へのオルタナティヴとして生まれたものではなかったか。
その動きは、ニューヨークでのテロ事件をきっかけに世界の裏側で静かに進行していたものがあらわになる時期と、ある種シンクロしていたのだから。

で、まあ音響的アプローチというものが非常に有効な手段だということが判明して以降は
世界各国でまさに百花繚乱玉石混淆の様々な音楽が作られており、
それは単にダンスビートにエスノ的要素を加えただけの陳腐なものであったり
逆にたいしてシンボリックな音を使っているわけではないのに、素晴らしい強度でそのエスノ的ヴィジョンを映し出してくれる音があったりと
非常に面白い状況が出来上がっている。

アルゼンチンという国においてはフアナ・モリーナやフェルナンド・サマレアらの活躍こそ目立つものの、
まだまだ音響的アプローチの音楽が市民権を得ているとは言いがたいものがある。
フアナ・モリーナの最新作『セグンド』は非常に綺麗にまとまっていたものの、「アルゼンチンの音」であるという必要性のない音楽に感じられたし、
フェルナンド・サマレアの最新作『Fan』は、逆に南米の空気感を良く醸しだしてはいるが、生音と電子音がうまく折り合っていない気がした。

で、このバホフォンド・タンゴクラブなのだが、
「電子音楽としてのクオリティ」と「アルゼンチンの音(ここではタンゴ)」であるという2つの必要条件をそつなく満たしていると思う。
クラブジャズ的アプローチという点では純然たるエレクトロニカとは言いがたいが、
タンゴと電子音の融合ということを最初に提唱したフランスの「ゴタン・プロジェクト」に連なる作品と比べると、やはりローカル色というか
アルゼンチン作品であるからこそなしえたような解釈や展開があって、フロア向けに小ぎれいにまとまっていない点に非常に好感が持てる。

あらゆる独自言語を放ち始めた音楽シーン。
一見全くもってまとまりがないような気もしてしまうのだが、この状況はひとつの示唆に富んだ展開を見せ始めている。
それは、基本となる音楽のフォーマット、そしてその拠って立つものが共通であるということから生まれる、言語を越えた多彩なコラボレーション。
音楽がその枠を超え、あらゆるアートと交配し始めることはままあったことだが、ここまで世界規模のムーヴメントに発展することはそうなかったのではないか。
それは先述したような、エスノ的感性を取り巻く世界の状況が変わってきたことにも起因するのかもしれない。

響き始めた世界。
全てのひとびとが、彼らのことばにおいて彼ら自身を語り、それが世界へと反響してゆく時代の訪れ。
音楽という「ことば」の領域ではいち早く、そんな希望に満ちた状況が少しずつ進行しつつあるのだ。


□2005/6/25(Sat) Music

浅田信一 『モアベター・スマイル』

最近はなんだか自分が邦楽に回帰してる気もするのだが、
いろいろ
と昔の音源なんかをレコード棚から掘り出していくにつれて、
日本の音楽業界は(ちょっとはマシになったとはいえ)今も昔もろくでもないところだという思いが強くなってくる。

色々と文句はあるのだが、一番物申したいのはやはりその「売り方」だろう。
ミュージシャンの表現者としてのエゴやポリシーよりもてセールス上都合のいいイメージにフィットさせることを尊重するプロモーション。
それは基本的に、音の力を浸透させてゆくという地道な営業活動の上に立脚するプロモーションよりも、
まずマス媒体に大きなバジェットでバラまいておいてから反響があったものの事だけを継続的に考えるという、テレビ広告代理店的宣伝戦略であるが故に
本人達が自らの意志や美学に基づいて作品を作り始め、それがセールスに繋がらなくなってくると宣伝予算は容赦なくカットされる。
もちろん数少ないとはいえ良心的なレコード会社やレーベルもあるし、
エレカシや中村一義のように、強引な逆ギレのようだったり完璧なまでの作品主義指向に走ったりして
ただの商業音楽として扱われることから脱却したものもいるし、その最も極端な例があのフリッパーズだと思うんだけど、
そんな幸運な成功を収めたものたちの陰には、セールスとクリエイティビティの間で板ばさみになった挙句、音楽を鳴らすことを止めてしまったものたちも多い。
最近だと例えばピールアウト、WINO、そしてSMILE。
これらの音楽が最後までひろく受け入れられなかった日本の音楽シーンの状況に、僕はほとんど憎悪に近い感情を抱いている。

非常に素晴らしい作品を残しながら、惜しくも解散してしまったSMILE。
そのフロントマンであり現在はソロで活動している浅田信一による、音楽シーンへの復讐と言ってもいいセルフカヴァー・アルバム。
そこにソウルフラワーの奥野真哉、カーネーション、スカパラ沖、そしてなぜかケミストリー堂珍らが参加する。
スタンスは違えど音楽業界の荒波を生き残ってきたもの達によって、不世出の名曲たちが新たな命を受け躍動する。
大幅にアレンジが変更された曲も含め、それほどSMILE時代の面影が残っているとは言い難いのだが
それでも、そこから受ける曲想自体にはほとんどブレが生じていない。
その大きな要因は曲そのものの力と、憂いと強固な意志を帯びた浅田のヴォーカルが変わっていないことにあるだろう。
この人は周囲がどう持ち上げようと落とそうと、自分の作品の力を信じて闘ってきた。
「君を幸せにするために唄う」と歌ったデビュー時の名曲「昨日の少年」。
浅田の最もシンプルな行動原理を歌ったこの曲は、今回のアルバムの中でも最も変わらぬ輝きを放っている。
それが、彼の十年がどのような道程であったかということの証左となりはしないか。


が、最大の名曲「夢見たものは・・・」が入ってないのは非常に、非常に、惜しい。
ああ惜しい。


□2005/6/18(Sat) Music

L'Arc〜en〜ciel 『LOVE FLIES』

なんとなくスカパーを流し見ていたら、ラルク・アン・シエルの特集をやっていたので御座います。
よくわからん耽美なイメージで登場し、メンバーチェンジ&活動休止を経て戻ってきたと思ったら
ヴィジュアルバンドブームとかいうわけのわからんブームに一緒くたに巻き込まれてしまった可哀相なバンドで、
いや、確かにメンバー(特にベースのtetsuだ)のファッションは非常に痛い感じだったんだけど、
ていうかそれは未だにけっこう痛いままなんだけど、それはともかくこのバンドは必要以上になめられている気がするんだな。

このバンドが凡百の「お化粧バンド」と違う最も大きな所以は、そのニューウェーヴ的音像にあるだろう。
それは歴史に裏打ちされたかのように荘重な曇天をそのまま写し取った「LORELEY」や、
太古からたゆまぬ人の動きが織り成してきた世界の綾、その深い闇の中へと沈降するような「forbidden lover」といった壮大な楽曲を聴くとよくわかる。
抑制しつつも動きのあるリズムと必要以上の情動を撒き散らさないギター、
そして、それらが作り出す微妙な熱の匙加減をいささかも誤ることなく増幅するアンプのような歌唱。
NYパンクやニューウェーヴの影響を大きく受けたと思われるこのバンドでなければ、
特に前述のような2曲は、多くのいわゆるヴィジュアルバンドの楽曲がそうであるように、
リアリティの欠如した、過剰にシアトリカルかつフィクショナルな楽曲にしかならなかったであろう。
だが、スマッシング・パンプキンスがどれだけ趣味の悪いおとぎ話のようにゴスな音を鳴らそうとそれは「今、ここ」を掻き毟るリアルでしかなかったように、
平熱のなかに潜む劇的な瞬間が、身も蓋もなくリアルな現実を照射することがあるのだ。
この2曲は、その好例と言えるだろう。

いかに現実の「向こう側」を指向しようと、足元には重苦しい「今」が絡みついているという感覚。
もしくはそれを引きずりつつ、なおも「向こう側」へ飛ばんとするその意志こそが現実を越える唯一の武器であり、
浮き足立った物語はただの夢想や逃避でしかないという覚悟。
前提としての敗北や喪失をまとった音楽=ニューウェーヴの持つ、そんな相反する性格が奇跡のように共存したのが、99年発売の「LOVE FLIES」。
このシングルを境にラルクの音楽は「向こう側」の風景そのものよりも「今、ここ」の重苦しさと解放への希求を描く方向にシフトしてゆくのだが、
その変遷も含めて、この音楽が実存的なポップ・ソングとしての機能を十分すぎるほどに果たし続けていることにこそ、敬意を抱かずにはおれない。



□2005/4/20(Wed) Music

Tom Ze 『Estudando o Pagode』

ずいぶん前にこのコーナーでレニーニという人のことを書いたが、
このトン・ゼーという人はそのレニーニの直系の師匠のようなものです。
例えて言うなら氣志團と微熱DANJIみたいな関係・・・・・
それはちょっと違うか。

ブラジル音楽というとさあボッサだカフェだラウンジだ、とおっしゃる小洒落た糞餓鬼、もといお洒落な坊ちゃん嬢ちゃんが最近多いが
ホンマのブラジル音楽はそんなもんだけやおまへん。

ブラジル音楽・文化の年代史は、その陽気さ華やかさとは裏腹に闘争と反逆の年代史でもあった。
日常を反転させる精神的反逆の装置として機能したサンバ・カーニバル、
凝り固まった器楽のリズムと方法論を覆すほどの衝撃をもたらしたボサ・ノヴァ、
そして冷戦下の中南米を襲った軍政の嵐に、文化の力をもって決然と対抗せんとしたトロピカリスモ。

冷戦真っ盛りの60〜70年代、中南米諸国においては軍部のクーデターが相次ぎ、軍事政権が跋扈していた。
それらのクーデターは主に中南米の共産化を危惧したCIAの支援による所が大きかったわけだが、
そういう出自を持った政府である以上、急進共産的思想はおろか社会民主主義的言論に至るまで、容赦なく弾圧を受けた。
自国の標榜する「民主主義」とは遥かに異なった状況を他国に招こうと意に介することなく国益を追求する点では今も昔もアメリカは変わらないが、
この時代のアメリカにはヴェトナム戦争という癌があり、同時に国内では「LOVE&PEACE」というスローガンのもとに
反戦運動が高まりを見せ、そこから旧世代の感覚にNOを唱える世代が急速に台頭した。
いわゆるフラワー・ムーヴメントの勃興である。
当時既に世界的スターであったビートルズやストーンズ(実はストーンズも一時期フラワームーヴメントにかぶれていた)の賛同、
またクリームやジミ・ヘンドリクスといったニューヒーロー達の出現は世界の若者達に大きなインパクトを与えた。

ブラジルにおいてもそれは同様であり、当時まだ学生だったカエターノ・ヴェローゾ(今や「ブラジル音楽の父」である)や
ジルベルト・ジル(こっちは今やお大尽です)らが、それまで音楽といえばサンバとボサノヴァとショーロくらいであったブラジル音楽シーンに
ビートルズやジミヘンあたりの影響をもろに受けたエレクトリック・サウンドをもって殴り込みをかけることになる。
それは次第に映画・アート・思想をも抱合した大掛かりな運動と化し、なおかつ単純に欧米のムーヴメントをなぞるのではなく、
ブラジルという国の成り立ち・固有の文化・伝統といったものを多分に取り込みそれを自分達の感覚で料理することによって
社会に全く新しい価値観を突きつけ、パラダイムの転換を図ろうという非常にコンセプチュアルなものへと発展していった。
これがいわゆる「トロピカリスモ」という運動である。
この運動は既存の価値観に意義を唱えるものに他ならず、それは軍事政権ばかりか
同じように抑圧に晒されていながらも保守的価値観を保持し続ける人々からも当初は白眼視された。
孤立無縁の戦いを続ける中でカエターノとジルが逮捕・拘留の憂き目に会って亡命を余儀なくされ、
集団的な活動としてのトロピカリスモは短命に終わったが、その後も参加メンバーたちはそれぞれの環境で個々の活動を続け、
やがては人々の心に浸透していくことになるのである。

そのメンバーの一人であったトン・ゼーは音楽理論を完璧にマスターした天才であり、メンバー中一番の変り種であった。
コラージュを多用した音を作り、ゴミを集めて自作の楽器を作り、難解かつ難解かつ難解な詩世界と音世界を構築、ひたすらにアヴァンギャルドであった。
他のメンバーがその先鋭的な主張や音楽性を古典的な歌謡曲やボサノヴァでうまく中和し、商業的な成功を収めていったのとは対照的に
トン・ゼーだけは先鋭的な音楽を先鋭的に放ち続けていたがために、全くもってセールス的には成功しなかった。
結局彼は70年代に数枚のアルバムを残したのち、表立った活動を一切しなくなってしまう。

トン・ゼーが再び表舞台に登場するのは90年代。
もともとはトーキング・ヘッズのデヴィッド・バーンが彼のレコードを偶然発掘したのがきっかけだが、
その後アメリカに到来したオルタナという名の大波によって、彼は時間の砂底から突如浮上した。
そのアヴァンギャルドな音世界はベックやトータス等の若手に大きな影響を与え、
彼自身も若い才能との交流や自らの発想を100%具現化しうるレコーディング技術の発達によって刺激を受け、
再び創作モードに入るのである。

今年で69歳。カエターノやジルはその風格を増し、まさに国民的音楽家として円熟の時を迎えているが
このトン・ゼーという男は作を重ねるごとに輪をかけてエネルギッシュかつアヴァンギャルドになってゆく。
単純にポーズとしての先鋭性ではなく、ブラジル社会の抱える問題や国際情勢、または日常の瑣末なことにも倦まず日和らず
本質を突いた言葉を突きつけ続けている。

レニーニやカルリーニョス・ブラウンといった若手(もはや中堅〜大御所クラスのような気もするが)が続々と現れ、
その音楽性は世界でも群を抜く高みに達している現代ブラジルの音楽シーンだが、
軍政下の暗黒を極彩色に切り裂いたあの「トロピカリスモ」なくしては、現在の活況はあり得なかった。
今もなお至高の存在として君臨し続けるカエターノとジルがブラジル音楽シーンの王・長嶋みたいなものだとしたら、
若手よりもエネルギッシュなトン・ゼーは、未だに始球式で140キロのボールを投げやがる村田兆治みたいなものだろう。
21世紀になってから2枚目となるアルバムが今月発表された。頼もしい限りである。

整然として渾然。
先鋭と温故。

現実の重さと希望の強度。
彼の作品にはブラジル音楽の、いや、ブラジルの全てがある。


□2005/4/16(Sat) Movie

光と影の世界で

北野武 『ソナチネ』

澄み渡りすぎた青空が悲しいのは何故か。
青と蒼と碧の、さらにその彼方に広がるものを垣間見てしまうからではないだろうか。

僕はしょっちゅう沖縄・八重山に行く。
何かと「癒しの島」なんてことが喧伝され、その商品化されたイメージに人が群がるわけだが
その中を詳しく覗き込むほどに、そこには癒しどころかカラッとした諦めと悲しみが深く横たわっていることに気づく。
それは古来よりルーツ崇拝や生と死にまつわるアクションが非常に身近であった土地柄と、この土地を襲い続けてきた苛烈な宿命に負うところが多いのだろう。

広義の霊性を備えた土地である南西諸島は、「光」の世界であると同時に「影」の世界である。
全ての生命にプラスアルファの鮮やかさをもたらすのは、光。
それは燦々と本来の美しさを最も引き出すように降り注ぐ一方で、茫漠たる時間の中で全ての色を、感情を、記憶を、命を静かに漂泊してゆく。
輝く光が強いほど色濃くなる陰翳のなかには、その全てが漂泊されることなくひっそりと息づいている。
それは時に我々の眼前に姿を現し、「本来の色合い」というものを教えてくれるわけだが
その際たるものが「死」という概念であると思う。
現代の生活の中では意識の埒外に置かれがちなこの概念を意識するとき、
24時間消えない灯りと分刻みのスケジュールの中で茫漠と拡散する我々の生命と霊性は再びその色彩を取り戻すのではないか。
光と陰のコントラストが様々な物語を纏って色濃く立ち現れるこの土地こそ、その舞台として北野武が選んだ場所なのである。

この作品の中にあるのは「キタノブルー」と呼ばれる、どこまでも蒼く明るく茫漠とした平穏と不安の風景、
そしてその危うくも怠惰な均衡を一瞬にして突き崩してしまうほどに鮮烈な、影の世界の色彩。
その色彩から目をそらすことなど出来はしない。
なぜなら、それこそが我々の人生の「本来の色合い」なのだから。

盟友・逸見政孝が病に倒れ、自らも一年後に閃光の中にその生命を断絶させる(未遂)ことになる彼の心象が、
ここに如実に表れているといっても過言ではないと思う。
ビートたけしという男がその心の深奥に抱えていた冥い闇(それはこれ以前の作品にも表れていたのだが)が
その色と形を初めて明確にとった、まさに「映画監督・北野武」の金字塔的作品であると言えるであろう。

これ以降『HANA-BI』に至るまで、北野作品は国際的な評価は高くとも国内では今ひとつといった感じがあったような気がする。
ヴェネツィアで金獅子賞を取って初めて国内メディアでも「世界のキタノ」などといわれ始めた感があるのだが、
経済的な充足と歪んだ平和に酔い、デリカシーのないイケイケ感を「ポジティヴ」であると勘違いしてきた日本の多くのオーディエンスには
少なくともこの時点('93)では、彼が突きつけたものの本質など伝わってはいなかった。
果たして、今は。


□2005/3/12(Sat) Music

回廊(コリドー)の向こう

YOSHII LOVINSON 『WHITE ROOM』

吉井和哉という一人の表現者の中には自らも測りきれないほどの深淵が口をあけていた。
そこからイエローモンキーという入れ物を壊してまであふれ出てきた闇を御しきれないままにただじっと見つめ、
心の深淵を覗きこんで作られたかのような前作『at the BLACK HOLE』を経て、いや、経てというか
その深淵の中に飛び込んでみたら、そこには広漠たる原野が広がっていた、といった趣の今作。

もと同僚の菊地英昭(EMMA)を迎えて制作されました、と聞くと人はイエローモンキーへの懐古の念を抱くであろうし
実際ギターの音を聞いた瞬間に「ああ、EMMAだ(ロビンソンに対して今作ではエマーソンと名乗っている)」と思うんだけど
例えばイエローモンキーの名作『SICKS』『Punch Drankard』のような凄絶さはここにはなく、
はたまた前作のようなどん詰まり感もない。
自らの心の真の姿を初めて見たかのような伸びやかな驚きをもって、心は自由になってゆく。
二十歳前で死んだ親友や凍りついた愛、といった負のイメージも今までとは違ってある一定以上の重さを持つことなく、
陽光の中、少しの寂寥とともに揺れている感じだ。

前作において自らの心の深淵と本当の意味で対峙する事で、吉井の中で確実に何かが変化したのであろう。
それは、例えばこんな言葉に顕著である。

「初めて 知恵の輪が スルリと 外れた/たぶん 僕はもう 孤独な海になんか 来ないよ」

知恵の輪は当然それを外すことを主目的とする遊具なわけだが、だからといって3秒で外れてはちっとも面白くない。
それを外すために色々と頭を使い、ともすれば外れないことそのものを楽しむという「諧謔のプロセス」を伴う遊具でもあるのだ。
また、「孤独な海」といえばイエローモンキーの名(?)曲「SEA」であったり、末期の「聖なる海とサンシャイン」にそのモチーフが見られるが
それらと対比すると、その変化は瞭然である。
そこにあるのは確かな「その向こう」への意志であり、自己撞着や懐古趣味を振り切った抜けのよさである。

初めて知恵の輪を外し、孤独な海に戻ってくることもないという吉井は、
自らの中にある闇の正体を確かめることなくそれらと戯れていた無間回廊のような時間を越え、
闇の深さを明確に自覚した上でそこから抜け出す事を決めたといってもいい。
諧謔のループたる「孤独」から、峻厳なる「孤高」の道へ。

吉井和哉という表現者は、今作をもって新たなフェイズに立ったといってもいいだろう。
自らが抱える闇と業の深さを完全に受け入れた上である種の「身軽さ」をも手にした彼が、これからどれだけの作品を届けてくれるのか。
早くも次作が待たれる。