ハンドルのいかれた九月


雨のそぼ降る午後6時すぎ、すっかり暗くなった街を歩く。
路面に広がる水鏡が時折通る車のライトを反射させ、その中に映る逆さまの街が、世界をを無言で覗き込んでいた。


地下鉄の出口で車内に傘を忘れたことに気づいたが、雨脚も弱まり霧雨程度になっていたので、ジャケットのフードを被って歩きだす。
冬が近づいてきたことによって頭は冷え切った喜びで満たされていた、明け方のクラブで踊る女のステップのように。


「人は全てを忘れてゆくばかり」

氷のようなグレッチのフレージングに乗って流れるそんな歌を聴きながら、なだらかな坂を登る。
古いビルの6階から見下ろす風景の全てが青白く染まっていたような、かつて住んでいた街の朝を思い出す。


美しさとはある種の絶望にも似た何かなのかもしれないと、ふと思う。
気づけば雨脚は少し強くなり、車が水しぶきを跳ね飛ばして通り過ぎた。

 

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