I'm going back to Okinawa
突堤から、南東の方角を見晴るかす。
薄曇を引き裂くようにして現れた太陽の光を受け
どこか遠い目をしていたような空と海がその色と記憶を取り戻し始める、午後。
琉球弧の玄関口であるこの港から臨むのは、墓標のような街だ。
過去にこの海と島々で流された幾多の血と涙を、ドルと円とコンクリートで塗り固めて作られた都。
かつて、目に見えぬものへの畏敬がこの島々を作る全てである時代があった。
かつて、鉄と炎の暴風が全てを薙ぎ払うように島々を焼き尽くした。
全ての後で、いま貨幣の論理によって島々は食い潰されている。
癒しの島。南の楽園。
全国一の自殺率。崩壊するコミュニティ。
暖かな人々。豊かな自然。
急増する「姥捨て」。死滅する海。
独特の文化。国際色。
観光植民地。内地では報道されない事件の数々。
メディアで垂れ流される安易なイメージと、
自らの追従・同一化によって己を失ってゆく移ろいの裏側から
日頃語られない島の現実は時折顔を出し、唐突な平手のように我々を打つ。
「知らず」して「愛する」事はできない。
「見えないオキナワ」に意識を留めぬままこの島を「消費」することは
数字で計れぬものや黙して語らぬ者たちを埋め立て、削り取り、
忘却の彼方に押しやろうとするプロセスに加担することに他ならない。
「いつも歴史は上塗りされる 便所の戸板のペンキのように」
全てを漂白する強い光の中で思考は空転し、
この都に照りつける太陽が「かつて」の空と海を呼び覚ましたかのような錯覚に、ふと襲われる。
その紺碧の中に潜む悲しみを、波音だけが知っている。