7.ゼナーカードは運命を拓く?

 あまり人の来ない時間帯だからだろうか、彩葉には特に困った事態が起こるでなく、識菜に細々としたことを教えて貰っているうち、時間は過ぎていった。
「なーんか、楽だね」
「今日はたまたまですよ。研究室から内線で大量にレポート用紙なんかを注文された場合、こちらからお届けに上がらないと行けませんし」
 うわ、確かにそれは面倒、と彩葉がうめいた。
(――いや、特訓が上手くいけば、あたしの念力でちょちょいのちょい、と)
 十条博士の研究発表が終わるまで、自分の力のことは余人には秘密、ということを彼女はすっかり忘れている。
「じゃあ、そろそろ時間終わりだから、あたしもう行……」
「板橋さん」
「晴海君!!わざわざむかえに来てくれたんだ♪」
 晴海は、ああ、まぁ、などと曖昧な返事してから、識菜に軽く会釈した。恐らく、さっきすれ違ったロッキーが「入れあげている」というのは彼女のことだろう。なるほど、可憐な少女だと晴海は思う。
「『十条研究室・伊集院』――あ、スタンレイさんと同じ研究室の方ですね。彩葉さんと親しいんですか」
「特別そうと言うわけでは無いんだけどね。彼女は、時々十条博士を頼ってうちの研究室に遊びに来てたから、顔見知りではある」
「……晴海君、行こう、早く。じゃあ識菜、またねー」
「さようなら、彩葉さん」
 制服代わりのエプロンを脱いだ彩葉は、晴海の背中を押すように購買部から出ていった。

「何をそんなに不機嫌そうにしているんだ?」
「べっつにー?」
 しかし、彩葉の唇は誰の目にも明らかに尖っている。その理由は明白だった。
「さっき、バイトの人に言ったことを怒ってるのか」
「だって、さっきの説明、なんか水くさすぎるじゃん」
「まさか本当のことを言うわけにもいかないだろう。君の特訓は研究室の人間以外には言えないんだから」
「でも、顔見知りってなんか嫌。確かに、初めて遭ってから何日かしか経ってないけど、そのレベルはとっくに超えてると思うよ」
「確かに――ただの顔見知りがわざわざバイト先に迎えに行く、というのは不自然だなぁ」
「そうそう。もっと他に言いようがあるでしょ、親戚とかいっそのこと恋人とか」
「む……」
 晴海は黙り込んでしまった。
『それで、研究所の助手と、バイトが恋仲になったとして、誰も不思議がりはしないだろう』
(は、博士が悪い。あんな変なことを仰るから)
「晴海君、どーしたの?」
「い、いや、何でもないんだ。じゃあ、これから訓練について説明する」
 晴海から提示された訓練は二種類。一つは、現時点で彩葉が使える唯一の超能力・PKを高めることである。
「これは僕がいちいち指示をしなくても、板橋さん一人でできるだろう。少しずつ持ち上げる物を重くしていってくれ」
「どれぐらいの重さまで動かせればいい?」
「そうだなぁ、生半可な物じゃ頭の固い連中を納得させることは出来ないから、車一台は浮かせて欲しいな」
「げっ!?」
 今だって空き缶一つがせいぜいなのに、と彩葉は悲鳴を上げた。予想していた以上のハードな特訓だ。
「もう一つは、ゼナーカードを使った透視訓練だ」
「ゼナーカード?」
 首を傾げる彩葉の前に、晴海は白衣のポケットから取り出したトランプのようなカードを広げて見せた。
「科学的に超能力が研究されるようになった頃から使われているカードだ。ほら、円・四角・星・波・十字の五種類があるだろう。これを良く切って裏返しにして一枚ずつ僕が出す。その図柄を君が透視して当てる。こういう実験は統計的に結果を見なければならないから、それこそ何百回も何千回も繰り返す必要がある」
 こちらの方も、負けず劣らず退屈で憂鬱なものになりそうである。
「じゃあ、早速始めようか」
「うん……」
 彩葉は、とにかく三ヶ月間晴海の顔を見るために頑張るのだ、と、何とか目的をすり替えよう、と自己暗示を掛けることに決めた。

「まる……十字……星……」
 彩葉が思ったとおり、透視実験は単調でつまらなかった。思いつきで五つの図形のどれかを言うだけだ。これじゃあただのカード当てゲーム、力を発揮するも何も関係ないような気がする。
 被験者がそんな気分なのである、良い結果が得られるはずもない。340回ぐらいやった現在、彩葉の的中率は偶然の確率より若干下回るほどだった。
「ところで……」
 不意に、晴海がカードを繰る手を止めた。漏れた呼気に疲労の色が感じられる。
「前から不思議に思っていたんだが、透視のビジョンってどんな見え方をするんだろう?」
(見え方?確かに透『視』って言うぐらいだから、目に見える、ってことだよね)
「うーん」
 彩葉は、先程晴海が伏せたカードを、改めて凝視した。
(この裏には、図形が描かれてる。あたしはそれを見る――)
 そう、念じたことが、結果として顕れたのだろうか。
 一瞬、カードの裏面の色彩が希薄になり、何らかの形が「透けて」見えた気がした。
「晴海君、そのカード、『十字』?」
「んっ?」
 晴海は、彩葉に言われるままそのカードをひっくりがえす。
――果たして、そこに描かれていた図形は、十字であった。
「や、やったよ!あたし今、ちゃんと見えたの!!」
「何だって!?」
「特訓の初日にいきなり透視のコツを掴むなんて、凄くない?あたしって才能あるのね」
「そりゃあ――」
 晴海は、君は博士が予想した銀河遺伝子の持ち主なんだから、と言おうとして、寸前でやめた。
(銀河を動かすことが出来るかもしれない存在……一度「自覚」してしまったら、後は僕らが普通に手足を動かすように、その能力を使えるのかも知れない)
 晴海は、無邪気に喜んでいる彩葉を今までとは違う視線で見つめた。

まる・じゅうじ・ほし――

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