6.アルバイト初日

 ネットによる通信販売がごく当たり前になった今のご時世でも、いわゆる普通の「店」というものは廃れない。やはり、買い物でも最終的に頼りになるのは自分の五感、ということなのだろう。
「――よしッ!終わったぁ!」
 スーパーマーケットでの勤務時間が修了した途端、彩葉はそんな大声を出してしまい、パートタイムのおばさん達や正社員に思い切り睨まれてしまった。勤務初日でまだひよっ子とすら呼べないのに、相当な大胆発言だったようだ。
「あ、すいません、失礼しま〜っす!」
 彩葉は慌てて仕度を整えると、さっさと職場から退出した。ちょっと明日がどうなるか心配になったけれど、駅に近づくにつれ、そんなことは忘れてしまった。
「ESTLでバイト、その後で晴海君と特訓♪」
 自然と、頬が緩んでくる。晴海のことは最初に声をかけられた時から、研究者の卵らしいストイックな雰囲気とか、彼女が力を使ったときに一瞬見せた子供のような表情など色々な面で気に入っていた。わざわざ彩葉を新居まで(しかも二度)送ってくれるだなんて、養護院で一緒に生活していた男子達と同年代とは思えないほど紳士だ。
 正直、自分の遺伝子がどれだけ凄いのか、と言うことはよく解らない。超能力もこれ以上強力になるとはあまり信じていなかった。ただ、自分が頑張れば晴海は彩葉に興味を持ってくれるし、喜んでもらえる――十条研究室に協力する気になったのは、単純にそう思ったからだ。
「今日から、特訓も晴海君のことも頑張るぞっ!」

「彩葉=ツァネル=板橋……ああ、十条博士から紹介のあった子だね。君のバイト先は、購買部の文具売り場だよ。この関係者用プレートを首から提げて」
 ESTLに到着した彩葉は、すぐに購買部の方に連れて行かれた。早く晴海に遭えるのではないか、と期待しているところもあったので、残念だと思わなかったと言えば嘘になる。
 彼女が働くところは、文具売り場と言う名称になっているが、主にディスクやプリンタ用のインクカートリッジなどOA用品を中心に扱っている。若干、ペンやノートなど手書きのための道具も置いてあった。
「すいません、新しいバイトの子を連れてきましたよ」
 事務員がカウンタの方に声をかけると、商品を整頓していた一人の少女が駆けつけてきた。
「ご苦労様です。店長は今ここを離れています。後は私に任せてください」
 事務員は少女に軽く頭を下げると、自分の持ち場に帰っていった。残された二人は、改めて互いに向き直る。
 彩葉は、ほっそりとした、大人しそうな可愛い子だな、という印象を少女から受けた。月並みな言い方をすれば、男が思わず守ってあげたくなるようなタイプ。
「私はここでアルバイトをしている識菜=アローサ=赤羽です。今日からよろしくお願いしますね」
「あ。あたしは彩葉=ツァネル=板橋です。こちらこそ、色々教えて欲しいな」
 彩葉と識菜は、お互い笑顔で握手をした。その、刹那。
(っ!?)
 身体の内側から外側へ、何かが一瞬で放出するような、強烈な皮膚感覚。
 一瞬、意識が遠くなったが、識菜に変に思われてはいけない、と何とか普通の表情を作った。
(い、今のは一体何?)
 畏れのような、けれど何処か懐かしさを感じるものだった。まだちょっと、右の掌が痺れている。しかし、そこに外出していた店長が来たため、彩葉はそれ以上この体験について考える余裕を持てなかった。

 バイトの内容自体は、彩葉にとってはスーパーのパートとそれほど変わらなかった。購買部は、研究室で突然備品が切れた時の駆け込み寺のようなものだ。
「スーパーでもここでもレジ打ちかぁ」
「板橋さん、前はスーパーでバイトをしていたんですか?」
「あ、彩葉でいいよ。あたしも識菜って呼んで良い?」
 バイトの「先輩」は悪い人では無いと判断したためか、それとも養護院を出てから初めて遭った同年代の少女だからなのか、彩葉はもう識菜と積極的にうち解けようとしている。
「ええ」
「前、じゃなくて、ここに来る前の時間帯はスーパーで働いてるんだ。あたしハイスクールには行ってないからね」
「そうなんですか」
「識菜は?」
「今期からハイスクールに入ったんです。ここでアルバイトを始めたのは、お母さんの負担を軽くしてあげたいから」
「お母さん、か」
 彩葉は識菜に気付かれないよう、口の中で小さく呟いた。
 その時、カウンタの前にメモ用紙や蛍光ピンクのボールペンなどが無造作に置かれた。
「お願いします」
 客は、白衣を着た、ひょろひょろと背の高い青年だった。ネクタイが少し曲がっている。
「あ、スタンレイさん」
「板橋さん!そうか、今日からとっ……いや、バイト開始なんだ。赤羽さん、板橋さんはね、うちの博士の紹介でここのバイトを始めたんだよ」
 ロッキーは、別に頼まれてもいないのに、識菜に向かって簡単に(表向きの)事情を説明する。その顔色を見て、彩葉は彼の事情を察したようだ。
 識菜が会計し、梱包した商品を受け取ると、ロッキーは「じゃあ、また!」と良いながら文具売り場を去っていった。
「識菜はスタンレイさんと仲良いんだ?」
「あの人には、よくここを利用していただいてますから。色々買っていってくれて――」
 どうやら識菜の方には、ロッキーの努力はあまり伝わっていないらしい。彩葉は、心の中で「頑張れ、スタンレイさん」と応援してやった。

二人の美少女アルバイト(笑)

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