2.Boy meets Supergirl-B

 晴海と少女は、次の駅ですぐに電車を降り、改めて彼らの目的地のある方向へ向かう車両に乗り込んだ。車内はがら空き状態なので、適当なところに座る。
「ねぇねぇ、君は何処まで行くの?名前は?」
 超能力少女は、既に「そんなこと」があったことなどきっぱりと忘れてしまったかのように、晴海に向かって陽気に話しかけてくる。別に自分の身分を偽る必要はなかったし、むしろ思うところがあったため、彼は正直に言ってしまうことにする。
「晴海=ジュダス=伊集院。ESTLに勤務している。これから研究所に戻るところだよ」
「すごーい!あたしとあんまし変わらない年齢としなのに、そんな凄いところで働いてるんだ!!」
「君の方こそ、そんな大きい荷物を持って何処に行こうとしていたんだ?これじゃあ、あの不良達に家出と思われても仕方がないだろう」
「うーん、まぁ、或る意味では家出と言えなくもないんだよね」
 そう言うと、少女は多少乱暴に組み直した足に、肘をつく。
「あたしの名前は、彩葉さいは=ツァネル=板橋いたばしって言うの。どういうことか、解る?」
「板橋こども養護院か……」
 それは、SBY-2区からずっと西の方にある、孤児収容施設の一つである。数年前、連続孤児誘拐事件の舞台になってしまったため、世間一般に悪い意味での知名度が広がり、それで晴海も憶えていたのである。
「うん。あそこはねぇ、もし十六歳になるまでに引き取り手が見つかんなかった場合は独立させられることになってんのよ。特待生扱いでハイスクール以上に通うんだったら、もうちょっと残れるけど、あたしはそこまで頭の出来は良くないから、就職」
 少女――彩葉は、「どうせ出てかなきゃなんないなら、今でも数年先でも同じだよ」と言って、笑った。
「あたし、明日からスーパーマーケットで働くの。だから今日、こども院が世話してくれたアパートに引っ越すところだったのよ。家具は殆ど要らないし、用意して貰ったのは全部引っ越し屋に頼んで運んで貰ったから、あとはあたしが行くだけだったんだ。そこに、あの連中が……」
「さっきの超能力チカラで追い払おうとは思わなかったのか?」
「冗談!」
 彩葉の少女らしくくりんとした、だが少年のように悪戯っぽい目が、更に大きく見開かれる。
「こういう力って普通、他人には隠しとくもんでしょ?ほら、正義のヒーローだって、こっそり変身した後じゃなきゃ必殺技は使わないじゃん」
「正義のヒーロー、か」
 今時滅多に聞くことの無くなった、子供のような夢に満ちあふれた単語。晴海の、彩葉に対する興味がこれで少し、増えた。
「それじゃあ、さしずめ君はスーパーガール、というところか」
 晴海が言うと、彼女は多少ばつの悪そうな顔をした。顔を覗き込むと、「へへへ……」と言って、誤魔化そうとする。だが、すぐに観念し、白状する。
「うーん、実はさぁ、あたしの超能力って、せいぜいさっきの缶ぐらいのものをちょびっとだけ動かすぐらいしか、出来ないのよ」
「なるほど」
 それで、合点がいった。彩葉の力は、あの不良達をやっつけるはおろか、抵抗の役にさえ立たなかったというわけか。それ以上は突っ込まないでおくのが賢明だろう、と晴海は思った。

「ところで、君の能力は生まれつき?」
 乗り換えたところから何個目かの駅で停車したとき、晴海は彩葉に尋ねてみた。
「うーん、いつ、どうやって気付いたのかなんて憶えてないから、多分そうなんだろうなぁ」
 そう言うと彩葉は、ポケットからハンカチを取り出すと、その中央をつまんで晴海の目線の高さまで持っていった。そして、そっ、と指を離す。ふうわりと落ちるハンカチは、途中でその重力加速度の方向を変えて、何の支えも無しにもとの高さまで戻っていく。
「凄い――」
 これまで、超能力なんてテレビモニターの向こう側の、インチキ臭いエンターテイメントショーでしか視たことがなく、机上だけの存在としか思えなかった晴海は、純粋に目の前の現象に感動していた。
 科学者の中にはこういったものを頭ごなしに否定する者達がかなりいるのだが、こんな些細な出来事でも、実際に目の当たりにしたら、少しは考え方を改めるかも知れない。
 だって、不良少年達から逃げてきて、慌ただしく電車の乗り降りをした今の状況で、手の込んだトリックを用意する余裕なんて存在するのだろうか?
「ちっちゃい頃は良く、一人っきりのときだけこうやって遊んでたなぁ」
 彩葉はハンカチを素早く掴み取り、無造作にポケットのなかに突っ込んだ。
「ねぇ、晴海君はやたらに超能力のこと訊いてくるけど、興味あるの?」
 彩葉はもう、晴海のことを名前で呼んでいる。彼の方でも悪い気はしないし、質問についてもある程度までは教えてやれるだろう。
「僕の上司に当たる博士の研究に関係があって、サンプルデータの収集のために、特に超能力者とされている人達が欲しいんだ」
「へぇ……じゃあ、あたしがサンプルになったげようか?大した力は無いけど」

「あたしがサンプルになったげようか?」(エンコ様)

「本当に?」
 あまりにあっさりと言い放った彩葉に、晴海は少なからず驚いた。確かに、出来るなら彼女に協力して欲しいと思っていたので、正に願ったり叶ったりだ。
「うん。でも、その前にあたしの荷物置きに付き合ってくれる?」
「ああ、それぐらいおやすいご用だ」
 ドアが閉まり、地下鉄車両は再び加速しはじめる。そこは、晴海が本来降りるべき駅だった。

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