『夢の扉』−4

驚いて振り向いた直江の目に、車のドアに手をかけて立つ高耶が見えた。
「橘! 轢いちまったのか?…って…大丈夫みたいだな。」
支えるように傍らに飛び出した潮は、勢い込んで叫びかけた声を遮られ、
目を丸くして高耶を見つめたが、気を取り直して女性に目を向けると、
もっと目を丸くして笑顔になった。

「大丈夫なわけないだろう。すみません。すぐ病院にお連れしますから。」
高耶を気にしながらも、潮の態度に小さく溜息をついて女性に目を戻した直江は、
そこにまた信じ難いものを見て絶句した。

振り返った視界に、驚くほど高い位置で優美に宙返りを決めている女性の姿が入った。
だが直江が驚いたのは、それではなかった。
さっきまで女性が倒れていた辺りに、いつの間に現れたのか、
ツンツンの茶髪にガクランの高校生が、拳銃を構えて立っていた。
まっすぐ直江に向けられた銃口が光る。
睨む瞳の厳しさは、それが本物の銃だと告げていた。

「どうしたんだ、橘?」
潮たちからは銃が見えない。
不自然な態度を訝しんだ潮が、こちらに近づこうとするのを、片手で制止しながら、
直江は高耶に向けて思念波を送った。

(動かないで! こっちに来ないで下さい!)

この少年が何者なのか、なぜこんなことをするのか。
なにもわからなかった。
だが何者であろうと高耶を傷つけさせはしない。
直江は少年をギッと睨み据えた。

「大丈夫だ。」
甘い声と同時に、美しい手が少年の肩にそっと触れた。
高耶がハッと息を呑んだ。
直江も潮も気付かなかったが、大きく見開かれた高耶の瞳を一瞬だけ見つめ返した女性は、
魅惑的な笑顔を浮かべて少年の銃を押さえた。

「タケル。この人達は違う。あたしが大丈夫って言ってんだから、それ、引っ込めろ。」
言葉遣いはともかく、彼女の声は優しくて涼やかな、初夏の風のようだった。
すうっと殺気立った空気が消えていく。
「心配かけたな。ちょっと目算を間違えたんだ。」
そう言って微笑んだ彼女に、タケルと呼ばれた少年は、軽く口を尖らせた。
「ばか! ヒオはいつもそれだ。頭いいんだろ? もっと落ち着いて動けよ。」
「落ち着けって…その言葉、おまえが言うのか?」
脱力したヒオの様子からすると、どうやら日頃はタケルの方が慌てものらしい。

が、どちらにしても今の直江には、この二人が楽しげに笑いあう姿を、
落ち着いて見ている余裕はなかった。
「失礼ですが、ヒオ…さん? なんともないようでしたら、私はこれで…。 もし後になって痛みが出るといけませんので、こんなもので申し訳ありませんが、どうぞお使い下さい。」
財布から万札を数枚出し、サッと懐紙に包んで差し出した。

この二人は、どうみても普通の人間じゃない。
しかも高耶は、この女性について何かを知っている。
なぜ? どうして?
疑問が次々と頭に浮かぶ。気になってしかたがない。
それでも直江は、これ以上ここに居たくなかった。

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