『夢の扉』−3

果てしない闇が、目の前にあった。
真昼だというのに光の一筋さえも見えない。
この暗闇を、この土地に住む人々は、平気で通るのだ。

山道をずっと走ってきたら、突然ぽんと現れたトンネル。
それは車が充分通れる広さでありながら、電灯がひとつもなかった。
しかも出口さえ全く見えない。
本当に向こう側に着けるのかと心配になるくらいだ。

「へええ。これじゃ車のライトが無きゃなんにも見えねえぞ。」
今時珍しいトンネルだよな。と後部座席の潮が、楽しそうに身を乗り出した。
ぼんやりと前を見ていた高耶は、運転席の直江に、
「事故んなよ。」
とひとことだけ言って、またシートにもたれて寝入ってしまった。
「白浜からこっち、ずっと寝てばっかだぜ。 どうしたんだろ、仰木…。」
潮は心配そうに眉をひそめて、高耶の様子を伺った。

直江の霊査でも、どこも不審なところは無い。ただ眠っているだけだ。
けれど何かがおかしい。
短時間とはいえ、起きて言葉を交わしたのだから、夢魔に囚われたのではないようだが…。
直江と潮の心配をよそに、高耶は静かな寝息をたてて眠っていた。

やっと行く先に光が見えてきた。
「ようやく出口か。」
呟いてトンネルを抜けた瞬間、目の前を人影がよぎった。
キュキュキュ―ッ
思いきり急ブレーキを踏んで、ハンドルを切る。
ガクンと鈍い衝撃がきた。

(轢いたか?)
脇道の坂に乗り上げて、ようやく止まった車から飛び出した直江は、
あるはずのないものを見つけて、思わず立ち竦んだ。
(なんだ?これは…)
目の前に倒れている人の輪郭が、夏の陽炎のように揺らめいて霞んでいく。

それは霊体ではなかった。
日差しを浴びて、黒い影がくっきりと地面に描かれている。
中肉中背。というより、素晴らしいプロポーションの女性だ。
こんな状況なのに、綺麗だと思えるほど、その人は美しかった。
虹色に輝く服が、大気に溶けていく。
「天の…羽衣…?」

だが古の天女を連想したのは一瞬のことで、まぼろしかと思えたその女性が、
「痛てて」
と姿に似合わない言葉を呟きながら起き上がると、一気に鮮明な現実感が戻ってきて、
直江は彼女に手を貸そうと急いで近づいた。
すぐ近くまでいって、手を伸ばしたとたん、
「ダメだ! その人に触るな!」
切迫した高耶の声が、のどかな田舎道に響いた。

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