『夢の扉』−2

紀伊山地。
果無山脈へと繋がる山の奥深く、美しい滝がある。
その滝が落ちる淵に、夢をかなえる魚が棲むという。
どんな夢でも、願えば現実になるらしい。
正に夢のような話だ。

「それが真実なら、なぜ現実はこのありさまなんだ?」
そう言うと、教えてくれた老人は答えた。
「誰も世の中のことなんぞ願わなかったからじゃろうよ。
神魚(しんぎょ)さまは、本当の夢しか叶えてくれん。
日頃どんなに大きなことを言うてる人でも、ほんまに願うてんのは、自分のことだけやったんじゃろう。」

ずっと昔に聞いた話だった。
あるはずがない。そう思いながら、なぜか長く心に残った。
それは、そのとき老人が見せた心配そうな表情のせいだったのかもしれない。

「神魚さまに会うたら、よう気をつけて願いなされ。
願うてしもたら、取り消そうと思ても取り消せん。後悔しても遅いんじゃからのう。」
ただの伝説と言ってしまうには、あまりにも真剣な顔だった。
それでも、いつのまにか忘れてしまっていたのだが…。

1週間前のことだ。軒猿から織田が不審な動きをしていると連絡が入った。
その地名に、ふとひっかかるものを感じた。
「和歌山の百間山渓谷? そんなところになぜ織田が?」
「わかりませぬ。どうやら山の奥でなにかを探しているようなのですが。」
「山の奥で?…とにかく目を離さずにいてくれ。何かあったら連絡を頼む。」

なにかが微かに記憶の端をよぎった。
なんだろう。
気になったが思い出せなかった。
それが、織田の探しているのは滝らしい。と聞いてやっと思い出した。

どんな夢でも現実にする魚。

ありえない。だが、もし本当にいるとしたら。
直江は目を大きく見開いたまま、しばらく動くことができなかった。

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