『夢の扉』−1

夢は見るもの。
手の届かない儚いもの。

消えてしまうとわかっているから、掴めなくてもかまわない。
見るだけだから罪がない。

そうだろうか?
もし欲しくてたまらないものが、夢に出てきたら。
届かないと知っていても、きっと必死に手を伸ばす。
消える前に掴みたいと願う。
手に入れて喜んでも、目覚めれば全て消えてしまうものなのに。

夢には毒がある。
罪を孕んだ甘美な毒が。
かなわないはずの望みも、夢の中では簡単にかなう。
けれど。本当にかなえたい願いは、いつも現実の中にだけ存在するのだ。


夢をみた。
おまえとふたりで歩いていた。
青い空がどこまでも広がり、海はキラキラ光って、山には新緑が輝いていた。
おまえがなにか言って、俺が笑って。おまえも笑って。

これは夢だ。
目覚めたら消えてしまう幻の幸福。

暗闇の中、伸ばした手が空を切った。
幸福な夢の刃が、胸を切り裂く。
夢に逃げたくなんかないのに。
胸の奥に沈めた、誰にも言わない本当の願いを、夢が鮮やかに形にして見せる。

これが現実になるなら…。
おまえとずっと一緒にいられるなら…。

−魂核すら残さずに消えてしまう−

400年前なら、躊躇いもせず喜んだろう。
30年前には、そうなることを願ってさえいた。
叶うはずのない願いだと思っていたそれが、今になって現実になろうとしている。
どうして今なんだ?
何故…

涙がひとすじ頬を伝った。
夢はいらない。もう…見たくない…。

   

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