車に乗り込むと、高耶はぐったりとシートに身を沈め、千秋をじろりと睨んだ。
「なんだよ。なんか文句でもあるのか?」
ニヤリと唇の端を上げて、千秋が運転席から目を向ける。
完全に面白がっている顔だ。
高耶の瞳に険悪な色が増した。
「あるに決まってんだろ! 誰が姫だ! ご機嫌ナナメって何だよッ! 好き勝手なこと言いやがって…」
「助けてやったんじゃねえか。あのままだったら、直江に送ってもらう羽目になってたぞ。」
とたんに高耶の顔が曇った。
「あいつは…苦手だ。あいつといると調子が狂う。」
俯いて、ぽつりと呟いた高耶は、千秋の視線を避けるように、窓の外を流れる景色に目を移した。
直江の傷ついた瞳が、暗い空に浮かぶ。
あんな顔を、させるつもりじゃなかった。
どうして俺は…
「ふうん。苦手…ね。」
千秋は高耶の横顔を眺めて、小さく肩を竦めた。
直江が城北署に赴任すると決まった時から、組む相手は高耶しかないと思っていた。
エリート嫌いの高耶が反発するのはわかっていたが、直江の実力を知れば必ず認める。
そして直江にとっても、高耶という存在は良い刺激になるはずだった。
だが…
まさかこんな副作用まで引き起こすとは、さすがに予想していなかった千秋だ。
惹かれるのは、わかる。
自分だって、こいつには…
千秋は直江の顔を思い浮かべて、今度は真率な瞳になった。
高耶の心配も、案外間違っていないかもしれない。
あれはきっと一人でも、中川の事件を調べようとするだろう。
自分の為ではなく、高耶の為に…
まったく、どちらも大人しく千秋の言うことを聞くような人間ではないというのに、
上層部も厄介な事をしてくれたものだ。
「俺がヒラなら、おまえと一緒に捜査してんだけどなあ。」
しみじみ言った千秋に、高耶は初めて笑顔を見せて、
「おまえとなんか願い下げだ。」
と肩を竦めた。
「明日から、おまえは暫く内勤だ。ちゃんと大人しくしてろよ。」
「ああ、わかってる。」
頷いた高耶は、直江は?とは聞かなかった。
ただでさえ左遷されたばかりなのだ。
千秋だって、直江を巻き込みたくないと思っているに違いない。
その為には別の誰かと組ませて、俺からも事件からも遠ざけてしまうのが一番だ。
俺が千秋なら、きっとそうする。
それが良い…
その方が良いんだ…
そう思いながら、なぜか胸の奥が痛んだ。
細い月が、ビルの谷間に見えていた。
小説のコーナーに戻る
TOPに戻る