『夜明けの雪』-6

高耶に言われ、花束を届けに行った直江だが、無論それだけで帰るつもりはなかった。

これだけの証拠が有りながら、しかもこのタイミングで捜査の打ち切りが決定されたということは、
裏で余程の力が動いたとみて間違いない。

誰が…?
何の為に…?

脳裏を掠めたのは、1人や2人の顔では無かった。
法の番人とは名ばかりの、地位や権力しか目に入らない人間が、上層部には幾らでもいる。
そして上の決定に逆らえないのが警察という組織なのだ…

直江は眉間に皺を寄せ、難しい顔で前方を見つめた。

尾行に気付かれただけでなく、犯人を目の前にして為す術もなく見送るしかなかった屈辱が、
直江のプライドを激しく傷つけ、否応無しにあの日を思い出させる。
「真実って、何です?」
中川の言葉に、あの日の自分が重なった。

そう、あの時は全てが腐って見えた。
今は…

信号待ちでブレーキを踏み、直江は無線に目をやった。
高耶は今頃、どんな想いでいるのだろう?
今更この事件の裏に隠された真実を知ったところで、きっと何も変わりはしない。
だがそれでも…

電話でアポを取り、直江は女性の自宅を訪れた。
確か60前半の年齢だったはずだが、すっかりやつれて一気に年老いて見える。
直江の口から、演技ではなく労わりの言葉が出ていた。

城北署の刑事から会いたいと言われたのだ。
何を聞かれるのかと、恐らく不安で堪らなかっただろう。
花束を受け取ったまま絶句した彼女の目から、堰をきったように涙が溢れた。

やがて落ち着きを取り戻し、お茶を淹れてくれた彼女だったが、
直江は事件について直に聞き出そうとはしなかった。
ああいう家で働く家政婦は、口が堅くなければ勤まらない。
事件とは何の関係もなさそうに思える会話から、どれだけ情報を得られるかがプロの腕なのだ。

そうして直江は、彼女が漏らした他愛ない言葉に、中川と繋がりそうな糸口を見出して、何気ない顔で喰らいついた。

 

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