『夜明けの雪』-5

署に戻ると、高耶は真っ先に鑑識の門脇綾子を探した。
直江には捜査打ち切りを告げ、花束を渡しに行かせている。
高耶は直江にも内緒で捜査を続けるつもりだった。

「姉さん! 例の資料、まだ捨ててねぇよな?」

「当然でしょ。あたしを誰だと思ってんの。」

キリリと背筋の伸びた美人が、腰掛けた椅子をクルッと回して振り返った。

「来ると思ってたわ。はい、コレ。」

分厚いファイルをどんと出し、綾子は綺麗な足を組んで高耶を見上げた。

「わかってるだろうけど、この状況で捜査が打ち切りなんて、普通じゃないわ。
 悪くするとクビが飛ぶわよ。」

検査室の奥に作られた一角は、殆ど綾子の私室と化している。
それでも声を顰めるほど、どうやらこの事件はタチが悪いらしい。

「…今に始まった事じゃねえだろ。」

肩を竦めて、高耶は笑った。

「モォ〜あんたって子は!」

怒りながら心配そうに見送る綾子の顔が、部屋を出る時も肩越しに見えた。

千秋に報告を済ませ、高耶は自分のデスクに座った。
分厚いファイルを広げて、ざっと目を通す。
何も言わなくても、どうせ千秋にはバレている。
時折チクリと刺してくる視線を無視して、高耶は中川に関わる記述をじっくり読み始めた。

中川掃除(かもん)は、半年前まで四国の小さな診療所で働く医師だった。
腕の良さと温厚な人柄で皆に慕われていた彼が、なぜ突然そこを辞めたのか、
その後どこで何をしていたのか、地元に問い合わせた時は不明との返事しか貰っていない。

ただ、被害にあった家の主人が有名な医科大学の助教授で、中川と年齢が近い事、
その父親も祖父も医学の権威であることから、どこかに接点があるような気がした。

その答えが見つかったのは、ある意味この事件が取り下げになったおかげだったかもしれない。
手掛かりは、直江が花束を持っていった相手の、たった一言に隠れていたのだ。

 

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